2026-11-01 33:50

#004 人生が変わるきっかけとなる他者

いつもそこには「だれか」がいた。

自分自身が変わるとき、人生が変わるとき、そこにはいつも「だれか」がいました。

変容は必ず、これまでの延長線上ではなく、異質な他者の存在がきっかけとなります。

例えば、映画『男はつらいよ』のヒロインのマドンナ。

「寅さん」という異質な存在との出会いによって、マドンナたちの変容の物語が動き出します。

・ 自分と人生を変えていきたいと願っている人

・ 人の変容に関わる仕事をしている人

・ 変化する世界を捉える哲学的な視点に興味のある人

に向けて、『男はつらいよ』を題材に、人の変容について「弁証法」という世界の変化を捉える哲学的思考法をベースに語りました。

人生の変容は、いまここにあります。

 

# 番組概要

この世界はどういうところで、自分はどんな人間であるかを生み出す仕組み = 「メンタルモデル」

わたしたち人間は、「メンタルモデル」によって世界と自分自身を捉え、解釈し、意味を与え、感情や思考、行動を起こしています。これらはすべて意識を介さずに自動的に脳内で処理をされ、意識には処理の結果だけが映し出されていることが、最新の脳科学や認知科学で明らかになりつつあります。

 

生きづらさや悩み、人生の課題は、固くなったメンタルモデルを解くことで解消できる

生まれた世界に適応するために、知らず知らずのうちに形成された思い込み (マインドセット)。生きづらさや悩み、課題を生み出しているのは、思い込みが絡み合った自分自身のメンタルモデルにあります。だからわたしたちは克服できる。

 

自分の生きづらさ、悩み、課題を生み出している無意識の思い込みに光を当て、自分らしく生きるための気づきのきっかけを提供します。

 

# MC

加藤 亮介 / Life Transition Company LITRA LLC. 代表 / Chief Philosophy Officer

【Life Transition Partner】

東北大学大学院卒業後、エンジニアリング会社に就職し海外のエネルギープラント建設プロジェクトに従事。こどもの誕生をきっかけに価値観の変化が起こり、コンサルティング会社に転職するもわずか半年でメンタルを壊し、挫折を経験。1年間の療養期間を経て、地域おこし協力隊として新規就農に挑戦するなかで、Web関連事業に出会い起業するも、3年間で資金が底を尽き撤退。

それまで積み上げてきたものが無残に剥がれ落ちていくほどに、明らかになる自分。

人生の危機は、まだ知らない自分を明らめる転機になりました。

「自分を拠り所として生きる」をミッションに、自分の在り方に根差した人生を願う人たちの自己変容と自己実現を支援しています。



# リンク
◎ 体験セッションのお申し込み → → → 公式LINE 「加藤亮介 | LITRA LLC」より

現在の人生のフェーズに変化の兆しを感じている方に向けて、自己理解・自己受容・自己実現を目的とした1対1の対話セッション、【Life Transition Session ~ 自らを拠り所として生きるわたしへ整える】を行っています。
わたしはクライアントの自己変容が実現するために必要な「環境」と気づきの「きっかけ」を提供するパートナーです。

3カ月から半年に渡る長期的な伴走となるため、ご契約の前に無料の体験セッション「アライメント・セッション(90分)」をご用意しています。

・ 今回の配信に触れて心に響くものがあった
・ 今の自分を紐解くヒントを探している
・ まずは直接話して、相性や雰囲気を確かめたい

このような方は、ぜひ以下の公式LINEよりお気軽にご連絡ください。
対話を通じて、ご自身の現在地を整理する時間になれば嬉しいです。

▼ 公式LINEにメッセージをお送りください!
https://lin.ee/uiNbVRB

 

◎ お話の内容をゆっくり読みたい、もっと深掘りした話を知りたい → note 「Life Transition Magazine」  

音声配信の書き起こしを随時noteでも発信しています。さらに深堀りした考察も追加しているので、新たな気づきに繋がるかもしれません。

▼ note 「Life Transition Magazine」リンク

https://note.com/litra

 

