喜びの始まり:フォロワーからの嬉しい言葉
ハロー、MARIKOの何を言ってるかわからねぇと思うが、感じたことをありのまま話すぜっ。
今日はね、ちょっと嬉しかったことをね、お話しします。
フォロワーさんに言っていただいた言葉で、すごい嬉しかったご感想をね、いただいたので、それをお話ししますね。
スタッフの感想じゃないんですけど、私はノートを書いてるんですね。
ノートを書いていて、そのノートに対して、ノートでコメントが来たんじゃないんですけど、別でね、DMでいただいて、
えっとね、何だったかな、すごい嬉しい言葉、何でしたっけ、
あ、もっと読みたくなる、うまさと素直さってですね、みたいな感じでいただいて、
あら、そうですか、と思って、嬉しいなってなりました。
過去の葛藤:SNS発信と手応えのなさ
うまさ、うまさ、素直さ、ね、私、スタッフさんもそのように言っていただいて、
私ね、あの文章、結構昔から、面白いねってね、なんか最後まで読んじゃうみたいな、
言ってもらうことが割とあって、でもなんか、あ、そうやって言ってくれる人いるんだなっていう思いと、
思いの反面、反面っていうか、そうやって思ってくれる人いるんだっていうのが、
2割、3割、7割、8割ぐらいは、
何だろう、そうやって言ってくれる人いるのは分かっている、嬉しいんだけど、
でも全然広がらない、拡張しないっていうか、
私っていう存在が広まっていく感じがないっていうかね、
なんかそういう手応えのなさっていうか、
なんかそういう、なんていうのかな、
なんかシンプルに正直に言っちゃうと、
収益化っていうかね、そういうものに結びついていくような、
そういう文章は書けない、そういう文章じゃないんだなみたいな思いもめちゃくちゃあって、
ちょっと今もいきなり何を言ってるかわからないんですけど、
なんか結構、なんだろうな、
なんかフェイスブックをここ、割とね、5、6年ぐらいフェイスブックに存在していることが多かったんですけど、
なんかフェイスブックで結構なんかこう、
自分の表現とか発信っていうものに対して、
なんかすごく多分、自信をなくしてしまってた、きっと。
これどういうことかっていうとですね、今しゃべりながら自分でちょっと自己対話的な感じなんですけど、
フェイスブックってやっぱすごくコミュニティ的な要素が強くって、
今はなんかこうアルゴリズムで全くつながってない人にもちょこっと投稿が届くようになったりしてるけど、
友達としてつながってる人同士の、そういうのが強いのかなっていう感じがあって、
ノートもSNS的な要素があるから、ちょっとそのコミュニティ感はあるんだけど、
フェイスブックの方が、もっとなんていうの、それが濃いっていうか、
だって友達ですしね、フレンドですしね、つながる人の呼び方とかもね、
いいねをくれる、ハートをくれるとか、リアクションをくれるとか、
そういうのってなんていうのかな、今リアルに関わってる、今お互いに興味がありますみたいな、
人同士っていうか、それがものすごく可視化されやすいっていうか、そういう感じ。
オンラインサロンに入ってた時とか、あとそういうコミュニティに入っててとか、
一時、この集団に、この集まりにすごく属してました、顔を出してました、つながってましたみたいな時とかって、
その界隈の人たちからすごくリアクションがあったりとかがあるんだけど、
人の気持ちっていうか、属する場所とか優先順位とか、関わりって変わっていくじゃないですか、
そういうのが変わっていった時に、前関わってた人からは誰からもリアクションがないみたいなのが、
結構ずっと続いてて、文章面白いよねって言ってくれることも人生で結構あるんだけど、
今までリアクションあってくれてた人から、わーってスルーされてる、きっと投稿にも上がってないかもしれないですよね。
その感じをすごく、その寂しさっていうか、私の非表現とか書いてることはもう届かない、誰にも届いてないかもみたいな、
