学会とかで、あのグループはああいうことやってるらしいよっていう話は、
なんかこう、例えば自分がやってる研究で、
近い研究やってる人がいたら、
まあ誰かしら教えてくれますよね。
そういう意味、かぶらないようにした方がいいよみたいな感じで。
だからまあ、ふんわりと回ってくることが多い気がします。
なんか秘密主義のところはそうなのかもしれないけど、
どうですか、その辺。
だから逆に言うと、やっぱりそういうネットワークに入ってるかは、
本当に情報の面ではすごい重要で、
まあ、あの、なんて言うんだろうな、
例えば、どこどこの博士の学生がプロポーザルでこういうの出してるとか、
そういう情報、本当は共有してはダメなんだけど、
そういう情報の共有って、まあ実際行われちゃってるわけです。
で、まあ別にそれをスクープするとかじゃなくて、
あ、じゃあ、まあやってるんだったら、
まあちょっと違うことやろうかなとか、
まあじゃあちょっと早めに出して向こうに連絡しようとか、
そういうのはあるわけなんで。
まあ、なんか僕がいる分野は、なんか結構平和的で、
住み分けが決まってるみたいな。
でもね、逆にそれは先ほど萩原さんがおっしゃったように、
それは競争を失っていて、結構ゆっくりとした分野で、
まあそれはちょっと分野全体としてはどうなのかっていうのはちょっとわかんないですね、正直。
うーん、なるほど。
あとその、サイエンスだけで殴り合うならまだ競争の原理もいいんだけどさ、
なんかその不当にレビュー止めるとかさ、
なんかそういうところでの競争は別に人類にとってプラスじゃないと思うんだよね。
ちょっと話題からは変わっちゃうけど。
それがネットワークに依存してるってなるのはちょっと良くないから、
もうちょっとそれをこまめに成果として出せるような仕組みがあると、
まあその、いわゆる政治が強くないラボの成果もちゃんと正当に評価されるよね。
まあサイエンスやってるのは人間なんだよ。
そうなんですよ。
なんか名言が。
サイエンスは人間が理解するためのものだからね。
いや、っていうよりはやっぱ人間がやってる以上、やっぱその人間のネタミソネミっていうところから解放されてないっていうのは僕の意見です。
いや、本当にそうですよね。
確かに。
その論文短くなった方がいいんじゃないか説のうちの一つですね、
大きすぎるとかぶっちゃうんじゃないかとか、
そういう政治的な話が生まれちゃうんじゃないかってことはあったとは。
それは解決されつつある部分もあるかなっていう感じだったんですけど、
もう一つの参照というかリファレンスが大変すぎるっていうか、
実際ちゃんと読んで論文を紹介してるんだけど、その流度が論文単位なせいでちょっと惜しいことが起こってるっていうのは実際にはあるんでしょうか。
僕はそうなんじゃないかなって妄想しただけだったんですけど。
僕は例えばレビューとか読むと1行につき10本くらい論文が引用されてて、
その論文飛んでもどこにそれ書いてんのみたいなの結構あるんですよ。
ありますあります、めっちゃあります。
いろんな人がその一つのライブラリを使いすぎたせいで、その一個の全然個人でメンテされてる、全員でメンテされてるライブラリに
セキュリティの問題を一個見つかったら、ものすごい大きな問題が起こっちゃったっていう、そういう二つの面がいい面も悪い面もあるかなと。
それが影響の範囲が特定できてわかったっていうのは、それをリファレンスをコードレベルとかライブラリレベルでちゃんと書かざるを得ないわけですね、
プログラムの場合は。このバージョンのこのソースコードをインポートするっていうふうに書いてるわけなんですけど、
それをトラックできるようにしたおかげでわかった問題でもあるし、逆に弱みも出たっていうところ。
いろんなインポートが簡単にできるっていうことの弱みが出たところでもあったのかなと思っていて、
科学の世界でもあるメソッドが、例えば有効性が疑われたみたいなときに、どうその間接的な影響とかを処理しているのかなというか、
科学ってやっぱ間違いが見つかって更新されていってどんどん強くなっていく分野ではあると思うんですけど、
どういうふうにそういうことをされているのかなっていうのはちょっと興味がありますね。
そんなシステマティックにはなってないんですよ。そうなるべきだと思いましたけど。
絶対そうあってほしいですよね。この論文にエラーがありましたってときに、
このそれで影響を受けた論文、この論文の主張はもう破綻しましたみたいなのすぐわかるみたいな。
その辺自分で調べないと誰も教えてくれないし、それが自動的にたどれるようには全くなっていないので。
脳みその中のマップを参照するっていう、ある意味、昔ながらのやり方ですよね。
あれがちょっといい線いってるかなと思ってて、マイクロソフトの、何でしたっけ、パブメドみたいなやつ。
マイクロソフトアカデミックですか?
いや、じゃなくて、なんだっけ、それだとどの論文にどの論文がインフルエンシャルサイテーションとか言って、
適当にうぞうむぞうの一つとして弾かれたんじゃなくて、
たぶんそのイントロのかなりキーになる形で弾いている。
たぶんそれに基づいて、たぶんクエスチョンを組んでるんだな、みたいな感じの弾かれ方をしてるよっていうのを、
別でなんか数字が出てくるんですよ。
それってたぶん、自然言語処理というかでやってるとは思うんですけど、
ちょっとただ単に弾かれてるか弾かれてないかっていうよりは、一段情報が乗ってるじゃないですか。
そうですね。
セマンティックスカラーかな?
そうですね。僕が言ってたのはセマンティックスカラーだと思います。すいません、ちょっと名前が飛んでしまってました。
それで論文を入れると、そのインフルエンシャルなサイテーションが上に出てくるみたいな感じってことですか?
なんかそれにちょっと突っ込みたいんですけどこれ燃えるかもしれないですけど大丈夫ですかね。
一つ聞いてみますか。
なんか僕はそのオープンソースの話聞いているのはいつも思うことは結局そのオープンにしたことがいろんな人の目に留まってコントリビューターがついてそのプロジェクトが大きくなっていくって話だと思うんですけれども。
科学の論文はなぜ全て無料で公開されないのかっていう。
これ結構いつも思ってることで。
でももちろん雑誌社っていうのが存続するためにはそれなりのモデルが必要だけど一応そのお金を取って出すっていうのは古いモデルっていうか昔のモデル紙で印刷して売るみたいな。
でそれと比べて今のインターネットで全ての情報にアクセスしやすくなった状態でやっぱ論文は全てオープンにされるべきなのかみたいなのはちょっと思うことはあるんですよね。
まあでも全てのソフトウェアが別にオープンソースプロジェクトで開発されてるわけじゃないからオープンアクセスが必要なのはもちろんあるし。
いやいやでもその科学の目的が鋭利じゃなくて人類の科学の発展を目指すのであれば全てオープンにすべきみたいな主張はあってもいいのかなと思う。
結局その企業が囲ってるのはその企業の営利のためでしょ。
まあだってトップジャーナルって言われてるジャーナルが一般誌だしね。
だからそれをやめても全部バイオワークハイブに行くみたいな。
いや無理でしょ。無理でしょ。
それは歴史的に結構いやできるかもしれないけど今すぐに行ったら無理でしょ。
いやでも結局じゃあその権威があるジャーナルの意味は何なのかっていう。
オープンじゃないのに権威があるって意味は何なのかっていうことになっちゃうんですけど。
なんか一つ質問なんですけど、たぶん答えはノーだと思って聞くんですけど、
そのトップジャーナルって呼ばれることが、あのものが雑誌がなんか何と評判の上限によって入れ替わったりすることって今までどのぐらいあったんですか?
あったんでしょうか?
