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episode.38 前編 IRODORI 中村美奈子さん
2023-07-12 40:47

episode.38 前編 IRODORI 中村美奈子さん

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episode.38 前編
ゲスト▷ IRODORI 中村美奈子さん

今回のゲストは那智勝浦町にあるエシカルなセレクトショップIRODORIの中村美奈子さんです。

おとなしくはない学生時代/自然療法への興味/バー・マツエク・スナック/無人販売BOX/初期IRODORIとハードな生活

などについて話ました。
番組のオープニングのエンディングの楽曲はお寿司のともみさん @osushinotomomi のアワーヤングです。

楽曲が気になった方はお寿司のともみさんの通販サイト、Spotifyをチェックしてみてください。

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00:20
まずその自己紹介的なところと、どんなお店かというのをちょっと教えてもらいたいんですけども、はい、いきなり、これも入ってるん?
あ、一応入ってます。 ちょっと待ちくださいよ。
簡単に自己紹介からしていただいてもいいですか? もういいの?
あ、お願いします。 なち勝浦町でイロドリというお店をやっている中村美奈子です。
はい、よろしくお願いします。 イロドリっていうのは、どんなお店なんですかね?
えっと、まず伝統的製法の調味料をはじめとして、あとはオーガニックの食材だったりとか、日用品なんかは環境に配慮したものですね。
割と全般的に、身体とか環境に配慮した商品を取り扱ってます。
なんか、はかり売りみたいな感じで、なんかMOBOさんの収録の帰りに、田辺店の方に寄らせてもらって、
本当ですか?ありがとうございます。
結構、田辺でもすごい尖ったというか、感じのお店なんですけど、それがさらに、なち勝浦っていうのは、なんかすごいなって感じなんですけど、
いやいやいや、尖ってますか?
尖ってると思うんですけどね、なんかすごい大都会やったら、東京とか大阪だったら、なんかこういうお店もあるっていうのがわかるんですけど、
ないですもんね。
この辺でやってるっていうのが、なんでこうなったのかっていうのを、ちょっとこれから根掘り葉掘りと聞かせてもらいたいんですけども。
まず、中村さんの生まれはどちらですか?
なち勝浦ですね、ここです。
あ、ここで。もうこのお店の近くですか?
うーん、来るまで5分くらいかな。
そうなんですね。なち勝浦ってどんな町ですかね?
どんな町?
なんかあんまりイメージが、ま、マグロぐらいしかないんですけど。
そうですね。海あり、川あり、山あり、自然豊かなところじゃいますかね。
そしたら、子供の時からもずっとここで育って?
育てます、はい。
昔どんな子供やったとか覚えてますか?
小さい時のことは本当に覚えてないんですよ、あんまり。
なので学生の時ぐらいからしかこう、はっきりとしたことはあんまり覚えてないかもしれないです。
周りの大人からどんな子供やったって言われてたとか?
小さい時は大人しかったんじゃないかな。保育園ぐらいしかちょっと覚えてないです。
03:00
何が好きやったとか、そんなんも全然覚えてない。
本当に覚えてない。小さい頃のことは覚えてない。
記憶があるのは小学校、高学年ぐらいから?
ぐらいかな、うん、それぐらいだと思います。
その辺の記憶ってどんな感じですか?
その辺からは、うーん、にぎやかな人です。
にぎやかないな。
おとなしくはないですね。
プラスの立ち位置的に結構中心的な。
おとなしくはないと思います。
おとなしくはない。
ナチカツーラの子供って、小学校って何人ぐらいの学級なんですか?
私の時は4クラスだ、違う。3クラスかな。3クラスか4クラス。
結構多いんですね、人口は。
私までが多かったです。
その下からは1クラス減った気がしますけど。
ナチカツーラは全体で人口とかどれぐらいなんですか?
今ですか?今どうなんだろう?知らない。
どうなんだろうね。
2万もいないのかね。
アリダとかよりちょっとちっちゃいぐらいの規模なんですかね。
そうかも、知らないです。
中学校に?
そうですね、そのまま。
その辺から記憶がガッチリと。
ありますね、中学校はさすがにありますね。
中学校の時どんなこと好きやったとか、そんなの覚えてますか?
