導入と感謝
はい、こんにちは。今日も何か大切な、結構繊細な気づきが来たので、発信したいと思います。
前回のこう、親に対する気持ちとかね、家族に対する思いの話で、レターもいただいて、
はぁ、伝わったんやと思って、同じようにね、苦しんでるというか、悲しんでるというか、それをちゃんと感じ取って、今の自分なりに
うーん、整理するというかね、整えていく、聞いてよかったです、みたいな
レターで、なんかもう本当にね、そういうのもいただいて、伝わったんやなと思う瞬間に、
やっぱり発信しててよかったなぁと思いますね、心から。 うーん、ありがとうございます。今日も
大谷選手の不調と「存在への愛」
この気づきはね、あの、ドジャースの大谷さんの野球を見ててなんですけど、今日もドジャース負けたんですよ。
で、ちょっとね、今大事な時なんで言いたいんですが、大谷さん全然打てないの。 これはもうずっと見てないとわからないことなんだけど、皆さんずっと大谷さんを見てるわけじゃないから、
打った時だけは、要は打つのはホームランって思うかもしれんけど、全然打ててない。三振、三振、ええ、みたいな。
チャンスもあったんよ、こう、なんかルギーにいっぱい出てて、今打ったら逆転や、みたいな時も、打てない。
負けちゃった。 なんか、打てないのがずっと続いてるの。
うん、はい、これどうですか、これ。
あの、まあ以前も言いましたが、大谷さんがホームランを打つから好きなんじゃなくて、記録があったり、年収が大きいから好きなんじゃなくて、
その、存在が好きなんですよね。なんか笑顔を見てたら元気が出るとか、その発する言動とか、やっぱりあり方が
愛おしいというか尊いから好きだからみたいっていうので、やっぱり人生ってこう、
いい時も悪い時も全部ひっくるめてその人の存在を好き、それが愛情かなと思うんですよね。これは、
SNS批判と人間関係の投影
私たちの日常にもすごい当てはまると思ってて、私ね、ずっと思ってたんだけど、例えば大谷さんに関わらずSNSで批判してる人ってね、
例えばまあ今もまた湧いてるんでしょう。大谷さんをちょっと例に出しますけど、分かりやすいから。
ずっと三振三振で打てないと、あいつは打てない、もうダメだ、大谷はダメだとか、ダメだダメだってなんかすごい偉そうに批判をする人がSNS上に湧きます。
私はあの、こういう人を見ててね、この人の日常生活の人間関係どうなってるんだろうなって。
その人、まあおじさんやとしてね、おじさんの奥さんっていうのは、じゃあ奥さんのこともずっと許せないんだろうなと思ってね。
ちょっと奥さんが失敗したら、お前は何やってるんだって怒ってるのか、もう我慢できない、別れてるって別れてるのか、
それかずっと我慢してね、結婚生活を続けてるのか、もしくは結婚できてないかとかね、
そんなんなんだろうなっていう想像がつくんですよね。
家族との葛藤と自己愛の欠如
だってね、結婚にしても家族にしても、私その前回話したけど、親っていうのも産んでくれてね、
命がけでお腹を痛めて、ありがたいから感謝してるんですけど、私今ね、でも母分かりやすいんですけど、
すごい明るくて面白くて、ありがとうとか楽しいねとか素直に言える人で、いいとこいっぱいあるんですよ。
でもじっくり話していくと、がっかりすることがあるんですよね。
なんでなんていう。せっかく楽しくランジ食べて、コーヒー美味しいねって、母の日に紫菜だよって、楽しいねって言って、楽しいだけで100%終わったらいいやん。
なのになんで、その何十年前の愚痴を、あんたあの時怒っててどうのって、それを持ち出すんかなと思ってね。
私忘れてたのに、全部忘れてさっぱりと今を見つめてね、母と仲良くしようねってやってるのに、なんでなんと思って。
それでズドンって落ち込むわけですよ、私も。傷つくというか、分かってくれなかったよなっていうね。
そこでやっぱり人間なんで葛藤するんですよ。やっぱり母と私ってダメなんかなとかね。そこまで行くわけですよ、人間なんで。
それと似てて大谷さんもね、売ってなかったら大谷はダメだ、もうやめた方がいいとかね。
何かがあったら芸能人を叩いて、こいつはもう芸能家やめた方がいいとか言う人っていうのは、やっぱり人を愛してね、悩んだり葛藤したりとかしたことがないのかなと思って。
そうでしょ。もっと言うと、愛されたことがないのかなって。愛せないですよね、そんな人を。
ちょっと何かミスったらもうお前出ていけとか言う人をどうやって愛す。ただ愛想をつかされて、周りからパートナーどころか友達もいないのではないですかね。
公人と私人の露出と批判の心理
そうなってくるとね、なんかもう外側ばっかりに意識向くんですよ、そういう人ってね。で、叩くのがもう生き甲斐みたいになっちゃって。
でね、ちょっともう大事なことなんですけど、SNSってね、思考でやるんですよねみんな。文章になるから、大谷ずっと何試合連続三振っていう数字が出るじゃないですか。
そしてもうダメだってなって、それを見てみんなダメダメダメってなっていく。これたまたま有名人でね、写ってて画面に有料やけど、全部晒されてるでしょ。家族の名前も年齢も数字が全部出るわけで。
大谷さんとかメジャーリーグの方は承知の上でその仕事を野球選手という仕事をしてるんだけど、芸能人もそうなんだけどね。ちょっとここで考えてみて。あなたたち、私の仕事も、例えば会社員の日常をね、全世界に配信されたらどうする?