みんなリアクション、何かを感じた以降のリアクションじゃないしね、
フェイスブックも、もうリアクションまではしないけど、でも私の存在っていうのを感じてくれてる人っていうのは必ずいると思うんだけども、
でもなんか、ここで私の思いっていうものを綴っていくのは、何か違うなっていうのがすごくあって、
ちょっと身動き取りにくいみたいなね、そんな感じがずっとあったんですよね。
身動き取りにくい、でも思い切って書いたら書いたで、なんか読んでもらってる気もしないみたいな、
そういう感じがすごくあったんですよね。
もうそもそも私から、私の投稿にリアクションを全然しなくなったっていうか、
関係性が薄くなっていった人たちからすると、先にあんたでしょ、しなくなったらっていうのも多分絶対あると思うんですよ。
あんまり人の投稿、リアクション、軸位置したりとかしなくなっちゃって、フォローとかもあんまりしないというか、そうなんですよ。
読みたいなっていう時に、その人のページに行ったら読んだり聞けたりするから、検索でその人のページに行っちゃうみたいなとこがあって、
自分もフォローしてもらったら嬉しいくせに、どうなのって感じなんですけど、
なんちゅう上から目線のやつやっていう感じでね。
基本ちょっと上からなんですよ。
DMと「視座が高い」という評価
最近はノートに自分の内側のことを書いてて、
そしたらそうやってもっと読みたいってなるし、すごく素直ですねみたいな感じで言っていただける方がいて、DMでね。
DMをするって結構わざわざ感っていうか、
いいねとかみたいに0.1秒でプンって終わることじゃないから、
こんなふうに感じましたっていうのを、わざわざ時間を作って送ってくださる方がいるんだと思ってね。
嬉しいなと思いました。本当にありがとうございます。
何だっけ。
同じ方なんですけど、この音声配信もフォローしてくださってね。
この音声配信って本当こんな何を言ってるかわからないチャンネルをありがとうございますって感じなんですけど、
その方のプロフィールですよ。
びっくりすること書いてあって、何が書いてあったかっていうとね、
資座が高い方の話聞くのは好きですって書いてあった自己紹介的な欄にね。
え、資座が高い人の話、あら、え、私、え、私、大丈夫ですか、え、私、みたいな。
ありがとうございますって感じで。
もしかしたら私の放送聞くためにアカウント作ってくれたのかな。
それはうぬぼれ?ちょっとわかんないんですけど、
まだ自分では発信されてない感じで、
でもインスタじゃないわ。スタッフってその人が誰をフォローしてて、
誰とつながってるのとかが一切見えない仕様なんですよね。
なんかそれがいいなって思うんですけど、
だから私以外にもすでにいろんなチャンネルを登録されてあるのかもしれないんで、
私のために作ったアカウントですかとかはちょっとうぬぼれなんですけど、
資座が高い人の話を聞くのが好きなんだっていう方からフォローしていただいて、
めっちゃ嬉しいなっていう。
「視座」とは何か:自己認識と内なる視点
私はすごくこの英語をむき出しの発信をしているんですけど、
でもすごく何目線やねんって感じなんですけど、
自分の中にすごく神的な視点みたいなのがあるのを自覚できる瞬間もあって、
でもこれって多分みんなあると思うんですよ。
なんかその自分じゃないとこから、自分なんだけど、
自分じゃないとこからってちょっと言い過ぎやな、そこまでは到達してないけど、
やっぱその資座っていうんですね、やっぱりその高いところから見下すっていう意味じゃなくて、
見渡せる場所から見て、
見渡せない場所にいるところでガチャガチャなっていることを見渡せる場所から、
これはこういうことだからだなっていうその構造っていうかね、
そういうのをパッと把握したりとかっていうのが、
答え合わせはできないことがいっぱいあるんだけど、
こういうことなのかなっていうのを、そういう視点で物事を見られる瞬間みたいなのがたまにあって、
