調べるつもりは博物館で見つけたので、博物館に聞くのが一番早いなと思って、博物館にちょっと問い合わせたんですよ。
初めてだったんで、博物館調べると専門分野に関する質問というふうな問い合わせフォームがあって、
そこから三玉昇華の展示画を見かけたので、それについてちょっと教えてください。
いつ、どういった経緯で作られて、どういうふうに歌われてたものなんですかっていうことでお聞きしてみました。
そしたら学芸員の方からまたメールで返事いただいて、これこれこういうものですっていうのを書いていただいたんですね。
詳しいことは文献があって、その文献自体をもし当たる場合は市内の図書館に所蔵されているので、そちらを見てみるといいですよって感じのことが書いてありました。
これちょっと見ないとあかんなと思って、図書館にこれから行こうと思ってます。
今ちょっとね、そういう状況のところで一巻一短撮ってます。
博物館から紹介してもらった本は昭和30年代に発刊された多摩文化というふうな冊子になってます。
これ多摩文化研究会という団体さんが発行された既刊誌がシリーズものであって、そのうちの2つの号に三玉昇華の記述があるというところだったので、
この中でね、歌がどのように歌われているのかというのをちょっと見てこようかなと思ってます。
面白いよね。地域に残されていた冊子とか情報とかあと伝聞とかというものが博物館とか図書館には残されていて、
それはね、地域の人向けに展示されてたりは、そして情報は公開されてるんだけれども、
インターネット上とかには上がっていないっていうことを、そういうもんってさ、世の中にいっぱいあるんだろうなっていうのをちょっとね、すごい感じました。
なんか一般の流通に載ってる歌とかはね、いつでも誰でもアクセスできるようになってるし、記録として残りやすいインタビューにもなったりもするだろうしね、残りやすいんだろうけど、
昔のこの情報の流通体制が整ってなかった頃の情報っていうものが、まだ埋まったままになってるっていうものがいっぱいあるんだろうなと思って、
すごいあまり今までなかった調べ方をしてるので、ちょっと調べ、いざ情報が確認できる前に、一旦ちょっとこの不思議な気持ちも残しておこうかなという形で、前後編的に撮ってます。
この後、図書館に行ってきて、いろいろ調べて、分かった情報がまとまったら、また続きを撮りますので、後半は分かった状態の話がこの後続く感じになります。
はい、そんな感じです。
じゃあ行ってきます。
いやー、サンタマショウカの正体が分かりました。図書館に行って、ちょっと文献を調査してきました。
でね、ちょっと書いてあった内容とかを調べて、いろいろまとめてたりして、今、少し前回の収録から時間経って分かったことも踏まえて話そうかなと思ってます。
幻のご当地ソング、サンタマショウカ。幻って言っていいのかな。ネット上に情報がない歌、サンタマショウカの情報を調べてきました。
こっからはちょっと調べてきた書籍、文献の内容を元にお話をしようかなと思います。
サンタマショウカは、句伝で伝わった民謡のようなものではなくて、明治35年に歌の本として出版された商業出版物ということでした。
当時ね、社会現象を巻き起こすぐらいヒットした鉄道賞歌という歌があります。
鉄道賞歌はサンタマショウカが発売される2年前に同じように歌本として発売されています。
その後20年あたりにわたってヒットというか、この本が売れ続けたそうです。
累計2000万部売れたということで、続編続編がどんどん発売されて、全部で374番まであるという風な歌になっています。
Spotifyとかでも66番ぐらいは収録された曲なんかは聴けるので、よかったら聴いてみてください。
日本各地の風土なんかを七五町で歌っている歌で、本当に日本各地の風景が見えてくる。
そんなところも鉄道が走り始めた明治の中で日本各地を知るきっかけになった歌だったのかなというところです。
こんな曲がめちゃめちゃ大ヒットしてたもんだから、それにあやかると言いますか、それにヒントを得た形で、
同じように多摩地域を巡る歌を作ろうというふうな意図でリリースされたのが、この三玉賞歌だったようです。
商業出版物として出版されて、その中に譜面とか歌詞が書かれていたものだそうです。
サイズとかも書いてあったんだけど、カラーで書かれていたりとか、爽快に歌いましょうみたいなことが書いてあったりしたそうです。
一冊3000円。ちょっとこれが安いのか高いのかわかんないんだけど、そんな感じです。
八王子の出版社、いろはどう書房さんが出版されたということで、
まさに多摩地域の出版社が多摩地域を盛り上げたいという意図を持ってリリースされた曲ということになるのかなと思います。
この三玉賞歌、全部で27節、27番とも言うかな、27個の歌があるという感じになっています。
鉄道賞歌と同じように七五調の歌になっていて、多摩地域のいろんな地域を描いた歌詞になっているというところです。
ちょっとこの後一部歌詞紹介するんだけれども、これすごい古い明治35年リリースなので、著作権法上の保護期間を過ぎたパブリックドメインという扱いになるのかなと思いますので、