これね、こういう映画あったのよ。私これ全部こうちょっとね、今度また言うけど、すっごい面白くて、例えばあのキャッシーの1日。キャッシー。キャッシーは朝起きます。そして会社に行きます。なんかこうインテリアの会社で勤めてます。朝キャッシーが会社に行って、そこでこうちょっとドジなミスをしちゃいます。上司に怒られます。
その上司に暴言を吐きますとかね。キャッシーはなんかちょっと態度が悪いですとか。ちょっと行儀が悪い。食べるなんかところがとか全部悪いところも全部映るのよ。もう人に見せたくないとこあるじゃない。キャッシーはポイ捨てをしますとか。細かいなんか嫌なところ。すごい細かくて、人に見せたくない嫌なところってあるじゃない。でも私たち一般人は隠せるやんそれを。いい時だけ発信できるやん。
私のインスタでもそうよ。ポジティブなとこを発信してるのインスタでもね。でもスタイフはちょっと愚かなとこ出してるけど、でもそのやっぱり見た目とかね、その例えば私の顔のアップのシワをあの晒すことはしなくていいじゃない。別に誰も見たくないし、あの隠したいことってあるやんやっぱり。
シワっていうかシミとかね、そういうこう、例えばその体になんかちょっと痣があったり見せたくないものって隠してもいいじゃないそれは。それも全部、ほたにさんとか有名人はさらけ出してるわけよ。ちょっとヒゲが伸びたらヒゲ剃ってないなとか。ちょっとクセ毛がピンと跳ねてたらクセ毛、髪の毛ちゃんとやってないとかね。たまらんよこれ。
これを言う人っていうのは、じゃあそのパートナーとか家族にこういちいちそれをね、言ってんのか言えへんかったら思ってるってことでしょ。こいつ住んでる家族いつもこんなにしやがってってこう。日頃の不満がもうSNSに出てるわけなんですよ。
それをね、あの見せられてるわけでその私は、私たちはね、この人ってそういう日常なんやろうなと思って関わらないことにするじゃないですか。はい。それでですね、あのちょっとこれねすごい気づきなんですけど、あの頭で考えて数字とかで行動するからみんな悩むんですよ。
魂に従う生き方と失敗の捉え方
しょうもない結果になるっていうか。で、みんなこうより良い人生を自分が成功するには幸せになるにはっていうところを求めるんだったらね、やっぱり自分の心に従うことなんですよ。
まあ、魂に従うってことですよ。私がずっと言ってるその魂の取扱説明書とか魂の地図は、あのそういう数字とか頭で考えることにとらわれないで心に従って生きるっていうこと。それが自分の幸せなのよ。
あの周りから見て上失敗しているとかね、三振が大谷さん三振が続いても不幸やと思ってないよ本人は。俺って最低とかそんな思ってないよ。あ、ここでこういう想像をしたらあれやから次からこうしようっていうその失敗はチャンスみたいなね。そう思ってるよね。
で、それでね、あのまあ私もね、そのなんか今までのそのドジな、後悔してることとか後悔というかなんであんなことしたんやろうっていうね。それはもうこれからはしないからさ。やっぱりやってやってみないと気づかなかったわけやん。
ありのままの自分を受け入れることと家族の理解
で、そのね、あ、私ね、そのサロンをしててその文章書いてますみたいなことをしてて、サロンに来てくれたお客さんがね、あの私のその私生活のなんかぶっちゃけSNSみたいなの見つけたのよ。
それを見つけた時に恥ずかしいって言ったよね私。なんかちゃんとしてないと、手術だとしてね、心地いい発信をしないとって言ったら、そのお客さんが、いやどんなかずこさんも好きですよって言ってくれたんですよね。
それに結構感動して、なんかアホなとこ、愚かなとこ、子供みたいなとこを、なんかお客さんに見せたらアホやと思われる。もう来てくれないんじゃないかみたいなね。
それはもうでもね、あの、そうじゃないっていうやっぱりね、心の広い方がね、やっぱり私と関わる方は多くて、それはね、なぜかというと私もそういうふうに接してるからなんですよ。
お客さんにもそうだし、自分の家族に対してもね、もう心広くいないともう家族なんかやってられへんわ。
