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こんばんは。ちょっとね、長くなるかもしれないんですけども、今日あのドラマ、誘拐の日を見てるんですけどね、めちゃくちゃ面白いですよね。
誘拐犯と、斉藤匠かな?と、小学生の女の子、子供を誘拐したとこから話は始まるんだけど、
誘拐犯と子供が信頼関係が芽生え、そしてお互いにすごく温かい親子のような絆ができるっていう特殊な話で、
なんか私ね、こういう立場を超えた愛みたいなものがものすごく好きで、
これこそがなんか、この地球の人間というものを超えた、本当の愛なんじゃないかなって思うのよね。
私たちこの地球に来て、人間たちっていうのは、いろいろこう欲とかエゴとかね、お金がとかそういうものを、
金備えて人間の装備をして、この地球にいるわけで、それをみんな持っていながら、
自分を探して、そして本当の愛に気づく旅なんかなって思っててね。
みんながみんなその経験、それが目的?目標じゃないのかもしれんけどね。
私はそうかな。まぁちょっと私はの話になるんだけど、
やっぱり本当の愛って何かなっていうのは思ってますね、今でも。答えっていうのは出てないし、
愛ってね、愛するって英語なのかなぁとかね、愛されるって、
どうなんだろうっていう、もう今はね、なんかお花もね、植物も、鳥さんも蝶々もワンコも、全部愛みたいな感じいるんですけど、
いやその誘拐の日のちょっと話なんだけどね、人間のその考え方としたら、誘拐犯と子供を
逮捕だ!みたいなね、誘拐犯は悪いやつみたいな。
まあ当たり前だけど、肯定観念ができるじゃないですか。でもその一緒に生活して、共になんかいろんな境遇を話しているうちに、
信頼関係が芽生えて、なんか共感し合って、
その、そういう立場を超えて魂で結びつくというか、共鳴し合うというかね、そういうような描いているのすごいなぁと思ってね。
めちゃくちゃ泣いたんよね、私。やっぱり最後にはね、まだちょっと来週が最終回なんやけど、
最終回の手前で、やっぱり誘拐犯は捕まり、みたいな、警察に捕まり、子供は確保され、
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正宗、やったっけな、えっと正宗って言うんだけど犯人はね、
正宗離れたくないって、いつもそばにいてって、子供が泣くシーンにも私も号泣してね、誘拐犯と離れたくないっていうね。
でもなんかその子供は本当に親に愛されず、
こう酷い仕打ちを受けて、
まあその誘拐犯正宗と出会うんだけど、
正宗もまた辛い境遇で育ったっていうね、共感し合うみたいな感じなんだけど、
なんかもう親に愛されなかったとか、いろいろあるじゃない、不幸な境遇とか、
そういう思いをしている人っていうのは、
なんか他人と愛を築きやすいのかなって思うね、ちょっと。
親に愛されなかった分、誰か、恋人とかパートナーとかね、夫婦とか、
あとなんか男とか女関係なしにね、
そうやってこう見つけていく旅なのかなと思ってね。
なんか私なんかこの設定がたまらんというかね、誘拐犯と子供っていうね、
このドラマ見るたびに切なくて、胸がギュッてなって、この子供がこの誘拐犯を信頼して、
ずっと一緒にいたいって泣き叫ぶところがたまらなく切なくて、
こんなふうにしたのは誰やみたいな。
普通子供ってさ、小学校低学年のね、お父さんお母さんとか言って甘えたい年頃やのに、
それができずずっと大人のドロドロした恐ろしいものを見せられて、
本当に誘拐犯を信頼してしまうっていうね。
そこにはね、本当のこう、魂が本当にあなたを愛してくれてるのは誰?っていう問いかけに、
この子が直感で、この人だと。誘拐犯とか関係ない。逮捕しないでっていう。
その逮捕しなければいけないはこの地球のルールじゃない?
誘拐したら捕まえないといけないとか。
なんかそれがすごく輝くなるんよね私。
地球のルール、ルールってなんかみんなこうしなければいけないというのがね。
これに似た物語で思い出したのが悪人で、悪人はつまぶき演じる。
ふかつえりか。あれもよかったんよ。
悪人も恐惑犯とふかつえりがね、捕まってる間に、
捕まってる間というか一緒に過ごしてる間にね、殺人犯やと知りながら好きになるっていう話で、
なんかもう言葉にならない愛みたいなものが生まれて、
でももう家族とかにはあんた頭おかしいんじゃないの?みたいな。
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殺人犯だよと。いい加減にしてよっていうね。
やっぱり普通の人間には理解されないっていうところで、
あれも深いなんかそういうものを描いてる。
これね、やっぱり作り手がね、そういう人間のエゴとかそういうことを分かってて作ってるんよね。
それを伝えたくて、そのメッセージが込められてるのよ。
なんか私たちはこう、夫婦は愛し合わなければいけないとかね、
親子はこう、親が子供を愛するのは普通とかね、そういう固定観念があるけど、
でもその形っていうのは、
本当にただの形でね、本当に人を愛するっていうのはね、
その形描きとか、その立場が関係ないってことが言いたくて、
私本当にそれ関係ないと思って生きててね。
だからこそ年の差を気にするとかも本当にナンセンスだと思ってて、
たとえその10歳年下の彼と付き合ったとかってみんなすっごい叩くじゃない?