結構かなりある。
かなりあるんだ、実は。
セルっていうのは、例えば今セルっていうのは大きい雑誌ですけど、あれは結局90年代から大きくなってきた雑誌。
そうなんだ、確かに。
それまでは例えば遺伝子をスクリーニングするみたいなのがすごい盛んだ時期はジェネティクスっていう雑誌がもちろん強かったとか、
もちろんニューロサインス系もまた違うあれがあるとは思うんですけれども。
そうですね、だからその分野のエコ精髄っていうのもあるし、その雑誌ごとのなんかあれもありません。
昔は何だろう、より学会誌みたいなのが強かったけど、より商業誌っぽいところが強くなってきたりみたいなのもあるし、
なんかその辺はやっぱりこう、読者に訴えかける力が強かったり、
ブランドがあるって見なされていろんな人が投稿するようになると、よりブランド力が高まりみたいな、そういうスパイラルはあるかなと思います。
僕なんか曖昧に覚えていたCNSっていう概念があって、セル、ネイチャー、サイエンスってあってますか?
はい。
その3つはもうずっと100年前からそうだった?
いやいや、そんなことはないです。
そんなことはないですね。
ネイチャーとサイエンスについてもそうなんですか?
ネイチャーとサイエンスも、最初出た時はもっと有力な雑誌ありましたよ。最初からそんな…。
ネイチャーって本当に普通の商業誌っていうか、それとして始まっていて。
そうなんですよ。
そうだったんですね。
じゃあ、でも今後、その新陳太子じゃないですけど、エリカーリが起こっていくって可能性は?
あるとは思いますね。ネイチャーの歴史とか確か調べると結構面白いというか、雑誌の。
だからセルっていうのは、もともとネイチャーなんとかなんとかって今ない姉妹誌でエディターやってた人が立ち上げた時に入って大きくなった雑誌で、
で、私が今いるラボのボスっていうのは独立した時、1970年代に独立した時からセルにしか出さないっていうので、
全然セルっていうのが売れてない頃からもうセルにだけ出してセルを成長させていくっていう。
すごいかっこいいですね、それは。セルを成長させるのがめっちゃかっこいい。
だから多分自分の人生で50本ぐらいセルあるんですよね。
なるほど。
それは、だから彼女がセルを大きくしていくっていう、で、自分も大きくなるしセルも大きくするっていう。
かっこいいな。それはめちゃめちゃかっこいいですね。
だからまあそういうの考えると、自分たちもやっぱりキャリアの中でどっかでいいライフなりゃんなりをこう大きくしていくぞみたいな。
大物漫画家がこの業界、この雑誌で新連載始めましたぐらいの勢いでめっちゃ売上伸びるみたいなね。
確かに。
いいライフっておっしゃってるのはオープンアクセスのジャーナルで勢いのあるってことですか?
そうですね。まあいいライフはだからそのCNSに対抗するっていうか、ちょっとどういう形なのかあれですけれども。
なるほど。
ちょっと違うスタイルとしては出てきた雑誌という感じですかね。
結局でもキャリア形成において何が評価されるかってところがまず変わんないと難しいよね。
そうなんですよね。だからそれが雑誌を作る側とか深夜の先生がっていうのはもちろん大事なんですけど、やっぱりどういうふうに評価するかっていう評価軸のところをよりCNSに依存しない形にしないと、たぶん今の状況は大きくは変わらないかなって感じがします。
もちろんいいところ悪いところはあるけど、全部オープンにするためにはっていう点に限るとそうだと思いますね。
そういうモデルで解決してほしい。
対抗しようとしていて、それも結構議論を呼んでいると。
学者はでも反乱は起こさないんですか?
一部の、例えば研究者とかだとCNSには出さない、ダンクは出しません。
ダンクは出しません。
エルゼビアは一切高読いたしません。
でもうちのラボは出しますみたいな。
それはでもね、それで生きていけるだけの自力がある人にはできないから。
そうなんですよね。
やってくださるのはありがたい。別にCNSが悪いって全然ないんですけど。
偉い人がそうやって脱権威主義の方向でやるぜっていうのはすごいいいことだと思うけど、っていう。
だって、若手、結局構造的にいびつなのは、若手研究者って、
金融側の研究者が評価するっていう構造になっちゃってるんで。
だから結局、そういう構造上だと若手側から俺は離脱するとかなかなかできない。
できないですよね。
僕も自分だったらそうだろうなと思いながら聞いてました。
例えば自分もフリーソフトウェアみたいなオープンであるべきっていう信心を持っていても、
やっぱり仕事でそれを反映させられるかっていうと多分そうじゃないだろうし、
やっぱり自分もmacOSというオープンではないOSを使ってるわけだし、
どこまで反映させられるかっていうのはありますよね。
ここでちょっと危ないと思ったんで褒めとくと、
トップジャーナルの素晴らしい点っていうのは、とりあえず読者が多い。
もうTwitterフォロワーめちゃくちゃ多いんで、出せばとりあえず広告っていうか、
他の人に知らせる心配はないってことですよ。
確かに、そうですよね。
僕は別にいいところもあると思ってていちいち言わないけど、
やっぱりバランスがいびつだよねっていうだけの問題だと思うんだよね。
選択肢がない、オープンのほうにあんまり。
オープンのトップジャーナルみたいなの、これ言うと怒られるかもしれないけど、
まだクローズに比べるとないから、そのバランスを補正していきたいよねっていうのが問題なのかなっていうのと、
レビューのプロセスはある程度オープンに全部してくれよって、
俺は思うけどな、これもわかんないけど。
レビューのプロセスって言うと、結構クローズ像というか見えてないもんなんですかね。
これもジャーナルによると思うんですけど。
今まではでも見えてないことが多くて、最近はそのレビューのプロセスも公開されるところも増えてはきました。
レビューのプロセスが公開されるっていうと、
でも連文自体もオープンじゃないと公開できないんですよね、プロセスだけ。
もちろんそうなんですよね。
だから最初BIOアーカイブズみたいなとこに出した後に、それに対するコメントみたいなのを全部オープンにして、
くれるジャーナルがあってもいいんじゃないかなって僕は思います。
あるんですけど、もうちょっとそのなんていうか。
イケてるジャーナルが。
知名度。
知名度、そういうのが主流になってほしいなって個人的には思います。
結構それレビューする側としてやっぱ緊張しますよね。
乗るんだみたいな。
僕そんな偉そうなこと言ってないけど、なんかすげーとんでもないこと言ってくるやつとかいるじゃないですか。
名前も出ないし、最後になったら出る時もあるけど、
いやこれ明らかにその時間稼いでるとか、イチャモンつけてるだけだみたいなの。
あまり建設的じゃないこともあることにありますからね。
さっきそのトップジャーナルの良さとして、とにかくたくさんの人が見てくれるっていう話があったと思うんですけど、
最近っていうと別にそのブランド雑誌じゃなくても、
例えばSNSでバズったりとか、SEO対策で検索の上の方に出てくれば見てくれるみたいな、
そっち方向で頑張るっていうやり方もあると思うんですけど、
そっちにおいても結局なんだろう、ブランド雑誌が強い、
結局そういう投稿料とかをある種広告費として使って、
いろんなところで読めるようにしてるっていうのがあるんですかね。
そういうことやってるのかな、CNSって。
でも少なくともそれをやってなかったとしても、
例えばTwitterで、同じ研究者が有名な雑誌に出した論文と有名じゃない雑誌に出した論文をツイートしたとするじゃないですか、
