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【ギャスパー・ノエ】『VORTEX ヴォルテックス』 | 2つの画面が突きつける本当の孤独 | 「夢の中の夢」とは誰の夢なのか
2026-07-03 51:06

【ギャスパー・ノエ】『VORTEX ヴォルテックス』 | 2つの画面が突きつける本当の孤独 | 「夢の中の夢」とは誰の夢なのか

[論点]

・ギャスパー・ノエはなぜ、この映画でスプリットスクリーン(2画面)を使ったのか?


・孤独と愛が同時に成立する画面とは?


・「夢の中の夢」とは誰の夢なのか?


[チャプター]

オープニング

『ボルテックス』のあらすじと大枠

これは母を抱きしめる愛の物語

ガルシア=マルケス『三度目の諦め』から読み解く「意識の孤独」

『愛、アムール』との決定的な違い

2画面分割(スプリットスクリーン)の意味

スクリーンの内と外、視点は誰のものか?

写真、ガス、薬…象徴的な対比構造

息子をただの悪者にしない倫理観

エドガー・アラン・ポー「夢のなかの夢」

見るタイミングを選ぶ傑作



[語り手]

▼ 松田 翔吾 (左)

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▼ 立花 宗之 (右)

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【空中公演メンバー】

▼ 髙橋 良輔

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サマリー

このエピソードでは、ギャスパー・ノエ監督の映画『VORTEX ヴォルテックス』について、その独特なスプリットスクリーン技法や、孤独と愛、そして「夢の中の夢」というテーマを中心に深く掘り下げています。監督自身の母親の介護経験が色濃く反映されている本作は、認知症を患う妻Lと夫ルイ、そして彼らの息子ステファンの視点を通して、家族の崩壊と介護の現実をリアルに描いています。 特に、スプリットスクリーン(二画面分割)の使用は、登場人物たちの心理的な隔たりや、それぞれの孤独な世界を視覚的に表現する上で重要な役割を果たしています。ガルシア=マルケスの短編「三度目の諦め」やエドガー・アラン・ポーの詩「夢のなかの夢」からの引用も交えながら、意識の孤独や死、そして愛といった普遍的なテーマが、芸術的な表現として昇華されている点が強調されています。 また、映画の象徴的な対比構造や、登場人物たちの倫理観、そして監督の過去作との関連性にも触れ、本作が単なる介護の物語に留まらず、人間の存在や孤独、愛の本質を問いかける深い作品であることが語られています。視聴者には、安易に勧められないほど強烈だが、人生や芸術について深く考えさせられる作品として紹介されています。

