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続・喫茶店つくるつくるラジオ 本当に始まったシーズン2
つくるプロセスリアタイに見立てて ノウハウあるフリしてる
早いでないつくるつくるラジオ いい感じで始まるよ
続・喫茶店つくるつくるラジオ
パソナリティは喫茶店コニカドニカ店主予定のこうと
友人は話し相手のメリです。
続・喫茶店つくるつくるラジオは喫茶店開業を目指しているのに
全く踏み出せない僕自身がメリとリスナーの力を借りて
喫茶店つくるのグズグズ具合を突破していこうとすることをお伝えする番組です。
よろしくお願いします。
配信は先週もしてますが、収録は新年初めてでございまして
よろしくお願いします。メリさん今年もよろしくお願いします。
今年もよろしくお願いします。
メリさん年末年始はあまり深くは振り返りませんけども
どうでした今年の年末年始は?
今年はいつも実家に帰るんですけど
今年も帰省して
おだやかな日々
休みって感じでしたね。去年と違ってね。
去年はね最後の最後に年始にインフルかかっちゃったんで
インフルエンザにね。大変だったんですけど
今年は元気になんか天気も良かったですねずっとね
そうだねー
休みもね固まってありましたしね
私はいつも帰ったらその生け花をね入れるっていうのを楽しみにして帰るんですよ
お正月用の花をね
私は花をいけてるアピールが良いと思います
年始早々ね
実家でないとね、なかなかこう広いスペースを使ってやれないっていうのもあるので
それをやったらもう、それは年末にやるんですけど
それをやったら私のやることは終わったっていう感じがするんで
そうでしたよね
インスタで毎年あげて、今年も僕もチラッと見ましたけども
立派な生け花というか、いろんな枝とかたくさんね
そうそう、それはもう田舎なんでね
親がね、今年はこれどうやみたいな感じで
山でとかに取ってきて置いてあったりするんですよ
いいですね
今年は山じゃなくて、近所のお家にある植木の松を剪定したとか
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良かった良かった
庭木の
勝手にじゃないですね
そう、勝手にじゃない
庭木を剪定したりとかもらったんで、ちょっと枝振りとかがかっこよくて良かったです
聞いてる皆さんにお見せすることは大丈夫なんですか?
どういうことですか?
せっかく写真をね、ラジオのインスタとか
それだけね、生け花の写真だけ
全然大丈夫ですけど
どっちの大丈夫?
見せても大丈夫?
見せても大丈夫です
じゃあそれ、ちょっといいタイミングで出しておきましょう
そうですか?
せっかくなんで
穏やかな演習を
初詣なんかも行かれてましたよね?
初詣行きましたよ
そこでね、おみくじを引かれてたと思うんで
今日はね、おみくじの話をしたいと思うんですけども
その前に僕もね、お正月に思ったことがあって
このタイミングでしか言えないなと思うんで
ちょっと言っておこうかなと思うんですけど
年賀状が届きましてね
大学の友達なんですけど
今年はその年賀状1通だけだったんですよ
僕はちょっと出してないので
これはお返事しなきゃいけないなと思っているんですが
嬉しかったんですよ
年賀状来た
毎年来る方じゃないんですか?
毎年来る方です
元気にやってるっていうぐらいの手書きの部分はね
そういう年賀状なんで
別になんていうか
驚く内容ではないんですけども
だから去年までは
結局もう年賀状なんてっていう
いただいたらもちろん嬉しいんだけども
なんか今年も嬉しかったっていう
今年も来たんだって思って
それは嬉しいなって思ったんですよ
僕が1通だけ届いたっていうのに逆に
多分気になった部分だと思うんですけど
認知されたみたいな感じ
この人はまだ僕を認知してくれてるみたいなことを感じてね
実家とか帰ると正月に
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うちの父親も80超えてますけども
ずっとサラリーマンだったんで
ずっと年賀状出してるんですよ今
だから割と束間のある年賀状が届くんですよ
未だにおじいちゃんなんでね
だから去年までは
もう何の意味があんねんみたいな
この中にはもう出したくもないんだけども
毎年くれるから
出さなきゃいけない義務感で
出してくれてる人もたくさんいるんだろうなみたいなことを
僕はいわゆるネガティブな見方で
その束を眺めていたんだけれども
もちろんそういう側面はもちろんあるんで
亡くなっていって全然いいんですけど
親の世代からすると
なんていうのかな
それがやっぱりつながりになるんだろうなっていう
実は僕らはスマホとかインターネットを使ってるんで
LINEでいつでも挨拶できるし
っていうことがあるから必要ないってことになってるんだけど
そうねだからそれを当たり前と思ってるんじゃないですか
でも親の世代は別に
LINEで年賀の挨拶なんかみたいな感覚じゃないですか
きっと
新年の挨拶は年賀状っていうのが当然みたいな
そうだね