したら自動的にリツイート数が膨れ上がるのは、トップジャーナルに出した論文なんですよ。
なんでかって言うと、リツイートするときって0.5秒ぐらいでみんなやるんで、
当然中身を読んだりしない状態で、いいねとかつけるわけですよね。
で、なったときにもうその時点で差があって、
その差ってSNSみたいなものって増幅される方向にしかいかないんで。
確かに確かに。
でもなんか最近は、みんなちゃんとバイオアーカイブにあらかじめ上げたときにツイートするみたいな人も多いんで、
なんかそれが結構伸びてるのは見ると、
どっちかと言うと研究者のクレジットの方がもしかしたら重要なのかもしれないとか、
思わなくもないっていう。
確かに。
そうですよね。
確かに。
要は特に知らない人がネイチャーの研究をツイートしてるよりは、
知ってる研究者がバイオアーカイブツイートしてる方がリツイートしたくなりますね、でも。
あと結局SNSの、これもちょっと慎重に言葉を選びたいんだけど、
いやなんか飛ばしタイトルみたいなのがバズるみたいなのは、
絶対どっかで参照してるからバグが起こるはずだとか考えちゃって、
そこをどうやって解決するんだろうなって。
ちょっと気になっちゃいました。
論文のバージョンのバージョン。
バージョン管理もないし。
パブリッシュしたもののバージョン管理。
一応ね、バイオアーカイブはバージョン管理できるんですよ。
これはっていう。
これだから一応何か見ると、これは何日に投稿されたバージョンみたいになってはいるんですけど、
でもDIYは1個しか付いてないんじゃないかな。
そっかそっかそっか。
DIYに複数のバージョンを見れるからいいってことかな。
でもどれ引用してるか分かんないですね。
でも前提としてはそんなに大きく削除されない、
論詞は変わらないっていうのが約束というか契約として。
マナーかな。
マナーとしてあるからですね。
どうだろう、バイオアーカイブにブレイムレビューアーみたいなキットを付ければいいんじゃないか。
こいつは、この部分はこの人のせいで変わってた。
そう。
それはでもちょっと面白いかもしれないですね。
一応コメントも付けられるのかな、バイオアーカイブ。
だから、COVIDの時に結構意味不明の論文がめっちゃ投稿された時は、
コメントですごい炙り出すっていうか、これはダメだみたいな。
ここがおかしいみたいな指摘がめっちゃ入ってたっていう時期がありました。
確かに、なんかあの時期は本当に制作とかに関わるような話をガンガンみんなロークオリティーだったりとか、
ロークオリティーの論文が出てきてみたいなのがありましたよね。
だからこそ、そういう分野に関しては、
例えば主張を入力すると、それに賛成する論文と反対する論文を出す、
AIって言ったらいいんですか、そういうウェブページが作られてましたよね。
ありましたね。
確か、シアトルのアレンインスティウトのAIだと思う、多分。
多分アレンインスティウトだと思うんですけど、が作ってたウェブサイトで、
そういう自然言語処理で賛成論文と反対論文を取ってきてくれるっていう。
なんか主張って言ってるのは例としては、
例えばマスクはCOVIDの感染法に有効であるっていう設定を添えると、
それに関しての賛成論文と反対論文が出てくる。
そうです、そんな感じです。
とか、もうちょっとまだ結論が出ていない、わかんないですけど、
COVID感染が胎児の成長に影響を与えるとかっていうのを入れても、
出てこないときは出てこないし、出てくるときは、結構でもざっと見た感じは正確。
割とそのCOVID関連の論文に関しては、かなりいろんな論文が引かれてっていう感じではありますね。
で、純粋な数だけではなくて、ある程度クオリティじゃないですけど、
その後の引用とか、そういうのも見れるようにはなってた気がします。
なるほど。
だから、そういうよりメタアナリシスみたいなところに興味を、
なんかちょっと最初の方の話に戻るんですけど、
そういうのを前提として、
より新しい理想の論文みたいなのを考えてもいいのかなっていうことを思ってました。
なんか私自身が、C-SCIMAPっていう論文のデータベースを作っていて、
例えばそれは計算論的精神医学っていう分野で、
の論文をタグ付けするっていうことをやってるんですけど、
例えばどの数理モデルを使って、
どの病気に関して、
どういう神経科学的な観点からアプローチしてる論文なのかっていうのを、
そう、マップ上で整理するみたいな、
そういうウェブサイトを作っていて、
で、それ作るときに思ったのは、
なんかこれ本当に、
同じカテゴリーに属する論文のリザルト全部まとめて表示してほしいなとか、
思わせる。
なんかこう、例えばファンクショナルMRIである、
なんだろう、こう、疾患である疾患と、
使ってるのが、例えばディープラーニングですみたいになったときに、
それらの、こう、なんか精度比較であったりとか、
あの、なんだろう、どういう、こう、スコアリングをして分類してるのかとか、
そういうのが、なんか一覧にできたらいいなと思って、
DIYをたどって、一個一個の論文に行かなくても、
こう、リザルトだけがためられたらいいのになっていうのをよく思うんですよね。
うーん、なるほどな。
なんかディスクリプティブな、こう、データのレベルとかだと結構、
割と簡単にできそうですけど、
なんか、それに基づいたメッセージのところを、こう、メタに集めようとしたら、
すごいバグりそうですよね。
そうですね。
なんか、こう、なんか、0.5っていうデータが、結論が出た、こう、実験が、こう、3本ぐらいあったとして、
一個の論文は、ゼロじゃないからあるんですよ、みたいな。
で、もう一個の論文は、1じゃないから、あまりないですね。
その、データをもとに結論をつけるときに、絶対なんか揺らぐというか、
で、それをまた、こう、見直して、でも、このメッセージの部分の解釈をとるのか、
新たに解釈をつけ直すのかって、結構、なんか、すごい難易度の高そうなタスクだなという感じがしますけど。
だから、その、さっきのCOVID関連のやつは、メッセージにどっちかというと、重きが置かれてたと思うんですけど、
私はどっちかというと、データのほうに興味があって、
その、データをどういう条件にとってるのかっていうのを合わせて、
より比べたり、再解析したりできるようになったほうがいいなっていうことは思ってました。
最近、わりとそのデータを、論文とは別に登録するっていうのは、わりといろんな分野であるし、
ニューロサイエンスでも、論文だけじゃなくて、
例えば、ノウハウのデータをここにアップロードしてますとか、
で、再解析できるようにしてますみたいなのも、結構、ありはするんですよね。
やっぱ、全然でもみんな形式が揃ってないから、
これ、どう読み解いたらいいんだろうっていうところから全てが始まるというか、
で、ドキュメントも、みんなボランティアでやってるから、そんなね、整理されてるとかでもなく、
なんか、その辺は、やろうとしてる人はたくさんいるんですけど、
たくさんはいないから、一応、やっぱ、そういうことに興味を持って、
よりオープンなニューロデータを整備していきたいっていう人たちはいるんだけど、
なかなかやっぱり難しいですよね。
一応、ついでに宣伝しておくと、NWBといって、ニューロデータウィズアウトボーダーズかな、
っていう、なんかこう、すごい、HDFなんですけど、形式としては、
なんかこう、ニューロサイエンスのデータをこういう感じで、
