「温玉を割るタイミングを魂で決めている」こだわり派の方、友達になりましょう。
50円というコンビニ以下の価格で奇跡を届けてくれるサイゼリヤの温玉。それを許可もなく混ぜ、お皿に黄身の痕跡をベッタリ残すクラッシャーたちとの闘争始めよう。
そして愛するサイゼの湯ぎりがいつも甘いパスタのことをを「福岡のうどん」として再定義することで全肯定していくライフハックをお届けします。
📌 今回のトピックス
• 「悔しい表情」しか描けないイラストレーターの意地
悔しい人生歩みすぎて、美人やイケメンは描けなくても、歯を食いしばり、シャーペンを握りつぶす「悔しさ」の描写なら自他共に認める日本一。
• サイゼリヤで一番かっこいいのは「配膳スタッフ」
鉄板2枚を抱え、残った指2本でライスを支える。あのホテルバイトでも習得困難な神業。筋がつかないよう祈りながら見守る、プロフェッショナルな背中。
• 温玉クラッシャー問題 ―― 条例制定のすゝめ
勝手に下から上へぐちゃぐちゃに混ぜ、温玉の尊厳を奪う人々。それはもはやコミュニティの破壊者だ。レモンは聞くのに、なぜ温玉は聞かないのか。取扱説明書の付属を強く要望したい。
• 深夜の「青豆同盟」とヘッドホンの同志
深い時間に現れる、巨大ヘッドホンのソロ客。彼らは例外なく「青豆のサラダ+温玉」を大切に、大切に食べている。お声掛けはできないけれど、心の中ではガッチリ握手を交わす「青豆同盟」
• サイゼリヤのパスタは「うどん」である
茹ですぎ? 湯切り不足? いや、これは福岡のうどんのような「新たな麺料理」なのだ。オリーブオイルと塩でチューニングすれば、バッチグーな幸福が訪れる。
『黄身の涙と、深夜のフォカッチャ。』
「電車、久々だな」なんて言う若者に、私は心の中で「モノレールに乗った時の高揚感を知らないのか!」とハンカチを噛みしめる。私のイラストが「悔しさ」に特化しているのは、きっと日常のあちこちに転がっている「楽しさ」を、誰よりも一生懸命に拾い集めているからだ。
サイゼリヤの温玉。
50円で買えるあの輝きを、人はどうして無慈悲にクラッシュできるのだろう。
お皿にこびりついた黄身の跡を見るたびに、私は失われた可能性に涙する。
温泉卵は、土台を大切に、上に上に、大切に「もてなす」ものなのだ。
最近パサつき始めた(気がする)フォカッチャに、ソースという名の救済を与える。
茹ですぎたパスタを「うどん」という名の宇宙へ昇華させる。
深夜、大きなヘッドホンで自分の世界に閉じこもりながら、青豆を一粒ずつ味わうあの人となら、きっと本当の意味で「食の解像度」について語り合えるはずだ。
「温玉、割ってもいい?」
その一言が、世界の不条理を半分くらい解決すると、私は信じて疑わない。
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