恩師との交流と梅干し作り
皆さん、おはようございます。
こちらは少し涼しくなっております。
お日様がちょっと雲に隠れている感じで、それだけでも少し涼しく感じますね。
一番暑い時に、私は梅を干すのをちょっとしぶりまして。
大体25日頃から干しているんですね、毎年。
21日から24日ぐらいまでの間に干したら最高に良かったんじゃないかと思いつつも、
もう外に出ていくことも嫌だったので、たとえ自宅のお庭だといえど、
もう外に出ていくこと自体がオーブンの中に入るような感じでしたのでね。
ちょっと梅を干すのはやめて、今干しておりますが、
中学校の時に教えていただいた県道の先生、
学校の教員で赴任されてきて、教えていただいた先生にお米を少しお送りしているんです。
それと大阪の先生、このお二方には少しお米を送るようにしているんですが、
そうしましたら送ったらすぐにお電話をくださるんですよ、両先生とも。
で、ふるさとの先生は、もうね、昔からあれはしてはいけないよ、みたいな言い方をなさるんですね。
例えば夏休みに入る前には、つぶりを200本以上してはいけないよ、肩壊すよ、とかそういう感じなんです。
で、私が大人になって、40年ぶりに、45年ぶりに会いに行った時もね、
帰り際にね、車の助手席のウィンドウを下ろして、先生と向かい合っていたんですね。
そうしたら、窓のところに手を置いて、顔が入ってくるぐらい、もう泣きそうなお顔で、
つぶりは200本以上するなよ、とか言ってね、別れ際に。
でね、今回ね、何とおっしゃったかというと、外には出て行くなよ、本当に。
もう外には絶対に出て行くな、とかそんな感じ。
いつまでも心配していただいてありがたいと思います。
剣道の師匠との思い出
で、一方ね、もう剣道ができなくなった大阪の師匠ですね、
もう本当にね、一番長く教えていただいた私の師匠なんですが、
もうね、ありがたいですよね。
私にね、さんづけでね、私のことを呼ぶんですよ。
もう先生、さんづけなんてやめてくださいって、もうね、呼び捨てていいですからって申し上げるんですけれどもね、
さんづけで呼ばれたらね、じわっときますよね。
もう本当にね、まさか師匠にね、もうその、もうあの、
どなりつけられながら、もう向こうは遊んでるんですよ、私を相手に。
で、どーんと体当たりをして、そのまま壁にね、板の壁にどーんとね、
あの、はがいじめみたいにされるんです、市内でね。
もうね、あの首のところで、もうね、参ったと言え、とか言ってね。
私ももう息絶え絶えに参りました、みたいな。
そしたら納得して、よっしゃ、とか言ってね、外してくださるんですよ。
本当にね、楽しかったですね、あの頃は。
本当に本気だけれど、楽しい稽古ってね、あるんですよね。
まあね、そういうふうなやりとりが半年に1回ね、繰り広げられるんですけれどもね。
土地購入の経緯
まあ、お次元っていいもんですよね、そんな感じでね。
やっと配り終えたんですけれども。
あの、この前ね、加藤先生のボイシーに、吉山さんと登壇させていただいたときにね、
吉山さんから少しお話があって、私に振られたお話なんですけれどもね。
もう一回きちっとね、あそこではなかなかね、細かいところまで言えないんですよね。
多くの方が聞いてらっしゃいますでしょう。
ですので、ここでね、ちょっともう一度、自分のためにもね、忘れないように整理しておこうと思うんですけれどもね。
私の、我が家の2つ目の物件ですよね、両方更地なんですが、今テナントさんに入ってもらっている向かいの土地なんです。
その土地は、陶器場は70坪、ちょうど70坪あるんです。
で、でも3分の1ぐらい、そうですね、私の膝の高さぐらい落ち込んでるんですね、段差があるんです。
で、その段差も、段差があって、こちらの道路からフラットな部分に、ささぼうぼうだったんですね。
もちろん段差のところも、その奥の糊面も、どーんと下がって畑があるんですけど、よその畑がね。
その糊面も含めて、すべてアフロヘアのごとく、放射線状に笹が生えていましたので、我々は段差があるということに気がついていなかったんですね。
で、まあそれをすごい安いお金で手に入れることになったんですね。
で、その手に入れることになった経緯というのは、その収録のだいぶ前ですけれども、我が家がどうやって大家さんになったかというところで、ちょっとご説明させていただいたんですけどね。
