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フィジカルシンカーとクリエイティブ
2026-04-03 13:19

フィジカルシンカーとクリエイティブ

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サマリー

この放送では、「フィジカルシンカーとクリエイティブ」をテーマに、言語化できない感覚や身体で感じる重要性について語られています。特に、建築やデザインの分野における「センス」の共有や、宮崎駿監督の作品に見られる「言葉にしない」表現の巧みさが、フィジカルシンカーの概念と深く結びついていることが解説されます。また、仏教の「マナ式」との関連性や、日々の制作活動におけるフィジカルシンカー的なアプローチの重要性についても触れられています。

フィジカルシンカーとクリエイティブのテーマ設定
フェスティナレンテ、この放送はSWC、スロースウィズクリエイターズ、コミュニティメンバーのマスコットがお送りします。
今日のテーマは、フィジカルシンカーとクリエイティブ、みたいなタイトルにしようかな。
この間、元々フィジカルシンカーって、ゆうとさんとの面識と予感が全くないから、あんまりいろんな情報を得てはないんですけど、
ただ、両太郎さんと対談をしたりとか、和パパさんもしてたのかな。
最近、白井さんとフィジカルシンカーの話でも対談をなさっていて、
フィジカルシンカーはすごい、僕もまだ完璧には理解できてないけど、しっくりきたとか、ずっしりっていうか、
言語化ではなくて、体で先に感じるみたいなことだと思うんですよね。
それはすごく僕も完璧な言語化は全くできないけど、
それこそ身体地というか、体ではというか、そういう感覚では理解できてるんじゃないかなと思っていて、
間違ってるかもしれないので、もし間違ってたら間違ってるって言ってほしいんですが、
それで話とか聞いていて、僕はクリエイターとして結構ありと思うところがあって、
フィジカルシンカーを考えていくと。
センスと言語化できない感覚
まずはセンスっていうキーワードからやると、
センスって結構言語化、センス自体を言語化する人もいるんですけども、
僕は結構自分の中で全然センスっていうことを言語化できないんだけど、
建築というこの仕事とか、椅子家具のデザインとかっていうのをやっているときに絶対あるんですよね。
僕は週3で友人の会社でリモートワークで働かせてもらってるんですけど、
その友人とはかなりセンスの共有している範囲が共通の部分があるっていうのはずっと思っていて、
だからこそ結構プロジェクトとかも任せてもらえたりして、
そのときにズレっていうのはあんまりないと思うんですよね。
それ向こうが言っているわけじゃないからあれだけど、
だからこそ僕にそうやって任せてくれるみたいなところがあって、
それは明らかにセンスとしか言いようがないんだけど、
その友人も、僕デマ区に留学していたんですけど、
そのときにそこでデマ区で出会った友人なんで、
もちろん日本人で同い年だったっていうところもあったからより仲良くなったんですけど、
やっぱり経験としても建築って結構建築の雑誌っていう専門性があるんですよね。
そういうのを学生時代から見るわけですよね。
僕は特にビジュアル進化でもあるので、
言葉、建築の本というのは割と批評みたいなところも強いんで、
文章、言語化みたいなところもやっぱりできなきゃいけない部分であるし、
それが載っているような本ではあるんですけど、
僕はやっぱり目で見るみたいなことの方が多くて、
それだったらかなりの数はやってきたなという自信はあるんですよね。
実体験に基づくセンスの共有
ただ一方で、それだけで建築というのはダメで、
ダメって言ったらだけどな、
センスという意味では僕は足りないと思っていて、
それこそいろんな建築を実際に見に行くということがすごく重要だというふうに僕は思っていて、
留学した時に僕はデンマークにいたので、
そこから近くにあったヨーロッパとか結構いろんな国に行って建築を見に行くわけですよね。
