1. DABURAJI
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#038 人間を知れば、社会が見える 後編
2026-07-15 1:09:37

#038 人間を知れば、社会が見える 後編

今回もゲストは引き続き、「ひかりの輪」代表の上祐史浩さん。


今回は、「人はどうすれば幸福になれるのか」というテーマから、人間の進化や脳の仕組み、現代社会との関わりについてまで幅広くお話を伺いました。


「進化的ミスマッチ」や「脳の誤作動」といった視点から、人が悩みや苦しみを抱える理由を紐解き、ヨガの本来の意味や仏教の智慧、現代人の生き方についても深掘りしています。


さらに、美容整形は医療なのかという議論、大谷翔平選手に見る現代的な生き方、老化を防ぐための考え方、徳川家康が天下を取った理由など、歴史・スポーツ・科学を交えながら、人間という存在をさまざまな角度から語っていただきました。


「もっと負けよう」という意外なメッセージや、知恵と慈悲の大切さ、努力との向き合い方など、明日からの考え方が少し変わるようなヒントが詰まった内容です🍔


ぜひ最後までお聴きください🎧
より幸福になりたい

進歩する生き物

密教芸術

進化的ミスマッチ

ヨガの由来

脳の誤作動

美容整形は医療か!?

現代的な生き方=大谷翔平!?

好きです

知恵と慈悲

バランスと臨機応変

人間はいまだ進化過程

もっと負けよう!!

老化を防ぐためには!?