◎ 音声配信のタネになる日々の気づき → Threads 「亮介 | 対話家 | Life Transition Partner」  

音声配信へのコメントやDMも大歓迎です。

▼ Threadsリンク

https://www.threads.com/@ryosuke_self_discovery

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サマリー

亮介は、人生が大きく変わるときには必ず「他者」との出会いがあると、自身の転職や農業、IT事業への挑戦を振り返りながら語る。映画『男はつらいよ』では、異質な存在である寅さんとの出会いによってマドンナが本心に気づき、人生の次の段階へ進む構図を弁証法で読み解く。テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという枠組みを、映画やジブリ作品、生命や寿司の誕生にも当てはめる。環境を変えるだけでは人生は変わらず、自分らしさという安全な檻に向き合う必要があるという。否定も単なる肯定もしない、他者による受容が安心できる環境を生み、自己理解と自己発見を通じた自己変容を促すと結論づける。

人生を変える他者との出会い
Life Transition Radioをお聞きの皆さん、ごきげんよう。 Life Transition Partnerの亮介です。
自分のやりたいことがわからない。 自分を変えたいけど変えられない。
転職や起業したけど壁にぶつかっている。 社会的な成功はしたけど満たされていない。
生きづらさや悩み、課題を生み出しているのは、生まれた世界に適応するために知らず知らずのうちに形作られた思い込みです。
私たちが物事を捉え、解釈し、意味を与えることのベースになっている思い込み。
この普段意識することのない思い込みにアプローチすることで、私たちはより良い人生を歩むことができる。
この番組では、自分の生きづらさ、悩み、課題を生み出している無意識の思い込みに光を当て、自分らしく生きるための気づきのきっかけを提供します。
今回は、人生が変わるきっかけとなる他者をテーマにお話ししていきたいと思います。
僕自身、自分の人生を振り返ってみると、人生が大きく変わった時期には必ず他者、誰かがいました。
新卒から11年間勤めた会社を転職するきっかけは、息子の誕生でした。
突然の海外赴任や、多い時には年間100日以上の海外出張で、文字通り世界中を飛び回る働き方をしていたんですが、
その働き方では、息子の成長を間近で見守れないと思ったのが転職の一番の道具でした。
転職先のコンサルティング会社では、コンサル特有のリズメの毎日で心をやりました。
当時は恨めしく思いましたが、あの上司や同僚の存在がなければ、今このように皆さんにお話をすることはなかったでしょう。
自らを拠り所として生きるを掲げ、Life Transition Partnerとしての今の生き方、働き方も、SNSで知り合った方々との出会いがきっかけです。
僕は今、Life Transition Partnerとして様々な方々の人生の変容にご一緒させていただいているのですが、
中には、とりあえず自分でやってみます、という方も一定数いらっしゃいます。
認知科学や心理学に基づいた自己変容の仕組みを理解すると、社会適応が進んだ大人が自力で自己変容を起こすのは大変困難なのですが、
まだ十分な関係ができていない方に対して、とりあえず自分でやってみるのは無理ゲーですよ、とは言えません。
今回は、人生の変容には必ず他者の存在があるということを、哲学の弁償法という物事の捉え方をベースにお話ししていこうと思います。
弁償法は弁護士の弁に証明の証と書いて弁償法と呼べます。
弁償法は変化、変容を捉える思考の武器です。
この配信は、自分自身、そして自分の人生を変えていきたいと願っている人、コーチングやカウンセリングなど人の変容に関わる仕事をしている人、
