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はい、こんばんは。バスへの精神科リブラでございます。
あ、ガソリンがない。
えー、まあいいや。
思ったときに思ったことを言いますよ。
で、言い過ぎてホワイト社会に合わないと思ったら、
それは闇に埋もられます。僕のアーカイブ…
あ、閉まった閉まった閉まった。
ダメダメダメダメダメ。
ダメダメダメダメダメ。
あ、切れた。オッケーオッケー。
えー、またね、余計な…
余計なイヤホンのスイッチを入れてしまって、
このイヤホンのスイッチを入れてしまって、また音がおかしくなりますからね。
えー、ということで、
まあ思ったときに思ったことを言いますが、
ちょっと今、車を、駐車場でお金を払って出ますが、
えーとね、えー、
今日思ったことはですね、
精神科の疾病利得と、
うるさいな。
の話をしようかと思うんですけど、
疾病利得。
疾病利得っていうのはさ、
ヒステリーとかそういうときに、
あさぎはヒステリーっていう言葉は使わないですけど、
そういう病気によって、
あれガスちょっと、
財布がありました。
マスクがぐちゃぐちゃだ。
疾病利得っていうのはですね、
病気によって得をするっていうね、
得をする、そういう話ですね。
得をする、
まあそれが表面的にね、
得をするみたいなことがあって、
うるさいよ、
の話でね、そうするとね、
あ、OK。
割引。
そうすると、ついつい、
そうであることが得だから、
症状が収まらないというかね、
そういうことがあるわけね。
そういうのの話をしようと思うんですけど、
疾病利得ね。
精神科の場合は、
そういうの大きくてね、
何の話かというとね、
よくあるんですけどね、
精神科っていうのは、
病気っていうのは、
その証拠みたいなものがないでしょ。
あんまりね、
何の採決で何か結果が出た、
そういうことじゃないじゃないですか。
なのでね、
診断が主観的になりがちなんですよ。
僕なんか、
何とかな、
その遺産の主観で病名がつくわけね。
で、しかも、
精神科医っていうのは発達妨害が多いんで、
精神科医自体がね。
自閉症が多いですよ。
なので、自閉症っていうのは、
相手の感情が分からなかったりするわけですよ。
自閉症スペクトラムの人は。
だから実は、精神科医って
意外と人の気持ち分からない人が多いですよ。
僕からするとね。
僕自身もあまり人の気持ちが分からないところがあるけれども、
03:02
でもまあ、
マシなほうでですね。
もっと分からない、
ロボドアイが強い人が多いですよ。
医者自体に多いんですけど、精神科医は特に多いんですよ。
他の患者にも多いかはあるけどもね。
特に精神科医っていうのは
人の気持ちが分からない人が多いんですから、
うんと、
時期どおりに受け取ったりするもんだから、
患者さんがニコニコで、
気分が悪いです、鬱ですって言うと、
鬱病かって思う先生とかいっぱいいるんですよ。
最近はそういう先生たちに好まれる
DSM-4、
DSM-5みたいなね、
ICD-10、ICD-11みたいな、
チェックリストみたいなやつを作ってね、
違うんだけどね、
本当は違うんだけど、
本当は違うんだけど、ざっくり言うと、
そういう風に使われているわけですけど、
チェックリストみたいなもので、
2週間以上鬱、元気がない、みたいなやつを
チェックが入ると鬱病、みたいな、
そういうシンプルな精神医学がある程度
流行っていることがあって、
いろんな事情からして、
そうなっちゃったんですけど、
それが必要だったりとか、
とにかくそういうのがあるわけですが、
なので、特にそういう
チェックリスト精神医学みたいなものっていうのは、
発達障害、自閉症スペクトラムの
特性を持つ精神科医に、
非常に、
神話的というかね、
そういう風になりやすいというか、
そういうのが使いやすいというかね、
そういうもんですわね。
なので、そういうのが流行っていて、
なので、
僕からすると、おかしな診断が
溢れているわけですよね。
そこに、
そのおかしな診断の一つの理由は、
精神科医自体が
チェックリスト精神医学をやって、
患者さんがニコニコで
鬱だよ、そう言うと鬱病と書いたり、