どんなこと?本当は遊んでただけです。
何して遊んでたんですか?
学校終わってカラオケ行ったり、本当は友達と遊ぶばかりでした。
中学校からカラオケ行くって結構。
でも本当に頻繁に行ってましたよ。
そうなんですね。流行ってたんですかね、カラオケが。
流行ってましたね。
そうですね。
中村さん生まれは何年ですか?
昭和?昭和57年。
だけど56年の年です。
早生まれで。
そうか、その時ってちょうどカラオケとかめっちゃ中古とか流行ってる時ですよね。
部活やってたりとかはしてないんですか?
大したことはやってません。
遊ぶことに一生懸命でした。
学校終えてもうひたすらカラオケに友達と行ったり。
ちょっとはね、クラブも行きますけど。
遊んでましたよね、きっと。
なちかつらの子はどこで遊ぶんですか?
遊ぶとこってないんですよ。
なかったから、カラオケ行ったりとか。
それこそ駄菓子屋さんとかに行けば誰かいるみたいな。
そんな感じでしたね。
カラオケボックスはあったんですか?
あったんです。2つぐらい。
2つ3つぐらいあったのかな。
06:00
そのままカラオケしつつ高校進学ですか?
そうですね、6人勉強もせず。
6人勉強もせず。
高校はどこ行くんですか?
高校は隣の新宮市にある。
新宮市にしか高校がないんですよ。
なちかつらにはなくて。
だけど電車で10分15分ぐらいかな。
そこに行きました。
高校時代はどんな感じですか?
高校時代はもっともっと遊んでました。
そんなにそこも良くなかったとは思います。
ギャルとかそんな感じですか?
別にそういう時代ではなかったと思うけど。
でも一生懸命遊んでましたよ。
ちょっとヤンキー寄りな感じなんですか?
いやいやそんなことはないです。
そんなことはないけど。
こんな言っていいかな。
言っちゃってくださいね。
ひたすら◯◯にはいってました。
これ使えなかったらピンやってください。
ちょっと言ったらあかんかもしれないですね。
そうなんですか?
そうなんですよね。
バイトが終わって遊びに行くっていうのが本当に日常だったんですよ。
バイトは何やってたんですか?
バイトはいろいろありましたよ。
中華料理屋さんでも働いたし。
服屋さんだったりね。
バイトしてお金貯めてってこともないんですかね。
そのままパッと使って。
お金で遊ぶみたいな。
そんなことばっかりやってましたね。
カラオケ当時も変わらず?
カラオケというか食事に行ったりがめちゃくちゃ多かったと思いますよ。
遅くまで比較的毎日遊んでましたね。
その時何が好きだったとか?
何が好きか…
何が好きもなく本当にただ遊んでたんじゃないですかね。
毎日。
そうなんですね。
何だろうか。
音楽とか映画とか。
映画はね、私全然興味がないので。
でも音楽とかじゃないですかね。周りがバンドやってたりっていう友達が男の子とか多かったんで。
そんな感じなのかな。
ちなみにカラオケでは何を歌ってたんですか?