徳川家康が覇者になった理由

努力と共に

感想

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00:17
はい、やってまいりました。前回に引き続き、女優 文博さんに来ていただいています。よろしくお願いします。
DABURAJIを行い、よろしくお願いします。
すみません、なんか動揺させてしまいました。
すみません、ありがとうございます。
いや、前回もいろいろ聞いたんですけど。
いや、もう。
今回もちょっといろいろね。
新感覚トーク番組でした、僕は。
あ、そうですか。
普段、もうすごいと思います、これ。
で、また今回もちょっといろいろ聞いていきたいんですけど。
音楽と祈りみたいなのをちょっと聞いていきたい。
まあ、音楽じゃなくてもいいんですけど。
僕、最近、ここ最近のテーマが音楽を作る上で祈りなんです、割と。
人間って、一番原始的でもなんでもないんですけど、人間って祈るもんだなと思ったんです。
いろいろ考えていくと、人間に一番大事なものっていうか、一つだけ例えば他の生物とかいろんなものと違うものって向上心じゃないかと思うんですね。
人間って今日よりは明日の方がいい。今よりもうちょっとこういうもの使いやすいものが作りたい。
何か全て向上心一つで月にまで行けるようになったりとか。
そういうふうな人間の一番大切なものではないのかなとは思うんですね。
で、そうなった時に、それって何だろうと思った時に、なんか祈りではないかなと。
祈るって何か、その向上心の現れの行動の一つではないかと。
昔の宗教であったり、そういう神道でもなんでもいいんですけど、何か神道もやおろずの神に。
でもその人間って祈るじゃないですか、その時に。
その祈りって、もちろん女優さん前回言ってたとおり、悪い意味で祈る人ももちろんいるかもしれないですけど、
基本的には何か助かりたいでも、長生きしたいでも、あの人が良くなってもなんでもいいと思うんですけど、
何かそのポジティブなその向上心の現れじゃないかなと思っていまして、
なんかその女優さんはその祈りに対してどういうイメージがあるのかとか、またそのどういう考えがあるのかなというのをすごい聞いてみたくて。
やっぱりここで問題なのが、祈りって言葉が抽象的で、具体的な意味を定義するといくつかあると思うんです。
いくつかの祈りの種類があると思います。
一つ目、これはよくあることですが、今まで得られなかったことを今後は得たいと。
特に自分が得たいという承認欲求を充足するために、その神物これにすがるという。
そういった祈り。どうか神様今度こそ私を。
ただこれは今まで自分は恵まれなかった神様という、ある意味では神様への疑念を背景にしているかもしれない。
二つ目は感謝の祈りで、これまで何とか生きてこれることができましたということを感謝する。
03:04
これは一部宗教家の方は感謝でいいんだ祈りはと。
神前に立ったら感謝をするんだと。
よく書いてもっとって考えちゃいけないって人もいると思います。
でもやっぱり人間というのはやっぱり自分がより勝ちたいという承認欲求。
ですがそれが向上欲求にもなって、競争なき時になかなか向上というのはありませんから、
そういうところもあって祈りそれが客観的には自己中心的なものであってもそれが向上というのにつながるというところはあると思います。
ただここでやっぱり宗教的に考えられる三つ目の祈りというのは、
全体がみんなが幸福になるための祈りということだと思います。
だからなかなか難しいけれども自分は有名大学に入りたいです。
合格祈願よろしくお願いします。学問の神様天神様とかそういう感じに加えて入ったら
世のため人のためお医者さんになって社会貢献したいと思います。
つまり今回は勝たせてください。その後みんな幸福にします。
そういう言い訳をつけとくという考え方を推奨する人がいると思います。
最初から全体の幸福のために祈るというのはかなり高度なことですね。
あと祈りというのは二つあると思うのは要するにタイプとして。
もう一つ言うと単純に依存してお願いしますというのと
誓願つまり自分でこういう努力をするという誓いをしながら
そして自分の力だけではというところでよろしくお願いしますという
誓いと祈願、誓願ですね。ここはあると思います。
理想はみんなのために自分はこういう努力をすると誓いますので
ご加護いただきたいっていうそういう全体幸福の誓願じゃないかなと。
その前に今までもありがとうございますという感謝これをしておくと。
なんでそれがいいかというと感謝によって幸福ホルモンが出て健康になります。
知性が増大します。全体幸福この慈しみの感情でも幸福ホルモンが出て
そういった意味では知性や健康状態が改善します。
自分がこういうふうにするぞということで頭にギアが入る。
つまり自分の目的を達成する基本的な力、健康と智力、そして努力の気持ち
これがこのパターンの祈りなら増大するから結果として祈りが現実化しやすいということなんですが
これはある農家学者の方が祈りと農家学って本を出してまして
私はそれを読んでそういうことあるなと思いました。
06:00
何にせよ他者にあれにしろ感謝にしろそれって全て好情心というのをどう定義するか
幸福になりたいという何かなのかなっていう
全く人間の最大の特徴として好情心というかより幸福になりたいというのは
明確な人間の特徴ですよね。
先ほど犬や猫の話に出ましたけど
10万年前と大きく違う進歩する生き物これが人間ですよね。
科学的には新規獲得遺伝子というものがあって
進歩することそして新しいものを得ることこれに対して喜ぶような脳の特性がある。
より幸福になりたいそしてそのために新しい何かを見つけ出したい。
科学の研究とか技術とかそれはそうだと思うんですが
そういうのが人間の脳の特徴ですから
ある農家学の知見では人間の脳の根本的な性質は成長欲求だと
動物的な脳の特徴というのは仲良くしてしたいという
そういう生存の欲求そして承認の欲求これはどちらとも動物的な欲求で
人間の脳ですかねその特徴は成長欲求だと分析する人いますね。
どういうことかというと人間の脳というのは
マクリーン博士という方の有名な三重脳構造となって
中心には爬虫類型、哺乳類型の脳が原始的な
その周りには大脳心質の人間型の脳があるんだけど
人間型の脳の特徴が理性や知性これを重視して
その本質が成長欲求で
哺乳類とか爬虫類型は安全欲求、生存欲求
そして安全生存のために仲間と群れたい
そして認められたいという居場所欲求
あと承認欲求ですかね
そんなものが中心なんじゃないかという分析があると思いますけど
だからやっぱり人間というのは実際進歩してきたから
その最大の特徴は進歩する生き物だと
結局SNSみたいな原始的な承認欲求とか
そういうものを刺激するものに対して
やっぱり贖えないっていう人間の本能みたいな
動物としての本能っていうのは理解できるなと思うんですけど
人たるものとしてやっぱり祈るみたいな
行為っていうものがここ何年かずっと考えていて
自分のテーマなんですけど祈りなんではないかなと
人間として人間は何かと言われたら祈るものだなっていうのは
すごい考えていますけど
ただそこで祈りの中で出てくる戦勝祈願
勝ちたいという祈りこれはしかし合理的じゃないんです
09:04
つまり人間が人間に勝とうとすると
勝ったとしても負けた相手は
負けた人間にも成長欲求があって
今度は自分が強くなってやり返したいということになりますよね
だから戦勝祈願というのは長期的には果たされない
人間の間の互いに成長する種である人間は
