お金のブロックへの疑問
こんにちは、まりまりハッピーライフのチャンネルへようこそ。 このチャンネルでは、やりたいことをするする実現していくためのエッセンスをお話ししていきたいなと思っています。
今日のテーマは、お金のブロックです。 個人ビジネスをされている方は、何度も聞いたことがあったりとか、お金のブロックを壊すとか書き換えるとか、いろんな手法があったりするんですけど、
私個人の仕事をやり始めて、もうすぐ来月で丸5年になるんですね。 唯一、自分がなかなか共感できなかったポイントが正直ここなんですよ。お金のブロック。
お金のブロックって、いろんなブロックがあると思うんですよ。 個人ビジネスを始めたけれども、なかなか無料から抜け出せないとか、
有料にしたけれども、なかなかお試し価格、モニター価格から金額を上げられないとか、
あとは、高額なお金を汚いものとか、お金をもらうとか、稼ぐっていうのをギラギラしている、ちょっとマイナスな意味でのギラギラしているとか、
そういうふうに捉えちゃう、みたいな話ってよく聞くと思うんですけど、ここがね、ほんと全然共感できなくて、
なかなか言えないけど、スタイルだからあんまり聞いてる人いないって言ったら失礼なんですけど、いつも聞いてくださっている方に。
でも、インスタに比べるとめちゃめちゃいっぱい見てくれるっていうわけじゃないので、ぶっちゃけて言っちゃうと、私全然共感できないなと思っていて、
でも、この5年間、なんでそこに共感できないんだろうなとか、私はどういうふうに捉えているのかなっていうのを考えていた時に、
今日もね、その話題が出て、いろんな視点でお話ししてくださってたんですよ。
それで、結構だいぶ、これかもなって思ったのがあったので、うまくまとまるかわからないけど、
そういう考え方とか捉え方してる人もいるんだなっていう視点で捉えてもらえたら嬉しいなと思うんですけど、
金融業界での経験とお金の捉え方
まず、なんで私は別にお金汚いとかギラギラしてるとか思ったことないなって思った要因の一つとして、
金融で働いてたっていうのは一つあるのかなと思うんですね。会社員時代、新卒で入った会社が金融だったので、
銀行ではないので、目の前に現金がいっぱいあるとかでは全然なかったんですけど、
すでに保険もキャッシュレス、キャッシュレス言えてない。私が働いてた時点でもキャッシュレスの時代だったので、
現金があるわけではなかったんですけど、でも法人担当とかだから、めっちゃゼロがたくさん並んだ契約書だったりとか、
領収書だったり請求書だったりとかあるわけですよ。何千万とかね。
場合によっては多くみたいな。多くみたいなのはなかなかないですけど、でも何千万とか普通にいっぱいあるわけですよね。何百万とか。
銀行で働いてた友達もいっぱいいたんですよ。
よくこの金融界隈じゃない人からすると、そんなにお金が目の前にいっぱいにあったら、変な気を起こしたりとか、
もちろん盗まないにしても、こんなにあったらいいのになとかそういうふうに思わないみたいなことを、全然違う業界の友達に聞かれたことがあって、
銀行で働いてた友達も、保険で働いてた私も同じく言ってたのが、そもそも自分のお金じゃないしねっていうところは大前提そうなんですけど、
金額が大きいもの扱いすぎているから、あんまりお金なんだけど、お金でしかないっていうか、
何か伝わらないかな。何だろう。そこにすっごく特別なものって感じはしないって感じですかね。
だって毎日お豆腐売ってる人は、もちろん手作りのお豆腐ってすごく大切なね。自分たちの自慢の豆腐だから大切なんだけど、毎日めっちゃ扱ってるから、
壊れそう、フルフルみたいな感じには思わないじゃないですか。扱いに慣れるっていうのもそうですけど、豆腐に慣れてるし、
それこそ医療で人を扱ってる人も常に気は張っているし、絶対ミスしちゃいけないとかはあると思うけど、
でも一般の人が、「あ、お腹切るなんてドキドキ!」みたいな感覚とは違うはずなんですよね。
もうそれは、何て言ったらいいんだろう。うまく言えないけど。でもそんな感じで、お金はお金でしかないから、
すっごく特別なものとか、綺麗も汚いもないし、大きいもちっちゃいもない。
紙に書いたらゼロがいっぱいついてるか少ないかはあるけど、大きいもちっちゃいもないし、上も下も汚いも綺麗もないなって思うんですよね。
だからお金に対して特別に思ってないっていうのがまず一つあったのと、
百貨店アルバイトでの学び
あともう一つ、お金のブロックとかを特に感じなかったんだなって思ったのは、
学生時代に百貨店でアルバイトしてた時期がありまして、神戸の大丸なんですよ。