普段はもうエゴまみれなんですけど、
なんかこの音声配信も本当何言ってるかわからないと思うし、
神の存在マリコが喋ってるんじゃなくて、人間の私が喋ってるんですけど、
でもこの音声配信もたまにっていうか本当数回ですけど、
何を言ってるかわからないって言ってるけど、
ものすごく深いことっていうか、
そういうことを言ってはりますねっていうのを言ってもらったこともあって、
すごく切り込んでるじゃないけど、何て言ってくれなかったかな、
何を言ってるかわからないって言ってはるけど、それが私にはわからないみたいな、
ものすごく私はマリコさんが言ってることがわかりますみたいなことに言ってくれはった人がいて、
それは資座とどうこうはわかんない関係ないかもしれないんですけど、
でもそうやって私のノートを読んで、
資座が高い人の話を聞くのが好きだって言ってはる方が私の音声まで下ろしてくださったってことは、
何かしら私の文章にそういう部分を見出してくださったというか感じてくださったのかなと思ったら嬉しいですよね。
私そんな高尚なことを言って、世の中を癒していこうとか、みんなを気づかせていこうみたいな、あんまりそういうのはないんですよね。
どっちかっていうと、何でみんなこういうことここまで考えないのよみたいな、どっちかっていうと怒ってるんだよね私は。
まだなんか怒りベースなんですよね。
怒りっていうものをもっと質の高いエネルギーになかなか変換するのが難しい時があって、
割となんか怒ってるベースみたいなね。
ロックも好きなんでね。
主語でかいけど。
ロック好きな人がみんな怒ってるみたいな言い方しちゃったけど、
まあでもなんかそういう反骨っていうかね、アンチテーゼみたいなところはずっとありますね。
「視座」を巡る学びの体験
死者が高い人の話をっていう人にフォローしていただく直前までね、
死者をあげるっていうことの話をずっと聞いてたんですよ。
聞いてて、この昨夜ね、6月2日から3日になる深夜、私夜通し起きてて、
ずっとね、泉隆一先生っていうね、生成術の占いとか西洋神秘学とかにすごく造形が深い大先生の方の
生命の木っていうやつの説明のね、解説のYouTubeずっと聞いてて、
聞いててっていうか、聞きながら他のことをおっしゃったから、
真剣に聞いてたっていうよりは流し聞きで浴びてた感じなんですよね。
でも生命の木っていうのも、言ってしまえば死座っていうか、上に向かっていってみたいなね。
でも実はその一番上の一番抽象度高いところは、
上っていう感覚なんだけど、実はでもそこが根っこですみたいな、
そういう感じの話されてて、結構その生命の木、分かんない方からしたら何の話って感じだと思うので、
ちょっと調べてもらったらと思うんですけど、
上にポイント、自分の成長、魂の成長っていうか、上がっていくみたいな、
心の魂の成長のシステムを可視化したみたいな、そういうやつなんですよ。
西洋のね、神秘学の、説明違ったらすいませんけど、
結局あれも死座みたいなね、そういう話だと思うんですよね。
なんかこう、一個上がったとこから見たら、前落ちてたところの問題の何が問題なのかが見えてくるみたいなね、
そういう感じ、そういう話をずっと聞いてて一晩中。
その後、朝に神戸にある世界が変わる研究所っていうね、
普通のマンションの一室っていうかお宅なんですけど、ご家庭なんですけど、
宗教みたいな、なんでもなくて、
なんていうのかな、コミュニティといえばコミュニティなんだけど、
コミュニティともちょっと違うなっていう場所があるんですよ。
その世界が変わる研究所っていうのを発足させた、立ち上げた、
吉田すぐるさんっていう男性がいらっしゃるんですけど、
この方が毎朝5時ぐらいから、朝ズームでね、オンラインね、
これ講座でもなんでもないんですよ。
なんかその時に、みんな顔出しなしでもなんでもいいんだけど、
毎朝そのズームが開かれてて、
