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なんのために生まれてきたのか2
2020-09-07 05:32

なんのために生まれてきたのか2

苦しむためではない。楽しむため、幸せになるため。
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サマリー

人生の目的は苦しむことではなく、楽しみ、幸せになることだと語る。苦しい経験が幸せや感謝の価値に気づかせる一方で、多くの人がその苦しみに耐えられない現状を指摘。我慢ばかりの人生は魂を殺すものであり、自らの「気づき」が重要だと強調し、自身の発信は自己の気づきを言葉にするためのものであり、それが誰かに響けば奇跡だと述べている。

人生の目的と苦しみの意味
先ほど、なんのために生まれてきたのかという話で、本当につらい思いをして、地獄の底に落ちて這い上がればいいというようなことを言いましたけれども、
そんなつらい思いをするために生まれてきたものでもないと思うんですけれども、やっぱりワクワク、ウキウキ、楽しむためであると思うんですね。
さっきとちょっと逆のことを言っているようなんですけれども、なぜみんな幸せに楽しく過ごしたいのに、そうできないんですかね。
幸せの価値と気づきの重要性
それは、人間って愚かだからじゃないんですか。私がそうなんですけどね。
例えば、生まれた時から幸せな環境だとするじゃないですか。
例えば、お両親も優しくてお金持ちで、お嬢様で美しくてっていう、そういう状況をセッティングされると、幸せの価値に気づかないんじゃないですかね。
私だったらそうなんですね。この間の母と話してて、ものすごくいろんな波乱万丈な経験をしてお互いに苦労したよねっていう話をしてたんですけど、
今、現在この歳になって、私50歳なんですけど、すごく幸せとか感謝の気持ちが滲み出てくるんですね。湧き出てくるんです。
このご飯を食べててもおいしいなとか、息ができてありがたいとか、川とか緑の散歩してて幸せだなと思ったりするんですね。
それをなぜ思えるかって言ったら、やっぱり死にたいぐらい辛い時期があったことを経験したからこそなんですね。
だから、それを経験しないと幸せを感じられないから、ただ経験するだけなんじゃないかなっていう。
乗り越えたら幸せ感じれる魂になりますよっていうことを教えられてるから、そこはちょっと耐えて乗り越えていけばいいんじゃないかなって。
でもそこが耐えられないんですよね、みんな。
やっぱり逃げ出したり、途中で挫折したり、ちょっと死んでしまったりとかになってしまうんでしょうね。
魂を殺す生き方と真の喜び
終わったからこんなことが言えるんですけども、もともとは本当に楽しむために、幸せを感じるために、喜びを得るために生まれてきているので、楽しめばいいと思うんです。
そこを本当に勘違いして我慢して我慢して真面目に真面目に嫌な仕事をして、家庭でも我慢して、好きでもないお金持ちの人と結婚して我慢して我慢してとか、それは全く意味がないんじゃないですかね。
たましが死んでることになるし、何にもならないというか、いつそれに気づくのかなっていう、人それぞれどんな時に気づくのかなっていう、その気づきっていうのがすごい大切で、
気づきの共有と発信の力
いろんな人が気づき始めて発信していると思うんですけれども、それも自分で気づかないと意味がなくて、気づいている人の発信を聞いてもいくら響かないと思うんですね。
だからブログを書いてても、こんな発信をしてても、何人の人に届くんだろうって思ったりもするんですけれども、私の尊敬している人ってプロオゴラレイヤーなんですけど、彼が言う言葉っていうのは本当に心に響くんですね。
彼の発信の仕方、説明の仕方がすごく上手くて頭のいい人なので、やっぱりいろんな人の心に響いてありがとうございます、感謝してますとか言っているので、やっぱり発信の仕方が上手ければ人を助けたり、人を励ましたりとか勇気を与えたりできるんだなということにも気づいているので、
やっぱりいろんな人が分かり合えたらいいなとか思って発信しているのかなと思うんですね。
発信を続ける理由
だから本当に絶望的な気持ちで自分で気づかないと意味がないと思って何もしなければ、一人で家にこもっていても気づかないし、誰かの何かでハッと気づくこともあるし、やっぱり発信というのはしていきたいなって私は思うので、そこで広がっていく人間関係とか何かが伝わればいいなとも思いますけれども、
やっぱり人助けのためとかそういうおこがましいことでもなく、私は自分が気づいたことを自分のために残して、どういうふうに自分が感じていくかとか、感じたのかとか、それをどう言葉にできているのかとかを確かめたい。
それでたまたま聞いていただいた方に響いたら、すごくそれは奇跡的なことだなと思っているので、またどなたか聞いていただいて、どう感じてもらえるのかわからないですけれども、ちょっと発信を続けていこうかなと思います。
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