それを代わりにLINEにしようとかメールにしようとかっていう
発想をまず持ってないような気がする
で
でもなんかもうと言っても年取ってきてるし
親もうちの親とかもある程度数多いんですよ
昔よりは減ってるけども
昔はこんなありましたよね
ラジオですけどね
ラジオなんで
何百枚ありましたよね
それは減ってるけども
でもそうそうその中にはやっぱりもう恒例につき
今年で最後にさせていただきますみたいなコメントを
あるよね
書いてるのがちょっとちらほらもう最近は増えてきてるなと思ってて
自分もあんまり使いが向いたりしてるし
途切れてる期間が何度かあるので
結構少ないんですよ
今年もさらに減ったんですよ引っ越しもしたから
引っ越して
住所言ってない人も多いし
かといって
この人はでもなんか出したい
連絡を取っておきたいなみたいな気持ちっていうのも
なんかあって
連絡をかついつもくれてる人には
基本私来たら出すスタンス見せたんですけど
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でもこの人には出しときたいなみたいなの自ら発信で
っていうのを本当にちょっとだけ出したっていうのはあるんですけど
でももしかしたら迷惑かなみたいな感覚っていうのが
今年になってちょっと思い始めてきた
そうか
なんかLINEとかで
私の世代だったらまだLINEに変えていってる人もいるじゃないですか
そんな中1枚高くなったじゃないですか
年賀状買う
ハガキの金額も
昔より年々上がってる感じじゃないですか
確かに今年さらに上がった
85円じゃん
高いんですよ
だからそんな
たかがこの年賀状なんてね
ちょっとした挨拶で
久々に会うかわんかわからんような
急に元気みたいな書いて送るだけのものに
85円をわざわざ買って
結構手間じゃないですか
書いて送ってとかっていうのも
だからもしかしたらもうやめたいと思ってるのに
私が送り続けることによって
返さないとっていう思いになって
面倒なんじゃないかっていうのを
なんかちょっと感じたんですよ
それはすごくよくわかる
だからどうしようってちょっと
私も大学の友人に2枚送ったんですよ
ほんと2枚だけ
いつも送れる2枚だけ
ほんと普段会わないっていう友人
でもいつも会いたいねとか書いてるわけなんですよ
ほんとシャッコジレやなって最近ちょっと思ってきて
会いたいんですよ
会いたいんだけど結局会わない感じなんですよね
1人はでも多分
印字とかでもなくて
手書きなんですよ全部表も
だからそんなに数も多くなくて
でも出したいと思って出してくれてるんやろうなと思って
その子に積極的に送ってもいいのかなっていう
気持ちも自分もあるんですけど
もう1人の子に関しては
思い起こせば去年も
私が出して帰ってきたのが
めっちゃ遅かったなって思い出したんですよ
中身も年賀をいただいて
遅くなってありがとうございますみたいな
返信遅くなってすいませんみたいな感じのことを書いてある内容なんですよ
だから来た人に対して
お返ししてるっていう形でやってるんやなっていうのを
思い出して
今年も今日の時点でまだ帰ってきてないんで
もうそんなにやっぱり年賀状っていうのを
やりたくないのかもしれないっていうのをちょっと感じていて
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だからちょっとね
もう次どうしようかなって今年は考えたとこでした
だから
なに?
そうでしょっていう
第一段階は僕もごめんなさい今ね
一個思い出しちゃったんだけど
僕もすごい迷惑だなって思った話を思い出したんだけど
でも繋がるかこれ
会社を辞めた
年の次の年賀の時に
すごい気合いの入った年賀状を
何十枚か今までもうその
会社を辞める直前まで
もうほとんど出さなくなってたの僕も
数枚みたいな感じで来たら出すみたいなスタンスだったにも関わらず
辞めた
辞めた次の年は
すごいのを作って出したの
だからもうその時もその自覚はあったけれども
結局会社みたいな繋がりが無散したわけだよ
辞めたことによって
要はその前の主に学生とかだよね
今まで6人も連絡を長いこと取ってなかった
大学とか高校とかの友達までも広げて
また出したんだよ
完全に僕の中にあった繋がりが無くなったわけだから
他の部分でその繋がりみたいなのを
もう一回維持したいっていう
多分そういう発露だったはずなんだよね年賀状は
それ思うともうもらった方からいい迷惑というか
何年もくれてなかった奴が突然
お前は会社辞めて何か色々出来事があったか知らへんが
年賀状としてよこすなよみたいな
ことだったんじゃないかなっていう
ことは今の話を聞いてて改めて
でまた僕次の日から出さなくなってるからね
次の年から
1年だけそうやっておいて
で返事もいくつか全部じゃないけどね
いくつか返ってきてちゃんとね
やったくせにもう僕は次の年に裏切ってるっていう
なんても不義理なやつの話なんだけれども
ごめん何が何に繋がるかって
やっぱりその繋がりみたいなとこじゃない