私は幻覚がありまして、妄想がありまして、
と言うと幻覚妄想あり、
統合主張しようとついたり、
本人が幻覚と言ってたら、
幻覚は幻覚だけど、
本人が妄想ですと言ったら、
妄想じゃねえじゃねえかみたいなね。
僕思い込んでるんですよ、妄想って。
今これ僕思い込んでる話をしてますと言ったら、
思い込んでるって分かってたら
思い込んでねえじゃんみたいな、
そういったことが分からない、
大げさに言うとですけどね、
そういう大げさに言うとそういうことが分からない、
人の気持ちが全然把握できない、
全然人の、
メタ認知ができない、
そういう精神科医っていうのが非常に多い。
そういう人たちが、
僕からするととんでもない診断をいっぱいつける、
そういうのが多くしている。
あともう一個は、患者さんを見ていない、
話を聞いていない精神科医も多いもんだから、
僕からするとね、
初心あんな短くて、
患者さんのこと分かるわけないじゃん、
って思ったりしますけど、
僕の初心は長いですよ、
患者さんから怒られるときある、
警察の長春みたいだったみたいな、
もう二度と来るかみたいな、
なんでそんなことが関係あるんですか、
聞かれたくないことなんでしょうね、きっとね。
患者さんが怒るようなことを聞いてしまうわけですけど、
その瞬間に分かるよね、
この人ここ聞かれたら怒った。
しかもあれですよ、
患者さんが怒るんですけど、
僕がね、
06:01
初コミの相手は誰ですかって、
そんなこと聞いてるわけじゃないよ。
僕が患者さんが怒った質問、
妹さんは何されてる方ですか?
こんなことで怒るのおかしいでしょ。
ここで急に怒りだしたりする。
妹さんって何されてる方です?
なんでそんなことが関係あるんですか?
私は自分の気分が悪くて来たのに、
なんで妹が何をしてるから関係あるんですか?
どうしてそんなことを聞くんですか?
関係ないじゃないですか、
みたいなことを言い出す人が急に怒りだしたみたいな。
もう完全にどう考えてもそこに問題があるに決まっていて、
ここには何もありませんって言ってるみたいなもんですよね。
だからそんなこと言いたくないなら言わなくて結構、
もう見えちゃいましたもんね、自分にもね。
妹のことを話そうとしたら急に怒りが湧いたってことが、
自分につまびらかになりますよね。
そういうのが耐えられない人は僕のところに二度と来ません。
どっから別の病院に行ってうつ病ですねと言って、
抗うつ薬もらって治療されてるんでしょうね。
それは何にも良くならないでしょうけどね。
とにかくそういうようなことでね。
言いかけの診断がいっぱいあるわけです。
しっぺり得点はいろいろあるなと思う例をいろいろ話そうと思うんですけどね。
一つ今思ったのはね、YouTube、ツイッター見てたらね、
自傷どころか診断されてるらしいんだけどね。
いっぱい病気に診断されていて、重症のADHDという人が、
あんまり具体的に言うと特定されて、
僕ら精神科医が診察室以外で診断のことを言うのは非常に危ないもんですからね。
あんまり具体的に言うと調べたらすぐ分かっちゃうんで、
言いたくないというか、言っちゃいけないというか、
これは診察データ情報じゃないから言っちゃいけないわけじゃない。
これは守秘義務に違反してないけども、
やっぱり精神科医という立場のものが、
人についてあれだとかこれだとか診断名に近いことを言うのは非常に、
非常に人を傷つける可能性があるので、
結構言いますけどね、僕ここで配信、結構言いますけど、
みんなはロボだとか言ってるけど、
僕ロボだって言ってるのは自閉症スペクトラムだって言ってるのと同じ意味で撮っていただいて、
ほとんどいいわけですけども、結構言っちゃってますが、
それはでも悪く撮ってないですよ、皆さん。
僕の言ってること、批判的に言ってるわけじゃないからいいかなと思って言ってますけど、
ちょっと厳しい、微妙なところなので言いにくいわけですけど、
ツイッターの投稿でADHDを名乗る人が出ていてですね、
そのADHDを名乗る人がね、
動きたくて動きたくてしょうがない、
あーもう私は多動だから動きたくて動きたくてしょうがない、
我慢できない、我慢できない、動きたーいっていうやつをあげていたんですよ。