『VORTEX ヴォルテックス』の概要と監督の背景
今回は、【ギャスパー・ノエ】監督の【VORTEX】ですね。
はい、はい。
なんか、【ギャスパー・ノエ】って、結構その、なんやろ、暴力とか、ドラッグとか、
まあ、そういうスキャンダラスというかね、まあもうそういう作家ではあるんやけど、
今回は、死とか病気っていう問題を取り扱う的な感じで、結構【ギャスパー・ノエ】っぽくない映画と思われがちみたいなところが、
まず、そもそもある映画やと思うんやけど、まあ一般的なあらすじからしてね、
まあ、あらすじ的にはもう認知症の妻が、妻はLやったっけ?
ルイとLっていうか、
そうだね、ルイとL。
ルイが夫で、妻がLなんやけど、
その妻のLが認知症になって、最後死ぬまでみたいな、っていうあらすじではあるよね、まあ簡単に言うと。
で、息子さんがステファンか。
うんうんうん。
ステファンっていう人がいて、いわゆるその、まあ我々の日本でもね、必ず、というかよくある話なんじゃないかな、いわゆる介護が始まって、
親がどんどんね、自分たちが思っている親とはどんどん変わっていく。
で、そのお孫さんがいるんだよね。
で、多分、僕らの世代だと、このステファンっていう役の視点がこうイメージしやすいというか、いわゆるその認知症が始まる両親がいて、みたいな。
はいはいはい。
で、こう自分らの親がこう、どんどん生活が崩れていくみたいな、そういうのをこう、親の視点で見るみたいなさ、という風に始まるっていうか。
そうね、まあ始まりはそんな感じよね。
そうね、そういう風にこう、自然と見やすい、たぶん誰もが今後来るであろう可能性の未来みたいなのを見せられる映画だよね、そのあらすじ的な部分っていう。
そうよね、大枠はそんな感じやったと思う。
大枠はね。
まあいわゆるね。
本当それだけで済むんだったらいいんだよね、この映画本当。
母を抱きしめる愛の物語としての解釈
なんか、俺もさ、結構この映画、マジで良かったなって思ってて。
まあまあいいか悪いか映画としてはわかりますけど。
なんか、いわゆるギャスパーノエ自身が、まあその母親が認知症になって、でそれを実際に介護して、で見とって、っていうまあ背景があるらしくて。
あるらしいね。
で、俺結構なんか、この映画見たときに、なんかこのエルとルイのその二人が、まあその最後死ぬ様を描いてるわけじゃないなとは思ったね、俺は。
なんか、これはもう、なんかギャスパーノエと母の、母を抱きしめる愛の物語みたいな、なんか俺はなんか割とそういう風に捉えてて。
なるほどね。
なんかこの、妻のそのエルのあの苦痛、苦しみとか孤独、なんかああいうそのもう、いわゆる世界から疎外された存在というか、なんかもう自分の脳がもう誰もわからんし、なんか自分が当たり前と思ってやってたことが全て起こられるみたいな世界で、もう意味がわからんような状態じゃん。
うん、そうだね。
なんかそういうそれそのものを、なんかその存在自体を、なんか抱きしめてるというか、なんかそういうそのもう、なんやろ、本当にこの、事実というか、こういう言葉にならんものを、やっぱり芸術として表現してる、一番のなんかわかりやすい例というか。
そうだね。
いや、結構俺はそういうものを感じたね、今回の映画自体は。
確かに、ギャスパーノエっていう監督の視点から始めると、確かにその部分の密度があったからこそ、ここまで刺さったみたいなところは確かにあるかもしれないなっていうのを聞いてて思うね。
そうそう。
その密度があるからこそ、俺なんかはその、いわゆるその、ルイ、旦那さんの役と、息子さんの視点から、最初1回目、やっぱり自然と見る、男性だしね、っていうのがあって。
で、あの、やっぱりさ、まあこういう認知症ネタ系って多分あるんだろうね、いわゆるその奥さんに自分のことを忘れられるみたいな。
はいはいはい。
まあ、あんの時のエグさ、シンプルにね、そのなんか真ん中にギャスパーノエの体験談があるからこそ、その強度みたいなのがものすごく重かったしね、つらかったね、あれは見てて。
つらいよね、結構あるって。
息子としてもつらいし、同事者として、その大事な人がいる人ほどつらいだろうし。
うん。なんかすごい普遍的な家庭というかさ、たぶんあの2人は年金暮らしで、まあいわゆる普通にその批評、その、あの夫のダリエオ・アルジェントが、
ルイ役の人の話だね。
ルイ役の人ね、うん。ルイがその、なんというか、まあ批評家ではあるんやけど、まあ批評で食ってるわけないよな、この感じが、っていうのもわかるというか。
うん、わかるよ。
すごい普遍的、あの海外からしてみたら、で、その息子も、その息子の妻も、両方が薬物依存的で、しかも治ってなくてみたいな、でもそれを、まあ親は知ってる感じでもあって、でも建前で一応仕事してんのかみたいな、聞くみたいな、あの感じとか、なんとなくわかるし。
ね、これから大事な仕事だからって言って、もう注意をね、集中させてくれって、仕事に集中させてくれって、こういう言い聞かせるシーンというかさ、
ああ、はいはい。
あの辺のリアリティもね、最初の方に。
そうね、あの辺も、そういうのが、なんか自分らが、なんかこう、一緒に誰かと生活しててとか、なんか、誰かと時間を共にしながら、何かを作った経験がある人とかだと、なんかその辺のこう、背景とかもね、伝わるんじゃないかなっていうのは、なんかすごい感じたしね。
あ、それはその、ルイとエルの間での、その話ってこと?もう作るから置いといてくれみたいな。
そうそうそうそう、置いといてくれみたいなさ。
はいはいはいはい。まあその、作る以外でもあるよね。仕事するから、ほっておいてほしいみたいなね。
ほっておいてほしいみたいなね、ササイドとか。
話的なあれは、あるよね。
そうね。
普遍的な家族のリアリティと引用
なんか俺さ、最初のその、まあ、ベランダでさ、白ワインで乾杯して、人生は夢であるみたいな。人生は夢ね、みたいな。そうだよ、人生は夢の中の夢さ、みたいなさ。
これあれや、って思ったら、テンペスだったのよ。これ、引用で、シェイクスピアなのよね。っていうのがあって、でもなんかこれ、もっとなんか近しいのあるな、みたいな思ってたら、多分これ、フェリーニの8と2分の1を、なんか組んでそうやなって思って。
あれのフェリーニの最後は、人生は祭りだ、共に生きようなんやけど、あれも夢、夢となんか自伝的なやつを、なんかすごい組み込んでる感じのやつなんだよね。
なんかすごいそれとなんか近しい、まあ、それこそね、批評家で夢についての映画の批評論的なのを書いてるわけで、ロイはね、それを執筆してる途中、みたいな感じじゃん、あれって。