変化する世界を捉える哲学に興味のある人に聞いていただきたいと思います。
それでは、自らを拠り所として生きる私へ整えるライフトランジションラジオの始まりです。
『男はつらいよ』を弁証法で読む
さて、突然ですが、皆さんは男は辛いよという映画はご存知でしょうか。
アツミキヨシさん演じるトラさん、生まれ故郷の葛飾柴又にある団子屋さんを営むトラさんの家族と、
トラさんが日本各地を旅する中で出会う素敵な女性、マドンナおじくに展開されるお話です。
シリーズ全50作、日本を代表する国民的映画シリーズですよね。
日本各地の旅場を感じながら、笑いあり涙あり、人が生きることのきびに触れることのできる素敵な映画です。
ところで、この男は辛いよ、誰が主役だと思いますか。
そりゃトラさんでしょと思ったそこのあなた、ありがとうございます。
実は、男は辛いよは冒頭にお話した弁償法の視点で捉えると、主役はトラさんじゃないんです。
男は辛いよの主役は毎回変わるマドンナ役の女性ヒロインなんです。
そしてなんとトラさんは永遠の脇役なんです。
男は辛いよはトラさんの物語ではなく、マドンナたちの自己変容、ライフトランジションの物語だったんですね。
それを今から紐解いていきたいと思います。
縁日やお祭りで、出店を出す敵夜を生業にしているトラさんは、定食につかず日本各地を旅する都政人、その旅先で出会うのがマドンナです。
これ、マドンナの視点に立ってみてください。
変わり映えのない日常の中に、ぽっとトラさんが現れます。
否定せず、いつも笑顔で優しく包み込んでくれるトラさんの人柄は、人知れず悩みや課題を抱えているマドンナにとっての余白となります。
トラさんになったら何でも話せる。
トラさんになら気持ちを明かせる。
トラさんはそんな人柄です。
そうしてトラさんと関わる中で、マドンナは自分自身の本心に気づき、向き合うようになる。
物語のクライマックスでは、悩みや課題を乗り越え、晴れ晴れしたマドンナたちの笑顔がスクリーンに広がります。
そして対照的に、トラさんは変わることなく、寂しそうな背中を残して、次の旅に出ます。
これが50作続いた、男はつらいよの定番のストーリー展開、プロットです。
トラさんは何も変わらない。
旅先で素敵な女性と出会い、ウキウキして柴又に帰ると、マドンナが団子屋にやってくる。
家族を巻き込んで一悶着、また一人旅に。
マドンナはトラさんという非日常の存在に出会い、人生の次のステージに踏み出していく。
いかがでしょう。
男はつらいよは、マドンナが主役のマドンナの自己変容、ライフトランジションの物語だというのがお分かりいただけたかと思います。
弁証法の基本と物語の構造
この異質なものとの出会いによって、新たなものが生まれるプロセス、メカニズム。
このことを弁償法と言います。
弁償法は古代ギリシャ、哲学の祖ソクラテスの対話術を起源としています。
ソクラテスは対話を通じて相手が信じ込んでいる前提の矛盾を突き、相手の無知を自覚させることで、より高い真理へと相手を導く手法を用いました。
この矛盾や対立に注目するのが弁償法の特徴です。
弟子のプラトンはソクラテスのこの矛盾に注目し、より高い真理を目指す方法を究極の真理、イデアへ到達するための最高の学問的手法として位置づけました。
そして19世紀、ドイツのテクスー学者ヘーゲルが、私たちが現在弁償法と呼ぶ枠組みを完成させました。
ヘーゲルは、矛盾を避けるものではなく、物事が発展するための原動力と捉えました。
ヘーゲルは、歴史や精神は弁償法のプロセスを通じて、絶対的な真理へ向かって展開していくと唱えました。
さらにヘーゲルが捉えた、矛盾が物事の発展の原動力であるという視点を社会変革に応用したのがマルクスです。
マルクスは、資本主義社会における労働者と資本家の対立が、次の経済システムである社会主義や共産主義を生み出すと唱えました。
弁償法には様々な面白い特徴があるのですが、その根本は異質なものとの出会いによって新たなものが生まれるということです。