重度の多動症です、注意欠陥多動性障害です、ADHDですと診断もされてますってことなんだけど、
多動症って動きてる病気じゃねえからなーって思ったりするわけですよね。
僕みたいなのがADHDなんですよ。
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あと、例えば皆さんの知るところで言うと、
ADHDだなーって思うのは、こういうのだから名前あげられないんだよな、難しいですね。
でも、いい意味でADHD的だなというふうに思うのは、
大げさな極端なところで言うと、柳沢慎吾さんとかね、
あんなのがADHDっぽいですね。
あとちょっと雰囲気違いますけど、だいぶ違いますけど、
多動がそれほど表に出ないけど、ASDがもう少し、自閉症が噛んできますけど、
この辺も言ってもいいんだろうな、広雪さんとかね。
ASDの方にもう少し偏ると、堀江門さんとかね。
この辺の天才系ね。
あと成田祐介さんとかも、そんな多動はないけどADHDっぽさとASDっぽさはすごく強く感じますよね。
頭のいいADHDちょっと絡みのASDっていう。
ADHDはあんまり感じないけど、不注意はありそうですよね、成田祐介先生なんかはね。
ああいう感じの人がADHD。
あの人たちが動きたい、動きたい、動きたいって言いますかね。
柳沢慎吾さんだって動きたい、頑張ってきたら動きたいとは言わないでしょ。
黙っててもうるさいみたいな感じ。
だから座ってられないとかじゃないんだよね。
座ってられないんだけど、立つんだけど、座ってられない、苦しいとかとはちょっと違うんですよね。
なんていうのかな。
違うんですよ。
でもね、僕が言ってるのはそういうことじゃなくてね。
みたいなものがあるんですけど、その人はYouTuberだかインフルエンサーだかなんかなんですけど、
その人はADHDだっていうことによって自分のポジションを得てるわけですよ。
ビジネスADHDなんですよ。
その人がADHDじゃなければその地位にいられないんですよ。
世間の人は、素人の人はよくわからんから、それで面白い症状があると、
これがADHDなんだ、面白いなーって。
しかも診断もされてます、なんなら診断してみせます、みたいなやったら、
あ、お医者さんが診断してるんだって思い込むわけですよ。
思い込むというか思うわけですよ。
そりゃしたんでしょ、診断ね。
だけど、医者なんていったって8万人いますからね。
そりゃ欲積今後いろいろいるわけですよ。
さっきも言ったように、精神科医なんてものはほとんどがね、
ほとんどは言い過ぎ、ほとんどと言ってもいいんじゃないかな、
ASDで診断力なんかないんですよ、半分ぐらいの。
7割8割の先生に、僕から言いますと7割8割の先生に診断力なんかねえよ。
何にもわからない、あの人たちには。
でも2、3割の人には鋭い診断力が、2、3割もいないかもわからないけど、
うわーすごいって僕は思うことはよくありますよ。
その人からしたら僕にも診断力がないでしょうけどね。
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いやすごいなと思う先生も中にはいるけど、ほとんどはね、
ほとんどはクロード、ほとんどはオーパス4.6以下じゃないですか、診断力と思いますけどね。
ということで、そういうものを信じてしまいます。
だけどあれはビジネスADHDですよ、と僕なんかは思いますね。
ADHDだって言ってる人はほとんどASDというふうに僕は思いますけども、
あの僕の見た人に関してはASDでさえない、少しぐらいASDかもわからないけど、
まあビジネスかなっていうことですね。
そう思い込んでるんでしょうね。
思い込んでるというか、そうじゃないとやってられない、ちょっと都合が悪いんでしょうね、という人。
他にもそういう人あってですね、
あと例えばね、うつ病だとかってことになってる例も多いわけですけど、
うつ病ってことになってるけど、僕なんかはそのうつ病じゃないよということによって患者さんが良い方に行くんで、
ちょっとASDですよ、みたいな説明をするんだけど、
そうだとそれで例えば本人が、本人はうつ病じゃなくてASDだというふうにね、
