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今日は、あのー、常連さんのお客さんがサロンに来てくれる日で、とても楽しみにしてるんですけど、
お客さんとの話が、私の楽しみの一つでもあって、
なんかね、来てくれるお客さんっていうのは、まず感じることはね、まず私のこと絶対ジャッジしないですしね。
お客さんとして、このサロンがいいと思って好きで来てくれる人は、私に攻撃的とか、私のことが嫌いな人は絶対来ないから、私としては楽だなと思っているんですよ。
これは当たり前のことなんですけど、こうなりたいなーっていうのをここまで作るのってやっぱり時間がかかるんですよね。
1日2日でできることじゃないので、でもこれが理想の形だなぁと思うんですよね。
で、会社員としてこう、勤めに行くとなると、やっぱり私を攻撃したり批判したりっていうのは当たり前なんですよ。
私をというよりも誰でもね、あなたこう普通にね、こうしてくださいとか、これダメでしょって言われるのが社会の常識なんでしょうけど、なんかそれが嫌なんですね。
当たり前のことができないという、社会不適合者と言われればそうなんですけど、そこをね、自虐的にダメだと思うじゃなくて、しょうがないかと認めて
社会と言っても組織ね、組織に適応できないんだな、じゃあしょうがないかと思ってバイバイっていう、あっさりと軽い気持ちで選択せずに。
っていうのはね、もう簡単にね、諦めたらいいと思うし、やりたいことを見つけるっていうことに専念するんじゃなくて、やりたくないことを捨てるっていうことが本当に大事だなと思って。
以前にも書いたんですけどね、アクセスバーズしてどんどん新しい素敵なことが見つかったんじゃなくて、どんどんいろんなものを手放したんですよね。
それは気持ちでもあるし、執着とか依存とか、やらなければいけないと思ってたことを全部手放したらスッキリしたんですよ。
アクセスバーズってね、どんどん頭のスペースを広げていくっていうものであるんですけど、やっぱりストレスをなくす、いらないものを手放す、そうしたら当然スペース広くなりますよね。
自分でも日々空を見上げて、こんな広い空みたいなスペース広がったなって感じてるし、宇宙ぐらい広いんだって決めてますし、自分で。
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そうするとね、本当に細かいことが気にならなくなるし、この日本のごちゃごちゃした細かいことがどうでもよくなるし、そんなことでね、生きる死ぬのを真剣に悩まなくてもいい自分になるってことなんですよね。
だからね、嫌なことをどれだけやめられるか。いい大人になって固定観念がある中で、どれだけしなければならないことを手放せるかっていうところなんですよ。それには覚悟がいるんですよね。
みんなね、サロンに来られる方も大人の方もおられるんですけど、やっぱりこうしなければいけない。やっぱりこれは絶対しないといけないっていう、あるんですよね、それぞれのこだわりが。
それもね、そんなに無理してしなくてもいいんじゃないかなとは思うんですけど、でもその人の選択なので、したくてやってるんだろうなとは思うので、そのままにしておくんですけども、私もジャッジをされたくないので、私も他人にはジャッジをしないっていうことをしてるので、
ただ、お互い生きてることを認めるというか、この人も生きてるんだなというか、私も生きてるよっていうような、ただいるだけの空間にしてるんですよ。
なんかそれがお互いに一番楽なんじゃないかなと思うんで、っていうのはね、どこ行ってもジャッジだらけなんでね、カウンセリングに行っても、ちょっとした病院に行ってもマッサージに行っても、何らかのセラピーサロンに行っても占いに行ってもね、そこにやっぱりジャッジがあると思うんですね。
良くも悪くも。そうされたくて行く人もいるんでね、どうしたらいいですかって答えを求めていく人もいるので、こうした方がいいですよっていう。もう世の中そういうジャッジに溢れているのでね、あえてジャッジのない空間というのを作るっていうことをしてるんですよね。なかなかないと思いますよ、それは。
全くジャッジのない空間というのは、アクセスバーズの世界でもありますからね。良くも悪くもね、それが悪いとは思わないんですけど、私究極にジャッジのないことを求めてるんですよ、私自身が。
友達関係でもあるんで、あなたはこうだよねって褒めてはくれるんですけど、こういうところがいいところだよねっていうのも全てがジャッジなんですけど、アクセスの世界ではジャッジは良い悪いはないんだよってあってもいいんだよみたいなそういうこと、教えがあるんですけど、
私個人的に本当に嫌なんですよ、ジャッジされるのが。そこからそれを遠ざけているというか、手放しているというか、そういう人と関わらない、というか他人のほとんどがジャッジをしてくるので、してこない人というのはプロゴラリアだけなんですよ。
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あの存在というのはね、人に興味がないので、するもしないもないんですよね。他人のことをどうでもいいと思っているんで。
あ、そうか、だからか。今話していて気づいたんですけど、他人のことをどうでもいいと思う人じゃないと、ジャッジがないってことは作れないんだ。
てことは、私自身も他人が他人って割り切れないと、やっぱジャッジをしてしまうんでしょうね。なんかこれ難しいね。他人がどうでもいいって言ったら冷たく聞こえるけど、
セラピーサロンをしているのにどうでもいいってどういうことやって、思うかもしれないけど、多くのそういうサロンをしている人はあなたのために言っているとか、お客様のためにっていうことが正しいとされるんですけど、
