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こんにちは、なおこです。今日もラジオの方撮っていこうと思います。 昨日はちょっと撮れなくて、今日朝撮っているんですけども、昨日の夜ちょっと雑談ですけどもね。昨日の夜までにやりたいことがあって、なんでかっていうと、昨日はいい日だったんですよね、すごく。
一流万売日と転写日が重なっている日ということで、何かスタートするのにいいかなと思っていたんですが、やっとやっと夜であることができまして、ちょっと嬉しくて、今朝は早く目が覚めてしまったという雑談です。
本題に行きますとですね、自分が変われば周りが変わるっていうお話をしようと思うんですけども、よくね、いろんな方がいろんなお話をされているので聞き飽きている方もいると思うんですけどね。
ちょっと恐怖と思ったのでお話ししようと思います。 自分が変われば周りが変わるというか、要は自分の見え方が変わるっていうことですよね。自分が変わると。
まず自分が変わるっていうのはどう変わったらいいのかっていうとですね、 ジャッジをしないようにするというか、ジャッジをするのをやめるってことですよね。
ジャッジというのは、自分の基準で物事を良い悪いっていうのを裁くということですね。裁くんですよ。
無意識のうちに人って人のことを裁いているんですよね。裁判官のように、この人はいい、この人は悪い、あの行動はいい、この行動は悪いとかね。
世の中の出来事もそうです。あの犯人がやっていることはおかしいとかね、この人が言っていることは正しいとか、いろいろそういうふうに自分で判断するんですけども、
その判断基準っていうのはどこから来るのかっていうとね、やっぱり生まれた時っていうのは、そんなジャッジすることなんかゼロですから、赤ちゃんの時から考えると。
やっぱり経験がそのジャッジの基準を作っていくんですよね。その経験のもとというのは、ほぼほぼ親です。
親の考え方、親の判断基準っていうものが、もう無意識のうちに当たり前ですけど、それが自分の基準になっていきますよね。
なんかお母さんがあるものを見て、あれはあんな汚いねとか、あんなことしちゃダメだよとか、そういうと、ああいうことはダメなことなんだ、ああいうのは汚いんだとか、
ああいうのすごく素敵ねって言ったら、ああいうものは綺麗なんだ、美しいんだとかね、そういうふうに小さい頃から赤ちゃんの頃から、そういう判断基準というのを植え付けられるわけですよ。
だから、それが良い悪いとかではなくて、みんな全員、人間っていうのはそうだと思うんです。
ただ、それが本当に正しいのかなっていうのを改めて考える必要がやっぱり大人になったらあると思うんですよね。
今、感覚的なことで言いましたけど、要は人の性格とか社会のあり方とか、物事の人のしている行動の良い悪いとかね、そういうこと。
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あとは、中学校、高校になると進学に関する考え方とかね、前にも話したんですけど、勉強して良い高校入って良い大学入って良い会社に入ってっていう基準だけしかない大人だと、
子供もその道しか知らないし、それが当然だし、それが一番最善のことなんだっていうふうにしか思えなくなりますよね。
ただ、世の中っていうのは、今特にこの世の中は多様性の社会なので、出身雇用もなくなり、どんな若い子でも、中学生でも高校生でも起業して稼いでいる人もいるし、本当に様々なんですよ。
だから、何が良い悪いというジャッジっていうのは本当にないと思った方がいいんですよね。
話がずれましたけども、それましたけども、自分が変われば前が変わるっていうのは、要はその自分の判断基準をもっと広くグローバルに持っているとですね、人のことが気にならなくなるんですよ。
この人そういうふうに考えるんだ、この人そうか、ああいう世界のことを考えてるんだねとか、やっぱり自分の幅が広がれば広がるほど、人をジャッジしなくなるので、そうすると自分がそういう考えがあると変わりますよね。
人を受け入れられるようになるので、そうすると変わって見えるんですよ。自分が変わった考えが新しく沸いてくるので、相手が変わったように見えるんですよね。受け入れられるので。
だからそういう意味で、やっぱり世の中のこととか世界のこと、世間のこと、社会で起こっている様々なことっていうのをたくさん知っていく必要があるし、
本とか読んだり、今はネットがあるのでネットで情報を見たり、いろんな人の考えを知ったり、YouTubeでいろんな人の考えを見たり聞いたり、世界の情勢を知ったりとか、そういうことをすることで本当に人間の幅っていうのは変わっていきますよね。
これは本当に時代が変わって良かったなと思うところなんですけど、大人になって時間がないとか忙しいとか、日々過ごさなくちゃいけないこともあると思うんですが、空いてる時間に
