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こんにちは。昨日でですね、私のね、このスタンドFMの収録が1000回目ということで、あの聞いてくれた方から連絡いただいて、おめでとうございますって言われて、ありがとうございます。
1000回もこのラジオを発信してるんですね。すごいですね。 よーしゃべったなーって感じですね。
いやー、でも全然なんか、そんな大変やったとかね、やっぱりしんどかったというのは全くなくて、ただただ自然にこう私から出ちゃったみたいな、出しちゃったみたいな、
あのすごく素敵なものをね、素敵なエナジーいっぱい出しちゃった。 あら、1000回?みたいな。
そんな感じでした。はい、そのね、何回か聞いてくださった方々も本当にありがとうございました。
いいねもたくさんいただいて。 そうなんです。ちょっと今日がですね、また朝に湧き出してきたことで、
人生って障害物競争なのかなって。 競争っていうかね、あの障害物をね、いかに取り除くかみたいなことなのかなって、ちょっと気づいたんですよ。
っていうのはね、その1000回も一体何を言ってきたのかって言ったら、こっちよく言いましょうとか、自分を整えようとか、まず
いらんものを手放そうということをやってきたんですよね。 なんか欲しい欲しいだけじゃなくて、なんか余計なもの握りしめてないとか、なんか不安とか嫉妬とかね、
ごちゃごちゃしたもの。それをアクセスバージョンで手放したり、なんか瞑想したり、人間関係も全部いらないものを手放すっていうのをやった結果、
シンプルで分かりやすくていいんじゃないっていうとこなんですけどね。 私思うんですけど、
じゃあもう最初からシンプルでいいんじゃないって、子供の時みんなシンプルだったじゃないですか。 楽しかったら笑う、悲しかったら泣く。でも大人になったら余計なものを抱え込んで、いつのまに。
いつのまに。 またそれを手放そうとしている。
これって何をやっているのかなっていう。 でも人生ってそういうもんなんかなと思って。余計なものも握りしめる。
苦しむ。感じる。ごちゃごちゃ悩む。いろんな人に相談したり。 だからね、擦り傷、切り傷、骨折、いろんなキスを
折ってるんだと思うよね。折っていいというか、それをいかに修復させて治すか。 骨とかもね、
折ったりしたらそこが強くなるって言うじゃないですか。 もし人生で傷とか一切なしに、無菌状態に
守られて、何もせずに生きたら、それって生きてるって感じしないじゃないですか。
それが幸せなのってことじゃないですか。 もうドロンコになって、ドロドロンになって、もうビショビショになり、
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擦り傷、切り傷、髪の毛ボサボサで、それで一体何を得られるか。 何を感じるのかが生きるってことなのかなと思って。
そこからお風呂に入ったり、自分整えたり、いろいろして、
どう感じるかっていうのが生きることなのかなと思って。 いかに障害物を取り除くか、取り除いて乗り越えて前に進むかが、
生きるってことなのかなって 思ったんですよね。
その受け取るっていう話もね、昨日もしてたんですけど、 ただ受け取るだけでいいんじゃないっていう話とかね。
それができないのは、余計なものを両手に抱えてるから受け取れないんでしょうね。
ガラクタを抱えてて、両手に。 上から金貨が降ってきた時に、それも受け取れないみたいな。
まずそのガラクタをゴミ置き場に捨てましょう。 こっちやりましょう。
手が開きました。金貨を受け取りましょう、みたいな。
自分のね。
でですね、
自分に聞いてみるってことはね、どうしたいかっていうことをね。 ただそれだけだったのにね。
うーん、そういうことにね、ちょっと気づきました。
で、なんでね余計なものを握りしめてしまうかっていうのは、 やっぱり他者を意識してるんですね。他の人、家族とか仕事の人とか、友達とか、あの人こうしてるから、こうしとこうとか。
年収何千万、肩書きがこう、なんかそういうものがあったら、みんなに褒め称えられるから、
SNSで自慢できるから、そうしとこうみたいなのを無理してやるから、 なんか心から楽しめないとかになっちゃうのかなっていう。
あのね、私がね究極やったことが、ほんまにサロンしたいのかなっていうのもやりましたよ。 これアクセスバーズサロンするって言ってるけど、
ほんまにしたいのかなとかね。 もしかしてなんか格好つけて言ってるのかなとかね、自分に問いかけるんですよ、それも。
ほんまにしたいっていうの。 でもね、あの、それをやりたかったんでしょうね。
大丈夫?今やってるってことは。 いらんもん出してんの。
ワンコが。そうですよね。 だからね、本をずっと書けないのは、やっぱりそこに結構どうしたいか今模索中なんでしょうね。
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売れたいのか、なんか賞を取りたいのか。 なんかやっぱり他者に対しての評価ですもんね、本の出版っていうのはね。
評価されてなんぼって言われてるので、やっぱり一人も読む人がいなかったら、その本ってね、存在しなくなるという感じがしますし、その辺を私は模索してるんかなとは思いますね。
何もしないっていうことがね、ものすごく怖いんですよね、大人って。 なんか焦る。なんかしないといけないんじゃないか。
忙しいことが、大人として常識なんじゃないかとか、なかなか冒頭できないんですよね。
そうそう、このことが言いたかったんですけど、この間ね、お話ししてて、アクセスバーズ一緒にした方と、
本当は何をしたいかですよね、という話で、 私実は本当は何もしたくないかもしれんねんっていうことを言ってたんですよね。
なりたかったのは自由で、実はもう何もしたくない、もう河原でボケっとしたかった、実はそれが一番の願いだったんかなと思うっていう話をしたら、
その方が、でも何もしない、人に夢を聞かれた時に、 いや私の夢は何もしないことです、ボケっとしたいんですっていうのは、なんかちょっとみたいなって話が。
でもね、私画家になりたいんです、とか小説家になりたいんですって言ったら、おーすごいってなるんですけど、私の夢ボーッとしたいんですって言ったら、え?ってなるじゃないですか。
これがね、他者を意識しているってことなんですよ。 ほんまに自分がボーッとしたかったら別に他の人が、は?って言っても、いいと思うんですよ。
いいと思いました。 ボーッとしたその先にね、またなんか湧き出てくるもあるんですよね。
そこから急に本を書きたくなるかもしれんし、急にこう、ね、サロンがどうにか変わっていくかもしれないんですよね。
そういうことなんですよ。先に他者を意識したらダメなんですよね。 こう思われたいからこうしようっていうことが。
それをやっぱりやっちゃってて、SNSに書きたいからこうしようとか、私やっちゃってたんですよね。
そうじゃなくて、ほんまに自分どうしたいのかな?ってやった時に、結局ね、毎日ね、もう、
何もしなくなったんですよね、実は。 そうなってるんですけど、あのSNSで見てると、なんか
なんかすごい、かずこさんいろいろやってますねって言われるんですけど、 何もやってないんですよね、私的には。
だからこういうことなんですよ。 あの
私は何も楽に生きてるんですっていう状態になった時に、他者から勝手にね、
えぇ、すごいですね、とか、こう、他者の価値観なんですよね、それは。 こう、どう見るかは。
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だから、そんな関係がないというか、あの、ご自由にお受け取りくださいという感じだけなんですよ。
うん。 だから、もうそれでいいやなぁと思ったら、またね、
めちゃくちゃ楽になりました。
ということで、ちょっとね、今日またね、会いたい人に会いに行くんで、その発信をまたね、今度したいと思います。