ソクラテスはそれを対話に、ヘーゲルはそれを歴史と精神の発展に、マルクスはそれを社会経済システムの変革に応用したのです。
私たちはこれらの偉大な哲学者ばりに、弁償法を男は辛い世に当てはめてみましょう。
弁償法には4つの専門用語があります。
そのうちの一つは、皆さんも聞いたことのある言葉だと思います。
それが、テーゼ。
アニメ、新世紀エヴァンゲリオンの主題歌、残酷な天使のテーゼのテーゼです。
孤独で無気力な13歳の少年、碇シンジ君に対して、「少年よ、神話になれ!」と突きつけるのが残酷な天使のテーゼ、主張です。
テーゼとは、弁償法で物事を捉える際の最初の立脚点、ある状態や主張、存在のことです。
エヴァンゲリオンでは、この残酷なテーゼ、「少年よ、神話になれ!」を突きつけられた主人公碇シンジが、様々な葛藤と向き合い戦っていく弁償法的な物語です。
男は辛い世におけるテーゼは、マドンナです。
地方でつつましく暮らす一人の女性、そこにトラさんという異質のものが現れます。
テーゼにとっての異質なものをアンチテーゼと言います。
マドンナにとってトラさんは異質な存在、アンチテーゼです。
実はトラさんはマドンナにとってだけでなく、社会的にもアンチテーゼのポジションにいます。
定職に就くのが当たり前な社会において、敵屋として風雷棒のように生きるトラさんは、まさに異質な存在、アンチテーゼなんですね。
テーゼであるマドンナは、アンチテーゼであるトラさんと出会い、人生が変容する。
マドンナはそれまでの自分とは違う自分となって生きていく。
テーゼがアンチテーゼと出会うことによって変容した新たな存在や状態をジンテーゼと言います。
このテーゼが自分とは異質なアンチテーゼと出会い、新しい状態のジンテーゼへ変容していくプロセスを弁償法と言うんです。
そしてジンテーゼへと変容していく動きをアウフ平弁と言います。
異質な存在が生む変化
世界を見渡すと弁償法的なプロセスで新たなものが生み出される事例がたくさん見つかります。
命の誕生も弁償法的プロセスです。
生死と乱死という異質なものが出会い、受精卵、そして子供が生まれる。
子供は生死でもなく乱死でもない、全く新しい存在です。
お寿司も弁償法的食べ物です。
ご飯と刺身が出会い、職人の手の中でアウフ平弁することでお寿司という新たな食べ物が誕生する。
お寿司はお米だけ食べるのでも、お刺身だけ食べるのでも味わえない、全く新しい美味しさを持っています。
是非皆さんも異質なものが出会うことで生み出されている新たなものを見つけてください。
世界の生成、変化のメカニズムとしての弁償法が見えてくるはずです。
男はつらいよだけでなく、多くの物語や映画は弁償法的なプロットになっています。
例えばジブリアニメ。
トトロという異質なものと出会うことで、サツキとメイの物語が動き出します。
もののけ姫では、タタリ神がアシタカの村を襲うことでアシタカの冒険が始まります。
風の谷のナウシカでは、巨神兵を積んだトルメキアの大型輸送船が平和の風の谷に墜落することが転機となります。
いずれも日常というテーゼに異質なアンチテーゼが現れることによって変化が生じるのです。
男はつらいよのマドンナに対してのトラさんのように、人間の変容においても異質な他者の存在がきっかけとなります。
人間の脳は現状維持を好みます。
現状維持バイアスといいますが、生きていくのに必要最低限な状態が揃っているのであれば、あえてそこから出ようとはしない傾向があります。
毎年のように新しいカップ麺が販売されるのに、なぜ世界初のカップ麺であるカップヌードルがいまだにカップ麺売上トップ3に入るのか。
それはカップラーメンが美味しいことは当然ですが、脳が現状維持を望むという傾向があるからです。
なので人間社会においては寿命の長いものほどどんどん寿命が長くなります。
私たちは10年後もカップヌードルを食べていますが、今年発売になった新商品は来年にはなくなっている可能性が高いのです。