生データとメタデータと、なんかこう、格納して扱いやすいようにしましょうっていう、
一応、枠組みがあって、なんか、何個かある枠組みの中では、
それが派遣というか、メジャーになるんじゃないのかなという気がしてます。
で、僕もちょっと一応一部にいるというか、
それを使って、今後データ貯めてオープンにしていきましょうという感じの舞台にいたりします。
なるほどですね。
名前がかっこいいですね。
斎藤もかっこいいっすよね、なんか。
そうですね、私もこれを念頭に置いてたので、名前を出していただいて助かりました。
宣伝、宣伝でした。
はい。
やっぱこういうのがどんどんいろんな分野で進んでいくといいですよね。
だから、こう、取りっぱなしで終わりで、こう、なんだろう、
一グループの意見を出して終わりっていうよりは、
もうちょっとデータ自体が再利用できる形になるといいなというのはいつも思います。
そうですね。あと、これちょっともう理想の話なんで、すぐにはできないですけど、
やっぱデータの取られ方とか、取り方とかの再現性っていうのを、
なんとか未来は担保できる形にしたいですよね。
理想はなんか全部ロボットがやって、全部同じサンプルがあって、
誰でも再現性通れるみたいな。
確かに。
比較もできるみたいな、だからプロトコルの書き方もなんかフォーマットがあってみたいな、
になるといいなとは思うんですけど、
そうですね。
もうちょっと話が飛躍しすぎなんで、こんぐらいにして。
いや、でもなんかラボラトリーオートメーションっていう分野があって、
それはまあ、実際そういう実験を自動化するっていうのもそうだし、
プロトコルをなんというか、それこそこうGitHubみたいにちゃんとバージョンを管理して、
その通りに動くようにするとか、
実際ロボットがそういう、こう、生化学実験の操作をするとかもそうだし、
論文のその報告フォーマットとかも揃えようとか、
なんかなんでもかんでも自動化しようっていう、
それはそれで科学の一分野としてあるんですよ。
だからまあ、なんかそういう方向が進んでいけば、
データの質の均一性みたいなのも保たれてくるかなっていうふうに思いますね。
そうですね。まあ、サイエンス方向でブレイクするか、
テクノロジー方向でブレイクするかはわかんないですけど、期待したいとこですね。
ついでにもう一個飛躍話、ちょっとだけしていいですか。
サイエンスのやり方の話なんですけど、オープンの話が出たんで、
今って結構、個人とかラボ単位で貯めて貯めて、
放出みたいな感じです、結果出たら。
でもなんかそのプロセスをもうちょっとオープンになんかできる仕組みみたいなのは、
っていうのはどういうのがあるのかなって思ってて、
まあ、もちろんある程度形はなきゃいけないですけど、
このプロジェクトはこれを目標にしてますみたいな、
ある意味オープンソース研究プロジェクトみたいなのがあって、
なんか全員の研究者がなんかプルリク送りまくってくれるみたいな、
で、なんか全部まとまったらみんなオーサイロン分にしようぜみたいな、
なんかそういうのって、あんま他の分野じゃあんのかもしれないけど、
生物学の分野あんまないイメージがあって。
なるほど、なんか私は、すいません、
あのちょっとイメージが湧いたのは、
インターナショナルブレインラボラトリーっていうのがあって、
こう意思決定に関するその全く同じタスクを同じプロトコルでみんなでやって、
で、それぞれこう担当場所とか分けて、
みんなでやるみたいなことやってるところとかは一応あるにはあります。
なんか他の生化学っぽい分野でこういうのがあるのかどうかはちょっとわかんないんですけど。
あのアイジェムっていうのがあって、
で、あれはなんか一応学部生とかがなんか集まって、
なんかそのシンセティックバイオロジー的なコンテストをやるみたいなやつがあるんですけど、
あれは昔、もう全部かわからないですけど、
一部は全部毎日プロトコルと実験結果を公開し続けるみたいなのをやってて、
あれ、だから実験ノートを毎日更新するみたいなオープンで。
めっちゃいいよね。
だから、まあ、
ツラそうだけど。
理想だけどね、理想だけど、
まあ結局その競争、最初に萩田さんがおっしゃったみたいに競争原理っていうのが組み込まれてると、
まあちょっとそんな単純なことをうまくいかないのかなっていうのと、
まあ一部やっぱり研究の中にもオープンな部分と結局特許とかクロースな部分もあるんで、
まあそこら辺兼ね合いかなみたいな。
まあでもさ、そのオープンにした方が競争力が上がる分野も絶対あると思うんだよね。
いやいやいや、でもそれ結局理想論だから。
まあわかんないです。どうなんですか、そのエンジニア的にはやっぱオープンソースはそういう側面あるのかなと思うんですけど。
オープンソースで解決できてない問題もあるなっていうのは聞いてて思いました。
まあその永続性とかはまあちょっと考えちゃうかなっていうのが1つありますよね。
そうですよね。
なるほど。
誰かがやっぱお金出してサポートしてるっていう。
そうですよね。
それでも運営のそのサーバー代にかかってるってよりは、何にかかってるんでしょうかね。
わかんないです。
別に質問あるってことですかね。
何にかかってるんですかね。
なんだろう、何に使ってる?
まあサーバー代だけなのかもしれないですけど。
サーバー代かな。
一応あれ最初の1日ってスクリーニングしてるんじゃないんですか。
なんかあまりにも科学論文に見えないものは弾いてんじゃないのかなと思うので。
それはあるとかでは。
そうそうそう。
投稿して、たぶん記憶が正しければ1日か2日待ってから公開されてた気がします。
じゃあ一応裏で人間のレビュアーがいる形で回ってるってことですね。
内容まで見てないとは思いますけど、ちゃんと目で見て形的にそれっぽいっていうとこはやってんじゃないかなと思いますけどね。
そうですね、たぶん。
さすがにノイズが、てかそういう攻撃に弱すぎるっていうのがありますね。
そうそうそうそう。
たぶん陰謀論的なやつとかさすがに外したいっていうのあると思うので。
そうですね、たぶん。
いや、でもそれって結構難しくて、その陰謀論が来たとしても、それは一応科学的な手続きにのっとってるかもしれないんで。
まあ確かにそういう意味ではそういう陰謀論はたぶん弾けてないと思います。
なんかそこに何か関与するってなるとまたちょっとただの論文記話ではなくて。
ある程度のスクリーニングを通過した、科学的と思われる手続きにのっとったものが置かれている場所っていうことなの?
結局それ衛生科学論文が投稿されたときにそれの扱いどうするかって結構大変そうなんで、
我々は衛生科学って感じるけど、一応向こうは科学的なプロセスにのってるみたいになったときに、
まあだからそういうときにたぶんコメントがあって、まあ一応。
まあそうですね、後からでも一応できるようになってると思います。
やっぱもうちょっとわかりやすくやった手法を評価できる方法が必要ですよね。
この手続きはほんとサイエンティフィックなやり方にのっとっているのかどうかっていうのをもうちょっと自動でチェックできるようになると。
そうですね、それは自動でできそうな気はしますけどね、ある程度は。
まあなぜ、そうなると結局論文は自然言語で書かれるべきなのか問題みたいな。
このトピックすごい気になってたんですけど、オルタナティブは何を想定してるんですか?
いやだからもう、その本当にロボットに読ませると動くプロトコルみたいな。
検証は全部テスト、テストとして考える。
まあマテメソはいいですけど、何ていうか解釈的な部分とかをどうするんですか?
