数日前の収録で、内容を忘れてしまったのでタイトルつけられ無かった
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感想
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サマリー
今回の放送では、最新スマホに買い替えたものの、以前と変わらない使用感にがっかりした話や、勤続20年で表彰されたものの、賞金にかかる税金の高さを嘆き、部下に分配する権利があれば良かったのにという願望が語られています。また、20年前に総合病院での勤務を始めた経緯や、当時の医局の状況、そしてあっという間に過ぎ去った20年について振り返っています。
00:00
せっかくなので、今日も何か喋ってみようかな。 行きましょう。本日も、精神科のバックヤードをやってみましょう。
さて、さてですね。 いやしかし、まあいろんなこと思うわけですけど、このさ、
最新スマホへの買い替えと移行の煩雑さ
スマホ変えたんですよね。 Pixel 11 Pro XL に変えたんですよ。
発売日に来ましたよ。あの、前日か前日に注文して。早いな。 8月20日じゃないかな。
まあ来たんですけどね。さすが、感想言いますけどね。 さすが最新のグーグルの最高級スマホ。
今までのスマホと比べて、 いや全然違わない。
いやもう、 何にも違わないね。もう、もはや。
もはや中、僕の使い方かな。中級期以上のスマホに、何ら違いは感じられない。 あのなんか差額10万円ぐらい払いましたけど。
捨て銭だなこれ10万円。 何も違わねえじゃん。写真が綺麗か知らんけどさ。
ほいでさあ、ほいでほいで、この、移行する時?スマホの。
これ、全然あの便利になってないよね。なんかこの。 これでもう、あの乗り換えオッケーですって言うけどさ、言うけどさ。
実際は何あの、なんていうのあの、マイナーカードみたいなやつの登録も自動ではスマホに入れ替わらんしさ。
あと、何その、パスワードと銀行のワンタイムなんとか認証みたいなね。これ色々使ってるからさ。
UFJ銀行は結構スムーズだったかな。 農協ね、農協、JAバンク、SBI証券はどうだったかな。これは済んだりいったかな。
ドコモ銀行、最近までね、SBI、スミシンSBIネット銀行だったけど、ドコモが買い取ったんだよね。
ドコモ、SMTB、スミトモ三井トラストバンクね。
三井スミトモ信託銀行。三井スミトモ銀行と三井スミトモ信託銀行はね、経営が全然違うんですよ。
今はね。昔、例えばUFJ銀行とUFJ信託銀行は、あの経営が近いんですよ。資本関係が。でも、
MUFJ三井、三井、MU、三菱、MUFJ三菱か、えっとじゃなくて、にゃんにゃんにゃんにゃんにゃん、MUFJじゃなくて、えっと、三菱じゃなくて、三井スミトモ銀行、三井スミトモ銀行は、三井スミトモだからMSとくるはずなんだけど、英語は反対にしたんだよね。
スミトモが上か三井が上かみたいなことで。日本語では三井スミトモ銀行と言いますけど、えっと、英語ではSMBCだね。
スミトモ三井バンク、バンクかな、BC、カンパニーかな、知らんけど、だし、三井スミトモ信託銀行は、三井スミトモだからMSなんだけど、SM、で今度、
バンクじゃなくて、トラストバンクだね、グループだ、SMTBと言いますね。で今度ね、ドコモSMTB銀行だったかな、なんかそんなに変わって、ドコモ、ちょっとアプリがあるんで、いってみようかな、ドコモ、ドコモの銀行って書いてあるわ、あ、名前ドコモの銀行になっちゃった。
でね、変えましたけど、これも全然うまくいかないしですね、これはいったかな、楽天のやつも番号登録するの時間かかるしですね、もうマイナポイントなんか、もうマイナカードなんかめっちゃ時間かかったらなんか、まだまだね、まだまだログインできてないやついっぱいあると思うんですよね、もうユニクロアプリも今開いたけどログインできてない、もう全部、ログイン機は全部ダメ、もうなんかGoogleアカウントで一発でビヤッとこう、行きたいとこですけど、