感じだね。
出てくるしね、フェリーニの名前もね、その、実際に。
あ、出てきたね。そうそうそうそう。
出てきてるし。
そうなんだろうね。
それはすごい感じだね。
うん。
なんか、今から、
うん。
なんなんだろうね、映画史というか、映画見てる人ほど、なんかいろいろ思い出すし、そういう作品にもなってるんだろうね。
あんまり俺はちょっと映画見てないから、あの、単純に作品として、素朴な視聴者として見たけど。
うん。
いやまあ、みんな素朴な視聴者よ、それ。
素朴に見たけど。
いやでもそう、そうなんだろうなーと思って。
なんかその、類役のダリオ・アルジェントさんという、ある人物自体が、もうそもそも映画批評家なんだよね。
映画監督です、もともと。
監督か、監督なのか。
もともと映画批評家やってて、
監督兼。
で、
あー、順番が。
映画監督になる。
めちゃくちゃ有名だよ、ダリオ・アルジェントさん。
なんだよね。
もうね、サスペリアとか、オペラ座とか、
はいはい。
もう、その、
あー、そう。
なんか、ビジュアルホラーって言われる系らしいんだけど、
へー。
まあ、なんか結構、スプラッターにもならんよ。
なんか結構イタリアな感じ?
なんか、
はいはいはい。
大アジ、大アジアなこの映画みたいな、その、
うーん。
感じは。
ど真ん中なんだ。
そう。
うんうんうんうん。
そういうね、映画監督。
びっくりしたもん。
なんか最初、
なんか、
うーん。
あんまり前情報なく見たからさ、
急にバンってそのテロップみたいなんで、
ダリオ・アルジェントって出てきてさ、
ははははは。
え?みたいな。
ダリオ・アルジェント。
みたいな。
うーん。
なんかそんな感じで思ったね。
でもあの、
やっぱそうなんだね。
うん。
あの、何やろ、映画の最初、
ギャスパー・ノエの技法と「意識の孤独」
うん。
あの、この人たちが共産です的なやつとかは、
うん。
あれはもう、ギャスパーノエがもともとやってるような手法というか、
はいはいはい。
やり方で、
うんうん。
まあでも、アレックスとかもそうやね。
その、
うん。
すごいギャスパーノエって、
技術的なのよね。
方法が。
はい。
うん。
なんか、
すごいそんな感じでした。
うん。
もともとのアレックスとかも、
その、時間軸、もう逆再生的にやって、
いわゆるネタバレを先に、
もう映像で映しといて、
それまでのあらすじというか、
流れを最後に書くみたいな、
うーん。
感じのやつとか、
エンター・ザ・ボイドとかは、
なんかまあドラッグやって、
で、シーンで、
そっからの、
その、精神、
精神としての意識が、
はい。
ドローンみたいに飛んでる感じ。
うん。
うん。
ずっとその映画の後半映してるみたいな、
うん。
感じだったと思うんやけど、
うん。
なんかそういう風に、
なんか時間軸とか、
意識の世界みたいなことを、
結構取り組んでやってて、
うん。
で、
なんか、
そういう風に考えていくと、
うんうん。
ちょっとなんか、
難しめな話になってしまうんやけど、
なんかこの、
ギャスパーノエの、
今回のこのボルテックスの、
うん。
なんかその、
エルの孤独的なところって、
まあ、
すごい、
固まりきってはないんやけど、
俺の頭の中でも、
うん。
なんか、ガルシア・マルケスっていう小説家、
コロンビアの、
うん。
うん。
ラテンアメリカの100年の孤独とか、
うん。
族長の秋とか書いてる人の、
短編集の落ち葉っていうものの中に、
うん。
三度目の諦めっていうのがあって、
うんうん。
で、
それが、
なんか、
植物人間の人間で、
意識だけはあるみたいな、
はいはいはい。
その時はまだ子供やったんやけど、
どんどんおっきくなる。
成長はするっぽくて、
体は。
うんうん。
うん。
で、
母親が、
まあ、
その、
鼻いけたりとか、
体吹いてくれたりするんやけど、
うん。
っていう、
その意識はあるのよね。
ずっと頭の中で。
生きてんのよ、
うん。
一応。
うん。
でも一応、
その、
あの、
孤独はあるじゃん。
うん。
自分っていう意識の中だけしか、
自分は存在してないから。
うん。
だけど、
そっから、
もうほんと短いページなんやけど、
その、
母親が急に自分のことによってきた感じがして、
うん。
で、なんか、
感じたら、
よく分かんないんやけど、
なんか、
不臭、
自分の体が腐っていく匂いみたいな、
を感じ、
あー。
はじめて、
で、
はいはい。
ほんとに死ぬんやけど、
意識だけは残ってて、
で、
そこで、
はじめてその、
自分が死という、
なんか、
孤独、
ほんとの孤独みたいなものを、
感じるみたいな。
割とガルシア・マルケスって、
ほんと、
孤独を描いてる作家なんやけど、
あー。
その、
せい、
せ、
意識というか、
意識体として、
を、
この、
Lに当てはめていくと、
なんとなく、
近しいものを感じるというか、
俺の中では、
うん。
なんかこの、
なんか、
その、
分かるよ。
外部から疎外された、
自分一人っていう、
ほんと、
その存在性というか、
うーん。
そこの、
ほんとの、
苦痛というか、
孤独、
うん。
みたいな、
うん。
ものをすごく、
なんか、
この映画に感じた、
みたいなところが、
あー。
あったね。
諦める回数は一緒かもしれないね、
コロナ禍と『愛、アムール』との比較
確かにね。
うん。
なんか、
ははは。
ははは。
ははは。
いやー、
構造的に、
うん。
孤独っていうのは、
そうだね。
うん。
そうね。
達者。
うん。
だから、
孤独ーよねー。
うーん。
あーなんか、
うん。
ちょっと外の話で、
やっぱり、
この作品も、
うん。
その監督の介護とかも、
合わせたりとか、
うん。
あのー、
時代、
社会的にはやっぱり、
コロナの、
うん。
あのー、
後というか、
はいはい。
いわゆるその、
うん。
そういう背景もあって、
うん。
で、
最初のスタートは、
コロナの街のフランス、
うん。
こう、
歩いた時の、
最初の、
衝撃から始まってるみたいな、
インタビューとかも、
うん。
あるくらいで、
うん。
なんか、
そういうところは、
1個あるんだろうね。
筋が通るテーマというか、
はい。
うんうんうん。
閉鎖されてる感覚っていうか、
閉ざされていく感覚っていうかね。
あー、
はいはいはい。
うん。
なんか、
いわゆるさ、
うん。
この映画と比較される、
ものが、
羽毛の、
アイアムール、
あー。
じゃん。
はい。
なんか、