だからこれね、ちょっとまあ、これちょっとあれなんだけど、
基本的にはもうフィギュアだけ載せといて、なんか、それ分野にもよるんだけど、
なんか生データだけっていう論文があってもいいんじゃないかなって思うときがあって、
解釈なしみたいな。
なるほど、そういうことか。
結局人の解釈入ると、今さっきの萩田さんがおっしゃったよみたいな0.5が少ない多いとか、
それ人間の解釈じゃないですか。
そうですね。
0.5って書いといてくれれば、
こっちが何かとコンピューアして、なんか理解するっていうか、
この値はこうだなっていうことをやるんで。
それを例えば引用して自分で解釈をまた別の主張として書くっていうこともできるかもしれないですね。
ただちょっとそれを全部一手でやるってなると解釈にかかるコストが跳ね上がりそうだね。
結局自分で考えると、ちょっと今僕が自分が言ってることは非現実的なんだけど。
サポートするなんかいいシステムがセットになってればいいかもしれないけどね。
そうですね。自然言語で書く必要性っていったときのオルタナティブとして、
1つあるかもしれないのは論理のキーみたいなものがあって、
こういうサポート、こういうエビデンスがあって、こういうエビデンスがあって、
それをもとにこういうことを言ったっていうのを、
自然言語だと人間はそう解釈できるけど機械には同じように解釈できないので、
そこだけパスできるように、
こことここが理由でこれ、それがまた理由でこれっていう風な
アノテーションをまずはしてあげるっていうのは出発点としては。
確かに、確かに。それ良さそうですね。
ロジックツリーみたいなものになっていれば、それを機械が後で読み込んだりしず、
それはいいかもしれない。
今のところそういうのに対象がいいと思われる技術的なテックの業界で、
そういうことがやっぱり起こってないので、
意外と言うより難しいのかもしれないと思います。
あとちょっと僕そんなエンジニアリング高くないので適当なこと言うんですけど、
なんかやっぱテストみたいなものを何が何を返すべきの仮説によって
この論文はサポートされているっていうのをある程度ちょっと機械的に書いておいてもらって、
このテストが全部通るからこの論文は正しいんだみたいな。
前提条件がはっきりしてないと、どういう条件でこの論文が、
例えば今このデータとこのデータでここは否定されたけどそれでも成り立つのっていうのは
検証しにくいわけですよね。
本当はできるはず。
はず。
だから究極的には何か一つのプログラムが投稿されてて、
何かそれに引数を与えると何か出るみたいな。
これはちょっとトッピーすぎますけど。
そうね、ただまあバックグラウンドディスカッションも大事だと思うから、
まあ分ければいいんじゃない、自然言語のことじゃない。
データの部分と自然言語の部分を分けるっていう。
でもその論文全体を文章っていうよりはコードとして理解するっていうのは、
いいのかなって思いました。
今の形を維持しつつも、機械化独成をより上げるというか、
今後これはAIの養分になるんだっていうことを前提とした、
何というか。
餌として消化してます。
そうそう、これは餌になるんだぞっていうプロセスを一段やってもいいし、
それは必ずしも科学者がやらなくてもいいのかもしれないですけど、
そういう登録の仕方みたいなのは、今ある形に追加してあってもいいのかなと思います。
そうですね。
あとやっぱ思うのは、目的の設定の部分はやっぱ人がまだ頑張らなきゃいけないから、
そこはなんかうまく書かなきゃいけないのと、
あとやっぱその業界全体におけるこの論文の位置づけみたいなものを、
もうちょっとなんかいい風に書けるフォーマットないのかなっていつも思って、
でもねえよなって思って、自然言語で書くしかないみたいな。
そうですね。
なんだろうな、誰かが論文のイントロダクションとかって、
イントロに限らずですけど、よりたくさんの論文をメタアナリシスとかしようと思うと、
ツリー状になるというか、ある論文のこのアイディアからこれが派生してみたいな感じで、
一応そういうツリー構造みたいなのが書けるんじゃないかっていう、
そういう構造が、自然言語からその構造を抜き取るっていうのが難しいから、
構造に合わせて登録するみたいなことをやるといいんじゃないかっていうとはちょっと思いました。
なるほど。ベタ書き、自然言語でもいいけどベタ書きってツリーになってないのが、
てか結局読み手はそれを組み立てなきゃいけないわけで、
それはあまりわかりやすくないよねっていうこともあるんですかね。
なんかでも、ここにいる人は全員何というか、より機械化読性を上げろうと思っている派の人たちなんですか。
どっちかというと、論文の書き方もいろいろあるじゃないですか。
できるだけシンプルに論理構造だけぺって取り出しやすく書く人もいれば、
より文章として美しく、シェイクスピアみたいな論文を書く人もいるわけで、
みんな論理構造だけ取り出せればいい派なんですか。
僕は別に、読んだ人が結局刺激を受けていいサイエンスできればいいと思うんで、
まあ選択肢が、さっき何回も言ったんですけど、選択肢が増えればいいと思ってて、
どっちかだけにしろとは言う気はなくて、
サイエンスって結局人間が理解するためのもんだと思うので、
その趣旨に沿えばどっちがいいかはわかんないけど、
なんか選択肢としてはもうちょっとあってもいいよねって思うぐらいですか、僕は。
なんか個人的には、今日の話から添えてまたこれ違うアレになるかもしれないですけれども、
なんかサイエンティフィックライティングとかサイエンティフィックプレゼンテーションにおいて、
過度な演出は必要なのかっていう、
なんかそんな別に名文である必要はなくて、
ちゃんと人間が理解できる形、
まあどっちかというと人間の可能性が本当に重要なのかもしれないんだけれども、
ちゃんと意図した通りに受け取ってもらえるかどうかっていうところは重要かなと思います。
そうですね。
その点で言うと、自然言語からは離れた方が間違った形で伝わるっていうことは確実にないですよね。
そういう意味では、加藤さんの質問に対してはイエスなのかなっていう感じがします。
でもディスカッションは好き勝手書きたいですよね。
確かに、書く側にとってはある種自然言語って都合がいいのかなって少し思いました。
意図的にふわっとさせたいときとかどうですか?
やっぱり完全に何だろう矢印を引いて、
この概念とこの概念がこういう形だって書けることばかりじゃないですよね。
そういうときやっぱり自然言語はそれをいい感じの矢印の強さでふわっと書けるから、
なんかやっぱりみんなそれで書きたいっていうのはなくならないのかなって。
読む側にとってみたら、なんかそれこそ3段階ぐらいの矢印の強さで、
ロジックツリーがこうなっててとかの方がパッと見てわかるけど、
書く側になってみたら、いやこれはなんていうか、
この3つの矢印の強さのどれにも当てはまらんぞみたいな、
実はこういうロジックもあってみたいな、
この2つがとかいろいろやりだすとはもうこれ文章の方が良くないみたいになっちゃうとかね。
あとその、僕たちがこの言ってる未来の論文の形でやるべきかどうかっていうのはまた別の議論として、
やっぱそのいいイントロとかバックグラウンド、ディスカッション読むとやっぱちょっと刺激受けるじゃないですか。
そこでなんか研究者が影響を受けていい研究するっていう側面もあると思うんで、
なんかその効果は無視できないかなと。
そうですよね。
確かに。
じゃあどうすか、これもうちょっとトピック変えて、
あの音声メディアの論文が出てきたらどうするかみたいな。
それは…
書き言葉じゃないみたいな。
でもフィギュアの説明がないってことですよね?
フィギュアもないってことですか?
だからそれは分かんないです。
フィギュアはなんかあって音声がついてるとか、もしくはYouTubeとかかもしれないですけど。
YouTubeはよりなんか現実的なかもしれないですね。
スライドを収録したやつみたいな。
確かに確かに。
まぁてか、もう学会のプレ…
今までは結局その論文っていう形じゃないと長く残せなかったり、何回も読めなかったりっていうのがあるけど、
今みたいにYouTubeが普及してれば、学会発表でいいじゃないかっていう説、講演でいいじゃないか。
確かに。
で、全部アーカイブされてて、それにこうリファレンスっていうか、たどれるようになってれば、目的としてはいいわけですよね。
まぁそうですよね。
で、それを引用して、引用YouTubeのリンクみたいなのが見つかる。
いいね。
YouTubeにDOIつくみたいな。
まぁなんかない話じゃないですね、普通に。
そしたらフィギュアごとに、度位じゃないですけど、秒単位で…
秒単位。
リンクジェネレートできるんで。
リアル発行できますから。
それはめちゃくちゃピンポイントにリファレンスできるから、まぁいいチャンスだね。
それでそこに飛べば、こう聞けるわけですよね、論詞が。
なるほどね、みたいな。確かにこれ引用のような。
実際になんか、ジョーブかな、なんかっていう雑誌?