自閉症だと言われて、なるほどとわかって良くなるパターンもあるわけですけど、
本人が良くなったとしてもね、それで完璧にうまくいけばいいんだけど、
ASDだとなるとですよ、僕は周りがその人に配慮しなさいと言い出すわけですよね。
つまり、ASDってことは僕はペンギンだと、犬じゃなくてペンギンだと、
だから犬の世界で生きにくいんだと僕はその患者さんに言うわけです。
そうすると僕はその患者さんに言うのは、ペンギンはペンギンらしく海を探せよペンギンよというふうに言うわけです。
そうするとその人は海に入るわけですけど、海が見えないときは、見つからないときは、
周りの人は、その人を責めるのもおかしいんだけど、
周りの人には、この人ペンギンだからうまく歩けないから手伝ってあげなさい。
つまり、周囲の人に、その患者さんへの配慮を僕が要求し始めるわけです。
そうするとさ、周囲を配慮しないと言えなくなるでしょ。
そうするとさ、家族なんかは大変になっちゃうわけですよ。
だから、その人が悪い。
家族からすると、家族も力がないときがあるから、能力がね。
それも遺伝だからさ、その人がASDとなると周りもちょっとASDなわけだよね。
だけど、その人ほどASDじゃないとか、その人よりかは力があるみたいな場合もあるわけですよ。
そうすると、僕はその人にね、お父さんにお母さんにね、兄弟にね、この人に配慮してあげなさいよと、
あなたはこの人よりかは力があるでしょっていうふうに言うわけ。
だけど、とはいえ、そんな非常に力があるわけじゃない場合もあるわけ。
なんなら患者さんより力がない場合もあるわけ。
そうすると、患者さんに配慮するの嫌だって思うお父さん、お母さん、兄弟がいるわけですよ。
そうするとさ、その人がASDだから周りが配慮しなければならないという物語、
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受け入れられないときがあるんですよ。
これはだから、そうじゃない、うつ病だって言い出したりするんだよね、家族が。
家族がですよ。おかしいじゃん、家族が言うの。
いや、だから、医者がうつ病じゃないって言ったから、うつ病じゃねえよって。
いや、私もうつ病だからわかりますけど、みたいな出てくる。
え、ちょっと待って、私もうつ病だろ、みたいな。
いや、あんたもうつ病じゃないよ、みたいな。
まあ、そこまで言いませんけど、みたいな気持ちになったりするわけよね。
そうするとね、やっぱね、本人が、例えばその本人っていうのは、患者さんの家族が
うつ病のていで会社を休んでいたりするわけですよね、例えばね。
うつ病のていで補助を得てたりするわけですよ。
そうするとさ、その娘のね、僕の患者さんがうつ病じゃないとなるとですよ、
その症状がうつ病じゃないとなると、私もうつ病じゃない、つまりそのお父さんお母さんね。
俺もうつ病じゃない、私もうつ病じゃないということにつながるわけですよ。
そうするとそのお父さんお母さんは、うつ病だから会社を休んでいる、
うつ病だから仕事をしなくて家族の中でいいと。
いうことを配慮を他の家族から得ているというお母さん、お父さんはですね、
働かなくてもいいお父さん、家事をしなくてもいいお母さんはね。
その人都合が悪くなっちゃうんだよ。
僕のその症状はうつ病じゃないっていう話は受け入れられないわけ。
別の病院でうつ病だってことになったりするんですよね。
そうするとね、自分のことじゃないのに娘がうつ病じゃないと言ってる
僕の診断は気に入らないわけですよ。
つまりそれは自分の立場をあわよくするから。
そうするとね、途端に娘を連れて別の病院、
つまり自分のことがうつ病だと言ってくれてる病院、
そこに連れて行こうとしたりしますよ。
これ疾病利得っていうようなことですよね。
これはね、うつ病だから自分は仕事をしなくていい、
うつ病だから自分は家事をしなくていいという立場にある。
だから私がうつ病じゃないということになったら困るわけね。
となると娘の症状が私と同じだからね。
そうすると娘の症状がうつ病じゃないというのも非常にまずいと。
これが疾病利得と言うんですね。
となると僕のところから引き剥がして、せっかく良くなってる。