すごいね。
出てくるね。
あれやね、
なんか、
うん。
俺もそう思ったけどさ、
うん。
アイアムール的なあれやと、
あの、
アイアムールは、
一応その尊厳、
その、
善悪を超えた尊厳としての、
うんうん。
愛みたいな、
うんうんうん。
ことじゃん。
うん。
だけど、
今回は、
なんか、
それが、
映画内の、
愛だったとしたら、
なんか、
割と映画外の愛みたいな、
うーん。
母という、
その、
概念めいたものに対しての愛情みたいな、
うん。
だから、
そういうのを結構感じたけどね、
俺はなんか、
愛と孤独みたいな、
ところを、
この映画にはすごい、
感じたね。
うん。
スプリットスクリーンの技法的意味
なんかね。
技法的にはどうやった?
なんか、
技法的には、
まあ、
だって、
尖ったことやってるもんね。
まあね。
まず技法で、
うんうん。
いきなり、
スプリット、
スクリーン、
うんうん。
と呼ばれる、
あれだよね。
いわゆる二画面だよね。
うん。
分割のね。
うん。
まあその、
いわゆるもう今YouTubeでやってる、
左と右に、
うん。
あの、
私たちいますけど、
このスタイルよね。
このスタイルよね。
うん。
多分なんなら、
あの、
監督も多分Zoomとかのテレビ会議とかで、
これ、
ああ。
多分他の人、
ね、
納得いくものだろうって思ってこうしてそうな。
うん。
うん。
これが多分、
なんかリソースにありそうなぐらいあるもんね。
確かにね。
意味がね。
めっちゃありそう。
時代的に。
うん。
だから、
まあそこがね、
まあ出せる時代になったっていうと、
技法的な意味で言うと、
まあ元々なんかこう、
うん。
映画的なさ、
うん。
あの、
ものとさ、
絵画的なものみたいな分け方が、
あの、
アンドレ・パザン、
あの、
はい。
有名なさ、
うん。
あの、
人いるじゃないですか。
映画とは何か。
ね、
あの、
そんな、
ちょっともう紹介しないぐらいでもいいぐらい有名な人かな。
うん。
その人の、
あの、
話で、
求心的なもの、
うん。
が絵画で、
うん。
延伸的なものが映画みたいな話が、
おお。
あの、
有名な話があって、
うん。
で、その、
いわゆる求心的っていうのが、
うん。
絵画だと、
うん。
密度。
うん。
いわゆるその、
一枚のものに蓄積される情報量とか、
うん。
そういったものの、
あの、
強度みたいなものが、
その、
絵画の世界の中にとどめさせる、
うん。
うん。
力。
うん。
その一枚の絵に対して、
いろいろ想像力を膨らましたりとか、
視線がいったりするけど、
うん。
いわゆるその、
映画的なもの、
いわゆる延伸的なものっていうのが、
うん。
えー、
いわゆるその、
かい、
映画のスクリーンに映ってない場所とかも、
うん。
想像する。
うん。
想像して世界があるっていうのが、
もう当然かのように思って、
うん。
視聴する。
うん。
っていうことをこう、
延伸的なものと、
ま、ざっくりと、
うん。
表現してるんだよね。
うん。
で、
で、
その、
映画的なものとして、
うん。
えー、
その延伸的なもの、
うん。
としての強度というか、
そのありようを、
うん。
なんかごちゃごちゃごちゃごちゃ、
こう、
今回のスプレッドシーンで、
うん。
その時間軸とか、
うん。
空間的にも、
重複させるみたいな、
うん。
そういう、
監督さんのいたずら心というか、
あー、はいはい。
なんかそういう、
まあ、
その実験めいたことというか、
うん。
のはもう、
最初からやっぱある、
うん。
なーっていうのは、
思った、
かな、
まず前提として。
確かにね。
うん。
うん。
うんうんうん。
だからその、
最初の、
あの、
ルイが、
あ、ルイじゃない。
あ、Lか。
Lだね。
うん。
で、
その、
夢の、
夢の中の夢である、
カンパーイってやって、
で、
その後、
それが多分夢なんじゃないか、
って思わせるかの後に、
Lと、
ルイが2人寝そべってて、
同じ空間、
1枚の絵で、
えー、
寝てるんだけど、
徐々に徐々に、
えー、
Lが、
うん。
起きていくことを、
その、
22つのスクリーンに、
分かれていく。
うん。
よく見る、
っていうシーンがあって、
うん。
だから、そこから、
もう、やっぱ分裂が始まるじゃないけど、
うん。
その、
空間と時間がこう、
別々に、
うんうん。
世界が分かれてしまったっていうのが、
まあ、映画だからこそ、
こう、
より強調されてるなっていう。
そうやね。
うんうん。
映画だから、
成り立つ技法、
だね。
技法、
だと思った。
視点、構図、そして象徴的な対比構造
今の絵画で、
こう2個、
やっても、
うん。
そういう、
外への広がりみたいなのが、
うん。
なかなか発生しないから、
うん。
外への広がり、
というのは。
だから、
その、
うん。
えっと、
まあ、
映画のシーンで、
家の、
家があるけど、
うん。
家の中で、
え、
エルが、
うん。
自分の部屋で、
うん。
過ごしてる、
っていうところから、
その、
その反対側に、
そのカメラの反対側には、
え、旦那さんの、
うん。
部屋があるとかを、
うん。
事前に想定した上で見られる、
うん。
というわけじゃん、
映画って。
うん。
その、写ってないところ以外も、
うん。
見られる。
うん。
それを、
想像することができるのを、
いわゆるその、
遠心的なもの、
なるほど。
として、
うん。
表現し、
あの、
まあ、
言ってる。
で、そういうふうに、
パッケージとして認識すると、
うん。
それが、
さらに2つある。
うん。
そうやね。
スクリーンだから。
2つ、
スクリーンがあるからね。
うん。
ある。
そういうのが、
うん。
あって、
同じ時間なんだけど、
うん。
同じ空間性を持ってない。
うん。
すごく断裂されたもの、
うんうん。
として捉えられる、
うん。
みたいなもの、
うん。
すごく感じる。
確かにね。
まあ、なんか、
時間軸としての扱いがやっぱり、
うん。
違う、
うん。
普通の映画としては違う。
普通の映画やったら、
うん。
あの、
うん。
その、前後関係を毎回並べたら、
いるわけじゃん。
うん。
いわゆる、
Lが外に出る。
うん。
で、
ルイが、
いろいろ探す。
うん。
で、
Lが、
みたいな、
その、
うんうん。
前後関係をいっぱい増やしていくとさ、
そういうふうに見えるけど、
うん。
まあ、今回のやつは、
まあ、それを、
うん。
同じように、
うん。
まあ、やってるみたいな、
