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#2 映画『私たちの話し方』を見ました(前編)
2026-06-26 26:03

#2 映画『私たちの話し方』を見ました(前編)

映画『私たちの話し方』について話しています。
前編はストーリーに触れない範囲でお話ししています。

 

出町座っていいところ/映画のあらすじ/聞こえ方の再現がすごい/タイトルが良い/3人というのが良い/人工内耳をつけてる人の心情を知る/生まれた環境による選択肢の幅の違い/狭められてるのは当たり前じゃない/他の人の選択はわからない/じゃあ自分はどうしたい?/よそはよそ、うちはうち/その川入れるんだ/公園の遊具の色がかわいい/屋台楽しそう/香港手話です/手話サークルに入ってます/香港手話の「ありがとう」「仕事」/違う言語でもなんとなく”わかる”/アフリカのフランス語圏の手話について/映画を見ながら手を動かしてみる/音響効果/わかった気になってしまわないか/音響でわかる3人の違い/ソフィーの聞こえ方/体から出る音/歌の間奏部分/手話禁止の時代/適正教育ではダメ?/国によって奪われる選択の自由/すみません前後編に分けます

 

🔗今回の関連リンク

⁠映画『私たちの話し方』 公式サイト⁠

⁠『私たちの話し方』メイキング映像&主題歌まとめ⁠

山本おさむ(1991)『我が指のオーケストラ』秋田書店⁠

アフリカのフランス語圏の手話について

⁠亀井伸孝(2008)「カメルーンのろう者コミュニティ アフリカろう者民族誌試論」,『手話学研究』第17巻,99-112⁠

 

