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こんにちは、高島くみこです。
今日はね、今までの雑、これも雑な観測の方向で、まず学校、これってあれなんですけどね、タッチを変えていきたいなと思っています。
今日も散歩をしてきて、これも、やだな、そうだな。
ハピーちゃんという、パルスアートっていう、コミュニティでもないんだけど、配信をすごく、今ね、聞いていて、
その中で、知ってる人も知らない人もいるかもしれないんですけども、そこはハピーちゃんがどういう人かっていうのはちょっと端折らせてもらって、
配信をずっとして、13年間してる人で、私も結構、何年ぐらい前だろう、8年ぐらい前ぐらいから、配信、ブログ見たりとかしてる人なんですけど、
その配信の中で、ちょっと端折って、気になる方はそこを見てほしいなと思うんだけど、
いきなりこの本題に入るけども、この世界の話で、いわゆる私は、あなたは私、私はあなたって言葉とか聞いたことがある人もいるかもしれないんですけど、
その私っていうのが、そもそもその起点、始まりの位置が違ったって話を聞いて、うわー、なるほど、なんかちょっとすごい、もう全然知らなかったわっていう感じに思ったんですよ。
そう思って、それをちょっと私の今この、いわゆるタイトルだけども、観測地点A、私ですよ、私の理解の地点から話しますよ、話すんだけど、
この世界の始まり、始まりの場所っていうのが、ひらがなの私です、私。これね、喋ってるとちょっと、ひらがなの方の私と、私っていうものと、個人ね、この特定の私を、高島久美子ですね、人間の私っていうのを私とも言うから、
ちょっと喋り言葉だとちょっと捉え方がね、わかりづらいなっていうのもあるかもしれないんだけど、ちょっと今日の私の、これをちょっと発信が届くか届かないか、伝わるか伝わらないかっていうのをちょっと置いといて、この地点での日付というか、起きたことっていうものをちょっと残しておきたいなと思ってます。
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前置きで3分。前置きで3分、長い。その話だと、そのひらがなの私っていうのは、ひらがなの私の現れが高島久美子で、例えばこれを聞いてくれてるあなただったりとか、私で周りで言うと、家族とかですね、夫だったりとか、友達のA子ちゃんとかB子ちゃんとか、いろいろあると思うんですけども、
そのひらがなの私の現れなんです。私も現れ。この世界に例えばこう人間だけじゃなくても、人間関係だったりとか言葉だったりとか、例えば物質的なもの、木とか家とか、こういういろんなそういう現象っていうものだったりするものも現れと呼んでます。
で、そもそもこの、なんていうのかな、高島久美子としての私として、いろいろ生きていくんですけど、体は使って生きていくんだけども、ハッピーちゃんはそもそも始まりの場所から人間をやっていると。始まりの場所からハッピーちゃんをやっていると。
そっちが最初だよって話をしてて、なるほどと思って、始まりのところっていうのは、ちょっと始まりの間隔に触れるっていうこととか、いろんな触れ方とかそういうのはあるんだけども、その地点に立つですよね。
本当それもその立ち方とかどうやってっていうのを考えていくと、そこに繋がるようなことはすごくいろいろ発信してくれてるんだけど、これ頭で考えても多分わからない領域だと思うから、自分の感覚というか、この地点での、
本当こういう話をしていくのも、自分の人間としてのすごく概念に気づかされるんですよね。
だからやっぱりこの、聞いた話っていうのを今の時点で分かっている私っていうこの地点で、私が感じたこと、私が思っていることっていうことを発信する。これをね、発信していったらいいって話なんですけど、
本当言葉だけ聞いて知ってるよって思うかもしれないけど、やっぱりなんか、自分が聞いた話っていうのを自分の感じて心が動くというか、わーって思うからそれを伝えたいと思うけれども、やっぱなんかこういう話一つにとってもさ、なんか間違ってないかなっていうのがすごく出てくるんだよね。
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で、それにはさ、やっぱりこう、そこにリスペクトもあるからこそ正しく伝えたいっていう気持ちもあるし、なんかこう、やっぱりいろんなこのことを捉えて聞いている人たちっていうものの目っていうのかな、もうすごく気にしている自分もいるなと思った。
だからこう、なんか違うことを言ってるなとかさ、やっぱり、なんていうの、もっとすごく嫌な感じというか、そういう概念的な感じで言っていくとさ、
なんか、いろいろね、なんかこの人間的な概念みたいなものが、ぼろぼろぼろぼろ出てくるなーっていうことにもすごい気づかされてるんですけど、
この時点で、今日ですね、9月10日の時点での私の感じたことっていうことで、観測、観測というか、この観測地点からの報告ってことです。
だからその仕組みっていうのは、私があって、私のあらわれが私であって、あ、私、タカシマカミコであるってことで、
