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Order No.107 "幸せ×こばちゃん" 前編
2026-05-23 42:36

Order No.107 "幸せ×こばちゃん" 前編

今回は、「酪していきぬくラジオ」のこばちゃんと『幸せ』についてゆるーくガチになってみました。前編は、ほぼ現状整理からの、それぞれの『幸せ』とは?幸せは結果?それとも過程?幸せじゃない=不幸、でもないよね。あなたにとっての『幸せ』

についても教えてね💁‍♀️


こばちゃんの声をもっと聴きたい方はコチラ🎙️

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【2周年オンラインイベント告知】🫖✨

皆様とわいわい楽しく過ごせる機会を作りたくて、オンラインイベントを企画しました😆

日時:5月26日(火)

夜9時半開場

10時開始

11時半終了予定

(入退室自由、途中参加・途中退席自由です)


参加方法:zoom

内容:バリューズカードで遊びながら、おしゃべり☕️

テーマ:『あなたが思考の喫茶店にもつイメージ』👀

ゲームに参加、ゲームには参加しないけどおしゃべりに参加、見るだけor聴くだけ参加、どんな形でも大歓迎です😊


気軽に参加表明お待ちしています💁‍♀️

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申し込みフォームはコチラ✏️

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当日参加がむずかしい場合は、是非お便りフォームから『あなたが思考の喫茶店にもつイメージ』を教えてください✉️

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その他ふつおたやテーマリクエストなども大募集!


【今日のシフト】

つじり🥛 https://x.com/imintopodcasts

ノリコ👓 https://x.com/tama_nori9?s=21


うたさん&あっき〜さんのポッドキャスト、『ウチら夫婦のぐだぐだな話』略して『ウチぐだ』はコチラ☕️☕️

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まりまりのYouTubeチャンネル『勝手に浜中応援チャンネル』はコチラ🦦🐄

