いいね。
たまにもうファンになっちゃいますよ、これね。
これはね、グルーブがすごい。
メルシーございます。
何回も聞くと思うな、ここの部分。
そうだね。なんかサンプラーとかで叩きにしたり。
今後、ダブラジのトークで使ってこ。
サンプラーで。
おめでとうございますっていうのがいる。
いいね。
ごきげんおれます。
でも後から請求来るかもしれない。
使ってんじゃねえよ。
それは分からない。お支謝から。
その時は、お御乗員様ではない感じなんですけど。
使ってんじゃねえよって。
それはね、ちょっとジーヤが。
ジーヤからのお叱りだったかもしれないですね。
御乗員さんが、また聞いてきたんですけど。
前回聞けなかったんですけど。
コンサートのやつちょっと色々聞きたくて。
コンサートって演奏だけじゃなくて、
衣装とか照明とか空間全体に世界観があるじゃないですか。
あれ、ステージ作りも自分で参加してやってる感じですか?
もちろん私がほぼ作り上げていて、最初。
それをお照明のお支謝。
みんなで共有していくっていう。
最初にそういうコンセプトを毎回決める感じなんですか?
そうですね。
今回は、例えばグランドピアノとキーボードの二刀流で行く時もあったりして。
今回はそういうお祭り系で行くのか。
お生音で、おグランドピアノ一本でクラシカルな雰囲気で行くのか。
生徒とどちらにするかっていうのは、いつも大事に決めてます。
そうなんですね。
クラシックのコンサートとか見に行くと、地明かりでやるじゃないですか。
あれがすごくもったいなく思ってて。
照明とか使われるっていうのを聞くと、最もシアトリカルなものじゃない?
クラシックの響きというか。
すごく照明あったらいいなと思って聞くんですけど。
頭に浮かべながらとか。
そういうのもまさにやられてるみたいな。
そうですね。
イメージは。
そうですね。やはり私が大切にしてるのは、音の響きも当然なことなんですけど。
それよりも世界を体験してもらうっていう。
五畳院寮という世界に没入していただくことを楽しんでいただけたらなっていうふうに思っております。
なるほど。
浜銀見に行かないや。浜銀ホール。
いいね。行きたいです。
9月5日ですよね。
9月5日にございます。浜銀ホールにて。
いいね。
なんかすごいね。興味がめちゃくちゃ注がれる。
それ、何曲ぐらいやる予定なんですか?
その日は、曲数。
時間でもあれですけど。時間はどのくらいやるんですか?
時間は90分未満というか。
なるほど。休憩とか無しでバーってやる感じなんですか?いつも。
お休憩挟むときもありますけど。
やはりそのお休憩を挟むことで世界が崩れてしまうかもっていうときはない場合もあるので。
なるほど。
ぜひお手洗いは開園まで。
そうですね。しっかり大事ですよね。
気持ちでいろいろ表現していく感じになると、同じ曲でも日によって違ったりとか。
1日に2回やるかもしれないし。場合によると思うんですけど。
全然気持ち的に違ったりするものなんですか?
全然違いますね。
そうなんですか。
それはまあ。
人間だもの的。
間三つ緒みたいな。
だって人間だもんみたいな。
お人間様、人それぞれ、やっぱり日によって起きた瞬間、気分が違うじゃないですか。
やはり天気にも左右されますし、湿度感だったり、重いなとかあると思います。
あとはお月の。
ムーンの満ち欠け。
そう。あると思うんですけど。
なるほど。ありますよね。
だからそれは面白いことだと思ってて。
やはりそういう生き物が奏でる曲は毎日違ったほうが、違うからこそ揺れ動いてる感じのそこの狭間の世界っていうのが私はある気がしてて。
でも毎日同じように弾かなきゃいけないってトレーニングされてる方もいらっしゃると思うんですけど、
必ずしもそれが答えだとは限らないですし、
例えば怒りに満ち溢れてる時の方がドラマティックになったりする可能性もあって、
違う面が出てくるというか、このフレーズって実は怒りなのかなとか、
でも悲しさも秘めてる怒りなのかなとか、
なんかわからないけど、そういう音の動きにも敏感になれるっていうか、
毎日こだわらない方が私はタイプっていうか。
いいね。それによって照明が変わったりとか。
照明?お使者がどうにか変えるかもしれない。
センサーで温感、私の温度が高くなったら赤くなるし、
お涙してたら青くなるかなっていう。
だからわからないけどね。
でもわからない。怒りが赤かわからないし、悲しみが赤いかもしれないし、
やっぱりそういう音楽だけど歌詞がない音を奏でているから、
わりとおタイトルだったり、お照明も本番、おステージでは確かに表現の一部になっているし、
あとは何より聴いている皆様の心を考えるというか、
お導きしてあげたい。例えば迷わせてはいけないなとは思っております。
今までのコンサートで、結構これ忘れられない、衝撃的じゃなくてもいいですけど、
いろいろ記憶に残るコンサートってありますか?