はいはい、ありますね。
あれとかは動画がメインみたいな。
確かに確かに。
あの、メゾットの雑誌なんですよ。
新しいメゾットをこういうのやりましたっていうのは、やっぱ動画の方がいいよねってことで、
なるほど。
あれは結構、私も結構参考にしているというか、そこに…
手術動画とかいいですよね。
そっか、手術の話は論文よりも確かに動画の方がメインで、不自然じゃないですね。
そうですね。
一瞬思ったのは、機械化学性という点では後退かもしれない。
そうですね、だからどっち…そういう意味ではそうですね。
メソッドとか手術とか手技とかまさにそうですね。
でも、それはそもそももともと自然言語というか、なんか言語的な表現が向いていなかった。
そうですね。
そういうものは動画でやってもいいんじゃないかっていうのがありますね。
どうしよう、メソッドの説明したときにいきなり使ったPCR酵素の広告とか入るようになったら。
わーすごい見える、その未来すごい見える。
今ならこのプライムスターが見える。
絶対出てくる、それ。
それで動画で思い出したのは、手術に近いかもしれませんけど、
なんかドキュメントを書くのがめんどくさいなっていうか、
どこからどのやったことが重要になるかわかんないから、
先にどこのあるプログラムを書くとかある分析をするってときに、
どういうことをしたっていうのをノートにつけるのはめんどくさいから、
全部動画に撮ったっていうことを一度やってみたんですよね。
スクリーンのすべての操作を記録して、
うまくいったところだけ後から見返して、
こういう操作をして、こういう操作をして、こういう操作をしたっていう、
科学だとちょっとあれかもしれないですけど、
プログラミングだとできる話じゃないですか。
うまくいった思考だけをちゃんとドキュメント化して、
後半の引き継ぎとか手順書みたいなのを作るみたいなのがあって、
それは自動化とかっていうのと相性が良いかなって思ってて、
自分のようだったら実は研究でもやってみてもいいんじゃないかなって。
確かに確かに。それはあるかもしれない。
これ野崎さんは分かると思うんですけど、イメージJですよね。
いや間違いない。
もうそれ同じことを言おうと思って、GUI系のソフトウェアいじるときって、
やっぱレコーディングするっていう。
あ、そうなんだ。
じゃあみんなイメージJ操作しながらレコーディングしてんの?
いやだからそれを例えば誰かに伝えなきゃいけないってなったときに、
1個1個スクリーンショットってここにはこの数字入れてとか。
文章で書くより動画の方が全然わかりやすいですよね。
なんかTogoTVっていう、いろんなバイオインフォ系のデータベース作っているところが、
そういう動画を出してますよね。
TogoTVとか。
イメージJとかそういうソフトウェアの使い方説明するのって、
スクリーンショット動画が一番効率的というか。
そうですね。
でもそうやって結局、無形の伝達みたいなところがどんどん効率化されていくと、
お前後ろで10年見とけみたいなのがなくなるわけじゃないですか。
それはそうあるべきだったなと思います。
なぜその細胞を選んだのかみたいなのを喋りながらイメージJ操作する。
わかんない、適当なこと言ってんだけど。
とかあるといいかも。
こんにちは。今日は細胞の操作をしていきたいと思います。
この子は元気ないからやめときましょう。
そういう判断基準だったんだ。
そういうYouTuberいるのかな。そういうYouTuber。
実験系YouTuberですか。
伝えるためのYouTube、なんだろうな。
成果物を伝える系の科学系YouTuberってたくさんいると思うんですけど、
そういう実験主義系のYouTuberって、そもそも需要がどれぐらいあるのか。
でも、実験、たとえばPCRとかって、その動画1個あったら、日本中のラボでそれを使えるわけじゃないですか。
確かに。
だから全員がどんどん上げて、いいプロトコルを動画でシェアすべきだと思うんですけど、
やっぱり日本はこの見て習えが強いんで。
確かに。みんなでYouTuberになりますか。
でもなんか、イメージJとかで、これやりたいんだけどみたいなのググったら、時々YouTubeの動画引っかかってくるじゃないですか。
私、ほぼYouTubeで調べてます、そういうの。
そう、YouTubeで調べてます。
すごい。YouTubeネイティブだ。
わりとイメージJでこういうことやりたいときは、結構そうします。
ありますよね、なんかね。
あります。で、だいたい、プロ、なんかそういうの多いですね。
特にまあ、画像処理とかのくさいやつは、動画のほうがむしろわかる、文章を読むより。
でもやっぱ、そこを引用したりとかはなんないですね。
まあ、そうなんですよね。だから、なんていうか、機械課読性とか、うん、そうですね。
機械課読性とそういう動画で論文みたいなのを両立しようと思うと、やっぱ動画っていう文章みたいなのも、どんどんAIにできるようになってほしい。
確かに、確かに。
だから、こう、講演動画をあげていれば、そっから論文を生成してくれるみたいな。
なるほど。
自動で。
まあ、実際そこで、実は論理がちょっと弱いところとかも、まあ、わかるはわかるでいいと思うんですね。
その講演が、じゃあもうこれ以上、そんな解析されるのはできませんっていうことにならないと思うし、
あとから検証できるように、自動で生成してくれるっていう仕組み自体は、そんなにハームフルではないものかもしれないですね。
そうですね。
いや、面白いな。動画、そんなに動画を見て研究が進んでいると思わなかったです。
いや、どうなんでしょう。私はイメージ自衛ぐらいですけど、たぶん使ってんの。
あとなんか、マトラボとかも結構動画は上がってるような印象はあります。
他のプログラミング言語と比べて、あれは環境なのか何なのかわかんないですけど。
まあ、やっぱりGUIっぽさがあるからではないですか、より。
もう聞きながら思ったのは、僕は後輩に自分で動画撮って、それを文章にして渡したって言いましたけど、
動画で良かったかもなんて。そういうのってでも増えてきますよね、たぶんね。
私、前ちょっとデータベース作ってたっていう話したじゃないですか。
エンジニアの方に、私が管理者として必要な操作みたいなのを引き継ぎしてもらうとき、全部動画でもらいました。
あと操作イメージこんな感じですって言って、動画で大体いつももらって、
で、その通りにやったら動いてますねみたいな。
でも本当にこれから萩原さんがPIになって偉くなっていくことを考えると、
自分の実験動画とかを撮っといて、それを次の学生とかに渡した方が伝達効率とか良くて、
1回1回1人ずつに教えるよりは効率が良いとかね、そういうのあるかもしれないですね。
そうですね。なんかコードとかはそのうち引き継ぐことを考えてコメントつけて残すとかは結構やってきてますけど、
確かに主義的な部分は考えてないですね。
ニュロサイスの主義難しいですよね。
大体顕微鏡見ながらじゃないですか、だから顕微鏡下で見えているものをシェアしなきゃいけないことになってしまう。
じゃあ、手元とあと顕微鏡の画像と同時にキャプチャーしている。
そうそうそうそう。
ゲーム実況の手元動画みたいな感じになりますよね。
確かに。まさにそうですよね。
どういう操作をしているか。
そういう暗黙地をが完全にその句伝で伝わるよりは何らかの形で参照できる状態を残しとくっていうのは人類にとっても財産になるから。
ゲーム実況がそこで先生になるとは思わなかったですけど、でも確かに一番参考になるかもしれない。
僕が撮って思ったのは、まず自分に役立つなっていうのは思いました。
見返しているっていうおかげで、その時になんか役に立つかもなーって、今撮らなくてもいい、ノート撮らなくてもいいっていうのも一つあるなと思ったし、もちろんそれが長期的には人類の役に立つかもしれないというのもありますよね。
だからたぶん研究者が投稿論文を書くより前の段階の話を、
たぶん最初の方はされてた気がするんですけど、
それがどんどん研究者の話になってしまった気がする。
わかんない。
最初は単純にあんまりアカデミックライティングの話を大学で必須の科目じゃないところが多いけど、
卒論はみんなあるよねみたいな。
それがなんかもうちょっとちゃんとアカデミックライティングの授業があった方がいいんじゃないのみたいな感じのノリだったようなふうに思うんですけど。
まあそれはアグリーですけどね、完全に。
授業として必修の単位としてアカデミックライティングがないってことですよね。
そうですね、ない。
卒論は必修なのにそれがないっていうのはちょっとおかしいっていうのは言えるかなと思いますね。
まあてかもっと広げた人は、なんていうか読書感想文とかもそうだし、
なんかちゃんとした書き方を教えずに書かせる機会が多すぎるよねっていうことが多分問題提起だったのかな。
まあ私もそれはそう思いますね。
まあ僕もそう思いますね。
だからまあ日本って結構やっぱ反復練習の先にいいものがあるみたいな、
ちょめちょめ道っていうのがすごく意識として強くて。
強化学習が好きな国柄。
確かに、明示的に正解を与えないわけですよね。
で、ちょっと例えばうまく書けると何とか賞がもらえたりするみたいな感じで、
確かに。
強化学習的で、よりもうちょっとアメリカなのかどこの国を念頭に、
特に多分アメリカはそういう傾向強いと思うんですけど、
これが正しい書き方ですよっていうのを最初に教えて、
まずはそれに従いながら書くみたいなのはあるかもしれないですね。
教師あり学習みたいな感じで。
そうですね。
ただ最終的なフォーマット決まってるものに関して、
そのやり方で進めるメリットってほぼない。
そうなんですよね。
だからそのディープラーニングでうまくいったのは、
正解に至るまでの教えなきゃいけないことが多すぎるというか、
形が複雑だったからこそ、
大量のデータから自分で学習してもらったほうが良かったんだけど、
手続き、この形がゴールですよっていうのが最低限ある状態だったら、
むしろ形から教えてしまったほうがいいっていうふうに私は思います。
大学が求めても常人の発想を超えた文学的な論文の新しいフォーマットみたいなのを求めてるんだったら、
そのやり方でいいと思うんですけど、
もうだいたいね、形決まってるんだから、先にそれそれ教えろよって僕も思いますね。
だからなんか異常にその、形にはめること嫌って、
形にはめると想像性がなくなるとかよくわかんないことを教えるかと思うんです。
そこで発揮しなくていいから。
そういう反対意見だったんですね。
反対意見は私よくも読んでなかったんで、どういう感じ?
