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サマリー
語り手は11年前に亡くなった父親について語る。父親はガジェット好きで、幼い頃にタイピングやパソコンでの絵の描き方を教えてくれた。父親の突然の死は語り手に大きな衝撃を与え、「やりたいことをやる」という生き方へと導いた。AI時代になった今、父親が生きていたら驚くだろう技術に触れながら、感謝の気持ちを語っている。
父を思い出す日
はい、こんにちは、マナミです。3人の子供たちを育てながら、SNS発信、コンテンツ制作、今、LINEスタンプを中心にお仕事をしているママフリーランスです。
今日はね、6月2日ということで、私にとって6月2日っていうのは、ちょっといろいろ立ち止まって考える日なんですよね。
なので今日はちょっとそんな話をしてみようと思います。で、私の父が亡くなったんです。11年前になりますね。
2015年に亡くなったんですよ。で、1年に1回はこのことを思い出して、いろいろ考える日なんですけどね。今日はそんな話をしてみようと思います。
でね、音声配信で今までこの話を、父の話をしてきたかなっていうのを遡ってみたら、私音声配信やってここ3年ぐらいになりますけど、去年はね、普通になんかバイブコーディング勉強しますみたいな話してました。
父の話をもっとしろ。したのか?いや、でもね、あんまりしてないんだと思う。なんかね、去年の今頃はやっとポモドーロタイマーとか作ってましたね。
はい、やっとかよっていうね。えーと、その時はそんなだったですね。で、その前の年、えーとね、2024年はお金の考え方が父が亡くなったことをきっかけに変わったっていう話をしてましたね。
これはね、結構確かにあったなと思いましたね。そうそうそう。その前は、2023年だったらまだしてます。そこまでは遡ってないんですけど。
そんな感じでね、ちょっと1年に1回は父のことを思い出す日なんですよ。で、えーとですね、私の父はね、ちょっと聞きづらいよねって思うので、どんな感じで亡くなったかっていう話をね、先にしちゃうと、
あの、お風呂場で突然倒れて亡くなってたっていう、全長も何にもなくいきなり急死したパターンっていうやつなんですね。
で、なんで本当に前の日まで普通にご飯食べて、あの普通に家族、そう家族がね、その日揃ったんですよ。前の日の夕飯ね。
あの、まあ私も仕事をしてたし、妹もバイトしてたしって感じだったんですけど、たまたまね、4人一緒でね、ご飯食べてね、おいしいねって言ってね、甘えびの刺身食べましたね。
で、次の日、あの父が風呂で倒れてて、それが早朝だったんですね。で、えーとね、お風呂のドア側に向かって倒れてたもんだから、ドアが開かなくて、で母が、あの父の様子がおかしいからって言うとね、あの、それで、あのちょっとパニックになってて、で私も見に行ったら父倒れてるし、えーと母ずっと名前呼び続けてるし、やばいやばいってなって、えーとその時初めて、えーと、
救急か、呼んで119を押して、で、えーと、その時ね、間違えてね、コキじゃなくて親気取っちゃったんですよね。電話でね。で、スマホじゃなくてね、普通の家電でかけてね。でさ、状態とかを聞かれるんだけどさ、電話繋がってんだよな、みたいな感じで、で、すぐ私、一応心臓マッサージと人工呼吸みたいなのをやったのかな?私がね、やって、で救急隊の人が来るのを待ってたんですけど。
そう。で、なんか窒息でもないし、なんなんだろう?なんか、あの、なんていうかね、その、人工呼吸したときにこう胸がさ、こう上下するじゃないですか。あれ?あれ?詰まってるわけではないなとか、なんかいろいろなんか冷静に考えてて、パキパキ動いたの覚えてるんですけどね。
で、救急隊の方が来て、だからもう亡くなってるのでやることはないですっていうふうに言われるみたいな。え?みたいな感じでした。だから、そう、そう、なんかね、そのときね、当時、えーとね、えーと、なんだっけ、ちょっと病気はしてたんですけど、そう、直腸がんか。でもね、直腸がんのがん自体は取り除いて、で、その後ね、元気になってきてて、だから、あんまりその病気とは関係なさそうなんですよね。
だから、あのー、病気とは関係なく普通に、なんだろう、心臓がキュッてなったとか?夏場なのに?冬じゃないのに?とか、今当たり誰もわかんないんですよ。その、心音がね。そう、ただお風呂場の方に向かって倒れてて、なんか息が詰まったかな?なんかの表紙になんかあったんだろうなぐらいしかわかんないっていうね。
うん、そうだ、そんな感じでした。当時私はね、幼稚園で働いてて、えーと、幼稚園、最初診察入った幼稚園の3年目か、25のときですね。で、そのとき父は55歳だったんで、まあ結構若かったなというふうに、うーん、思いますね。