なので、とりあえずなんとかなっている人にとっては、異質な人は脳に負荷のかかる存在であり、排他的に扱います。
誰もがアトラサンを受け入れてくれるわけではない。人は安全がとりあえず確保されている状況では閉鎖的になるのです。
けれど、マドンナは違います。何かしらの悩みや課題を抱えている。
現状をなんとかしたいと思っている人にとっては、異質な他者は変化のきっかけをもたらす存在として受け入れます。
そして、異質な他者との出会いが、便称法的なプロセスによる変容を生み出すのです。
異質な他者との出会いによって、無意識に抑え込んでいた気持ちが溢れたり、自分とは異なる視点を得ることで新たな気づきが生まれ、それが変動の駆動力となるのですね。
環境を変えるだけでは変われない理由
ここで冒頭に挙げた人生の変容のアプローチを、とりあえず自分でやってみるという人の心理に踏み込んでみましょう。
多くの場合、とりあえず自分でという人は、何者でもない自分という自己評価を持っています。
昔の僕がそうでした。地域おこし協力隊として農家を目指していた時。
地域の農家の農作業の手伝いも仕事の一つでした。
自分と同世代の方たちが親から家業を受け継ぎ、課長として農業を営んでいる姿に圧倒され、劣等感を持ちました。
自分は40歳になっても土地も農業機械も技術もない農業を見習い、自分の何者でもなさが通列でした。
でも農家に手伝いに行き、僕の経歴の話をすると決まって、なんで農家になんかなるのさと言われました。
当時の僕はその言葉を否定的に受け取っていました。
何者でもない自分が新しく人生をやり直すために環境を変え挑戦している。
自分なりに考えた結果として挑戦している。
親から家業を引き継ぎ、土地や機械、家といった資産を持っているあんたらとは違うんだという思いが腹の底にありました。
けど今だからわかるのですが、彼らからすると僕は南韓大学を卒業し、世界中を飛び回って仕事をしていたエリートです。
僕は僕のことを何者でもないと思っているけど、彼らからしてみたら僕はただ者ではない奴なんです。
結局農家にはならずにIT関連事業で起業したのですが、当時一度だけお手伝いに行った同世代の農家さんとスーパーでバッタリと顔を合わせたことがありました。
最近何してるのと声をかけられ事情を説明すると、加藤君はその方がいいよ、農家なんてもったいないと言っていました。
何者でもない自分という思い込み、それが自分を見えなくさせていました。
たった一度のお手伝いをした農家さんの方が僕のことをよく見えてきた。
自分のことがよく見えていないのに自分なりに頑張っていた自分。
でも頑張っている気になっているだけでした。
妻のおかげで当面の生活はなんとかなっている。
今の自分の人生がうまくいっていないのは、自分に合った環境にいないからだ。
環境を変えれば人生が変わると思っている。
日本のコンサルティングの第一人者である大前賢治さんは次の言葉を残しています。
人生を変えるために必要なのは時間配分を変えること、住む場所を変えること、
そして付き合う人を変えることで最も無意味なことは決意を新たにすることだ。
環境を変え、新たな人との出会いが人生を変える肝になるとの言葉です。
先ほどの弁償的な見立てからも筋が通っている考え方です。
ただしこの言葉には注意点があります。
いくら環境を変えても人生は変わらないことがあります。
僕がいい例です。
コンサルティング会社への転職、農業への挑戦、IT関連の代理店事業での起業。
時間配分を変え、住む場所も変え、付き合う人を変えても生きづらさは変わりませんでした。
なぜか。
外側の変化だけでは人生は変わらないんです。
外側の変化と自分自身の内面との向き合いがリンクしたときに人生が変わるのです。
なぜマドンナはトラさんと出会うことで人生が変化したのか。
それは異質な他者がトラさんだったからです。
マドンナを否定せず、あんたも大変だねと需要できるトラさんだからこそ
マドンナは気持ちをトラさんに預け、新たに生まれた心と頭の余白で自分と向き合えたのです。