でもまあなんかそんな感じで、やってりゃわかるでしょう的な感じですよね。
でも別に。
もうちょっと行くと、なんかそれでできないんだったらそれじゃダメだみたいな。
それはひどいと思う。
いやまあでもそういうのが見えるけどね、僕。
なんかあんまりそういう意見だった。
わかんない、俺何も読んでないんだけど、だからごめんあの、元の文章だけどやっぱ向き不向きがあるから、
それはちょっと違うと思うね。そこが得意じゃない。
でも確かに最初の出だしはそんな感じだった気がします。
あのなんか修士の学生のレベルがどんどん落ちてきているみたいな。
そこから始まってるんですか?
多分そうなんじゃない?そこと時系列的に繋がってるような気がして。
また老害トークになってくるな。
それはむしろ研究と貧困の方のテーマで話す。
そうか、じゃあこのメンツだと別にこう2対3に分かれてバチバチみたいなこともなく。
じゃあ僕ちょっと反対意見、反対意見じゃないですけど。
ディベート、ディベート。
ディベート的に言うと、科学技術論文に関しては完全にアグリなんで、
もう元の話とはそれるんですけど、
僕が今の会社で、例えばメールの書き方とかをすごく苦労したんですね。
最初はメールの書き方の本とかを読んだりして、
それこそテクニカルライティングの本とかも読んだりして、
でもやっぱりその会社によってカジュアルさとか、
あとその場にふさわしいボキャブラリーの砕け方とかが結構違ったりして、
それはやっぱ論文では発生しない問題だけれども、
僕にとってはすごく実際的にあった問題として、
メールが書けないとなったんですね。
最終的に僕が納得したやり方としては、
メールをとにかく読むっていう、さっきおっしゃってた根性論の方向に行ったんですよ。
それは結局人間が自然言語を学ぶやり方、
ネイティブの第一言語をやるやり方に近いやり方を取り入れようと思って、
とにかく自分に関係ない自分宛のメールじゃないものとか、
人が誰かが誰かに書いたメーリングリストに載ってるからたまたま流れてきたメールとかをたくさん読んで、
これは使えるなみたいな感じで切り取っていって、
それで学んでいったっていうのがあって、
それはちょっとオルタナティブな、こういうコミュニティで使われている文法みたいな学び方の、
ちょっと対比的、対極的な一つのパターンとしてあるのかなと思いました。
でもどうですか、最初に会社に入ったときに、このメールテンプレでお願いしますって渡されたら。
よかったかな、どうだろうな。
でもやっぱりテンプレじゃないところから察する、この人はこう言ってるけどちょっと乗り気じゃないとか、
個人的には乗せてないのかもしれないっていう漏れてくる情報が純活にしている、
コミュニケーションが純活するっていうところはあるかなと思ったので。
確かに。
それは科学においてはむしろない方がいいと思うんですけど、
文脈から察せよみたいなのがない方がいいと思うんですけど、
ただ例えばメールとか、あとはなんかちょっと思うのはリバッタルってどうしてるんだろうなとか、
リバッタルのコメントを書く技術とかどうやって学んでるんだろうなとか。
それはそうかもね。
それは確かに難しい。
なんか直さなきゃいけないと当然言えるってレベルではないけど、
俺は直したほうがいいだろうなみたいな、と思うけどなみたいな言い方ってみんなどうやって学んでるのかちょっと思いました。
いやーその辺めちゃくちゃ難しいですよね。
なんか割とシニアな先生で全然英文構成使わない人でも、レビューの開始だけは英文構成入れるっていう話を聞いたことがあります。
バレたくないからってもあるんですか?
