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ボツ配信が多い理由 ‐実践編‐
2026-04-20 22:03

ボツ配信が多い理由 ‐実践編‐

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00:05
おはようございます。抜粋の 精神科リブラでございます。
5月9日、精神のPライン、1次ナーション、 そして1・2・1・2、精神のPライン、1次ナーションに向けて、
今のところ、これと一緒に何も やっておりませんが、
チカーさんが早くてね、この前、 みんなと飲みに行って、
写真撮ってもらってよかった話を してたでしょ、チカーさん。
それに、Pラインでも写真撮ってもらえなさいよと 言われて、僕がいいねと言いましたらね、
もう、フキコさんとチカラさんで、 チカラさんがフキコさんに連絡して、
Pライン撮影会、ライングループが 出てきました。そこに誘われて行きましたけど、
早い!チカラさん早い!すごい! そして、ギターの練習も上手いな!早いな!
すごいね!あんなにあっという間に できるようになるものなんですね、ギターってね。
すごいね!チカラさんがすごいんでしょうね。 いやいや、すごいなと思いつつですね。
ということで、チャージグループ、 あっという間に進化するチャージグループ、
そして、ゆっくり着実に動くチャージグループ、 三宅園さんといろいろありますけども、
なんでこの車止まってるのかな? 抜いていってもいいのかな?
あ、違う。動く。前の車がですね、道に止まってたね。 どうしてなのかはわからないですね。
さあ、そこで三宅園さんの話を聞いてと思ったんですけど、 三宅園さん、任天堂の話をされておりましたね。
僕はね、ファミコン世代でしてね、 その話をちょこっとだけしようかな、ちょこっとで済むかな。
僕はね、小学校4年の時にファミコンが出てきたんですよ。 それはもう衝撃だったな。
あの頃まではね、アーケードゲームとね、 家庭用ゲームっていうのがあってね、
アーケードってのは普通のゲームセンターみたいなのが ここにあるやつね。
家庭用ゲーム機っていうのが出始めで、 任天堂はファミコンの前にもね、
ハンドルがついてる車の運転っぽいやつがあったりとかですね、
アルカノイドみたいなやつ、ピンポンポンポンポンって、 ブロック崩しだ、ブロック崩し、アルカノイド。
タイトーのアルカノイドっていうのが後に出ましたけど、 アルカノイドみたいなブロック崩しのゲームとかありました、任天堂は。
それはカセットとかじゃないの。買い切りその1個のゲームだけ。 その1種類のゲームができるというゲーム機ね。
03:02
確か5,980円とか4,980円とかそんなもんで売ってました。
それがあったんだけど、家庭用でカセットで ゲームを次々取り替えられるっていうのが出てきたんですよ。
これがいろいろあったと思うんだけど、 僕らが一番最初にそれが売れたというか、
日本では当時エポック社というのがありましたけど、 カセットビジョンですね。
それがみんな欲しくて、カセットビジョンを持っている 立川くんとこだったかな、みんな集まったね。
カセットビジョンやりすぎて火吹いたっていう話がありましたけど、 多分嘘ですけど、僕らのときはカセットビジョン怖いって言ってたんですけど。
その頃はゲームはカセットビジョンでしたね。
アメリカなんかだとアタリっていうのがあって、 アタリゲーム社というのがあって。
でも日本ではほとんど売れませんでした、アタリは。 ファミコンと同時期にありましたけど。
テレビCMもありましたよ。
覚えてらっしゃる人はあんまりいないんじゃないかと思いますけど、
アタリのこの界隈、僕が一番ほとんど年上で、 僕より年上なのが、
中村真さんと、くうすけさんと、なかなかさんぐらいかな。
あと、そうですね、僕より年上なのは、
アケさんとかもちろんそうなんですけど、そのあたりの方だけ。
あとは配信している、みんな僕より年下なんで、