その戦争が自分たちの幸福には繋がらないということを
最終的には理解しなきゃいけない定めにあるのかなと
自分は思う
まあそうですよね
その祈るって言ってもそういうものではなくて
やっぱり他者を思うとか感謝にしろ
そういうものは何か
そういうものが祈りとしては
正しい方向になっていくし
生存や繁殖を助け
そうじゃなくて
自分が相手を滅ぼしたいという
自己勝利の特化した欲求というのは
祈りというのは
結局私が思うには徐々に減っていくべきもの
そうですよね
だからそういうものというのは呪い的な
そうですね忘れましたね
感謝とですね
それから自分中心の祈りと
それからみんなの祈りと
それから単なる依存と
それからもう一つは誓願
誓って祈ることに加えて
自分こそが他人に勝ちたいという
自己勝利のためだけの祈りって
裏腹に呪いみたいな
あいつ死んでしまえって呪いに発展するので
呪いも祈りだと
そうですよね
なんかそういう本を読んで
呪いも気になって
呪いのこともちょっと本で読んでみたりすると
なんかそれに近いなっていう
呪いの祈りと
それから感謝に基づく
全体の幸福の祈りという風に
大きく分けることができるんじゃないでしょうか
そうですよね
なるほどやっぱそういうあれなんです
自分は音楽家なんであれなんですけど
音楽とかのそういう芸術と宗教の関係性って
どう考えてますか?
清水さんは
その全く
例えばキリスト教だと
すごい密着してると思う
そのまあ布教するっていう意味でもあるんですけど
芸術と宗教はすごく深い関係があって
宗教が芸術の母だとか
芸術が宗教の母だとか
宗教をパトロンとして
で芸術が発達した
キリスト教の絵画とか
聖歌とかそういうのはあると思いますし
昔は宗教が
芸術家のパトロンだったかもしれませんね
仏教の中では
芸術というか
見たり聞いたり
唱えたりして心が静まるもの
これがあるという発見が
仏教の中の
後代に現れた密教にはあって
密教芸術っていうのがあるんですよね
日本で言えば工房大使空海が
日本に持ってきた
要するにマンダラとか
12:01
密教美術
そういった仏様の絵画とかを見て
そしてマントラ神言を唱えて
これが音楽と言えるかどうかは分かりませんが
心が落ち着く
見て聞いて唱えて心が落ち着くもの
つまり感覚手段
すなわちそこには
見ると心が落ち着く
何かがあるということですから
ここで仏教と
芸術というのが結び付いていったと思います
結局後付で
結局芸術だって
それを呼んだという感覚があるんですよね
例えば仏教でああいう音を使ったり
今から見て芸術と呼ぶかもしれないですけど
当時は多分もっと違うような手段みたいな感じで
迷走手段
やっぱりそういう
宗教が芸術を生む
という考え方ありますよね
ただ逆回転もあって
芸術が宗教を生むという
循環系もまたあるんじゃないですかね
この世にないものを
唯一の神の子イエスとか言っても
もう死んじゃってるし
お亡くなりになってます
そしてそれが天上界の神と一緒で
とか言っても
それ現像しないから書くしかない
一種宗教というのは
ファンタジーのところがあるから
それを現実の前に信者さんに表すためには
そういった芸術しかないですよね
今で言うとそれを芸術って呼んでるけど
当時は別に言うなら
宗教的物
宗教の一環だったんでしょうね
信仰実践の一環だったんでしょうね
なるほど
前回に出てきた自由なのか
どうなのかみたいな話あったじゃないですか
AIのあれみたいな感じで
この自由意志についてちょっと
いろいろ聞いていきたいんですけど
人間というのは本当にこの自由だとか
あるじゃないですか
自由だと思いますかっていうまず
それはまず自由の言葉の定義ですよね
そして自由といった場合に
誰が何から自由なのかと決めないと
それだけでは意味がないというのと
それから最近の最新の心理学
そして農家学の見解
これを注目する必要があると思うんですけど
最新の心理学農家学の見解では
人間が外界や他社から
完全な自由意志を持っているということは
非常に疑わしいという感じだと思います
それはもうたくさんの研究
これによって保証できない
でも一方現代社会っていうのは
各人があたかも他社外界から
完全に独立した自由意志を持っている
個人主義に基づいていますから
15:04
だからそういった自由意志
完全な自由意志を前提にしたような
今の社会体制価値観と
最新の科学っていうのは
個人の自由意志を非常に疑っている
これは噛み合わない状態
これになっているんじゃないかなと思います
じゃあ結局AIが追求する自由意志っていうのは
成り立たないんじゃないかって考えてる感じですか
結局自由意志はなんだってことになってしまうと思うんですけど
自由意志はなんだってなる前に
自分が他社外界から自由だった場合って
自分って一体何なのかっていうのがあるんですが
ここで簡単に言うと
先ほど承認欲求は
昔の時代は弱肉強食だったから
勝って幸福生き残る
負けて不幸で死ぬ
そういった意味で原始時代は承認欲求や
自己勝利欲求は自然で生存に役立った
しかし今は過剰な承認欲求が
逆に巻組みという鬱的な状態や孤独
それから勝ち負けあまり気にしすぎた
分断された社会は
敵国民同士を同一させる認知戦という
未来の戦争には弱いとか
勝ち負けあまり気にしすぎると
巻組みの親になりたくないから
少数生で子供あまり産まないとか
逆の目が出てきてるというのはあると思います
これは進化的ミスマッチって言って
人類が新たに作った環境が
昔には良かったものが
今には良くないってことですね
そうすると自分の中にフツフツと湧いてきて
自分を呪縛する承認欲求は
それは本当に自分なのかと
それはその時代遅れの
先祖の時代の遺伝の結果で
自分の無意識の脳活動ではそう感じてる
自分は必ずしもそういう価値観で
生きるべきではないんだって
これは要するに
自分の内面の心が
本当に自分なのかという考察で
これがお釈迦様の考え方ですね
人間は自分の中に
ある道はもう一人の他人みたいなものがある
ないしは人間は
無自覚の自分には不利益な欲求を持っている
それを自分と思わず
より知恵のある賢い意識を自分だと思って
その意識によって
もう一人の自分を制御すべきだと
自分は自分の主になる
自分の心をコントロールするものが自分で
18:00
生まれた時からの本能的な
ないし今までの社会で
惰性的に続いている
心のあらたき思考や感情
それを自分のものだと
考えない方がいいという思想
これは一体どこまでが自分ですかと
つまり自分の意識が自分なのか
無意識の脳活動が作り出す
こうしたいああしたいという
実は今の時代にあってない
そういう思考まで自分なのか
自分の定義の問題ですね
そこまでは西洋の心理学は
いかないと思います
なるほど
西洋の心理学は自分
自由意識ですか
これは疑いますが
全くないわけでないという風にもなるが
しかしその欠陥というのは
自分というのは一体どこまでが自分で
どこまでが自分ではないかって
明確に定義しない中で
なんとなくやってるから
仏教の精密な
自分の定義というか
ちょっと常識の
曖昧な自分と他人の区別の定義からすれば
不完全なものに見えるんじゃないかな
なるほど
上優さんの中で無意識の自分
実は祈りの自分の中のテーマの前が
無意識だったんです
その無意識の自分をコントロールする
人間の能力ってほぼ無意識じゃないですか
80%ぐらいが無意識のことで
その自分をコントロールするためには
そのエネルギーはとんでもないんで
儀式的なものをやったり
ジンクスをしたり
ルーティンをやらないと