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オープニング
カジ
こんにちは、カジです。
ネギ
こんにちは、ネギです。
カジ
この番組は、福祉の仕事をするカジと、 アートと福祉の間で働くネギによる雑談ポッキャストです。
知らないうちに、つながりが増えているきぐーな2人が、 見たもの、読んだもの、気になっていることをおしゃべりします。
ネギ
はい。kigoo始まりました。
カジ
始まりましたね。第2回目ということですけどね。
ネギ
今日は、2人が最近見た映画の話をしようと思います。
アダム・ウォン監督の私たちの話し方なんですけど、 ちなみに、どの映画館で見ました?
カジ
えっとね、自分はあれですね、京都の出町座というところで見まして、
午前中、たまたまヘルパーの仕事があって、 午後から休みになりました。
よっしゃ、今日いけるみたいな感じで。
ネギ
あそこ、すごいいいところですよね。
カフェみたいな、本がたくさんある感じですよね。
カジ
ドリンク系は、カフェのやつを持って入ってもいいみたいな、 確かルールだったと思うので、
他の方とかは、ソーダフロートみたいなやつ。
ソーダフロートって言うのかな?
ネギ
クリームソーダ?
カジ
クリームソーダかな?クリームソーダみたいな。
でも、それを持ってきて、後ろで食べるみたいなことをやってはって、 あ、いいなみたいな。
ネギ
今日は、映画の話ってことで、
映画のあらすじを紹介しつつ、 前半はストーリーに関わらないところを話して、
後半から、いわゆるネタバレありな感じで、 何でもしゃべるっていうふうにしたいと思います。
ちょっと長くなったら、もしかしたら前半、後半で、 エピソード自体分けちゃうかもしれないけど、
カジ
ちょっと分かんないですね、その辺はね。
ネギ
じゃあ、もう私の方から、あらすじ? 公式サイトからの抜粋なんですけど、
最初読み上げようと思います。
映画『私たちの話し方』あらすじ
ネギ
3歳で聴力を失い、人工内耳を装用することで聞こえる人として、 普通の生活を送ろうとしているソフィー。
生まれながらのろう者であり、自身が手話話者であることを誇りに思っているジーソン。
そして、ジーソンの幼馴染みで、 手話と口話を使いこなす人工内耳装用者のアラン。
ある日、人工内耳を推奨するアンバサダーとして、 アランとソフィーは出会う。
しかし、とあるイベントでソフィーが、 科学が発展すればこの世からろう者はいなくなると発言したことに、
ジーソンは激怒する。
最悪な出会いから始まった3人の関係は、 それぞれの生き方に思いがけない変化をもたらしていく。
人工内耳というところに説明があるんですけど、
人工内耳とは聴覚障害があり、補聴器では十分な効果が得られない人がつける医療器具。
受信コイルを皮下に挿入するため、手術が必要。
外部に送信コイルなどの器具をつけることで使用できる。
カジ
ありがとうございます。
第一印象
ネギ
まず、どうですか、率直な感想っていうか。
カジ
それこそ、音響効果とかで、
なんていうのかね、ほんとに映画全編にわたって、
難聴者であったりとか、ろうの方とかの聞こえ方の、なんていうのかな、再現みたいな、
それこそ人工内耳装用者とかの聞こえ方の再現っていうのをずっと音響で取り組まれていて、
人工内耳つけてる人の聞こえ方みたいなので、
電子音がちょっと混ざって、日常の音が聞こえてくるとか、
会話をしてるときに、電子的な音で相手の会話がくぐもって聞こえるみたいなのが、
しっかり音響として再現をされていて、わずらわしいというか聞こえづらいっていう、
日常から感じてる音の感じ方がすごくリアルに再現されてて、
こうやって聞こえてるんだろうなっていうのが、すごく容易に想像できて、
それが全編を通して感じられるってあまりない鑑賞体験だったなと思って、
そこだけでもすごいびっくりしたっていうのが正直な感想ですね。
ネギ
私の率直な感想で言うと、
まずタイトルから結構なんか面白そうっていうか、良さそうだなって感じがすごいして、
その私たちの話し方っていう、邦題だけど、
私、筆文字で書いてあるタイトルってあんまり好みじゃないことのほうが多いんですよね。
筆文字に私なんかすごい偏見があるんですよ。
なんですけど、なんか内容がろうとか手話とかが出てくるってことはなんとなく知ってたんだけど、
その3人それぞれの話し方、生き方を見せるっていう姿勢がそのタイトルから出てると思ったから、
