1. 思考の喫茶店
  2. Order No.76 "牛飼い with ウ..
2025-11-01 54:15

Order No.76 "牛飼い with ウシワカ&あおちゃん" 後編

今回もウシワカさん&あおちゃんと楽しく『牛飼い』トーク🐂🐄🎶牛を飼う中での『わかんないなぁ』と『やっぱりな』に面白みを感じるウシワカさんと、人間社会により貢献できる酪農を目指すあおちゃん、どっちも『牛飼い』でどっちも牛が好き😊


感想やあなたにとっての『牛飼い』についても教えてね💁‍♀️


【今日のシフト】

つじり🥛 https://x.com/imintopodcasts

うた🐇 https://x.com/uta_uchiguda

まりまり👀 https://x.com/hamanaka_marika


うたさん&あっき〜さんのポッドキャスト『ウチら夫婦のぐだぐだな話』略して『ウチぐだ』はコチラ🎙️☕️☕️

https://open.spotify.com/show/7a3dI0GIF1vDhcs7rgyjvW?si=AXXiLYTeTBWgD1gv6azNLQ


まりまりのYouTubeチャンネル『勝手に浜中応援チャンネル』はコチラ🦦🐄🦀🦌

https://youtube.com/@hamanaka-ouen?si=0b1fxap4xJUdHGzY


ウシワカさん&ますぼうさんのポッドキャスト『工業高校農業部』はコチラ🎙️🐂🍇

https://open.spotify.com/show/1MhF3CYuGK9zAWUOC8e2CM?si=D8gj6XidSwOV5fz4fdorLw


あおちゃんのポッドキャスト『百年酪農』はコチラ🎙️🐄🍀

https://open.spotify.com/show/21wdDnpRBcKlcIIjlVupnR?si=5R8csrDUQW6js-kLjqX5Vw


但馬牛についてもっと知りたい!という方はコチラ🐂

但馬牛|特産品の紹介|JAたじま

https://www.ja-tajima.or.jp/tokusan/tajimaushi/

但馬牛博物館|兵庫県立但馬牧場公園ホームページ

https://www.tajimabokujyo.jp/?page_id=3


酪農についてもっと知りたい!という方はコチラ🐄

酪農の仕事って?|JA道東あさひ

https://www.ja-doutouasahi.or.jp/dairy_about/

生乳のはなし|findNew 牛乳乳製品の知識

https://www.j-milk.jp/findnew/chapter1/index.html

00:00
思考の喫茶店へようこそ。
ここは、店長のつじり犬と、愉快な仲間たちが、お客様と一緒に、自分の思考を深めていく喫茶店です。
はい、みたいなやつだ。
インタビューとか受けると、どういうことにやりがいを感じますか?とか、出荷した時にどんな気持ちですか?とか、
そういうこと聞かれると思うんですけど、それよりも、もっと日常的な、普段の生活として、牛と触れ合ってることって、別にそういう、特別なことばっかりじゃないと思うんで、
普段の、そういう、病気とか、にならないようにとかって、いろいろやったりとか、それでも、
それでも、やっぱり疾病で亡くなったりとか、することもあったりとか、つらい現場だと、一般の人から特に感じやすいと思うんですけど、
そうですね、そういうこともあるし。
それでも、続けていくための、日々のモチベーションっていうほど、はっきりしたものじゃなくてもいいんだけど、どういう気持ちで毎日やってるのかなっていう。
何だろうな、やりがい、これがやりがいです、みたいなものって、あんまり、僕の中でうまく言語ができないから、それは一回ちょっと置いておくんですけど、
どういう事情が、牛と会いたりする中で、嬉しいことも悲しいことが起こってても、生き物養うっていうのは、やっぱり第一ステップにあるので、
思い通りにならない仕事って結構いっぱいあるじゃないですか。普通の生き物に携わらない仕事の中でも、仕事の中でうまくいったこと、うまくいかなかったことっていっぱいあると思うんですけど、
そうやって、自分がこうダメだったなとか、相手さんがなんか変な人やったなとか、なんかいろんなのあると思うけど、そのうちの尺度の一つに、牛飼いっていうこの生き物を扱う仕事においては、まあ生き物やしなっていう、ある種、諦めの心みたいなものが一つインストールされてるんですよ。
自分ではコントロールしきれないものみたいな。
そうそう、自然と戦うみたいなものも一つあるかなと思いますけど、やっぱりそういうなんだろう、
03:07
自分ではどうしようもない事象っていうものを一つ認識していながら仕事をしていることの方が多いので、そういう意味で、例えば悲しい出来事であったら、さっき言ってたような子牛が生まれたと思ったら死んでたとかね。