なんでできないのよこれ、もう一体何年経ってんだこのAI時代にさ、でさ、AIが入っているパソコンだったら、クロードコードが入ってたら、コーデックスが入ってたら、あのインストールとかちょっと上手にやっといて、パスワードの時だけ言って、パスワードあんた入れられないんだろ、つって、
あるいはパスワードはテキストにしてデスクトップに並べておいてからそっから探して入れてくれって言って、私はパスワード保存できませんみたいに言うけど、パスワード保存できなくてもパスワードを見たりすることはできるんで、デスクトップに置いてあるからそっから拾って使ってくれって言ったら割とやってくれたりとかね、しますけど、
まあそれだったらさ、あの、ね、頼んだときはさ、やれるんだけどさ、今んとこスマホまだ動かしてくれないんだよね、あの、ただね、あのなんだっけ、マックで、えっと、ミラーリンク、iPhoneミラーリンクだっけ、ミラーリンクだっけ、ミラーリンクだっけ、ミラーリンクかミラーリンクか分かりませんけど、あれやって、iPhoneをパソコンにマックに繋いだ状態で、
コンピューターユースで、えっと、マック、えっと、クロードとかコーデックスが、あの、はー眠いたい、眠いな、あのね、動かして、iPhoneを動かしてくれたりはするね、あれは割といいね、うん、今日ね、眠たかったな、なんか知らないけど、昨日も、でね、あ、そう、もうちょっと関係ない、まあ、今のまず第一弾は、なんでスマホ移行するのこんなに、あの、なんか時間かかる、なんでいまだ簡単じゃん、
じゃないのよ、アンドロイドからアンドロイド、ピクセルからピクセルに、9プロXLから変えてんだよ、11プロXLに、なんでできねえんだよ、問題、あと、最新のスマホはやっぱり、今までのと違って、ほんとに、全然違わない、でね、区別がつかないというね、もうスマホも限界だなと思ってる話が一つ、あと次、時の流れは早いよねの話、第二弾いきます、
勤続20年表彰と賞金に関する税金問題
いや、時の流れが早くてですね、あのね、今日ね、病院のね、なんか、あの、僕あの表彰されてたんです、何を表彰されたか、長く勤めてましたでしょうっていうやつがあってですね、永年金属表彰みたいなのがあってね、何人かいましたけど、えーと、まあその、なんかね、どっかホテルでね、祝賀会やったんだよね、毎年やってるみたい、
永年金属10年、永年金属20年、永年金属30年と、こうね、えー、やるみたいです、でもうめんどくせえから、まあ多分医者はあんま行かないと思うんだけど、ホテルの立食パーティーみたいなやつを、多分マリオットだったかな、名古屋で多分一番いいホテル借りて、あの、やってると思うんですけど、もうめんどくせえからそんなの、行きたくないから、まあ行ってないんでね、で、行ってないと、
おー、病院で表彰してくれるっていうことで、まあそれでいい、それでいいって言って、行きたくない、めんどくさいって言って、行きませんって言って、で、病院で、まあそれは、まあできれば来てくれっていうことなんで、まあ院長から、あの、表彰状と、なんか、あの商品券もらって、でも商品券がさ、現物支給にあるからさ、あの、税金かかりますって書いてあった商品券は、でも旅行券、6万円くらいくれた、だけど、僕の場合は商品券もらってもそうだから3万円だよね、税金で半分持ってかれるから、あの、残念、で、旅行券、
旅行券だったら持ってかれないんだけど、旅行券だったら、何月何日までに、実際それの旅行に行ったという証拠の写真とか、なんか、文章を提出しろって言われて、もうたった3万円のために、わざ、3万円のためにっていうのは、その旅行券にしたら、無駄がないから、その代わり、なんか、何箇所かの、そのHISとかその決まったところで、使わないといけないし、その6万円をちゃんと使ったというね、こう、証拠、だけどぴったり、ぴったり6万円使う旅行に行くっていうのもなんかバカバカしいじゃない?
