🌻冒頭で紹介しているイベントの概要URLです↓
https://peatix.com/event/5124000
🎤目次
「禁止されていない」のに言わなくなる / chilling effect(萎縮効果)とは / 未完成のアイデアには心理的安全性が必要 / 監視と憲法が保障する自由の関係 / 現代の監視は「他者の視線・ログ・数字・アルゴリズム」にもある / 数字に評価されると探索範囲が狭くなる / 監視はなくすのではなく「安心のための可視化」とのバランス / 安心は自由を可能にする土台になる / 安心と自由は対立しない / AI時代に「どこまで人を監視しない社会」を残すか🌿
📚テキストで読む
https://kohimoto.com/labo/culture/memo/21439/
感想
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サマリー
監視が強まると、萎縮効果により新しいアイデアが生まれにくくなるという「監視社会とイノベーションの関係」について考察。心理的安全性が確保された環境で未完成のアイデアを許容することが創造性に不可欠であり、監視は評価や抑制のためではなく、安心を提供し自由な挑戦を支えるためのバランスが重要であると論じている。
お知らせと本日のテーマ紹介
こんにちは、KOHIMOTO Labo編集部の藤本です。 今日は本編の前に少しお知らせがあります。
今週の土曜日の午前中に、親子でAIの付き合い方を考えるワークショップオンラインで開催予定になります。
AIを使うことで自分がパワーアップできるという視点から、クイズや親子ゲームを交えながら、AIの特徴や使い方を学べる内容になっています。
今回は初めての開催ということで、小学校・高学年のお子さんと保護者の方でも、話が分かれば全然厳密な年齢制限はなくて、中学生の子だったり、小学校・低学年・中学年の子だったりでも全然大丈夫なんですけど、
そういったことを募集していて、ありがたいことに今5組の親子ペアの方に参加いただく予定です。
8組がマックスで募集しているので、残り3枠となりました。
概要欄に詳細を載せておきますので、興味のある方はぜひご覧ください。
今日の本題なんですけど、今日は監視とイノベーションについて考えてみたいと思います。
監視社会って聞くと皆さん何を思い浮かべますか?
なんか、防犯カメラとか位置情報とか、多分最初に出てくるのはプライバシーの問題なのかなって思うんですけど、
ただ最近その監視について考えていて、それは結構前にお話ししたアメリカのパランティア社が個人情報とAIを結びつけるみたいなことから、
あと憲法改正のニュースとかから、なんかボーって考えてて、もう一つちょっと気になったことがあったので、お話ししてみたいなって思います。
それは監視が強くなるとイノベーションが生まれづらくなるんじゃないかっていうことです。
萎縮効果と心理的安全性の重要性
それはなんでそう思ったかっていうと、監視とかは誰かから直接それを言うなとか禁止されなくても、
人の行動真理として行動が変わることがあるんじゃないかなと思っていて、
例えば会議、会社の会議で、これちょっと変なアイディアかもしれないけどって思ったとします。
でもその会議がすごく安心して話せる場所だったら、とりあえず行ってみたりとか、発言してどう思われるかとか気にしなくていいと思うんですけど、
変なことを言ったら評価が下がるかもしれなかったりとか、その発言が自分に紐づく、ずっとログに残るみたいな感じだったら、
まあ言わなくてもいいかってなっちゃいがちですよね。
で、誰かに直接禁止されているわけではないけど、自分で止めてしまうこういう心理的現象を意識効果、英語でチリングエフェクトと言うみたいです。
それが会議だけじゃなくてネット上や生活で起こると、自分を守るために不要なことはしない言わないで、
未完成のクリエイティブとかアイディアが世の中に出てきづらくなることがあるんじゃないかなって思って、
それが監視社会とイノベーションの関係に紐づいているんじゃないかなと思いました。
そもそも新しいアイディアとかって、まだ未知なので最初から完璧な状態で出てくるものではないですよね。
むしろ最初はなんか変だなとか本当にできるの?みたいな合理性がないものだったりするのかなと思っていて、
でもそれを試したり失敗したりするうちに徐々に形になっていくものなのかなと思っています。
なので創造性に必要なのは単純に自由にしてくださいっていうことではなくて、未完成でも外に出していい環境なんじゃないかなって思います。
そこで重要になるのが心理的安全性なのでは?って思って、
シンプルに言えば、間違ったことを言ってもそれが自分自身の評価に即直結ではない社会の空気感だったり、
場なのかなって思っていて、そこでまだ荒いアイディアを出せたり、わからないことを聞いたり反対意見を受けたりすることで、
自分の余白?心の柔軟性みたいなのから創造性とかイノベーションが生まれていくんじゃないかなって思ったりしました。
逆に心配事があったりとか、ちょっと出る杭は打たれる感じがあったりとか、
失敗した瞬間に評価が下がったりとか、そういう環境ではみんなが正解らしいことしか言わなくなってしまうのかなって思っていて、
そういう場所ではイノベーションはなかなか生まれづらい気もしていて、もしかしたら日本からスタートアップが出ないみたいなことも言われていると思うんですけど、
そういうのが理由になっているのかもしれないし、自分も日本人だからそういう精神的なブロックが備わっているのかもしれないなって無意識のうちに思ったりしました。
監視社会と憲法が保障する自由
先ほど憲法のニュースで思ったって言ったんですけど、そこは憲法改正のニュースで思ったのは、監視社会が強まることによって
創造性が損なわれたら、イノベーションが起きづらくなって、もっと経済が発展しなくなることにもつながるのでは?って思ったりとかして、
日本国憲法はすごく人の人権とか自由を尊重しているので、それともつながってきていると思います。