10歳どころか私も20歳、30歳、40歳下でも上でもね、
年も関係ないし、国籍とかいろんなもの関係なく、
信頼関係とか愛が生まれることはあると思うのよね。
立場とかも超えてね。
その愛がっていうのがね、
すぐその男と女のみたいなドロドロしたものを思い浮かべるかもしれんけど、
なんかこの誘拐の日の愛情っていうのは、
本当にお父さんと子供の娘の親子愛みたいなのが、
本当にあったかくて、
やっぱり私何が言いたいかというとね、
本当に幸せとか本当の愛っていうのは、
このドラマの中でね、すっごい豪邸、金持ちでいいものを食べて、
フランス料理フルコースとか、10箱のステーキとかね、
それぐらい食べれるぐらいの財産を持っている資産家のお嬢さんなんだけど、
やっぱりその中で親に愛されず、お金のために実験されて育った娘みたいなね、
その実験の特権を奪うためにいろんな人が、
何十億何百億が動くと、やっぱり大人が目の色を変えて、
そのためにいろんなものを犠牲にするっていうね、
殺し合いとかになっていくんだよね、やっぱりお金のために殺すとか、
絶対何十億私のものみたいな、俺のものみたいなね、
お金に執着する人って殺すよね、人を平気で。
そう思わない?実際のニュースでも保険金詐欺とかね、
保険の何億とかをもらうために家族を殺したとかあるじゃない?
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そこの大金に目がくらんで人さえ殺すみたいな、ものすごいエゴだよね。
だからこのお金の力っていうのはこの地球上では大きくてね、
それさえあれば何でも叶うんだ、自分はすごく幸せになれるんだと思い込んでいる、
なんか魔薬のようなね、なんか脳内洗脳されてるのよね、お金の洗脳が。
そこを超えて本当の愛とは何っていう、本当の幸せとは何っていうのを、
いろんな作品がメッセージを込めてるのよ。
それにみんな気づいてるのかなと思って。
やっぱり優れた人がね、この誘拐の日を作った作り手の人もすごい優れてると思うのよね。
降りてきた物語だと思うのよ。こんなに心を揺さぶられるんだから。
だからメッセージとしたら、そんなにお金が大事かって。
そんなに何億も手に入れて人を殺しても平気で逃げ切れると思ってるのかって。
でもその誘拐犯と子供が立場を超えて、
絶対一緒にいようって。ずっとずっと私のそばにいてって。
あなただけは私のことを実験台と思わなかったと。
ご飯食べたかって。お風呂入ったか。眠いなって。心配してくれたって。
そんな人初めてなんだって言うのよね、誘拐犯に。
こうやって親子がね、ご飯食べたか。お腹空いてないかってね。
日々そうやってみんな普通に生きてるじゃない。
その普通の幸せにみんな気づいてないのよね。
ご飯食べた。今日はなんか野菜とお肉のハンバーグだよとかね。
あー、ハンバーグおいしい。いただきます。とか。
今日散歩行こっか。とか、うん。みたいな。
その何気ない日常がどれだけ尊くて、どれだけ愛にあふれてるかっていうところに気づいてないのよ。
気づくためにいろんな出来事が起こるのよね。
悲しい出来事が病気になったり、災害が起きたり、揉め事が起きたり、遺産相続、お金の揉め事。
離婚したり、別れたり、離れたり、なんちゃら暴力とか。
その出来事はあなたの日常の何気ない生活ってどうですかって。
それが幸せなんじゃないですかって。
それを何か思い出させる旅なんかなと思う。
私がなんか今ね、すごく平和で、私と母はね、何事もなく幸せやなって。
今日こんなご飯作ったよっていうこの会話ができるっていうのが、これが幸せやなっていうのに気づけたよね。今の段階でね。
だからその旅なんじゃないかなってみんなね。
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今もすでにある幸せに気づける旅っていうか、気づくための。
でなんかこう、まあね私のちょっとそう、あの友人っていうか、今すごい辛い目にあっててね。
なんかちょっとSNS見たんだけど、辛そうやなと思って。
ものすごい過酷なね、苦労してんのよ今、若くしてね。
でちょっとこうすぐ胸が痛くなったんだけど、その子にかける言葉がね。
大丈夫大丈夫みたいな、いつか幸せになるよとかじゃなくて、私はあの、なんていうのかな厳しいようだけどっていうか、
その辛さを今感じきってっていうのよね。もう言ったのよね。
それね意味があるんよね。今すごく辛そうだったんだけど、何かはちょっと言えないけど、なんでこの子がこんな苦労しなあかんにゃろうっていう。
結構知ってんのよね、その子の事情をね。
辛そうやなって思うんだけど、10代20代とかみんなね、その若さでそんな苦労してそんな辛い大変やなと思うんだけど、