https://youtube.com/@hamanaka-ouen?si=0b1fxap4xJUdHGzY


ノリコと双子のナオコのポッドキャスト『双子の戯言』はコチラ🌻🐖

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感想

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00:00
思考の喫茶店へようこそ。
ここは、店長のつじり犬と愉快な仲間たちが、お客様と一緒に自分の思考を深めていく喫茶店です。
いらっしゃいませ。思考の喫茶店、店長のつじりです。
アルバイターののりこです。
今日は、とりあえずのりこと二人でお店を開けたんですけれども、
まず、今日のお客様を紹介しましょうかね。
はい、今日のお客様はこの方です。
あ、どうも。
いらっしゃいませ。
はい、あの、こばちゃんです。
はい、楽して息抜くラジオのこばちゃんが、今日は来てくれました。
いらっしゃいませ。
2回目のご来店ですね。
どうもどうも。
いらっしゃいませ。
いや、久しぶりに来ましたよ。
いや、ほんとですね。
はい。
結構久しぶりですね。
はい、もう心臓がバクバクしております。
そんなに?
はい、あの、毎日配信しておってもゲストは緊張するというこばちゃんに来ていただきましたけれども。
はい、よろしくお願いします。
お願いします。
今日は、こばちゃんと話していきたいメニューはですね、
幸せについて本気出して考えてみようかなと。
幸せ。
思いまして。
幸せについてガチになるってこと?
まあ、喫茶店らしく幸せってなんやっけなっていうのを深掘りしてみようっていう回ですかね。
をやってみようかなと思います。
はーい。
で、なんでこばちゃんとこの幸せについて考えてみたいなと思ったかというとですね、
最近私、こばちゃんの番組に初めて出演したんですけど、
牛乳1361杯目、あの人と電話っていうので2人でおしゃべりしたんですけどね。
その時にこばちゃんのその1361っていう数字は配信数に近い数なんですけど、
この1000倍以上の、1000回以上の配信をGoogleのスプレッドシードに起こして、
こばちゃんにデータを提供したっていう変態っぷりをかましまして。
改めてありがとうございました。
その詳しくはそれ聞いてもらった方がいいかなって思うんですけど、
その時に結構こばちゃんの配信の初期から全部は聞き直したわけじゃなくて、
03:03
タイトルとかをバーッと見たりとかしてて、
結構こばちゃん幸せについて語ってるなって思ったんですよね。
確かに。
語ってるというよりは、幸せって何なんかなみたいなことを、
初期ですね、特に初期、もうタイトルに幸せとは2022だったかなとか、
あと祝福を送るミュージック&トーク、これもかなり初期ですね。
あの時は何て言ったかな、身近な幸せをちゃんとかみしめるみたいな、
そういう話をしてたと思うんですけど、
なんかそういうこと言ってて、最近も、
あ、それでそう、こばちゃんを喫茶店に呼ばなきゃって思ったのは、
1358杯目、4月6日の配信で、
天森の憂鬱丸さんの結構長い一人語りの最後の方にですね、
突然そう、自分がしたかったのは、
一般的な普通の幸せ、田舎暮らしだったと思ってたんだけど、
本当にそれを望んでるんだろうか、みたいな。
あー、言ってたかも。
そういうことを言ってて、
あ、なんか、こばちゃんは東京に20年ぐらいでしたっけ、
いて、その後Uターンして、楽園を今継いでるわけですけれども、
なんかそういう人生の転換も経て、
東京から岡山に帰ってきたときに、
望んだその幸せは本当に自分が望んでたものだったんだろうか、みたいなことを、
自分に問いかけてて、
それ聞いた瞬間に、
あ、これは今喫茶店で喋るのにいいかもしれないって思って、
読んだんですね。
なるほど。
はい。
ちなみにね、もう1個あって、
こばちゃんが幸せについて語ってる配信がもう1個あって、
えー、あったかな。
もしかしたら、
そのデータベースほんとヤバいわ。
あの、これ、私は、
だからその、タイトルと概要欄に入っているワードしか私は拾ってないので、
配信の中身で言うともっと言ってるのかもしれないんですけど、
とりあえずタイトルに幸せって入ってると結構デカいと思うんで、
それぐらいは紹介しようかなと思うんですけど、
えっとね、
牛乳1209杯目。
06:00
身近な小さな幸せ。
っていう、去年の11月に、
覚えてないな。
覚えてない。
覚えてないな。
覚えてなかった。
えっと、こばちゃん、アルバイトのご夫婦が、
もう、これ半年前にはいたってことですよね。