ガジェオタだった父
で、そうだな、まあ毎年父のことをいろいろ思い出しながら、うんと、考えるんですけど、なんだろうな、やっぱりね、あの、ガジェットとかデジタルの面白さをね、私に教えてくれたのは父だったなということをね、最近特によく思うようになったんで。
で、やっぱりね、父はね、まあとにかくガジオタでした。ガジオタだったんですよ。で、小学校の先生だったんですね。
で、私立の学校だったので、結構子供たちにどうやって情報の授業としてパソコンを教えるかっていうことを結構試行錯誤していて、
ちょうど私が2年生のときだ、1998年とかですね、あのときとかにも、小学生にタイピングを教えるときにどうするのが効率いいかということで、私の指にA,I,U,E,Oって、あいうえをですね、つめに油性マジックの細い方で書いて、
ローマ字なんかまださ、あの、覚えてないんですよね、小学校2年生だから。だけど教えてくれました。あいうえを書きくけごって言って、で、タイピングゲームなんかもそのとき教えてもらったのかな。
で、えっと、こうやってやるんだよって言って、あの、タイピングをホームポジションってとこにまず親指を置いて、このポチってなってるとこにお父さん指を置いて、こうやってやるんだよって教えてくれました。
本当にね、あの、これ毎年言ってる気がする。ブラインドタッチを父に小学2年生で教わったっていうのは非常に、非常にその後の人生を変えるレベルで良かったですね。
そう、まだね、ブラインドタッチってね、意外とできる人できない人別れますからね。そう、あれね、後からやろうと思っても結構難しかったりするので、私はなんで子供たちにはブラインドタッチなるべく早くホームポジションに置いて、で、一番効率よく指を動かす方法っていうのは子供に教えたいなと思ったりしますね。
でね、そうですね、この1年のことで言うとやっぱラインスタンプが私の中では大きかったので、まあそのデジタルのお絵かきっていう話からすると、これこの話したことないなと思って。
あのね、そう、私にペイントですね、Windowsのペイント、懐かしいな、あのパレットのアイコンね、あれでお絵かきすることを教えてくれたのも父でしたね。だから小学校1年生ぐらいですね、たぶんね、97年とかだな、うん、そのあたりですね。
で、まあペイントの、ここでパソコンの中でお絵かきができるからマナちゃんやってごらんって言って、星、星とか、えーと、あとね、トイストーリーのウッディとかを描きました。すごい覚えてる。
だってトイストーリーがたぶんの1が出た頃なんで、その時ってね。で、えーと、ウッディとか描いて、その時ってまださ、ペンタブみたいなのとか、もちろんiPadとかApple PCみたいなのないからさ、マウスドラッグして描くしかないわけですね。
で、えーと、囲んだところは、えーと、バケツで塗りつぶしができるっていうのを父に教えてもらって、ここ、あの、色塗りたいなっていう時は、ここのバケツのところからウッディの髪の毛の色だったら茶色だから、茶色をポチって選んで、バケツをシューって持ってくると、ここの中で塗りつぶしっていうのができるんだよって教えてもらったんです。
感動しましたね、私ね。こんなことができるんだと思って。まあ、絵を描くのは好きでしたけど、やっぱパソコンの中でお絵かきができて、やっぱ塗りつぶしってさ、塗りつぶしはやっぱ感動なわけですよ。パッとさ、そこまでさ、色が広がってさ、塗りつぶしができるってね。あれは感動でしたね。
で、今ね、思い出すんですけど、父が印刷してね、それを父の書斎の部屋に飾ってくれてたんですよね。そう、あの、娘が描いた絵を印刷して、自分の仕事場に貼るという、今思ったら結構親バカなことしてくれてたなと思います。後に私と父はね、結構喧嘩する仲になって、顔を合わせりゃ喧嘩する仲になるんですけど、大学生ぐらいの時とか、私が就職してた時とか、結構喧嘩ばっかしてた記憶は残るんですけど。
でもね、私にやっぱり、パソコン、コンピューターって面白いな、パソコンって面白いな、みたいなことを教えてくれたのは、やっぱ父だったなということをね、すごく思い出しますね。
でね、父は小学校のホームページを作るのにすごく力を入れて、当時小学校のホームページっていうのは、公立はもうそうだけど、私立でもあんまり持ってるところは少なくて、で、作り込んでるようなホームページを作ってるところもなかったんですね。
で、全国のホームページ大賞っていうので受賞するような、毎年連続で賞をもらっていて、そういう人でしたね。
だからね、でもなんかね、データが吹っ飛んだって言って悩んでた時もあるしね。
あとそれから父はね、音楽をやる人だったので、全校合奏の奏譜ですね、楽譜とかを書く人でした。
