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古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン9 この番組は
宮馬市の企画協賛 餃子の山端
道の駅村方 草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたします
こんばんは、坂田周大です 今週は先週に続き
伊都島の伊都国歴史博物館から 伊都島の応募を紹介していきます
伊都島には 三久も南障子応募
岩原槍溝応募 平原応募とあります
先週は平原応募まで紹介しました 平原遺跡からは地頭というイヤリングが出てきまして
どうやらここには女王様が葬られているのではということが分かりました 今週はその続きをお送りいたします
ご案内を伊都島ふるさとガイドの水戸間節佑さんにお願いしました こんな展示もありました
ガラスの錬玉というのがここにありますが 要するに玉が2つくっついている感じですね
2つか3つかくっついているような錬玉 十層錬玉 錬十と書いてますね
というものが見つかったという これはなんか非常に珍しいものなのか
そうです 結論から言いますとこれはローマで作られたもの
ローマで!
ローマで作られたもので錬玉と言います
こういうふうにいくつも重なっていっているんですけれども
一番大きいものでも5ミリなんです 青いコバルトブルーのきれいな色ですね
一番大きいものでも5ミリの直径のその中にもう一つガラス玉が通っているという
二重構造 それが十層錬十と難しく書いてあるんですけど
二重構造のガラスの玉ということでびっくりすることに
これは当時のローマで作られて カザフスタンを経由して
そして日本にもたらされたものということが
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ついこの間テレビで紹介して証明してくださいましたので
カザフスタンの王様のお墓にも同じものがあったそうです
すごいですよね
2000年前のローマ時代のものがこちらにもたらされていると
だから当時中国間と言われていた国を通じての交流の流れが
伊都国まで脈々と続いていたことを改めて知らされた大ニュースです
すごいですね
よくそんなところからはるばると渡ってきましたね
ガラスの地頭は朝鮮 今ラクロー郡と言われているところの
王妃様のお墓からほぼ同じものが見つかっているそうですので
やはりこういう中国や朝鮮あたりとの交流を物語るものではなかろうかと
ラクロー郡ができたのは紀元前百何年かですよね
その頃からのものが伝えられているという
これも日本でここだけの発見でですね
すごいです
どうやって渡ってきたのか
どうやって渡ってきたのか
それからですね
内広家文経というのが目の前にありまして
巨大な鏡が5つありますが
その前にもう一つの種類の方角記句指針挙というのがありまして
それはどういったものなのか
ここにたくさんありますので
一番わかりやすいものから紹介していただきましょうか
大きい鏡5枚の他にあります
他の鏡
種類はですね
大きい鏡とそれから今から言います方角記句指針挙
難しい名前ですけれども
要するに鏡の文様の特徴を表している名前なんです
方は四角
角は丸
記というのがこれが定規
方角記句ここで定規なんですけどね
記句で定規
方角記句
指針挙
指針というのは東に西流
西に白虎
北に玄武
南にスジャクという中国の創造上の天をあまねく指針
四つの紙
創造上の真珠が書かれております
そういうことでこの特徴
デザインの特徴が鏡の名前になっておりますので
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よく見るとですね
どれが方でどれが角でどれが指針というのが鏡の見るとわかります
これは方角記句指針鏡32枚ありまして
7枚の型から32枚作られております
7つの種類がありますので
いろいろ見ていただくと面白いんですけれども
皆様にご紹介するのに一番わかりやすいのは
この三号鏡中といいまして
ひもを通す穴がある
一番真ん中にあります
その周りに四角くここが方なんです
四角いなんですけど
方の中にですね
ネウシトラウタツミウマヒツジサルトリイヌ
よく見えるここから
十二支がある
なるほど十二支が書いてあるんですね
十二支が書かれております
というところをですね
1800年前のこちらの女王様は
十二支をわかったかどうかはわかりませんけれども
ただ何か書いてある
模様だと思って見られたか
もしくはこれは何って聞いてくれてたらですね
これをもたらした
おそらく中国の人だと思いますけど
当時漢の国ですけど
漢の人がこれは小読みの呼び名なんですよって
教えてくれてたら面白いなと思います
なるほどね
日本の文化がまた違ったものになったかもしれない
先ほど太陽を大きい鏡を太陽と言いました
平原の遺跡においては