私は違うんじゃないかなって。自分がそうされたらすごく重くて。だからプロゴラリアみたいに、あんなして好きに生きている他人なんかどうでもいい。
極端に言ったらもう死ぬとか言われても、それは知らんと言えるような強さ。やっぱ正義感とか偽善とかいろいろあるじゃないですか。
良く思われたいとか、いい人と思われたいとか、そういうの全部捨ててるのでね、彼は。それを見てて潔いなと思うんですよ。すごいなって。そこまでなかなかなれないもんね、大人って。
どうしてもかわいそうとか、助けてあげたいみたいな気持ちは生まれてくるから、そこをね、あんまりなるべく人と関わらないようにして、人は人って思う訓練みたいなのをしてますね、私。
本当に。だからこうやって一方的な発信というか、スタイフでね、ラジオの自分の意見だけを言う発信。スタイフってあんまりコメントでブーってやりとりっていうのはないし、いいねだけを見て、いいと思う方だけが聞いてくれたらいいなと思うので、
ここにもあんまりジャッジのない世界があるなぁと思いながら、かといって人は好きなのでね、私は発信はしたいんですよね。かなり難しい人間なんですけど、
自分がこの人と決めた人と一緒にラジオをする。かずやくんと言ったらラジオをする。自分の好きなインスタとか、ツイッターとか、フェイスブックの投稿発信をする。
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自分の好きなお客さんだけが来る。それしかしたくない。そして自分の好きな本を書く。締め切りにも追われたくない。だからKindleでしか本は出さない。いろいろ言われるんですよ、本もね。本屋さんで出版してくださいよとか。
いろいろ言われるんですけど、他人は他人で別に私はするつもりはないので、出版社と絡みたくないんですよね。またその出版社で働いている人間がおられるじゃないですか。その人と分かり合うとかね、ものすごく時間かかると思うんで、やらないですね。
Kindleで本を出して、そこでレビューの評価がつくと。結構それもね細かい評価がたくさんついてるんですけど、良いとか悪いの。それさえもねちょっと、ちょっと実はしんどいっていうのがあるんですけど、あんまり見ないようにして出していこうかなと思いますね、これから。
ちょっとやりたくないこと。大勢での飲み会。年末年始の、以前は忘年会とか新年会とか、本当に苦手で、みんなが当たり前にできることが私できないんですよね。ものすごく疲れるので、大勢の人と一緒にいるとね。
大勢のアクセスバージョン、ギフレしかいまいけないし、酔い悪いじゃないんですね。私が苦手なんですよね。ずっと前から言ってて、それは。
1対1で自分の気が許せる人としかできないっていう状態。究極にね、本当に嫌なことを全部やらないっていう生活を今しているので、そういう私をただ見に来ますかっていう感じですね。
まあいいなと思ったらそれは取り入れてくれたらいいし、興味なければどっか行ってくれたらいいしっていうことで、他人を気にしなくなってから本当に楽になりましたね。
自分の内側だけに目を向けると、本当にやりたいこと、本当に好きなことが見えてくるんですよ。
よくね、自分でやりたいことが見えない、自分でやりたいことが分からないっていう人いますけど、外側見すぎなんですよね。
親がこういうとか、周りがこういうとか、そんなことをお気にしてるから見えなくなるんですよ。
一切の外側からの情報、SNSもね、人との関わりもなくして、自分の内側を見つめたら、焦らないでいたら出てきますよ、そりゃやりたいことは。
で、もしかしてやりたくないかもしれんし、何にも。ただぐーたらしてたりでもいいんですよ、別に。
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大げさなことをしなくてもね、自分で自分に聞いたらどうかなと思いますね。
で、それができるようになるのは、その1個のツールとして、手段としてのアクセスバーズっていうのがあるっていうだけで、
なんかこう迷ってるんだったら、なんかこうもやもやするんだったらちょっと試してみないっていうのがアクセスバーズなんですよね。
私もそのアクセスバーズだけに依存してるとか、妄信してるわけでもなくて、
これってすごいリラックスできて楽になるからいいね、くらいの感じに思ってるんですよね。
大好きであるし、本当にアクセスバーズを会えてよかったなとは思うんですけど、
ただこれはツールなんだなと、自分の可能性を引き出してくれるツールの一つであるなっていうところはね、
はっきりとそういう考えを持ってやっていますね。
アクセスバーズをやれば人生を変えてくれるっていうもんじゃないんですよ。
人生を変えられるのはもう自分自身しかないし、自分の内側にしかないっていうことなんですよ。
これを多くの人がわからないから、なんだかんだいろんなものが世の中にあるんですよね。
コーチングであったり、瞑想であったり、ヨガであったり、アクセスバーズであるんですよね。
占いに頼る人もいろんな自分の何かから逃げたくて、何かに依存したりとかしちゃうんですよね。
それでもいいから、そうやってこう迷って試行錯誤しているうちに、自分に合うものに出会えたらいいんじゃないかなって、私は思います。
私もいろんなことをしてきたんで、これ違う、あれ違うっていろんなことをそして捨てて、選択しては捨て、また選択し直して。
やっと今、ありそうな形だなって、ほんまにじわってきますよ。
これやな、幸せやなって。
結構大げさなことじゃなかったんですよね。
なんかささやかなというか、小さいけどね、それでいてものすごく素晴らしいんですよね。
まずここから始まるんですよ。
ここから本当に大きな大きな幸せとつながっていくので、焦らずゆっくりと日々自分の気持ちを大事にして生きていきたいと思います。