なんかそこにすごい興味を引かれたというか、
その3人っていうのがいいなと思って、
聞こえるものと聞こえないものみたいな、
対立とかそこの壁を乗り越えるとか、そういう話じゃないんだろうなと思って、
もう見る前の話になっちゃうけど、
で、実際そこがやっぱり良かったなって見てからも思う。
人工内耳のこと、人工内耳をつけてる人の心情が、
描かれているこういう作品にあんまり出会ったことがなかったから、
そこはすごい新鮮だったし、
やっぱりこう言いたいことは言ってこうみたいな、
そういう気持ちを噛み締めて映画館を出たなっていうのはすごい覚えてるかな。
カジ
見終わった後どうだろうな、確かに。
でも、それぞれにいろいろ選択肢があって、
ちゃんと自分で決めるっていうのとかっていうのが、
本当に普段選択って当たり前にやってる部分とかってあるんだけど、
実はそれが生まれた立場とか生い立ちによって、
選択肢が最初から狭められてしまってたりとか、
そもそもそれは選択肢じゃないっていうふうに除外されてしまってるんだなっていうふうに改めてわかって、
それは当たり前じゃないよね。
当たり前じゃないことが今はまだ当たり前になっているみたいなことがすごく映画を通して感じて、
やっぱり、それは当たり前じゃないよって、
ちゃんとしっかり言っていくってことも大切なんだろうなと思って。
自分の選択をしっかりするっていうのもそうだし、
そうやって狭められてることも当たり前じゃないよ。
っていうのもしっかりちゃんと周りに伝えるべきなんだなっていうのは、
見終わった後のそれこそ感想だったな。
ネギ
そうだよね、なんか言葉もそうだし、
本当に人生におけるいろんな選択って、
例えば親が決めることも多いし、
あと他の人がどう選択してるのかって、
他の家庭のこととか、他の同い年の子が、
どんな選択肢を持って、どういうふうに選択してるのかとか、
学校とかに行って、友達と喋って、
え?みたいな、違うんだみたいな、
これ普通じゃないんだとか、
それで、自分のルールいいなって思うときもあれば、
え?なんで〇〇ちゃんと同じようにできないんだろうみたいな、
って思ったりもするし、
なんか気づかないですよね。
自分がそこの違う考えに出会って、
自分はどうしたいんだろうみたいな、
っていうところまで考えられるっていうのは、結構時間がかかったりするし、
だから、この3人が出会わなければ、
関わってなかったら知らなかった、みたいなことがきっとあるんだろうなって。
カジ
そうね。家族の話が出たけどさ、
よそはよそ、うちはうちみたいな。
それで、納得させられるみたいなとこって、やっぱりあるじゃないですか。
でも、実はそれもっと広いところから見たら、おかしなルールだよね、みたいな。
そう、っていうところにたどり着くまでには、相当な時間がかかるっていうか、
なんかわかる。
香港の自然、街
ネギ
軽めの感想を言おうと思うんだけど、
海とか川とか、映像がきれいだなと思って。
カジ
確かにきれいだった。
ネギ
小学校時代の回想とかで、川に飛び込んだりするシーンとかがあって、
入れんだ、その川とか思って。
カジ
結構、都市部の、なんていうのかな、都市…
ネギ
なんか、すごい香港の、本当に偏ったイメージ。
で、やっぱ都会のイメージがあるじゃない。
カジ
そうそう、めっちゃある。
ネギ
で、確かに高層ビルとかも出てくる、高層マンションとか、
高層ビルとか、車がいきかってるシーンとか、
すごい都会的なシーンもたくさんあるんだけど、
結構その自然がね、出てくるっていうか、
カジ
はいはいはい、出てくる。
ネギ
で、あのポスターになってる海岸の岩場とかも、
カジ
しゃべってる感じのところね。
ネギ
とか夕日とか、
カジ
そうそうそうそう。
ネギ
そう、だから確かに都会っていうか、
そんなにド田舎みたいに見えなかったから、
川入れるんだな、これみたいな。
この川入れんだ、泳げんだとか思って。
外国の映画を見たら、大体私は思うんだけど、
特にアジアとか、
アランとソフィーが、2人で公園でしゃべってるシーンがあって、
そことかが、紫と黄色でジャングルジムみたいな、
公園にはよくある遊具があって、
で、そこにしゃぼん玉が重なるみたいな、
街の色というか、
で、やっぱ日本にはあまりなじみがないカラーリングとか、
綺麗だなと思って見てました。
街中のね、
でも屋台とかもね、楽しそうだなと思った。
カジ
屋台は楽しそうだった。
作中の手話
カジ
なんかね、それこそね、食べ物の手話とかも結構出てて、