生まれて息がまだあったけど、あえなくもうそこでこと切れてしまったとか、まあ悲しい事象ではあるんですよ。もちろんビジネスとしてもいたでですし、だけど、まあその何だろう、おつやみたいなことにはならない、やっぱり。
生き物やし、そういうこともあると。全体で見れば、うんって言って自分の中で比較的速いスピードで踏み落とすことっていうのはやっぱりできるかなっていうのもあるし、その逆もやっぱりあって。
何かこう育てている最中に、もうすごい調子悪いし、もう全然大きくならんし、牛市では売れへんし、しょうがないから肥育にするかって言ってた牛が、狂信会で一等取るとかあるんですよ。狂信会、狂霊会か。意味わかんないですよね。狂霊会ってあの、お肉にした時の晩漬けみたいなのがあるんですけど、大会みたいなのがあって、そこで一位を取ることがあるんですよ。
なんでーって言って、僕らも言うんですね。なんでーって。お前あの時のチンチクリンガーって言って、なんでーってなっちゃうんですけど、そういう時にやっぱり、いい意味で生き物やからわからへんなって言って、最後までこうてみるもんやなって。
どっかでね、諦める瞬間あるんですよ。こいつをこの先生かしてても、飯ばっかり食うて、どうせ大きならんし、どっかでたぶん死ぬから、もう今肺炎で苦しそうだし、安楽死するか、みたいなパターン、諦めるパターンってあるんですね。
けど、そうじゃなかった世界線がこの目の前にあって、協力会で一投取って、みんなでなんでーって言いながら、一応喜ぶっていうところがある。で、そういうのは生き物だからわかんないよね、の光と影というか、嬉しい方のわかんないよね、悲しい方のわかんないなっていうのがあったりするから、
なんか、牛にかかわらずですけど、生き物を飼って何か仕事というかしている人間の、まあ、わりかし僕の周りもそういう方多いんですけど、そういう意味の諦めと、
06:07
なんていうの、本当、ワンダーですよね。これ日本語でうまく言えないけど、そういうものをやっぱり、生き物から感じている人すごい多いと思う。
英語出てきた。不思議、不思議な。
不思議、本当に不思議、不可思議ですよね。良くも悪くも。そういうのはやっぱ、あるかもしれないと思ってますね。
肉牛の場合はね、お肉にしてみないとわからないっていうところが、やっぱりそういう、2、3日とかじゃないから、自分がそのお肉に、その牛がお肉になるまでのその3年とか、3年前後の間のどこがどうなってそうなったのかっていう、直結しない感じ。
さっぱり。
余計にそういうふうに思わせるところはありそうですね。
数値表が1頭につき1回っていうのはありますよね。
そうそう、開けてみないとわかんないし。
ラクノはそういうのなんかあります。生き物やからわかんないなー的なのはもちろんあると思いますけど。
そうですね。基本的にはやっぱそうです。
けど、これは、そういった時期もあったし、それは今も全然根底にはあるんですけど、
この仕事って誰のためのもんかなって思ったら、要は食料作ってるわけじゃないですか。
それ自体がすごい責任ある仕事だなっていうふうには今感じてて。
わかんないことも当然まだまだある生き物だから、わかんないものはわかんないよねっていうことで受け入れざるを得ないものはあるんですけど、
その中でもいろんな研究がされてきてわかるようになってきているものとか、わざわざ考えずとも整理して現場に落とし込んで解決できていくもの、予防できるものっていうものも
昔から見たら絶対増えてるなっていう感じがするので。
以前、私は要は農業高校でしたけど、その頃にわからなかったことは随分わかるようになってきて、
09:02
当時研究対象になっていたものは、今研究する意味がないぐらいにはなってきてるんですよ。
そういった中でこの畜産業に関わっていく仕事の面白みっていうのは、ただ牛を飼う、牛を今よりもっと能力を発揮させるとか健康に長く飼うっていうステージはもう抜けてると思ってるんですよ。
もうやれるのが当然らしい。当然のようにやれる現場にしていく。
で、その先に今まで出してなかった畜産の価値を探求していくステージに入ってきていると思っているので、
そこが今すごい面白みに感じててモチベーションになってますね。
もっと人々の役に立てるためにどうしたらいいかみたいな感じでやってます。
すごい。
やっぱり生化物の違いみたいなものを今感じましたね。
どうしても贅沢品なんですよね。田島牛の肉って。
そうね。貴重だから。
あまねく日本人が手に取るものではなくて、そういった意味では田島牛こういうふうに大きく言うと黒毛和牛をやってる人間にはない価値観ですよね。
お米を生産している農家さんであったりとか、本当にそれに近い形というかね、卵も生産している農家さんであったりとか、
牛もそうかな、鶏肉もそうかな。そういう価値観みたいなものってないなと今、まざまざと思っちゃいましたね。ある種浅いというか。
