仕事の忙しさで早口になり失敗すること
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
Leave a Voice. 明日への電波
僕、シンイチの声や思いを今に残しておく。
それらが電波に乗って明日の誰かに電波し、
役立ってくれたらいいなぁって思い出始めたポッドキャストです。
収録している今日は2026年10月2日金曜日、40回目の配信です。
いやぁ、今日はなんか結構疲れましたね。
仕事があった日でですね。
今日は仕事がありまして。
で、結構仕事でイレギュラーな対応をすることがこの1週間ぐらい多くてですね。
それで、何て言うんですかね。
仕事だと特にそうなんですけど、忙しくすると、忙しいなぁって思うと
余計に早く動いたり、早口になっちゃったりしてですね。
余計に疲れるというのは、そういうのがですね、ありまして。
忙しいから急いで動くっていうのはね、皆さんそういう方が多いとは思うんですけど、
疲れると早くなる、動きや言葉が早くなるっていうのがどうも僕は結構あるみたいで、
その結果、自覚、自分の認識としては失敗をしがちで、
その失敗をですね、後で振り返ってしまって余計に疲れるというのがあったりしますね。
それで、前に第5回目に話した、緊張すると全然意図しないことを、
何ですかね、喋ってしまうことがあるっていうのと共通していると思うんですけど、
そうですね、焦ってなんか全然思ってもいないことを喋ってしまう。
何ですかね、頭の中では、頭の中で思っていることとはちょっとずれたことを、
今日もなんか自分で気づかずに話していて、ちょっと混乱させてしまったっていうところがあったりもしましたね。
お客さん対応することの比率が前よりも大きくなったので、
やっぱり待たせてしまうっていうのがなかなか嫌で、そこをですね、どうクリアしていくかっていうのは今の自分の課題なんですよね。
住まい選びと眠れる環境
で、今日は前回、前々回に引き続いて異色獣シリーズの3つ目の獣、獣居の獣、住まいですね、についてです。
皆さんは今のご自身のお住まいに満足されていますか?
もし満足していないとしたらどんなところが足りないとか、こうあったらいいなとかありますかね?
僕は今賃貸のアパートに住んでいるんですけども、駅までも職場までも歩いていける範囲に住んでいて、
車の駐車場も敷地内にあってとか、
家賃もですね、多分設備、部品、部屋の設備的に考えても、その辺トータルして考えても高くはない。
比較的満足できるところかな。
ただね、日当たりが悪かったりするのがちょっと原点ポイントなんですけど、そんな感じですね。
今までそうですね、賃貸のアパートも何箇所か。
1、2、3、4、4箇所かな。
アパートは4箇所。
で、1個だて、アパートではない、賃貸ではない住居にも2箇所、2、3箇所かな、住んでいたことがあります。
慌てて決めてしまった時っていうのもあって、
そのいう時以外は、そうですね、割とじっくり調べて、比較的満足できる、納得できるようなところを探して住んでいたかなって思います。
まず住まいを選ぶことで大切なポイントって、寝ること、ちゃんと眠れること、そこが大切なのかなって思いますね。
その慌てて選んじゃったところって、大きな通りのすぐ横だったりしてですね、
大型ダンプが通ったりすると、結構地震のように、地盤の問題とかもあったかもしれないですけどね、すぐ近くだったから、
大きな車が通る度に、結構こう、何ですかね、ちょっと突き上げるような感じで、ドスンとかいうような状況でですね、あんまり良くない環境だったなって思います。
みなさんはどういうポイントで住まいを選んでこられましたかね?