今日ね、それでね、散歩しに行ったら、なんかね、すごかったんですよ。すごかったんですよって言うと、あれだけどなんか、
いつもの散歩道ですよ。何回も行ったことは、歩いたことが何度も何度もある道なんだけど、
なんかこう、太陽だったりとか道だったりとか、この人間の私が、私よく写真撮るんですけど、
なんかもう、止まるという、止まって写真を撮るもの自体が変わってきたなっていう感じがあった。変化だよね、これ。
だから、その地点から見てみると、あ、こんな、普段、今まで気にならなかったこととか、今まで気にならなかった、気にも止めてなかったものに対して写真を撮ってたりとか、
してるなっていう変化があったんですよ。でね、やっぱ目に映すものが変わるっていう方があってるかわからないんだけど、
その始まりの地点に立って、歩いてみるっていうことを自分なりにやってみてたら、目に映すものが変わったんだと思うんだよね。
で、何が変わったかなっていうと、何が変わったかなっていうか、一番びっくりしたのは、2つあって、
まあ普通に歩いてたわけですよね。そしたらなんかね、もう何回も、だってここ私10年住んでるし、
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10年になるし、それ以上にも、もうこの20歳ぐらいから結構、この今ね、住んでるとこの近辺で歩き回ってたりとかしてたんだけど、
もう何度も来たことがある公園ですよ。その公園?その公園の公園に名前があることを初めて知った。
名前が飛び込んできたの。いわゆる何々公園っていうのとか、書いてあるところ結構多いんですよね。よく見てみたら。
でも私にとってその公園っていうのは何度も、ブランコとかちょっとあったりとか、ベンチとかあったりするから、たまに座ったりとか、
若い頃とか、座ってずっと喋ったりとかね、なんかそういった記憶があるような公園よ。
だけど初めてその何々公園っていうのが、公園のいわゆる入り口みたいなところに、ちゃんと石に刻まれてる名前が目に入ってきたんですよ。
えーっと思って。その名前あったんだってこともそうだし、とにかく名前が入ってきて、へーって思ったの。
で、それ、覚え忘れないと思うんですよね私。
で、これ、なんかこれ、そこからね、すごいなんかふわっと浮かんだことがあってね。
なんかこう手術する時にさ、もうなんていうのかな、自分がこう体を触っていって、
たぶんその、経験の中で、こうこうなったら、こうしたらこうなるんだよなっていう、体の場所ね。
例えば、まま、なんて言いたいんだろう、ざっくりと、例えば凝ってるなーって思って、
ここをこう触っていって、こういう風な感じの手の、もうこれ言葉で説明するのすごく手の動きだから難しいんだけど、
なんかこうするとこうなる、例えばわかりやすく言うと、ゆるむなーとかいう感じ?と思ってもらえたらいいかな。
なんかこうしたらこうなるなっていう、手が体が覚えてることがあります。
で、それってもうなんかその、手術の中で普通にやってるから、なんかこう、もう言語化も難しい感じなんだけど、
でもこうなったらこうなるっていうのが、なんかもう体でわかってるっていうことが、
例えば座学、書物、書物って言っちゃった、なんかこうそういう体のことが書いてある。
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例えば筋肉とはこういうものです。ここをこうすると伸び縮みしますとか、
なんていうのかな、その動きみたいな説明、働きみたいなものっていうのが、
改めて読むと、あ、ふむふむ、なんかもうスッて入る時があるんですよ。
なんか、あ、やってるやってるなーみたいな。
なんかやってるなと思うのが、なんていうのかな、その文章を見た時に、なんか体と頭っていうのがガッと一致した感覚が来る時があって、
まさに私にとって、今日ずっと長らく通っている公園に名前があった、
名前と公園っていうのがなんか本当、公園ってほらずっと言ってたわけじゃん、
言ってたっていう体の動きで言ってたと言うと、
なんか名前っていうのが頭でバンって一致した感覚が、
例えて言うなら施術の時のその感覚にすごく似てるなーと思ってて、
だからやっぱりなんか、結論ちょっとあれなんだけど、体がやってることっていうのが、
名前として入ってくる時に、でも確かに名前が入った時にすごい広がりを感じたんだよね、自分の中で。
自分の中で広がりが感じて、今までそうだったんだ、みたいな感じだよね。
やっぱりやってたことがそうだったんだっていうことが、
分かる時って、なるほどってガッてはまった感覚が分かるかな、
なんかそんな感じでした。
だからね、なんかこれが具体的に、何かがどう関係するっていうことが言いたいんじゃなくないんですけど、
そういうことってあるよなっていうのがあったし、
普段の、本当だから何度も何十年もその前って歩いてるし、
だけど目に入らなかった部分っていうのが、
要は自分が始まりの起点っていうところからちょっと歩いてみるっていうところ?
