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2025-03-10 10:12

#166 宝石とラーメンと着物の共通点・・・御徒町の宝石街に学ぶ市場創造


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サマリー

御徒町の宝石街では、宝石店が集まり地域市場が形成されています。宝石業界の集積は職人文化に根ざしており、ラーメンや西陣織など他の業界でも同様の成功が見られます。

御徒町の宝石街の形成
はい、こんにちは、清鷹です。今日はですね、宝石とラーメンと着物に共通することっていうお話をするんですけど、
なんか謎かけみたいなことになっちゃってるんですけど、結局何なんだというとですね、
集積の力というんですかね、同業者が集まってですね、場を作ることのパワー、
すごいなというふうに思ったんですよ。そのきっかけというのがですね、
先日まで東京に出張に行ってたんですけど、泊まってたホテルがですね、御徒町だったんですよね。
あまり僕、東京は詳しくはないんですけども、
ちょっと時間が、少し自由に使える時間があったんで、
街中を歩こうと思って御徒町の街中をふらふら歩いたんですよね。そしたらね、
道の両側がずらーっとその宝石屋さんばっかりなんですよ。石屋さんばっかりなんですよ。
で、これ何なんだろうなぁと思ってですね、
もうどうなんでしょう。ずらーっと何百キロって言って、
宝石商なんですよね。すごいなぁとこれを思ってですね、
Googleマップなんかを見てみると、
通りの名前がルビーストリートとかサファイアストリートとか、
翡翠アベニューとかですね、なんかそんな名前がついてたりするんですよね。
この辺一体が宝石の街なんだなぁというふうに思ってですね、
で、チャットGPTの方でですね、
ウェブ検索ができるモードがあってですね、それで聞いてみたんですよね。そしたらね、
いやー、オカチマチがね、こんなふうに聞いたんですね。
オカチマチにずらーっと宝石店が並ぶ通りがあるんやけども、ここはどうしてそういうふうになったの?って。
そしたら、こんな答えを返してくれましたね。
オカチマチが宝石店の街として発展した背景には、江戸時代から続く職人文化があります。
当時、オカチマチ周辺には、かんざしやういどめなどの装飾品を手掛ける職人が集まっていました。
これらの伝統的な技術が昭和に入って、宝石の加工業へ発展して、現在の宝石店が集まる街並みが形成されました。
さらにオカチマチでは、宝石の加工、石の販売、
空枠というのかな?要は枠ですよね。宝石を留める製造など、各工程が専門店による分業体制で行われています。
この効率的なシステムが多くの宝石関連業者との集積を促して、全国からプロが集まる宝石の街としての地位を確立しています、ということだったんですよ。
ラーメンと着物の文化
オカチマチというのは下級物資なんですよね。
下級物資は整形を立てるために、さっきのお話のように、かんざしやおいどめなどを副業で、内職みたいなので作っていたということみたいなんですね、どうやらね。
このチャットGPTの個体の元になっている情報源というのが、TBSのテレビ番組みたいなんですよ。
そこを見ていくと、ガッチリマンデーという、日曜日の朝に放送されている、なぜかマンデーなのに、サンデーなのにマンデーなんですけど、
2009年の放送のページが出てきたんですよね。
そこで言うと、歩いて10分ぐらいの県内に、宝石関係の店が1800店以上あるらしいんですよ。
そのうち、1800店のうち1600店ぐらいは卸売りの店らしいんですよね。
そんな感じらしいんですよ。
なるほどなぁと。
ここに来たら、言ってみれば、必要な宝石のことがすべて完結するという、そういう街になっているということなんですよね。
こういう同業者が集まって場を作ることで、さらに場が人が人を呼ぶような形で大きくなったりとか、
あるいは関連の産業が出てきたりとかいうことで、だんだん大きくなると。
そこ自身がマーケットの中心地になり、市場そのものを、マーケット自身を作っていくという、
そういう好循環がおそらく生まれたんだろうなということなんですよね。
振り返ってみると、こういう事例って結構あるなぁと思い始めて、その一つがラーメンなんですよね。
ラーメン店も地域ではラーメンストリートみたいなのができて、ここに来たらいろいろなラーメンが食べれるみたいな感じで、
お客さんがすごく集まってくるとか、話題になってマスコミでも取り上げられて、またさらにお客さんが増えてみたいな、
そういう循環をしていくような場ができるというようなこともありますよね。
僕は以前に西陣織関係の仕事をサポートする、そういう仕事をしていたこともあるんですけど、
西陣織は着物を、帯とかそういうのを作っている。西陣なんかでも同じようなことが言えますよね。
その地域で西陣織を作ると。
その西陣織を作るためにはいろいろな工程があって、旗織りの機械、機材、材料とかいろいろなものが必要になってくるので、
そうしたことで関連する業者さんも出てくるとかですね、糸屋さんも出てくれば、旗屋さん、旗、旗梁展って言うんですけど、
機械とか材料とかですね、そういうのを売ったり作ったり直したりするような方も出てくるとかですね、
そういうようなことで一つの町に形成していくわけですよね。
そういういろいろな事例が出てきますし、実際その共同組合とかって、いろいろな業種が組合作ってやられますけれども、
そういうのも一つですよね。情報交換をしたりとか、いろいろなメリットがあって、特に西陣なんかは今だいぶ右肩下がりの状態ですけれども、
市場が、マーケットがですね、成長していくタイミングにおいてはですね、非常に効果的に働くわけなんですよね。
共同体としての効率性
個々に見るとライバルなわけなんですけれども、競争していくわけなんですけれども、
競争そのものがですね、協力につながっていく、結果として協力につながっていくような、そういう仕組みというのか、
そういう構造というのをですね、うまく作っていくということが大事なんかなというふうに思うんですよね。
僕も今はコンテンツクリエイターズクラブみたいなコミュニティに所属をしてですね、いろいろな情報発信、このスターFもそうですけれども、いろいろな発信活動をしてますけれども、
それはテーマがかぶらないからライバルじゃないのかもしれないんですけれども、
志を同じくする人とかですね、そういう方たちと場合を共有してですね、いろいろな情報も交換しながらやっていくとかですね、
そういう部分って本当に大事だなというふうに思ったわけなんですよね、改めてね。
今日は宝石とラーメンと着物ということで結びつけてみたんですけれども、もう結びつけてみた共通点を結びつけてみたわけなんですけれども、
もう少しですね、このオカチマチの宝石街の部分からですね、発展、発想を広げてですね、またちょっといろいろな築きの部分をですね、お話をしたいと思うんですが、
今日はですね、ちょっと時間もかなり、しゃべっている時間もかなり長くなっちゃいましたし、テーマも3万になりそうなんで、
一旦ここでこの回は終了ということにしてですね、また次回別の日のですね、回でこの辺りさらに深めるというのか、他の視点からもですね、ちょっと見ていきたいなというふうに思っております。
はい、それではですね、今日はこれぐらいにして、また次回お耳にかかりたいと思います。さよなら。
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