続・喫茶店つくるつくるラジオでございます。 パーソナリティの喫茶店コニカリン以下、編集予定のこうと。
友人は、話し相手のメリです。
7月の19日の収録の4本目、最終回になると思いますが、
先週、先々週ね、
えかふさんに来ていただいて、初のゲスト回、初のメリのMC回ということで、
どんな風に、どんな仕上がりになっているのか、楽しみですけれども、
今週はちょっとね、なんていうか、明確なネタがあるわけではないんですけれども、
あるわけではないので、
雑談みたいなことになるんですが、
映画を見ました。
もう久しぶり。
映画館で映画を見たのは3月以来。
今7月なんで、もう。
僕は別に映画批評ができるわけではないんで、別にその内容をしっかり話すわけではないですけども、
一応ね、
急に具合が悪くなるっていう、
浜口隆介っていう監督の作品なんですけれども、
カンヌでね、主演の女性の俳優が、
主演俳優賞かなんか、女性主演俳優賞かなんかを、カンヌ映画祭で獲得した、
というので、一応話題にもなったしっていう。
で、浜口監督っていうのはすごいいい監督なので、
見てきまして、
なんていうのかな、
誰しもがそれをついつい言ってしまうから僕も言ってしまうんだけど、
ちょっとやっぱ長いのよ。
3時間17分。
長い。
国宝よりも長い。
より長いの?
より長い。国宝多分3時間ぐらいだったんじゃないかな。
そうですね。
だからね、なかなか行くっていうことになったときに、
ちょっと見てこうかなみたいな気分ではないっていうのはあるんだけど、
いやでも素晴らしかったですよね。
僕ちょっと今膝が悪くて、
椅子によって同じ椅子に長時間座ってると、
それだけで膝が痛くなって、
よっぽど歩いてたりとか立ちっぱなしのほうがいいぐらいで、
体勢をくるくる変えないとっていうことがあるから、
それだけがちょっと辛くて、
3時間座ってなきゃいけないから。
いい席にしなかったんですか?プレミアシートみたいな。
いい席にはしなかったし、
いい席にしたとてなんだけどね、この膝に関しては。
これ足のコンディションがね、
そういう意味で時間はやっぱりちょっと気になったというか、
足が痛いことによる時間は気になったけども、
これ足が痛くない、コンディション良ければね、
ずっといい気持ちで見られたなっていう感じの映画だったんですよね。
全然ストーリーとか知らなくて、どういう系の?
一応原作はあるんだけど、
文化人類学科なんかの女性と、
哲学者の女性の往復書館。
手紙のやり取りをするっていうので、それで一冊の本になるっていうのがあるじゃない。
書籍の種類の中でね、往復書館っていう。
その往復書館が原作になってて、
しかもその哲学者の方は、
癌を患っていて、
タイトルの急に具合が悪くなるっていうのは、
彼女の病気の具合のことを言ってるんだけども。
だから僕もね、映画を見るまでは、
登場人物がね、
事前の予告編みたいなので、
登場人物が日本人と外国人になっててっていうところはね、
うまく変えられてるというかね、
映画バージョンになってるっていうのは分かってたんだけど、
その二人が僕、手紙やり取りをする様子を、
描いてる映画だと思って見に行ったんだけど、
全然違った、それは。
僕は原作の方は読んでないから、
はっきりとは言えないんだけれども、