牛農家さんのところは田島牛以外作ってないんですか?
作ってない作ってない。もううちのシグネにはそれしか言わせん。
餌は?飼料は作ってないんですか?
飼料は害虫で草作ってもらってて、そこに体肥をね、うちの牛小屋から出た体肥を持って行ったりとかいうことはしてますけど、作物、人間が口に入れるものは作ってないです。
田島牛だけってことね。
そうそうそうそう。
いや、そっか。すごい。牛でもすごい、大局にいる牛を選んでる人たちを連れてきたかもしれないな。
12:11
外恥と外恥を。
すごい、そうね。で、今、なんか見えてる世界線が違う感じ?
そうですね。
普段の。
そうですね、楽能の場合はやっぱり、今でこそ牛乳の値段って店頭でもかなり上がってしまっていて、手に取りにくくなってたり、1日に飲む量を減らしてしまってたりっていうのをよく聞く声。
それでもやっぱり毎日毎日出てくるものなので、本当は売りたいんですよ。もっと売りたい。
けど、コストと合わないっていうのが今、日本の楽能の現状ではあるんですけど。
だからここから楽能はどうやっていくかって言ったら、どこまで行ってもやっぱり日々飲んでもらうっていうことを捨ててしまっては成り立たない仕事なのはもう明白なので、って言ったらもうコストを下げていく。
っていうことは間違いなく行わなきゃいけない一方で、環境面ではだいぶ牛っていうのは悪く言われがちだったりとか。
あとは畜産業そのものが臭いだとか、ハエとかそういった問題を起こしやすい、問題につながりやすいっていうようなのがある中で、
ただやっぱり牛乳を生産しているっていうような状況では、なかなか受け入れてもらうのが厳しい時代にもなってきていると思うので、そういった意味で人の役にもっと立てるっていうことをコストを下げながらやっていくっていうことを思い描いていて。
多分そこに力を発揮できる産業人が育っていけば、結果的に乳牛っていうのは日本で受け入れられる、もっと言ったら世界で受け入れられる生き物になっていって、
要は邪魔者扱いされずにもっと大事にされるっていうことになれば、産業として続けていけるのかなっていうふうに思ってます。
うーん、やっぱ対極にこういるなって気がしましたね。
やっぱり、楽能家が抱えている課題意識みたいなものの流度ってすごいちゃんと細かくて、やっぱり生産者と消費者がそれなりの距離にいることがやっぱりわかったんですよ。近いという意味でね。
15:10
それがやっぱ、田島牛、神戸牛の生産している畜産農家には、さっきも言いましたけど、なかなかない価値観というか、なんて言ったらいいんだろうな。
牛乳を生産して、それを消費者に引くのは、どちらかというと福祉的というか、人々の生活を下支えするこのベースメントみたいな位置にいるような産業。すごく大事な土台のところにあるような産業なのかなって感じる。
一方で、田島牛を飼っている人間とその周りの研究者が持っている課題意識っていうのが、どちらかというと生物学的というか、かなりアカデミックで、なんて言ったらいいのかな。
本当に農業のそれを科学として捉えている福祉の方が、今、農家から見ても、多分学者から見ても、ちょっと詳しい他の一般の方から見ても、多分強いんじゃないかなっていう。
田島牛というこの血統、系統を健全に残していく方法はないだろうかっていう方面で、福祉とかそのベースメントというか、生活の下支えとか、そういうところとはかなりかけ離れた位置にあることを今感じて。だから、
主の当然に必死になっているかね。
そっちっすね。
課題の大きさが。
流度はだいぶやっぱそういう荒い。やってることはもちろん多分いいことなんだろうし、田島牛がそれで長く続けばいいんだろうけど、なんかね、そういう意味で、我々が牛を作らなければ国民は飢えて死ぬのだみたいな。
そういう意識はさすがに持っていないっていう意味で、その辛い意識の甘さみたいなものっていうのは感じましたね。ただ、同一の価値観を持つべきではないとは思ってますけど、そこに関して種類が全く違うので。
そこは違うと思う。
果たしてる責任が違うんですよね。
そうなんですよ。
そうですね。
なんかあの、天然記念物とか、絶滅危惧種とか、そういうのをどう残すかみたいな話と、田島牛を生産する上では近くて。
そうですね、そうですね。
学芸員じゃん。
え、学芸員?
学芸員じゃない。
だからアカデミック寄りって言ったのはそういうことかなみたいな。
18:05
歴史的な。
歴史的に近く生産していくかとかではなくて、この希少なものをどう健全に残すかみたいなところは確かにあって、でもやっぱりお肉として飼ってるので、そこはでも忘れちゃいけないっていうバランスはもちろんあるんやけれども。
聞きながら思ってたのは、果物でもブドウと、何にしようかな、柿って思ったけど、みかんとかバナナとかぐらいの違い。
ただの値段じゃなくて、やっぱこう年に1回食べるもの。