何の話をしますとかもなくて、
集まった人でめっちゃ無言の時間もあったりとか、
でも誰かがぽって話し出したことから、
対話が深まったり広がったりしていくみたいな、
そういう会、会っていうかなんかあるんですよね、朝にね。
無料で誰でもその時間にズームつないで始まってたら入れるんですけど、
それになんか夜通し起きてたから、
私はそんな朝5時とかに起きられる人じゃないんで、
逆に朝5時まで起きてた時にたまに入室するんですよ。
吉田すぐるさんがずっともう何年もずっと言ってるのは、
結局この方はこの師座の話しかしてないんですよね。
別に永遠といつも難しい話をしてるわけじゃないけど、
結局何を話してても、結局はこの師座っていうものね、
上と下の、この上に登っていくんだとか、
高いところから見るんじゃとかっていうよりは、
このパイプ、上から下につながる、
このパイプを詰まらせないっていうことをね、
延々と言ってはるんですよ。
生命の木は結局そういうことなのかなみたいなね、
あれは22本のね、パイプみたいなのにつながれてるんですけど、
なんかその師座の、一晩中生命の木の話を浴びて、
その後朝から、結局その師座とは何なのかみたいな話を浴びて、
それで朝のズーム退室したら、
私のこの音声配信をフォローしてくださっている方がいて、
ノートをすごく読みたくなりますってコメントもくれてて、
その方のスタイフのプロフィールに、
師座が高い人の話を聞くのが好きですって書いてあったから、
このなんか師座の流れ何みたいな、
今そういう感じ、そんな感じなんですよ。
「視座」のシンクロニシティと感謝
何だろう、この師座の話を一晩中浴びたからかみたいな、
なんだこの師座の流れ来てますみたいな、
私自身が師座が高い、高い、どうなのかな、
さっきも言ったけど、2回目ですけど、
そういう視点で今見えてるって瞬間と、
もう全然、どっぷりと低めの場所に使っちゃってるなっていうところも、
自分でわかるっていうか、感覚っていうか、自覚があるから、
でも何か私の発信にそういう部分を感じてくださったんだなと思うと、
すごく嬉しいな、ありがたいなって思うし、
またそうやってYouTubeでいずみ先生だったり、吉田さんだったりとか、
そうやってこの師座とは何なのかみたいな話を、
あらゆる角度からあらゆる例え話で使ってしてくれる人がいるっていうね、
ありがたいですよね。
私本当に詰まってるとこめっちゃあるんでね、
そうやって師座が高いって思ってくださる方もいるのかもしれないけど、
そのパイプはすごく詰まってるところがいっぱいあるから、
こうやって自分の喋ったりしてこうやって自己認識っていうかね、
自己理解を深めたりとかしたり、
そういうお話をしてくれる人のね、そういうので学ばせてもらったりとか、
あたしはまだ途中のっていうかね、
私の家庭をそうやって面白いとか、読みたくなりますとか言ってくれる人、
そういう人たちの存在を感じながら、
この詰まりっていうものを取っていきたいなって思ったり、
喋りながらしました。
エピローグ:クリエイティブな夜と日常
はい、というわけで25分近く話してしまいましたけども、
脈々のないお話を。
はい、というわけでこんな感じでした。
ちなみに今6月3日の夕方なんですけど、
私は6月3日の朝9時頃まで起きてたんで、
そこから寝て3時頃に起きてゴソゴソして今っていう感じです。
はい、私はもう夜にクリエイティビティがね、
クリエイティビティっていうかなんか活性化するタイプなんで、
仕事連休中なんでね、
もうこのリズム最高って感じなんですけど、
でもやっぱり夜にちゃんと寝ないとね、
なんか肌はちょっとボヤって感じなんで、
ちょっと今日はなるべく徹夜しないでおこうかなって思っておりますが、
どうなるかっていう感じです。
はい、では最後まで聞いてくださってありがとうございました。
また次回の配信でお会いしましょう。またねー。