その太陽が昇る位置で
日にちを管理していた
日にちがわかっていた王様がいたんじゃないか
というふうに言われておりますので
それから関連づけていくと
もしかしたら十二支も理解してたかもしれないという
これはもう想像するしかないんですけれども
現物は出ておりますので
一体こういうただただ財力を
こぶするためだけにこういうものを持ってらしたのか
それともこういうものを使って
祭司祭典をされてた人だったのかもしれないという
二通りの見方がありますので
私としてはこういう鏡で祭司をしてた人と
女王様ですので
祭司してた人だろうなどんな人だろうな
というふうに想像する方が楽しいので
皆様にはご紹介はしております
方角菊四神経といいます
先ほど入ってずっと見たときに
自分は見えなかったんですが
角度によって字が見えるんですね
ということを今発見しました
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十二支が四角の中に書いてあるというのがよくわかりました
それから少し色がついたものもあるんですか
そうですね
あまり説明の中で忘れてしまうんですけれども
意図的に彩色が施されたものもある
その数は40枚のうちの18枚にあるということですね
弥生時代の遺跡から出土した道鏡で着色されたものは
平原応募以外では確認されていない
平原応募出土の一つの特徴であるということですね
今週は糸島の糸国歴史博物館から
糸国の応募をご紹介しています
平原遺跡の鏡の話です
七鏡という鏡もありました
一体どんな鏡なんでしょう
七鏡五環の時代のまさに中国五環の時代の鏡です
ああそうですか
文様に特徴がありまして
当時の中国の人たちの新鮮思想の中で
竜に関するデザインがとてもたくさんあるし
竜をとてもたっ飛んでたんですよね中国の方
それを象徴するような模様になっています
中にクニュってヘビみたいな
ミミズみたいなクニュクニュってなったのがあります
あれが竜の子供もしくはミズチ
ミズチと言いまして竜の子供もしくはメスの竜だと
ああそうですか
をデザイン化して描かれたのが七鏡という説明がされています
まさに今年のために作ったような
そうですねそうでしたそうでした
少し経つ年でしたね
竜の子供竜の奥さんかなという風な
そういう五環の時代の鏡です
模様に特徴があるんですね
環の国だとか前環だとか五環だとか言っておりますけれども
その時代の流行であった鏡のデザインというのがあるんですね
その時代に好まれた鏡のデザインがあって
それで前環の鏡だとか五環の鏡だとかいうことを
紹介することが確認することができるんです
七鏡
これも日本でここだけの発見例です
そうですか日本でここだけ
ぜひこれもしっかり見てください
この大体3種類ぐらいが遺跡から出てきているということですね
そしてこの平原遺跡なんですが
ここに大きな模型がありまして
館内に
原寸大です
原寸大ですね
発掘調査された時の内部ですね
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はい発掘調査をされた時の内部ということで
真ん中に少し掘った穴がありますが
そこにご遺体があったと
そうですここは割竹型木管が収まっていました
竹を長さ3メートル
3メートル
幅1メートルぐらいの大きさだと思われます
その大きな大きな木を真ん中から竹を割ったようにスパンと切って
中をくり抜いて木管にしたんです
なので割竹型木管と言われております
その中に真っ赤な朱が塗られて
まだ朱が残っているんですね
もちろんたっぷりの朱が塗られていたので
木管はもうなくなっておりました
1800年の時が過ぎておりますので
ただ朱だけはたくさん色鮮やかに残っていたそうです
朱の色はですね
そしてその中にご遺体は残念ながら溶けてなくなっておりました
もちろん衣類もありませんけれども
鏡だとかマガタマとか
くだ玉それからガラスのレンダマ等は残っておりました
そういうところから
見ていただいています
女性ではないかと
女王様じゃないかということですね
そして頭の方ですね
くだ玉とかですね
ああいうものがまだ
発掘当時こういうふうに置いてあったんですかね
発掘当時のそのままですね
開けてみたらこういう状態だったということ
掘ってみたらこういう状態が発見されましたということで
四隅に割れたのか割れたのか
鏡の破片が割れた状態でございました
足元ですね
四隅なんです
四隅にあったんですか
四隅にありました
鏡がね
鏡が
この鏡の欠片が1111欠片あったんです
よく数えられますね
それはですね
発掘調査をされたときに
全ての破片に投資番号を打ったんです
1番から1111番まで
そのバラバラになったその1111番までを
丹念にジグソーパズルのピースよろしく
組み合わせて仕上げていったら
今ご覧いただいているように
40枚の鏡に仕上がりました
そうですかすごい努力ですね
そうですね
気が遠くなるような年月をかけて復元をされたそうです