ブドウも世界的に見れば年中食べてたりするけど、日本の特にあんな手の込んだ一袋何千円とかするブドウと、毎日食べるできれば安い方が嬉しいバナナとかみかんとかぐらいの違いはあるなって思ったし、
なんかその生活を支えるっていう意味では、ユネスコとかに登録されるような希少な、残すことが目的であるぐらいの建物と、人々の生活を支えてる、何にしようか、もうインフラみたいな感じの。
そうですね、インフラの表現正しいかもしれないですよね。
なんかそれぐらい同じ牛でもかけ離れてる2つを今分析させて、そりゃ違うわって。
それが面白いなって。
別に喧嘩してるわけじゃないんだけど、なんかこの対比がどこまで伝わってるのかなっていうところはちょっと思ったかな。
どうですか?
そうですね。
ラムチックさんがあんまり近くないうたさんどうですか?
なんか本当に全然企画で話を聞いてきて全然違うんだなっていうのは思ったし、そうだねやっぱり向いてる方向かなって。
アオちゃんはやっぱ消費者に近いし、食を支えているっていう面で牛乳って結構やっぱ大事なラインにいるから、
どうしても見てる方向が消費者っていうか、何ていうか、大勢の人、牛さんも見てるけど、その先にいる消費者っていうとこも視野にちゃんと入れてやっているし、
牛若さんは、自分でも言ってたけど、広く全国民に行き渡るように作ってるわけではないし、やっぱり一生のうちに食べれる人と食べれない人ってやっぱり出てくるっていうその希少さ。
21:08
そのレベルですよね。
そこをやっぱり見なきゃいけない仕事であって、そういう視点で牛を見ているから、やっぱ視点が違う、立ち位置が違う。
そんなのは感じたかなっていう。
でもなんか共通するとこで言うと、やっぱり人間に必要とされることっていうのは共通してるかなと思って、
田島牛はその日本の平安時代から維持されてきた血統だっていうことがみんな知ってるし、
でもそれが、例えば県外から血を入れてしまうことによってその良さが失われてしまうってこともみんな認識してるから、じゃあなくしてはいけない、守らなければみたいな動きになってるけど、
それはでもまあやっぱり、田島牛に関わる一部の人だけの認識ではあるんだけれども、
まあでもそれで十分その保全の動きになってる。
に対して、なんか略動はその日常的に消費されるものだからこそなのか、
やっぱこう認識も軽いのかなって思ったりも、
一般の人たちの認識として軽く思われがちなのかな、
でも牛もやっぱりそのホルスタインだって長いその人間との歴史の中でずっとその良いもの選ばれて残ってるのが今のホルスタインっていうのはやっぱり田島牛と一緒だと思うし、
そういう意味でやっぱりなくしては、一回なくしたらいけないものっていう認識はみんな一緒だと思う。
どっちも一緒だと思うんだけど、何が違うの?
わかんなくなっちゃった。
目的じゃない?田島牛から生まれる目的でだいぶ話が変わるな。
根底は一緒なのに、どこでこんなに違うのかなって言うと、だから変わりがあるかどうかかなっていう。
変わりとなる、だからそれはその知ってる人と知らない人の度合いで変わりにはならないって思う人もいれば、
全然牛乳じゃなくていいじゃんっていう人だっていろいろいるとは思うんやけれども、
田島牛はもう変わりはいない。
けど、牛乳、ホルスタインとかそういう楽能業とかじゃなくて、牛乳という消費者の手に届く形で言うと、
牛乳に代わる食品というものが今はたくさんあるし、何なら体質的に飲めない人だっているし、
24:05
そういう人のために開発されてきたものがすごく今は、食品の業界の努力によってすごくおいしくなっているから余計に、
牛乳もおいしいんだけどこっちもおいしいよねみたいな選択肢が広がったことも一因としてないのかなって。
何が違うのかっていうと、そこら辺で道が分かれて、やっぱり見えている世界線が変わってくるのかなって思ったんですけど、どうですか?
でも、やっぱり同じ牛界として多分同じような、多分同じ山を登っているんですけど、
途中からか最初からか全然違う道をまず歩んでて、全然違う景色を見ているようなっていうのはやっぱり最初から感じてて、
牛乳ってかなり、僕がそう育ったからですけどすごく生活の一部にあるのに対して田島牛の肉、神戸ビーフの肉っていうのは一部ではないですよね。
田島牛の肉ってどこかのタイミングで急に現れるボーナスみたいな。なくったって気づかない。その宝箱通り過ぎたって気づかないような。そんなもんだったりするかもしれない。
だからやっぱり求められているスタンスももちろん違ければ、多分なさなければならない責任っていうのも違うんだろうなっていうのは感じたけど、
ただ唯一共通しているのは同じその牛という生き物を丁寧に飼っているっていうのは、それだけは確実に共通しているなと思っていて。
さっきの牛と顔つき合わせというか、牛と見つめ合ってみたいな話をしてましたけど、結構冗談じゃなく、それって僕やってて、