今は大丸も松坂屋と合併してとかちょっと雰囲気変わっちゃったんですけど、
当時の神戸の大丸っていうと、東京だったら高島屋特別な百貨店みたいなイメージあるじゃないですか。
梅田で言ったら阪急みたいな、神戸で言ったら大丸みたいな、そんな感じの百貨店だったので、
百貨店の本体、百貨店本体の社員さんとかはすごくそれをいい意味でプライドを持っていらっしゃって、
当時はね、大丸の中に入っている喫茶店のアルバイトでも、大丸の社員さんの研修とかも受けないといけなくて、
そこで一番最初に言われたことが、アルバイトを始めてすぐだったからっていうのもあるんですけど、すごく印象に残っていて、
初心者かどうか、社員かどうか、アルバイトかどうかは関係ないです、みたいな。
お客様からとって、あなたは大丸で働いている一員ですから、みたいな。
全てのことをできなさいって言っているわけではなくて、大丸の顔としてその意識で、笑顔でお客様と接してください、みたいな。
そういうお話があった時に、あ、プロとして求められるんだなっていうのを思ったんですよ。
当時ね、時給で言ったら900円ですよ、今と違うから。
そんな三宮でも時給900円、しかも交通費込みで時給900円しかもらえない時代にですね、それぐらいプロフェッショナルを求められるってある意味、
え、コクじゃない?という視点もあるかもしれないんですけど、でも、あ、そっか、お金を得るってそういうことなんだって一番最初だったからこそ思ったんですよね。
プロフェッショナル?金額が大きい、ちっちゃい立場がアルバイト、社員とか関係ないんだなって、どこの店舗とか安い商品を扱っているとかね、関係ない。
百貨店で言ったら、だってもう、エルメスとかね、めっちゃ高いじゃないですか。
喫茶店って言ってそんな高くないわけですよ。
当時だったら500円でコーヒーが飲めるし、プリンも525円でね、プリンが食べられるとかだからね、そんなに高いわけじゃない。
言ったら、センター街ってわかんないかな。
三宮にはセンター街っていう、若者がよく集うというか、買い物したりするところがあるんですけど、
マルキュー的なね、商店街ですけど、そういうところと値段変わらないとか、
なんならそっちの方が、いわゆる倍みたいなね、高いお値段の喫茶店とかもね、全然あるけど、
でも、そういう値段じゃないんだ。
大丸に入っている、大丸のモロゾフとか、大丸の何々っていう、その顔として立ってねっていうのをすごく言われた時に、
お金をもらうっていうのはプロフェッショナルを求められるんだなっていうのを、
すごく、最初にお金を稼ぐ、一番最初に学ばせてもらったので、
私の中の根底としてお金をいただくっていうのは、プロフェッショナルを求められるんだ。
もちろん、常に完璧ってことじゃなくて、今自分のできる最高のプロフェッショナルをっていうのをすごく意識させてもらった経験があったから、
個人ビジネスを始めたとしても、金額のブロックみたいな、
いきなり私もそんなに高額をつけたわけじゃないっていうのも正直あるんですけど、
でもそこに対して、自分ができる最大のプロフェッショナルを提供しようと思ってやっていたから、
あんまりブロックは感じなかったなと思うんですね。
お金持ちとの出会いと印象
後、神戸の大丸で働いていたので、めっちゃお金持ちが、
声でかくなった。めっちゃお金持ちがかかるんですよ。
特に私、婦人服売り場、若い子じゃなくて、マダムの層の婦人服売り場の喫茶店を担当していたので、
平日とか特にね、マジのマダムがいらっしゃるんですよ。
見た感じどこのお洋服かわからないんですけど、特に冬場とかよくわかる。
全然物を知らない10代でも、これはすごく質が良いんだろうなっていう超高そうなコート。
ウールの生地が全然私が着ているものと違うみたいな。
お着物のマダムがいらっしゃったりとか、物越しがすごく綺麗だし、柔らかくて素敵なマダムがいっぱいいらっしゃって、
本当にお金持ちの人って全然黄兵衛じゃないし、めっちゃ素敵なんですよね。
でもすごいカードを使ってるんですよね。もちろん外商さんのカードとか。
そういう人たちなんだって、お金持ちってこういう人たちなんだって思ったし、
私自身も中高一巻子、私立に通っていたので、自分のお家は普通にサラリーマンで、一般家庭。
私立の中では全然お金持ってない組だったんですけど、
私立の中には本当に漫画に出てくるみたいなお金持ちもいるし、そこまでじゃないけどお金持ちもいるしみたいな感じで、
周りにお金持ちの人がいっぱいいたので、別にお金持ちって漫画で描かれるような汚くて意地悪でみたいな人を見たことないんですよね。
本当にマジでマジ。一緒に中高通ってると、めちゃめちゃマジのお金持ちってわかるわけですよ。