始まりのね、ところから歩いてみると入ってくるものがこんなに目に、
自分がこうだから映すものが変わるというか、
だからやっぱりなんかこの世界って自分、私っていうのはその高島くんの人間の私が認識したものしか映せないわけで、
やっぱりそこの地点で歩いてた時には見えてなかったものが、
今日そのね、ハピちゃんの話、2日前にその配信があって、
なんか結構すごいな、すごい話を聞いちゃったなっていう感じで、
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それはなんか頭で聞いちゃっただけだと、
説明はできるけどそこで生きるっていうことをまだ自分がやってないから、
何もこうなんか、おーんって感じになっちゃうからそこを話したいとかないんだけど、
なんかそれで生活してみると、こんなになんていうのかな、
高島くみ子って人間の私が目に映すものではないものをこんなちょっとの散歩でもあるんだなってことにすごくびっくりした話です。
でもう一個は、この写真の背景になってるんだけど、
これ、江ノ島ビュータワーって言って、これね、知ってる人は知ってると思うんだけど、
ここいろんななんかむっちゃ古いビルで、下がラーメン屋さんだったり、上にカラオケ屋さんがあったりとか、
クラブがあったりとか、駅から近いんですけど、
ここのビルなんてもう本当、若い頃から考えたら何回行ったよ、何回行ったよ、もうそうだし、この前ももう死ぬほど通ってんの。
だからもう20何年間ずっと通ってんのよ。通ってるんだけど、歩いてここの下を、ちょっとわかるかもしれない、
ここの下をくぐって、私は海に出ようと思って歩いてたんですけど、
振ってね、振って顔を上げたらね、これね、竜だよねっていう。
え、竜じゃね?って思ったんですよ、これを見て。竜だなぁと思って、思わず写真撮ったんだけど、
写真撮ったら、ちょっとこれコメント欄のところで消えちゃってて、ちょっとうまく写せてないんだけど、
あの、波乗りしてる絵とか描いてんの。
で、しかもこの竜のモニュメントがあったってことにも、初めて気づいたんですよ。
さっきの公園より、ここってめっちゃもっと通ってるところだから、
で、ちゃんとね、このモニュメントの下にも、猪島の竜の話って、すごく天女に恋をしてって話とかもすごく有名。
で、そこの話が書いてあったんですよ。
この竜悪さをしててっていう、でも猪島の天女にね、弁天に恋をしてって話が有名なのがあるんだけども、
それのね、モニュメントがあって、それの話も書いてるぐらい結構しっかりしたモニュメントだったのに、
私この存在全然目に入ってなかったんですよ。
なんかさ、やばいみたいな。やばくない?みたいな。
すごい、その始まり、なんかこれがどう関係あるかとか繋がるかとか、
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ほんと今の段階では分からなくて、
そうそうそうそう、それないんですけど、
で、これタイトル観測地点Aからの話って書いてるんですけど、
要はひらがなの私っていうのは、他の違いがあるものがないと、
要はそもそも私って何なのかってのって分からないから、
そのひらがなの私っていうのは、
いろんな人間のこたかしくまくみ子を使って、
そして例えばA子ちゃんを使って、B子ちゃんを使って、
もうこの人間、無数にいる人間たちを使って、私を知りたくてやってるんですよね。
で、それぞれ、だから私たち人間っていうのは、
自分のこの高島くみ子から見た感じたこと、
思ったこととか考えたことっていうことを、
発信することを人生でやってると。
で、誰にっていうのは、あれですよ、ひらがなの私に。
だから、全部感じたこととかっていうことを、
もう抑えてる場合じゃないっていうのを、ちょっと浅いところで言うとさ、
抑えてる場合じゃないし、なぜなら、
ひらがなの私が、私を知りたくて、
こうやって人間をいっぱい作って、