アオちゃんさんわかるかな?牛って顔で喋ってくるじゃないですか。今日調子悪いんですよみたいな。
わかるんだ。
あるんですよ。
今日中痛いんですみたいな。
表情で。
明らかになんか、本当ビビったら物はちょっとわかりにくいんですけど。
後ろ姿でわかりますね。
後ろ姿わかる。おかしいもんだって、体調悪い時の牛の背中が。あるんですよ。
だから、それをある程度パッと見てわかるレベルには、普段我々は本当に牛に対して向き合っていて、冗談でなく顔つき合わせて見つめ合っていて、
27:07
彼らもきっとこちらのことをちゃんと見てるんですね。
それはやっぱ実感としてすごくあるので、多分どういった形であれ、牛のためと思ってやっていることが何かの形で報われることに、
僕はある種やりがいみたいなものを感じてますが、
そういったものっていうのは牛界はある程度みんな持っているのかなっていうのは思いましたね。
やっぱりな、みたいな瞬間、僕好きなんです。牛飼ってて。
生き物相手だからわかんねえわって話さっきしたばっかなんですけど、
わかんない中にもわかる何かがあって、それが的中した時に、
牛と俺ちょっとつながってるわって思う瞬間があって、そんな未来一つも考えたことなかったんですけど、生きていく中で。
今後どうなってるかもわかんないんですけど、やっぱりなの感覚は好きです。
やっぱお前40度あるやんみたいな。
よくないですけど。
熱あるやん。
俺騙せないぞと。
なんか楽しそうな顔しとるけど熱ある顔しとるなみたいな時あるんですよね。
あります?あらちゃんさんも。
ありますあります。
すぐわかるようにはなってますね。
もうほんと業界入ってすぐなんかは、要はその道のベテランさんが言うことは全くわかんなかったんですけど。
わかんないですよね。
今は全然その意気わかるし、そういうことかって思うので、
それをできるだけ早くやっぱり新しく業界に入ってくる人に伝わるようにしていきたいなとは思ってますし、
で、その先のやっぱり仕事の楽しさっていうものに気づいてしまったので、
昔はその一生かけてでも牛を探求するっていうことができる仕事だなって思って、
要は飽きがこない仕事だな、牛と関わること自体がって思ってたんですけど、
あっという間に飽きるわって思って、それだけやった。
飽きちゃったんだ。
もうわかっちゃうんですもん。
こいつはここがこうなってるから、こういう治療したらいいなとか、こういう対応したらよくなるなっていうことがだいだいわかってしまっているので、
正直この地域、富山は獣医さんがいないんですよ。
30:01
え?
全くいないってわけじゃないですけど、もう呼んだらすぐ来るみたいな状態性は取れてなくて、
なので、そもそも病気にさせないっていうことから始まって、病気とかトラブルが起きても全部楽農家の手でやってしまうっていうことができないと、
目の前で失う命があまりにも多すぎるっていう事態になるので、
そういった状況に置かれるとやっぱりやれるようになるし、
もう探求とか言ってる場合じゃなくて、できないと牛が死んでいくっていうような事態に何度も涙なんか流してる場合じゃなくて、
その一頭のために涙流してたら他の牛がダメになるなんて事態は過去に何度も経験してる中で言ったら、
やっぱその何を相手にしてるかっていう目の前の生き物が何なのかっていうことが見えてくると、
今後入ってくる人たちに同じ思いをさせたいとも思わないし、
まあそうやって大きくなるんだよ人は、この業界の人はっていうのもあまりに辛すぎるので、
まあそういった意味で誰でもできる仕事にしていった上で、
同時にそれが達成されれば牛を飼うだけの仕事じゃなくなるっていうことが面白さでもあって、
確かに牛乳とか牛肉とか栄養価があって美味しくて、
そういったものを世に送り出すっていうだけでも尊いはずなんですけど、
やっぱと同時にすごい社会の役に立てることができる、
特に日本の社会においてこの畜産はっていうことが、
そういった視点でこの業界を捉えることができるようになった手前、
それできたらもっと目の前の牛たちにうまいものを食わせてあげれるかもしれないし、
より良い環境を提供してあげることができるかもしれないし、
って思ったら、なんか俺が感覚がおかしいのかもしれないですけど、
俺別に食って生きていられればよくて。
ただ目の前でけなげに私たち人間に付き合って牛肉を提供してくれるようなこの牛っていう
いってものに対して今よりもっと良い環境を提供するために私たちはいるなっていう風に思ってるから、
それを達成するためには本当見えるようになってきた世の中のためにもっとなるっていうものを実践して、
33:03
社会に知らしめて価値を上げてこの業界がそういった意味で儲かる仕事になれば、
たぶんここで働く人たちはかつて私が経験してきた、何ならもっと前、
楽能が日本に入ってきた時代に苦しい思いをしてきたこの産業人たちと同じ思いをさせなくても、
