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毎週月曜日は松尾潔氏のブラッシュアップということで、 今日はスタジオに松尾さんいらっしゃるんでね。一緒に展開していきたいと思いますが、今日のテーマは?
皆さんもご存知かと思いますが、 日本を代表する小説家でありました。小説家のお一人って言おうかと思ったんですけども、
彼に関しては、お一人もいらないかと思いますね。大池三郎さん。 3月3日にお亡くなりになりました。88歳と。
今の時代的に考えますと、男性88歳。十分に長生きしてくださったと。
若くして世に出て、それこそ東京大学在学中に、すごい新人現れるという形で出て、 その後もう90歳に手が届くぐらいまで長生きして、
旺盛な創作活動、社会に対しての発言、行動というのを身をもって示してくださったことに感謝はつきません。
今日話したいのは、大池三郎さんの話をここで短い時間で話すのは、所詮無理筋ということでもあるんですが、
ノーベル賞を受賞したことで一役、文学にさほど興味がない人にも、そんなお知られることになった大池三郎さん。
今ね、毎年のように村上春樹さんがノーベル賞、文学賞の時期になると、春樹氏と今年は。
今まで日本で川端康成さん、大池三郎さんっていう人が受賞してますよっていうのが、村上春樹さんの騒ぎの度に毎回出てくるんですね。
やっぱりそういった存在っていうのは、ノーベル賞ってことで分かりやすく説明されてるところもあるんですが、
僕が大池さんに出会った時なんていうのは、もちろんまだノーベル賞を受賞される前ですから、
彼が受賞したのが90年だったかな。94年か。
変な話、ノーベル賞を受賞しなくても、大池さんは特別な位置にいたと僕は思いますし、
ただ、僕なんかからしますとね、僕は昭和で言うと43年生まれで、大池さんは昭和10年生まれということで、
大体自分の親世代にあたるんですね。
親世代の文学を読むというのが、僕にとって、ともすれば正直素直な気持ちで向き合えない自分の親、
とりわけ父親、僕の場合、男だからともあるのかな、同性の父親と会話がなかなかスムーズでない時も多かったんですが、
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その父の同世代の作家である大池さんの読むことで、その世代、もちろん全然違う人なわけなんですけども、
その世代の人たちが抱えている共通の体験ですね。もちろん戦争って大きなことがありますよね。
あとは平和への寄与っていうのを、その世代の人たちが持っていることをすごくみずみずしい表現で文章にしてくださる。
改めてこの小説というものが、人にどういう好意を与え得るかというのを、本当に大池さんを通して学んだ気がしますね。
どういうことかと言いますと、例えば僕が大池三郎さんという人にはまったのは、彼が1960年代の頭に書いたセブンティーンという短編小説。
これは性的人間という短編集に入っていたんですが、僕この間自分のSNSでも書いたんですが、
僕小学校中学校って割と作文なんかが好きな子供で、好きというか得意でもありました。
その得意っていうのは、いかにも先生が好みそうなものをなんとなく予想して書くっていうのが、ちょっと器用というよりももっとネガティブで小器用な感じ。
でも求められるものをしっかり捉える可能性があったってことですよね。
つまんないこと今僕話してますよ。
そういう点数をきちっと取るような、書いてたんですが。
高校生の時ぐらいにいろいろ自我みたいな目覚めがあって、大池さんとか読み始めたような時ですかね。
このさっき話したセブンティーンっていうのは、17歳っていう今考えてみると人生の中でも非常に多感な時期に、
時に自信過剰、うぬぼれ、時に自分を賄賞化してこんなちっぽけな俺みたいな、この世の中に俺がいる意味ないとか、
大きなことを言ってみたかと思ったら目の前にいる自分の家族をバカにするような態度を取ったり、
自分の父親を小市民的なリベラル気取りが、みたいなことを言ったりするようなその少年が主人公なんですけども、
そこに自分を投影したりとかして、これは小説の中でその主人公はどんどん受け入れ化していくんですけども、
僕はそういう思想的なことはなかったけれども、やっぱり自分の中での、自分が抱えている王国っていうのはすごく大きいんだけど、
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学校の先生、僕は体育教師ですごく嫌な人がいたんですけど、先生とうまくやり合えなかったんだけど、
なんか彼もまた弱い人なんだなぁみたいなのを、その小説からも学びましたし、
僕、今日ここでこの大谷さんの話をするにあたって、昔、セブンティーンっていうのを、自分が16くらいの時に読んだんですけど、
どんな漢字だったっけなと思って、本当だから30何年ぶりに読み直してみたんです。
読み直すために、飛行機じゃなくて新幹線でやってきたんですけど。
時間を確保するように。
結構忘れかけている部分もありましたけど、自分の10代の頃を取り戻すような、
ああ、あの時こういうことを思いながらここに共感したよ、とか思って。
だからやっぱり、若い時の読書って後で聞いてくるな、若い時の旅っていうことにちょっと近いかもしれませんけど、
裁縫する、裁読するってことの楽しみもまた、今大谷さんが亡くなったことで教えてもらった気がしますし、
あとやっぱり、ちょっととちらかっちゃった話になって申し訳ないんですけど、
小説だから伝えられることっていうこと。
例えば、歴史ですとかいろんなことを、それこそお神が本にまとめたりするのを正しい歴史の詩と書いて、
正詩って言い方ありますけども、もっと庶民目線でいろんなものを伝えていくというのを、
排詩っていう言葉がありますよね。排詩っていうのは、一頃近代においては小説という言葉とほぼ同義で使われることもあった。
つまり、いわゆるお役所が作る文書とかでは伝わらないこともしくは読みづらいようなことも、
小説の形に落とし込むことで、広く人口に感謝することがあるわけで、
大江さんの本を読んだから、例えば僕、法律のこととか政治のこととか哲学のこととか、
いきなり専門書と向き合うというのはやっぱり難しいし抵抗もあったけど、
彼が小説という形にしてくれたおかげで、
その根幹の部分は自分なりに身に染み込ませることができたんじゃないかなというふうに思いますね。
それは本当に小説家だからできることだったと思うし、
あとさっきお話したように親世代のものを読むということで、なかなか素直に向き合えない親というものも、
自分の中で親殺しって言って変ですけど、克服していったのかなという気がします。
それはある人たちにとっては、その存在は村上春樹さんだったりもするかもしれないし、
今だったら平野圭次郎さんとかかもしれないけれども、小説も円溜め、純文学とかいろいろ分けたりもするけど、
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そういうこと関係なく、自分の苦手な世代の人と同世代の小説を読んだりするってことも面白いですよってことを一つお伝えしたいなと思いました。
そしてその時の時代の空気っていうのを本から感じるっていうことが大事なのかなと思いましたね。
そうですね。その時代のリズムみたいなものを感じることができますね。
松尾清志のブラッシュアップをお送りしました。
8時40分過ぎのキャッチアップでは、昨日行われたイベントについて松尾さんお話いただけるんですよね。
ちょっとヘベレキャな感じで。
深松さん聞いてますよ。
お楽しみになさってください。
ガールズパンチ!バッテン少女隊のバッテンラジオ隊!
バッテン少女隊の春野きいなと青井リルマです。
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