うん。
感じなんやけど、
なんか、俺すごい、
あれやな。
うん。
なんか、
部屋の中に立ってて、
2人を見てるみたいな、
うん。
そういう感じやったよね、
うん。
今回のやつって、
その、
うん。
ああ、そういうふうにも見えるね。
いわゆる、
アイレベルっていう、
その、
地点の、
いわゆる、
うん。
水平線的なさ、
うん。
が、あるんやけど、
Aとかでもさ、
うん。
うん。
それがすごい、
その、
見下ろしてるアングルとか、
うん。
座ってる、
ほんと人が座ってる、
うん。
で、
なんかその、
なんやろ、
映像の面白さだけの、
うん。
感じの、
うん。
ショットとかあんまないというか、
もうほんと日常に、
自分たちが一緒に、
うん。
その部屋にいてる、
うん。
みたいな、
うん。
ショットがほとんどやったっていうのも、
そうだね。
うん。
なんかそういう、
うん。
ふうに見せてる、
うん。
なんかほんとに日常というか、
うん。
っていうのもあったよね、
うん。
って感じるけど、
うん。
で、
うん。
で、
なんかね、
常にその、
うん。
登場している、
うん。
なんていうの意識みたいなものが、
うん。
常に5人以上はいそうな、
うん。
映画っていうか、
うん。
なんていうの、
つまりその、
いわゆるエルと、
うん。
えー、
ルイ。
ラナさんルイと、
うん。
あとその、
エルから見た、
うん。
ルイ。
それもあったよね、
そういうのもね。
ルイから見た、
うん。
で、かつ、
我々もいて、
うん。
で、なんなら、
もっといて、
監督もいて、
みたいななんか、
うん。
めっちゃあがるよ、それ。
うん。
そういう、
うん。
右側のスクリーンには、
その2人がいてて、
うん。
けど、
そのもう1つのスクリーンは、
うん。
ルイがすごい遠くで、
うん。
椅子に座ってるみたいな、
うん。
その2人の関係地みたいな、
うん。
あるいは、
それは、
例えば、
もう、
あのー、
妻は、
もう、
夫との関係性は、
すごくもう、
遠く離れたものである、
っていうふうに、
読み取ることもできるし、
みたいな、
うん。
だから、そういうその、
構図というか、
絵画的な、
うん。
ロジックの中で、
成立させてるような、
うん。
なんか、
絵面が結構多かったなって、
うん。
結構ね、
そうだね。
思った。
うん。
突然その、
なんて言うんだろうね、
時間も空間も違うのに、
一枚の絵に化けたりとか、
うん。
もするじゃん。
うん。
その、
あれやってるよね。
やってるよね。
うん。
めちゃくちゃやってるよ。
うん。
なんかね、
やってるよね。
めちゃくちゃやってると思う。
うん。
なんか、
ちょっと飛ぶけどさ、
うん。
なんか、
その、
いわゆる哲学系とか、
心理学系的なところで、
うん。
まあ、
今回のこの、
あのー、
ボルテックスでも言われてた、
海は、
もう、
女性の正気だみたいな、
うん。
話あるじゃん。
うん。
あれをさ、
その、
あったね。
ルイがさ、
うん。
死ぬ、
死にそう、
息ができんみたいな状態で、
倒れ込むじゃん。
うん。
で、
まあ、
その、
妻は寝てるわけよね。
うん。
っていう、
まず、
対比構造がまずあって、
はい。
あったね。
で、
そっから、
その、
ルイが、
もう、
倒れてて、
映像のスクリーン、
映像、
で、
その、
右側のスクリーンには、
妻が、
同じ整体な形で、
寝てるみたいな、
これもなんか、
変な、
邪髄なんやけど、
うん。
なんか、
死、
死っていう、
その、
赤い弓、
まあ、
いわゆる、
健全じゃないもの、
いわゆる、
そういう死的な、
うん。
アレゴリとして考えた時に、
はい。
死が、
その、
旦那、
ルイを、
その、
なるほどね。
的な、
ギャグというか、
まあ、そういう話もあるしね。
そういう、
ギャグ。
アイロニーみたいなのを、
結構、
まあ、
隠優、
隠優を、
結構やってるなって思って、
あとなんか、
そうだね。
お父さんに対してなんか、
ある、
気持ちあるんやな、
みたいな、
うん。
なんか、
いや、絶対あるよ。
絶対あるよね。
自分、
自分のお父さんもなんか、
不倫してるんちゃ、
みたいな、
俺は知ってるで、
みたいな、
の、
ありそう。
うん。
なんか、
孤独、記憶、そして象徴的なシーン
いわゆるその、
怒られた後に、
自分の部屋にさ、
うん。
仕事するからって、
帰っていく旦那さんをさ、
見てる目、
うん。
がさ、
見えるの。
なんかこう、
信頼してないし、
うん。
私から離れていってるし、
うん。
で、
実際にその後、
うん。
そういう目をした後に、
旦那さんがね、
その、
不倫相手に連絡するみたいなさ、
ああ、
はいはいはい。
シーンとかもさ、
うん。
あるから、
読みなんじゃないかな、
って思う、
今の。
うんうん。
いや、
でもなんか、
ほんと、
痛ましいっていうのが、
まず、
前提に立つけどね、
やっぱり妻の、
あの、
財布の中のさ、
うん。
なんか、
いろいろずーっとなんか、
見たりとかしてるわけじゃん。
ねー。
あれとかもさ、
すごい、
自分の記憶をつないでるみたいなさ、
つないでる。
これは何や、
これは何や、
みたいなことを、
ずーっとやってるみたいなさ、
はい。
ああいう、
その、
もう、
自分、
俺自身はまだ、
体験したこともないような、
孤独を感じてるわけで、
うん。
なんかね、
あれはなかなかね、
で、
ガスとかも、
ね。
だから、
当たり前に、
自分が、
その、
もう、
染み込んでる活動、
いわゆる、
便器に座るとか、
火をつけるとか、
それは覚えてるんやけど、
うん。
トイレを流すとか、
うん。
ガスを止めるとか、
そういうことはもう、
抜け落ちてるから、
みたいな。
うん。
で、その、
できてないことに関して、
ほんとお前、
もう、
悪魔の家だ、
みたいな、
うん。
悪魔の家だ。
ことを言われるのは、
なかなかね、
うん。
なかなかつらいよね。
なかなかね、
うん。
うん。
っていうのは、
感じたけどね。
うん。
安易に勧められない強烈な体験
結構、
最初の1回目、
うん。
感想としては、
見てられねえだと、
ほんとにね。
つらいね。
ほんと見てられねえだった。
うん。
すごく、
まあ、
自分の両親が、
やっぱ、
介護してる姿とか、
うん。
その、
自分の、
あの、
おばあちゃんと自分が、
住んでたから、
うん。
うん。
なんとなく、
認知症のありよう、
みたいなのは、
こういうレベルっていうのは、