もっと進んだ喜びを感じれる仕事になると思うので、
それが次世代に繋いでいく、今この業界にかかる私の仕事かなっていう風に今思うようになってます。
いい、すごいですね。楽能ってちゃんと巨人の肩の上に立つをやろうとしててすごいですよね。
感銘を受けた。
いや、ちくさんそれないわー。
いや、そんなことはないところではないですよ。
俺が巨人だって言ってる奴しかいねーもん。
そう言われるようなことをしてらっしゃるしね。
勝ち負けじゃない。
だから仕事としては同じ牛を扱っているけれども、人間国宝のそれに近いじゃないですか。
そうですね。
それが価値みたいな。
存在自体が価値みたいな。
で、それを残していくことが宿命みたいなところあるじゃないですか。
ありますね。
天皇一家みたいな。
やっぱ相手にしている、同じ食料を生産するっていうことの経済、そういった経済合理性の上にそれらを達成しないといけないっていうところで言ったら、
相手にするべきものが違ってくるし、人間が違ってくるしっていうのはもうしょうがないと思うんですけど。
でも間違いないのは相手にしているのは牛で、っていう仕事ですよね。
そうですね、そうですね。
どちらも素晴らしいでしょ。
そう、どっちもすごい。結論どっちもすごい。
どっちも必要だし。
いや、いいですね、いいですね。楽能のその話聞けたのは僕の中ですごく大きいな。
多分田島って肉牛の世界の中でもまた異質じゃないですかね、本当に。
特に異質ですね。
ジャンルの中でも違うから。
多分ね、同じことを僕と県外の肉牛やっている人で喋っても、
いや全然違うけどってなる部分ってすごく多いと思うくらいには、
おっしゃっている通り、異質な肉牛ではあると思うんですけど。
36:05
大分でもエコノミーという部分でも、
社会的な立ち位置みたいな点でも、
何だろう、田島の人は、田島牛、神戸ビーフをやっている人は、
まだ持っていない視点みたいなものをいくつか先に到達されている感はやっぱりあって、
行くとこまで行けば田島牛だって神戸ビーフだって、
多分そういった責任感みたいなのはもうちょっと強く持って然るべきなんじゃないかなと思っているんですね。
なんですけど、これこそさっき言ってたみたいに、
種を守るごとに薬器というか、種を保存する方向っていうのに、
アカデミックに力を入れているっていうのは感じたので、
どちらが良い悪いではもちろんないことは分かりつつも、
足りてないって思う瞬間、やっぱり今回めっちゃありました。
うん。
なんかその、田島牛を残す価値みたいなのが、
肉質とか、ブドマリの良さとか、
そういうところにフォーカスされすぎている感はあって、
多分思います。
それ以外の今、青ちゃんが言ったような、
そこじゃない価値みたいなものをやっぱり提供して、
それこそ血統とかだけでもなくて、
なんかそういうのがあると、もっとその、
なんか種の保全だけではない取り組み方みたいなものも出てくるんじゃないかなと思うし、
もしかしたら個人ではやってる人もいるのかもしれないし、
なんか、見えてないだけでそこにあるみたいなものは絶対あると思うので、
それを、牛若さんって今この業界に入ってどれくらいなんですか?
6年くらい?
長くないですよね。
長くない長くない。
ですよね。
なんで今から、いつまでその田島牛を飼われるかは全然分かんないですけど、
なんかそういうのを今から全然発見する可能性だってあると思うし、
ですね。
是非、今の青ちゃんみたいに田島牛を背負って立つみたいな人になってください。
巨人の肩に乗りてー。
いやマジでね、田島の畜産、巨人を見失いすぎだと思う。
できるかもしれないと思うので。
いいね。
と思うので、是非そうなってほしいなって、田島牛に関わってた人間は思います。
39:04
そうですね、本当にそうですよね。
俺が牛と関わって思うのは、業界に関わってて思うのは、
こう言われている、これがいいと言われているっていうその言われが間違ってる場合は大いにあるなと思って。
あるあるある。
それが一般化してしまっていて誰も疑ってないみたいな。
はいはいはい。
でも頭の片隅でどうもうまくいかないんだよな常にっていうのがあるけども、
あの先生が言ってたからこれが正解なはずだみたいなのが本当に多くて。
やっぱり牛そのものを見る力を持っている人って間違いなく育たなくなっていると思うんですよ。
多分これ落農とか肉牛とかだけに限らず農業全般で言えるんじゃないかなって思うんですけど、
その作物とか自然相手にその仕事、農業できている人って少なくて、
っていうのは農業っていうのは厳しいからいろんな人に支えられて楽にしよう楽にしようっていう風にした結果だと思うんですよね。
それによって技術者が育ってないから、いわば誰でもそれなりにできる仕事になってしまったために価値っていうのは下がっていくんだと思うんですけど、