それから銅剣ですか頭の方にあるのは
剣が1本ありました
銅ではなくて鉄なんです
鉄ですか
錆びてますからね
鉄剣ですね鉄剣が1本置いてあった
おそらくこれは
おかんの上に
おかんの上にあったんですか
おかんの上に置いてあったのではないかと言われております
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そういったこれはその当時の状態を再現してあるということですね
そして
東西南北を先ほどの方角菊子神経に出てきた
青龍白虎玄武スジャクで表してくれているんですけれども
青龍東の方に足があった
白虎頭の方西の方に頭があった
頭があったところに
くだ玉だとかそれからガラスの練玉とか地頭とかが出てきております
地頭もあそこに落ちているのがわかります
発見された当初はあんな感じで見つかったそうです
そして方角的なことを言いますと
頭の方から足の方が
足がですね
実は東を向いている
足は東の方を向いているわけですか
ここに特徴的な東の方から上る朝日が
こちらの後遺体の足からずっと頭に突き刺すような
突き抜けるような朝日の状態を見ることができるように
このお墓は作られているそうです
何を意味するのかは
原田大六さんがおっしゃるには
これは考古学のここの博物館とはまた別の話なんですけれども
原田大六さんはこのお墓の作り方というのは
太陽の祭祀をして
鏡を使って太陽祭祀をしていた
ここの女王様の性格性質を如実に表している
お墓の作り方だとおっしゃっています
何て言いますか農業を支配できるような感じで
向かっている方角が東の方を向いているということが重要なんですね
そうですね東の方の山並みから上る朝日で
こちらの女王様は日々カレンダーとしての太陽を見ながら
元旦の日それから稲作の準備をする日
稲作の苗床を作る日田植えをする日とか
そういうのを読めたというふうに言われています
太陽御読み稲作御読みとして東の方の朝日を使っていたという話もあります
平原遺跡から東の方を向きますと
日向峠というのがあるんですね
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日向峠から日が上るというのが基準になっているというか
わかりやすく言いますと日向峠から日が上るのが2月の20日と10月の20日なんです
2月の20日は記念祭と言いまして
それは伊勢神宮の祭典なんですけれども
1年の農業の始まりを知らせる日なんです
そこから農業を始めましょう農業の後刻法上を祈りますという日が記念祭
その日が2月の20日なんですね
農業を始めてそしてぐるっと10月の20日になると
今度は同じ日向峠から太陽が上りますけれどもそれはもう収穫祭なんです
じゃあ農業の始まりと終わりを表す
2月の20日が記念祭10月の20日が観なめ祭の中日ですけれども
今でも農業祭祀として伊勢神宮とか他の神社さんでも祭典が行われております
この平原遺跡は刻法と言われますけれどもこれはどうしてなんでしょうか
発見から41年後に刻法を指定されましたんですけれども
その時の文科省の答申がここに示されておりましてですね
平原法系宗公墓は玄関などを遠望する大地に築かれており
儀式は神殿に記述された伊都国の大墓にあたると言われている
服装品のうち同居は合計40名という1以降からの発見では他を凌駕した数量である
その中には同型居が存在するとともに直径46.5センチ重さ8.4キロという
我が国最大の内広家文教5面含むなど注目すべき内容を持っている
確実した大きさと数量を持つ平原法系宗公墓の鏡群は
我が国の出土品鏡の中でも最も重視すべき鏡群の一つである
弥生時代から古墳時代への変化を考える上で書くことのできない重要な資料であり
その学術的価値は極めて高い
ちょっと抜粋してみましたんですけどこんな感じで紹介しておりますね
今週は伊都国歴史博物館から平原遺跡を中心に紹介しました
この館内には大墓以外の展示品も興味あるものがたくさんあります
来週はそういったものを紹介していきます
ご案内を伊都島ふるさとガイドの水戸真雪代さんにお願いしました
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです
こんばんは
今日は三山市のおいしいお酒日本酒をご紹介します
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三山市世田河町にあります菊美人酒造なんですが
ここ1735年の創業
そんなに歴史が
だからまあ280年くらいですかあるわけですよ
この菊美人酒造株式会社代表取締役の伊崎駿輔さんに話を聞いてきました
伊崎さんで9代目のご当主ということなんですが
さかのぼれるのが9代前なんでその前にもっといたみたいなんですけどね
あははなんて笑われるぐらい長い歴史があるところなんですよ
この三山のおいしい菊美人
会社の名前とそれからお酒のメインタイトルが一緒なんですが
