オープニングと母の日のテーマ
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おはようございます。本屋とスタジオのある薬局 まなべる薬局 知恵どころ おっちゃん薬剤師 高尾雅人です。
この番組は、人生を元気に楽しく過ごすための心の薬箱のようなラジオです。
今日は母の日ですね。お花を贈る人もいるでしょう。電話もする人もいるでしょう。
心の中でそっとお母さんを思い出す人もいるかもしれませんね。
今日のテーマは、励ましは薬かもしれない。
母の日に僕が思い出す言葉があります。それを紹介したいと思います。
母親からの「支えるたい」という言葉
僕は寄婚者でお母さんが二人いるので、今日は海の親の方を、いつも母ちゃんと言わせてもらってますから、
母ちゃんから言われた言葉を紹介しますね。
それは、「どぎゃーん苦しくても支えるたい。」という言葉です。
僕のふるさとは熊本県の一番北にあって、福岡県の一番南の県坂にあります。
そこの言葉で、「どぎゃーん苦しくても支えるたい。」という意味とすると、
どんなに苦しくても支えるからね、みたいな感じでしょうか。
僕にとってはこの言葉は、ただの応援しているよという感じではないんですよね。
もっと生活に根差した感じで、もっと暖かくて、もっと力強い言葉なんですよ。
母ちゃんの言う、「支えるたい。」というのは、僕にはこんな感じに聞こえるんですよね。
どぎゃーん苦しくても食わせてやったいみたいなですね。
腹減ったら帰ってこい。生きるところはちゃんと支えるみたいな感じでしょうか。
そんな感じで僕には伝わってきたんですよね。
これちょうど大学受験ぐらいのときに言われた言葉ですもんね。
「支えるたい」の真意と安心感
僕、浪人してまして、一回じゃなくて二回してるんですよね。
そのときに何か疎元なことを言われたんですよ。
それはですね、「合格しなさい。」とか、「成功しなさい。」とか、「立派になりなさい。」とか、そんな感じじゃないんですよね。
失敗するなとかでもないんです。
ただですね、どんなに苦しくても飯は食わせてやることができるっていう、生きる土台は支えるみたいな、そんな感じがしましたね。
なんかですね、この安心感がですね、大体大きかったんですよね。
以来ですね、遠くにいてもですね、なんか母ちゃんに支えてもらっている気はしていました。
もちろんいつも隣にいるわけではありません。
すぐに助けに来てもらえるわけでもありません。
でも、もし本当に困ったら、食わせてはもらえるもんねって、なんかそう思えるだけでですね、不思議となんとかなる気がしてましたね。
食事による元気回復と一歩踏み出す力
学生時代とかですね、腹が減ってたまらんかったときとかですね、何をどうしていいかようわからんようなときとか、先のことが見えんときとかですね、
なんか食べることで少し元気が戻ってたんですよね。
なんかお腹が満たされると、なんか消えかけてたようなですね、心の中の日が戻るというかですね、別に何かが解決したわけでもなかですしね、問題が消えたわけでもないですしね、
明日からの不安がなくなるみたいなこともないですしね。
それでもですね、なんかご飯を食べると僕は、ああまあまだ大丈夫かもしれんねとか、もう一回やってみるかとか、もう一歩踏み出してみようかとか、そう思えることがあります。
他者への励まし方と「ご飯」の力
だから僕は今ですね、自分の周りにいる人たちにもそんな気持ちで声をかけたいと思っています。
何をしていいかわからん人とか、一歩踏み出したい人、今困っている人、将来何していいかわからん人、そんな人たちに立派な偉そうな答えを出してあげることは多分できるんですから、
それとかお金困っている人とかにもお金渡すとかもできるんですし、借金肩代わりするとかもできるんですしですね、人生の問題を全部解決することもできるんですもんね。
でもですね、ご飯を食べさせてやるとかですね、食べさせてやるという言い方がちょっとあれかもしれないんですがね、友達とかやったら飯食いに行こうやとか、腹減っているときに難しかったことを考えても、苦しかっけん飯ぐらい食いに行こうみたいなことは言うことができるようになっています。
それはもしかするとすごいちっちゃいことかもしれませんけどもですね、僕にとってはそれこそが励ましなんですよね。
励ましというと、やっぱり頑張れとか声をかけることが多いかもしれませんが、もちろん頑張れが力になるときもありますけどね、でも本当にしんどいときとか頑張れとかよりもですね、大丈夫よとか、見捨てることはなかよということはないですけどね、飯ぐらい食わせてやっけんぐらいの感じでしょうかね。
そんな言葉の方が深く聞くことがありますもんね。
励ましとは寄り添うこと
だから、励ましって相手を無理に前に押し出すって感じではなくて、その人が自分の足で立ち上がるまでそばにいてやるとか、見といてやるみたいな感じなのかもしれんですね。
母ちゃんの言葉はですね、だから今でも僕の中で生きてますもんね。
どぎゃん苦しくてももう支えるたいって、あんまこうドーンっていう感じでは言われんかった言葉ですけども、それがあるから今、僕がそれを扱いたかはですね、大きなことはできんかもしれんです。
その人の人生をですね、代わりに背負うことはもちろんできんです。
でも、ご飯ぐらい一緒に食べようよとか、一緒に考えようやとかですね、そういうことが言える人でありたいねと常々思っております。
母の日の今日、改めて思います。
受け取った励ましを渡す
僕たちは自分の力だけで生きているのではないですもんね。
やっぱり誰かの言葉に支えられ、誰かのご飯に支えられ、誰かの大丈夫に背中を押されて、今日まで歩いてきたのかもしれんです。
そして自分が受け取った励ましは、また誰かに渡すことができます。
母ちゃんからもらったですね、支えるたいっていう言葉はですね、今はもう僕の中で誰かを支える言葉となっております。
もし今日ですね、あなたの周りに少し元気をなくしている人がいたら、立派な言葉じゃなくてもいいと思いますから、ご飯で食べようねとか言ってあげることが、誰かの今日を支える薬になるかもしれんですね。
だから僕は思うんです。励ましは薬かもしれない。
母の日に思い出す。支えるたいっていう一言。
エンディング
今日もあなたの心に小さな明かりが灯りますように。
それではまた次回。学べる薬局、知恵どころ。おっちゃん薬剤師、高尾雅人でした。
来週もTOTOラジオでお会いしましょう。