お母さん、お母さんの風上にも置けないよね。
良くなってるんですよ、その人は、患者さんは、娘さんは。
なのにその人がうつ病じゃないということで良くなっちゃってるから、
私はいいということになってね、私も自分じゃないんかいと。
この子は向き合う力があったかもしれないけどね、自分の問題に。
私にはもう向き合う力がないということで、無意識だと思いますけど、
患者さんが娘が良くなってくるのはまずいということで、
連れて自分と同じくうつ病で治らないと言ってくれる、
なかなか薬が合わないと言ってくれているその先生のところに連れて行こうとすると。
それもどうしようもないよね、引き止めるすごいもないわけでね。
みたいなことになるわけ。
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そしてその、僕が紹介書を書くことになりますけど、
そのお母さんはうつ病というふうに誤信している先生に、
僕はその本当の物語を書くことができない。
だって書いたってその先生はうつ病だと思ってるわけだからね。
僕にはバカに見えてますけど、そのバカな先生に、
お前はバカだっていう紹介書を書くわけでしょ。
書けませんわね。
僕は恨まれるだけですよね。
何言ってんのこいつって思われるだけですよね。
どう見たって宇宙だろっていうね。
僕からするとバカですけど、その先生はね。
盲目の、バカって言ってもバカじゃないんだけどさ、
精神科医としてはバカだっていうかね。
精神科医として無能だというふうに、
職業倫理的には僕には良くないというふうに思うわけですけど、
良く治さないんだからねって僕には思いますけど、
向こう向こうの理屈があってね、
僕が異常者だと異常精神科医だというふうに、
向こうからは見えるでしょうね。
それはわかりますよ。そんなことわかります。
僕はメタ認知でそういうふうにわかります。
あっちの先生にはメタ認知ができないから、
そうは見えないでしょう。僕がおかしいように見えるでしょう。
これを疾病にとっていいです。
別の例。
生活保護を受けるときにね、
その根拠として精神科の疾患が必要なときがあるんですよ。
やっぱりね、生活保護の担当者としても、
何のわけもなく生活させるわけにもいかんから。
そのときに精神病だというのがつくときがあって、
うつ病だみたいなね。
あるいは僧侶性障害、僧うつ病、何でもいいんですけどね。
っていうようなことがあってね、ついてる人がいるんだけど、
そのよそでそういうふうに診断されてる患者さんは、
僕がね、うちの病院は総合病院ですから、
体の具合が悪くなると来るんで、
それは精神病の名前がついてる人も来るでしょうと。
そうすると、薬が出てて全然元気がないんで、
うつ病というふうに言われてるんで、
あるいは僧侶性障害、あるいは僧うつ病と言われてるんで、
よくなってないから先生ぜひ見てくださいというようなことで、
その内科とか外科とかね、先生から僕に依頼が来ると。
で、僕行きますと。
パッと見ますと。
診察しますと。
全然うつ病じゃないというふうに見える。
全然僧うつ病じゃないと。
全然僧侶性障害じゃないじゃんって。
もう一目見てよ。
分かるぐらい違うときがあるんでね。
で、もうなんかすごく、
じゃないと、そういうことでね、
とにかく具合が悪いと。
やっぱりちょっと細かいことが言いにくいっすな。
守秘義務。
ということで、いろいろあるわけですけど。
で、見るとね、そういう場合ね、
これ疾病利得っていうのはね、
この場合の疾病利得は明らかですよ。
生活保護、お金ですよ。
お金の根拠が精神病なんですよ。
そしたら精神病じゃないとなったら、
生活保護受給できなくなる可能性あるんですよ。
そしたら元気になっちゃダメなんだよ。
少なくとも今の先生はいいし、
でも僕の前で元気になったら、
別の精神科医の前で元気になっちゃまずいでしょ。
元気になったらうつ病じゃないってことになったら、
どうします?
統合必要症じゃないとなったらどうします?
早うつ病じゃない、早急規制症患じゃないといったら、
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これどうします?
