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2018-02-17 29:02

S3 20回目は神社から探る神功皇后の足跡シリーズ

「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに話を伺っています。
下関の豊浦宮を出発香椎宮をめざした陸路編です。
今回は鞍手町の古物(ふるもの)神社から歩いています。
古物は降るものに通じ、この神社には剣が天から降ってきたという伝承が残っています。
この古物神社には「太宰官内誌」を書いた伊藤常足の屋敷が当時のまま保存されているそうです。
そして、近くにあるのが神崎(こうざき)神社。鞍手町には神功皇后が通過して休んだところが後に神社になったところが多いということ。
ここもそうです。
その先、宮若市の春日神社には神功皇后のこんな話が残っています。
神功皇后三韓出兵の際、皇后の馬の鞍をかけた楠の木がよく茂って暗かったが、その木が倒れて明るくなったことからその地が鞍出といわれるようになったと。
それが鞍手の名前の由来になったという話が伝わっているそうです。
古代の福岡を歩くリポート (中島理恵) 
魚へんに春と書いて「サワラ」。
産卵のために陸地に近づくので春に姿が見られやすいことからついた名前だそうで、脂がのっておいしいのは11月~3月。芦屋の漁師さん達は、鰆を一本釣りして高鮮度処理をするので、その味は格別。
また、夏場に獲れる小ぶりの鰆=サゴシを使って、芦屋町商工会では、特産品を開発するプロジェクトを行っています。レンジでチンするだけの鰆の味噌漬けや、自衛隊芦屋基地とコラボレーションした鰆とヤリイカ(どちらも芦屋の特産品)のカレー「琥珀の空」など、ハイレベルなおいしさです。また、2月24・25日には「第2回福岡ご当地さわらサミット」も開催されます。サミット実行委員長で漁師の中西智昭さんと、芦屋町商工会地域振興係長の吉岡誠治さんにお話を伺いました。
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古代の福岡を歩くシーズン3遥かな昔 海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン3 この番組は
室方市福津市 福岡県観光推進協議会の企画協賛
道の駅村方 福岡県商工会連合会
餃子の山鉢の提供でお送りいたします こんばんは坂田周代です
今夜は神社から神功皇后の足跡をたどっていくシリーズの6回目をお送りします 5回目は倉手町の剣神社まで歩きました
今夜はその続きです お話を神功皇后伝承を歩くの著者
綾杉留奈さんに伺います まず
倉手町の古物神社からです この古物神社の御祭神と言いますとどういう方になりますか
まず中藍天皇と神宮皇后 黄尽天皇という八幡神の御柱ですね
それからすさの尾の御子と大和武の御子と宮津姫の御神という大々の
草薙の剣を持った神々ですね それから古の御霊の神これは剣の神様ということになります
それでこちらの優秀では神宮皇后と中藍天皇が丘の港から
貸し運に行かれる途中でここに留まられたと
それで武将津という場所があるんですけれど そこで上陸して南の方に下ってこの古物神社があるところに留まられたという話が残っています
武将津というところは昔は海岸 海に面していたんですか
少し高さがあるところなんですけれど 現在は全然そこから見ても地面ばっかりで平野が広がって見えるだけですね
03:04
昔の港の跡ということになります
その辺りから上陸されてということですね
ここの優秀というのはどういうものがあるんでしょうか
ここは古物という言葉の由来として
剣が振ってきたという振物という言葉がなまったものだという説が伝わっています
神社は古いものと書きますよね
それは以前高倉神社で少しお話ししたんですけれど
天地天皇の時代に白木の僧侶の道行という人が
飛田神宮から草薙の剣を盗み出しまして そして逃げていく途中でその剣が封を破ってこの倉手の古物神社に落ちたという
そういう伝承を伝えているわけですね
それで振物から古物となったというふうな話が一つあります
ただこの物を見ますとやっぱりここは物述詩がすごく古くからいまして
例えば地名にも厚田とか競田とか賑田など
物述の25部集と言いますけれど
その3部集の名前が地名に残っているという
非常に古くに栄えた場所ということが言えます
で面白いことにもう一つ神宮皇后とは違う古い時代の話として
スサノオの巫女が高間ヶ原から出雲に行く途中でここに立ち寄ったという
そんな話もあるんですね