でも当時の僕は自分との向き合いを避けていました。
今の自分に合う環境があるはずだと自分の外側にばかり目を向けていました。
そして新たな環境に適応しようと頑張り潰れるを3度も繰り返したのです。
現状維持を望む脳を持った私たちは自分自身の過去の経験の延長としての自分らしさを持っています。
環境をいくら変えたところで、過去から延長線上の自分らしさが、
自己変容の一番の壁、ボトルネックになっているのです。
Mr.Childrenの名曲、名もなき歌にはこんな歌詞があります。
あるがままの心で生きられぬ弱さを誰かのせいにして過ごしている。
知らぬ間に築いていた自分らしさの檻の中で、もがいているなら誰だってそうなんだ。
ミシチルの桜井さんが歌う自分らしさの檻とは、過去の延長線上に作られた自分らしさ。
生まれ落ちたこの世界を生きていく適応のために知らぬ間に形成された者たちです。
自分らしさとは、この世界で私たちが生きていくために必要な檻なのです。
環境を変えても、なぜ僕は人生が変わらなかったのか。
新たな環境で新たな適応が求められます。
コンサルにはコンサルらしさが、農家には農家らしさが、代理店には代理店らしさが。
そのらしさに適応するためには、今までの自分らしさを脱ぎ捨てなければならない局面が出てきます。
成果や結果にシビアな世界であればなおさらです。
自分らしくでは結果が出ないと迫られる。僕はこれに耐えられませんでした。
自分らしさの檻という安全地帯が荒らされ、攻撃されているように感じました。
結局、三度の挑戦は三度の挫折となりました。
挑戦のために自分が否定されたように感じ、心が折れました。
では、僕が弱かったから三度の挫折を味わったのでしょうか。
自分らしさというプライドの高さが原因だったのでしょうか。
今ならはっきりとわかります。それは違うと。
僕は過去の僕に向かって、それは凌介が弱かったからでもプライドが高かったからでもないよと言えます。
それは現状維持を望む脳を持ち、過去の延長線上で生きている人間にとって当たり前の反応だったんだよと伝えます。
君は君らしく精一杯やったんだ。
心が折れるくらい自分らしさの檻の中でもがいたんだと。
受容する他者と自己変容
変わりたいけどとりあえず自分での人の心の奥底には恐れがあるんです。
自分らしさの檻というこれまでの人生で築いてきた安全自体が脅かされる恐れがあるんです。
だからとりあえず自分で自分のペースで自分なりにってなるんです。
これは他人から非難されることでも恥ずかしいことでもなく、人間という生物の特性なんです。
自分を変えること、人生を変えることはとても難しいんです。
環境を変えても変われなかった僕が、自分らしさの檻の中で変われずもがき苦しんだ僕が、なぜ今こうして人の変容を語っているのでしょうか。
それは僕の過去を経験も体験も記憶も感情も思考も一切否定することなく受容し、この経験と体験と記憶と感情と思考の中にこそ僕の尊さがあることに気づかせてくれた人たちがいたからです。
過去の延長線上の僕というテーゼに現れた全てを受け入れ受容し気づきを与えてくれる他者というアンチテーゼ。
これまでの僕の人生に現れたアンチテーゼは僕を否定する他者たちでした。
しかし今回は違いました。否定ではなく受容するアンチテーゼでした。
それは虎さんのような人たちでした。
突然僕の前にフラッと現れて、そっかあんたも苦労したんだね。結構毛だらけ猫生えだらけ。でも俺は嬉しいよ。あんたと出会えてさ、生きてりゃいいこともあるもんだよ。
って言ってくれるような人たちです。
弁償法について調べると、否定の否定の法則なんて言葉が出てくると思います。
これはマルクスの盟友のエンゲルスによって定識化されたものです。
でも人間の変容においては否定じゃないんですね。
これかといって肯定でもないんです。
それだと弁償法にならないんです。
友達に人生相談をして共感してくれても人生は変わらないんです。
なぜなら友達はアンチテーゼになっていないから。