ちょっと一部歌詞を引用させていただこうかなと思います。
例えば1番だと多摩川になっていて、流れも清き多摩川の里のあたりの遠近に名所旧跡多ければ朝な夕なに尋ねみん、というような歌だとか、
僕の住む府中だと4番、南に行けば府中町、大国多摩と高安寺、共に故ある社寺なれば茂でゆかん、いざ来たれ、
という感じで地元の大国多摩神社とか高安寺とかこういった自社仏閣なんかも出てきますね。
あとね、僕が学生時代に、高校時代にいた立川とかだと、11番立川、
学べや学べ良き子供、末や我が身を立川の、中学校は僧侶に、生徒の数も尉と往し、
という感じで、ここは旧正日中というふうな、今は立川高校という都立高校になっている高校のことを歌ってます。
実はここ、僕が通ってた高校なので、そういう意味でもちょっとおっと思いましたね。
あとは、僕八王子出身なんで八王子もあるかな、八王子は21番、
お国の府言と聞こえ呼ぶ、聞いとはここの名産よ、ついで名高き織物は、
一風通、なんだこれ、ちょっと漢字が読めないのがあった、ごめんなさい、っていうのだったり、
八王子は織物の町なんで、開墾の生産とかしてそこをね、織物、ネクタイとか今でも名産なのかな、そういうのが出てきたり。
あと高尾山もあるな、22番、中央線に打ち乗りて、すなわち来たる浅川の駅の彼方にそびゆるは、その名も高き高尾山という形で、
近くの浅川とか川とか中央線の名前ももう出てきてるんだね、この時代で。
えー面白い。他に出てくる地名だと、国分寺、小金井、あとは、
藻草園、不動村、これ高畑不動だな、あと平山、日野、羽村、玉川上水、青梅、沢井、三丈、だから奥多摩の方も出てくるんだね。
五日市、今熊山、八王院、これも高尾山か、白山、境川、小山田、原町田、町田の方ね。
そんな感じで、いろんな多摩地域あまねく歌われてるという風な歌になってます。いやー面白いですね。
そんな感じで多摩地域を盛り上げるために作られた鉄道昇華からヒントを得た曲というのが正体でした。
今回その文献見てみた中でちょっと感じたところです。
鉄道昇華というめちゃめちゃ大ヒットした曲をローカルでアレンジしたというところの取り組みですよね。
これ今でも通ずる話だなと思ってて、なんかめっちゃ大ヒットした曲をさ、なんかいろんな自治体がローカルに地元版に替え歌するみたいななんてことさ、
いくらでも今でもあるじゃん。なんかそろんとそれの走りだなというふうに思います。
みんなに届くフォーマットで自分たち用に歌い直す、内輪向けに作り直すっていう感じだよね。
で、あと、共同教育を支える本としても活用されたみたいで、
ある地元の出版社が作った歌ではあるんだけれども、地元の小学校の教材として採用されたというふうな記述もありました。
そういう意味では、地元の人に地理を教えたり文化を教えたりするっていう感じの材料としても役立てられたってなってこですね。
さっき言ったように結構地元の風土とか風景、地名なんかもいっぱい出てくるから、これを歌いながら覚えられるっていうところはあるんでしょうね。
そして、ガイドブック的な効果も一方であるのかなと。子供だけじゃなくて大人にとってもね、近代化が進む多摩地域のガイドブックみたいなことで、
昔ながらの社事物価の名前も出てくれば、中央線とか鉄道っていう形で新しい産業も出てくるか、織物が八王子ですよとかもあるしね。
だから地域ごとの産業とかテクノロジーの発展みたいなところも歌詞に織り込まれている。当時にとって現代的な要素もあったのかなというところです。
そしてこれも文献に記述があったんだけれども、明治15年にこの歌のリリースの17年前にあたるのかな。文学の表現なんかも引用されてたりするようで、
非常に文学的素養がある。地域発観のものながら地域の文化水準を高めるような効果もあったんじゃないかなという、そういった意欲も感じられる本にもなってました。
いや面白かったですね。ちょっと調べてみてめっちゃ面白かったです。これネット上に全然情報なかったんだけど、
少しいつでも誰でも知れるようにした方がいいなというふうに思って、今ポッドキャストで話している内容なんかはノートにも残しておこうかなというふうにも思ってます。
デジタル化が進んだ現代でもなお、地域のアーカイブというか、図書館とか博物館には所蔵されてるけれども、デジタル情報にまだなってない宝物っていっぱいあるんだろうなと思いましたね。
そんな中にこの120年以上前、すげー昔だけれども、その時の思いみたいなのがそこの中に詰まってて、かつ今と変わらない取り組みみたいなのもあるなという形で、
人間変わんないなと、やっぱり人に届く方法っていうのはある種パターンもあるのかなみたいなことも少し思いましたね。
そして何よりこの歌を使ってみんなにいろいろメッセージを届けるっていうのは、今も昔も変わらず、どちらかというと昔の方が本当に強力なメディアというか、
人に訴求する方法だったんだろうなということも少し感じたとこです。
はい、そんなわけで今回はサンタマショーカについて調べた内容を紹介させていただきました。