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S10 3回目は高良山と安曇磯良です。
2024-10-20 30:29

S10 3回目は高良山と安曇磯良です。

安曇族の長である安曇磯良は大川市の風浪宮の初代宮司となりますが、磯良は高良山とも関係が深いといわれます。
磯良は神功皇后に仕え、朝鮮出兵では水先案内したり、神功皇后の手足となって大活躍します。
その功績で、神功皇后は高良山の支配権を磯良に与えたといいます。
当時、高良山では胴が採れていたそうですから大変な支配権です。
古代でも、船代や軍備費は必要だったようで、住吉族には水田~裂田の溝を与えたのだそうです。
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00:09
古代の福岡を歩くシーズン10。
遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる古代の福岡を歩くシーズン10。
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こんばんは、坂田周代です。
先週は安曇の磯羅関連の神社大川市の風呂宮を歩きました。
今週は安曇族の長であった安曇の磯羅と久留米の甲羅さんについてお送りいたします。
お話を神宮恒豪伝書を歩くの著者、綾杉るなさんに伺っていきます。
まず鹿の島の鹿海神社と甲羅さんの共通点について。
甲羅さんといえば山の上なんですけれど、
今甲羅大社は昔は甲羅玉垂れ宮といっていたんですね。
それで甲羅さんの、甲羅大社の拝殿の前に立ちますと上の方に竜の木彫りのものがあるんですね。
正面向いてるじゃないですか。
普通ならその背景には雲が描かれるんですけど、
こちらは波なんですよ。
なるほど。
ということで海の竜ですね。
ということは和田積みの神を象徴していると考えられるんですよ。
そして玉垂れ宮という言葉の由来そのものが、これまでずっと話してきた寒寿満寿。
それが甲羅さんに持ち込まれたというふうなことからついた名前だと。
これは前の宮司さんに伺ったんですけれど。
03:05
それで今日はそのお話をしていきたいと思いますけれど、
甲羅さんの縁起を書いたものに、甲羅玉垂れ宮神秘書というのがあるんですね。
神秘書と略しますけれど、神様には覆面の布を奉納すると書いてあるんですよ。
覆面の神様といえば、厚見の磯羅ですよね。
厚見の磯羅が現れるときに海の中から白い覆面をつけて現れると書いたのがありましたね。
それでずっと昔、今は知りませんけど、
昔は神様に覆面の布をちゃんと毎年奉納していたというわけなんですよ。
それからもう一つ、甲羅大社の方にはねのひの松というのがありまして、
それで甲羅さんの神様が最初に来られたときに三本の小松を持って来られたと。
それでその祭りが復興しまして平成時代に。
それでねのひというのはねうしとらというねのひですね。
ですからお正月の一番最初のねのひに三本の小松をふもとの方から奉納して、
そして拝殿の裏手の方のですねピーク、山のところに植えるという行事が復活したということなんですね。
ねのひの松といえば鹿の島で何度も聞いたじゃないですか。
それで鹿の島の方の鹿海神社の縁起の絵巻の方にも一番上に三本の松が書かれてるんですよ。
そしてその補謝祭のときに御弟子の人たちが置き継ぐで柄も取った後中継ぐですねに行って、
そして唱えるのが埋納の岸の姫松と。
それから二年に一度行われる御神光祭のとき、
磯羅が舞うそのときの言葉が埋納の岸の根の松屋と。
それを三回となる。
埋納の山のって言いますよね。
そうそうそうそう。
で結局鹿の島に伝わっている三つの根の日の松というのが何らかのシンボルなんでしょうけど、
それをやはり安住の磯羅が甲羅山に最初に入ってくるときにそれを植えたと。
06:00
そういうお祭りがあるんですね。
たぶんおそらく甲羅の神様が誰かというのは明確になっていないとは思うんですけれども。
そしてこの甲羅玉垂れ宮の縁起絵巻の中にどういう形で出てくるんでしょうか。
そうですね。それで甲羅山の絵巻物もやっぱり三冠出片のときのお話なんですね。
それで海の中道で四式神社の浜辺で安住の磯羅が出現したと。
そういうのがまったく同じように絵に描かれているんですね。
でその時はやっぱり黄金の亀に乗って、そして胸にカッコという大きなつずみを持って、両手に鉢を持って、
そしてもう踊りながらやってくると。そういう絵が描かれています。
そして縁起絵巻にもやっぱりその時の様子が伝わっていまして。
そこではですね、白木が10万もの兵を連れて日本に攻めてくると。