明日からね、これどっかもしか市役所に通報されたら、
どうすんの?
生活保護じゃなくなったらどうすんの?
重大な問題になるんですよ。
そりゃあ僕の前では絶対元気にならない。
それは当たり前でしょうと、僕なんかは思うんですけど。
そういう風に外科医の先生に説明しても、
心肺利腸の意味が外科医の先生に理解されない場合もあります。
なんでですか?みたいなね。
この薬効いてないですよね。変えてください。
いや違うんですよ、先生。
薬なんか効きませんわ、この人に。
じゃあこれはインチキですか?
インチキはそうなんだけどさ、そうじゃないのよ、みたいなね。
ちょっと難しいです、先生ってなことがあります。
という風でね、難しいよ。
精神科の患者さんたちを守らないといけない、
っていうのは助けないといけない対象なんだけど、
助けなきゃいけないんだが、
この助けるね、障害年金だとかさ、
生活保護だとかっていうのがさ、
実は疾病利得を生んでしまうことがあるわけですよ。
なので、助けるんだったら、
病気であったって病気でなくたって助けるっていう条件がないと、
これがね、難しくて、病気だから助けるっていう風になっちゃうと、
精神科の病気なんて証拠がないから、
病気の不利がずっと続くわけよ。
不利じゃないんで無意識だから。
それもある種の病気なんですよ。
なんだけど、良くならなくなっちゃう。
脳細胞とかもそうですね。
脳細胞が降りちゃったりすると、
その鬱で脳細胞が降りたりすると、
もうその鬱治りませんよ。
あるいは、たまに身体化するね、足が痛いとか、
どこ手が痛いとか、
そういうなんか、どこにもないのに、
どこにも異常ないのにお腹が痛いみたいなやつが、
そういう身体化、転換症状、身体化症状、
身体症状症、
とにかくそういう風なもの自体が根拠となって、
脳細胞が降りちゃうときがあって、
そうなるとこの症状、脳細胞でお金がもらえるなりなんだりが、
解けるまで症状が取れませんよ。
あるいは、交通事故で嫌な思いをやられちゃった時とか、
交通事故みたいな時に、
精神的な症状が交通事故のせいだみたいに認められちゃう時があって、
そうなった時に、
お金がもらえるみたいな、
相手を攻撃すればお金がもらえるみたいな時に、
お金が欲しい、もらえる時に、
その症状が無意識で取れなくなる時があるんですよ。
どこも悪くないのに。
その症状が交通事故のせいだとなるとお金がもらえるとなったらね、
それが相手のせいだとなったら、
これ交通事故を起こした被害者が被害者なんじゃないかっていうね、
間違えた。
加害者が被害者なんじゃないかっていうね、
加害者の側はそこまで悪いか、
別にコツンとぶつかっただけなのに首が痛くなっちゃったりとかね、
精神的な問題だみたいな。
これが交通事故のせいだみたいになっちゃうとね、
それが認められちゃうともうこの症状治りませんよ。
24:01
だって症状があるからお金がもらえるんだもんっていうね、
こういうのを疾病利得と言いますね。
非常に難しい。
患者さんを助けるシステムが患者さんを症状から引き剥がさなくなるというね、
こういうパラドクス、こういうジレンマが生まれることがあるんですよという、
非常にね、
ことをちょっと話したかったね。
すっげえ嘘くせえYouTubeかTwitterか、
すっげえ嘘くせえADHDを見たんでね、
ついついこの話をしたくなったということでした。
それでは皆さん、だからね、
自傷ADHD、あるいは診断されている、
自傷うつ病、あるいは診断されている、
総局性障害、総うつ病、
自傷どころか診断されている、
っていうのはほとんど認識ですよね。
全部誤診ではそんなの。
僕、もう思っといたほうがいいんじゃない?
人の話はあんまり、だからそれは誤診だけど、
なんともないわけじゃないんで、
だから病気だからこうだっていう話はもう全部なしって、
精神的に具合が悪い、
それは本当っていう具合に捉えておくと、
正しい把握ができるかなというふうに思いますね。
それでは皆さん、さようなり。
25:18
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