これは推測ではあるんだけどね。
ごめんね、本当につまらないですけど、
僕、映画を見てよかったからさ。
原作も、存在はなぜかすごく知っていて、
なんか読んだことがあるんじゃないかぐらいの気持ちでおったわけよ。
で、おそらく結果的には、
僕、たち読みはしてるんだよ。
何年か前にたち読みはしてるはず。
だから一部は読んでるから、その往復書館はね。
だから本の存在はすごく知ってて、
内容は覚えてないけども、
持ってるつもりぐらいの気持ちがあって、
映画帰ってきてから、
本棚にないかをわー探したのよ。
買って読んでない本もたくさんあるから、
つんどくしてないかなと思って、
いや、持ってるはずだと思って探すんだけど、
それは持ってなかった。
持ってなかったんだけど、
文化人類学の方の磯野さんっていう人の、
一人の方の誕生がね、本棚にあって、
あ、この人じゃんと思って、
その本はいつ買ったのか全く覚えてないのよ。
順番的には、
急に具合が悪くなるっていう、いわゆる強調だよね。
往復書館の後に出てる本を僕は買っているのよ、
この磯野さんの誕生ね。
ちょっと初めに、序文と最終章が非常にページ数が少なかったから、
なんか読んでみたら、
なんかね、むちゃくちゃ面白くて、そこだけで。
むちゃくちゃ面白く、
この急に具合が悪くなるのことも登場するわけよ。
あのとき往復書館やっていたときの内容みたいなことも、
出てきてて、
この本、そこで書いてあることを読んだことによって、
あの映画のあのセリフはこれから出てきてるんだ、みたいなことが、
ボロボロ出てきてさ。
原作を読んだわけじゃないのに、
違う本で、
あの画場面はこういう考えのもと?
ちなみに僕が読んだ本のタイトルは、他者と生きるって本なんだけど、
他者と生きるとはどういうことだ?みたいなことが書かれている本なんだけれども、
それにすごく深く関わるというか、
すごく関連していることが、映画の場面の随所に出てて、
いや良かったねって話。
まあそうなるよね、リアクションは。
いいですよ、めりさんのそのリアクションは正しいし、
今このラジオを聞いてくれている多くのリスナーがその、
全然知らないからね。
そうだよね、実はこの他者と生きる、
まだね、真ん中のね、1章2章は全然読めてなくて、
さっきも言ったように、第3章が最終章なんだけど、
序文と最終章しか読んでないんだけども、
あまりにも良かったからさ、本当はこのラジオで、
どう良かったか、この映画じゃなくこの本をどう良かったかをね、
まとめて、それを今日紹介したいと思って、
準備はしてたんだけど、全然僕の能力では落ち着かなくて、
時間的にも間に合わなくて、
昔の造詣論を語った時みたいな、
訳の分からんことを永遠と話す、
こうみたいな感じになることが目に見えたんで、
こういう外側だけの話しかしないけども、
っていうことがあったよっていうね。
登山あるでしょ?
イヤホンしてないよね、登山では。
もちろんしてないし、それこそ電波入らん場所とかもあるし。
そしたらたぶん歩きながらさ、絶対なんかを考えてるわけじゃん?
そう、何考えてんのかな?
あんま難しいことは考えない、どっちかって言うと空っぽにする。
いい感じで別に、考えてるより難しいことではない。
いや、空っぽかな?