カラオケは何ですかね。
その時代のものじゃないですか。
その時代のもの。
その時代に何が流行ってたんですかね。
私らの時はそれこそ小室ファミリーの前世紀ぐらいじゃないですか。
多分とかね。
が流行ってた気がします。
じゃあTRFとかアムロジャムとか。
09:02
そういう感じでしたね。
高校はもうひたすらバイトして遊んでみたいな。
そうですね。
そんなに勉強もしなくていい学校だったというか。
進学するようなあんまりいい学校ではなかったので、就職の方が多かったので。
そのまま就職ですか。
いや、それがね。
就職もせず。
就職もせず。
すぐすぐはね。
ちょっとだけ遊んでました。
バイトしながら必ず遊んでみたいな。
それは地元の友達と遊んでっていう。
そうですね。
あんまり何かよそを行きたいというか、大阪に行ってとか。
えっとね、卒業してすぐは、
なんかちょっと点々と友達のとことかに行ったりしたんですけど。
そう、本当に遊んでましたね。
だからね、こんなの誰に聞いても面白くないから。
具体的な遊び一緒と一つもらっていいですか。
いや、だから本当に○○にしかいないんですよ。
本当に。
そうなんですね。
そこからどうなっていくんですか。
中村さんの人生は。
何も出ないですよ、この話で。
なんかオーガニックとかに今のところ一切繋がってないんですけど。
そうなんですよ。繋がっていかないでしょ、まだまだ。
ケミカルな方に行きそうな感じなんですけど。
ケミカルですよね。十分ケミカルな生活でしたよ。
そこからお仕事ですか。
そこからちょっと働きましたね。
何をしたんですか。
一般的な、普通に。
一般的な。
事務員みたいな仕事を。
なるほど。
そうですね。
事務員さんになって、そこも。
そこからはちょっと結婚して、その間結婚して子供を産んで離婚してっていうのがあるので。
ここは始めていただければ。
ちなみに何歳で結婚ですか。
21か22か、そのどっちかですね。
結婚して、結婚生活何年くらい。
結婚生活はもう。
ショートな感じで。
もう少しです。
離婚して。
そうですね。
そこからですよ、まともに働いたのは。
だからそうですね、若い時は本当にろくな働きはしてないですね。
じゃあお子さんもその間に生まれて。
一人生まれて、はい。
じゃあそこから女で一つで育ててみたいなモードに。
そうです、そんな感じですね。
お仕事はどうするんですか。
なんかちょっとね、いろいろ時系列が結構あやふやというか。
12:02
ちょっと間違ってるかもしれないんですけど。
最初は子供がまだ小さくて、保育園に預けて働きだしたんですけど。
それも普通になんかパソコンする仕事をやってました。
なんかこう輸入したものをネットで売るみたいな。
やってるところで働いてたって感じ。
それもシングとか。
シングですね、はい。
そこはどれくらい勤めるんですか。
それもあんまり覚えてないんですよ。
何年か行ったんですけどね。
そこを辞めてまた違う仕事に。
そこに行きながら夜の仕事もやってたんです、働いてたんです。
ショットバーで働いてて。
シングの。
それはナチカツーラですね。
ナチカツーラにショットバーがあるんですね。
あったんですよ、その時はいくつも。
ショットバーって何ですか。
ショットバーって何ですか。
ショットバーって何ですか、マスターがいる。
そのカクテルとかを飲むような。
普通のバーとは違うんですか。
いや、一緒ですよね。
ショット要素は何なんですかね。
何だろう、ショットバーって言いますよね。
バーでいいのかな。
バーでいいのかな。
バーで働いてましたね。
そういう目的あってとか。
知り合いに頼まれて、週何回だったらいけるよみたいな感じ。
なるほど。
その時はどんな感じで過ごしてたんですか。
朝、保育園に送って行き、仕事行き、
5時に終わって帰って迎えに行って、
ご飯してお風呂して、
母と交代して、
夜に行くっていうスタイルをしてましたね。
結構ハードな。
いや、めちゃくちゃハードでしたよ、本当に。
そこからすごくハードな生活が始まったぐらいですね。
その期間はどれぐらい続くんですか。
いや、何年も続きましたよ。
その時に、自然療法だったりとか、子どもを育てる上で、
そういうことに出会ったんですよ。
それは何かきっかけあったんですか。
なんかね、遡ればなんですけど、
私が高校3年生の時に、
何だろうね、ヒーリングっていう、
癒しの仕事みたいなのに興味を持ったんですよ。
15:01
そこに行きたいな、
英国式リフレクソロシーみたいな。
そこに行きたくて、行きたいなと思ってたんですけど、
別に将来のこととかも考えてなく、
進学も就職も何も考えてないまま、
ここに興味があるなと思いつつ、
そのまま行かなかったんですよ。
今だから言えるんですけど、
担任の先生には就職決めろ、進路どうにかせみたいな。
それがめんどくさくて、決まってもないのにここに行くからって言って、
だから今だに卒業の時の進路先みたいな、
行く予定もないのに書かれてたはずなんですよ。
行ってもないのに。
リフレクソロシーの頃が。
それがずっと残ってたのか、
すごく興味があって、
その頃に、ちょうどお昼働きながら夜も行ってる時に、
週に1回くらいだったのかな。
大阪に通って、
1年くらい通ったのかな、
半年か1年くらいか通って、
それを資格を取得して、
リフレクソロシーの。
そうそうそうです。
それくらいからそういうことにすごく興味をどんどん持ったんですよね。
子育てにどうにか生かしたかったみたいなのがあった。
そこでちょっとそういうことに興味を持ち出して。
そうそうそうそう。
食事にはすごく気をつけてて、
子供のことに関しては市販のものを食べさせないとか、
冷凍食品は使わないとか、
できるだけそういうのをやってて、
そういうのを知れば知るほどもっと知りたくなり、
いろいろ独学で勉強したりとか、
そういうのを続けていたんですよね。
独学で勉強するにしても、
学校も通うようになったりとか、
結構ガッツリと入っていくんですけど、
ゆくゆくはそういうことを仕事にしたい?