いましたね、半年前にはね。
うんうん。
が、あの、
こばちゃんが普段から牛さんを名前で呼んでるんですけれども、
その牛さんの名前をね、アルバイトの方が覚えてくれて、
はいはいはい。
で、その牛さんの名前でコミュニケーションが取れる。
何番の牛とかじゃなくて、
サニーガーとか、
なんかそういう話をできるのが、
なんかすごくいいなって思ったっていう話を、
その回にしてて、
はいはい。
なるほどなと思ってたんですけど、
まあそんな、いろんなね、幸せについて、
あの、問いかけつつ、
でも毎日の大変なことを、
あの、ドキュメンタリーとして配信してるこばちゃんと、
改めて、
喫茶店メンバー自身もですね、
私もですね、
あの、
幸せって何なんかなっていうのを語っていきたいなと思います。
はい。
ちょっと前置きが長くなりましたけど。
いえいえ、なんか改めて今聞いて、
結構僕は幸せについて、
求め続けておるんだなっていうことを、
再認識させていただいたんですが、
何を喋っていたのかっていうのをね、
正確に覚えてないので。
うんうん。
まあ、あの、その配信の内容ね、
それこそ配信聞きに行ってもらったら、
いいかなって思うんで、
あくまで今の、
現時点でのこばちゃんの思うところとか、
を、
喋ってもらったらいいんじゃないかなって思うんですけど、
えっと、
そうですね。
あ、じゃあ、
どうしようかな。
せっかくこばちゃんの話を、
ここまで紹介したんで、
この間、
これその最後に、
自分が望んだ幸せとは、みたいなことを、
こばちゃん自身が問いかけてたので、
まあその、
もう少し、
詳しくというか、
その時に、
何を思って、
そう、
言ったのか、
まあ覚えてないかもしれんけど、
うんうん。
まあ、やっぱり東京に20年暮らして、
地元に戻ってくるので、
まあそれなりに大きな決断だと思うんですよ。
09:01
うんうん。
で、やっぱりいろんなものを、
諦めたり、
捨てたりして、
来たと思うんで、
やっぱり、
その選択をしたからには、
なんか自分なりにその、
満足できる何かが得られる、
っていうことが、
目的というか目標というか、
なんか、
そういう希望を持って、
来たんじゃないかなって思うんで、
うん。
そういう、
うーん、
何が言いたかったんだっけ?
何が言いたいの?
何が言いたかったんだっけ?
あの時のこと、
ちょっと思い出し始めて、
最新の内容が、
確か、
東京で、
まあ最後はね、
運送業で11年間働いてて、
で、結構、
あの、
手取りというかね、
給料が、
まあそこそこあったんだけど、
まあ立場がね、
センター長っていう立場だったのもあって、
めちゃくちゃ忙しくて、
でも、
お金には全く困ってなくて、
で、
最後、
最後っていうかね、
その結婚して、
マンションも買って、
中古だったんだけど、
で、
そういう日々を送ってたんだけど、
お金には余裕があるんだけど、
その時間に余裕がなくて、
心身疲れてるような状態がずっと続いてて、
で、
疲れてる状態だから、
家庭もうまくいかなくて、
甲子どもにボロボロになっちゃってて、
で、
これ幸せって、
まあ漠然とちっちゃい頃から、
なんかお金がさえ手に入れば、
なんかイコール幸せみたいな、
なんか漠然としたイメージはずっと持ってたなっていう、
思ってたんだけど、
実際自分でお金を手に入れて、
思ったことは、
お金では幸せになれないなっていうことを感じて、
お金より時間じゃね?と思って、
で、
やっぱりもっと人生、
そのスローライフというか、
なんか、
なんていうんだろう、
その追われる人生じゃなくて、
なんか自分で時間を紡いでいくというか、
なんかそういった人生の方が、
より豊かになれるんじゃないかっていうのを、
まあ考えて、
というか、
今キレイ、
ちょっと配信に向かってキレイごとっぽく言ったけど、
言いながら思ったんだけど、
そういう生活、
忙しい生活から、
逃げて、
岡山に戻ってきたっていうのが本当のところなんだけど、
ただ、
やっぱお金じゃないなっていうのは結構強く思ってて、
12:00
それで、
それで、
岡山に戻ってきて、
まあいろいろとあったから、
その話をしたらキリがないんで、
で、結局、
最近思ってきたのは、
その、
なんていうのかな、
結局ずっと忙しかったんだよね。
岡山でラクロンやってても。
結局忙しかったんだけど、
最近はやっとアルバイトの方とか、
雇用できるようになったり、
少しね、ずっと赤字だったんだけど、
少し黒字の月も増えてきて、
ちょっとゆとりができたと。
で、
なんだっけな、
結局、
仕事を終わらせて、
空いた時間を、
有効活用しようと思って、
例えば、