あんまりこのあたりのことを知っている人が そんなにいないんじゃないかと思いますけど、
僕より2、3年下のしからさんとかはもう知らないんじゃないかな。
そして鹿児島はテレビ放送がありませんので、
あんまり鹿児島ではアタリのCMはないんじゃないかと。
本当なんですよ、僕子供の時鹿児島には民放1個か2個しかなかったからね。
僕鹿児島に親戚がおりますから知ってますけど、
民放1個か2個ですよ。
鹿児島中央テレビかな、わかんないけど。
なんか1個しかない。
なので、民放1個か2個だよ、すごいよね。
1個だったのが2個になった時期だったから、そんな時期ですよ。
民放1個か2個って何って話ですかね。
NHKか民放かですよ、っていう事態が昔ありました。
だからアタリ知らないと思うんですけど。
カセットビジョンがあって、僕も欲しくて欲しくてね。
結局カセットビジョンは14,800円くらいでしたね、当時。
なので買えなくて木こりの予索とかであったんですけど、
ギャラクシアンじゃないかな、なんかギャラクシアン、
インベーダーみたいなやつがありました。
ギャラガラとかギャラクシアンとかちょっと両方違うかな、
そういうのがありまして。
僕はそれ買ってもらえなくて、
でもそれは対戦で左右で2人でできるんですよ。
真ん中の機械を使って、機械にくるくる回すやつもついてて、
それでさっきのブロック崩しみたいなのもできるみたいな、
みんなでできるっていうのがあったんですけど、
06:00
それを一人用に特化したカセットビジョンジュニアっていうのがあって、
こいつを買ってもらいました、5980円でした。
そこに4980円のソフトを買ってみたいな。
これがなかなか買ってくれなくて、
あなたどうせすぐ飽きるでしょって言ったんだけど、
僕は説得しましたよ。
あなたいつも飽きるから。
違う違うと。
これはカセットを取り替えることによって、
いろんなゲームができるから、
僕これ飽きないんだと言って買ってもらったんですね。
だけど結局そのソフトを1個買っただけでもう飽きて、
次買わなかったんですけど、
それは当時進化がすごかったんですよ。
どんどんゲームが進化して、
こういう時期があるんですよ、今のAIみたいな感じで。
次々ゲーム機器が進化していまして、
そのカセットビジョンジュニアの次にソフトを買う頃には、
もう別のやつが来てたんだよ。
カセットビジョンジュニア。
その頃、裏では大人は、お兄さんたちはパソコンでゲームをやってました。
PC6801とかそういう時代でしたね。
その後、PCの88になって、それから98になるんですけど、
当時は68でした。
そして88。
そして、もっと高性能な、
もっとっていうのはファミコンよりも、
ファミコンじゃない、ごめんなさい。
次が間違えた。
ファミコンに並ぶぐらいのゲームができる、
MSXというパソコンがあって、
これはまた高かったんだよね。
僕らが買える値段じゃなかった。
やっぱり10万とかするからね。
10万前後するからね。
ソニーからヒットビット。
ヒートビットのヒットビット、
ヒットビットとか、
パソコンをMSXという企画で結構出してた。
MS-DOSのWindowsとかが出るよりもずっと前の時代ですからね。
カセットテープでデータを、
プロピーディスクとかもない時代で、
カセットテープでデータをやり取りしていた、
そういう時代です。
その時代はMSXという機械がありまして、
これがオープン企画で、
そのうち2とか、
こういうのがあって、
そして、
カストビジョンがあって、
というところに、
僕らはNintendoはね、
トランプの会社だった当時はね。
トランプとか、
何だっけ、
花札とかね、
そういうのがNintendo、
京都のNintendoといえば花札とかトランプというイメージでね。
好きでね、
Nintendoのトランプとか、
Nintendoの花札好きでね、
おもちゃのアジオカに行ってね、
アジオカっていうアジオカのおっさん、
僕に騙して、
ゲイモスっていうゲームを売った、
僕の嫌いなアジオカのおっさんがね、
やってるアジオカで、