だから、ちっちゃいキーボードみたいのをパソコンにつなげて、シンガーソングライターっていうソフトを使って、自分で曲をアレンジして、1年生の子はメロディオンとかね、6年生の子はいろいろ、木琴とかさ、ああいうの使うから、そういうのの楽譜を作るとかっていうのもやってたし、
ホームページに関してはね、ホームページビルダーってソフトを入れてましたね。で、基本Windowsの人でした、うちの父はね。Windowsの人で、そうやっていろいろとやってましたね。
父の死と生き方の変化
そう、だからね、父が亡くなった時には、まあかなりここから飛躍しますけど、父が亡くなった時にね、結構私は、やっぱりこんな風にコロッと人って死ぬんだっていうことが一番の衝撃だったんですよ。
悲しいとか、父に会えないとかっていうよりも、現象として驚くっていうのがあって、こんな普通に人って死ぬみたいな。なんかコロッと死ぬみたいな。別に事故にあったわけでもなく、その病気が悪化してってっていうのではなく、労水でもなく、いきなりお風呂で倒れて死ぬってことあるの?みたいなことが、なんか自分にとっては衝撃だったんですよね。
で、その後、いろいろ考えて、やっぱりやりたいことをやっていきた方がいいなっていうのを考えるようになったんですよね。それが20、25の時ですね。
で、そこから幼稚園の先生その時、新卒で入ったとこ3年目だったんですけど、父の兄である私の叔父で、保育園の経営をしている人にすぐ相談して、やっぱり私は幼稚園の経営の勉強をしたいから現場じゃなくて、保育経営の勉強ができるところに移らせて欲しいっていう風に言って、まあ前からね、その叔父からは提案があったんです。
私が現場でうまくいかなくて、結構こじらしてることを知ってたんで、お前多分現場の人間じゃなくて経営とか考えてる方が好きな人間だから、そっちをやってみたらって言われてたこともあってね。
で、私の父はそれにずっと反対してたんですよ。父はね、小学校の先生で現場が大好きで、子供たちと一緒に教室にいるのが好きでっていう人だったので、私と結構対立しましたね。
なんでお前は経営のなんかつまらないことをやろうと思うんだっていう風にすごい怒っていて、で、私は自分でやりたいことをやりたいんだっていう風に言って、そう、なんかね、喧嘩ばっかりしてましたね。
結局父が亡くなって、私は保育の経営のところで3年間管理職として仕事をして、で、夫との結婚を機に仕事を一度やめて東京に行って、東京の後、高知に来てっていうので、今は子育てをしながら自分の事業、自分の経営をやってるわけですね。
いつかどっかで多分保育の経営の仕事はやるんだろうなというふうに思ってますが、前まではね、多分保育の経営をやるんだったら、そのコンテンツの仕事はやらなくなるんだろうなって、多分一緒の、それと何ていうかね、併用はできないと思ってましたけど、多分そんなことはないね。
多分私は、こんだけAIがすごくなってきたら、多分ずっとコンテンツは一生やるんだなって今思ってますね。一生やるし、一生ダジャレスタンプのキャラクターたちは推していくし、私の推しキャラとして。
多分、コミュニティとかもずっといるし、フリーランスの人たちの今の繋がりもずっと大切にしたいなっていうふうに思ってるので、何かを取ったら何かを諦めるってことはもうしなくていいなって、それこそ、やっぱりいつか死ぬかわかんないんだから、やりたいことを欲張っていいんだなと思えるようになりましたね。
AI時代の現在と父への感謝
やっぱりAI時代だからこそだと思いますね、そうそう。なんでね、私はやっぱり、この去年の今頃にViveコーディング勉強しなくちゃとか言ってるぐらいなので、この1年でずいぶんできることが変わったんだと思います。
去年、ポモドロのタイマー作ってた私が、今はね、Viveライティングとか、今度出す教材が、アンチグラフィティを使ったライティングの教材に、昨日まではね、ちょっとブレインの書き方っていうのにしようと思ったんですけど、シンプルにテキストコンテンツの作り方っていうのの教材を出そうと思ってます。
今、こんな風にしてブレイン作るほどになってますからね、1年経つとね。で、ホームページとかもさ、父があんなに苦戦して作ってた、夜中までずっとやってたホームページ制作、今声でさ、ババババって喋ったらできるようになっちゃったみたいなさ、あるじゃないですか。
だから、この1年でね、Viveコーディングっていうものが結構民主化して、みんな普通に開発とかするようになって、ツール作ったって言ったら、え、すごいとかって言って、私もちょうだいみたいな感じでさ、昨日も私、なんか低規圧のツールとか使って、作って、ノートメンバーシップで配布してましたけど、ツールとかも作れるようになって。