いや、全然思ってなくて、
多分、子育ての知識として欲しかったというか、
自分が生きていく上での知識として欲しかったぐらいなんですよ。
そんな将来のこととかは全然考えてなくて。
それが何歳ぐらいの時ですか?
それもね、本当に覚えてなくて、
20…どうなんだろう…3とか4とか。
でもちょっと本当にわからないです。
でも25は超えていないと思うので、若い時ですね。
18:01
そんな時にそういうことに興味を持つのって、
結構珍しい感じがしますね。
だから人に言っても伝わらなかったし、
そうなんです。
時代的にもそんなに浸透していない時ですよね。
そうなんですよ。
そこからどうなっていくんですか?
そこからね、お昼を辞めて、
自分でバーを出したんですよ。
スナックでも働いてて、
で、自分でバーも出したんです。
一緒にやる子がいて。
だから飲み屋さんをずっとやってましたね。
でもやっぱりそっちの身体を整える方にすごく興味があって。
そこでアイルベイダーってわかりますか?
聞いたことはあります。
今だったらね、すごいいろんなところであるんですけど、
当時は全然アイルベイダーっていうのはあんまり知られてなくて、
そんなに日本にもサロンがなかったんですよね。
一つの県に一つも全然ないくらい。
インドの伝承医学って言われるものなんですけど。
眼球に油を垂らしているイメージしかないんですけど。
それとかね、このおでこにやったりとか、
そこに興味を持って。
これを知ると、いろんなことがわかるんじゃないかなとか。
で、それを学びに行って、
埼玉だったかな。
あいまあいまに通って。
すごいですね。あいまに行ける距離じゃないですよね。
行ける距離じゃないんですけどね。
で、やっぱり現地に行きたいってなって、
そこからインドに行ったんですよ。
インドのクリニック。
すごい。
思いつきですよね、本当に。
インドのクリニックに入って。
働いてって感じですか?
インドでは医学なんですよ。
なので、お医者さんからしか学べなくて。
で、インドのクリニックに、
毎日、日中はそこで入って学ぶみたいな。
施術を受けながらずっと学ぶっていうのを、
数週間、3週間くらいだったかな。
ちょっと覚えてないんですけど。
ずっと滞在してっていうのをね。
すごいですね。
セラピストの資格をいただいて帰ってくるみたいな。
そう。
でも当時はね、ホントエルヴェーダーって誰も知らない時から、
ちょっと宗教みたいなぐらいにしか思われなくて。
それ何歳ぐらいの時ですか?
それもだから、その頃ですよ。
25前後とか。
娘がね、まだ保育園の頃だったから、
21:03
4歳ぐらいだったのかな。
3歳ぐらいかな。でももうそれぐらいだったと思います。
15、6年前とか。
本当にそれぐらいですね。
2007年、それぐらいだったら全然浸透してないような。
知らないと思いますよね。
で、そこでいろんなことに考えさせられたというか。
そこで自然な、より自然な暮らしというか子育て。
薬を使わないんだとか、自然なものを入れないとか。
なんかそういうのが身についたって感じですね。
で、帰ってきて。
帰ってきて、でもあんまり覚えてないな。
まだバーは続いてる?