そうすると余分にはみ出し目の旅行するじゃない?そしたら結局そこでさ、余分な3万円とかかかってさ、結局さ、持ち出しになるじゃない?で、3万円に納めようと思って行く、わざわざ行く?ということでさ、旅行、指定された期間に、指定された旅行会社を使って旅行に行くっていうのは、まあ、指定されたとしても選べたんだけど、名鉄観光だ、HISだ、ね、T、まあ、いくつか5個くらい書いてあったかな、なんか、選べたけど、とにかくそこから選ばないといけないと、もう、めんどくさすぎて、
もう、商品券でいいっすわって、でも商品券だと課税しますよって書いてあって、まあ、普通の人はね、あの、いいんだろうけど、僕らだと、あの、50%持ってかれるんで、住民税混ぜると50点何%なんで、半分、1万円もらっても5,000円手に入らないんですよ、実は、まあ、ひどい話なんだよな、ということで、えっと、まあ、せっかく10万円、じゃない、6万円分の商品券いただいたけど、僕の手元には3万円も残りませんがね、
それで、6万円もらったら、やったー、やっほーい、と言って使うと、あとで税金3万何千円持ってかれるんでね、確定申告でね、いやー、まいった、まいった、ね、じゃあ、まあ、もう、ね、商品券使いにくいから、いつも売っちゃうんだけど、商品券は、これ売るとさ、6万円分がさ、5万円分とかになるじゃん、んで、これでさ、でも税金は5万円分にかかるんじゃなくて、6万円分にかかるじゃん、
そうするとさ、税金は3万円持ってかれるじゃん、5万円もらうじゃん、2万円しか手に入らないの、病院6万円出してんのにね、これやめといたほうがいいわ、これ本当に、だったら、僕が本当に希望するのは、その6万円を、僕の権限で、うちの職員に6万円配っていいってことにしてくれたら、僕自分の部下の、あのー、僕ほど年収が高くない人たちに、全員に1万円ずつ出すわ、ね、そしたら僕6万円分の感謝が得られるじゃん、しかも僕の出費2万5千円じゃん、言ったらね、
2万5千円の出費で6万円のさ、あの感謝がもらえるんだったらさ、あの、そっちのほうがいいな、僕そういう知恵って、そういうさ、なんかさ、知恵はないもんかね、と思って、うちの病院、組織がでっかいから、そんなことは院長の権限でできない、院長が決められないから、院長は、うちの病院の院長なだけで、あの、グループなんで、愛知県内に、大きな、うちと同じくらいの大きい病院が1、2、3、4つくらいある、あのー、
おちちわ病院も含めたらもっともっとある、えっと、大病院グループの一部の病院なんで、その大グループの中での方針で、いろいろお金も給料とかも全部決まってるから、うちの院長が動かせる場所、そこまでないんですよね、本部がいろいろ、あの、決めてるからね、なもんだからさ、だもんで、名古屋弁で言いましょう、だもんで、あのー、
そんなこと決める、僕がでも、もし社長だったらね、あの、一部、その、公給取りがいて、部長とかね、支店長とかね、で、そいつに報奨金で、
10万円あげると、いわし、会社から10万円そいつに出したいと、いう時には、10万円が欲しいか、それか、その10万円を部下に割り振る権利が欲しいか、どっちがいいつって、
僕なら、言うね、そうすると、僕だったら、僕が、そして上司だったら、10万円もらうんじゃなくて、10万円を部下に割り振る権もらうね、僕が、自分が、数千万円の年収があればね、そしたら、
自分が10万円もらったら、5万円手元にも残らんけど、えーと、特に若手の社員とかね、事務の女の子とかね、そういう協力してくれる子にさ、だから年収が、中にはさ、あのー、
まあ、300万とか400万で働いてる人もいるじゃないですか、ね、300万とか400万で働いてるさ、パートでやってるさ、お母さんとかさ、女の人に1万円もらったらさ、その人、税金ほとんど取られないから、1万円まるまる、懐に入るでしょ、その人から、送ってもらえばいいんだよ、僕は、
1万円あげて先生ありがとうございますって言って、この前旅行に行った時のお土産ですと言ってね、1人から3千円ずつもらったらね、10万円もらうと、僕が5万円しか手に入らんけどさ、あのー、1万円ずつ10人に配って、3千円ずつお土産もらったらさ、ああさあさあ、3万円じゃん、ね、しかもめっちゃ感謝されてるね、
えー、あのー、1万円分の感謝、つまりかける10だって、10万円分の感謝、今日もらったの、僕は6万円もらった、でも僕の手元には2万円、そうじゃなくてこの6万円を、えー、うちのスタッフに配分してあげていいという権利が僕もらえれば、あのー、あの人に1万円、あの人に1万円、これ僕の、僕からの権限だってことであげてください、ほんとこの商品券は1人1万円、僕がもらってからあげちゃったらダメなんですよ、