漫画を読んだりとか、
映画を見たりとか、
結局あんまりできなかったんだけど、
そう、
それを楽しもうと、
そういう仕事をして、
空いた時間を増やして、
一般的で言うね、
映画を見たりとか、
スマホを見たり、
漫画を読んだりっていう時間を、
作ろうと思ったんだけど、
仕事自体が、
まだやらなきゃいけないことが、
たくさんある状態なのに、
それを置いてまで、
そっちを100%、
サブカル的なことを、
100%楽しめない自分に気がついて、
なんか、後ろ髪引かれながら、
そういうことをするのも違う。
結局仕事を、
何か一つ一歩前進させる、
ような日々を過ごす方が、
一日の満足感が強くて、
自分は田舎に帰って、
楽のやりながら、
居取りがある生活をしたかったんだけど、
結局仕事をしている方が幸せみたいな、
そういうふうな感情を持ったっていう話を、
確かしたと思う。
どこまでOK?
お金だけあってもダメで、
やらないといけないことがあるのに、
時間を無理やり作ってもダメで、
結局最後言ったのは、
15:01
でもその仕事を進めるっていうのは、
自分がこれをやろうって思って、
自分で選択したことを、
ステップを進めるみたいな、
そういう感じのことに対して、
充実してると、
幸せなのかなっていう感じなのかなと思って、
最初の東京で働いてた人の仕事で、
忙しい日々で、責任もある状態で、
仕事っていう見方で言うと、
あんまり今と変わらないように見えるけれども、
追われてやるんじゃなくて、
今も追われてはいるのかもしれないけど、
あくまで自分が選択して、
自分でこれをしようって決めたことに対して、
いろんなステップとか、
いろんな方向からのアプローチがあることに、
何かしら自分で取り組んだっていう、
自主性みたいなものを持って、
成果が見えた時に、
幸せって感じるのかなって話かなと思ったんですけど。
そうですね。
楽の自営業なんで、
誰にも支持されることがほとんどないから、
ある意味社会人でサラリーマンやってる方が、
支持されたことをやればいいっていうのが、
ある意味楽というか、
そういうサラリーマン的な生活をするのっていう、
やられたことを、
間違えた。
やれと言われたことをやって、
空いてる時間は、
さっき言ったような映画とか漫画とか、
友達と遊ぶとか飲みに行くとか、
別物として考えて楽しめるんだけど、
自営業をやってると、
正直やることって、
もうキリがないぐらいいろいろ気になるところとか、
やらなきゃいけないことやりたいこと、
やるべきこととかたくさんあって、
境目がわからなくなるというか、
楽のってライフスタイルみたいなもんで、
仕事っていうのもちょっと言い方が違うかなっていう気もするんだけど、
どうしても自分の場合は変に真面目な部分があって、
それがまだまだある状態なのに、
例えば趣味っていう趣味はないんだけど、
そういうことに時間を費やすのが、
なんか罪悪感を感じるというか、
18:00
だから少しでも仕事が前進する方が、
1日の終わり方が気持ちいい。
何もできなかった、
ただ作乳とか除粉とか餌やりとかは、
毎日やらなきゃいけないことなんで、
それはやるけど、
それプラスアルファ何かできた日っていう方が、
1日の終わり方が気持ちいい、
イコールちょっと幸せな日だったのかなみたいな、
そっちの方が満足感が強い日が多くて、
結局やることをやって空いた時間に、
昼寝もそうだし、
他のそういうことをした時の方は、
楽しいは楽しいんだけど、
ちょっと罪悪感があって、
今日サボっちゃったなみたいな、
ちょっと後悔するような日があったということで、
結局仕事してる方がいいかなみたいな、そんな感じ?
うわー仕事人間だー。
そうなんかもしれん。
すげー仕事人間だと思う。
仕事がもう生き甲斐とか、
仕事してる方が幸せっていう感じになると、
自分は耐えられない。
だからこそ自営業ができるというか、
それができるからね、
自営業なんだろうなと思う。
逆かもしれん。
私はもうサラリーでって感じ。
のりこさんは、
じゃあ今コバちゃんが言ってくれたのと、
全く違う幸せの感じ方があると思うんですけど、
聞いてみたい。
のりこさんが幸せを感じる時はどんな時?
幸せ?
でもあんまり幸せって言わないし、
今幸せだなって思うことってほとんどないよねって思ってて。
そういう生活の中での多少の幸福感みたいなものとか、
気持ちいいこととか、そういうのはわかるけど、
幸せってすごい哲学的で、
それこそ人生とかそういう方に考える人も多い一方で、
それこそ些細な快楽みたいなものを幸せって呼ぶ人もいるし、
代償すごい幅もあるし、
仕事とかライフスタイルとか、