やってました。やってて。
ちなみにどんなバーやったんですか?
どんなバーも、本当になんてないありきたりな。
本当、なんて言うんかな。
カクテルがあって。
そうです。
それは何年かやったのかな。
音楽イベントとかをやったりとか。
若い子が多かったんでね、周りにも。
そういうのをね、なんかやってましたよね。
学んでることと仕事してることがすごい真逆な生活が。
そうなんです、そうなんです。
おかしな。
これが真逆が一つになっていくんですかね。
なってくんですかね。
その生活はどれくらい続くんですか?バー期というか。
分からない。何年くらい。
それを考えるとね、本当は分からないんですよ。
年数も分からなければ。
いくつの時とか。
どっちがどの順番っていうのがあんまりちょっと難しくて。
でもその間とかにもいろいろやってるんですけど。
多分なんかいろんなことするのが好きなんですよ。
いろいろやってるっていうのは商売新しく立ち上げてみたいな。
うん、なんかちょっと面白そうやなと思ったらやってみたりとか。
えー、バーの次はどんなことするんですか?
次はね、スナックだったんですけど。
でもね、その時に並行してまつげのエクステとかもやってたんですよ。
えー、はい。
なんか今だったらね、それこそ今まつげのエクステもたくさんあるんですけど。
当時はね、全然普及してなくって。
そうですね。
都会ではね、たくさんあったんですよ。
で、こっちにもね、1軒くらいあったのかな。
1軒に1軒くらいあったのかな。
で、こんなんちょっと分かりづらいかもしれないですけど。
1本のまつげに対して、今だったら1本のまつげをつけるんですけど。
当時は1本のまつげに対してなんかこう3本とか5本とか束をつけて。
24:03
はい。
こう、なんていうか、まあちょっと不自然じゃないですか。
1本に対して1本つけるとこう自然ですけど。
そういうのがまだなくて。
はい。
で、都会にはあって。
うん。
え、これの方がいいんじゃない?みたいな。
うん。
こうやったらいいんちゃう?と思って。
これ習おうと思って。
うん。
で、その時はまだ今みたいに美容師の資格がいるっていう時代じゃなかったんですよ。
へー。
その、その、施術をするのに。
で、え、これもとろや。みたいな。
ははは。
そう。
なんだこれでなんかお商売できるやん。みたいな。
へー。
そう。
で、それを習いに行くのに。
うん。
もうなんか何日も東京に行ける時間がないし。
はい。
仕事もあるし、子供もいるし。
で、もう交通費払って。
はい。
こっちに来てもらったらいいなと思って。
おお。
で、言って交渉して東京から来てもらって。
はい。
で、何日間か。
で、みっちり教えてもらう日中。
もう本当に何時間もかけてみたいなと。
はい。
そう。
これでできるわって言って。
すごいですね。
ははは。
で、それでね、なんかこうやってた時もあるんですよ。
はい。
それはもうちょっとこう本当に昼間の暇つぶしじゃないけど時間があるからやってたみたいな。
へー。
くん、なんかその最新情報はどうやって当時ゲットしてたんですか?