まあ本当にね、まさかあそこ欲しかったんですよ、内心ね、非常に喉から手が出るほど欲しかったんですね。
しかし、その相手さんが見つかって、でも手放したいということも分かって、でもやっぱりね、その相手さんにはこちらの地域で代々続くご親戚がいっぱいあるんですよ。
で、その親戚にまず撃っていいかということを聞くっておっしゃったんですね。
でもその時点でね、ひょっとしたらもうだめなのに違うかなって思ったんですよ。
欲しい方もいらっしゃるかも分からないし、で、その後ろのね、どんと下がったところの後ろの畑の方にも撃っていいかということを聞いてみますっておっしゃったんですね。
でもその時点でね、我々夫婦はね、まあごぶごぶ違う、もう絶対あれだけね、道路に面してるし工事するっていうことも決まってるのに、誰か手を挙げると思わへんって言ったんですね。
まあその時には草ぼうぼうだったんですね。で、でもね、どなたも手を挙げにならなかったんですよ。
夫による価格交渉
それでね、そこからね、まああの夫が値段の交渉に入るんですね。
中に入ってくださってて、買ったらどうかと言ってきてくださった土地価格調査士さんとのやりとりなんですけどね、70坪で田舎とはいえね、車がバンバン通ってる県道沿いで、
あれはね、固定産税かけるね、25点いくらって言ってましたっけ、なんかね計算式があるんですって、その土地価格調査士の計算式みたいなのが。
それでね、50万で出たんですよ。で、そこからね、夫は鬼のような刺し目を致しましたね。
本当、びっくりしました。どうするって言って夫に託して、50万で来たわよって言ったら、ちょっと電話してみるわとか言って、そちらにお電話してね。
で、お電話かけてね、挨拶もそこそこにですよ、あの土地の件なんですが。
後ろもね、乗り面だしね、全部70坪使えるって言うわけでもないのでね、25万なら考えますってお伝えいただけますか、はいって書いてね、はいガチャなんですよ。
びっくりしましてね、私ね、そういうことは私できないんですよね。飽きませんよね、これ。
そういう時のためだけにね、登場する夫なんですけれどもね、普段全く登場しないでしょ、うちの夫。
で、そういう時に登場して、そこ変えたんです。いろいろいろいろ、そこから2.3点ぶっちぎりみたいなのもあったんですけど、変えたんですね。
で、もともと一つだった土地が一つの名義になってよかったじゃないということでね、ありがたいお話だったんです、我が家にとってはね。
道路工事計画の遅延
で、そこをいよいよ工事の日程が決まりましたということで、その直後ですね、我々の名義になった直後、来られました、県の道区の方がね。
来年の1月、一日からといえども、実際仕事が始まるのは4日ぐらいから、御用始めがね。そこから3月の末まで、後期はその3ヶ月間です。
で、こちらとこちらをお借りしたいと。で、テナントさんの方にもちょっと後ろにバックしていただいて、道路際の基地に建ててあったフェンスを、それがね、本来の欄よりね、道路に入ってたんです。
どうするとか言ってたんですよ、建てた後に。いやーとか言ってたんです。そしたら中華社がね、もうどうせ工事が来るからそれまで放っておきましょうとか言ってくれたんです。
で、案の定そのままその通りになったんですよね。後ろにバックして、また元に戻しますと。で、つきましては、ちょっとこちらにはみ出ているので、本来のところまで戻させていただきますということだったんです。
全部向こうの費用でしてくれますということでね。で、胸を撫で下ろしてたんです。で、テナントさんと我が家が、共同で自由に使ってた空き地っていうのがちょっとあったんですね。
なぜそんなところがあるかというと、名義変更がね、能天がずれたんですね。持ち主が違うから。まずこっちをして、その次こっち北川をするみたいな。そしたらその間にテナントさんが決まっちゃったんです。南川のテナントがね。
で、北川はいりませんということだったんですけど、まあまあ車止めるぐらいならどうぞお使いくださいみたいな感じでね、してたんですね。
でもね、工事が始まったらね、その自由に使ってた北川の土地っていうのを利用してね、北川からトラックが入らないと道路工事してるんだよね。これどうにもならないよと思いましてね。
年末のうちに契約をして、その北川も借りていただいて、もう本当に安いお金ですよ。旧南は話ですしね。最初ね、夫はタダでもいいって言ってたんですよ。でも仲介さんがタダは飽きません。全然違った賃貸契約になるのでタダは飽きませんってバシッと言ってくれましてね。