よくね、
トランプ買ったな、
トランプ1000円したな、
というトランプ、
1000円のプラスチックのトランプがある。
あのプラスチックの1000円のトランプがね、
憧れてね、
1回買ったら大事にするんだ、
俺曲がらないんだよね、
プラスチックだからなかなか。
それが俺曲がった時の腹立つことね、
それを友達が俺曲げた時の腹立つことね、
というようなことで、
プラスチックトランプをね、
憧れの任天堂で、
任天堂はそういうピンボルトがあったんだけど、
そこで、
どっちか先かな、
ファミリーコンピューターとセガが同時に来るんですよ、
SC1000だったかな、
セガと。
これがね、
辺りなんかが海外から来て、
これが高くて買えなくて、
機械がね、
09:00
辺りの値段は覚えてませんけど、
で、
高かったんだが、
日本でさっきのカセットビジョンレベル、
14,800円で、
ファミリーコンピューターが出てきたんですよ、
これが驚きましたね、
これをね、
昔ね、
会社なくなっちゃったけど、
ウォッチマンっていうのが名古屋にあってね、
これ倒産したんですけど、
ここの会社の、
なんかね、
偉い人のね、
子供がいてるうちにね、
ちょっとその子よ逃げしてなくなっちゃったけどね、
会社倒産のあたりでね、
いてね、
その彼がね、
その販売店、
ウォッチマン、
信じる者は得をする、
信じられないこの値段、
ウォッチマン、
自信満々、
ウォッチマン、
この、
名古屋の人は懐かしいんじゃないかと思う、
このコマーシャルが、
ウォッチマンの偉い人の子供がいて、
そこがね、
ファミコンとかをね、
少し先に手に入るんですよ、
試作機か知らんけど、
CM用のやつを、
それがあってね、
それでね、
ドンキーコングか、
ドンキーコングJr.だったか、
ドンキーコングだったかをね、
やったんだよね、
彼ん家でね、
しんくん家で、
これはびっくりしましたね、
なんじゃこれと思って、
ゲームセンターにあるドンキーコングと、
ほぼほぼ一緒なんですよ、
テクテクテクテク、
ね、あれが、
すごかったんですよ、
びっくりしてこれ欲しいなぁと思って
で、発売
発売すぐじゃなかったら小4の時だった気がするんだけどな
小4だった気がするんだよな
ディズニーランドができたのと同じ頃ですね
1983年とか84年とかそういう頃だと思いますけど
84年だったかな
どっちが先だったかな
ディズニーランドとファミリーコンピューターどっちが先だったかな
に、当時同じような時期にね
革命が起きたんだよね
それまで長島スパーランドが日本最高だと思っていたものが
ディズニーランドができたんですよ
行ってびっくりしましたよ
ができるしね
ゲームはねカセットビジョンだったのがね
一気にファミリーコンピューターになったんですよ
まあ全然違うんですよそれは
もうまるっきり違うんだよ
そのレベルが
これはびっくりした
そこで裏でセガの
セガっていうのはゲームを作る会社で
それがSC1000っていうのを出してきて
これをね
これがねやっぱファミコンにだいぶ劣ってね
結局すぐダメになって
SC2000っていうのが出たんですね
この辺でファミコンに近いぐらいのゲームができるようになった
だけどねSC2000は結局
勝てませんでしたけど結局
まあでもね
当時ね
そういうのがあってね
やっぱねなんていうのかな
なおちゃんっていう友達がね
なんかねあんまりあの
今で言うシングルマンさんの家庭で
あんまり裕福じゃなくてね
すごい頭良くて
すごいでもないけど
12:00
普通の友達だったんだけど
後高学歴で
僕が全然入れない高校
全然入れない大学
大学の頃にはあれだけど
大学の頃には
僕はまあまあ成績追いついちゃったという
なぜかですけど
すごい成績話されて
トップクラスのところに行って
なんか今頃
同窓会とかに全然来てくれないから
東京で多分活躍してるんじゃないかと思うんだけど
全然あのもう何十年待ってませんけど
仲良かったんだけど
なんかねセガを買っちゃったんだよね
なんかみんながファミコン買ってるから