スサノオが持っていた剣が戸塚の剣だったんですけど
それを3つに割って生まれたのが三女神ですね
それでその三女神がこの倉手町の六畑家に降臨したという話が伝わっています
そうなんですね
それでその持ち物が戸塚の剣ですけれど
先ほどの草薙の剣もスサノオの巫女が山田の卯の尻尾から取り出した
村雲の剣がこの草薙の剣になったということで
それがこの古物神社に落ちてきたというお話になっているんですね
それでその剣の力というのが災いを防ぎそして世を払うということで
06:03
その剣は朝廷にまた持って行ったんですけれど
その神霊がここに宿っているということで
今でも古の御霊として祀られているというわけです
ですから物部氏はその三女神も戦の神として
武神ですね
戦の神として祀っていたというそういう名残が見られるところです
そうです
物部氏と関連のあるところということですね
古物神社古物という
引っ掛けてあるということですね
もう一つ歴史的に有名な
太宰寛内氏という本があるんですけど
それを書いた伊藤常谷の屋敷がすぐ横にあるんですね
伊藤氏は代々の宮司の家系なんですけれど
その方がそういう太宰寛内氏という本をしたためたと
お屋敷跡も横に残っています
そうですか
先ほどの降るものですね
落ちてくる降るものですけども
これ、隕石と何か関係はあるんですか
そうですね
真鍋大学の話によると
古の御霊というのは陰鉄を精錬して作ったものだと
そして仏の御霊です
よくそっくりの名前があるんですけど
それは砂鉄を精錬した剣だというふうに伝えてるんですね
人類と鉄の歴史を見ますと
人類が最初に取り扱った鉄は隕石だというふうに言われています
ですから最近だと
スタンカーメンの棺の中に
傍らに置かれていた剣が陰鉄だったというふうなですね
そういう研究成果も出ています
それがもう3000年も5000年も前の話なので
人類はもう早くからこの陰鉄に注目していたという証ですね
この陰鉄というのは
隕石に関しては近くに農型市があるんですが
その菅神社の御神体が隕石なんですね
そうですか
飛ぶ石ということで
今でも大事に保存されています
この辺に隕石が落ちたのかもかもかも
それはありますね
それは面白い
09:02
古物神社でした
神社の名前は古いものと書いて古物神社と言いますが
それが空から降るものと書けてあって 剣が空から降ってくるという伝承があったり
隕石と関係があったりとなかなか面白い話を持った神社でした 次は倉手町の神の先と書く
光崎神社です ここは御祭神は?はいここも御祭神が忠愛天皇
応神天皇神宮皇后ということで この天皇と皇后の足跡がそのまま神様として祀られている場所ですね
神の先と書いて光崎と読むわけですけれど だいたい古代で神とかいう字がついている場合には地元の有力者
というんですが豪族とか長とかそういう人たちを神ということがあるので
もしかしたらここにも有力な人たちがいた それで神宮皇后たちが休憩ができるような
そういう施設もあったのではないかと思います 距離的にも先ほどの古物神社からわずか1キロ
なんですね そんな近く?はい100館100寮と言いまして
大臣とか貴族たちそれから助官たち いろんな人たちが一緒に歩いて旅をするので休憩所ごとにその後が神社になっている
そういうのがよく見られるのがこの倉手の地域です
そうですか
ということで神宮皇后一行が通過したというか 通ったというか
神という名前がついたところは昔の豪族がいたのではないか そういうことですか
それで倉手町はここで終わりまして 次に行くわけですけれど
実は倉手町には面白い伝承がいくつかありまして 特に祝いの乱についてですね
祝いの乱とかあるんですか
祝いの乱については日本書紀とか古書紀しか その話が伝わっていないんですが
ここの長子にですね ここに祝いの子供の名前が出てくるんですね
その名前が北の岩津と言います
北の岩津
12:01
それでこの時に倉手町の有力者は大和の尾人という人だったんですね
それで一体大和の尾人は祝いについたのか あるいは物延しについたのかという話があるんですけれど
ここは物延しについたということが書いてあります
それで祝いの乱というのをご存知ない方も多いので 簡単に話をしますと
畜死の君祝いという人がいまして そしてその当時は景泰天皇という人が天皇だったんですけど
言うことを聞かないので誰か討伐せよということで
討伐の大将軍に抜擢されたのが物延べの荒戒という人なんですね
物延べの荒戒と祝いの祝い軍が
身の氷今の黒飯からお氷にかけて戦って祝いが負けたと そういう話が日本書紀などに書かれています
その子供がクズコといいまして クズコが命乞いをして