私にとって、一度土に帰って、またその次の公演で、
おコンサートで息を吹き返すっていうイメージなので、
どれか一回っていうよりは、
生死をさまよっている中で聞こえる皆様のお声援だったり、
お拍手がすごく生きる活力にはなっています。
生きるっていうか、鼓動は動いているけど、
おステージの上で息をしている時に聞こえる、
そういう皆様の存在証明みたいなものって、
すごいスピリチュアルな経験っていうか体験っていうか、
感覚になっているので、
生きていていいのだみたいな風に、すごく深い気持ちになります。
音楽のこいつみたいなことを言ってますよね。
活かされてるなと感じます。
たぶん行ったら元気になる気がする。
何かこの感動がみたいな、ありそうだなって感じがするな。
あの、根本的なことを聞きたいんですけど、
その特徴的なオをつけるじゃないですか。
お言葉使い。
どのようにこれ生まれてるんですか?
切り込みましたね、俺。
あと、ルール知りたいんですけど、
前編で教えてくれるって変で言ってたじゃないですか。
オがついてるものとついてないものがあるじゃないですか。
これどんなルールになってるんですか?
オルールは、やっぱ、お心が欲しったら。
意外にそういうことなんですね。
文法的なものでもなく、お心が欲する、誘われるまま。
なるほど。
ので、皆様のお心がオルールかな。
なるほど。じゃあオつけたかったら、全部つけちゃってもいいですか、俺。
もちろん。それもやっぱ音楽と一緒なので。
なるほど。
例えば、大山さんとか大川さんっていう人がいたとき、
オが3つになっちゃうじゃないですか。
これどうしてるんですか?
でも、お名前は必ずオをつけさせていただきます。
じゃあ、おおおやまさんってなっちゃう。
おおおやまさんっていう風に、
アルファベットのOHを挟みますね。
そうなんですね。オってなって。
おおおやまさん。
なるほど。
で、すると自然と、あ、言ってみてください。
おおおやまさんっていうことですね。
そうなんです。自然と優雅なゴージャスな響きになる。
なるほど。
それがもう私の美的感覚です。
そういうおファッションセンスっていうか。
なんか今まで言ってきて、
これオつけてめちゃくちゃ良かったなみたいなやつあるんですか?
オつけて、これすっごいハマり良いなみたいな。
自分では分からないけど、
それこそ皆様に面白がられたのは、
オウッセイワですよね。
オウッセイワとか。
確かに面白い。
え?
え?って感じで。
エレガントに殺される感じがしますね。
エレガントなんか殺してるのか分からないもんね。
とかですかね。
ミスマッチな感じとかね。
ミスマッチな感じすごい良い。
キャップがあるものが良いですね。
確かにそう考えるとそうだね。
確かにね。
それ合うね。
ドブにオをつけてみるとかね。
なるほどね。
でもさっきの良かったよね。
前編のアーティストとかにオをついててさ、
なんかお江戸みたいになっちゃった。
オリアナね。
おえんやさま。
おえにぐまさま。
おえんやさますごいよね。
お江戸時代だもんね。
おえんやさまがね。
おえんやさま来たぞ!みたいなさ。
カモンがありそうだね。
それっていうのは、
ご上院さんがベルサイユのバラの世界に影響されてるとかっていうのもあるんですか?
そこはあんま関係ないですか?
でも、大須賀様は、
大変素晴らしい世界観で、
オベルサイユのバラ。
あれはそうですね。
世代ではないですもんね。
そうですね。
お母様の影響で知りましたが。
うちの親も大好きなんですよ。
好きなんですね。
オベルサイユ宮殿ってオゴージャスなイメージで、
その時代でオフランス革命だったりだったんですけど、
その中でも、
アニメは、
物語は、
異なる女性の人生を描いている。
二人のオバラという女性の生き方を描いている物語で、
例えば、
女性ながらに戦いの頭となって、
みんなを率いて、
トップに立つ姿だったり、
あとは古くからの伝統で、
女王としてお降臨している人生が描かれる。
その二つのお人生で、
気高く、
何に対して守るものがあるのかとか、
情熱があるのかとか、
生きるとは何かとか、
女性とは何か、
そういうものを考えさせられる物語で、
すごく私は心を打たれて感銘を受けているので。
これだって感じか。
美しさってこういうものなんだろうなっていう、
麗しい、気高い、勇ましいという、
私の世界のおテーマは、
そういう世界観から来ています。
これは結城の出る話です。
結城?
結城なんていうのはどこにあったの?
