子育てにおける価値観の違いと親の責任
こんにちは口伝の星読みチャンネルmaicoです。第103回目。 今日のテーマは、子育て
価値観の全く違う他人を育てるについてお話ししたいなと思います。 これ前回のジャチにちょっと関連して引き続き考えてみたいなって思うテーマなんですけども
子育てっていうのは、もうね私も5人の子育てっていうのを経験してきているのでよくわかるんですね。そして自分自身も子供の頃があったので、まあこれは誰にとっても誰でもわかること、テーマになることかなと思うんですけども
いやー親子関係、そして子育てっていうのは非常にシンプルでありながらもやっぱり多くの人が難しく感じることだなというふうに思います。
もう正解っていうものはもうそもそもこの世に存在しないのだけども、子育てっていうのは本当にねそのちょっとした微妙な
価値観の違いっていうのはね、ママとも同士とかね、同じ親子でも兄弟でもそういったことがね、現れてきますよね。
私はこれしてほしくないのに、公園でね、よそのお母さんにこういうふうにされたとかね、対応、今お菓子あげたくないのに勝手にお菓子あげられたとかね、
まあいろいろあるわけですよ。それぐらいにやっぱり母親っていうもの、父親っていうものは少なからず大きな責任感を感じながら、すごくね、一心にその責任を背負ってプレッシャーかかりながら行うことだったりします。
この家族化して、ほとんど子供対、まあワンオペの場合はね、お母さん1対1の関係性のみじゃないですか、一緒にね、おじいちゃんおばあちゃんが近くにいたりとか、夫婦ね、お父さんお母さんがすごくコミュニケーションとれていて、
どっちもね、育児に非常に協力的だったりとか、シェアがなされている場合っていうのは、もう本当に随分とね、お母さんの肩のにも降りたりとかするわけなんですけども、多くがね、そうじゃなかったりするかなと思います。
他人の見た目だけでは測れない内面の世界
前回ね、孤独視っていうことに対するチャッチに私は気づきましたっていうことをお話ししたんですけども、そう、その流れで孤独視ですね、一人で寂しそうに見える人の実態、その本人に聞かなければ決して分かることじゃないですよね。
実際にどういうふうに感じているのか、非常に豊かかもしれないです。そういったことは、周りから見えることじゃないんですよ。もう目に見える、その肩書だったりとか、世間社会に評価された人だとか、お金をたくさん稼いで、いい裕福な暮らしをしているように見えるとかね、周りから見える事柄、
それだけで測れないことがもうほとんど、実はほとんどじゃないかなっていうふうに思います。で、ホロスコープのハウスを学ぶときに、ハウスっていうのも分類するんですよ。区分分けっていうものをします。そのうちのこういったね、外から見えないけれども、非常に自分としてはとってもこだわりがあるんだよっていうところ、そういったハウスの分類があったりするんですよ。
で、外側からね、誰にとってもちょっと見えやすい部分っていうのは、アンギュラーハウスと言って、1ハウス、4ハウス、7ハウス、10ハウスにあたります。
で、ここをね、一言で言うと、ハウスにもね、たくさん意味があるんですけども、主に1ハウスっていうのは自分自身本人です。そして4ハウスは家族、7ハウスはパートナー、10ハウスは仕事です。これってね、外側からはまあ見えやすいところなんですよ。
で、それ以外にも、もちろん見えないけれど本人としては非常に大切な事柄を示すハウスがたくさんあります。
人はアンギュラーハウスの事柄だけでは決して測れないです。
そうであれば、他人がその人はきっと寂しいんだろうなんていうふうに決めつけることが、もういかにね、無駄というか意味のないことな、意味のないことだっていうことがね、やっぱりわかってくるわけですね。
自分自身を信頼することの重要性
そしてホロスコープを読み始めると、本当にみんなね、テーマも目指す方向も価値観もハードルに感じることも苦手に感じることも全然違うんですよ。その体験するタイミングも全然バラバラです。
星を読み始めると、みんな違うんだということはわかるんだけれども、いざ自分の子育て、目の前の子供を育てるとなると、そのことをね、ついつい忘れてしまったりとかしがちです。
でもね、どうしてこういうふうになってしまうのかっていうのはね、たった一つなんですよ。もう一つだけです。
それは自分が、親自身がですね、私自身が、自分のことを信頼しきれていないからなんですよ。自分の人生そのもの、自分のホロスコープをよく知って、そしてこれでいいんだっていうふうに、自分のことをそのまんま受け入れられていない、自己需要できていない、それにあるというふうに思っています。
でね、こけたりとかね、するじゃないですか。もう私たちも今ね、今の年齢だって自分探しをしているわけですよ。進路だって決まっていないっていうこともありますし、ここから後半の人生どうやって生きていったらいいんだっていうふうにね、こうアイデンティティを喪失するようなミッドライフクライシスっていうものを迎えていて
人類等しくこのライフサイクルって言うんですけども、同じタイミングで同じ天体の影響を受けるですね。そういったライフサイクルを体験しているわけなんですよ。
で、そうしてもがきながら、これまでの自分っていうものがなんか違ったかもしれないっていうようなね、すごく苦しかったりだとか悲しかったり切なかったりもね、いろんな思いを抱えながらそれを経験して、そこから自分に戻っていく、変えていく、そして気が付いていく、立ち直っていく、立ち上がっていく
っていうことを通してしか自分で自分の学びっていうものは得られないんですよね。誰かにこれを学んだ方がいいよとかいくら言われてもね、結局みんな全然言うこと聞かないですよ。全部結局自分で決めたいんですよ
それは子供だって同じだし、自分自身がねそれを乗り越えていって、ちゃんと自分で自分を生きるんだって自分の責任において主体的に生きるに転じていけば、自分の子供がどんなふうに挫折しても、それすらもう自分自身糧にしていくもの、絶対に乗り越えていけるものなんですよ。
子供の課題を奪わず、主体性を尊重する
そしてむしろそれを体験して味わいたいっていうのが私たち人間なんですよね。で、自分自身がねそれが辛かったからといって、自分の子供、他人が同じように感じるかというと絶対に違います。
それぞれ違うんですよ。何を糧にするのか、何に傷つくのか、本当に違います。
だからね、みんなそれぞれ迷えばいいんですよ。自分で見つけていく課題を奪うっていうことは、やっぱり親であってもしてはいけないんだっていうことですね。
それは自分自身で気がつかないと全く意味がないんですよ。っていうことはもう本当に常々忘れずにいないといけないなっていうふうに思っています。
ただただ掴んでいきたいのは自分に対する信頼、それだけです。
自分のことを信頼できているっていうことは相手のことも子供のことも他人のこともパートナーのことも信頼できるんですよ。
エンディング
はい、ということで、今日も最後までお聞きくださりありがとうございました。