上にもうこの人とはみたいなとこがあったわけじゃない
あとさ今年賀そのねその繋がりもね
歯書きだけじゃなくて一応ねそのお友達もね
Facebookとかインスタとかも知ってたりするわけですよ
普段やりとりしてないだけで
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いいねも別にないけど繋がってはいるんですよ
だから何かしら完全に
こう途切れてしまうってことはないのかなって
何かアクション起こせば連絡することはできるから
別にこの年に1回の年の正月に出す歯書きっていうので
繋がってなくてもいいんじゃないかなってずっと
思った
大体があればね
そうそう
なんかそこだけだったらそこだけでも繋がっとこう
みたいな気持ちがなんかなくもないんですけど
でもそう
そうなんで僕が言いたいのは
おじいちゃんたちに今のおじいちゃんたちにとってはね
それがそこだけしかないっていう
まあことで
あのやってるっていう側面も
あるんだなっていうのを
まあ今更かもしれないけどそれも
そのネガティブな感覚しかあんまりなかったわけよ
今更年賀状みたいな
でももうおじいちゃんたちにとっては
それしかないっていう風に
もう取れるわけじゃないそうじゃない人もいると思うけどね
だから
それを楽しみにしてるっていうのは
まあ少なからずあるかもしれないですよね
楽しみもしてるし
もっとこう
やっぱり安心感のとこだと思うんだよね
安心感なのかな
これはやっぱり僕はつながりが一応
無参した経験がある僕が
安心感
つながっておきたいっていうこと
じゃないかな
なんかまあそうか
安心感
そうか
まあでも全くないみたいな状態になると
ちょっとそういう不安な感じが出てくるのかもしれないんですけど
なんかうちの母はね
絵手紙っていうのをやってるんですよ
だからLINEとかが広がってる中でも
そのなんか自分で書いた手書きの
年賀状も全部手で書いてて
それを送ってるんですけど
だからそれを趣味の一環としてやってるから
なんかその絵手紙の世界で知り合った
絵手紙仲間みたいなのと
その文通的に何て言うんだろう
定期的にたまに送ったりとかしてるんですけど
なんかそれは
でも自分のその世界を広げて
安心というか楽しみの一つとして
やってるのかなっていうのがあったから
誰かとつながるっていうことの
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面白さ豊かさみたいなところ
安心感とも違うような気がする
今のねメリのお母さんの話は
本当にそれは安心感ではない
違う形のつながりを楽しんでるっていう
それがちょうど年賀状っていうものと
結局一緒になってる
性質が一緒のもので
写真が好きな人が自分の撮った写真と
年賀状って相性が良かったりとか
自分で絵を描くちっちゃい絵をスケッチする人が
それを年賀状にするみたいなところだと
それは単純に
寂しさでやってるわけではないというか
それは全然いいとしてそうじゃなくて
本人も気づいてないかもしれない
うちの親がそうかどうかは知らないけれども
でも
どっか確認しているというか
無意識でね
確認している
今の80歳の人たちが
例えば若い人から年賀状なんか
連絡いつでも取れるし
別の形でつながっておけるやんっていう
風に言われたとしても
その人からするとつながり方は
実はそれしかないと思っているし
方法あっても自分は使えなかったりするわけ
使いたくもないし使えなかったりもするわけだから
もうこれしかないと思っているし
っていう風に思っている
っていうこと
え?
え?でしょ?
だから僕は
そうだねこの話で何を思ったかというと
親の元に届いた
束になった年賀状を見て
もしくは年末に
親が一生懸命束になるぐらい
年賀状を準備しているのを見て
まだそんなことやってるの?
っていう風なことを思わないようにしよう
って思ったっていう話
すみません
思いのほか
本当に落ちがない話になっちゃった
あるあるなんですけど
思いのほか共感が得られている感じはないんですが
えっと
おみくじの話は実は今回しようと思ったんですけど
たぶんこれで
年賀状の話でですね
一本になってしまいましたんで
でもなんでまあちょっとね
たぶんこれが配信が1月の14ですよ
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つまりは来週は1月の21なんですけれども
1月の21日配信分で
おみくじの話
もう1月も半分を余裕で超えているにもかかわらず
まだおみくじの話なんかするのかよっていうタイミングで
おみくじの話をしようと思いますので
また来週
すります
おみくじの話大事な話ですから
喫茶店作る作るにもつながってきますから
これはということで
ここまで聞いていただいてどうもありがとうございます
ありがとうございます
こんな感じで今年もやっていきたいと思いますのでよろしくお願いします
今年も話が楽しかったという方
コメントいいね
出ていただけると嬉しいです
よろしくお願いします
よろしくお願いします
さようなら