衣食住における「住」の位置づけ
飲食中と並べて考えた時に、この3つの中で、なんて言ったらいいんですかね、なんて言えばいいのかな、関係性というか重みが違うっていう風に感じるんですね。
やっぱり生物として、動物としてって言った方がいいんですかね、食べることっていうのは人間にとっては多分欠かせないことなので、
で、そうですね、その食べるプラス、なんて言うんですかね、暑すぎない寒すぎない環境にいる空気があるとか排泄ができるとか、それを満たすための意図10なのかなって、そうふと思いました。
ちょっと極端な話で言えば、適切な気温、温度や寝られる状態とか、なんでもいいんですけども、そういうちゃんとした住まいがあれば裸で生活しても大丈夫とか、
逆に、住まいがなくても、そうですね、空気とかがあれば地球上でとかでいいかな、
で、そこで暑さ寒さをしのげる、暑さをしのげるというのは難しい気がする、いやでもできるのかな、暑さ寒さをしのげる服とか衣類、身に直接着けるものがあればなんとかなりそう。
理論上の話かもしれないんですけど、要は食っていうのは独立した欠かせないもので、
意図10っていうのはセットで考えてもいいのかなとか思いました。
衣食10という言葉の元のようなのが、中国の昔の古事の衣食たりて礼節を知るっていう言葉の衣食、
生活にゆとりができてこそ礼儀や節度をわきまえるようになるとか、そういったような意味もですね、
昔の中国のことわざにあった衣食に10という言葉をくっつけて衣食10っていう、なんですかね、生活に欠かせない生活の基本となるものっていうような
意味の言葉が、になった言葉ができたっていうことみたいですね。
なので、何が言いたいかっていうと、昔、この中国のことわざでは衣食としか言っていないのは、
たまたまかもしれないですけど、僕が意図10というのはセットで考えることもできるかなっていうのとつながる。
だからまあ、ここで言う衣には10も含まれるっていう風にして、
あ、一緒だなって、まあ一緒じゃないんだけど、
衣に含まれていた10の部分を分離させて衣食10にしたっていう面ももしかしたらあるんじゃないかなっていう風に思ったというところですね。
住まいの変化と都市への人口集中
で、この衣食10シリーズの最初のEのところで言いました、
人間の物質的豊かさの基本である衣食10っていう話なんですけども、
確かに衣食10、物質、物ではあるんですけど、
でも改めて考えてみると、基本的には人が作ったものなんですよね。
少なくとも人が作ったものでしたって言った方がいいのかな。
そうですね。ただ、大昔になれば、あれかな?
大昔?
衣と食というのは結構こう、人が作ったり、誰かのために作ったり、
身近な人が誰かのために作った服とか、作ったご飯とかっていうのが、
大昔と言っても何十年か前ぐらいまではそういうものだったっていうイメージがありますね。
服も食べ物も結構買ってくるものっていうのが多くなって、
プロが作ったもの、工場とかで作ったものを消費者として買って、
っていうのが衣や食に関しては比率が高くなってきた。
で、衣については比較的前から家族で家を建てるとかってのは、
あんまり詳しくはないのでわからないですけど、
何百年かぐらい前から結構な割合で害虫…
まぁでもどうなんだろうなぁ。
なんか日本の江戸時代の農村とか、あれ結構村で作ってたりしたんですかね?
まぁでも、明治期とか以降になれば家を自分たちで作る村の中で、
家族や親戚とか村の中で作るっていうのはあんまりなくなったんじゃないのかな?
ってすごい勝手な想像ですけど、
あと住まいっていうのは衣や食と比べてもうちょっと大きいというか、
大掛かりだからなかなか身近な家族が家族に対して提供するっていうのにはなりにくい。
そんな気がしますね。
時間差で住に衣や食が近づいてきたって言っていいのかな?どうなんでしょうね。
そんな違いは僕としては感じています。
また10だけの話に少し戻るかなと思うんですけど、
高度経済成長を中心にしてっていうんですかね、
物を作ってそれを消費するっていう近代以降かな?のあり方、
人間の営みのあり方、
それは近代国家を作る物質的に豊かにみんなでなろうよっていうのと密接に結びついていると思うんですけども、
日本だとやっぱりその辺はわかりやすかったんですかね。
特に戦後、高度経済成長期とかに東京などの都市部に地方からみんな出てきて、
一極集中っていうのが進んで、ある程度まで地方も人口は増えていってたんですけど、
ある時期から、どのぐらいかな?