マジで。もうその許し許さないの問題じゃなくて、もう、あ、もう魂がこの家族選んだんやなって割り切らな。やってられへん。マジで。
もうあんなことを言われたら、もう絶望よ。そのレターいただいた方もね、同じようなこと言ってたけど、えーみたいな、なんで親やのにわかってくれへんのっていう。
親やのにってやっぱ思っちゃうよね。子供になんでそんなひどいことを言えんの。ひどいことができんのって思った時に、じゃあ縁を切るのかってなったら、もうそんなことしないじゃない。もう。
もう年足やっぱり穏やかにね、ありがとうって言いながら、もう最後を迎えてほしいと思ってるし、やっぱ寛容にならないと。
魂の選択としての家族と人生の受容
で、そこでちょっとこう無理やりにこうポジティブに捉えるとかじゃなくてね、私の考え方は、自分の魂に従って親を選んできたんだな。
もうこの悔しい、この感情の経験も、このちょっと傷ついてるところも、まあ全部私の人生なんだなっていう、まとめで。
このまとめを魂の取り扱い説明書でね、私は納得したんですよ。自分の説明書で。あなたはそういう波乱万丈な経験をして、人の痛みを知って、これから同じような苦悩をする人をこう貢献していくっていう人生なんですよ。
で、やっぱりそれに合ってるじゃないですか。そうやって発信してね。もう親、ほんまもう、なんでそんな、ちょっと言葉が悪いけどなんでそんなアホなんかなって思うようなことを言うんですよね。
これはね、結構周りで多くて、私のお客さんたちがね、結構言ってくれるんですよ。親がいいみたいな。
でもね、やっぱり産んでくれたわけで、そこは。そこだけは事実は変わらないじゃないですか。命がけで産んでくれたっていうね。
もうそこだけに感謝するしかなくて、あとはちょっと距離を保ってね。
もう一人ね、違うお客さんでね、いいか悪いか分からないお母さんの話をしてくださって、その話を聞いてね、えーみたいな。
ちょっとあってあんまり詳しく言えないんだけど。
もうね、離れることができない。抗えない。また修行始まるわ、和子さんと言ってて。
もうなんか嫌なんやけど、苦しいんやけど、向き合わなあかん家族との現実っていうね。これをやってるわけですよ。
はい、これね、もう家族と。で、まあ友達とかやったらもうね、無理しんとね、付き合わんのをやめたらいいわけであって。
でもやっぱり家族は運命共同体だと思うしね。縁が深いし、しょうがないから多めに見て。
自己と向き合わない人々の批判
自分も多めに見てもらってるんだから。で、そういうことをね、真剣に家族と向き合ってね、真剣に自分と向き合ってると、SNSで他人の批判なんかしないよ、絶対に。
私しないじゃない。しないよ、みんなそれは。やっぱりしてる人っていうのは、ちゃんと自分の大事な人と向き合えてないし、
もうましてや自分とは向き合えてないのよ。だって辛いもん、自分と向き合うの。できてない人なんだな、そうですかって終わるよね。
で、そこでその人にこう注意したところで、自分と向き合えない人に意見をしたところで、他人の意見を聞けるわけがないよね。
その受け取る準備ができてないから。そういうふうに私はSNSを見ております。
魂の取扱説明書の真意と本質を見る生き方
はい、ということで、あのちょっとね最後まとめるとね、私の魂の取り扱い説明書ってそういうもんなんのよ。
だから答えを出すものじゃない、その先制術がどうのこうの、なんか占いを正しく正確に完璧にとかじゃなくて、
あなたの魂に抗わないで生きると、それは納得できますよっていうことなのよね。
答えを出すものじゃなくて、あなたは一体どういう魂のもとに生まれてきたのかを一緒に見ていこうねってやつなんですよ。
だから答えとか数字とか正しいとか、正しさをね、決めるものではないんで占いっていうのは。
私がやっているものはね、多くの占いはそうかもしれんけど、地獄に落ちるわよ、見てくださいよ。占いの悪いとこ全部出てるし。
あれ見たらもうね怖くなりますよ。
はい、ということで、魂に抗わないで生きるっていうことでね、本質を見るっていうことはどういうことかっていうことで、家族ってしんどいねっていう話でした。
ありがとうございました。