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皆さま、こんにちは。 今日はクリスマスイブですね。
子どもたちはもちろんのこと、 大人たちも楽しみにしています。
でも、そうでない方々もいらっしゃいます。 なので、お話の内容をどうしたものかと試案していました。
が、 心の片隅において
お話を進めてまいります。 その上で、みんながみんなで感謝を分かち合える日にできればと思います。
クリスマスは キリストの誕生ではなく、誕生をお祝いする日だそうです。
瞬くんが通っている保育園はクリスチャンです。 去年初めてクリスマス会に招かれました。
小さな子どもたちが大きなステージで 歌やお遊戯などを披露してくれました。
今年もそうでした。 印象に残ったことは
園長先生のお言葉です。 クリスチャンの園での学びは決して
特別なものではありません。 私たちの日常の
当たり前のことを大事に尊び、 愛おしく思う心を育む、
そんなことを感じました。 子どもたちに伝わりやすい言葉遣い、
そして声のトーンは心地よく染みてきました。 ありがとうと感謝を理由理屈なく身につけできるような
園での保育に涙があふれました。 親御さんに届けばいいなぁと感じました。
去年は春子にとって初めての大きな舞台に 圧倒されてしまったのか、
個性なのか、 ステージの飾り、
イルミネーションに 不思議ちゃんを感じていたようでした。
笑えるほど物をじもせず、 自分の世界に入っていました。
それでも隣のレディをエスコートする時だけは 完璧にやり遂げていました。
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今年は成長するものですね。 春君はみんなのお世話係だそうです。
そのためか、クリスマス会の練習期間は 毎晩うなされ、
寝言がリアルですごかったそうです。 お母さんがお迎えに行き、
帰りの車の中で、こっくりこっくり。
そんなことを聞けば親にねえなぁと、 涙があふれてしまったバーバでした。
そこで、無礼講の長坂に連れてきて、 自由な時間を共に過ごしました。
大人でも日常と違ったことをすると、 心身のバランスを崩しがちになります。
それを4歳で経験し、 乗り越えていく姿は、
意地らしく、頼もしくも感じました。
それでも、今、今の心を大事にしてあげなければ、 今も乗り越えられないし、
今の先もと感じました。 矯正されない自由な時間を持ってた春君は、
どこか安心した様子でした。 まあ私の気のせいでしょうが、
当日はその過程を知っていただけに、 何でもいい、すごいすごい素晴らしい。
拍手拍手、拍手喝采。 ありがとうありがとうのれんこ。
褒めて褒めて褒めちぎりました。 それは先生にも贈る拍手でもありました。
今夜からゆっくり寝れるよ。 にっこり、今度は保育園での虐待が起きてしまいました。
とても考えられないことが起きました。 その方法がとても因出です。
虐待の典型的なやり方です。 その保育士の私生活が報道されました。
自分の子供に対しての様を知った時、 まず自分の子供でしょう。
強い気取りを感じました。 また保護者から聞こえてきた言葉。
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人手不足だったのも原因。 とんでもない。
この言葉にも行き通りです。 だからの理由にはなりません。
世の中が認めてしまう、それを正当化する行為です。 絶対許してはいけない。
そのくらいの気持ちを周りの人たちが持たなければ、 虐待を受けた子供たち、
その親御さんに訳のわからないそのせいという感覚を向けてしまいます。
詩をご紹介します。
この詩はれんちゃんが生まれた時ですからもう9年前になります。
れんちゃんのママから夜中送られてきました。
何かを見て共感してのことだったと思います。
不自由な幸福。
君とずっと仲良しでいたいなんて思わない。
君はいつか私の手を離し、まるで一人で大きくなったかのような
口を利く日が来るだろう。
こんなにも毎日くっついていて、
私がいないと何もできなかったあの日があったことなんて、
すっかり忘れてしまうだろう。
それが大人になっていくということで、
それが自立ということで。
だから、親に言えない秘密を持つことも、
親の知らない世界で別人のような顔をすることもむしろ嬉しいことなのだ。
だからこそ、だからこそと私は思う。
こんなにも毎日べったりと抱っこしたり笑い合っている今日を、
この不自由だけど幸福な今を、
とことんじっくり味わい尽くさないともったいないと思うのだ。
この詩を書けた方はすごいですね。
また偶然かもしれないけれど、
この詩を受け取って私に送ってくれた。
そしてこの詩は私の中で生きている。
だから伝えられる。
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娘にありがとうです。
ありがとうございます。