「ファッションは自己表現」への問いかけと自己紹介
ファッションは自己表現 はい、この言葉よく聞きますよね
これについて何か この言葉を聞くと何かこう感じることってありますか?
うんうんそうだよねとか そうなんだろうけどそうしたいけど
表現の仕方がわからないとかね そういうことあると思うんですよ
今日はこの言葉についてと言いますか
ファッションとはその自己表現のツールというのが唯一の
アンサーなのかみたいなねアンサーというかその役割なのかっていうあたりを
あたりについてつらつらと持論を語っていきたいと思います
はい私は誰なのかというとですね MARIKO というものでして
ファッションの仕事をずっと23年ぐらいしているものでパーソナルスタイリストをしております
このチャンネルではですね ファッションということにまつわるいろいろな
私の持論をですね 独断と偏見たっぷりで語っていくという
ちょっとカタルシス的なねそういう内容になっていくかなと思うんですけれども もし良ければ最後までお付き合いくださいませ
ファッションは自己表現のツールっていうね
台本なしで語る理由
ファッションは自己表現の手段っていうね そういうお話ですよね
えっとですね いきなり脱線するんですけども
先日第1回目を公開したんですけれど あらかじめ喋ることの骨子をね
メモしてたんですよ
で そういうふうにやっていこうかなと思ったんですけど
やっぱりちょっと重くなってしまうというか この喋りたいって思った時に1回その
台本というか骨子を作るというステップを挟むことで 自分のこのエネルギーが下がってしまうなって感じたので
むき出しの感じで喋らせていただこうかなと思っております
えーとかねあのーとかね いわゆるフィーラーっていうんでしょうか
校長先生みたいな感じも多く入って 聞きづらいこともあるかなとは思うんですけれども
ちょっとずつ上達していけたらなと思っております お付き合いいただけたら嬉しいです
ファッションは「生活の道具」である
はいそしてこの自己 何でしたっけファッションは自己表現のツールだっていうね手段だっていう
この言葉について 私がどういうふうに考えているかっていうのをお話しさせてもらいますね
これはね間違いなくまあその通りであるとは思ってるんですけどその通りでもある っていう感じですね
つまりね ファッションが持つ力であったり役割の一つであって側面であってね
すべてではないっていう感じですよね でこの
なぜそのように考えているかっていうとですね 私はファッションはまず
自己表現っていうことの前にファッションって言うとちょっとくくりが大きいかな 服っていう
もうちょっと単位を小さくした表現にしましょうか 服っていうのはですね
自己表現の道具であるという前にですね 道具というか手段であるとあるその前に
もう大前提として 生活の
道具と言いますか まずはその自分のこの命を守るためのねそもそも衣類っていうものは
そのための道具なんですよ 生活の道具っていう言い方がわかりやすいかな
で私はもうめちゃくちゃもうこれはね あの声を大にして言いたいっていう感じなんですよ
そもそもまずは 自分の身を守るため
命をつなぐためというかねそういうための道具であるんですよ この話ねちょっと先に言えよって感じなんですけど
このファッションは自己表現だみたいな そういう言葉にこう引っ張られてしまうとか
あるいは何でしょうその言葉がプレッシャーみたいな そこまでおしゃれすることに
そんなに貪欲じゃないのにそうじゃないとダメなのみたいな そういうふうに感じてしまう人に
ぜひ届けたいというか聞いて欲しいなって思うんですけど 何回も言うけど服っていうのは生活の道具っていうね
いうことなんですよ これをね
これを唱えているファッションスタイリストってね まあいないですね
あの 世界中のスタイリストさんのこと私は知らないのでゼロとは言い切れないんですけども
そんなにそんなに私はあの 同じ意見だっていう人に出会ったことがないというか
あのそういうオンラインっていうかネットインスタとかねそういうメッセージを 放っている人は一人も知らないですね
別に私の独自性をね 個性的でしょうとかそういうことをアピールしたいわけじゃなくて
あそこはあんまり触れないというかそもそももしかしたらその方々の概念にもないのかもしれないし
インパクトないですしねおしゃれして人生をキラキラさせようみたいな方が エモーショナルじゃないですか
私は結構ねドライなんですよ 思いっきりこうドライだし
合理的な 考え方というのもものすごくおそらく持ち合わせていって
何もかも冷めているわけじゃないんですけど 生活を
快適にするっていうことをね 置き去り
にしてほしくないし 私自身がそこを
置き去りにできないっていうかね そういうタイプなんですよ
だから自己表現の手段なんだみたいな言葉に引っ張られちゃうと こんなベーシックな服着てる私
ダメなのかなとか 選ぶ理由って楽チンなんだけど
だから 垢抜けないのかな冴えないのかなとか
どんどんこうおばさん化していくのかなとか そういう
気持ちになる人もいるのかなとか思うんですよでもこのファッションは自己表現だ っていう言葉を
こう 悪意があるとかその悪と悪いように今日本語変だったなこの表現に対して
それは違うとかそういうことでもないんですよ それもあるよねっていう感じで
でもこの大前提でも命を守るものだよねっていう思い私はすごく強いので
こうなんていうかね毎日毎日毎日毎日全力でおしゃれしなくていいと思っていて
それがやっぱり重荷な人もいるじゃないですか
なんか 私はねぜひなんかもうほんとそういう人たちに
いやファッションファッションでか服って生活の道具だからっていうことをほんとね あの
強く強くというか なんか語りたいというかね
だからそのあなたが楽な服は日常 日常に楽な服を選んでしまうっていうことは
何もそんな 卑下することじゃないっていうかねそういうそういうのを伝えたいんですよ