コントロールできないじゃないですか
上優さんの中で無意識の自分に
本能的な自分だったり
そういうものに対して
どういう風に抑制させたりとか
それが東インドに始まった仏教やヨガの
人格成熟
心の制御の技術体系だと思います
仏道
ヨガ道っていうのは
まさに心の制御が目的で
実はヨガっていうのは
心のコントロールという意味で
言語の優柔というのは
牛や馬を馬車に繋ぎ止めることって意味があって
牛や馬っていうのは
フサもなければコントロールできない
自分の心のことを言って
自分の知性が
それをしっかりと制御することをもって
ヨガという意味なんだと
東洋の思想はもともとそうですね
簡単に言うと
進化的ミスマッチの中では
昔は勝って生き残り負けて不幸だから
勝ちたい負けたくない
そしてもう少し後は
より豊かであれば生き残れ
子供を産めたから勝ちたい負けたくない
これでよかったが
今は逆効果になってんじゃないって話を前提にすると
21:04
その時代遅れの先祖譲りの
無意識的な過剰な承認欲求が
自分じゃないんだと思って
それを本当の自分が制御すべき
心の主となれと
心の奴隷でなく心の主となれってことで
心の少なくても一部分を
自分ではないと認識するのが
ブッダの無が私ではないという迷走だったんです
正確に言うと私のものではない
私ではない
私の本体ではないという
3つの言葉で繰り返し
これを自分と思うと
悪しき心の奴隷になる
これを自分と思うと
悪しき心の奴隷になって不幸になると
自分で自滅するようなことになる
だから気をつけろってことですね
それは女優さんは
それに意識してずっとやってきてるわけじゃないですか
ある程度コントロールできてるなという感覚
それはある程度できてるなと
やった分だけ少しずつできるようになるなとは思います
そしていろんな方法があって
ブッダが説いたのは
日常の言動を管理する戒律と日常の規範ですね
ネット見すぎないようにとか
現代の戒律とか
彼は解いてないです
だってネットなかった
2つ目は瞑想して心を落ち着けろと
心を落ち着けると感情が高まらず
心を落ち着けると知性や理性が増大するからです
そしてそのものを正しく見る知恵
これを培いましょうと
ブッダの教えや
例えば現代では科学的なものの考え方をして
真に幸福になる道やこの世界の在り方を
曖昧な言葉を超えて明瞭に理解する
戒律と禅定と知恵というのが
仏教の三角として説かれた
でもこれは実践心理学でやって
何か信仰するところは何もない
なるほど
いうのはトレーニングみたいなことですよね
要するにさっき言った進化的ミスマッチで
脳が誤作動している部分を再チューニングしようと
進化的ミスマッチの中には
依然として多くの男性はグラマーな女性が好きだと
なぜかというと進化の陰で原始自体は
グラマーな女性イコール女性ホルモンが大きい
交われば子供をたくさん産んでくれる
ところからグラマーな女性が好きだが
今の男性はだいたい5分の1から4分の1
結婚をしない出産をしない
要するに子供を作るパートナーではなくて
寄り添って健やかに過ごせる
人格的な部分を求めています
しかしその人の無意識の脳活動で
自覚される女性は
グラマーな女性が人格もいいように感じさせちゃう
これが進化的ミスマッチによる
24:00
無意識の無自覚の脳活動の
自分を欺く誤導する部分だ
これが釈迦の考え方ですね
なるほど
それがあるからこそ
今度さらに女性の性型というか
手軽にできるあれも進んでいる
そのすごさはありますよね
最近はどういう女性が美しく見えるかの
科学的研究も進んでますから
鼻が高いと顔の中心に意識が集まり
見ていると楽なんだと
鼻が低いとどこに焦点を渡しているか分からない
それから唇が赤くなっていると
血行が良いから
これは美しいと感じる
あと左右対称性が結構
左右対称だと美しく見えるのは
それが健康状態を反映するからだとか
この進化の中で
現代のように相手女性の健康状態や
繁殖・生殖能力は外見で
粗く推定するしかなかった時代の
癖が残っていて
そんなことでは
相手の人格や健康状態や繁殖能力が
測れないのに
見た目だけで粗く推定して間違いも多い
原始時代の時代遅れのシステム
これで女性の容姿の美しさを判定する
これは全く自分を誤導するものだ
これは俺の美的感覚は
自分を幸福にしないと
私は子供を産んで欲しいのではなくて
やっぱり一緒にいて
心が安らぐとか
安らぐ女性が欲しいんだと
それを見つけてこい
無意識の脳活動よ
どうもお前は俺を欺こうとしているんじゃないか
大臣がいて王様がいて
王様は後取りが欲しくないと
人格差を求めて
大臣は王様に陰で
やっぱり四次が欲しい
で王様にグラバーな女性を
この人はいい人ですと
推奨したと
これ欺いてますよね
この大臣の部分は自分じゃないと
考えるのが一つの迷走法だよって提案した
無我能人
これはだから
無意識の脳活動をそのままには
自分の幸福に導くものではないと
非常に高度な理解です
現代の脳科学等で
初めて釈迦の教えが
科学的に裏付けられてきた
なるほど
それはすごい
だから要するに
鼻高くして左右両方にして
顎細くして
なんだかんだにしてっていうようなことで
この女性を美容整形すれば
男性は引っかかると
男性の無意識の脳活動の
27:01
時代遅れの
先祖の時はそれで良かった
仕方なかったかもしれないけど
現代では意味のない
それを使って悪用して
利用してますよね
利用して
男を騙せるよっていう
そういう様子を
女性からお金を取って作ると
これは
医療かと
美容整形っていうのは
病気を治して
男性の
無自覚の
視覚機能
これを騙すような技術
これを施すことが
なんで病気の治療なんだと
病気の悪化じゃない
それでさらに女性の友達とかも
結局それで承認欲求を
さらに満たしてくれるってなるんですよね
ここで問題なのは
ブッダも解いた
人の欲望は再現がないと
健やかに生きれるだけじゃ
ダメで
得たものは
得た時は嬉しいけど
それをずっと得続けると
飽きてきちゃって
もっともっと欲しい
でもこのもっともっとってのは
原始時代はもっともっと幸福を求めて
今みたいになったから良かったんですよ
しかし今の時代は再現ない欲求で
欲求不満が溜まってくる
ってことになって
何かっていうと
女性が美容整形したと
そしてしばらくは男性に受けが良かったと
でも男性も美容整形後の女性に
慣れてしまったと
みんな美容整形するから
美容整形の美しい女性に慣れてしまったと
そうすると男性が女性に求めるもの
そして女性にかかってくるプレッシャーは
再び美容整形をする
再現ない美容整形で顔面破壊になると
これはもう完全自滅の道ですね
人間的にはやっぱり今は
足りてるっていうことを
理解しなきゃいけないんじゃないかと
そうでなければ再現なく欲求がこうなってくる
美容整形も元の顔を大改築するんじゃなくて
元の顔の良さを生かしたぐらいにしとけと
そしてメイクもそのぐらいにしとけと
樽を知るっていうことが非常に重要なことで
ブッダも慈悲深いですから
全くやるなともは言えない
それ再現なくやってたら破滅するぞと
樽を知ってほとんどにしとかないと
自滅するっていうのが仏教の趣旨で非常に重要だと
樽を知ると今度それって
向上心がなくなるような気もしてしまうんですね
それってどういうバランスなのかなと
やっぱりリッキズムだけで男を釣るのは安直だと
どうしたって20,30,40と美容整形しても驚いてくるし
体はどうするんだと
体をしぼみながらそれもまたやるのか
やっぱり人格を磨いていかないとね
美人薄明ってわかる?