ああ。
経験してたから、
こんな、
まあ、
そうだよなあって、
うん。
もちろん、
その時、
高校生だったから、
単純に敵対してたけど、
うん。
なんかすごく、
もう、
なんか、
うん。
だけど、
今思うとねえ、
っていうところとか、
いろいろ思い出しちゃった。
ああ、
そっか。
うん。
そうよね。
だから、
うん。
安易に人に進めれない、
あれ。
無理。
無理。
映画よね。
うん。
タイミング間違えたら、
ほんと、
一生トラウマになりそうなぐらい、
いや、
マジでそうよ。
うん。
うん。
マジでそう。
ほんとに。
うん。
なんか、
あらすじでさあ、
なんか、
息子が、
金の虫に、
家に行き、
みたいなさあ、
うん。
結構、
さんざんなことを息子には、
書かれてるわけやけどさあ、
書かれてるねえ。
うん。
どうしようもなくない?
みたいなさあ、
なんか、
誰か悪者に、
うん。
例えなあらすじなんて、
書けんのか、
お前らみたいなさあ、
はい。
なんか、
それ結構感じたねえ。
だって、
あのやつとかもさあ、
まあ、
薬物、
だめやけどさあ、
だめでも、
人はやってしまうもんや。
そういうものなのよね。
うん。
倫理の通貿。
酒っていうものがあるわけ。
そう。
それをさあ、
なんかもう、
子供も育てないか、
みたいなさあ、
状態の中で、
それ、
そうなってしまう世界は、
あるよって思うのよね。
俺は。
うん。
そういうあらすじの書き方も、
なんか、
嫌いやったなあ、
俺は。
音楽、ブラックアウト、そして「夢の中の夢」
なるほどね。
うん。
だって、
確かに。
ちゃんと心配してるわけやしね、
それはそれで。
うん。
あいつも。
で、なんか、
子供の、
あの、
うるささみたいなのも、
すごいあれ、
はい。
割と、
なんか、
その、
妻の感情みたいなところと、
リンクさせてるんじゃないかな、
ああ。
みたいな、
ことを結構感じたり、
うんうん。
だね、なんか。
確かに。
なんかこれは、
ふわっと思っただけやけどね、
結構。
そんなことも考えない。
ざわざわーってした。
ああいうのって、
何かに沿わせるよね。
うん。
ああいう、
あのー、
一見こう、
カオティックな、
うん。
要素って、
実際それを、
本当に生み出そうとするのって、
ものすごい難易度で、
そうやね。
大体こう、
うん。
で、
それを作り出そうとした時に、
俺、
我々がちょっと見えない何か、
見えない構造のものにこう、
沿わせて、
うん。
作るみたいなことって、
うんうん。
あると思うから、
確かにそれはあり得るだろうね。
うん。
すごい、
うん、
そうやね、
なんか、
映画ってすごい、
うん。
何やろ、
足りない時間みたいなものが、
あると思うのよね。
はい。
なんか、
アルビエントの音楽とか、
プログレとかでも、
そうなんやけど、
うん。
そういうものがあると思ってて、
うん。
今回の、
この映画も、
うん。
なんかそういう、
起伏というか、
うん。
やっぱり音としてもあるなぁ、
みたいな、
うん。
のは結構、
うん。
感じたね。
うん。
うん。
まあ感じたね。
ふわって、
普通にそうなんでね。
それだけなんやけど、
うん。
いやいやいや、
でもそう思うね。
音楽の使い方とかもね、
うん。
最初にその夢から覚める間にさ、
うん。
あの、
フランスのものすごい有名な、
うん。
歌手の、
うん。
その、
ほんと、
カードアップで歌うシーンとかも入ったりするけど、
うんうん。
結構曲の数少ないからこそさ、
うん。
ものすごい、
一個一個効果があるじゃないけどさ、
うんうん。
そういう面でも、
うん。
なんか感じ、
結構見られる映画でもあるよね。
確かにね。
うん。
うん。
そうね。
なんか、
うん。
やっぱり思ったのは、
ごめん、
なんかすごい話が、
うおぉさおぉするんやけど、
うん。
いや、いつものことでしょ。
ははは。
あの、
うん。
技術というか、
のシーンですね。
なんかさ、
うん。
結構ブラックアウト多かったやん。
ブラックアウトっていうのはなんか、
一瞬だけ黒が入るみたいなさ、
分かる分かる。
あれも完全に意図的、
まあ、当たり前に意図的なんやけど、
うん。
あの、
あれ、
瞬き、
うん。
っていうニュアンスが近いよね。
あれってすごい、たぶん。
近い。
絶対さ、意識が切り替わる。
そうよね。
その、0.5秒みたいな。
うんうん。
いや、マジでそうやなって思った。
うん。
だから、もうそこはある程度、
うん。
そういうような具合の、
うん。
分かりやすさ、
うん。
で、
一応なんか、
誘導してくれてるんやな、
みたいなのは感じたけど。
そうだね。
うん。
うん。
成立させてるよね。
うん。
だから、やっぱりその、
二画面分割の難しさと監督の意図
2画面にさ、
するっていうのさ、
うん。
どうしてもその主題というか、
うん。
真ん中に来るものが常にない状態をさ、
共生させられるわけじゃん。
そうやね。
うん。
うん。
だからこそ、
そういうモンタージュ、
その編集でどうにかしてたのが、
すごいよね。
監督として。
うんうん。
それはやっぱり、
その、
まあちょっと俺見てないけど、
サイケデリックなやっぱり映画というか、
うん。
そういうものをやられてたからこそ、
できる妙じゃないけどさ。
うん。
うん。
確かに。
うん。
なんかやっぱりその、
こう、
分かりやすい映画、
うん。
量的にさ、
うん。
次元爆弾が、
どんどん時間が迫っていると。
うん。
で、それに伴ってこう、
クライマックスに向かっていくみたいな、
分かりやすいような、
うん。
時間的な、
毎回、
こう、
感じる、
体験が違う、
うん。
質的に違うようなものを、
うん。
組み合わせて、
うん。
見ている側が、
それをこう、
自分たちの身体体験に落とし込む、
っていうところまで、
想定してないと、
うん。
物語にならない、
うん。
そうよね。
作り方っていうか。
うん。
一見、
本当に、
うん。
バラッバラになりそうな、
うん。
感じあるもんね。
なんか、
ある。
多分、
ほんと絶妙に上手いよね、
あれって。
これね、
うん。
むずいと思うよ。
なかなか、
やっぱり、
だから、
多分、
できなかったなと思う。
なかなか、
この2つのスクリーンでやる、
みたいなことって、
飛び道具中の飛び道具だし。
あー。
そうね。
なんか、
もともと構想は、
あったらしいね。
うん。
構想は、
あったけど、
うん。
絶対売れんから、
うん。