テーゼの追認なんです。
人間の変容におけるアンチテーゼは需要なんです。
否定や肯定という評価は一切せず、ただ受け入れる。
なぜ需要が変容のプロセスのアンチテーゼとなるのか。
それは過去の延長線上にある自分らしさの折りを守る必要がなくなるからです。
否定も肯定も自分らしさの折りを強固にする方向に働く。
けれど需要は自分らしさの折りなどなくても大丈夫だよと。
この世界は安全なんだ。
君は自分自身に安心していいんだと感じられる新たな環境を与えることなんです。
そう、受け入れることが与えることなんです。
他者を需要することは他者に安心安全な環境を与えることなんです。
僕のクライアントの一人はとても感性と表現が豊かな方なんですが、僕にこんなことを言ってくれました。
りょうすけさんの前ではすっぽんぽんでいられます。
いやいやオンラインとはいえ服は着てくださいねと言って二人でお笑いしましたが、この方は自己変容の一番大事なことを言ってくれたんです。
自分らしさの折り、自分らしさの鎧、そんなものがなくても私は私でいていいんだということです。
自分を需要する他者の存在。
自分らしさの折りがなくても安心していられる空間。
そこに接して初めて今まで自分を守ってきた折りから一歩出て、本当に自分が望む人生、本当に自分が望む自分の在り方が立ち現れてきます。
このクライアントさんは僕と出会う前には想像もしていなかった新たな夢を見つけ、その夢に向かって走り始めています。
僕はクライアントが自分の折りがなくても平気だと気づく瞬間。
そして折りから一歩踏み出す瞬間に歓喜の鳥肌が立ちます。
オンラインではわからないかもしれませんが涙も流れています。
いやバレてるかもしれません。
僕がセッションで鼻を噛み出したら感動している証です。
他者による需要。
それは自分が自分を理解し、自分が自分を受け入れ、自分が自分の人生を歩む転機となります。
他者による需要は世界と自分自身に対する信頼を取り戻すきっかけとなります。
自分を変えたいけど変えられない。まずは自分でやってみる。
それらはあなたの弱さではなく、過去の延長線上の自分らしさの折りという安全自体を守ろうとする人間の本能であり、その奥には変わることへの根源的な恐れがあります。
それは人間として自然な反応です。
あなたの意思が弱いからでもありません。本能は意思を簡単に超えてきます。
なぜ変われないのか。
それは自分らしさの折りという安全自体を超える安心を持てる場所を見つけていないから。
あるがままの心を需要する他者というアンジテーゼと出会っていないから。
他者による需要が、自分で自分を需要する自己需要という人定勢をもたらします。
自己需要された自分という新たな定勢が、アンジテーゼである他者によるもたらされる自分にはない視点により、今まで知らなかった自分を見出すと、自己発見の人定勢に至ります。
自己発見にたどり着いた人は、新たな自分らしさに従って人生を歩み始めます。
自己変容はこの二段階の弁償法的プロセスによって実現されるものなんです。
マドンナがトラさんというアンジテーゼと出会い、新たな人生に踏み出したように、僕も最後までこの話を聞いてくださったあなたにとってのトラさんでありたいと思います。
今日も最後までご視聴いただきありがとうございました。
この音声配信は随時書き起こしをノートのライフトランジションマガジンに残しています。
音声ではなく文字でじっくり読みたいという方におすすめです。
自己理解、自己需要、そして自己実現を叶える対話型プログラム
ライフトランジションセッションの無料体験セッションのお申し込みは、
番組概要欄に記載されている公式LINEアカウントよりご連絡いただけます。
皆さんの人生を駆動する気づきがありますように、Life Transition Partnerの亮介でした。
それではまた次回まで、バイバイ。
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