数はオーバーなんですけれど、それを知った武之介が何とか食い止めようということで、先に向こうに攻めようという話になるんですね。
それで水軍の援助がどうしても必要だということから、自分の妻の豊姫を鹿の島に連れて行って、そして安住の磯羅に交渉するわけです。
でその時にやっぱり磯羅神は海の中にいたけれど、柿柄とかがついていて恥ずかしがって出てこなかったと。
それで八乙女が舞を奉納すると、それならそこまでされるならと言って援助を約束したというお話なんですね。
そして敵の国に近づくと敵の船が迎え撃って、そして武之介が漢字を投げ込んだら海の潮はサーッと引いて、
敵の兵たちが降りてきたところに漫字を投げたら潮が満ちてきたと。
そうして戦いに勝ったんだというお話になっているんですね。
やはりここも津波のお話がそういう形で伝えられているというわけです。
この絵巻の中で竹内スクネが磯羅の神ということになっているわけですね。
そうですね。神様が実は磯羅の神と、磯羅たまたれの御事というのは別の神様なんですね。
09:02
そうですか、その辺がややこしいですね。
そうですね。ずっと福岡県の神社を回ったら厳然とした使い分けがあって、江戸時代になってあまりわからなくなったということなんです。
歴史が1800年も続いたので神様が途中で変わっちゃったというわけなんですけど、いくつか書物がありまして、
元々上宮の方がたまたれの御事が鎮座するところで、安住の磯羅が住んだと。
そして下宮社の方が甲羅の神といって竹内スクネが鎮座していると、そういうふうな使い分けがあったわけなんです。
それで江戸時代も終わりのに有馬の殿様が久留米に来られた時に神様のことを聞かれたらうまく説明ができなかったと。
これに住吉神も混じってきていたんですね。
それで竹内のスクネにしときなさいと殿様が決めたという話を神社で伺いました。
それは決めときなさいというのは甲羅たまたれの御事は竹内スクネと。
どっちも竹内スクネという。
どっちもですか。それでややこしいんですね。
江戸時代の前までは使い分けがあったんですね。
先ほどのおっしゃったように。
そのたまたれというのが柑橘饅頭なので柑橘饅頭を持ち込んだのが安住の磯羅だというわけなんです。
なぜそんな混乱が起きたかというのが実は白スキの絵の戦いですね。
それが影響しているわけなんです。
それは神秘書に書かれている内容なんですけれど。
和国が敗戦しますね。白城と唐の連邦軍に敗戦するんですけれど。
その時に結局安住族が上宮の方にいたわけですけど。
長野でもお話ししてありましたけど。
安住の磯群そしてこちらから安部の磯群という戦団を出して滅びてしまったわけなんです。
ということですっかり弱体化してしまったと。
そしてそこに時の朝廷が仏教を取り入れなさいと言ってくるんですね。
でもすでに筑後平和はどんどん仏教が入ってくるようになっていて。
最後の取り出が甲羅山だったわけです。
ところがその当時ゲグ社の方にいた大堀家といってお祭りをしていたのが物部氏だったんですね。
12:05
物部の実丸の靖という人が当時の大堀家だったんです。
それでもどうしても甲羅山を守るためには仏教を入れなくてはいけないと。
そこで一家を安置したわけなんです。
それはたまたれの御事が王様用のお経を読んで自分も出家すると発信されたというわけなんですね。
それで自分はもう菩薩になると。
その代わり空席になった神様のところは物部の実丸に任せると。
そういう作戦が降りたという話になったんですね。
それで結局実丸はゲグの大堀家でもありながらも上宮のたまたれの御事も自分の体で受けたということで荒人神になったわけなんです。
それを俗体という言い方をするんですけど。
そういうことで2つの神道を引き受けたわけなんですね。
そして仏教が入ってお寺ができたわけなんです。
それでもう何百年も経つとやっぱりたまたれの御事は誰だ大仏達は誰ぞやとなってきたときに
もう物部実丸と一緒なら上宮の方も物部氏だろうという話になって
それで両方とも物部氏となったわけなんです。
じゃあ物部氏の祖先は誰かというとそれが竹内スクネなんです。
竹内スクネの本名もずっとわからなかったんですけれど
このゲグの方では物部康面という人だということが書かれてるんですね。
それでその物部氏の祖先が竹内スクネなので
甲羅山の神様は竹内スクネだというようなことになっていたわけなんです。
聞いただけではわかりにくいかもしれないですね。
そこで演技の絵巻物に戻りますけれど
演技の絵巻物には柑橘饅頭を貸して
安住のイソラが船を出すというときに
竹内スクネと面会するシーンが描かれてるんですね。
でイソラは白で描かれます。
それから竹内スクネは黒ドン様っていって