なんか、
ダメって言われてて、
ダメ。
うん。
でしょうね。
でも、
その、
コロナになって、
うん。
費用もないみたいな、
はい。
ワンルームの中だけで、
作れる映画だったら、
みたいなんて、
確かに。
作ったらしいけどね。
より強度を増すしね。
うん。
うん。
そうね。
うん。
うん。
なんかね、
愛の物語としての結論と孤独
うん。
うーん。
そうね。
なんか、
一番はそこを持ったからね。
意識体。
意識体っていうかね。
うん。
割と、
うん。
ガルシアマルケス的な、
孤独。
孤独ねー。
うん。
なんか、
うーん。
考えるの止めてしまいそうになるぐらいな、
うん。
うん。
そっ、
考えたくないって、
なんか本能的に思うようなさ、
うん。
レイヤーまで踏み込んでそうな、
作品だったから、
うん。
うーん。
なんか、
そうね。
何回も言うけども、
愛やからね、
あの映画。
うん。
俺が思う。
うん。
なんか、あの、
最後の、
その、
ガス自殺的な、
うん。
ことを、
するときに、
うん。
ま、なんか、
夫の部屋に行って、
うん。
なんか写真見てみたいな、
うん。
こととかやってたじゃん。
うん。
やってたね。
二次宅ね。
うん。
あれ、
あれ、
あの写真ってさ、
最初、
置かれてなかったのよね、
確か。
はいはいはいはい。
けど、
なぜか置いてあるみたいな、
感じになってて、
うん。
で、
それが、
その、
不倫相手のやつなのか、
自分の昔の姿なのかは、
うん。
よく分からないけど、
うん。
もし不倫相手の写真やって、
それで、
死んじゃったとしたら、
うん。
だから、
それこそなんか、
何やろう、
すごい、
その軽さ、
いわゆる、
うん。
生命の、
というか、
うん。
なんかその軽さが、
いわゆる逆に救い、
となり得るというか、
うん。
なんか、
それって、
その、
意識がちゃんとしてるっていう、
証拠でもあるし、
うん。
ちゃんとした意識のままで、
それを選んでるっていうことでもあるし、
うんうん。
なんかすごい、
うん。
あのシーンって、
俺的にはすごい、
面白くて、
うん。
なんか、
そのシーンの後に、
なんか、
薬とかを全部捨てるシーン。
そうだね。
うん。
で、それと対比的に、
うん。
息子は、
ドラッグを吸うシーンみたいな、
うん。
すごい、
対比構造が多かった、
うん。
映画なんやけど、
ああいうのも結構、
うん。
象徴的というかね、
うん。
すごい、
何を象徴してんのかは、
俺もよくわかんないんだけど、
あえてそういう、
対比をさせるっていう、
ことのリズム、
うん。
考え方もできる。
できるっちゃできるから、
絵作りとしてはね。
まさに、
うん。
その辺ってボルテックスだけど、
タイトル回収的なシーンというか、
ああ。
直感的に、
はいはい。
その2つがこう、
うん。
結局、
続いていく方と、
終わっていく方の、
うん。
螺旋というか、
うん。
に、
俺はすごい思ったかな、
ああ。
なんか、
対比から、
うんうん。
確かにね。
うん。
なんか、
すごい対比させてるもんね。
うん。
息ができんくて、
苦しんでる、
生きてる、
うん。
起きてる旦那と、
眠ってる、
つまり意識が死んでる妻みたいな、
うん。
対比とか、
うん。
うん。
その、
生きてる、
苦しんでる旦那の方は、
うん。
反対、
うん。
反転してて、
映像が。
うん。
で、眠ってる自分は整体してる、
まあ、そのまま寝てる、
うん。
もうそういう、
反転、
対比か、
対比。
対比構造をめちゃくちゃ、
うん。
繰り返し繰り返し、
うん。
絵疲れさせないように、
っていう、
意味と物語の分離、そして無意識の認識
だから、
この映画ってなんかその、
うん。
意味と、
うん。
物語みたいなものは、
結構分けて考えるべきで、
うん。
うん。
で、今回この、
な、何やろうね、
まあ、
意味っていうのは、
うん。
まあ、難しい話なんやけど、
はい。
俺もあんまり分かってないから、
うん。
話さんないけど、
いけいけ。
いや、いかん。
いけいけ。
分からん。
分からんから。
いや、でもなんか、
意味、物語と、
象徴的な意味を指してる、
うん。
部分っていうのは、
やっぱり、
絶対的に分けて、
うん。
見るというか、
そう分けて考え、
映画を見たと、
見た方が、
その映画の全体を、
なんとなく理解しやすいみたいな、
うん。
結構ね、
あったりする、
うん。
うん。
まあ、いわゆるその、
視覚的に認識する、
その、
無意識的に意識できる、
みたいな、
ところのシーンが、
うん。
まあ、意味としてあって、
うん。
それが一つ、
その、生は苦しく、
なんか、
死はまた、
それゆえ自由で、
みたいな、
うん。
そういうその、
認識というか、
全体像を包んでるような、
あったり、
性というか、
うん。
っていうのが結構、
あるなあって、
なんか思ったけどね、
うん。
その、
うん。
無意識的にそれを、
認識するっていう、
ニュアンスが、
割と構図とか、
反対にしてるとか、
うん。
前景と遠景にしてて、
みたいな、
うん。
うん。
とか、
うん。
もうその、
旦那と妻の関係が、
はいはいはい。
割ともうさみ切ってる、
さみ切ってる。
うん。
結構ね、
分割してんのよね。
うん。
息子が、
基本その、
妻と旦那が、
二つのスクリーン出てるんやけど、
うん。
息子が、
どっち側の、
サイドの、
スクリーンにいて、
うん。
その時は、
なんか、
妻とか旦那は、
なんか変なことしてるとか、
背中向いてるとか、
遠いところにおるとか、
うん。
なんか結構そういうね、
なんか、
うん。
仕込みというかね、
うん。
トリックというか、
うん。
考えずに、
なんとなく理解できるっていう、
世界を結構、
うん。
作ってたなーって、
うん。
感じたね。
全然そういうね、
うん。
あったねー。
うん。
夢の構造と監督の掴む密度
だから、
その、
夢の構造なのかね、
なんか、
やっぱり、
本人もインタビューで、
うん。
話してたけど、
うん。
その、
夢の中の夢みたいなさ、
うん。
構造に、
うん。
映画を持ってくじゃないけどさ、
うん。
うん。
はい。
その、
どちらかは夢から覚めていて、
うん。
どちらかは夢の中、
うん。
いわゆるその認知症の、
その、
もうモードが、
切り替わっちゃってるような状態を、
夢として捉えてとか、
はい。
うん。
そういうのがなんか、
背景にあって、
うん。
今のなんか、
生後の話を聞くと、