その道を選んだのはこの業界なんで、そういった構造かなと思うんですけど。
でもそれだとやっぱりこの仕事の魅力って育たないよなっていう風に今はすごく思ってるから、
誰でもできるようにするっていうのは一つなんですけれども、単純ではないですね。
何て言うんだろう。
なんか目の前の自分が手をかけているものと向き合うことがむしろ農業とか畜産の醍醐味だと思ってたんですけど、
そうじゃなくて楽っていうのは確かに大事だとは思うんですけど、
間口を広く長くするために。
ただじゃあなんでそうならないんだろうね。
多分作業と向き合ってるんですよ。作業とかその数字とか言われとか教科書ですよね。
そういったものと向き合って現場に落とし込んで、その通りやる人がうまくいってるみたいな風にはなってるけど、
でもそれって牛見てますかとか、作物見てますかっていう形になってきてる気がする。
それそのものを見入って解釈できる力を持った人は育ってない。
だから分かんなくなったらコンサル呼ぶとか、どっかの先生呼ぶとか、
42:02
そうしないと自分たちの目の前の牛すら守れない技術者になっていってしまってるので、
それでどっか天井が見えちゃって辛くなって辞めるとか。
ありがちー。
多いかな。だから手段が目的になってるっていうのは本当にもったいないことで、
私たちは何のためにこの日本で、私だったら高岡、富山で乳牛を飼ってるのかっていうこと、
それ自体が目的のはずなんで、社会の目的のはずなので、
だしそこにやっぱり仕事があると思うんですよ。
牛を飼ってるだけでは仕事にならないっていう。
多分その本質、仕事の本質を見失ってるから多分農業、楽能に限らず、
どの仕事を見ても若い人がすぐ辞めちゃうとか、
ある程度できるようになったら辞めちゃうっていうの。
できるようになって、そこから先がやっと見えるようになるのに、
その解釈ができずに、もう行くとこまで来ちゃった、飽きちゃったなみたいな。
次にもっと自分の力を活かせる仕事はないかなって。
いや今からその力をこの業界で活かすんでしょうかっていうふうに思うんですけど、
そういう人が本当に多くなってしまっているのは、
やっぱり日本を弱くしている一員なんだろうなって思うと、
そういった意味で厳しさは必要だよなって思うんですけど。
うーん。
はい。
はい。
はい。
今のしみた?
返事だよ、返事だよ、挙手のほうじゃん。
すみません。
すぐに置き換えて引いてました。
100年楽能味が出てきたんで、あれなんですけど。
こんな話ばかりしてます。
確かに、仕事を選ぶときに、
自分がやりたいかどうかみたいな気持ちで、
選ぶことが悪いとは思わないんですよ。
でも、そこは入り口、ただの入り口であって、
じゃあ実際やってみて、
得られた経験とか知識とか、
もっとすごいいろんなものが得られる中で、
じゃあ自分がどこに身をどっち向いて、
どこに行こうとしているのかみたいなものを、
だから牛と向き合うとか、
自分が仕事で向き合っているものと向き合うんだけど、
やっぱり同時に自分と向き合ってないとダメなのかなって、
今すごい思って。
なんか、田島牛の話で言うと、
45:00
田島牛って種の保存っていう大義名分がでかすぎて、
逆にそういう向き合うみたいなところに、
行かない人が多いのかもしれないなって思ってて、
迷いしろがないみたいな、
それは勘違いかもしれないんですけど、
ルールがでかすぎる、縛りが大きすぎるっていう。
だから制限が多いっていうのはもちろんあるんだけど、
だからってそこで思考停止してはやっぱりダメなわけで、
今後も飼い続けるためには、今後もその種の保存をするためにはやっぱり、
先生に任せていればいいみたいな話では絶対ないので、
そういうところの違いかもしれないなって思ったし、
今、藤岡さんは酪農業界との差が大きいみたいな認識してるかもしれないけど、
多分、青ちゃん個人と田島牛っていう業界の差がすごいでかいみたいな、
何ならレイヤーが違うみたいな話の感じがしてて、
今、青ちゃんが課題として挙げたことは、だから酪農業界にもそういう、
まだ視界、視野が狭いとか、みたいな人も多いことが課題であるわけで、
青ちゃんみたいな人がばっかりいるわけではないっていうことを、
藤岡さんに伝えたい。
青ちゃんのレベルが高かった。
ヤバいサンプルを連れてきてしまった。
お互いにね、お互いに、
高級カードを持ってきました。
お互いにすごく、同じ視界ってまとめたけど、やっぱ違うんだなっていうのをすごく思ったし、
だから違うからって言って触れないのではなくて、
お互いの世界線みたいなものをこうやって出し合うことで、
やっぱり新しく見えるものとか、それこそ視野が広がるみたいな話とかもあると思うんで、
同業者との話し合いとか、共有とか、そういうのももちろん大事だけど、
たまにはこういうでっかい話みたいなものをするのも、なんかいいんじゃないかなって勝手に思いました。