15:03
黒で描かれるのが習詞だったんですね。
それで浜辺で二人で対面しているところです。
ですから本来なら竹内スクネが水軍出してもらいますからよろしくというところが
甲羅山の絵巻物は安住のイソラが手をついて
神下の礼儀をしているという絵に変わってるんですね。
それでちょっとここストーリーがうまくいかないなと思っていましたら
影響を受けない地域の絵巻物がありまして
佐賀県の地理区八幡宮にも同じような演技絵巻がありまして
それで竹内スクネが安住のイソラに対してよろしく頼むと
頭を下げているシーンが描かれているんですね。
こういうことで中央では書き換えが進んだけど
影響のないところは書き換えが進まなかったということで
元々の姿が佐賀県の方に残っていたわけです。
今週は安住のイソラと久留米の甲羅山について
神宮恒豪伝書を歩くの著者綾杉留奈さんに伺っています。
それでこの安住のイソラですけども
なんで甲羅山にやってきたんですかね。
はいそれが神宮恒豪が関わってくるんですけど
やっぱり弥生時代といっても支払いが必要だったんですね。
船賃ですよ。
論考交渉とも言いますけれど
安住族の船を出してもらって
そして食料も武器もですね
そして水兵さんたちってみんな武士でもあるわけですね
戦い手でもあるから
そういうふうな人権費とかですね
支払いがいったんですね。
それで神宮恒豪は一番
福岡の筑後平野でも中核を成していた甲羅山の支配権を与えると
甲羅山にはですね銅山があったんですね。
銅は出た。
この銅は弥生時代すごく出るじゃないですか。
それで銅山といえば田川市の河原岳も銅山で有名ですけど
ここもですね甲羅山と彦山がその銅山を巡って争ったという話があるんですね。
それでやっぱりこの甲羅山の銅山
18:01
それから石ですね
温弱石
昔チョークで石で書いてましたね
この温弱の石が羊甲炉
糸島の羊甲炉に必要だったんですね
ルツボが土器でも出ますけど土器だと割れるじゃないですか
それでこの甲羅山の温弱が柔らかくて加工すらずに割れにくいということで
中和江天皇がここまで交渉しに来たこともあったんですね
ですからそういう鉱物が採れるというのはやっぱり甲羅山にとっては一番の利益だったというかメリット
それからやっぱり港ですね
これは風呂具のほう
風呂具のそばには絵の傷といって国際鉱があったんですね
どんだけ国際鉱だったかというと
ローマ字で書いた外国の中世時代の地図にも絵の傷って書いてあるほどの国際鉱だったんです
ですから外国から日本を目指してくるときにはまずこの風呂具を目指してくるという
そういう国際鉱
そこに結局神宮皇后があずみの磯羅に和田積みの神を祀らせてありますよね
ということはここ港を使用権を宣言するという
そういう意味合いがあったわけなんですね
それでずっと磯羅あずみ家が代々風呂具を守ってある
そういう歴史があったわけです
支払いというのに関しては住吉族もやっぱりあったわけです
それについては日本書紀の方に書いてあるんですね
住吉の神がまた千葉家天皇が御建材の時に要求したのが
天皇の船を自分にくれと流船ですね
それと水田が欲しいと
この船2つの条件を飲んだなら船を出すと
そういうことを言ったんですね
これは日本書紀に書いてあるから知られていることなんですけれど
その時に千葉家天皇がものすごくお怒りになったと
神が何の船に乗ったらいいんだということで
それが亡くなる原因にもなったと書かれています
それと水田は中川市の作田のうなでですよ
21:02
住吉神社が各地にありますけれど
中川市に荒人神社がありますね
あそこが住吉の神様の一番最初の元宮なんですね
そこに書かれているのが住吉族のために作田のうなでを掘ったと
今でも作田のうなでは現役ですよね
中川市だから中川という立派な川があるんですけれど
平野の中の低い方を流れているから
水田を作るにはいちいち水を持っていかなきゃいけない
そこで武之内少年がどうしたかというと
山田の上流ですね
伏見神社があるところに水をせき止めまして
そして平野の高い方をずっと通ってまた中川に合流すると
そういう作田のうなでは住吉族のためのものだったということです
今週はあずみの磯らとくるめの甲羅さんについて
神宮恒豪伝書を歩くの著者綾杉るなさんに伺いました
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです
こんばんは
古代の福岡を歩きには外せないエリア
糸島でおいしい一品に出会いました
お菓子なんですけど糸島レモンケーキ
レモンケーキ
いいでしょうね
丸いカステラ状のふわっとしたスポンジの上に
そう来ましたか
かかってるんですよレモン