何個か日本の憲法を紹介したいと思います。
例えば憲法21条の表現の自由は、制度として発言は禁止されていなくても、干渉意識して誰も発言しなくなったら、実質的な表現の自由はできなくなっていくような気がしています。
次に憲法19条には思想良心の自由があります。
これを調べたら変に思われるかなとか、こんな考えを持っていると思われたくないって考えるようになれば、
外に出す言葉だけじゃなくて、自分自身が考えたりすることにも影響してくるのかなと思いました。
そして憲法23条の学問の自由、これは学ぶこととか研究することって仮説を立てて試して間違ってみたいなループなのかなって思って、
間違ったり失敗みたいなのを萎縮しちゃうと、探索する自由みたいなのが生まれなくなっちゃうのかなって思いました。
さらに13条の個人の尊重は、自分で考えたり試したり選んだりして、その自分の個人の尊重してくれるものを保証するもので、
自分なりの意見を持ったりするためには、常に誰かの評価を意識しなくてもいい把握が必要なんじゃないかなって思いました。
現代の監視の形態と影響
現代の監視って昔のように国家が市民を縛るっていう一方通行だけではなかったりしますよね。
SNSだったらいろんな人の目があって、炎上とかがあってその発言をしにくくなっちゃったりとか、
ウェブとかだったらアクセスの解析とか、広告をその人に向けてターゲティングしたりとか、
あとプラットフォーム上ではアルゴリズムとかがあったりして、
これがAIとミックスされると行動履歴とか、自分が何を買ったかとか、
道情報とか、あとはAIに入力した学校とか個人情報とか、いろんなデータを組み合わせて、
本人が知らないところでこの人はこういう人だろう、こういう行動をするだろうっていう風に推測できるようになったりします。
ここで問題なのは、もしかしたらこの人は広告に流されやすい人だとかなったら、
それが政治利用に繋がったりとかもするのかもしれないし、
自分のデータが知られてしまうことっていう恐怖から、
ネットでの行動が制限されたりとかしたりすることとかにも繋がるのかなって思って、
自分自身が無意識のうちに行動を萎縮してしまうことにも繋がってくるのかなって思ったりしました。
数値化による行動範囲の制限と監視のバランス
で、ウェブ業界にいると数字?数値化もまた人を監視するっていうことに繋がるのかなって思っていて、
PVSとかクリック率とかコンバージョン率とか、コンバージョン率とか、
あとはそういう再生数とか、数字を見ること自体は悪いことじゃないし、
数字改善とかに使えるから全然悪いことじゃないと思うんですけど、
ただ数字が人を豊かにするだけじゃなくて、数字に評価される状態になってしまうと、
ちょっと種語が変わっちゃうのかなって思ってて、
例えばすごい面白い企画とか、なんかあったりしても、
それをしなくてPVが撮れそうだからこっちみたいな感じになったりとか、
あとは新しいことを試してみたかったりしても、数字が落ちたら、
す、意味がないから今のままにしようみたいなのとか、
可視化のために作った数字が逆に人間の行動範囲を狭くしちゃうことにも繋がるのかなって思ってて、
でもじゃあ監視は全部なくなった方がいいのかっていう話にしてしまうのもちょっと違うかなって思ってます。
社会はセキュリティがあって成り立ってるし、
サイバー攻撃とか結構今企業が話題になってると思うんですけど、
セーフセアスクセスを見つけたりするのにもログとかは絶対必要なのかなって思って、
最近ビバン見てて、ビバンとかも見てると国際犯罪とかにももうそういうセキュリティがなんか関与してるんだなって思ったりしました。
なのでなんかバランスなのかなって思ったりして、
監視するかしないかっていう白黒はっきりさせる問題でもないのかなとも思ってます。
ただなんかポイントとしては、その監視が人を守るためにあるのか、それとも人を評価する、縛るためにあるのかみたいな視点なのかなと思いました。
安心と自由の関係、そしてイノベーション
監視について考えると、安全か自由かっていう二択になりがちだと思うんですけれども、
安心があるからこそ人を自由に挑戦できたり、セキュリティを守られてるからこそ失敗しても立て直したり、未完成なアイディアを出せたりとか、
そういう土台につながる側面もあるので、自由か安心かっていうよりは、自由を守るための安心も必要だよねみたいな感じで思いました。
イノベーションを作るのって完璧なアイディアだけではないですよね。
でも、全てが記録されて測定評価される環境では、そういう失敗できたりとか、なんか余計なこと?
未知なことができたりとかいう余白がなくなっていくのかなって思って、
効率化された社会と創造的な社会は必ずしも同じではないし、私は便利効率化された、そのなんていうんだ、
なんか何にも考えずに、みたいな状態よりも自衛が強い状態の方が、なんかみんなのびのびできていいのかなって思ったりします。
で、そうですね、なんか監視社会とAIとかデジタルについて考えることは、
単なるプライバシー保護の話とかじゃなくて、イノベーションする余白があるかっていうのと経済とかとも関係するし、
私たちはどんな社会なら安心して新しいことに挑戦できるのか、ワクワクできるのかっていうのを、なんか考えていく問いでもあるのかなって思いました。
なのでバランスを見つつ、技術的にどこまで人を管理する、縛る、見ることができるのかっていう話の他にも、
どこまで管理しない設計を残すのかっていうのも考えることも必要なのかなって思ったりしました。
なんか皆さんはどんな社会、どんな環境が幸せだなって思うか、なんかみんなが幸せな方がいいよなって思ったりします。
今日は監視とイノベーションの関係、安心が成長を支えるメカニズムっていう題材でお話ししてみました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。ではでは。
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