いろんな場面での幸せとはみたいなのも語られがちなんだが、
いまいち考えたことがないなって思って、
ただ仕事に関してのそういうやりがいみたいなものに、
幸せって私は求めてきたんだろうかとは思ってて、
21:01
さっきのこばちゃんの話聞いてて、
大学に1年間いた時は給料めちゃくちゃいいんだけど、
やりたい仕事ではなかったのは非常に苦痛だったわけ。
大学で働いてた時ね。
農家だった時は給料安いのはもう分かってたから、
他の業種に比べたらね、花に関しては。
そこには別に、それは分かってて入ってたから、
そこには別に何の不満もなかったんだけど、
もちろん手取りはね、
そんなに貯金ができるほどもらってたわけではないけれども、
そっちの方がやりたいことをやってるって自分で思ってたからこそ、
まだ納得して仕事してたなと思ってて、
思えばそれも幸せだったのかもしれないけど、
教員っていう転職も大学よりはましぐらいの感じで、
今ここでだらだらいるよりは別の場所に行ったほうがいいんじゃないかっていう流れでね、
変わっちゃったけど、
結果的には今の仕事も楽しいし、
やりがいのある職場だなと思ってるから続いてるっていう感じ。
それが本当に幸せかっていうと、
いろいろ大変なことはあるけどね、
総意的に大学の職員だった時よりは、
よっぽど楽しい職場にいるなと思ってるからね。
幸せっちゃ幸せなんだろうなっていう結果論っていうかね、
後振り返って、幸せだからやるっていう感じでは動いてないのよ、全く。
幸せになりたいから行動するっていう感じじゃないから、自分は。
一切幸せみたいなのはベクトルはないんだよね。
幸せってすごく抽象的な言葉だし、
だからこそ、あんまり実感する人はしてると思うんだけれども、
さっきのりこも言ったけど、その瞬間の幸せ。
おいしいものを食べて幸せ。
あったかいお風呂、お布団に入って幸せ。
その瞬間の幸せもあれば、
さっきこばちゃんが言ったよな、
今日のやるべきことを終わらせて、
なんならちょっとプラスアルファで、
やりたいことを進めれたみたいな、
その充実感みたいな幸せもあれば、
人生とかすごい、
中長期、もっと間に中長期的な、
24:01
1年とか10年とか、
その仕事レベルで言うと、やっぱそういうのもあるだろうし、
そうして人生幸せだったなみたいなことを、
後から振り返ったりとか、
10代、20代の若い子たちが、
頑張れるのって、
幸せになりたいから、
頑張ってる人ももちろんいると思うし、
いろんな幸せがあっていいんですけど、
それはそれでみんなそれぞれあっていいんですけど、
ぼんやりしたものを追いかけることって、
すごく不毛な感じもするというか、
いいんですよ。
いいことなんだけれども、
なんかもうちょっとその、
なんか幸せっていう言葉から、
もうちょっとその人それぞれのその時の、
何が欲しいとか、
何を手にすれば満足なのかとか、
なんかそういう自分と見つめ合って、
何かその幸せっていう、
すんごくふんわりした、
雲みたいなものじゃなくて、
なんかもうちょっと自分の手の中に入って、
落とし込めるようなものにする過程って、
しょっちゅうじゃなくてもいいと思うんですけど、
時々必要なんじゃないかなって思って、
私は日々幸せなんですけど、
そういう意味では、
最近やってないけど、
日本にいる時は毎朝朝食を写真撮って投稿して、
っていうのをやってるだけで結構幸せだったし、
癒されてたし、
今日も頑張ろうってなってたし、
子供が元気で、
夜安らかに寝てるのを見ればもうそれで、
今日も無事終わったなって幸せになるし、
たまにミュージカルを見たりして、
気持ちが満たされて、
幸せだなって思うし、
なんですけど、
基本そうですね、
幸せって満たされること?
私は自分をそうやって満足させることが割と得意で、
そういう意味では、
その場その場で、
言い方変えれば、
満足というか妥協だったりすることもあると思うけど、
結局本人がこれでいい、
これがいいって思えたら、
27:00
いいんじゃないかなって思うし、
って思ってずっと、
その瞬間瞬間その日その日の幸せを、
自分なりに設定して、
見つけてきたんやけれども、
ニュージーランドに来て、
ニュージーランドに来たのは、
ほぼほぼ家族のためで、
家族と一緒にいるために、
私は15年、
勤めた仕事を辞めて、
友達とこうして、
インターネット越しに会えることはあっても、
ほぼ物理的に会う機会はなくなり、
まだ家族も日本にいるけど、
ほぼ会えないっていう状態になりながらも、
自分が選んだ家族と生きることを決めて、
こっちに来て、
日本と同じように、
やってたように自分を満足させる、