で、またテナントさんにお電話して、タダは飽かないってとかいう感じでね。それでね、北川からスッと入ってもらうようにしたんですよ。道路際に開港部を作ってそこから入ってたんですが、もうそこは工事に入るので、もう北の土地から入ると。
で、それについての賃貸契約、借り増しですよね。それも年内にきちっと終わってたんです。そうしないと年明けから始まりますでしょ。だからもう年内にそっちの親父にも振り込んでもらってたんですね。
もうこちらとしては万全の体制でお正月を迎えたんですよ。そうしましたら1月4日に県の方いっぱい来られてね、なんだかんだなんだかんだやってらっしゃったんですね。赤い棒を3本立ててなんだかんだなんだかんだやってらっしゃったんです。
そこからね、ピタッと県の方が来なくなったんですね。
で、業者さんもその年内の打ち合わせのときに来て名刺をいただいて、設計の業者さん、工事の業者さんも名刺をいただいて大騒ぎをしたんですけどね。
年、全くの音沙汰なしなんですよ。工事を始める気配がないんです。それで私は、でもね、4月1日から道路の幅も広くなって、うちの土地も今ガタガタだけれど、夫がよんぼでひっくり返してある程度はさらちにしてくれたんですけどね、でもガタガタですよ。
それをね、やっぱり多少2、3万でもいいから貸したいという希望を私は持ってたのでね、4月1日からよろしくお願いしますねって仲介さんには言ってあったんです。
その頃にはね、県の下請けさんがビジーと採石してくれるらしいんです。だからお願いしますねって言ってたんですね。
でも、待てど暮らせど、トラックもよんぼも来る気配がなく、何の音沙汰もなく、あるよあるよという間にね、3月のね、28日になったんですよ。27日ですね、27日になったんです。
で、いくらなんでもね、その1週間くらい前からもう絶対おかしいおかしいと夫と話してたんですね。で、でもね、もういや、わからへんよ。夜通し土管工事して3日で仕上げるかわからへんよって言ったんですよ、私、夫にね。
夫の粘り強い交渉
そしたら夫が、「そんなわけあるわけないやんか。明日俺、電話するわ。」って言ってくれたんですよ。でね、私ね、テナントさんからもね、年末からね、貸し増しした分もいただいてるし、
そんで、バックする予定でね、バックする予定でこっちに荷物をあんまり置かないようにしてるけど、そのバックするのいつ来てくれるのかどうかもわからないし、
で、うちはうちでこの3ヶ月間、その北川を貸しちゃってるから、もう車も止められないし、かといってこっちも工事期間中に入ってるのでね、どうすることもできないし、3ヶ月間あっという間だったんですよね。
そうしまして、夫がね、もう観音袋の尾が切れたという感じで、工事担当者の方にお電話させてあげたんですね。そうしましたらね、「申し訳ございません。実は工事が延期されました。」
その前にね、私が電話をした時にね、その前に、夫が電話する前に、私がね、電話したんです。そうしましたらね、けんもほろろにね、言われたんです、その方に。
あ、あの、延期になりました。詳しいことは下請業者に聞いてください。はい、さようなら、みたいな。
えー、と思って。で、下請さんにお電話したんです。まず設計の方にお電話したんですね。そしたらね、延期になりました。詳しいことはね、あの、工事の下請さんにお電話してください。
で、工事の下請さんにお電話したんですね。そうしたら、延期になりましたけど、あの、連絡なかったですか?そうなんですよ、みたいな。詳しい日程はね、細かい日程はまたあの、県に聞いてください。
なんかね、そんな調子で、それで私、夫にね、もうね、お願い、もうあなたからお電話して、もうこういう調子なのよ、みたいに言いましたら、夫が、よっしゃ、わかった、みたいな感じでね、電話してくれたんですね。
そしたらね、日頃ね、大人しい夫がね、一体どういうことなんですか?うちはね、3月31日までの工事と思ってね、4月1日から仲介さんにもう頼んでるんですよ。そこでね、一見ね、こんなんどうですか?みたいなね、お話あったんですよ。それも飛んでしまったらどうなしてくれるんですか?一体。
そんでね、テナントさんはテナントさんでね、4月1日からね、北川から入るから、トラックもう一台ね、買い張ったんですよ。そんで、それに積むね、フォークリフトも買い張ったんですよ。4月、あの、4月1日から使えると思って。