自分はセガって言って
まあこれがかわいそうだよね
セガ買っちゃったら全然友達と話が合わないし
カセットが全然使えないし
SC2000だったかな
なんかねその辺買ったんだよね
ああかわいそう
で僕はファミコン買ったんですよ
その時詳しくなかったから
僕詳しかったからセガ買っちゃったかもわからない
っていう時代があって
でその前に
僕らは任天堂はね
ゲームウォッチを遊んでました
ゲームウォッチが面白かった
僕はゲームウォッチの
ドンキーコングのゲームウォッチは
2名になってデビューとしたと
あれをね僕はいつもね
小学校2,3年の頃
カバーオールを
着てたんだよね
カバーオールの
ビッグジョンかな
ビッグジョンじゃなかったかな
ボブソンか
ボブソンのカバーオールを
ボブソンの店が近くにあってね
家の
そのボブソンの店で買ったね
カバーオールを着てましてね
カバーオールじゃないかオーバーオールか
オーバーオールだ
一体のやつ
ジーンズの
足から肩が
肩ひもがついてて
オーバーオールか
その胸のポケット四角いのを着て
あそこにね
ゲームウォッチを
忍ばせているのが好きだったんだよね
あれが自慢でね
胸からポコッとゲームウォッチを出して
ドンキーコングをやるっていうね
それがすごい優越感に浸っておりましたけど
というの時代があって
ニンテンドーがファミコンで一気に来るわけですよ
これは今日衝撃でした
一気に接見しました
それに負けないところで
セガも次々といろいろ出してきたんだけど
ここでねセガニンテンドーの戦いになります
ゲームウォッチの時代は終わりました
ゲームは家庭でやるものになりました
またしんくん家で
ファミスタをやったりとかして
ファミスタにびっくりしたりとかしてね
違うなファミスタやったのは19だな19
試作機みたいなのが当時ね
結構あったんだよね
先にプレイできる店があったんですよ近所に
そういうのがあって
そこで19さんだったかな
そこでよく買いましたねゲームをね
もうアジオカには行かない
ゲームウォッチ騙して僕に買わせたから
という時代があって
そして家庭用ゲーム機の戦争は
次のステージに入るんですけど
それはね
次のステージで
16ビットの戦争が来るんですよ
15:00
8ビットのファミコンから
16ビットの
次の段階に入って
一気に進化した
スーパーファミコンが来るんですよ
ファミコンがね
違うわそれは
予測からPCエンジン8ビットの
NECが出してきた
ハドソンが
ファミコンと組んでた
ハドソンが今度NECと組んで
PCエンジンという
グラフィックが
ものすごい綺麗なグラフィックの
ゲーム機を出してきたんですよ
PCエンジンで今度は
ゲームカードみたいな
カートリッジがカード型になってるやつを
出してきて
これがすごかったわけ
PCエンジンが8ビットなのに
ものすごい描画で
画面が綺麗で
イースとか出してきて
これが美しいということで
ファミコンもドラゴンクエストとかで
ものすごい画像を
その画像が崩れ始めた
崩れ始めた画像を
NECっていうのは
ファミコンっていうのは
シャープが作ってたんですよ裏側は
シャープはシャープで
ゲーム機作るの
パソコン作るの得意だったんですよ
シャープは
パソコンではX68000とか
ゲームのすごい得意な
超高性能パソコンとかも
作ってたんですよ
当時はパソコンは日本が
世界のトップを走ってまして
それまではIBMとかが
世界のトップを走ってたんだけど
当時
IBMとかを
打ち倒して
NECフジツー
そしてシャープが世界のパソコンの
トップランカーだった
マニアはマックを使う
マックは当時100万円くらい
とても普通の人が買う
パソコンじゃなかった
リサとかじゃないですか
リサとか
リサはまだ安かったか
アップルツーとか
とにかくアップルは普通の人が買う
パソコンじゃなかった
シャープの
エプチュード熊谷は元のオチですけど
シャープのパソコンと
ソニーにもMSXとか出してましたけど
ヒトビットとかね
そういう戦いがあって
ファミコンが
スーパーファミコンに進化します