自分なりのその場その場での幸せを見つけれる、
っていう謎の自信があってきたんやけれども、
今はなんか、
一個やっぱこう、
欠落してるのが、
仕事をまだ見つけてないっていうところなのかなって、
自分なりには思ってるんやけれども、
そういうこともあって、
なんかその、
自分なりのその幸せっていうものをもう一度、
考え直さなきゃいけないフェーズに来てるなって、
自分なりに思っていて、
それもあって、
いい機会だなって思ったんですけど、
なるほど。
なんか三者三様、いろいろ、
そういう幸せ。
なんか辻の話聞いてるのとか、
3人の出てきた感じ。
今その自分の状況、
置かれている環境とか、
状況について、
自分が納得しているかどうか、
みたいな感じ。
それに、
納得できてないっていう、
満たされてないっていう状況が、
どっちかっていうと不幸せ。
不幸せっていう言い方もあれだけど、
今の現状とか環境に、
自分がそれに納得してたり、
満たされている状況っていうのは、
やっぱり幸せなのかなっていうのが、
あれかな。
そうね。
辻が今の現状で、
仕事とか、
社会に出てないっていうのが、
30:01
納得できてないっていうか、
してないっていうのが、
今引っかかりポイントなんだろうなと思って。
あとこっちのやっぱり、
人間関係。
前もバリューズカードのときかな、
友情が私には必要って言ってたんやけど、
日本にいて、
学校だったり仕事だったり、
何かしらのコミュニティに所属していると、
自然と、
同僚とか、
友人、同級生とかって、
自然にできる人間関係が、
大人になって環境がガラッと変わって、
仕事をしてない。
どうか学校に行ったりとかも、
私自身はしてないってなると、
なかなかできないもんだなっていうのを、
すごい思って。
その辺に関しては、仕事もそうやし、
仕事もそうやし、
友情もそうなんやけど、
本当に私は欲してるのかっていうところから、
ちょっと考えないといけないとは思っていて、
ないといけないと思ってるだけなんじゃないか、
みたいなことも含めて、
考えたいなとは思ってるんやけど。
私はこれがないから、
幸せになれないんだ、みたいな。
満たされてないんだ、みたいな、
思い込みになってしまうと、
永遠に幸せになれないというか。
そうそう。
ないものにやっぱり注目しちゃうと、
一生幸せになれないなって思うから、
やっぱり今ある現状とか、
なんなら生きてさ、
生きてるだけで幸せ、
っていう人たっているかもしれないし、
私が20代の頃は、
結婚して子供を産むことが幸せだ、
みたいなことってまだまだ普通に言われてて、
私もそれが、
幸せかどうかはわからんけど、
社会に認められるにはそうしなければいけない、
みたいなことを思ってた節が多分あって、
世間の常識みたいなものに流されて、
就職して結婚して子供を産んで、
みたいなことをやったわけやけれども、
自分で選んだんやけれども、
本当にそれしたかったんやっけ、
みたいなことを思う瞬間もなくはないわけで、
あるよね、
世間的に商品化された幸せのパッケージングってあるじゃん、
結婚したら幸せになります、
子供産んだら幸せになります、
みたいな非常にわかりやすいテンプレートっていうのは、
33:01
この世の中にたくさん用意されている一方で、
そのテンプレートに当てはまらないと幸せになれない、
みたいな売り方もされてたからね、
逆に言えばね。
今はいろんな幸せの形があるよねっていうのが、
出てきたから、
そういう社会に惑わされず流されずっていう、
そういう幸せのあり方は非常にたくさんあるんじゃないかなと思うけどね。
その分、自分と向き合う時間が必要になるっていう、
社会が決めた幸せじゃなくて、
自分でこれが自分の幸せって決めて、
それに向かって頑張る、
みたいなことが必要になるから。
それはそれでレベル高いですよね。
より、自分と向き合うっていう時間が、
より必要な感じがするよね。
なんかさっきのりこさんが言ってた、
幸せのパッケージ的なものっていうのは、
なんか僕話してて思ったんだけど、
結構僕の中で、
強く意識してるものって何だろうってことに気づいたというか、
改めて思ったのが、親の存在。
これかなり、結構みんな無意識化に追いかけてるものだと思ってて、
自分が何で仕事していないと落ち着かない、
そこまで24時間仕事してるわけでは当然ないんだけど、
サボってる時も当然あるけど、
親の姿っていうのはやっぱり強烈に残ってて、
本当にずっと働いてたんだよね。
ご飯食べるのをガーってかけ込んで、
家にいる時間もほんの一瞬ですぐまた牛舎に戻って仕事してたっていう姿を、
小っちゃい時にずっと見てたから、