パソコンちゃいますかね。
ああ、ネットで。
そう、私ね、えっと本当早い段階20いく日にぐらいからパソコン買ってたんです。
はい。
そう、ほんとまだヤフーオークションの走りの頃かな。
もうなんかいらないものとかめっちゃ売ってたりとか。
うん。
もういらないものかき集めて売るみたいなこともやってたりしてたんで。
そう。
へー。
そういうのですよね。
そうなんですね。
うーん。
なんかそういうのがね、好きだったのかもしれないですね。
はい。
いろんなことを見つけるのが。
うん。
見つけるのもそうやし、なんか行動力というか、呼んでくるってすごいですね。
ははは。
なんかすぐやりたいんですよね、たぶんね。
うーん。
じゃあバーやって、スナックやって、松江区やって。
そう、で、スナックはその後かな。
スナックが長かったんですよ、すごく。
うん。
そう。
うーん。
スナックが長かったんです。
20、えー、28、9、まあそれぐらいですね、20代の後半から自分でスナックを。
へー。
じゃあ自分で店に立って。
そうですね。
やってて。
はい。
おー。
その次はどうするんですか。
スナックやってたんですけど、やってて、私すごく大好きな仕事なんで。
やってて、まあすごく順調にはやってて。
やりながらも、なんかその食とか体の勉強はずーっともう、それ以来ずっとやってたんですよ。
うん。
なんかいろんなものを見つければ。
はい。
また学び。
うん。
だから本当にたくさん資格は持っているぐらい。
27:03
はい。
そういう体とか食に関することを日中はずっと学びながら。
で、なんかやっぱりこうそういう不自然なものをあまり子供に与えたくないみたいなので。
割とこう食べるものは手作りするっていうことが多かった。
で、おやつだったりとか、まあパンだったりとかっていうのをずっと子供が小さい時から自分で作ってたんですよね。
うん。
で、それを作ってると、子供のためと思ってやってたんですけど、なんか自分がハマってしまってそれをすることに。
これなんで綺麗に焼けないんだろうとか。
なんかお店のとなんでこんなの違うんだろうみたいな。
うん。
そうするとすごいもっと知りたいみたいなので、もうどんどんどんどん作るようになって。
はい。
で、それをなんかフリーマーケットとか、時間が空いてる時に出したりとか。
そういうのを、友達のママ友会みたいな時に依頼されて作るとか、誕生日ケーキを作ってって言われたら作るみたいなことをずっとやってて。
で、それはまあスナックをしながら趣味でずっとやってましたね。
へー。
で、子供が中学生に、中学1年生になった時に、すごい退屈だったんですよ、昼間。
朝7時の電車で学校に行く、帰ってくるのはもう5時半くらい。
で、私結構スナックやってるけど朝方の生活だったんで、日中すごい暇なんですよ。
睡眠時間、激短そうですね。
私ショートスリーパーなんですね。
そう、で、暇だし、お菓子とかパン、自分たちで食べるの作っても、たくさん作っても食べられなくてもったいないし。
だったらなんかこれであれか食べるかなみたいなので、家の外に無人販売のボックスを作ってもらって置いたんですよ。
で、ここに置いてたら1日10個くらい、誰か近所の人買うかなーみたいな。
本当にそんな軽いノリでやったんですよ。
で、それを始めると、近所の人たちが買ってくれるようになって。
で、なんか友人たちが買いたいから、いつ売るのか、いつ出てるのか教えて欲しいみたいな。
で、その時まだ本当にインスタグラムの走りの頃だったんで。
走りっていうか始まってたのかもしれないけど、今みたいにお店の人たちがそんなにインスタグラムを頻繁にするような頃じゃなかったのかな。
30:07
で、人販売用のインスタグラムのアカウントを作って、今日出ますみたいな。
それをやってると、誰かが誰かに言ってくれたのか、買いに来てくれる人が増えて。
だったらもう少し作ろうかなみたいなので、10個だったのが20個、20個だったのが30個みたいな。
それが50個、100個みたいなのを。
それはその時は何を売ってたんですか?