クラシックをずっとやってきた人にも、
影響を与えているのはアニメだったりするじゃないですか。
我々はアニメの表面でやってきた。
それは分かるんだけど、どこに勇気があったのか分からないんだけど。
アニメソングとかアニメって、すごく育って人に
影響を与えるものだなと。
どんな育ちであっても、みんなに育って、
等しく感動を与えるものなんだ。
歌もいいですもんね。
歌も素晴らしい。
小腹は美しく散る。
歌詞いいです。
そこに美学がね。
そうですね。
五条院さんは、前に、
一番目のアルバムって五条シックですよね?
はい、五条シック。
五条シックは、クラシックと、
一番目のクラシックみたいなのをやりたいなと思った理由って何なんですか?
クラシックは、
私のおバックボーンが、
クラシックで音楽だったんですけど、
一度自分の原点と向き合いたいなっていう。
バックスーザ・ベーシック的な。
ルーツミュージックですもんね。
なるほど。
クラシックで、この作曲家が好きだとか、
この曲が好きだとかってあるんですか?
あとは例えば、
イメージだと、クラシックの人って、
その曲が好きっていうより、
演奏が自分に合ってるとか、
違う理由で好きだったりするような気がするんですよ。
そういうのってあります?
弾きやすかったり、自分に合うからこの人が好きになっていっちゃうとか。
そういうのってあんまりないですか?
曲単体としては好きだとか、
そういう風に考える感じですか?
確かに、音楽学生の頃は、
尾行国の作曲家様がどちらかというと得意と言われておりました。
そうなんですね。
オラフマニノフ様。
オチャイコフスキー様。
なんかオオツクのチャイコフスキーちょっとおかしい。
オチャイコ。
俺はね、オチャイコ好きなんですよ。
オラフも相当好きなのこれ。
でもなんかオチャイコなのおかしいね。
オオツケたらむしろなんか。
クラシックの作曲家にオオツケてほしい。
オバッハ。
オバッハはいいけど、
チャイコフスキーおかしいね。
オチャイコフスキーは。
むしろ逆に死体になっちゃってるような気がするんだけど。
でもいいですよね。
あの辺って俺、曲がいいなと思ってきました。
クラシックって、なんかジャンルでクラシックっていうイメージで気づいたの。
最近いい曲だなって思うことがあって。
オラフマニノフとかチャイコフスキー。
クラシックを聴きに行ってメンデルスゾーンっていい曲だなって。
メンデルスゾーンっていい曲だねあれ。
メンデルスゾーン。
すごくよかった。
あんなに昔の人が名前残ってんだよ。
いい曲じゃないわけないよね。
ちょっと自分で気づいたの。
ベトベンそんな俺いい曲って感じないかも。
なんか分かんない。
俺めちゃくちゃ分かる。
なんか完璧すぎちゃうんだよね。
なんか出来上がりすぎちゃってるっていうか。
サウンドで圧倒されるだけみたいな感じがあって。
素人ですけど。
弾き手によると思うんですけどね。
ただ私はベトベンさんも大好きです。
なぜかというとですね。
あそこまでピアノフォルテという楽器の魅力を最大限に引き出した方は
彼が素晴らしく先駆けというか。
彼の存在があったからこそオロマン派のオシャパ様だったりオリスト様だったりがお生まれになっているので。
私は非常に激しく勉強しました。
なるほど。
オモーツァルト様とおベトベン様とオハイドン様がよく選んでくださいって言われるんですけど。
私はおベトベン様は本当に熱いものを秘めてらっしゃる。
もちろん皆様はそうですけどよりドラマティックですね。
ああいう風に見えて。
俺はベトベンの電気を読んで小学校1年の時に読んで一番最初に書いた夢が音楽家って書いたんだけど。
なんでか知らないけどあれを読んで電気を読んで衝撃を受けて。
俺音楽家になるんだって勝手に思って書いたらいいけど曲実際聴いてみようって聞いてみたらあんま好きじゃねえと思っちゃって。
あれっていう。
この人は人生が好きなんだみたいな。
そのパターンもあるじゃないですか。
矢沢恵吉みたいな。あんまり曲聴かないけどすげえ本を読んだりとか。
ドラマティックな人生。
でもそこは全部一緒になりますもんね。
ベトベン完璧すぎる音楽ってどうなんだろうっていう。
バッハも完璧すぎるからあれだけど。
そうですね。数学的な美しさも感じるかもしれない。
バッハは特に数学だよね。
記号遊びだよあれ。
本当にあれすごいですね。
すごいですよね。あれ人間が作れると思わないから俺本当に怪しいなと思っちゃう。
科学者みたいな。
作れなくないっていう絶対に。
完璧すぎてバッハは。
思っちゃうんですよね。
素晴らしいですよね。
あれ音楽の才能っていうもんじゃねえんじゃねえっていう。
めちゃくちゃすげえ人間。
宇宙人かもしれない。
私もそう思ってました。
曲数も多すぎるし。