作ってとかいうか、こう通してね、やってるってことなんで。
今日の話はね、なんとなく聞いてくださいね。
なんとなくで構わないけど、なんか感覚で、
いきなりとっぴなことを言い出したなって思うかもしれないですけど、
でも私はこういう話にもすごく興味があってというか、
もうここを見ていきたいなって思ってる人間です。
人間ですとか、いきなり人間ですって思ってる。
だから、それぞれ私の、
高嶋くみ子っていう人間の私の地点から思うことっていうことを、
どんどん報告なのだと。
ひらがなの私への報告だっていう風に言っていて、
だから、例えば私たち人間って、
誰々の生き方とか、誰々が言ってることとか、感じてることっていいなって、
誰かに憧れたり、羨んだりとかすることって、
たぶん人生であると思うんだけど、
なんかその人になりたいと思って、
その人の言うようなことだったりとか、
その人が言ってそうなこととかをやりたくなるときって、
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あったりする体験って誰でもあると思うんだけど、
結局でもそれっていうのは、
人間の高嶋くみ子って役割を持たされて、
ここにいるんだけども、
それを観測地点からの報告がないというか、
大いなる私っていうのがこうやっていろんなところに人間を配置して、
そこの報告を待ってるのに、
私高嶋くみ子が違う、
例えばA子ちゃんの報告みたいな感じになってるよっていう状態なわけよ。
全くこう意味がないんだよね。
だから例えばもう本当そこでわかりやすくハッピーちゃんも言ってくれたんだけど、
例えば高嶋くみ子、例えばハッピーちゃんとか名前を全くなくして、
観測地点A、観測地点B、観測地点Cって考えてみてよって言ってて、
そこからの置いた、
例えば100個観測地点を置いたのに、
1番目と99番目が全く同じになってきてるぞ、おかしいってなるでしょ。
だからどれだけ今の自分の地点から感じたこととか思ったこととかはこうです。
私から見える景色はこうです。
私から感じていることはこうですっていうふうに報告を返していかなきゃいけない。
返すって言い方もすごい刺さったんだよね。
ひらがなの私に返していかないと、ここに地点の意味がないよね。
本当に観測地点って考えたら地点の意味がないっていうのがめっちゃしっくりきて、
聞いたことあるかもしれないけど、私は私の職務を全うするじゃないけど、
煉獄さんじゃないけどさ、
その地点での自分というものをめちゃくちゃ見える報告をしないとダメなんですよね。
ダメって言うとすごいざっくりしちゃうけど。
っていうのをすごく感じたんですね。
で、観測地点からの報告っていうことで、
今日この配信を撮ってみました。
だからそもそもそのアピジャの配信に触れてなかったりとか、
何のことを言ってるんだろうっていう感じになっちゃった人もいるかもしれないんだけど、
そこの説明が、説明というかが、
こういうことを伝えてるよっていうのはわかるけども、
なんかあくまでもちょっと今日は観測地点Aからの、
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私、高島あくみ子からの視点でちょっと残したかったのでこんな配信になりました。
もう一個観測地点Aからの話で伝えたいなって思うことがあるので、
これはね、なんかこう、なんか、
比較だったりとか、なんか、
ちょっと自分の中のグッてくる黒い気持ちっていう言い方。
全然黒くないんだけど、事実を見ていくとね。
自分の中でちょっとうっとくるような感じを比較だったりとか、
そういうところから、
そういうところの話をね、ちょっとこの観測地点からの話で考えたら、
なんかもう自己否定とか、なんか比較、
なんかそういうことで悩んでる人楽になるんじゃないかなって思った話があったので、
これ続きます。
はい、じゃあパート2に行きます。
一回配信切ります。