で、言語化はしなかったけど、たぶん私、頭の片隅でずっと父に、今こんなことができるんだぜってことを、たぶん結構言ってると思うんですよね。なんかこれ、うちの父が見たら驚くだろうなっていうことを、なんとなく頭の片隅でずっと考えてるって言って、なんかやっぱりデジタルお絵描きとか、
あんなのをね、マウスでドラッグして絵を描くことを教えてくれた父にね、今こんな風にして絵描けんだぜって言ったら、どんな反応するだろうなっていうのね。でもどっかから見て、あの、すげえなって言ってるような気がします。だから、あの、うちのね、子供たちはね、あの、父に会ったことがないですので、おじいちゃん、私側のおじいちゃんっていうのを知らないわけですけども、なんか、私にやってることも、私の子供たちのこれからのこともね、なんか父はどっかで見てるんだろうなぁと思いながらね、過ごしたり、
する今日、この頃でございます。もう亡くなって11年かと思うと、いや、なんか、うん、あの、ちゃんと好きに生きてきたなと思います。自分はやりたいことをやって生きていたし、それが稼げるとか稼げないとか関係なく、だって明日死ぬかもわかんないからね、やっとこうかみたいな、なんかなるべく
うん、爆死しないように、なるべく、うんと、苔けないようにとはやってくるけど、なんか完全に成功する形なんかわかんないし、やってみないとわかんないよねっていう精神は、やっぱり、うん、いつ死ぬかわかんないんだけど、とりあえず今やりたいことをやってみるかっていうのになったのは父のおかげだなというふうに思いますね。
そうそう、なので、えーと、今もね、いろんなAIのツールを触りながら、今こんなことできるようになったんだぜって、あの、思いながらちょっと父に語りながら、うんと過ごしてるんですね、結局ね。そう、そういうことをね、なんか自覚しましたね。多分父にずっと私は話しかけてるなぁと思って、そう、びっくりするだろうなというふうに思いますね。
うーん、その、父の話するとめっちゃ長くなっちゃうんですけどね。その、私の父が亡くなってから、父の仕事関係の人と喋る機会が何回かあったんですけど、私の父は結構ね、あの、早い段階で、あの、電子黒板の導入っていうのを検討してたみたいで、で、その私立学校だから、小中高大学とかあるんですけど、その全体のね、一貫校の中で電子黒板をどう導入するかっていうのをプロジェクトを立ち上げていて、父が亡くなった時にそれがね、一回亡くなっちゃったっていう話とかは後から聞きました。
だから、父はね、結構、うーんと、割とちゃんと効率化とか、本当に教育現場に導入すべきものっていうのをちゃんと考える人だったんだなというふうに、後から思いましたね。
うーん、だから、そうそう、そんなこともね、後からちょっと考えたりしました。だからね、私のガジェット好きも、新しいもの好きも、それからいろんなことをやってみたいっていう、この多動なとこもね、結局多分父から来てるんでしょうね。
きっとね、新しいもの好きはきっと父から来ていて、それがなんか、もし今の行動力とかいろんなことへの興味につながってるとしたら、いつも新しいもの、魅力的なものを教えてくれた父には感謝ですね。
家族の絆とこれからの生き方
で、やっぱり今やりたいことをやったほうがいいよねっていうことも、父が亡くなった時はただただ衝撃すぎて、悲しむ暇まじでなかったんですよ。
で、そう、なんか、死んじゃったな、みたいな。どうした?みたいな。でもね、私の妹も母も大きく崩れることなくって、3人で頑張って生きていこうっていう感じになったんですよね。
そうそう、だからね、未だに母はね、私と妹があの時いてよかったって言ってくれるし、妹は私と母がいてくれてよかったっていうし、私は母と妹がいてくれてよかったって思ってますね。
そうそう、だからそこで、かっことした、かっことしたというか、大きな信頼関係みたいな、信頼関係、強い絆みたいなのがなんかできたんかなっていうのも思ったりします。
この話はね、ほんと永遠にできるのはちょっと長くなっちゃったのでね、今日この辺にしますが、今の私を作ったのがこの経験からだったなっていうのを、ちょっと1年に1回は思い出したりとかしてるので、今日はちょっとそんな話でした。
これどうやって記事にまとまるんや、この後。頼んだぞオーパス4.8っていうとこですね。
はい、というわけで今日も、今日台風来ますね、高知の夜台風来そうなんで、あれですが、皆さんも低気圧だったりなんだりで、日常がちょっと変わっちゃってる人とかもいると思います。
休校だったりね。なので、コツコツ今日もね、自分の好きなことをね、やっていきましょうという話でございました。
はい、一日一緒に頑張っていきましょう。ありがとうございました。
17:14
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