自宅のリフォームとキッチンへの思い
みなさん、こんにちは。
えっとね、昨日からね、夫がテーブルを作ったり、ちょっとペンキの剥げたところをね、補修してくれたりしてるんですけれどもね、
来月来客があるということでね、いろいろ家の中を渡してみますと、かなりね、古い家なので、私的にはね、もうキッチンをどうにかしたいんですよね。
本当にね、コンパクトに、まあ1800ぐらいの幅でね、もう収めてしまいたいんですね。流し台をね。
で、そう思っていろいろ、まあ調べたり、DIYの得意な方のサイトに行ってみたりしたんですけれどもね。
まあすごいですね。本当にすごいです。
スタンドFMで言うと元ボイラーさん。
小学生のお坊ちゃま、お嬢ちゃまも手伝いしてね。
床を張ってるんですよ。
で、キッチンの古い流し台をすべてね、撤去するんですよね。
これガスと水道の配管が来てますでしょう。
どうするのかしらってね。
夫としみじみと、まあそれでも20年ぐらいしか経って…いや、20…あ、30年ぐらい。
30年前に買えたであろうシステムキッチン。
限界に来てるんですけれどもね。
まあ古いものも使いつつ、新しくしていけるところは新しくしたいですね。
毎日のことですのでね。
お手洗いはね、もう最高傑作ぐらい私の希望を叶えてくれたのでね。
あとはキッチンとお風呂、もうやっぱり水回りですよね。
で、うちのことはさておき。
オシム監督とロバノフスキー監督
オシムのね、オシム語録っていうのを先日来から読んでおりますが、
これもね、出版された時に飛びついて買って、
その頃はね、オシムに関する書籍がたくさん出てたんですね。
で、もう今は本屋さんの書棚からは姿を消しておりますけれどもね。
オシムの本を読み返すとね、
一人どうしてもね、同列に比較したくなる監督を思い出すんです。
ロバノフスキー、私が昨日ちょっと音忘れしてましたですね。
ロバノフスキーって。
ウクライナの代表監督なんですが、
2001年、2002年のワールドカップの最終予選の、
しかもプレイオフをウクライナはドイツと戦っているんですね。
その試合を私はCSで息子と一緒にね、リアルタイムで見ましたね。
まだ小さかった息子がロバノフスキーのことをよく知ってましてね。
とにかく動かない監督だと。
ベンチでじっとしてて、お人形を連れてきてるんじゃないかという噂もある監督だと私に説明してくれました。
私もそれから興味を持ちまして、彼に注目するようになったんですが、
国民と選手から絶大なる信頼を得ている監督なんですね。
珍しいと思うんですけれどもね。
その試合の直後に亡くなるんですよ。
その試合で負けましてね。
その頃、1999年だったと思うんですが、シェフチェンコがミランに移籍しまして、
ディナムKFにいた時の監督でもあったと思うんですよ、確かね。
そのロバノフスキーという監督なんですけれどもね。
寡黙な監督とウクライナの歴史
一見ね、座ったまま何にも動かない。
首も動かないし手も動かない。
そんな監督がこの世に存在するのかしらと不思議に思ったぐらいなんですが、本当に動かないんです。
しかし、私も何試合か見ましたね。
やっぱりワールドカップの直前でしたので、各地の予選を見てましたのでね。
じっとしてるんですね。
無理にじっとしてるのかどうなのか、そこら辺がちょっとわからなかったんですが、
とにかく立つなんてことはしない。
ご自身も最終予選、2001年の冬の最終予選を負けて終わるんですね。
それで2002年のワールドカップには出られないという結果をもって、
その翌年2002年の5月頃にお亡くなりになるんですけれども、
もう壮烈に2万人駆けつけたんですよ。
そして、その時もうすでに世界的なスーパースターであったシェフ・チェンコがね、
一番信頼している監督はロバノフスキーだとおっしゃってましたね。
やっぱりウクライナっていろんな侵略の歴史があって、
現在でいうところの青西期のような感じではありますよね。
世界的なスーパースターになった後も、
故郷のことを忘れずに、故郷のことを心配しながらの、
もう世界中に全てバラバラ、チリッチリバラバラ逃げていくようなことを何度か経験して、
その中でもね、ちょうどありましたね、
あの頃ね、戦争で破壊されたマンションに住んでいた子どもたちがね、
学校に行けないわけなんですね。
弟が自転車をこいで、それで発電して、その発電によってラジオをお姉ちゃんが聞くと。
そのラジオに先生が授業をしてくれるんですよ、ラジオを通じてね。
そのラジオを聞くためには弟が必死で自転車をこがなくてはいけない。
そういうふうな、本当にね、今から20年と30年くらい前のお話ですけれどもね、
最近もウクライナに関してはね、いろんなことがございましたがね、
そこの代表監督で、本当にね、国民から熱い信頼を得て、
それで選手一人一人に対してね、データ分析できちっと納得のいくまで、
その当時ですよ、今から2、30年前のお話ですよ。
細かいデータで分析した結果をね、持ち込んで膝を突き合わせて検討するらしいですね。
彼はフォワードはフォワードだけしていていいわけじゃないと。
ディフェンスをしながらフォワードをすると。
そういった監督だったらしいですね。
でね、やはり日本の代表監督を務められて、途中倒れてね、
オシム監督との共通点と100%の哲学
それで、その本当に直後ですよね、
お亡くなりになられたオシム監督と何かダブルところがあるんですよ。