さすがにこれはなんか見た方がいいかな。
ざっくり1990年代でいいんですかね。
地方は人口減少に転じて、東京などはほとんど東京だけなのかな?どうだろう。
東京や首都圏ですかね、はまだ人口が増え続けていたということで、
そういった、首都圏に住まいをいっぱい持っている人がいるということなんですけど、
技術による地方生活の可能性
そういう現状ですけど、これがこの先どうなるんですかね。
全体的には、これ日本の話ですね。
全体的には人口は減っていくけど、一極集中っていう状況は続くんですかね。
技術の、インターネット技術の進歩で、科学技術の進歩ですね。
遠隔でリモートで仕事をするとか、コミュニケーションを取るとか、
そういったことってはるかに容易にできるようになったじゃないですか。
だから、地方に住むということもできやすくなっているとは思うんですよね。
どっかに調べれば、そういった動向、人数とかがわかるようなものがあるのかもしれないですけど、
実際に拠点生活とか地方移住とかしている人はいますが、どこまで進むんですかね。
遠隔通信の技術って言っていいですかね。
それにまつわる技術も含めて、自然と近い、人間以外のものと近い距離の生活っていうのはしやすくなるんですよね。
よく思ってたのは、しやすくなるっていうのと、本当かなって思うことの一つとして、
若めの健康な人であれば、地方であっても車で移動ができるとか、
デジタル端末の操作を比較的しやすいとか、そういうのがあるからいられるけど、
高齢の人とか、あるいはその若い人も高齢になるにつれて、やっぱりそういうこともやりにくくなるから限界があるんじゃないかなっていうふうに思っていたところもあったんですが、
でもその枯れによる地方での居にくさっていうのを乗り越えられるぐらいの技術っていう可能性もありますよね。
具体的には何が言いたいかというと、例えば車に移動については自動運転とか、ドローンとか、
あとはデジタル端末の操作とかであれば、もっと簡単に操作ができるような状況になる。
特にAIとか使って非常に簡単な、
簡単というのは不十分な、わかりにくいお願いの仕方でも、端末側、技術の側のほうがいい形で受け取ってくれて、
やりたいことが実現しやすくなる。
あとは、例えば年齢がいくにつれて目が悪くなったりするのを技術で補う。
これは今の話と同じようなことですかね。
そういった面とかで補える。
補えるから、人間としての年齢がいったり、
そういったことがあっても、地方に行きやすい。
地方で住みつつむことができやすい。
っていうのは、僕の中では今、そういうこともあり得るのかなっていうふうに思ったんですね。
デジタル交流とリアルな同居の違い
だけど、そのデジタルとかバーチャルとかの空間で、
人同士がコミュニケーションをとって、
豊かな状態、幸せな状態に、
特にここで言うのは、心の豊かさとか幸せとか、そういったものですね。
それが、直に、直接、リアルに、同じ場所にいるっていうのに、
全く一緒ではないとは思うんですよね。
デジタルとリアルで全く一緒ではないということですね。
映像とか、画像、映像や音声が全く既存せず、
全く同じようにリアルと全く同じようにデジタル上でも伝わったとしても、
なかなか難しいんじゃないかな。
匂いとか、触覚とかも、
全身にデバイス付ければできなくもないかもしれないですけどね。
そうだとしても、やっぱりこう、
リアルな同じ空間に一緒にいることと、
バーチャルで、何ですかね、
同じことができたとしても、
感覚器官としては同じことができたとしても、
操縦心ができたとしても、何か違うんじゃないかな。
話すことで考えを深める
ここはね、僕の直感なので、あんまり直感は当てにならないんですけど、
なんとなくそういうふうに思います。
伝わりますか?というか、毎回毎回どんどん伝わっている自信がなくなってきますけど、
そうですね。
自分的には一旦こうやって話す、しゃべることで、
何て言うんですかね、少し考えが進む?
とにかくあれですね、自分として後で聞ける状態になるので、
そうですね、これがきっかけに自分の考えが深まるか広がるかするんじゃないかなと期待して、
やっていることも大きいので、よしとしましょうか。
そんなわけで、皆様今回もお聞きくださりありがとうございました。
今日はこのあたりで。ではまた。