毎日が 毎日をドラマティックにとか
私は主演女優でとか もちろん私それも思ってるんですけど
その考えももちろんあってそれはまた別の機会で話させてもらおうかなと思うんですけど
いろんな視点をね持っているというかなんかちょっと上からの言い方ですけど
いろんな角度からファッションって何だろう
服って何とか装って何っていうのを 共有していきたいなって思っているので
今日はね生活の道具だよっていうことをね 言いたいんですよ
それをそっかってなっていただく方がいればなと思ってそうすることで
普段にものすごく無難でとか洗いやすくてとか
そういうことに重きを置いて その日の服を決めていることに
そんなにこう ネガティブになってほしくないなってそういうふうにね
思ってるんですよ
華やかなファッションイメージへの疑問
ハレとケって言うでしょ これ素晴らしい日本の表現ですけど
インスタグラムとかね スタイリストさんの華やかな
華やかなスタイリストさんのブログだったりとかあって
全部の人ねチェックしてないから決めつけは良くないんですけど
やっぱりこう 拝見すると華やかで煌びやかで
ハレって感じじゃないですか このセレモニーとかね
式典とかそういうハレじゃないけど
毎日すごくとってもファッショナブルみたいな
ハレっていう表現はちょっと違うのかもしれないけど
なんかケっていう感じではないっていうかね
実際こんなこと一般の人がするのかみたいな
そういう世界を見せてくれてるっていう感じ
そこに憧れて自分を変えようと思ってとか
それはすごくポジティブな動機でいいと思うんですけど
そこに憧れっていうより憧れるんだけども
ちょっとヘビーみたいなね
実際でも私毎日めちゃくちゃ朝からバタバタしてて
子供の送り迎えがあってとか
いやいやこんなみたいな
そういう思いに結局なってしまう人にね
私ってこんな風に輝けないんだとか
ファッションで自己表現できないんだみたいにね
なってほしくないなって思ってるんですよ
衣類の生物学的役割
この生活 違う 服が生活の道具っていうことはね
もうちょっと掘り下げるとですね
そもそもこの人間ホモサピエンスっていう
この生命体はですね
体温調整っていうのはできない生き物なんですよ
できないっていうかものすごくその能力が
他の動物と比べると
もう著しくその能力が低い生き物なんですよ
衣類を着るっていうことで
暑いとか寒いとか着たり脱いだりっていうことで
調整をしないことには
この地球というかこの環境の中でね
生命を維持していけないそういう生き物なんですよ
でも先住民の方とかでね
裸の民族とかがいるから
だいたいそういう民族は暑い国ですけどね
寒い国でやっぱ裸の民族っていうのはいないので
そうですね そう思うとやっぱり
この浮遊がある場所で暮らしている
暮らしている人たちなんかにしたら
やっぱりもうこの衣類を着るっていうことはね
命を守るっていうことですから
まずそれありきだよっていうね
快適さを重視する選択の肯定
それプラス快適であるっていうことですよね
私たちは命をつないでいって
そこの上に命をつなぐ
生活をしていくっていう
暮らしっていうね
そういうのがありますので
この生活っていうのはものすごく生々しくて
リアルなものじゃないですか
そんな一部切り取って華やかな部分だけが
一日続くわけなはずないので
そうやって考えた時にですよ
そんなに毎日毎日
ファッショナブルで
自分のパーソナリティ大全開で
パーソナリティ 個性が出るっていうことは別に
普段着でも
個性を出すってことは普段着でもね
可能な部分ではあるので
それもそうですね そこはいいとして
何ていうんですかね
そんな格好で
日常のいろいろなことをこなせるのかみたいな
そういう服装をね
毎日することが
ファッションは自己表現だみたいな
そういうことではないというのをね
私は強く強く訴えたいですね
この言葉がですね
逆にものすごく迷子さんを生んでいるんじゃないかとすら思っているぐらい
そうなんですよ
でも一理あるんです
ファッションは自己表現ってね
これはまた別の機会で語っていきたいから
この間は別ファッションの自己表現っていう言葉
アンチテージのようなことを言ってはったのに
今回はファッションは自己表現だって話してるよっていうことも
出てくると思うんですけど
いろんな切り口からね
掘っていきたいなと思っていて
今日はねひとまずそうですね
ファッションは自己表現だっていう前に
生活の道具だよっていう話をね
させていただきました
これはだからもう本当に何回も言うけど
ファッションは自己表現だっていう風に
行くまでにそういう
マインドに行くまでにはね
ステップがやっぱ
必要なんですよステップを踏むっていうかね
いつももっとその楽なものを選ぶとか
そういう方ってものすごく生活においての
日々の生活においての快適さっていうものを
ものすごく重要視してる方が多いと思うので
その方にいきなりファッションは自己表現のそのステップ
ステップっていうかそこのその段階ね
かなりこう
ハードルが高いと思うんですよね
だからねまずは
生活の道具だそうじゃんそうじゃん
楽な服選ぶのでもいいじゃんっていうね
そこの
現時点のその選び方が基準だという自分を
需要してもらうっていうか
需要してほしいっていうかね
受け入れてもらうことから始めていただきたい
みたいなそういう思いです
そこからね
楽なんだけどちょっとおしゃれにとかね
そういうことに
興味がね
おありの方とかがいらっしゃったらね
全力でサポートさせてもらいたいなみたいに
思っております
という話でした
まとめと今後の展望
はいそんな感じです
今回は
はいいかがでしたでしょうか
ちょっとうまくまとまりがなかったですけれども
何かご感想とかね
あればコメントとかレターいただけたら
嬉しいなと思います
はいでは最後まで聞いていただいて
ありがとうございました
また次回の配信でお会いしましょう
では