まさしくまさしく。
聞いててわかったのは、2人とも牛が大好きなんだなっていうのは。
牛好きっすよ。
牛が好きじゃない人は牛飼えるんですかね。
飼ってる人もいますけど。
飼えるんですね。
48:00
飼うことはできる。
どこを、なんだろう、基準に持ってくるかの違いかな。
どこを向いてるか問題ね。
牛が好きだから、牛の関わる仕事をしたいっていう人もいると思うし、
言ってしまえば、ちょっと嫌な言い方だけど、牛をお金を稼ぐ道具として見るかどうかみたいな。
それだったらもう、牛に対する好き嫌いっていうのは一切関係なくなってくるから、
本当にそれは人それぞれな気はするが、でも今日ここに来てくださった2人は牛が大好きなんだなって。
それは間違いないし、
でもなんか今日のクローお話とかそういう話をいろいろ聞くと、
牛嫌いだと飼ってられなくなるんじゃないか。
そんな儲かるわけでもないし、
多分どっかできっと見切りつけるんだろうなとはね。
続かない気がすごくするし。
60年前なら牛嫌いでも牛飼ってられたと思いますよ、儲かるから。
うち母の実家農家だけど豚飼ってた。
豚なのか、牛じゃないんだ。
牛じゃなかったけど豚だったけど。
家畜がいるっていうことは貴重でしたからね。
でも昔はそれこそその農業に牛を使ってたわけで、
やっぱそんなめちゃくちゃ昔じゃなくても大昔じゃなくても、
牛ってもっと人間に近い存在だったはずなんだけど、
っていうことをもうちょっと一般の人には、そう思ってない人には知ってほしいなって。
今の世代の人にはなかなか伝わらないでしょうね。
コト、タジマウシはね、もともとその駅牛っていうか、
本当、農業のね、言ったトラクターとして使うとか、
荷物を運ぶためだとして使ったり、
で、生まれた子牛が、ぼちぼちA門やから養うれるみたいな感じで
飼ってた人が最初で、
で、それはほんのこの30年40年くらい前まで、
うち牛おったで1頭だけみたいなのが、
タジマ地域にはもうゴロゴロいるんですよね。
今となってはさすがにもういないんですけど、
なんで、世代がもう一回り二回り変わってしまったが故にそれは、
ね、昔の話みたいになっちゃってますけど、
牛は多分思ってたよりも近いところで我々を見ていたはずなんです。
だから、なんだろう、他の家畜と比べるもんではもちろんないだろうけど、
51:01
なんか、これは完全に個人的な、個人的な意見ですけど、
豚とか鳥がこっち見てる時より、牛がこっち見てる時の方が、
ちゃんと人間の方を見てる顔してていいなって思います。
なんでだろう。
鳥怖いな。
鳥は怖いのよ、やっぱり。
鳥怖いよね。
鳥怖いよね。
あいつら。
分かる、分かる。
怖いわ。
鳥はなんかちょっと、怖い。
次何してくるか分からんもんな。
攻撃対象として見られてそうで怖い。
ちょっとこっちのことご飯やと思ってる牛あるし。
分からんもんな。
うん。
分かんない。
ほんと顔読めないよね、鳥。
いや、牛はよく分かるんや、それが。
生き物としてやっぱ好きですね。
そういう意味でもね、関係性がすごく。
なんか犬好きな感覚に近いかもしんない。
なんかずっと人間といたんじゃないかな、みたいな感覚があって。
家畜ですね。
だとしたらなんで食うんだよって話になりかねえんけど、
それは一回置いといて。
一回置いといて。
それは生き物だからです。
生き物だから。
それも含めて共存してきたっていうことですか。
そうそうそうそう。
そこを抜きではね、タジマウシは成立しないので。
いやー。
ね。
いやー。
みんな虫飼えよ。
なんか、そういうその。
みんな虫飼えよ。
一人一頭ぐらい飼えよ。
だから人間と遠い存在になってしまったこの現代での導入の牛としては、
タジマウシってそんなに大きすぎもん。
大きすぎないし、で触ると気持ちいいし、
なんかそういうその人と触れ合う上でのタジマウシの良さってあると思うんですよ。
うん。
400キロ。
可愛いし。
400キロあるけど。
比較的小さいけども。
牛の中では小さいけど、人間と比べるとそれは大きいんですけれども。
その辺の感覚がバグっているのはやっぱり牛を触っている人。
最初に帰ってくるけどね。
100キロは小さいからね。
100キロはやっぱり小さいね。
100キロはそうかね。
小さいですよ。
だって頑張ったら抱えれるでしょう、2人は。
いや無理ですよ。
100キロは無理だ。
無理ですか。
無理ですか。
100キロは無理だよ。
僕はたまにやっちゃうかもしれない。
あ、すごいな。
やりますね。
これが若さか。
日々の鍛錬ってことで。
日々の鍛錬。
長くはできるなと思ってます。
ここは思考の喫茶店。
対話を聞きながら考える時間を楽しむ。
54:00
そんな一時を過ごしてもらえたら嬉しいです。
本日はいかがでしたか。
またのご来店をお待ちしております。
54:15

このエピソードを含むプレイリスト

コメント

スクロール