かすや飲み明けというものを差し出したという話がありますけれど
他に子供の名前全然伝わってないんですね
ここにはもう一人北の岩津という子供がいたということです
そこで大和の尾人の方は物延べ氏の末裔だったので
物延べの荒戒の方に味方をしまして そして祝いが負けた後
この北の岩津も負けてしまうわけですね ところが許しを乞うた
それで憐れんでぬぼく奴隷にしたというふうに伝わっています
もう一人とても大事な人物が倉庭にいまして
それが倉地の君といいます この方の話も日本書紀に書いてありまして
当時くだらの王様が生命王といいますけれど その王子が余生という人だったんですね
なんと余生と日本の倉地の君が一緒になって連合軍を組みまして
そして白城に国境を超えて そして砦を作ったという話が書かれています
その時に生命王が援軍を差し出して 自ら出たところ白城軍が王様が出てきたということで
15:07
全軍を挙げて生命王を取り囲みまして 生命王が戦死してしまうんですね
その後次に王子の余生だというわけで 余生と日本の倉地の君の砦を囲んで
日知も札知も行かなくなったわけです
その時に倉地の君が弓の強者弓が強い人だったので 敵軍の一番偉そうな人を撃ったんですね
そうしますと敵が亡くなってしまったために 敵が動揺している間に王子を連れて脱出したというふうに
日本書紀に書かれているんです
その人は王子の余生が喜んで名前をくれた その名前を倉地の君というわけです
日本の名前は何か分かってなかったんですね
そうしますとこの倉手に厚田神社というのがあるんですけど
なんとそこに経緯図にこの倉地の君は クズコの子供だと伝わってるんです
ということで岩井の孫だったんです
岩井の孫がくだらと一緒に連合軍で戦っていたということは
岩井もくだら寄りだったという驚きの事実が出てきたわけです
その倉地の君は今でも倉地神社といって祀られてあります
面白い話が起きてますね
神宮皇后のみならず神宮皇后を支えた人たち 出迎えた人たちがどんな人かって調べていったら
思いがけない続きの歴史が出てきたんですね
ここで大変興味のある話が出てきました
やめの岩井の君に関する話の中で岩井の君の子供の名前として
北の岩津という人物と倉地の君という名前が出てきました
しかも倉地の君はクズコの子供だと伝わっているという話でした
倉手町と岩井一族何やら深いつながりがありそうです
次は宮若市の春日神社です
これはどういう風な祭祀神でしょうか
竹三日月の御徒 仏主の御徒 雨の小屋根の御徒 姫大神ということで
18:01
いわゆる奈良の春日大社と同じような神様が祀られています
ここは神宮皇后の馬の倉をかけたという風に伝わっておりまして
先ほどの古物神社から神崎神社と南にルートがありまして
そして白山礼のところを越えて出てきたところにこの春日神社があるんですね
そこで休息されたというふうなことです
その馬の倉をかけた大きなクスがどんどん大きくなって真っ暗にするほど大きくなったけれど
ある時に倒れて明るくなったので
暗いのが明るくなったということで
暗い出ると書いて倉出と言いまして
これもまた倉手軍の倉手の名前の由来書として出てきます
宮若市の春日神社でした
神社から神宮皇后の足跡をたどるシリーズの6回目
この続きは来週お送りいたします
お話を神宮皇后伝承を歩くの著者綾杉隆さんに伺いました
RKBラジオの安藤豊です
パワースポットで知られる村方大社瀕宮の高宮祭場
この場所は古代に沖ノ島と同様の祭祀が行われていた信仰の場でした
古代の祭祀に始まった村方瀕宮は今なお続く公開安全を願う信仰の場として世界遺産に登録されました
世界遺産神宿る島村方瀕島と関連遺産群を私たちの手で守っていきましょう
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです
こんばんは今日は丘の港神社とか道山とか神宮皇后にまつわる伝説のある足矢町から面白いもの見つけたので紹介したいと思います
実は足矢町ってサワラ
お魚のサワラがとれるところなんですよ
そのサワラなんですけど聞いてきたら
春の魚へんに春って書きますでしょ
春がやっぱり美味しいんですかって聞いたら
春になると産卵のために私たち人間が目に入るところにやってくるので
春っていう字が使われてるのであって
美味しいのはやっぱ寒い時期なんですって
11月から2月3月ちょうど今時期なんですよ
油が乗ってて魚体も3キロサイズになるのでお刺身叩きで美味しいんですが
21:02
実は夏場ってちょうど半分ぐらいの大きさになって
サワラと呼ばれずにサゴシって呼ばれるんですって
でこういったものもうまく活かしたいなというので足矢町では商工会の特産品開発プロジェクトとして