全然ひけらかさないし、マウントも取らない。ただ持ってるもの一個一個が、普通に当たり前に良いものとか、
ちょっとした旅行だったりとか、お母様のやり取りとか。
そういうので、「あっ!ガチのお金持ちだ!」って感じる瞬間はあるんですけど、
でもそういう人ほどめっちゃいい人だし、マウントも取らないし、意地悪なこともしないしみたいな。
争わない。金持ち争わず?みたいな言葉あると思うんですけど。
だからね、自分の中での引き出しの中で、お金持ってる人っていい人ばっかだ!だったんですよ、私の中で。
だから全然お金が汚いとか、お金儲けがギラギラしてて汚いものだ!みたいな印象がなくて、
こういう人たちのところにめくめくとお金は巡るんだな!みたいなものを感じていたから。
だから、そういう汚いとか、ギラギラしてるのは良くないとか、
お金稼ぎを自分の必要な額以上欲しがるのは良くないことだ!みたいなね。
そういうのは自分の前提になかったんだろうなぁと思って。
前提と捉え方の重要性
これってやっぱり、人それぞれ生まれ育った環境だったりとか、小さい頃から聞いた言葉。
あとは、同じ言葉をたくさん聞いたとしても、どれを自分の中でピックアップして記憶に残すかって選んでると思うので、
全部のことを記憶してる人なんてほとんどいないと思うんですよ。
私も全然覚えてない。そういう印象的なことしか覚えてないから。
だから、どれをピックアップしてるかなんだなぁと思って。
だから、ぜひですね、何でこれを話したかっていうと、もちろんブロック解除とかね。
過去に何か言われたとか、されたとか、されたと自分が感じたことと向き合うことってすごく大切だし、
やっぱり、潜在意識って言ったりしますけど、自分の中にある前提が何かによって、今の世界をどう見るかどう捉えるかって全然変わってくるから、
そこをね、やっぱり変えたりとか、すぐ変えなくても、自分はこういう前提で社会を見てるんだな、
他の人はそう見えてないかもなって気づくだけで全然変わると思うんですよね。
だから、そういう意味で、潜在意識と向き合うとか、カウンセリングとか、お金のブロック外す、そういう手法っていうのは有効だともちろん思うんですけど、
でも、そこにとらわれすぎてないかなって、もっと簡単に、いろんなお金持ちいるよって思うし、
これを聞いて、たまたまマリちゃんが出会ったお金持ちはすごい素敵な人が多いけど、
世の中そうじゃないお金持ちっていっぱいいるじゃない?って思う人ももちろんいるかもしれない。
それはその人の前提だと思うんですよ。
私はそういう嫌なお金持ちに全然出会ってないから、私の中で本当のお金持ちって素敵だし、いい人ばっかりだし、魅力的だし、
自分のことしか考えてないみたいな人じゃない?だから循環するんだなって思ったっていうのもあるんですけど、
だからそれはどっちの前提を取るも自由。
もし自分が実際にめっちゃ嫌な思いをした、お金を持ってる人のエピソードとか、お金をギラギラ稼ぐために人を蹴落としましたみたいなエピソードが自分の身近に実体験としてあって、
自分の心に未償化なまま抱えてるって言うんだったら、それは絶対向き合って、自分一人じゃ難しかったりしたら誰かと一緒に向き合って前提を変えていくっていうのはすごく素敵だなと思うんですけど、
他あるのは別にこういう経験、どっちも経験してないパターンの方も多いんですよ。
素敵なお金持ちにもそんなにたくさん出会ったこともないし、嫌なお金持ちにももちろん出会ったこともない。
でも、SNSではこう書いてるよねとか、こういうよねとか、こういう人ってきっといるよねっていう思い込みで、ギラギラは汚いとか思っちゃってるんだとしたら、めっちゃもったいなくないって話なんですよ。
それって、土の子って危険だよねみたいな。土の子って猛毒があるから、出会ってしまったら危ないと思うみたいなことを言ってるのとあんま変わんないなと思うんですよ。
だって出会ったことないんですよねって。いるかもしれないけど、いないかもしれないし、あなたは会ってないんですよねって。
実際、出会って猛毒で苦しんでる人が身近、本当の身近にいるんだったらまた別ですけど、こういしょーいましたとかだったらまた別だと思うんですけど、じゃないんですよねってなったら、
そこにとらわれすぎて、この話題をすればするほど、ギラギラってやっぱりちょっと嫌だな、またギラギラを良くないってジャッジしているとか、私の中にジャッジする心があるとか、いろいろ向き合うポイントを自分で増やしちゃってるだけっていうケースも案外あるんじゃないかなと思って、その話をちょっとしたいなと思いました。
キラキラとギラギラの本質