僕がもらったことになっちゃうから、じゃなくて、割り振る権限だけ欲しい、ね、そしたら僕がもらってないことになるでしょ、僕がもらってなければ、僕はあのー、税金取られないでしょ、って思うんだけどいかがですか、これ税制的に問題ですか、ほんとに、こういう風にして欲しいんだよなーって思ったっていうね、
総合病院勤務20年の経緯と医局の状況
そして20年も勤めちゃった、あーすごい、つい最近ね、僕ね、10万円間違えた10年表彰を受けた覚えがあるんですよ、その時のね一緒にね、表彰を受けた先生はもう開業されてね、あのー、近所で病院やってらっしゃるんだけどいいよね、クリニックをね、あーあの先生そういう開業したなーと思って、あの人と一緒にやったなーと思って、前は表彰あの人と一緒に受けたなーと思ってさ、あのー、あれも10年前?と思って、早っ、
早すぎんだろ、この10年早えぞ、早えぞ、うん、で、もう20年も働きちゃった、同じ病院で、もともとはね、前のね、教授とね、話し合ってですね、20年前、総合病院にね、やっぱり、医局からね、大学医局から総合病院に医者行った方がいいだろうということで、僕が提案してね、先生、医局員がね、若手のね、僕ら若手のね、
20年前、僕も若手でした、ね、僕も30代前半でした、ね、なので、まだ若手、ね、医者では30代前半はまだ若手です、何にしても24歳からしか医者になれないから、ね、で、僕なんか一浪してるから、25歳から医者になったからね、そうすると、31歳はまだ6年とかしかやってないから、まだまだ、で、しかも最初2年研修医やるから、あのー、僕の時やってないやつもいたけど、まあ、あのー、まあ僕なんかはやったので、
で、僕が1年浪にしたら25歳で医者になって、26、25、26は研修医をやったので、いろんな科やってんで、精神科医になったのは27からです、ね、で、27からようやく大学医局に入って精神科医としてやり始めた、まあいろいろ迷って精神科医になった、そしたら27歳でね、で、そこで大学に入ったら最初なんか、まあ最初に何もできないから精神科医として、で、まあ研修みたいなのが2年ぐらいかけてやるんで、まあ28、29ぐらいで一応一通り精神科医をいろいろやる、
まあやれるようになってないけど、まあ一通り29ぐらいである程度、まあちょっと覚えたっていうね、で、まあ30、30、そっから2年しか経ってないんで、まあ研修医終わって2年大学やらでまあ研修して、まあようやくちょっとやれるようになって、そっから1年大学に行って、そこでもう、あのー、今の病院に出たから、まあそれ教授と相談して、やっぱりちょっとね、あのー、先生と、俺ね、やっぱりあのー、医局として、
えー、総合病院から医者、総合病院の若手みたいなものが今後今から、えっと、研修が必修科になるから、なってたのかな、まあとにかく研修を僕らの時はしなかった、しなくてもよかったんだけど、僕はしたんだけど、これからは必修になると、そうするとローテイト研修というのが必修になるとなると、えっと、研修医というのは大学に直接入ってこなくって、町の病院で研修をする人が多くなると、まあそうなった時にそこから導入がなくなっちゃうから、
だから、あの、研修医を獲得するのに、総合病院に医者がいた方がいいと思う、そこで、うちの医局からも行った方がいいと思う、ところがこの医局は、その医局はね、うちの医局はね、あの、僕みたいに外で、外の病院っていうのかな、その、町の病院で研修してから入る人が当時全然いなくて、まだ、その、必修科じゃなかったんで、そういうふうに即入局って言って、卒業していきなり精神科になるみたいなパターンが、まだメインだった時代なんです、20年前はね、なので、僕以外はあんまりなくて、あの、そうするとね、怖がってね、町の病院にね、行きたがらない、
しかもね、うちの大学ちょっとあの、やってるかな、学力的に他の大学よりも劣る立場だったんで、やっぱね、なんかこう、周りにはさ、すごい学歴の人たちがいるんで、こう、あの、なんていうかな、怯えちゃってね、おじけづいていてね、みんな、局員がね、その、なんていうかな、高学歴の医者と一緒に働くの怖がってたんだよね、なんか、バカにされるんじゃないかみたいな、でも僕はあの、最初からそういうのと一緒に研修を2年間やって、