このサワラを使った商品をいろいろ作ってるんです
一つは味噌漬け
真空パックにしてレンジでチンするだけなんですよ
すごい手軽な味噌漬けを作ったり
あと航空自衛隊の足矢基地とコラボレーションしてカレーを作ってます
サワラ入りカレー
そうサワラともう一つ足矢町の特産品ヤリイカがあるんですが
これ両方が入ってるレトルトのカレーなんです
その名も琥珀の空
これパッケージが手元にあるんですけれども練習機の機体がついてて
一見これ何のパッケージだかよくわかんないんですが
カレーなんですね
そうなんですよ
実際に封を切ってポッと開けると中からゴロッと
本当にオッケーサインを出すぐらいの大きなサワラがゴロゴロ
そしてヤリイカがゴロゴロって出てきて
これが最高にいい出汁が出てるんです
美味しそうですね
話聞いてるだけでも食べたくなりました
本当に私心の底からレトルトカレーの今ナンバーワンがこの琥珀の空です
まさかのこの練習機のパッケージ
そうなんですよ
こういったこといろいろ作ってらっしゃるんですが
実は来週の土日2月24、25日にさらなる企画が
第2回福岡ご当地サワラサミット2018というイベントが行われます
すごいですね
ボートレースアシアでこの街の外の方も参加してるんですが
17店舗が考えたサワラを使ったグルメが集結するんです
食べてもらって投票してグランプリが決まるんですが
グランプリにはこれから先サワラのメニューを作る時のサワラそのものと
あとPRの支援が行われます
実行委員長で漁師の中西智明さんに
いろんなメニューが出てきたそうですねと聞いたら
丼、シューマイ、春巻、カツ煮、バーガー、お焼き
すごいことになってるんですが
こんなふうにおっしゃってました
いろんな料理の手にかかればいろんなものに化けてくるんだなと
こんなに多大なメニューができるのかなと
パサパサする感じでもないし
いろんな具材とかけ合わせてやってるんで
サワラだけじゃなくいろんな野菜なり
他の具材を使っているという感じで
マッチングはOKかなと
そこまで私もできるものとは分からなかったんで
ちょっと驚いてますね
いろいろ揃ったんですね
先ほどの琥珀のスラムを一緒に作っている中西さんが言うから
この17店舗のメニューすごい期待できるんですが
しかしこんなにサワラで盛り上がっているところって
聞いたことないなと思って
この属産品開発プロジェクトを支援している
足屋町商工会地域振興係長の石岡誠司さんに聞いたら
24:04
こんな答えが返ってきました
サワラそのもの自体が珍しい魚じゃないでしょう
皆さんご存じの魚ですね
ただそうなんですけど
例えば町であるとか我々商工会もそうですし
漁協さんとか観光協会さんとか
いろんな町全体の団体さんが同じサワラというもので
協力して団結して町お越しをやろうというようなところが
この足屋町のイベントにもつながっていると思うんですよね
だからそういうところってそうはないと思うんですよね
確かに
そうなんです
この足屋のサワラの力について
先ほどもお話聞きました
漁師の中西智明さんに聞いたんですが
このオンガ漁業協同組合足屋町で
皆さん獲っていらっしゃるんですが
こんな獲り方があったんです
私たちの漁協は網は使わずに
一本釣りという形で獲っています
網で獲ると魚も痛むんで
漁法とするやっぱり一本釣りの方が
実は綺麗になり
そういう方も網目がつかずに
一匹一匹丁寧にあげて
血抜き作業として
抗鮮度処理というのをやってますんで
なお今まで以上に
身の持ち方がいい形で
市場に出してますね
なるほど
私のお昼ご飯を取材に行った時に
商店街の大丸ってお見せいただいたんですが
このサワラの刺身が
刺身いいな
びっくり
こんな言い方変なんですが
刺身に対してクリーミーなんです
クリーミー
とろーっと滑らかに舌触り
ああそうですか
塩で食べて美味しいんですよ
塩で食べて食べたいな
でしょ
絶対アシア町に出かけて
サワラ三昧してください
それはちょっと現地でね
いただきたいですね
まずは来週の土日
2月24、25日
ボートレースアシアで行われます
このサワラサミット2018で
アシアのサワラ満喫してください
リポーター中島理恵さんでした
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この番組は
室方市、福津市、福岡県観光推進協議会の企画共産
27:01
福岡県商工会連合会、餃子の山鉢
道の駅室方の提供でお送りいたしました
ご案内は酒田秀大でした
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