空っぽっていうか、もっと自然に意識がいってる。
鳥が鳴いてる、あの鳥何やろ、近くにいるかも、この花何やろとか、そういう発想。
土の匂いするとか、この匂いがもういいねみたいな。
空気いいわとか、自然の環境にどっぷり浸かることが私は癒しだから、
あんまり考えることはしてない。
一回試して、別に考えるのがいいとか、そういうこと言いたいわけではなく、
何だろうか、私は今何を思ってるんだろうかみたいなことを一回ちょっとトライしてみて。
できるだけ無にしたいって思うんですよね。
だからその後、温泉とかも行くんですけど、
サウナ入って、水風呂入って、ちょっと整うみたいな時間とかもあるんですけど、
いかに何も考えないかみたいな。
わかるよ、いかに何も考えないかで、本当に何も考えていないのであれば、それはベストなんだけども、
その状態ってなかなか僕は難しいと個人的には思ってるのね。
そうすると何かを考えてるわけよ。
でも、それが何かわかってないわけよ。
今別に覚えてる覚えてないじゃなく、絶対何かを考えてるのであるから。
遠いことはあまり考えない。
多分何か考えたとしても目に入ったものに対して何か思うとか、
そんなことに頭使ってしまっている。
本当は無理になりたいのに、目の前で見えたものに対して、
ぶら下がってる木の枝は何やろうとか、しょうもないことを考えてしまう。
その場では多分。
お風呂とか行ったら、人もうろうろしてるじゃないですか。
その人のことを思ったりとか、
あの2人はどういう関係なんやろうとか。
だからその時に、ごめんね、せっかく目に入りたいのにそれを邪魔することになるかもしれんけども、
その時に私は今何を考えてるんだろうとか、
向こうの枝の葉が赤くなってるのを見てさ、
赤くて綺麗だなって、そこまでは認知してるわけじゃない。
私は赤くて綺麗だなっていうのに何を思ってるんだろうみたいなところをちょっと考えてほしい。
考えてちょっと教えてほしい。
そういうトライを1回どこかで。
せっかく、あれ私今なんでそんなこと思ったんだろうみたいなこととか。
せっかくね、なんていうか、そういうとこに。
僕から言うとせっかくみたいな言い方になってしまうんだけども、
無になれれば本当にベスト。
でもなれないとしたら、僕の中のもう一人の人格と話すみたいな。
をしてみるっていうのはどうかなっていうふうに思う。
悩みがある時は自問自答いっぱいしますけど、
それはいい気分じゃないじゃないですか。
落ち込んでる時とかストレス感じてる時とか。
そういう時なんですよ、だいたい。
どんどんどんどん入っていく時って。
だからイメージがなくて、考え込みすぎることに。
なるほどね。
考える行為を面白いっていうふうに、たぶん捉えられてないような気がする。
疲れることみたいな。
たぶんそうなんです。
だから何も考えたくないって思っちゃうみたいな。
言ってることはわかる。
それを楽しめばいいのかもしれないです。
でもそういう方々いろんなタイプがいるから何とも言えないな。
考えることが嫌じゃないけど、嫌じゃないっていうか、
それはそれで面白いんだろうなっていう気持ちはわかるというか、
考え方も理解はできるんやけど、
今自分がそれをやれるかみたいなで言うと、できないんですよ。
できない。
そう、余裕がなくて、たぶん。
だから優先度が低いんですよ、たぶん。
自分がもう100っていう時間しか使えないとしたら、
たぶん仕事に90ぐらい使ってて、
あとの10の時間は自分の好きなことだけを考えたいとか、やりたいとか、
寝たいとかそういう発想になってしまうから、
ちょっとでも余裕ができると、
別の努力しないといけないスキルアップとか、
そっちにもまだやらないといけないみたいなのがあったりとか、
よくないな。
やらないといけないことに対して、
さかないといけない時間みたいなのが多いんですよ。
現代だな、でもそうか。
そういう人のほうが多いのか、今は。
絶対、サラリーマンやってる人はほぼそうなんじゃないかなと思いますけどね。
そうなんかな。
分かんない。
よっぽど自分とやってる仕事があってて、
そこの考える延長で、
どんどんどんどん新しい面白いことを発想していくみたいなことをやれてる人は、
いいのかもしれないし、幸せかなと思うけど、
やっぱり、やらないといけないことっていうくくりなんですよね、仕事は。
まあそうだよ、それがね、俺みたいな人に言われたら腹も立つしね。
お前にわかるかよ、このキョウちゃんって話。
で、まあそうだよな、僕もどうしてもこれがいいよって言ってしまうタイプだからな、そういうのも気をつけながらな。
ハラスメントだね、これはね。
ある種のね。
考えたらいいよ、ハラスメント。
問いを投げかけたらいい、ハラスメントでもいい。
自分と対話したらいいよ、ハラスメントだよね。
自己対話ハラスメントだから、
じったはら、じったいわ、でもよくわかんないけども、
そうやな。
はい、まあ、そういうことです、すいません。