菊美人がどんなお酒なのかまずは教えてもらいました
菊美人ってやっぱり有明のお酒なんですよ
畜のお酒なんですよね
畜のお酒って言ったらやっぱりたまりのお醤油
しっかりした甘みのあるお醤油に合うっていうんですかね
例えば有明海の有明の海苔であったらしっかりした味わいでしょ
海苔もねとか口底の煮付けであったり
うなぎ飯であったり焼き鳥だったらタレの焼き鳥とかね
そういううちは結構純米酒は丹麗辛口ではなくて
濃純な米の旨味のあるボディーのあるお酒ですよね
なるほど
だから口に含んだ時に柔らかくふわっと一瞬上がってくる感じと
芯の強さのバランスみたいなのがとってもいい感じのお酒なんですよね
この菊美人もう一つ注目ポイントはラベルなんです
ラベルの大字タイトル菊美人って書いてるのは北原博集なんですよ
いやこれね知りませんでしたが実際これ見てみましたけれども
北原博集さんの字ってのはまた美しいですね
割と細身で空間が美しくとってあるんですよ
筆書きというより何かデザインされたような洗練された文字ですね
なんで博集さんが書いてるのかと伺ったら
この北原博集のお姉さんがこの菊美人にお読みに来た人なんですよ
そうなんですか
かよさんっていうお名前なんだそうですが
今お話を聞いた江崎さんの秘宝婆ちゃんなんですって
92歳まで長生きなさったんで僕が中二の頃まで一緒に暮らしてましたねっておっしゃって
いろんな博集話を聞いたという本当に羨ましいことなんですけどね
実は北原博集って輝きしく文壇デビューしたんですが
その後一時期女性問題などもあって窮地に立たされ
いろいろ辛い日々を送ってたという時期があったんだそうです
その辺もこの文字が生まれる背景にあるみたいです
そういう苦しい時代にいろんな物心両面で
うちの姫婆さんのかよが援助しましたので
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晩年に柳川に帰ってくるたびにうちに投入して
いろいろ書画をいっぱい書いてくれてます
書画も多分日本で一番博集のものは
実際集めたわけではなくてうちで書いてくれたものがこういうような形で
これもですけどもこれも全部博集の直筆の
これもこれもって指さすぐらい楽奏してある文字があり
本当にカレンダーぐらいの勢いで歌が書いてある短冊がパンパンパンって並んでるんですよ
これはなかなか見応えがある
今月の23、24日土日に倶楽部開きがあるんで
その時はこういったものも皆さんに見ていただけますよっておっしゃってたんですね
倶楽部開きといえば今シーズンのお酒がどうなるのかなって気になるじゃないですか
聞いたら実は今シーズンってお米の出来があんまり良くなかったんです
暑さと大雨と思い出してください去年の夏以来
ですけどそれ故にこういうことが起こるわけです
それを同じ品質に上げていくためにはやっぱり人の技というか
だから米が悪い時こそやっぱり当時の力が発揮できるというか
私の二つ上ですけどもいい当時が今頑張ってくれてまして
今年は当時が力を発揮してくれておりまして
昨日も大銀座の酒飲んだんですけどもとても美味しい酒ができてます
すごい職人ですね当時さんの力をかみしめられることしになりそうです
でさらにですねこの菊美人酒造宮間市だからこそっていうお酒があるんですよ
名前が艶乙女って言うんですがこれ使ってるお米の名前がそのままお酒の名前になってます
この艶乙女ってご飯用の食べる用のお米なんですけどね
本当に名前の通り艶々してて乙女を思わせる小粒のお米なんですよ
よく酒前に使われる山田錦の7割ぐらいしか大きさがないんですよね
これをさらに削っていくんですね
こんな風な味わいになるそうです
非常に米でこのくらい味が違うかというぐらい柔らかいんですよね
非常に今好評で柔らかい味わいです
多分艶乙女で日本酒作ってるのはうちだけじゃないですかね
良いでしょうぜひぜひ味わってください
一つ現地で楽しむには今月3月23、24日土曜日日曜日に菊美人の酒蔵開きが行われます
午前10時から夕方4時まで西鉄の柳川駅とJRの世田谷駅から無料バスが運行されるそうですので
ぜひこれに乗ってお出かけいただきたいと思います
限定酒がずらりさらに聞き酒コンテストなんかもあります
中島リアさんでした
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お知らせです番組のホームページのご案内です
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます
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この番組は三山市の企画共産
餃子の山鉢
道の駅室方
草と共に生きるオーレックの提供でお送りいたしました
ご案内は坂田周大でした
期待ラジオ番組何にもない
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