美人で若い時はウケよかったけど
人格を磨かなかったら
それは年取ってきてから
やっぱり没落する
30:00
そこで短命で終わるようなことがあるじゃないか
普遍的な道理ですかね
やっぱり物だけで勝負しても
物と心の両方でやっていく
やっぱり私は極めて現代的な生き方ってのは
大谷翔平君の二刀流だと
人類もやっぱり戦争に勝つためには
認知戦、サイバー戦、微細戦争
AI情報技術でいうより心理戦が重要になると
経済と技術だけじゃなくて
心理的な安定
戦争に勝つ能力、防衛力も物心両面
そして女性、異性、男性の評価ってのは
物心両面でやっていかないといけない
だから打つのも投げるのも
彼はやっぱり最新型の人間
あれが行き着くべき道なのかなとか
ちょっとこじつけてます
大谷さんが好きなんですね
好きです
背番号17が私12月17日生まれて
あとバランスが重要
偏っちゃいけないっていうのは
釈迦の中道の思想なんですが
同じことを言ったと私が思うのが
和をもって唐突した聖徳太子
七条憲法で
なんかそれが好きになった
これは語呂合わせです
私の趣味ですから聞き流しておいて
こういうとこ見れたらもういいですね
女優さんの中でそういうものの
自分を立するとか
樽を知るとかっていうのは
どうやって訓練なり何なりを
例えば本を読んで頭で理解してても
体が理解してないことって
全然結局土壇場では
それが発揮しなかったりするわけじゃないですか
それってどうやって訓練してるんですか
体が知るって難しいじゃないですか
さっきブッダが言った
日常の行動を規制しながら
瞑想を実践しながら
そして教えを学んだりするっていう
人間の全チャンネルを使ったことじゃないですか
人間のチャンネルって言ったら
頭での思考もあるし
そして体の状態もあるし
日常の行動もあるから
人間の全チャンネルを使ってやっていく
っていうことだと思います
ただ
現代の人間科学を前提にすると
そしてブッダの教えでもそうなんですが
環境は非常に重要ですね
ブッダは実は驚くべきことを言っていて
ブッダとブッダの教えと
ブッダの教えを実践する集い
この3つを3法として
ブッダ・ダルマ・サンガーと言ったんですが
注目されるべきは
サンガー
その学有・法有の集いの重要性で
良き友がこの修行の全てだとまで言ったわけです
人の影響を非常に受ける
だから大谷翔平君で言えば
大谷翔平君みたいになりたかったら
そのポスター貼って
毎日その番組を見ながら
同じ大谷翔平君のようになりたい
33:01
高校野球それからプロ野球の選手になりたい
同じ野球少年と一生懸命野球やって
そういうような思想ですね
環境に非常に影響を受け
人は他人を真似しながら成長する
これが人間科学なんですが
環境設定が悪いのに
それに抗って
自分の内面の意思だけでどうにかなるのは難しく
環境を設定して
精神にとっては体も環境でしょうから
体を設定して
体を取る行動も設定して
内側の自分の欲求との戦いに順に迎え
外から内へ
外から内へ
要するに心の制御
人格の成熟をしたいなら
環境を整えてから
環境設計
その点において
AI インターネット社会をどう使うか
人間って新しい技術は
最初戦争とか金儲けとか
欲望に使う
振り返ってみると
AIであれば
今私が言ったような
仏教の思想や心理学の最新の思想
人の人格を成熟するための
理論とかやり方は
本当に見事にバーッと
出るんですね
情報として
どう使うか
ですよね
AIが怖い怖くないのに
人間は自分の投影がAIなんで
やっぱり自分の内側の方に
反省の目を向けないといけないのかなと
毎日毎日
ジョイさんは瞑想なり
そういうものは
全部ずっと毎日
繰り返し何年もやってるって感じなんですか
いろんな形を変えて瞑想はやりますが
瞑想もいろいろありますから
環境も実は瞑想で
瞑想っていうと
またもう一つあります
瞑想って何ですかっていうと
大抵みんな
瞑想って英語のコンテンプレーション
メディテーションの和訳で
意味が明確じゃありません
でも
仏教や洋画では
瞑想は別の言葉で
座禅とか
座って瞑想するから座禅で
立って瞑想すると立禅
歩いて瞑想すると歩行禅
禅状って何かっていうと
心の安定と集中
これをもたらすために繰り返し行うこと
瞑想状態禅状状態っていうのは
心の安定と集中
感情思考が静まって
心が落ち着いて広がって
意識が鮮明な集中状態だと思います
これをもたらすためには
身体的瞑想
呼吸法なんかをやると
特に吐く息長くした深呼吸
これは小林良之淳天堂大教授が
長息呼吸法としてしてますが
彼はゾーンとか禅状の研究もしてるんで
スポーツドクターとして
36:00
確かに長息呼吸法ですかね
ヨガにあると言ってましたから
そういった健康法あるんですが
呼吸法でも心が静まって
さっき言った静まった鮮明な意識
瞑想状態に入っていくと思います
それからよくある念仏
照明念仏とかマントラ
心言瞑想っていうのも
正しい姿勢で
そして言葉では
ブッダの名前を呼んで
それから仏画でも仏像でも見てっていう
視覚聴覚体全体を使った
心が落ち着く方法ですから
これもあると思います
ただブッダ釈迦文の
本丸の瞑想はさっき言った
無情無我苦という
この世界の非常に根本的な道理
自分たちが苦しみを感じている
根本的な原因は
自分でないものを自分だと思っているから
ずっと続かないものをずっと続く
無情無情と
苦しみに長期的に至る道を
快楽として喜びと錯覚して追求しているか
という非常に根本的な原理に関して
深く考えるっていうこの本丸の瞑想は
高度ですけど非常に効果的だと思います
しかも現代は
さっき言った無我の教えも
無意識の脳活動は勝手に
時代遅れの進化的ミスマッチ反応を
起こしているみたいで
ブッダが弟子に問いた時も
明確に科学的に議論が
余地がないように話してくれる
そうするとブッダの教えを
より科学的に精密に理解して
これじゃちょっと俺このままじゃ
奴隷人生じゃないかと思って
方向性を転換していくには
非常にいい時代だと思います
心理学・脳科学・心の科学が進み
脳科学・脳神経ネットワーク
そこら辺から出てきた
AI技術だと思いますが
人間の脳の働きとかを真似しながら
それでAI技術って出てきますから
この情報技術というか
心の科学というか
これは使いによっては
まさにその心の科学である
伝統の仏教ヨーガの
その思想を非常に助ける
大きな力にもなる
なるほど
科学技術ってのは結局
善も悪もあって
技術はパワーですから
使う方向性の問題だと思います
ベクトルが違っていると
それだけで悪いことになったり
結局化け学も
最初は爆弾とか
科学兵器を使ったり
その後民生に使うとか
最初はお金儲けとか
権力とか戦争とか
そういうところに使っちゃうんだけど
そのうち民生的な医療とか
そういうものに使って
ただ
そういう考えがあるじゃないですか
人として幸福になるために
そういうふうに瞑想だったり
いろんな考え方で
自分の人間の中の本能部分と切り離す
39:01
っていうのを
理解できる人たちって
全国民の中でどんだけいるんだろう
それが良くても
良いのは僕もすごい分かるんですけど
それを実際説明したとしても
どういうことかよく分からなくて
っていう人たちが
たくさんいると
結局それってどうやったら
その人たちを救うんだろうとか
自分たちが幸福にできるんだろうって言ったときに
とてもなんかその
洗脳的にやらなきゃいけなくなってしまうんじゃないかな
っていうふうに考えてしまう
時があるんですけど
社会主義の思想と現代の民主主義の思想
それはその点において
一種共通していると
思いますし