すごく腑に落ちるところがあって、
うん。
うん。
確かにね。
そう。
だって、
われわれからすると、
ウッダーザボイドを撮ってるわけやからね。
うん。
ははは。
まあ、
意識体としての世界を撮ってるわけやから、
うん。
うん。
それはあると思うけどね。
うん。
そこの監督の掴んでる密度がすごい量、
うん。
すごいしっかり掴み切ってるなっていうのを感じた。
うん。
うん。
取り扱ってる上で。
うん。
うん。
確かにね。
うん。
「夢の中の夢」の詩と映画の解釈
うん。
うん。
あれ、
読んだ、
その、
夢の中の夢、
あの、
詩だけどさ。
読んでない。
読むとね、
まあ、
ちょっと元気なときに、
読んでください。
ははは。
そんな感じだね。
うん。
まあ、
なんか、
いわゆるその、
テクニカルな詩でもあるんだよね。
大枠としては。
構造としては、
なんか、
ニュアンスがやっぱ夢の中と、
うん。
非夢じゃないのか、
逆かな?
うん。
現実と夢なのか、
うん。
まあ、どっちが夢なのかもわかんないんだけど、
2つに大分割されてて、
うんうん。
うん。
構造としても。
うん。
まあ、
それ以上はちょっと言わん。
なかなか、
だよ。
なるほどね。
読んだときの苦しさは、
ははは。
ああ、そうなんだ。
この時の後に。
うん。
なるほどね。
ちょっとキーワードだけ出しておきます。
たぶん、
ネットで調べれば、
いろんな人が翻訳されてるから、
うんうん。
好きな翻訳とか見つかると思うから。
うん。
まあ、読んでて苦しかったと。
とっても苦しいよ。
ははは。
ああ、
そうなんや。
仕事の休憩時間に読んじゃって。
ははは。
なるほど。
大変だった。
それは大変だ。
うん。
夢の中。
うん。
俺があれ、
そもそも、
最初の、
なんか、
映像、
人生は夢ね、
みたいな。
あれ自体が夢。
っていう考察なわけやろう。
うん。
胸としては。
もう、
映画自体が我々の夢みたいな。
うん。
もう、
そのレイヤーを話してるみたいな。
ああ。
感じてるから。
なるほどね。
そのスタンスなんですね。
ははは。
そこからスタートするね。
ああ、
なるほどね。
すごく主観的に。
俺が思ったのは、
うん。
いや、
胸の話を聞いて思ったのは、
うん。
あの、
人生は夢ね、
みたいな。
うん。
ところのシーンが、
うん。
夢で、
もう、
そっからは、
現実世界みたいな、
うん。
ノリで俺は、
話してて思った。
うんうんうん。
うん。
うん。
そうやんね。
うん。
だから、
うん。
たぶん見せ方みたいな、
たぶんそう、
なんじゃないかなって、
俺もすごい思うし、
うん。
なんか、
そこはたぶんシンプルなんだけど、
いわゆるその、
ちょっと穿った、
いわゆるその、
法の詩を見た上で、
うん。
うん。
その、
外側、
作品の外部から見たときに、
その夢は、
夢の中の夢っていう言葉を、
うん。
この作品をどうして解釈しようとすると、
うん。
その、
うん。
映画っていうもの自体が、
やっぱり夢だから、
うん。
その、
いわゆるその人生、
僕らが、
うん。
生きていて、
うん。
その、
生きている人生自体が、
いわゆる東洋的に言うと、
古朝の夢的な、
うんうん。
この、
人生が夢だと、
うん。
っていう前提に立ち返った上で、
うん。
映画を映画館で見るっていうさ、
体験っていうのは、
夢の中でさらに、
うん。
夢を見てるみたいな、
体験からスタートするわけじゃん。
うん。
だから、
そこにまでこう、
引き戻されて、
1個ずらされた、
確かに。
っていう体験。
え?
自分が。
うん。
あの、
映像の中に立ってるあの、
ふわふわした視点の存在、
自体が、
夢的だと、
いうことね。
うん。
うん。
むねが言うには。
そうだね。
結構その、
論理はしっくりくるけどね、
俺も。
うん。
うん。
なんか言われてみると。
うん。
うん。
なるほどね。
すごく断片的で、
断片的で分裂していく夢の構造
うん。
分裂していって、
次のカットのシーンとかが、
うんうん。
やっぱり切り替わっていく。
うん。
夢の構造として。
うん。
なるほどね。
うん。
そうか。
結構残ったね、
今回の作品は、
個人的には。
うん。
すごく。
うん。
いやー、
そうね。
うん。
もうこう、
うん。
まあね、
まあなんかでも、
うん。
技術的に、
本気で向き合うべき芸術作品
うん。
すごいなんか、
ぶっ飛んだことを、
やってそうで、
はい。
まあすごい考えて、
うん。
絵作りして、
うん。
やってるなーっていうのを、
なんか感じたね、
やっぱり、
今回ので、
なおさら。
そうだね。
うん。
うん。
すごい共同だったな。
なんか、
うん。
もうやっぱり、
うん。
物語です、
あれは。
はい。
愛の物語と。
強く言いたい。
うん。
そうだね。
うんうん。
とは思うけどね。
それゆえに孤独だし。
うん。
そやね。
これ以上暗くなってしまうと、
我々の絵が持たん。
このYouTube。
もうね、
そうね。
そうね。
うん。
そっか。
というわけで、
うん。
今回この、
うん。
ポルテックス。
うん。
に関しては、
終わろうかなと、
そうだね。
思います。
はい。
はい。
なかなか人には勧められないけど、
うん。
なんか、
元気なときというか、
うんうん。
ちゃんと、
ちゃんとしようって思ってるときに、
うん。
見るのがいいんじゃないかなとは思いました。
うん。
やっぱり。
ちゃんとしようそんなときに。
うん。
うん。
俺は、
それぐらいの、
うん。
あるうちの、
2日目の、
はいはい。
なんか、
うん。
昼間とかに見てほしいぐらい。
うん。
うん。
いや、
色んなことが。
いや、映画とかね、
小説とかは、
くらってなんぼよ。
うん。
ほんと。
なんかね、
うん。
気楽に見んな、
映画を。
本気で見ろ。
本気で見ろ。
って思います、
俺は。
うん。
すごい急に体育会見。
うん。
いや、マジでそうやん。
まあまあ。
そんなね、
うん。
誰に触れないものばっかり見ててもね、
ダメですよ。
うん。
って言っちゃう。
そうですね。
俺は。
うん。
芸術ちゃんと見ましたって感じでして。
うん。
すごいよかった。
はい。
私も同感です。
というわけで。
はい。
はい。
また。
今日はまた。
さよなら。
ははは。
さよなら。
ははは。
ははは。
めっちゃ面食らってるもん。
ははは。
ははは。
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