そんでまた、延期ってどういうことですか?どうなりしてくれるんですか?一体。
そしたら、申し訳ございません。申し訳ございませんってね、うちの市場に連絡が来るのは普通に違いますよ。
その、最もでございます、あってはならないことでございます、みたいな。
もうな、あの、最席引いてるのも、今車止まるところだけ最席引いてあるけど、後ろの段差あるところも全部最席引いて、ビシッと最席引いて、はい、わかりました、みたいな。
そういう、お電話のやり取りがね、3月27日にあったんですよ。
それでね、わかってるやろうけどな、今は年度末やで、あんたら毎年毎年年度末にね、転勤してね、また人入れ替わってるけどな、この説明をね、俺はね、一体何回繰り返したらええねん。
今までね、この5年間ね、もう4回繰り返してきたで、って言ったんですよ。
申し訳ございません、とにかくな、あの年度内に来て、年度内に話まとめて来て、ガチャって電話切ったんですよ。
新しい担当者との出会い
すごいでしょ。
そしたらね、ま、年度末、えー、ご連絡はなかったんですが、4月の1日にご連絡がありました。
明日一番で行かせていただきますというご連絡が、えー、全く初めての方からご連絡があったんですよ。
っていうことは、また異動があったんですね。
そんでまた夫が、もう説明せんへんで、みたいな、みたいな。
で、4月の1日にね、明日行くっていう連絡があって、私はなんだか胸騒ぎがして、4月の1日に、またいっぱい、県の車がね、らしきものが止まってたのでね、急いで行ったんです、Uターンしてね。
そうしましたらね、県もほろろだった下請行政さんが、お控えなすって、みたいなね、どう言ったらいいんですか。
あの、昔の時代劇に出てくるね、あの、えっと、チンピラさんみたいな、なんかね。
あの、右手をね、こう出してね、すっごい背の高い真っ黒のおじちゃんがね、お控えなすって、みたいな感じでね、私に寄ってきたんですよ。
坂本の親父さんの奥さんですかっておっしゃるんですよ。
坂本の親父さんの奥さんって何それ、みたいな。
はい、って申し上げたら、この度は本当にご心配をおかけいたしまして、ここまでわざわざお運びくださいましてありがとうございます。今から説明させていただきます、みたいな。
はぁ、みたいな。
あの、その前にね、まるまるさんはね、移動されたんですかって、私はそれだけお聞きに行きたかったんです。
そうなんですよ。移動してしまったんです。
しかし、まるまるさんから新しく移動で来られた、ぺけぺけ課長にはきっちりと引き継ぎがされておりますので、どうぞご心配なく、おっしゃったんですね。
はい、それで夫がね、きのう、まるまるさんにね、段差のあるところも全部ね、採石引いてくれっていうお話をしてたんですけど、これ本当にしてくれるんですかって申し上げたんですね。
もちろんでございます。坂本の親父さんの奥様、どうぞこちらへって言ってね、端っこの三角形の、二等辺三角形の底辺の端っこですね、道路に接しているところまで私を連れて行ってね、
ここにあるこの根っこ、このガタガタの状態、これもビシーッとここまで採石を引かせていただきます。
で、ずっと奥の方に来てね、畑の方に来て、私の膝ぐらいの段差があるんですね。
こちらをご覧ください。はい、この段差も全部埋めまして、ここまできっちり採石を引かせていただきます。
はぁ、とか言って、採石って後ろの畑に飛んで行っちゃったりしないでしょうかって申し上げたんですね。
そしたら下からね、その採石を一つ拾い上げて、坂本の親父さんの奥様、これをご覧ください。
これはそのままにしておいたら、風でピュッと後ろの畑に飛んで行き寄ります。しかしこれが飛ばない工法で採石を積ませていただきます。
へぇ、そんな工法があるんですか。そうです。坂本の親父さんの奥様、どうぞご心配のないように。
丸々さんからぺけぺけさんに変わりましたが、ぺけぺけさんにも、今坂本の親父さんの奥さんが来られたということを突き上げておきます。
突き上げるんですか。はい、突き上げておきます。
それで、全部説明したことももう一度ぺけぺけさんに突き上げておきます。
ですのでご心配なく、坂本の親父さんがお戻りになられましたら、そのことをお伝えください。
我々は坂本の親父さんが来れないことを一番の目標に仕事をしてまいります。って言われたんですよ。びっくりしましてね。
長くしゃべったので、続きは明日にしたいと思います。ではごきげんよう。