そこでこの前の先ほどのキーワードの一つ
和っていうのが出てくるんですけど
和して同是ず
ということですね
つまり君子和して同是ず
だからそういった多くの
まだこういった心の科学
心の真実
気づいてなくて
心の奴隷のように自滅的に
心理的な病とか
方害とか
そういうような状態になっている人
またそこから出てくる社会の分担
この問題に対して
なるべく
手助けするようにするけど
しかしその中で
巻き込まれてしまって
自分も落ちてしまうというのは
良くないので
聖なる独立を保った形で
同化しない感じで
そういう人たちと
対立はせず
同時に巻き込まれ
もせず
みたいなポイントだと思います
社会主義にも
生まれた時に
そして浄土を悟った時に
インドア大陸の人
全部を救おうとしたかというと
救いもしないし
人がたくさんいる町
ですかね
それに僧院を作りませんでした
町に僧院を作らず
かといって
県をして別資して
山に籠ることもせず
中間の林にいて
そこに僧院を作って
町には不協に行く
だけどその町の中に僧院を作って
その町に巻き込まれることもしない
はしてどうせず
という姿勢だと思います
ということは
突き詰めれば少なくても
彼の判断は
その人口全体を
救済することは
難しいと
なるべく助けたい
しかし助けているうちに
自分たちが入れ込みすぎちゃって
どうかしては求め込まない
だから一定の距離を取りながら
見捨てず助け
しかし
過ぎてしまえば求め込まないから
みたいな思想
フォールに持っていた
そういうことになっちゃいますね
どう考えても
釈迦の教治
仏陀の特性は
智慧と慈悲と言われていまして
物事はありのまに見る
42:01
その時の人々や相手
人類の幸福不幸
ありのまに見る智慧と
それから慈悲という他人を
救おうとする心
より幸福に
しようとする心があるんですけど
考えると
智慧だけで
慈悲がなかったら冷たくなるが
智慧だけで智慧がなかったら
入れ込みすぎちゃって
巻き込まれるないしは
甘やかしちゃって本当に幸福になれないと
みんなで一緒になってしまう
2つの両立が
この仏教の思想
釈迦無二の非常に大きな
特徴で
クールな
ブレインと
熱いハートと
その2つを統合する
静まった大きな
っていうのは
非常に高度な
思想というか
人格成熟の定義だと思います
クールブレイン
ハート
ステイブアンドブロード
マインド
これがだいたい要するに
普通の人に言うと他人に変わっても
あいつはダメだし
これはダメだよって自分の世界に入る
自分が偉そうみたいな人と
なんとなく他人神と
引きこもりみたいな
それから他人に関わりすぎちゃって
入れ込んじゃって巻き込まれて
自分も苦しくなっちゃって
ドロドロになっちゃってどうしたらいいんだってことがあるんです
お釈迦様って極端に寄らない
中道が好きな方
バランスが重要
バランスってこと
バランスと
臨機応変ですね
同じことだと思います
極端に寄らないそして臨機応変に
やるってことで
この人はこうだ
ってことで
なんていうのかな
全ての人を救え
唯一の神の子イエスの福音伸ばしたいよ
みたいな感じではなく
ダメだな
山にこもって聖なる道を
バランス
バランスですね
当たり前でしょって言われれば当たり前なんだけど
バランスって人間どちらかと
何かにとらわれて突っ込む
タイプじゃないですか
バランスって言われると
それは言われればそうなんだけど
それって実際実行するのは結構難しい
難しいですね
でも釈迦から言うと難しいとこやらんと
偏ってうまくいくことがないんだから
聞き分けてもらうと
みたいな感じになると
やることによって
自分がダメだなとかって
難しくて
そういうことに対しては
それはそういうものだ
それは焦らず耐えまずやりましょう
ゆっくりやっていく
自分ができることを
やればよくて
証人欲求ってのがあるのが
さっき言った
自分はダメって言葉も
ダメって言うのって
他と比較して自分はダメ
だから仏道とか
45:00
ヨガ道とかも
自分がやると他の実践者よりも
自分の進み具合が
早いとなるとすごく意欲が湧くんだけど
そうやって絶えず競争になっちゃうと
そのうち
自分は出遅れてると
才能がないとなると
才能がないんじゃなくて
比較して才能が低い
そうするとやる気がなくなるんで
そこはあまり他と比較せずに
今日自分ができる
小さな一歩
これをやって
明日はまた続けて
やってるうちにだんだん少しずつ良くなるから
気づいてみた後は達成してるな
というのが理想のやり方だと思います
人間は本質的には
善だと思いますか
それとも悪だと思いますか
簡単に言うと善悪の定義が問題です
例えば人間にとっては
人間が進歩してきた
そしてより幸福になったように
見えることはいいですけど
それは他の生き物にとっては
人間に淘汰された他の生き物にとっては
大変な
地球生命圏の生存競争の
勝者であって
恨みの対象なわけです
何が良いか悪いか
つまり人類の平和存続
これが良いとするのが
人類の無意識的な
常識的な定義だと思いますが
人間が
本能的に支配されていたり
今の状況の
人間っているじゃないですか
それは善だと思いますか
それとも悪に偏っているのではないか
悪ではなくて進化過程だと思います
不完全
人間は成長する生き物ですから
未来から見れば
今の人間というのは
相対的に劣っている
しかし過去から見ると
今の人間は私の思いでは
相対的に優れている
進歩してきたと思います
ただ依然として
大きな
進歩の必要性とかつ
余地を持っているので
なんていうのかな
江戸時代に首脳交渉があって
徳川を神とした体制
今見るとみんな
あそこの社会に戻りたいとは思わない
でもあの時は
徳川が神で首脳交渉の
階級差別は当然な
善というか
規律だったので
時代によって善悪が変わってきて
そういう意味で少しずつ
進歩しているとは思うのですが
まだやっぱり
人間が絶滅してしまうような
人間相互の
戦い
昔ながらの時代遅れの
勝利欲求で
余地を残している
これを大きく
これをどうにか制御して乗り越えると
次の大きな時代
これに入ると思います
原始時代から
戦争が始まった濃厚時代
その後に
共存共栄の人類の新しい文明に
段階的に進化していると
思います
この先は共存的なものが
48:02
かなり
次のステージに待っているのではないかと
共存と言っても
競争が全くないことが
いいとは思っていない
競争が全くないと
互いに悪いところを
指摘せずに
腐は雷動
腐敗堕落する場合もある
例えば独裁国家で政治って
競争ないですよね
民主国家だと多数党で競争がある中で
お互いの悪いところに
付き合って
切磋琢磨してみんなが
成長していくための競争
ってのは必要なのかな
でも本来は競争ってのは
資本主義の競争も
目的は全体が豊かになるために
競争しましょう
全体
幸福のための
切磋琢磨としての競争
これも共存の
道だと思います
共存ってのはみんなが幸福になること
ってことになれば
共存の一システムとして
進化した形での
競争
全体幸福の
手段としての競争
どっちが勝って
どっちが生き残るかの
競争というより闘争ですね
自分としては
ヒューとしては
この世界の競争は
戦場とこの世界を見ると
勝たないと
どうしてもいけない
自己勝利が絶対で
相手は
自分にとっては敵だと
自分の幸福を妨げるものだと
でも
戦争じゃなくて道場
戦場じゃなくて道場と見たらどうだろうと
それは目的は
自分の勝利だけではなく
道場の目的は
稽古しながらみんなが成長すること
そして稽古相手は
友人だと
友だと
ないしは自分の導き手だと