やっぱその姿を見てる自分が、
やっぱりサボっている時に罪悪感を感じてる原因なんかなって思っちゃったりもする。
だからその姿に近づこうとしている自分がいて、
そうなっていないのが、ちょっと釈然としないみたいな。
なるほどね。
例えば親がサラリーマンで、
ちゃんと土日祝日とか休んでて遊んでる姿とかを見ていたら、
そうなってないのかもしれないなと思った。
そうね。親が自分の中での一定のベースになるっていうのは、
すごいあるかなって思う。
一理ある。
けど今の話で言うと、
36:02
さっき社会に決められた幸せとか、
私が結婚して子供を産まないと社会に認められないと思ってたとかっていうのは、
これ女のパッケージされた幸せで、
男性側って、私は男性じゃないので想像でしゃべりますけど、
男性側のそのパッケージされた幸せって、
仕事に邁進して、
稼ぎをあげて、家族を養うことみたいなのがあるんじゃないかなって。
それはパッケージだね、確かに。
思ってて、やっぱり今どうなのかわかんないけど、
私が子供の頃のお父さんたちって、仕事さえしてればOKみたいな。
はいはいはい。
すごく悪い言い方をすれば、仕事に逃げてるみたいな人もいたと思うんですけれども、
仕事、俺は仕事をしてんだみたいな。
家族とは向き合わないみたいな、
そういうこともある家族の中にはあったと思うし、
子ばちゃんのお父さんがそうだったとは言わないけれども、
その弊害みたいなものもあるんじゃないかなって思って。
それも人それぞれなんで、その家族ごとに、
あんたは仕事頑張りなさいよ、みたいなことを逆に言ってくる家族だっているかもしれないし。
確かにね、仕事に逃げてるっていうのは、ちょっとあるかも。
あるかも。
いや、なんか、
罪悪感を感じてるっていうのが結構、ミソだなと思って。
ただね、僕なんか不幸せみたいな感じになっちゃってる気がするんだけど、
ある程度、今は幸せなんですよ。
じゃあ、幸せアピールお願いします。
やっぱりね、幸せって追いかけるものでもなくて、掴み取るものでもなくて、
やっぱり感じるものとか気づくもの?
よく言われるかもしれないけど、そういうものだとは最近はよく思うんだけど、
それに気づいたり感じることって、
やっぱりゆとりがないとできないなっていうことに気づいて。
39:01
本当に強烈に思うのは、やっぱり人を雇用できるようになってからの、
牛さんに対してのブラッシングをする余裕ができた。
かつ、ただ単に牛さんの汚れをガリガリ取るだけじゃなくて、
気持ちも牛さんに向けることができるようになった。
いつもありがとうっていう気持ちでブラッシングすることによって、
自分も豊かな気持ちになれるようになったとか。
だから、それってやっぱり忙しいと気づけないっていうか、そういう気持ちになれないんだよね。
だから、ゆとりがないとそこら辺にある幸せに、
やっぱり気づけないもんなんだなっていうのはすごく感じてて。
そうだよね。時間大事だよね。
大事。時間と気持ちの余裕は大事。
例えば、夜お散歩してても、
お散歩する時間があるんだったら余裕があるんだろうけど、
月の綺麗さとかにも気づけないわけだし。
ただ道を歩くだけでも、気持ちとか忙しさとかに余裕があると、
小鳥のさえずりの音でも多分気づけないだろうし、
余裕があったら、小鳥のさえずりがすごいBGMになって気持ちいいだろうしとか、
なんかその余裕っていうのは改めて大事なんだなと思って。
うん。
どうですかね。
今の小鳥ちゃんは、身近な幸せを感じる余裕がある状態っていう。
ある状態とかできてきて、
ちょっと、そうかそうか、こういうことなのかっていうところかな。
じゃあ小鳥ちゃんはある意味、今幸せってことですかね。
幸せだけど、やっぱりまだ求めて、何かを求め続けてる自分もいるっていうところは、
さっき言ったようなパッケージにまだすがりついてるとか追いかけてる部分があるのかな。
今やっぱり、妻もいないし、離れてる息子はいるんだけど、
ちゃんとした方にはまっていないような気がするみたいな、
なんか外れてる感は、なんかどっかずっと感じてて、
このままでええんかなみたいな、一末の不安みたいなのは、ずっとどっかにあるような感じ。
辻リールもね、さっきちょっとそういう似たような話してたけど、そういう状況では同じなのかなって思う。
42:08
幸せって、さっき小鳥ちゃんが最初の方に言ったことと今言ったことって、絶妙に違うような気がして。
今回も話がつきませんでしたね。
この続きは次回の配信で。またいらしてくださいね。
42:36

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