だいたい、検討ついてて、まあ、ああ、僕、ちょっとやっぱ、出来悪いなと思うこともあったし、ああ、まあ、この辺は全然、あの、あの、高学歴の、超高学歴の偏差値80出すやつと、まあ、僕と別に、偏差値は負けたかもしれないけど、まあ、この辺は別に負けてはいない、医者の業務なんか別に知能あんまりいらねえなあと思ったりとかしてね、まあ、この辺はいけるなあと思ったりとか、まあ、その距離を測ってるわけです、僕は、うんと、僕の研修した時は12人ぐらいで友達と研修したけど、まあ、ほとんどの人が、あの、僕の大学はあんまりレベルが低い
ところだから、僕より低い人ほとんどいなくて、ちょっとしかいなくて、えー、ほぼほぼが、あの、高学、僕よりも高学歴の大学にいて、まあ、全国、うー、いろんなところ、ね、えー、いろんな大学、名前を挙げれば、たとえば、北海道大学、ね、えー、おひとに、北は北海道、南は、南は、一番南はいん、どこだったかなあ、一番南の研修医、南あんまりいないか、南いなかったか、北海道、
北大、いや、いないか、あー、東京の方のね、日本医大とかね、えー、金沢医大とかね、もちろん名古屋だから、名古屋大学、名古屋一律大学、藤田保健生大学、この辺は、当時藤田愛科大学じゃなくて、藤田保健生大学ね、愛知医科大学ね、この辺、愛知県の大学はみんないた、三重大学は一個下、一個上にいたかなあ、まあ、その辺、岐阜大学も、僕の同期はたまたまいなかったかなあ、一個上一個下にはいたかなあ、えー、
えー、滋賀、えー、滋賀が一番か、案外、あの、南の方が、あの、たまたま僕の学年にはいなかったけど、まあ、でもね、全国、えー、の大学から、あの、来てて、えー、なんで、その、いろんな、で、もちろん、先輩たちも、いろいろ、神戸大学ね、えー、だ、ね、まあ、この名古屋だからって、名古屋大学とか名古屋一律大学じゃないんですよ、神戸もいればね、日本医大もいればね、北海道もいればね、あの、
新潟大学もいれば、あー、まあ、いろいろいるわけですよ、今、パッとこう、人を思い出して喋ってるんですけど、えー、あいつどこだったかなあ、とかね、金沢大学ね、えー、福井医科大学ね、えー、当時、福井医科大学、当時はね、今は福井大学、浜松医科大学、今は何だろうな、まあ、とにかくそういう、えー、この辺が、みたいなね、えー、群馬大学、秋田大学、えー、いろんな大学の人と一緒に、
やって、えー、まあ、そうするとさ、あ、この人優秀だなあと思ったりとか、この人、あんまりだなあと思ったりとか、この人の恋とかすごいなあと思ったりとか、して、で、やっぱり、うんと、即入局って言って、大学の一局にいきなり入ると、自分の卒業大学の人ばっかりで固まっちゃうから、そうすると、やっぱ偏るかなあと思って、いろんな感覚が、なので、僕はあんまりそういうのが嫌だったんだけど、まあ、結局でも、僕の自分の出身校の一局に入ることにはなったんだが、まあ、いったんそこを離れてみたいなあというのがあって、まあ、いったん離れたわけですね、えー、まあ、それは、あの、
たった研修院の2年だったけど、非常にいい経験になって、まあ、距離測って、まあ、その上で、まあ、その上で、その上で戻ったんだよね、あー、なるほど、こういうことかあと思ってね、えー、まあ、その上でいろいろ考えて、えー、僕の一局に戻るわけ、まあ、そういうようなことでね、他のね、あの、えーと、そのうちの一局員はですね、えー、その、総合病院でいろんな、あの、いろんな大学出身の人がいるような病院に行きたがらないという傾向があってですね、えー、
そうするとさ、その、入局者がさ、その、いなくなっちゃうじゃんと思ってさ、で、教授に言って、これはね、先生、誰か行ったほうがいいですよって言って、あ、そうかと、お、じゃあ、あの、リブラ君、そのー、
てか、うちの一局員、そういうの行くの嫌がるからさって言って、リブラ君、行けるかって言って、あのー、じゃなきゃさ、あの、この話、無理だぜ、無理、無理やで、先生って言われて、やっほーなものは行ったほうがいいですよって言って、まあ、僕、行きますよって言って、
で、じゃあ、先生が、あの、先行して行ってねって言って、あとから、あとからね、若手がね、どんどん来りゃいいんだからね、まず僕が開拓しますよって言って、行きました。
えー、僕、当時ね、開拓部隊でね、いろんなね、あのー、いろいろ他にも行ってるんですよ、他の病院もね、ちょっとこう、開拓に行ってるんですよ、実はいろいろ行ってるんですよ、その、大学からその、ここに、今の病院に正式に赴任する前にもいろいろ開拓をしてるんで、僕、開拓部隊だったの、で、行って、そこの道を広げてくる。