それこそ映画の手話、使われてる手話、
香港手話でいいのかな?
ネギ
香港手話って書いてありました、パンフレットに。
カジ
そうですか、香港手話だそうです。
僕自身が地域の手話サークルに入ってて、
実際にろうの方とかといらっしゃって、
いろんなろうの方とかと一緒にボランティアに入って、
施設のボランティアとかもいろいろやってたりとか、
商品売ったりとか、そういう活動もしてるんですけど、
香港手話っていうのをずっと見てたら、
こういうありがとうみたいな、親指を立ててお辞儀するみたいなんで、
ありがとうっていうのが、香港手話でたぶんやってはったのかな。
こういう、たぶんグーとグーで合わせるみたいなんで、
たぶん仕事だったんじゃないかな、あれ。
仕事の手話っていうのが香港手話があって、
ネギ
作るとかと日本の作るとかと似てるのかな。
カジ
そうそうそうそう。
日本で言うと作るとか、
なんとなくニュアンスみたいな、同じジャンルのところかな、
みたいなところとかがやっぱりあったりとか、
なんていうのかな、お辞儀するニュアンスみたいなところとか、
仕事って言っても近いところにある言葉が似てるのかなみたいな、
なんかこう、ちょっとルーツを、
この手話もしかしたら同じルーツなのかもしれないな、
みたいなところが結構楽しくて。
ネギ
なんか前に、アフリカの手話に関する論文みたいなのを読んだときに、
フランスの植民地だった地域、国は、
音声のフランス語の影響を受けてるものが結構あって、
そもそも、アメリカのろう者が手話を持ってきたみたいな、
だけど、すでに現地ではフランス語がしゃべられているっていう状態だったから、
単語、手話の単語自体は、アメリカ手話からの借用語がすごく多いんだけど、
口形は音声のフランス語みたいなものとか、
そういう、伝わった順番とか、
その地域でしゃべられている言語が何かとか、
そういうので、いろいろ興味深いなと思う。
かじさんは、実際見ながら、真似てみたりとかもしたみたいな、
手話をやってみたり、動作をしてみたりしたってところは、すごいなと思って、
私はそういうことできないから、読み取れないです。
カジ
楽しみ方として、手話って、一緒にやってみるっていうか、実際に自分でしゃべってみるっていうのが、
当事者の気持ちとかに近づけるかなっていうのが、やっぱりあって、
それで、流れみたいなのを一緒に感じてみるっていうのを、無意識っていうか、
けっこうそれで楽しんでましたね。
それでストーリーを。
ネギ
体を動かしてみるとか、同じセリフを言ってみるっていうことと、
同じでもあるし、確かに。
カジ
どんな視点で言ってるのかなとか、
私たちの話し方、自分の話し方に関する決定みたいなところで、
印象的なシーンとかが出てて、
そういうときの映り方って、すごく心に響いて、
じゃあ、こんな風に手をかざしてみて、どんな気持ちだったんだろうかっていう、
映画に没入するきっかけというか、
自分と映画の登場人物、ジーソンであったりとかソフィーであったりとか、
アランであったりとかを重ねるきっかけみたいな感じになってて、
すごくその楽しみ方をすると、
自分の中にいろんな人の視点が入ってきて、面白かったなみたいなのはあったね。
ネギ
確かに。
カジ
人多いときでやってたら、まじ邪魔だと思うから。
ネギ
いや、別にいいんじゃないの?
うんうん。
音響
ネギ
なんか没入って、今、かじさんが言ったと思うんだけど、
やっぱりさっきの感想で言ってくれた、その音響効果っていうのは、やっぱり、
映画としての没入感みたいなところに、すごい影響をしてるのかなと思って。
カジ
そうだね。絶対そうだと思う。
ネギ
3人それぞれの聞こえ方みたいなものが、音で表現されてるんですよね。
これはなんか、本当にそう聞こえてるんだって思っていいのかみたいなのは、
けっこう普段思うことあるんですよね。再現って言っていいのかみたいな。
それで分かった気になっちゃうっていうか、どうなのかなと普段自分は思うんだけど、
今回の場合は、やっぱりこの3人のキャラクターの違いを見せるためには、
この3人の聞こえ方の違いを表現することが不可欠なんだなって思うようになったんですね。
だから、そこで生きてる世界の違いとか、キャラクターの違いを理解する助けになる。
カジ
そうだね。だって、それがやっぱりすごく生々しいというか、
聞こえ方の多様性みたいなところがはっきりわかってきてて、話し方の話にいけるっていう部分はあるからね。
ネギ
最初、ソフィーの大学の卒業式かな?大学院?大学部かな?のときのね、人工内耳をつけていて、
