突然のライブ配信と五輪書への言及
みなさんこんばんは。今日昼にね、突然ライブ、短いライブをしたんですけれどもね、びっくりされた方もいらっしゃったかもしれませんが、またゆっくりご報告できる機会があれば、シークレットでご報告したいと思いますね。
えーっとね、五輪の書ね、またほったらかしてますのでね、読んでいきたいんですけれどもね、風の巻なんですよ。
でね、今日の出来事なんですけれどもね、また戻っちゃうんですけど、やっぱりね、何事もね、本当に切羽詰った時に、いろんなアイデアって生まれるんだなって思いましたね。
そのレシートのことにしたってそうですし、土地のこともそうなんですよね。で、どう言ったらいいでしょうね。
諦めるっていうんじゃないんですけれども、ゆだねるって言ったらいいのかな。なんかね、自分を信じるっていうのでもないし、そんなに力が入った状態でもないんですね。
でも、もうなんか、もうこれはあかんよ、もう。ちょっと私の頭白紙にせなあかんよ、みたいな。そんな感じでしたでしょうかね。
なぜこれに気がつかなかったのかなって思っちゃいましたね。本当にね。いや、よくぞ、あの部分だけ残しておいたと、今日思いましたが。
五輪書「他竜目つけ」の解説
それはさておき、五輪の章を読んでまいりますね。他竜目つけということ、これ風の巻の第六弾なんですけどね。どこに目をつけるかということを武蔵は言ってますね。読んでまいります。
目つけといいて、その竜により敵の立ちに目をつくるもあり、または手に目をつくる竜もあり、あるいは顔に目をつけ、あるいは足などに目をつくるもあり。
そのごとくに取り分けて目をつけるとしては、紛る心ありて兵法の病というものになるなり。兵法の病、これいい言葉ですね。兵法の病。
目つけに関しましてはね、我々よく稽古の中で指導されたりするんですけれどもね、それでもね、その先生、先生によって、
稽古における「目つけ」の考察
市内は見てないんだけれども、市内をカチャカチャカチャカチャ、こう中心の取り合いでカチャカチャカチャカチャしてる。全体を見なければいけないんですけれども、相手の目の動きを見ろとか言われたりね。
そうしたらもう、相手の目の動きに一点集中したら全体見れないじゃないですか。って私は思うんですよね。どういうふうに井上直江なんか目つけをしてるのだろうかと思うんですけれどもね。
当然、あの距離でしたら相手の目を見てるとは思うんですよ。しかし、対戦相手も対戦相手で、そんなに分かるような視線の動かし方はしないですよね。
ですので、こちらもね、何を見るっていうんじゃなくて、全体を見ているみたいな、そういうふうな目つけ、視点でなければ、
こちらが何か一点を力を込めて凝視したりしたらね、そうしたら、それはもう自分の隙をばらすようなことになるんじゃないかって思うんですね。
そんなことを考えていたら、対戦相手って自分の写し鏡みたいな、こちらの考えていることを実現するっていうか、
こちらがイラついたりしたら一発アウトですよね。冷静でないとダメですもんね。で、こちらが焦ったりしても思う都合ですよね、向こうにしたら。
であれば、初立ちっていうのは必須になってきますよね。初立ち必須になってくるけれど、一本万が一取られたとしてもね、あと最短でも3秒あったら勝てる場面ってあると思うんですよね。
そのことを考えると何ら慌てることはないんですよ。しかし、一本取られたらどっしり構えている人なんていないですもんね。みんな焦りを表現してますよね。
近視と老眼、眼鏡での稽古の可能性
あとは私は近眼でしょ。近眼の場合は皆様よく眼鏡をかけたり、私は以前はコンタクトを入れてたんですよね。でも老眼が入ってきてややこしくなってコンタクトをやめちゃったんです。
となると、違和感のないのは運転をする時にだけかける眼鏡なんですけれどもね。眼鏡をかけて稽古をしたらどうなるのかしらって思っちゃうんですけれどもね。生まれてこの方、眼鏡をかけて稽古をしたこと一度もないんですよね。
パッと眼鏡をかけて稽古をしたら相手の顔も全部見えるっていうことでしょう。
ということは、相手の目がこちらに見えているということは、それによって私が動揺した様子を私の目から察知されるかもわからないというリスクもあるんですよね。
で、眼鏡を外して全体を見るようにしてたら、目の動きとか目の黒玉の動きとかね、それに左右されることはないですよね。
まあ、そういうこともいろいろね、最近考えてたんですね。
五輪書「他竜目つけ」の続きとサッカーの例
でね、その続きを読みます。
その司祭は、マリを蹴る人は、これ毛マリのことですよね。
マリによく目をつけねども、瓶づり、男性の髪の毛の瓶のあたりですね。
27番、髭の近くを蹴ったりね、追いマリって何でしょう、マリを追ってるんですか。
追い、マリの後、追いに蹴ること。
押し流しても、蹴回りても、蹴って回ってもね、蹴ること、物になるということ、いうところあれば、確かに目は見るに及ばず。
サッカー選手がサッカーボールだけを見て走ってるのではない、というふうなことをここではおっしゃってますね。
確かにそうですよね。自分がパスを受ける、向こうがパスを出す、味方がパスを出して自分がパスを受ける間にも逆方向をチェックして向いてますよね、サッカー選手ってね。
だから目つけに関してね、兵法の道においても、その敵、その敵と慣れて、人の心、軽い思いを覚えてね、道を行い得ては、
太刀の遠近、知速も皆見うるぎなり。
すごいですね。太刀の遠近ね、太刀の知速、早遅いですね。全部、慣れてきたらわかると。
兵法の目つけは、多かたその人の心に尽きたる目なり。大分の兵法に至れても、その敵の人、その敵の人数の位に尽きたる目なり。
すごいですね。途中で切れてしまいましたが、これ昨日の文なんですけれども、また今日、この目つけの部分の続きを読んでいきたいと思います。
放送の締め
ありがとうございました。