ということで、最終、今のこの、一番この、可能性がある部長ポストが来てたから、まあ、当時、僕の年齢が部長の年齢に満たないということで、まあ、医長になるけど、まあ、将来的には部長でっていうことで、部長ポストがあったんで、この部長ポストを、開拓部長ポストを病院のね、取りに行かない手はないですよ、先生と、こんな、向こうからね、あの、あげますって言ってんだからね、絶対行くべきだって言って、で、僕が教授を説得して、えー、いろいろ、あのー、
やって、行ったんですよ。で、この、そこから20年なんだよ。でね、本当は次々と、僕、2,3年行くから、そしたら、僕、大学に戻るからね、その時に、えーと、新しい人来てもらって、あるいは、2人体制にして、まあ、それから、別の人入れて、とかで、まあ、順々に回して、えー、医局の、あのー、一部にしていこうと、ね、えー、いう話だった、医局の、医局の病院にしていこうと、まあ、そういう予定だった。まあ、ところが、うちの医局員が、まあ、いろいろ人来たんだけど、結果ね、
結果ね、僕と一緒にやった人が気に入って長居するとか、いろいろ問題があった、変わりたがらないとか、いろいろ問題があって、まあ、それよりも何よりも、やっぱり、とはいえ、医局から出たがらない人たちが、あのー、で、精神科の病院に勤めたい人が多いんだよね。やっぱ、楽で給料が高いんですよ。
ね。で、やっぱ、総合病院ってのは、ちょっと、コミュニケーションとかが大変だったんですよね。やっぱ、内階と。で、内階と楽しく、コミュニケーション取れるっていう人がそんなにいなくって、結局、その間と、なんだかんだ、次が来ず、まあ、長居していて10年とか経つと、もうなんかもう、僕と医局員の関係も遠くなってるんで、もう来ないということで、そして、20年も経ってしまいました。
なんと、なんと20年、その間に、うちの病院から、あの入局した人とかがいて、とかね、その人たちに協力してもらって、あの外来回したりとかして、今では、うちの病院のコミュニティができていて、まあ、飲み会しようとすると、10何人、OBやらが集まって、うちの研修員だった人が、うちの精神科に来たりとか、まあ、いろいろあるもんですから、えー、なんか、一大勢力になってます、今はね。
一大勢力になったのはいいんだけど、もうなんか、全然、僕入れ替わらなくなっちゃって、もう、今さらってなっちゃって、20年、あっという間だね、20年、まあ、20年、長いよ、長くて短い20年、そういうことで、えー、なんか終身雇用みたいになっちゃいました、ね、僕、本当は、2,3年から5年あたり、2,3年で、まあ、あの次の人が来たら引っ込むぞっていうようなことで、じゃあ先生、最初に3年行けるか先生って言われて、行きますよ、僕、開拓、僕、あの開拓ですから、今回こっちを、
この、このでけえ、この病院が、ちょうどね、建て替えでね、すっごく立派になるっていうタイミングだったんで、ここを押さえましょう、先生って言って、で、僕、あの、先陣を切って行ってきますんで、そしたら後ろから、あの、あの、補給部隊をどんどん入れてもらって、そしたら僕、引きますんで、交代して引きますんで、行きましょうって言って、で、もう早速、僕、そこの、に、もう、次の3、4月から、あー、就職して、えー、まあ、順調にやっていて、えー、気づいたら20年、
あとの、あの、後ろからの人、こず、んなバカな、っていうね、走行してるうちに教授退官した、え、教授いなくなって、僕と同い年の教授に変わってしまった、えー、そういう経緯もないし、あの、知らんし、その、新しい教授は、えー、今ちょっと、教授変わ、あの、人でも減ってしまった、あ、ちょ、ない、やっちゃったね、これ、やっちゃってるん、鍵ないじゃん、
えー、鍵がないのでマンションに入れません、えー、やっちゃってるん、おっとん、おっと、俺は鍵がない、おっと、俺は鍵だ、あー、鍵あったけど、人が、出てきたから入れた、鍵いらんかった、えー、ということでですね、
あっという間に過ぎた20年と組織の硬直化
お気のしたちの早いね、という、そして今日金属20年で、えー、ね、あっという間です、と、いう話と、金属20年で6万円もらいました、という話と、えー、3万円以上税金取られます、という話と、えー、だったら僕に、あの、あの、お、部下に6万円分配る権利欲しかったな、という風に思う、そういうフレキシブルな、そういうシステムをつく,
売る会社がいいかと思うけどうちの会社は ちょっと巨大すぎてそういったことは少し難しい
動きが遅いよねと思ったという話で今日はやめておきましょうそれでは皆さんさよなり
26:19
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