人混み、いろんな人がいる中に入ってる感じで、広東語がそもそもわからないんだけど、私は。
でも、多分、あんまり聞き取れないんだろうなっていう言葉として、感じの途切れ具合っていうか、
何喋ってるかわかるか、十分ではなさそうなんだろうなって感じのことに、
感じの電子音とか、音声とか、しかもいろんなところの音声、遠いところも。
回ってなんか混ざり合ってるみたいな。
カジ
で、近くででかい音出されたら、キーンってなるっていうところとか、それはしんどいわみたいなね。
ネギ
で、なんかそのね、メイキングでも言ってて、あ、確かに言われてみればと思ったのは、
作中の音を、フォーリーみたいな、音を足したりとか、たとえば足音とか、
そういう音を大きくしたり足したりとかするような作業があると思うんですけど、
そういうことを結構やってるみたいで、手を叩くとか、体に触れてパンと音がしたりとか、
そういう音をできるだけはっきり聞こえるようにしてるんだって。
あとは、グラスがチーンって、グラスが鳴る音とか、屋台の音とか、
確かに、ろうの人と話したりしてるときに、パッとか、口から出る破裂音とか、
手の擦れる音とか、叩く音とか、そういう音って常にあるなって思って、
それ、なんか体から出る音みたいな。
これ、なんかネタバレではないと思ってるんだけど、最後にさ、歌が流れる。
カジ
あー、歌ね。はいはい。流れる流れる。
ネギ
これが間奏部分が、ボイパっていうか、ヒューマンビートボックスなんだよね。間奏部分が。
この音なんだろうってなって、ボイスパーカッションかってなって、
そのときに、なんとなく、この体から出る音が、この映画見てて聞こえるようになった気がして、一時的にね。
だから、その楽器とかの音じゃない、体から出る音っていうのも、意識してたんじゃないかなって勝手に思ってる。
なんかその、最後、ボイパにしたっていうのも。
カジ
そこでも確かに、体から出る音って確かにあるかもな。言われてみればっていう感じやけど。
ネギ
そう、私も言われてみればだったんだけど。
カジ
確かにそうだな。
手話禁止の歴史
ネギ
その、香港で、2010年まで、学校で手話が禁止されていたっていう、
もう、友達同士で話す、休み時間で話すのも禁止だもんね。
カジ
そう、禁止、禁止になってた。
ネギ
それは日本も同様なわけだけど。
カジ
そうそうそうそう。
ネギ
その学校で禁止されるより前から、そもそも手話っていうものが言語として見なされてなかったから、
そんな手真似するなみたいな。
すごいこう、やっぱり劣った言語だと思われていて、
歴史的な出来事で言うと、1880年のミラノ会議って言われてる、
ろう教育国際会議で、国際的に、ろう学校で手話を使うことを禁止して、
口話のみを奨励するっていう宣言が可決されるっていう。
それで結局さ、子供たちがもちろん手話を禁止されるってことがそこで決まったわけだけど、
ろうの先生とかもいたわけじゃないですか。
その人たちも全員教えられなくなったっていう。
で、日本だと、1933年に、全国盲唖学校長会議で、
その当時の文部大臣の鳩山一郎が、
全国ろう学校では、口話教育に奮励努力せよっていう訓示を出して、
それでもう完全に日本の学校で、
口話教育、その口で、音声でしゃべる、
聴者の話し方に合わせろっていう教育に、完全に傾いていったっていう。
なんか本当に、なんだろう、なんでこんなふうになるのかねっていうのは思わない?
カジ
いや、思う思う。
ネギ
口話法に向くものには口話法を、
手話法に向くものには手話法を用いる適正教育っていうものを提唱したのが、
大阪のろう学校なんだけど。
高橋潔、『ひげの校長』っていう映画にもなってるけど、
だから、なんかそれでさ、いいと思うじゃない。
この教育法ってさ、だからそれこそ選択だよね。
選択できる、自由に平等に選択できるべきものが、
なんか国によって、そもそもこういう教育法に一本化しますみたいなことを言うっていうのが、
すごい怖いじゃん。
カジ
怖いですよ、本当に。
エンディング
ネギ
このあたりでですね、時間が来てしまいまして、
今回のストーリーに触れない前編と、
次回の何でも話す後編に分けさせてもらおうと思います。
次回のエピソードは、ストーリーに触れるネタバレが入っているので、
映画をご覧になってない方はお気をつけください。
ではまた。
26:03

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