そこでセガも
ここが逆転とばかりに
メガドライブを出していました
メガドライブ
メガドラがよかった
メガドラがスーパーファミコンとぶつかるんです
そして
と言ってる間に
もうちょっと
20分になるからこの辺やめとくか
このスーパーファミコン
ちょっとどうしよう
まずいねこれ
長い
走るかもね
スーパーファミコンが
すごかったんだけども
これがね
僕もスーパーファミコン買いました
F0買いました
一番最初のF1よりも
F1よりもさらに上にいってる
F0
これがすごかったね
これが今のレーシングゲームの
18:01
基本的な構成を全部満たしている
F0面白かったですね
あまり面白くなかったが
その間にディスクシステムがあった
これのメガドラもよかったんだけど
メガドラは
ずっとセガは頑張るんですよ
でもアーケードが強かったのよゲーム機自体が
ゲームの内容自体が
セガは強くて
任天堂はね
そこまでね
スーパーマリオは面白かったんだけど
そこまでね
ゲームを次々と出す力は
なかったね当時ね
メトロイドとかも面白かったんだけど
面白いゲームはいくつかあるんだけど
ハドソンを中心とした
サードパーティーのゲームで
結構思ってたみたいなところがあって
任天堂はここぞとばかりに
力作を時々一個出してくるみたいな
感じで
その他はね
力作以外は
サードパーティーが
支えてましたね
ちょっとしたゲーム機はね
そのサードパーティーの中にもヒット作がいっぱいあって
エニックスのドラゴンクエストでしょ
スクエアのファイナルファンタジーでしょ
この辺はね
本当にすごかったんだけど
ただねうちの子供がね
ドラクエが世界の
ロールプレイングの時代を変えたんだね
って言って
例えば
ソウソウのフリーデンとか
ドラゴンクエストっぽいじゃん
ドラクエの魔王を倒した後の世界を描いてるでしょ
ということで
ああいう時代を
ヨーロッパ風の世界観を
エニックスが
日本が作ったっていうのはすごいね
ってうちの長男が言ったんだけど
今の人はそう思うんだなと思って
ドラクエは
ドラクエは当時アメリカかな
で流行ってた
ウルティマっていうゲームの
焼き直しだよと思って
ウルティマの日本版
当時日本パクリ物ばっかりだったですから
当時はね
ウルティマのパクリだよあれはと思って
ウルティマを堀井悠司がジャンプ放送局と一緒に
日本ぽく
焼き直したのが
ドラゴンクエストだよって言って
それが当たったんだよ
うちの子ウルティマ知らんかと思って
ということで
ドラゴンクエストはウルティマのパクリですよね
というようなもう20分だからやめましょうか
というのがあって
スーパーファミコンになって
もういいか
何のしさもない
やめた
こうやって配信がですね
ゴールなしに話し始めるとこうなっちゃうんで
ここで
スカンクさんと話してるやつだと
これも形になるんですよ
スカンクさんがそろそろ
いいですかその話になって
何だよ喋らせるよ最後まで
僕知らないですね
スカンクさんがそこから自分の知ってる話題に
無理やり
マリオといえば
マリオさんっていう人がいまして
何よマリオさんって
それが?
21:00
みたいな話が展開して
何とか次の展開になるんだけど
これ僕一人でやってるとここから展開しないんだよね
マリオさんの話に
この話これじゃやったってまずいなっていう
反応もしないし
ないし
ということで
今日これも出そう
こうやって僕は配信を
撮るだけ撮ってあげてないのがいっぱいあるんです
もうどっか行っちゃった
探しはあるけどめんどくさいからやるんですけど
もうちょっとAIが進化して
ここから
僕のやつから全部これを一瞬で聞いて
今まだクロードコードそこまではやってくれません
音声全部聞いて
やってくれるかも分からないけど
すごいトークン食うから
嫌です
ということで
こうやって僕の配信は表に出なくなるんですよ
ということをお伝えしたところで
お会いしましょうさよなら
止まらない
22:03

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