レモンというかレモンチョコレートみたいなのがかかってるんですが
ちょっと今坂田さんが言ったのよりは30段ぐらい上です
この糸島レモンケーキ
作ってるのはフランス菓子かつみの糸島店なんですけど
海産のふもと小淵のバス停の近くに南仏風の白い壁のお店があるんですよ
このかつみって本店は小倉なんで
北九州の人がこつみって小倉じゃないって思ってるかと思うんですが
このオーナーのくすもとかつみさんが
若い頃から大好きだった糸島で念願の2号店を作って
その記念に作ったのが糸島レモンケーキなんです
買って帰ってきましたぜひお召し上がりください
なんかこう
ちょっと小振りの感じで個別放送ですけどもいただきます
まずこのレモンの香りがいいですね
きましたでしょ
そしてこの口の中で絶妙のバランス酸味と甘みと
24:02
この香りがね今まで食べてきたレモンケーキと全然違うんです
ちょっとあの果肉のような皮なのかな
入ってますよ中に
発見しちゃいましたね
その正体についてフランス菓子かつみ代表取締役の
くすもとかつみさんに聞きましたよ
レモンの皮を砂糖漬けしてシロップで炊いて
それを自家製で作っているのでそれを細かく刻んで
レモンケーキに入れたりジェラートに入れたり
ということをしているので100%
いとしまで香りがいいんですよ
いとしまのレモンは本当香りがいいしすごい
食べ進むにつれ本当にこういとしまの味が口いっぱい広がります
幸せになるでしょう
あの私もレモンケーキ派じゃなかったんですけど
このいとしまレモンケーキ食べて最高って思ったし
実は作っていらっしゃるくすもとさん自身も
レモンケーキ派じゃなかったんですって
パサパサしやすいし唾液を取られるっていう感じがあるので
そうならないようにしっとりするように工夫したんです
しっとりしてます
でねレモンだけじゃないんです
卵も小麦粉もいとしまさんなんですね
素材の良さは分かりますよ
うわすごいって言うとこんな風に返されました
自己満足ですよ
いとしまの卵といとしまの小麦粉と
いとしまのレモンを使うことで
いとしまのお土産として価値は上がるのかな
負荷価値がですね
だからそれが一番の目的ですね
全体の配合のうちの5割までいかないですけど
5割弱ぐらいがもういとしまで取れたものを使ってるんで
もうこっちも自信持って
いとしまのお土産として持ち帰りくださいって言える
こだわりと手間暇かかってますね
そうなんですよこの美味しさ
実は持ち帰りもちろんなんですけど
ジェラートにも活かされてまして
ジェラート
このいとしまレモンのジェラートがあるんですよ
爽やかそうでいいな
今まで食べたレモンジェラートと別格です
独特のカツンと当たる感じは全くない
レモンの香りだけがずっと口の中に広がるんですね
それだけじゃないんですよ
もっとまたいいのがあるんですって教えてもらったのが
いとしまの生島農園さんでしか作ってない
いちごっていうのがあって
レディアっていういちごらしいんですが
これを使ったジェラートもすごいんですよ
アマオウでも十分美味しいのに
このレディアっていういちごだとどう違うのか
語っていただきました
果肉の果汁の量とか
ジェラートにしたらアマオウとレディアの差ってのは
すごいんですけど
レディアの方が
植物性が少なめ
果汁が多い
パンパンなんですよ
いちごが
27:00
それぐらいすごく美味しいですね
レディア
ジェラートになってもいちごがパンパンでした
いちごのちょっとした酸味と
かなりの甘さと香りが口の中にプワーッと広がるんですけど
甘さが抜けるんで
ドリンクいらず
最高のジェラートをいただきました
マノオウ・クスモトさんご本人も
このね僕の店があるかやさん周辺はまだまだのんびりした雰囲気なので
ここでいい景色見ながらリラックスして仕事してるんですよっておっしゃいました
この糸島の美味しさ
ぜひフランス菓子かつみの糸島店で
かみしめてください
中島リアさんでした
ここで番組からのお知らせです
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これまでの放送内容と
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道の駅村方
餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました
ご案内は坂田秀大でした
×少女隊の×ラジオ隊
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青井リドマです
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