インスタギラギラさせるのも好きじゃないとか、好きじゃないはいいと思うんですけど、あれってないよねーみたいな話もこれに近いのかなと思っていて、
あんまりそのアフタヌーンティー、キラキラーみたいなのを嫌と思ったこともなくて、身の回りの人でそんなにやってる人がいる、いつもやってるわけじゃないけどそういうのを映してる人もいるし、
でも私の周りとか私自身は多分インスタがなくてもそういう本当にキラキラブランディングではなく、キラキラが好きでやってる人は多分インスタがなかったとしてもそういうところに行っているし楽しんでると思うんですよね。
エセキラキラは多分そうだと思うんですよ。インスタで写真や動画を撮るために本当はお金もったいないなって思いながらとか、こんな服好きじゃないんだけどなって思いながら、なんかドレスを着てシャンパン持ってアフタヌーンティーで乾杯ってしてるとかだったらそれはなんかエセキラキラ。
なんかこう不一致感?本人も好きでやってないんだろうなとか楽しそうじゃないなっていうエネルギーが乗ってるから多分見た人になんか気持ち悪いなって思わせてしまうと思うんですけど、でもそうじゃなくて普通にホテルが好き。
ホテルに似合う自分が好き。ホテルに似合う服装とかそういう場が好きっていう人だっているし、それがもう別に特別じゃないっていう人もきっといると思うんですよね。
ランチ行こうみたいな感じでホテルのアフタヌーティー行くのが当たり前っていう前提の人だっているから、そういう人はやってても全然気持ち悪くないと私は思うんですよね。それを見て別にキラキラブランディングだとかキラキラだからみたいなふうに思わないんですよね。
カフェとか行って写真撮ってストーリーズの素材作るの大変だねみたいなことを言われたこともあるんですけど、私それに関してはね、好きでやってるから全然思わないし、私カフェが大好きだから、10代の頃から。
インスタがなくてもカフェ行って写真撮ってたし、今インスタがなくなったとしてもカフェに行くし、なんなら写真も撮る。自分のことは写すかどうかわかんないけど、だから好きを生かすってめっちゃ大事だなって思うんですよね。
やっぱりそれ好きじゃないと続かないし、そういう好きじゃないけどやるかみたいな、売れるためにはとか、ブランディングのためにはとか、そういう後ろ向きな気持ちがやっぱり画面上だったり発する言葉だったり、何つくしか出ちゃうから、そこが気持ち悪さにつながるのかなって思ったんですよね。
だからキラキラしてるから良いとかダメとか、ギラギラしてるから良いとかダメっていうよりも、その気持ち悪さを出しちゃってないかなっていうことなんだろうなと思って。
私の中でのそれが、なんだろう、一つの、何て言うだろう、結論ではないけど、なのかなっていう考察。そう、考察でした。
最後までお聞きいただきありがとうございます。たくさんお金のブロックとかね、キラキラギラギラ論議ってあると思うんですけど、ほんま好きにしたらええなんですよ。
なので、そうは言ってももちろん、外装、外観を整えるっていうのはビジネスにおいては大事ですよ。大事。
それはサポートするんだったら絶対整えていただくんですけど、でもそれっていうのは別にあなたのポリシーを曲げるとか、あなたらしさを消すためにやっているわけではなくて、
あなたが届けたいものを本当に届けたい人に分かりやすく手に取ってもらうために整える。だからみんなが白シャツにスカーフ巻く必要はないし、東京の人がみんながみんな丸の内でプロフィール写真を撮る必要はないし、
アフタヌーって行く必要もないし、顔だって出さなくたっていいし、トークリールだってやらなくていいわけですよ。なんならリールだってやらなくていい。
それぞれ得意なこと、不得意なことがあるし、意図があってやっているので、どんな意図をどんな形にするかっていうのがめっちゃ大事だなと思ったし、
お金のブロックとかキラキラとかギラギラっていう言葉が、ちょっと前の自分らしくとかありのままの自分みたいな言葉のように擦られすぎて、そこに逆に意識を持っていかれすぎちゃってるんじゃないかなと思う部分があったので、
今日はこのお話をしてみました。あんまりうまく言語化できてなかったかもしれないですが、最後までお聞きいただきありがとうございました。
リスナーへのメッセージと今後の展開
え、なんかそういうことじゃないのとか、これを聞いてみて私はこう思ったよみたいなご意見がありましたら、レタでね、DMで送っていただければ大変嬉しく思います。
これについてはどう思うの?って送っていただいたら、それもアンサーさせていただきますので、またよかったら聞きに来てください。それでは失礼します。