本当にね、なぜかこの本を読みながらロバドフスキー監督を思い出してしまいましてね。
ニット帽をかぶってね、本当に腹余感にお太りになられている監督だったんですね。
じっとしている。2時間の間、ハーフタイムがじっとされている。
で、それでもね、もう選手たちは彼のことを、彼の一挙手一投足、
動かないんですけれどもね、彼から来た指示。
で、またベンチの方に戻ったら、そばに来て指示を仰ぐというふうな、
まあね、本当にね、信頼というその2文字、
もうそれしかないんじゃないかと思うぐらい信頼の厚い監督でしたね。
中にはね、選手と揉め合ったりね、いろいろね、
だからピッチサイドに立ってね、で、もう怒鳴りつけるわけなんですよ。
もう国に無事に帰れるかどうかのね、瀬戸際をみんな戦っているんですから仕方ないことですけれどもね。
そういった時に、まあね、微動打にしたい。
で、そのね、ロバノフスキー監督がね、その最後の試合ですよね。
2002年ワールドカップをかけた最終予選の、しかもプレイオフをドイツと戦って負けるんですけれどもね。
その時に、もう後半、負けが決まりかかった時にね、
いつもね、動かさない、その手袋をつけてらっしゃる手をね、こうね、ちらっと動かしたりね、
こう、顔が左右に動いたりね、その動いた瞬間をね、カメラが捉えた時にね、
私と息子は動いたとね、大声で叫んで、私たちは何を見てるんだろうと思ったぐらいの、そういった監督だったんですね。
で、今日ね、読む部分は、第1章の終わりの方にね、成功しようと思ったら、そのための最善の方法は、努力を繰り返すことだ。
それから、全てを真剣に行えば心配することはない。単純な心理が軽んじられていることへの継承、というふうに副題がつけられてましてね。
サッカーの原則は、常に全力を尽くし出すことであり、選手にできることは、自分の全てを出し切ることだけである、って書いてあるんですよ。
本当、これはね、サッカーだけではなく、剣道においても本当にそうですね。
この前も申し上げた通り、99%と100%は全く持って違うんです。
で、なぜ100%を出さないのかっていう、それが不思議で仕方ない。
でも、稽古で、普段の稽古で100%を出していない子供は、100%を出す方法を知らない。
で、普段大人の100%、120%を出す試合を、あるいは三本勝負を見たことのない子供であれば、どうやって100%を出していいかわからない。
しかも、かかっていった元立ちの先生が100%を出してくれない先生であった場合に、到底その子供は100%を出すことを知らずに大きくなってしまうんですね。
そこでね、プレイヤーではない監督がね、100%を出すっていうことを教えるっていうこと、これは非常に難しいことだと思うんですよ。
しかし、監督になった今、惜しむ自身がね、100%出さないとダメなんだっていうことを痛いほど、経験上わかってるんですね。
で、100%出せる選手は失敗しないっていうこともわかってるんですね。
しかし、それを伝える方法っていうのは非常に難しいと思います。
私も100%出してもらえる先生と出会ってるから、こんな偉そうなことが言えるのかもわからないです。
道場の入り口から、道場の外に何回も体当たりで放り出されたり、壁に体当たりで押し付けられましてね、市内で破壊致命にされました。
まあ合宿の時はね、先輩が一体誰のところで切れちゃうのかっていうのを、ある程度予測をつけながら、どこに並んだらいいかっていうのをね、もうコンピューターで計算しまくるんですね。
そんなことをしておりましたがね、やっぱりそういうふうに100以上の力でかかってくれるから、こちらもかかっていけるんですよね。
で、100対99が試合をした場合に一発に弾き出されますのでね、そこら辺だと思うんですよね。
もう100%出せる選手というのは、研究においても100%ですし、稽古においても100%ですし、勉強においても100%ですね。
私、勉強においてのところが欠けてしまって、100対100でいけなかったですね。それは文武両道ではないと。
よく父に怒られましたけれど、まあそんなことでね、次を見ますね。
だが選手はそのことを分かっていない。彼らはしばしば馬鹿げたことをするために練習に来ると。
練習とは自分の知らないことを知り、できないことをできるようにするためのものであるのに、社会においても同じことはしばしば生じていないか。
目的達成のための努力を本当に真剣に行っているのだろうか。
ですので、私自身もね、自分を振り返って、その一本勝負をしているときはもちろん、素振りの一本一本でも100を出し切っているかということをね、やっぱり常に考えなければいけないなと。
サッカーも、剣道も、これほどまでに似ているとは思わなかったですね。
方や団体戦、方や個人競技ですね。団体戦であっても、剣道の場合個人と個人の試合になりますのでね、そこら辺で大きく違うと思っていたのですが、しかし何ら変わることはなかったですね。
で、まあそういうことで、今日はちょっと、オシム監督に、オシム元監督に、本当はオシム監督と言っちゃいますね。
オシム代表監督に思い出させられた、ウクライナ代表監督のロバノフスキー監督のことを思い出しちゃったので、皆様にちょっと共有させていただきました。
では皆様、連休後半もどうぞ楽しくだらっと、100%出せと言っておきながらだらっと、だからだらっとするときも100%でだらっとしていただきますようにお願いいたします。ではごきげんよう。