だから戦場か道場か
目的は
自己勝利なのかそれとも
全体成長なのか
相手は自分の幸福を阻む敵か
それとも幸福を
共に増大させる友か
この二つの区別を
明確にした
人格成熟を
目的とした
みんなの幸福を目的とした競争
というのが新たに定義される必要がある
だから資本主義は
もう一歩成熟しないと
成熟資本主義
これは重要だと思います
それは当然
負けたり勝ったりしても
生きていけるのはセーフネット
みんなで明るく楽しく
競争しよう
トランプゲームみたいに
トランプゲームだって
ドナルドトランプじゃない
カードゲームみたいに
勝ち負けがあるけど
みんな勝っても負けても楽しい
だんだんスキルが上がっていくから
楽しい
大谷翔平君には勝てないが
しかし大谷翔平君がいた
おかげで
51:01
その世代のレベルが上がった
一番上の
松高世代
スポーツマンシップ
勝ちか負けじゃなくて
自分たちの世代のレベルアップ
のために
一番
その場合相手
スーパースター
勝てない相手
勝利を奪った相手に
感謝と尊重がある
リスペクトしてないと
ああいう人がいなかったら
自分は勝てない
レベルアップできなかった
そういう考え方
共に成長する仲間
っていう意識を
持って
競争するというか
稽古する
道場という考え方
ハブヨシアールさん
同じ世代も
将棋は一人でできないから
みんなで打ち合うことによって
みんなどんどん切磋琢磨して
成熟した
スポーツ競技者のような
全体向上のための
感謝をし合うような
その競争
徐々に
消化していかないといけない
単純な自己勝利
絶対主義の承認欲求
これは時代遅れ
勝つと思うな
思えば負けようと
時代になりつつある
自己勝利ばっかりに
こだわり
負けるんだったら競争参加しないで
引きこもるみたいなことは
やっぱり
敗北の道ですね
自己勝利にこだわり
その敗北を極端にやがる
切磋琢磨でみんなが成長すればいい
というような成熟した
心でない
未成熟の心の働き
この自分の中の
未成熟な部分が唯一の
自分の敵であり
自分の心の弱さを制すれば
外側がおのずと制する
という仏道や
武道でもよく言います
自分の内側の敵
のみがあって
釈迦は千や百の外敵
強敵を倒すより
自我意識エゴを
倒すことが価値があると言った
そういう普遍の道理で
ある意味でよく言われていた
この時代はまさに
そうだね
今までちょっとそれを聞いては
いたけどまだどうにかならないかな
と思ったけど今はもうどうにも
なんなくなっている
心は闇
戦争にはまたえ子供は産めないだろう
もうここになったらそろそろ
関連して
人類社会の
今の状態が
精神的成熟に対して
圧力をかけているような
人類21世紀社会は
進化のための心理的成熟のための
道場だと
参加しましょう
なるほど
分かりやすいですね
さすが
54:00
行き渡ってほしいなこの教えが
話がね
普段もやっぱりそういう
女優さんがいろいろやっている教室みたいな
そういうところでそういうお話も
含めていろいろやっているからですか
古い仏教ではこの世界が
仏の大事
これが仏になるために
作られた大いなる宇宙という
仏のお母さんの中の
子宮であるという考え方
大蔵界思想といいまして
神戸大師の神言密教の中
混合界マンダラ大蔵界マンダラ
といって非常に仏教密教で
有名な思想なんですが
この世界が心理的成長のための
道場であるという考え方は
仏教伝統的なものだと思います
私は今それを
現代的な表現で道場と使って
なるほど心の成長
という
人格成熟の道場
会社に行きたくないといろいろ言われちゃって
でもこれは
人格成熟の道場であって
脳トレの場所であって
その道場って
月謝払うところか給料払うところか
という話をすると
バラ色に感じられる
考え方の違いだけで
すごく恵まれてますよ
生きる上に
今までは
ここ数十年間の前までは
資本主義社会福祉民主主義国家の前までは
その上もあったし
短命で病死することもあったし
内戦も治安も悪かったけど
今は生きるに大きな支障はなくて
単に自分と他人を比べると負ける
という相対的な苦しみしかないから
そのくらいの苦しみ
これは悟りの道場で
強敵と相対して
稽古をつけてもらっている
強い相手
直ちには勝てない相手と稽古して
稽古してこそ強くなる
自分が勝てる相手とばっかり稽古して
どうやって
成長するんだろうもっと負けろと
そういった気持ちになれば
承認欲求
これが満たせない方に引きこもる
という気持ちが落ちてくるかなと
今本当に現代人は
心の修行というか
成熟していかないとだめだろうなと
いよいよって感じ
すごく感じます
それちょっと
自分を甘やかす方向に
行き過ぎちゃって
どうにもならないと
強い人と稽古したくないよ
と言っているうちにどんどん弱くなる
前より弱くなって
しなくてもいいよ
そんな感じになっちゃっている分は
気をつけてあげて
個々人が無理のない範囲で
充実した稽古をしましょう
気持ち明るく望めるのかなと
田窪 変な多様性の変な解釈
みたいなのが混ざってくる
田窪 そうだよね
ジョージさんに
結構時間なのであれなんですけど
最後質問したいんですけど
ジョージさんは人生を賭けて
信じたものを失って
組織を失い仲間を失い
世界中から批判を受けたりもしたじゃないですか
それでも今
たった一度だけ信念というか
何を信念に生きているとか
ってあるんですか
田窪 やっぱり努力は
57:00
良い結果をもたらすんじゃないかと
思います
ですからより幸福になるために
努力するっていうのは
やっぱり結果として
人を幸福にするんじゃないか
努力の価値
これを信じるべきだと思います
要するに
信じるっていうのは
なんていうのかな
科学的なことってのは
真実かどうか
これをはっきりさせることだと
科学の最新科学だと
さっき言った物語
モデル説明だって話もあったけど
宗教ってのは何か
証明がないことを信じることだ
ってことだと思うんですけど
唯一残されるべき
宗教
信仰とすると
人間の努力の価値を
信仰することかなと思います
それはイコール
人間が
努力を通じて
進歩より幸福になってきたし
なっていく生き物
先ほど言ったように
工場心ってあるんですね
工場心って努力する心じゃないですか
それが人間にとっては非常に重要な
信念なんじゃないかなと思いますね
人間は
進歩する種で
絶えず工場心ってのがあって
だからそれが人間なんだと
だから人間は努力する心を失うと
人間性が
なくなってしまうと思うんですよね
工場心がなくなると
よく心理学でも言われますけど
頭や体を鍛えないから老化が始まって
死に向かい
それから一方100寿まで生きる人
100寿者
その人たちの精神的な特徴は
好奇心
新しいものを発信する
それは脳の機能として
新しいものにチャレンジする
向上しようっていう
その機能のある前頭前夜ってところが
やっぱり
これが老いずに
活性化するかどうかが
やっぱり老化を防ぎ
若さを保つ方法だと
思いますね
老いも気持ちからっていう
ではもう
常に努力し続けていきたいってことですね
無理ない範囲で
だから
肩に力があって
努力すると
三日坊主
さっき言ったように
そうですよね
肩の力を抜きながら
焦らず
耐えまず無理せず
怠けず
人類ってやっぱり
コツコツと少しずつ進歩するだ
と思うんですよね
人間の感覚からすると
他人に関しても
まだまだそういった
心理的には成熟に向かわない
人が多いなって思うと
人類社会が暗く見えちゃうと思うんですが
やっぱり
進歩というのは時間がかかるし
その進歩
自分も他人も人間を愛して
そして進歩を