実はね、そういう経験ができる人っていうのはすごい強い魂で、後に必ず報われるし、必ずあー幸せやなって思える時が来るんよね。
で、やっぱりそれを乗り越えられない弱い魂の人は、ずっと何も起こらずずっと気づかずに一生を終えるんよね。
他人を攻撃したりとかね、悪口ばっかり言ってる人っていうのは、自分の人生でその経験ができず、気づくこともできず、他人の人生ばっかり見て、なんやかんや言って終わるっていうね。
そういう人たちもいるよね。
でもなんかやっぱり自分の人生を生きてる人っていうのは、辛い経験をするんよね。強い魂なんで、やっぱり逃げないから。
自分の人生と向き合って、逃げないからこそ、その辛さ、苦しみ、悲しみあるわけで。
私自身はね、すごく逃げないで向き合ってきたんで、もうやり切ったんよね、いろんなこと。
もう卒業かなっていうね、いろいろね。
そうなのよ。
だって、なんで卒業かって言ったらね、気づいてるからなんよ。
今すべてあるんやなって、ここにあるんやなって健康やし、ご飯がおいしいし、ほんまにね、白米とたくあんだけでもう、なんか幸せなよね。
すごいなんか、おいしくって最近食べるものが、その大塩がおいしいとか言い出したもんね、カップラーメンも食べるとか言い出したもんは、それも味わっておいしくて、
幸せなんよね。
なんか高級食材やから幸せとかでもなくて、
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なんていうのかな、この、口に入れて舌がそれを感知してさ、熱いとかおいしいとかさ、
このシステムっていうの、体の、すごくないと思って。
こんなことを言っているっていう私はね、もう気づいてるってことないよ。
うん。
感謝っていうこと、本当の意味のね、
っていうことなんですよ。
だからね、
そうやってドラマを見て、うわーって、かわいそうにーってね、その一緒に泣ける私っていうのは、やっぱり人間としての強い感受性をね、持って生きてるわけないよ。
で、これちょっと客観的に見た場合に、なんて幸せだ、なんて目いっぱい地球楽しんでるんやろうって思うよね。
で、このね、発信も勝手に喋ってるのよね。
なんかすごく大切なことに気づいた気がして、あ、早く言語化したいと思って喋ってるんだけど、
そうなのよ。
うん。
だからね、こうやって泣いたり、大谷さーんみたいにギャーって言ってる私とか、そのドラマを見て、この子供が愛おしいみたいな、愛とはなんだっていう、こうグワーって湧いてくる感受性豊かな、
なんていうか、とびきりスペシャル、スペシャル感受性をね、備え持ってこの地球に来て、ここまでよく来たなっていうね、
このなんか刺激的な地球でね、感情がびんびん敏感なのに、人一倍こう、弱いというか、叩かれ弱いわけよね、本当はね。
だからそこを、それをなんかこう乗り越えて、耐えてね、やってきて、で、まだその感受性を持ちつつ生き続けているというね、気づきながら、これね、スペシャルなことなよね。
だから才能を持ってその曲を作っている人とかね、まあまあ宮崎駿でもそうだけど、村上春樹とか、その何でも素晴らしい作品ね、誘拐の日を作ったこの作り手の人もね、やっぱり気づいて目覚めて降りてきて作品にしたんだろうなって思うよね。
私の心にこんな風に届くっていうことは、だから魂を込めて作ったものしか、魂を込めて生きている人に届かないよ。
それが分かるっていうこと。だからそんな流行りしたりで作ったところで、何にも素通りしていくしね、あの私にはね。
でもやっぱり魂込めて作られてるなーって思う。私も泣いちゃうし。
国宝も良かったですよね。俳優さんごと良かったから、俳優さんに乗り移っているような現象だったからね。
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魂を込めて作っているものでしょう。あれはどう考えてもね。だから心にうわーってなってる。多くの人が魅了されるわけでしょ。
だからそんな風にいきたいなと思ってるんですよ。この配信にしてもね、規模が違うにしても何人かの人がわーって笑ったりとかしてくれてるっていうのもやっぱりこれも共鳴なんですよね。
ちょっと目をつぶって話してるんですけど、そんな気づきでね、シンプルに愛と感謝とずっとそれにあふれた毎日なんですよね。生きてるだけでね。
ドラマを見たら本当に楽しめるっていうね。良いものと悪いものがすごく分かるっていうか、曲にしてもね。野球にしても何にしてもですよ。見るものは。
これはいいなって。私の感受性センサーが選ぶものはやっぱり素晴らしいんですよね。それを見つけられる自分も素晴らしいというように感じています。というちょっとこう、そういう夕会の日。面白いんでまた見てみてください。