普通だったら観光とかの人とかって地球の歩き方みたいなのを見て観光地に行くんだと思うんですけど、
建築学生はそういうのに載っている有名な建築もあるんだけど、
そうじゃなくて、建築家向けのそういった本があって、
本当に有名な、基本的には現代建築が多いんですけども、
そういった現代とか近代化の建築家が作った有名な建築を見に行くというのをするんですよね。
僕もそれをやっていたからこそ、そこがかなりフィジカルで感じていて、
言語的な部分じゃないけれど、身体地というか体で感じていた部分なので、
多分そういう経験とかが共有している部分があるからこそ、
センスがあるし共有している部分があって、
もちろんその人と全く同じというわけではないんだけど、
でもある範囲の中で、ここからがいいデザイン、ここからはダメというか、
ジャッジでOKかダメかみたいなのがあって、そこを共有できるんですよね。
それがセンスという言葉に通じるというのがあって、
美容室の内装とセンスの共有
それというのは結構面白いなと思うのが、
僕は建築をやっている人じゃないと共有できないかというと、別にそうでもなくて、
例えば僕、美容室の仕事、内装とかリノベーションをやらせてもらったことがあるんですけれども、
その方はかなりセンスを共有できていたなと思うんですよね。
今でもそこの美容室で噛み切っているのでより思うんですけれども、
その人はフランスとかに留学していたりとかして、
僕よりもセンスはいいんですね、正直言うとその人。
だからこそ僕は多分その人とセンスを共有することができて、
これってセンスって言語化できないんですよ。
だからなかなか教えるのも難しくて、
なおかつ教えようとすると多分抽象的なことになってしまうから解釈の幅が広がって、
結局完璧には理解できないみたいな状態になっちゃうんですよね。
宮崎駿作品に見る「言葉にしない」表現
だからそれはよく思うことで、
例えば後輩とかからどういうふうにデザインしているんですかみたいなことを聞かれても、
かなりそれを伝えるときって注意して言語化するんですけど、
でも完璧に伝わっていないなって思うんですよ。
そこが結構フィジカル進化の話ともすごい通じるなというふうに思ったんですよね。
あとその話をしているときに僕は思ったのが、
これ何回も僕よく言う、すごい好きでよく言うことなんですけど、
スタイフとかでも3回ぐらい言ってるんですが、
この解釈多分本当に、これは僕の解釈もかなり入っていると思うんだけど、
宮崎駿さんの話で、
息子さんがゲゾ戦記を作った時に、監督でやった時に、
ゲゾ戦記のセリフの中で、
僕正直本当はゲゾ戦記見てないんですけど、
CMで見て知ったんですけど、
一言一句合ってるか分からないけど、
命を大切にしない奴なんて大嫌いだって、
主人公なのかヒロインなのかよく分からないけど、
そのキャラクターがそういうセリフを言ってたんですよね。
それを僕が聞いた時に、
これをセリフで言っちゃ絶対ダメなんだよなって僕は思ったんですよ。
宮崎駿って命を大切にしない奴なんて大嫌いだみたいなことを感じさせる人であって、
絶対言語化はしないんですよ。
命の大切さを、命って大切だよねって言語で伝えた、
言葉で伝えた時にすごい野望になってしまうというか、
そこに幅がないから、
言語、クリエイティブなものって、
言語化必ずしもすればいいってものでもなくて、
その途端に抜け落ちてしまうみたいな部分が、
すごいあるんじゃないかなと思っていて、
より戻ると、
宮崎駿さんは絶対そういう、
すごくメッセージがあったとしても、
それぞれの作品に絶対メッセージはあるんですけど、
それを言葉に、スローガンみたいな言葉には絶対しないんですよ。
セリフとしては絶対言わないと思うんですよ、キャラクターが。
言わないけど感じさせるってことがすごく重要なことだと思っていて、
それもかなりフィジカル進化的だなと思うんですよね。
もちろんそれを感じない人もいるけれども、
それを感じる人もいて、よりもっと深く感じる人もいるみたいな、
ある抽象度を持たせるっていうか、