パンとお菓子ですね。焼き菓子とかドーナツとか。
で、本当にありがたいことにあるよあるよと毎日たくさんの人が来てくれて、補充しても補充しても本当に全然落ち着かなくなってきて。
本当に家の駐車場だったんですけど、パッと外に行けば人がいっぱいいるみたいな。
すごいですね。
で、走行してるうちに夏が近づいてきて、もうこれ外で売れないわってなって。
で、その頃は私新宮市に住んでたんですよ。お家を建てて。
で、お家を建てる時にいつか、スナックはね、子供が中学生ぐらいの時、思春期ぐらいにはやめようと思って始めてたから。
そうなった時にいつか昼の自分でお店をしようと思って、お店をするスペースを作ってたんですよ、お家を建てた時に。
夜はずっとするつもりがなかったんで。
でもここを作ってるし、使おうと思って。でもキッチンもつけてたんですね。
そういうものがいつか売れればいいなと思って。
で、もうそこでちっちゃい、本当にちっちゃいお店を、今まで外でやってたのを中に移動したみたいな感じで小さいお店を。
売るのは変わらずパンとか焼き菓子とか。
そうですね。ちょっと雑貨を売ったみたいな。
で、それをやる生活が始まって、じゃあなかなか大変じゃないですか。
だってもうショップにしてしまうとずっといてないといけないし、無人販売だったら作ればいいだけだったのが。
で、その時は朝5時に起きて準備をして、パンの発酵してる間に娘のお弁当作って、学校行かせてみたいな。
もうそのルーティンで、夜になったらスナックに行くみたいな。
もう本当に寝る時間が少ないぐらい。立ってでも寝れるぐらいのずっと生活をやってたんですよ。
33:04
それはお店はなんていうお店をやってたんですか。
色取り。
もうそこから色取りになってるんですね。
そうなんです。
なるほど。それがいつぐらいスタートですか。
それは娘が中学1年生の時だったから、今5年ぐらい前かな。
2018とか。
なんですかね。それぐらいですよね。
その時は名前は色取りで一緒ですけど、今みたいな形態じゃなくて。
じゃなくて、本当にお菓子とかパンしか売ってなかったんです。
そうですね。
そこからこういう形に変わっていくっていうのはなんですかね。
それで、そうこうしてて、もうスナックを全然やめたくはなかったんですけど、
もうそれぐらいにはやめるっていうつもりで始めてたっていうのもあるし、
さすがに高校生になるまでには絶対やめるっていうことで始めてたから、
もうやめたくないというか、順調だったしすごく楽しかったし、
やめたくはなかったんですけど、でも散々楽しませてもらったし、
っていうのもあるのと、いい状態でやめたかったんですよ、全部。
私、ずるずる仕事を何でも長くやるのがいいとは思っていなくて、
いい時で終わりたいっていうのもあって、
今だったら楽しかったっていう思い出、記憶で終われるし、
いいかなと思って。
お昼も忙しくしてたし、もうそろそろやめようかなと思って、
夜はやめて、もうお昼だけにしたんですよね。
でもそれをしながら、やっぱりずっと食とか体の勉強をやっていたんですけど、
その生活をずっとやっていると、なんかすごいいろんなことを考え出して、
なんだろうね、本当に忙しくしてたんですよ、ありがたいことに。
だけど、忙しいけど余裕がなくなるなっていうのも感じてたりとか、
気持ちの時間に追われて、本当にありがたいんですけど、
それがすごくちょっといろんなことを考えるきっかけになって、
36:02
もともとお菓子とかパンを売った時も、
スーパーとかコンビニで買うだけじゃない選択肢があるっていうことを知ってもらえたらな、
みたいなので始めたんですけど、
だからよりいい選択をできるやろうなって思ってたけど、
これをずっとやることによって、本当にいいのかなってちょっと考え出してきたんですよ。
別になかったらなかったでいいんじゃない、これみたいな。
私がこの店しなかったらしなかったで、みんな買わなくていいんじゃないとか、
ちょっといいものでやってるつもりだけども、
でも結局ゴミもいっぱい出し、袋もいっぱい使うし、
何やってるんやろうみたいな。
逆に私が課題を生み出してないみたいなことをちょっと考えるようになってきたんですよ。
そこのすごい葛藤がもうしばらく続いて、どうしようかなみたいな。
それにめちゃくちゃ悩み出して、必要じゃないぞみたいな。
それを本当に毎日考え出すと、
だんだんモチベーションが上がらなくなってしまって、
最初は空いてる時間を使って提供できたらいいなとか、
本当それぐらいの気持ちでしてたのに、
忙しくなったことによって追われて、キャパオーバーだし、
そんなに作らなくてもいいだけ、わざわざたくさん作ってるようになってしまって、
ニーズに合わせてしまったんですよね。
最初は空いた時間で、余暇で楽しめたらいいわってやってたのが、
本当に需要にずっと慌て続けるみたいになってしまったのが、
なんか違うなーって、これってこの生き方は違うなーみたいなことにすごいハッとさせられて、
もうやめようって。
やめようって思ってきたんですよ。
その時に、やめようって思うより少し前から、
私が今までずっと学んできたことを、
40:47

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