これ言っていいのか分かんないけど、あまり内容のないテレビをね、たまにはいいですよ。笑い見たりするのも。私もたまに年に1回か2回くらいは見るんですけど、それは楽しいんですけど、そういう時間もいいんですが、やっぱりそういうことよりかは、いろんなことを知っていくということを楽しく知っていくことが必要だなと思います。
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そうすることで自分が変わる。それぞれの周りが変わって見えるということです。周りが変わって見えるということは、自分の人間の幅が広がっているということですので、やっぱりそういうこと必要ですよね。
自分が居心地が良い人とだけ居たいとか、周りの環境をいざこざないように、人間関係を良い環境で過ごしていきたいと思う人がほとんどだと思うので、ちょっと話をするんですけど、基本よく言いますけど、きれいな場所にはゴミは捨てられないですよね。
やっぱり環境、自分の環境ですね。自分の状態、自分のきれいな場所になればいいんですよ。素敵な美術館に行ってゴミっぽいとかする人いませんよね。できませんよね、逆に。そういう心理になるんです、人って。
だから、自分が自分に素直でピュアで正直で、心が広く、いろんな人を受け入れられる器があれば、そうじゃない人っていうのは寄ってこないですよ。寄ってこれなくなります。ゴミ捨てられないのと一緒で。
だから、ちょっと厳しい方ですけど、周りにそういう人がいて、たくさんというかね、あの人はこうだし、この人はこうだし、私のこの周りの環境、なんかおかしいわってなってたとしたら、ちょっと自分を振り返った方がいいと思います。
本当に。自分がそういう部分がないかなとか、やっぱり人をすごくジャッジしてないかなとか、あの人のあれはおかしいってやっぱりね、自分が周りの人に対してこんな人もいるし、こんな人もいるし、最悪だわって思っている自分っていうのをよく考えた方がいいです。
なんでその人のことをそうやって思うのか。自分の変な判断基準が自分の中にあって、それでジャッジしてその人を見ているんじゃないかとかね、そこを見る必要がありますよね。自分にはこう、そういう考え方があるんだっていうのを知っていく。で、嫌であればそれをやめるように努力するとかね。
そういうこと大事ですよね。あとやっぱり我慢して自分は我慢してたりすると、ものすごくワーッと好き勝手言ってきて、自分をこう、抑圧的に言ってくる人とか現れますよね。それは自分は我慢しているからですよ。
その人を見てどう思うか。もう嫌だ、こんなこと何で言うんだろうって、こんな人として許せないわって思うと思うんですけど、じゃああなた何かそう言って自分で口に出して言いたいことないですかっていうことですね。それを見せつけられてるっていうことです。だから鏡とか言いますけど、それはそういうことですよね。
あなたもっと自分の思っていることを言った方がいいよって言いなさいよっていうのを見せつけられてるんですよ。かといってそんな暴言を吐けということじゃなくて、そういうね、方みたいに。その人多分大げさにそういうアクションをしてるんですよね。気づかせるために。
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じゃあ自分は何を我慢してるんだろうっていうのを考えた時に、そっかこれ言わなくちゃいけない、こういうことはちゃんと言わなくちゃいけないんだってね。そう言ってくる人に対して言う、私はそんなこと思いません、私はそういう人ではありませんってちゃんと言えるようになれば、そこはもうフラットになりますよね。その学びっていうのは消えていくっていうことです。
だからやっぱりこう自分自身、自分自身ですねすべて。周りにいろんな嫌な人がいたり嫌なことがあったりした時に、何を振り返ればいいかというと、自分自身のその考え方、何をジャッジしているのかっていう考え方の癖とか、それを知るにはやっぱり自分の親をよく観察したりとか、自分が親に対して嫌だなって思っている考え方とかっていうのは自分にもないかなとか、
実は備わっていると思うんですよ、そういうのって。だからそこを気づいてあげて素直に、これやめようって思うこと、それが大事だと思います。ということで今日はですね、自分が変われば周りが変わる、それはどういうふうにしたらいいのかって、その意味というのはどういうことなんだろうっていうことをお話しさせていただきました。
はい、今日の話は以上になります。宣伝です。もう来週かな、東京と横浜の方に私が行きます。その時に個人セッションですね。6月18日、横浜、6月20日、東京の方で個人セッションの時間を設けましたので、もしお時間あって何かお悩みとかあって解決したいなって思う方がいたら、ぜひ私の方にご連絡をください。
リンクの方に申し込みとか詳細のリンク貼ってありますので、そこをご覧ください。ではではまた明日ですね。そして今日も1日楽しくお過ごしください。ではでは、バイバイ。