そこは僕もうまく言語化できないんだけど、
それがあって、
フィジカルシンカーとクリエイティブの関係性
フィジカル進化とクリエイティブって考えていくと、
クリエイターとしては、
やっぱり言語化しないからこそ強いっていうことがあって、
それが身体にずしんととか、
ちょっと擬音になっちゃうんですけど、
身体的に分かるとか理解するとか、
みたいなことに通じるのかなっていうふうなことをね、
ぼんやりとかそういうことを思ったよっていうのがあったので、
その話をしました。
ずしんときたとかしっくりきたとかっていうことが
フィジカル進化的な話だと思うんですけど、
それっていうのは逆に言語化してしまうと
そう感じにくくなる部分も
クリエイターとかクリエイティブな部分では
あるんじゃないかなっていうのを感じました。
フィジカルシンカーと仏教・マナ式の関連性
あとこれは誰か言ってたのかな、ちょっと分かんないけど、
フィジカル進化っていう話をするときに、
僕はなんかすごいマナ式の話とも、
仏教的なね、仏教のマナ式ですね。
すごく通じるなと思って、思考の癖みたいなところとか、
身体が勝手に動いちゃうみたいな感じっていうのは
そことも通じるんじゃないかなみたいなことをぼんやりと、
ぼんやりとっていうかなんか思ったんですよね。
だからこそフィジカル進化みたいなのはもう少し深く、
もう少しというか深くいろいろ考えていけると面白いなと思いますし、
僕はそういうの、言語家とか本を読めない人間ではあるんだけど、
クリエイターとしては結構そういう部分として
フィジカル進化的な部分は重要なんじゃないかと。
あとさっきのマナ式と無理矢理つなげるとすると、
密教とかそういう仏教のやってる、密教的な、
密教までいかなくてもね、
そういうマナ式を変えるということをやることによって
クから脱却みたいなところにつながるっていうか、
マナ式を意識することでも意味があるということだと思うので、
そういう意味でもフィジカル進化的なことを考えていくことによって
現代の人たちがもう少し生きやすくとか、
クから脱却までいかなくてもそれを考えるきっかけというかな、
そういうものにつながっていくような概念だからこそ
フィジカル進化っていうのは大事なのかなみたいなことをね、
よく分かってはないんだけどそんなことを思いました。
自身の制作活動におけるフィジカルシンカー的アプローチ
ということをね、急に思ったので話しました。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。
それではみなさんスロスロスロース。
忘れてたんで追加で話しますけど、
僕マスコットズっていうCGで椅子を毎日作ってて、
1500脚くらいは毎日やってるんですけど、
それをやってるときに僕フィジカル進化の話で考えていくと、
僕最初はビジュアル進化でもあるんであるんで僕はね、
言語志向者かビジュアル進化かといえば
その2つ考えると完璧に僕はビジュアル進化だと思うんですけど、
マスコットズという毎日椅子をやってるっていうのが
僕最初の方は結構フィジカル進化的な感じで考えてたんですけど、
ビジュアル進化的に考えてたんですけど、
今やかなりフィジカル進化的な考えでやってるんですよね。
ほぼ頭とかで考えてないんですよ、椅子を作るときに。
別にそれがすごいとかどうとかじゃないんだけど、
習慣化したからこそそうなったのか分からないんですけど、
それはね、結構僕はフィジカル進化的に今や作ってるなというのは思ってて、
それが良いか悪いかというのはよく分からないんだけど、
それは明らかに最初の頃の頭で考えて作ろう、
最初の頃からもそうじゃなかったのかもしれないけど、
だからやっぱりクリエイターにとっても、
フィジカル進化って結構大事なことなんじゃないかなみたいなことをね、
思ったよっていうのを、
自分の体験から思ったこと、
そういうのあったよっていう話もしたかったんで、
最後に加えました。
ありがとうございました。
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