そうです。まず自分だとバレたくないから絶対にミスをしてはいけないっていうのと、
あとはちょっと嫌な言い方になってないとか、
分野的にまず限られるわけですよ、そのレビュアー同士って。
で、変なネイティブが絶対やらないようなミスをやると、
あ、こいつネイティブじゃないなってことは、で、この分野ってことはあいつかなとか思われちゃいかねないような立場に偉くなるとなってくるから、
で、なんかそれが嫌でそういうことやってるって話を聞いて、
うわ、気使うなって思ったんですよね、その時。
でもそういうのに近いですよね。
だから多分こうやっぱり両方必要だと思っていて、
大量に浴びて学習するっていうのはもちろん必要なんだけど、
それってどっちかというと察するコミュニケーションであったりとか、
そっち方向の鍛え方であって、
より型があるものに関しては型をしっかり教えるべきっていう、
なんかもうザツイットって感じ。
例えばなんですけど、これ答えられるかどうかなんですけど、
プルリクの送り方とかあんま詳しくないんですけど、
これは結構かっちりフォーマット決まってる機遇が多いんじゃないかなとか思うんですけど。
そうですね。ただプルリクの中でコメントをする時に、
さっき言ったみたいな直すってルールで決まってるわけではないけど、
例えばこういう理由でこうした方がいいと思うけど、
でも次回から気をつけるぐらいでも急いでやったらいいかもしれないね、
みたいなものをどう一文に二文字でまとめるかみたいな。
全部書き下してももちろんいいんですけど、
やっぱ企画の論文として僕のコメントをパブリッシュしたいわけではないので、
遠隔図にしたいっていうのもあるわけじゃないですか。
やっぱ下手にやったらモチベーション下がるかもしれないし大変ですよね。
そうですね。
確かに。
っていう意味での科学、何だろう、サイエンスライティングではない、
アカデミックライティングではないけど、
英語アカデミアみたいなのは別の学び方が必要なのかな。
それはエンジニアリングにとっても一緒だと思うんですけど。
それはあれですよね、例えば学会での質問の仕方とか、
僕びっくりしたのは、大学院のときにある日本の国立の研究所にいたんですけど、
そこはサイエンティフィックプレゼンテーションっていう授業があって、
英語で科学のプレゼンする方法っていうのを、
ちゃんとスライド、テンプレとかも全部出して、
で、教えてくれるっていう授業があって、
その授業すごかったのは、質疑応答の仕方も全部載ってるっていう。
へー、めっちゃいいじゃん。
まずこの話はじめみたいな、
ここまでやるんだって結構、
それはなんか、多分海外で、アメリカがどっかでやってたやつを日本に持ってきたみたいなやつだったんですけど、
ここまでやんのかよみたいな、結構びっくりした記憶があった。
いやー、でもアメリカって結構ここまでやるのかよっていうぐらい、
テンプレ作るのが好きっていうイメージが私の中であって、
でも、それが強くしている部分あると思うんですね。
すごい科学技術的なコミュニティとか、コミュニケーション自体を。
で、前、奥山さんかな、ニューロラディオさんで話されてたのが、
すごいジョブインタビューイロハみたいなのの講習がポストドック向けにあるとか、
だから何歳になっても、そういうある程度体系化された、
こういう最低限これは抑えましょうねっていうところを言語化して共有するっていう文化がある気がして、
それはすごく大事なことですよね。
僕、そのジョブトークのあれ受けましたけど、
ポインターの使い方とかも指定があるんで。
グルグル振っちゃダメみたいな。
で、なんか予備の電池はちゃんと持っていける。
今はZoomでインタビューだから、まずマイク変えっていう。
いや、でもそういうの大事だと思うんですよね。
そういうしょうもないところで損することが結構あるじゃないですか。
いや、仕事でもそういう気がしてきました。
というか、やっぱエンジニアの基礎教養として、
失礼じゃないコードコメントの返し方みたいなのは、
あんまり含まれていないような気がするんですね。
スキルセットの一部としてカウントされていないので、
僕は個人的にあんまりそういうYouTube動画とかチュートリアルの記事とかも見たことないし、
でもあった方がいいような気がしてきた。
そうですよね、確かに。
だから本来的にはレビューコメントをよりナイスに書こう、
レビューコメントみたいなのあってもいいかなって思ったんですけど、
あんまりそういうの見たことないかもしれないな、レビューコメントを。
結構まあ、多少厳しくてもいいから言いたいことを言ってやるぜみたいな感じが多い気もする。
最近それこそ実験医学さんから出てる、
あー、そうですね。
水嶋先生かな。
さどくの技法。
さどくの技法。
ちょっと読んでないんですけど、あれは気になります。
確かに。
僕も勝手つんどくしてある気がする。
私もそうです。
みんなそうです。
すいません、実験医学さん。
でも買いました。
これから読ませていただきます。
でも、あやかさんと萩原さんは海外の大学でトレーニングを大学院次第に受けてるわけですけども、
どうですか?やっぱそこらへん書くトレーニングはしっかりされたって感じですか?
いや、ヨーロッパ文化では実はないんじゃないかっていう気がする。
そうなの?
イギリスはそんなでもなかった。
まあ、学部ではあるのはあります。
日本よりはあります。
でもたぶんアメリカほど細かくはないかなっていう印象。
もっと書かせて、そこフィードバックするって感じでした。
少なくとも私の修士課程に関しては。
書いたものに、でも書く機会は日本よりかなり多いし、
その採点の仕方とかフィードバックもすごい細かいっていう、そういうタイプだった気がします。
なんか修士論文みたいな2つぐらい書いてましたよね?
いや、それもあったし、修士論文2つ書いたのと、
ある1学期の中で修士論を1本書かなきゃいけなくて、
それは普通に実験やって1本書くみたいな感じなんですよね。
N数とかもちろん足りないんだけれども、
一応ちゃんとイントロ書いて、実験して、リザルトとかもちゃんと書いて、
ディスカッションしてっていうのをやって、
それとは別に2本エッセイみたいなの書かなきゃいけなくて、
それはよりレビュー論文みたいなのを書くんですよ。
自分でテーマ決めて、ある一連の授業文に関連する内容で、
時数が決まってて書いてくださいみたいな。
本当にイントロの超長い版みたいなのを書かなきゃいけないんですけど、
それは特にあんまり書き方の授業とかはなくて、
基本的に多分学部でやってるって意識なんじゃないかなとは思うんですけど、
修士で習うことはなくて、
その代わりすごく細かくフィードバックとか点数もつくので、
こういう書き方をしてみた、この回はすごい点数が良かったなとか、
逆にこれはあまり伸びなかったから、
なんかこの辺が足りなかったのかなとかがわかって、
そういう意味では何というか、教えてもらってないけど、
フィードバックは良かったっていうそういう印象かな。
はい。
萩原さんはどうでしたか、トレーニングとか。
なるほどな、僕はゼロですね。
ゼロはもうPhDだからだと思う。
そうそう、そもそもPhDは授業が授業と言っていいような授業もないですし、
もうただラボでなんか実験してるだけですよね。
で、日本って僕は多分最悪で、
日本の学部で医学部に行ってるので、
卒論も書いてないし、修論も書いてないんですよ。
だからなんかその体系だった書き方のトレーニングという意味では、
多分一番割を食ってるっていうか、何もやったことない。
そしてやっぱそれは世代にもあるから、上の世代で通じたスラングとかも結局通じなかったりもするし、
まあなんかもちろんすごくグラデーションはあるんだけど、
かっちり学べるところともうね、そのところに身を浸すしかないところもあるんだなというのは。
そうですね。
本当にそのテンプレって強くて、たとえば時々議論になる学習をめちゃくちゃ取るラボが何であるのか問題とかも、
あれって結局そのラボにはテンプレがあるわけですよね。
学習に通る。
そのテンプレのとりあえず文章の構造だけ置いといて、その文章構造に自分の研究テーマを当てはめていけばいいっていうことなんで。
なんか萩原さんも若干フェローシップの話もされてましたけど、
僕もフェローシップとかグラント書くときはやっぱ通った人のやつをまず集めるってところがまず第一条件で。
それが揃えられる人と揃えない人で全然違うもんね、たぶん。
そこに、その構造に自分のやつを乗せていくっていう形をとってるので、結構重要なんですよね。
本当は学習とかがこれをコピー、まずこれのテンプレで書けみたいなのをもうちょっと強くね、出したりしたらいいのかもしれないけど。
象の卵はおいしいぞっていう。
ありません。
一応あるけど。
そうだね、あと学習の話はあんましたくないけど、実績芸なとこもあって、それをね、ラボとして応援してるかどうかっていうのも学習がでかいと思うけどね。
じゃあそんなところでしょうかね。
非常に盛り上がって、今タイムスタンプ見たら意外ともう2時間近く。
そんなに喋ったの?
非常に、いやでも結構中身濃い話がたくさん来てて。
すごい面白かったです。
空気に徹しようと思ったのに、むしろ熱が入っていっぱい喋っちゃいましたね。
いや、たわしさんが元気で嬉しいなってずっと思ってました。
すいませんね、こんな喋る人もいるじゃないですか。
県演は過去最長はどんぐらいやったんですか?
1時間20分ぐらい。ローの音源で言うと、つまり実際収録した音源で言うと、F1回はもう3時間ぐらい撮ってた。
そうなんですね。
かなりバッサリカットして。
F1回最後、もうなんかだいたい後半人間の棒みたいな感じになってて。
だんだん話がループしてくるんですね。
そうそう、話がどんどんループしてくるから、ループ分を切ると1時間半ぐらいかかる。
そうですね。
あとバッサリ切ってますね。
すごい毎回コンパクトにしててすごいなというか。
しかもなんか3、40分ぐらいがスイートスポットっておっしゃってたじゃないですか、どっかで。
その感覚がなんか結構全然違うから面白いなっていうか。
そうですね、確かになんでだろう。やっぱカジュアルな話題なのでっていうのもあるのかもしれないですね。