図るとするとやっぱり
忍耐
忍耐
進歩自体をやる
1:00:02
それは結構重要で
だからやっぱり
戦いでもそうだと思います
戦国の覇者の
徳川家康の特徴は
やっぱり忍耐
能力じゃ勝てない
信長や秀吉には
でも彼
家康の家康が健康に向こうじゃない
健康マリアで健康気遣って
継続的に努力して
進歩をすることによって
進歩と継続的な努力
これが彼が覇者になった
最大の理由かなと
彼は先に
死んで
努力が止まった
それから信長
秀吉の
良いとこ悪いとこを
反面教師として
戦国時代の才能の結晶
これが徳川家康の長寿
進歩と努力
長寿と進歩と
努力によって
いろんな人の良いとこ悪いとこを
教師反面教師として
吸収して
最後天ぷら食って死んだのが
ミスったくらい
そうだと思います
豊臣の政権を倒して
油断して
もういいかなと
天ぷら食べて
人が亡くなってるんだ
多分
気が抜けた
タイミングとか
徳川家の
続いた人にとっては
あの人が天下を統一して
豊臣政権を築けて
その途端に死んだから
自分がトップに立って
それを楽しむ膜もなく
ただひたすら奉仕してくれたから
真君徳川家康皇帝になっちゃう
逆に深刻化されちゃうね
変なとこ見せなかったから
だから勝ちたい勝ちたいと思って
負けることを知らないと
それは自分に害が及びますよ
っていうのが徳川家康の
遺訓の中にありますから
だからそういった意味じゃ
最も勝った人が
過剰な勝利欲求を持たず
辛抱して長い努力をした人だ
というところは
歴史にそういう敷衍的な道理ってあるんだけど
それを改めて
改めて
それが
改めて重要な時代だと
なるほど
ありがとうございます
今週の一曲
ありまして
最初のテーマが
祈りを感じる一曲っていうところで
始まる前に両優さんといろいろ話してて
そこから
難しいって言われて
あんまり音楽とかそれに入れ込んだものもないし
感謝の一曲でどうですかと
そういった心理的安定のために
仏教ってなると
仏教の音響宝具とか
カントラーとか
そういうのはあるんだけど
音楽曲とかいうのはあまりない中で
苦しんだ挙句
祈りっていうのをテーマにすると
未来にこうなってほしいという祈りじゃなくて
今までありがとうございましたっていう
1:03:01
感謝の祈りっていうのが
結構目新しいことだなということで
感謝の祈りってことで
目新しいんだけど
それと歌謡曲を
無理やり私の世代で結びつけると
私の世代はやっぱり
山口桃井さんと
安田聖子さんの時代で
山口桃井さんが引退した時に
あなた方の
親切や優しさありがとう
Thank you for your kindness
さよならの向こうへ
って言われました
それにこじつけて
結びつけるんじゃないかなと思います
祈り感謝
はい
わかりました
強引だが終わらない
どんちゃんはなんで
これはめちゃくちゃ時間をかけて
祈りの一曲を選んできてしまったんで
祈りの曲で
いいよ
僕はやっぱり
サウンドで入ってくる方がやっぱり
祈りの
西洋のものだったり
アジアンの感じだったり
あってどうも
やっぱり西洋のものより
アジアっぽいサウンドの方が
自分に入ってくるんですよ
それこそ
お寺のものだったり楽器だったり
ああいうの感じてたら
だんだんインドに行っちゃいました
意識が
タルビンシンっていうタブラ奏者
っていうのが
あの人がダブステップとか
当時アジアンアンダーグラウンド
って呼ばれてたんです
98年くらいに
すごくアンダーグラウンドな
アンビエントとかっていう
ああいう要素を全部取り込んだ
アルバムがあってタルビンシンの
OKっていうアルバムに入ってる
2曲目のバタフライって曲が
めちゃくちゃ分かりやすい
タブランベースっていうドラムベースを
タブラでやってるっていうのがあって
これがすごく自分の中で
祈りのイメージなんですね
すごくインドっぽい
決めてたのにタイトルがね
ジョイさんとずっと喋ってたらね
忘れちゃった
かっこいいなこれ
今まであまりにも音楽っぽいこと
やらなかったからね
急に音楽
あれタイトルなんだったっけな
誰の曲
これは
プレイリストに入った時に
今すぐに浮かばないんで
緊張を感じてていいです
すごくね
それも許される
バランスなんだ
バランス
ということで
努力って
今までこの努力間違ってたかな
みたいなことがものすごくあったりするんですけど
そういうのも努力って
どう解釈
努力って努力の継続が
必要だと思うんですが
努力を継続する限りは
失敗は成功のもとになりますよね
つまりエジソンなんかは
先回の
実験で
白熱電球を
発明したんですけど
999回の失敗は成功への
ステップだと言うんですよね
失敗じゃない
1:06:00
失敗は努力を継続する限りは
成功へのステップ
これじゃ成功しないってのを知るのが失敗じゃないですか
そうですよね
でも成功は努力を続けない人には
過去の過剰な成功体験になって
慢心を呼び
失敗のもとになるから
努力を続ければ
失敗は成功のもと
努力を続けない人にとっては成功が
失敗のもとだと
だから努力と
共にあれば我が辞書に
失敗という文字はないと
ナポレオンみたいな
人格成熟したナポレオン
歴史に学ぶ
失敗を知ってる時点でそれはもう
一つの成功を得てますよね
失敗だって理解してるということは
成功しないということを知った
成功へのステップだというのが
エッジソンの考え方で
そういうタイプの人でしょう
トカイヤスも負けて負けて
負けてそのうち少しずつ勝てるようになった
人ですから負けても死ななかった
その運が自由ですね
それはやっぱり
運だ
だけど
現代はやって
打ち死にするとかないじゃないですか
一応
生存が保障されている社会の中で
承認欲求の
前回見て失敗したかな
程度だから
失敗は成功へのステップという
チャレンジングな生き方だよね
これは欲しいよね
守りすぎちゃうと老化しちゃうから
なるほど
女優さんはどんどんチャレンジをしていくんですね
無理ない範囲で
分かりました
ありがとうございました
何か告知の方ってありますか
告知
前回の通り
イベントが結構たくさん
基本的にHEXと
youtubeで
チェックしてもらえるという感じですか
youtubeは
youtubeページで
やってますからもしご機会
ご関心があればご覧いただければ
と思います
あとは時々トークイベントをやってますが
7月6日に大阪の方で
大阪ロフトプラスワンウエストで
トークイベントをやって
新宿の方でついこの前やったんですけど
9月の方でやろうとは思っているので
そういったトークイベント
みたいなものをやってます
そこら辺
SNS
XとFacebook
インスタも全部やってますが
そことは述べつくまなくやってるんで
そこで見ていただければ
加えてホームページもありますが
そこでネットで検索して
出てくるかなと
分かりましたありがとうございます
ハッシュタグダブラジご意見ご感想や
ネタの募集と
http://www.wraji.comのお問い合わせから
各種
まだちょっと
チャンネルのフォロワー数少ないですが
これも努力で
一歩ずつ
いきましょう
最後に勝つ
最後に締めの一言
ジョイさんお願いします
一言で言うなら
1:09:01
今回締めの
何言ったらいいですかね
まあ
焦らず
耐えまず
無理せずなむけず
チャレンジでいきましょう
ということでありがとうございます
努力も三枚重ねです
またお越しください
ありがとうございました
01:09:37

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