はい、ということでね。 前回が
そうだね、前回黒木から ひょんなことからね
2005年のチバロッテマリーンズについて話して それがとても話しやすかったから
コーナー化してね、ジングルまで作ってみて
えー、今回の思い出す あの頃のプロ野球球団
2003年の福岡ダイエー・フォークス 強かった。2003年のダイエー・フォークスは
打線で言ったら 百打点カルテッドですね。百打点カルテッド2003年だったっけ
先発も抑えもいたしね。 先発はそういうこと。斎藤一美
斎藤一美、杉内、和田強志、荒垣
で、抑えは真原かな。 打線で言ったら
柴原、村松 井口
松中、黒棒、ずれえた
小番道、でキャッチャージョージマ。 いや強すぎる。ちょっと
おぼろいすぎるか。てことでね、早速打線を見ていこうか。 打線って言えばこの、そうだね、打線を見ていこう
2003年のフォークス、打線
はぁ
ダイハード打線だ。 百打点カルテッドじゃなかった。どこにいるかな。どういう
スタメンで見るか。スタメン 個人説明が見れるサイト
これでいきましょう。2003年の福岡大フォークス ベストスタメン
はぁ
えっと 1番センター村松
2番サード川崎 3番セカンド井口
4番ファースト松中 5番キャッチャージョージマ
6番レフトバルデス 7番
清田社連れた 8番ライト渋原
9番ショート鳥越え 黒帽はいないの
あれ黒帽は ジャイアンツ行ったってこと?そういうことかな
強いな。村松が一番か。川崎 宗則
まだ22歳。4年目。当時はサードか。 鳥越えなくなってショートになった。
ちょっとおぼろげ。でも凄いわ。打線が凄い。 村松3割2分4理
32トール。川崎2割9分4理。30トール。 井口
3割4分。27本。109打点。42トール。 めちゃくちゃ強ぇや
そりゃメジャー行くか。 4番ファースト松中
3割2分4理。30本。123打点。 ジョージマ3割3分。34本。119打点。
バルデス3割1分1理。26本。104打点。 連れた2割6分6理。
連れた2割6分6理。13本。43打点。 これが凄いよな。8番柴原
3割3分3理。53打点。 11トール。9番鳥越。2割1分2理。25打点。
お通り。 まぁまぁ鳥越は守備の人って感じだもんね。
では大田の 大田ってかまぁ半分単位みたいな
大道さんがね。 オープンスタンス。めっちゃバットを短く持ってオープンスタンスで打つ大道さん
あの時の大道34歳。あの時の大道より年上になってる。 51打点。ホームラン4本。2割8分1理。
てかあれだろ。小坂堂いないな。 小坂堂って2001年とかが好きだったんだけどな。小坂堂
小坂堂のアナウンスね。ウグイス城の小坂堂だったね。 小坂堂について調べていい?
小坂堂はもう2003年はいないんだ。 小坂堂
あれ?なんだろ小坂堂。フォークスでプレーしてないじゃん小坂堂。 小坂堂日ハムか。
2000年の日ハム? じゃあ99年から2005年までの日ハム。
なんで俺お坂堂フォークスのユニフォーム着せてるんだろうな。 そうだよね。2000年が全盛期。30本100打点。
2000年はなんだ? ビッグバン出せるかな?
じゃあこれもね。 2000年の日ハムもいずれやろう。
まだ移転前だね。北海道移転前の日ハム。 まあまあちょっと脱線したけど
当初に行こう。 2003年のフォークスのピッチャー。
先発が強い。エース斉藤一美。 26投判。
194イニングで20勝3敗。 2点83。
和田が26試合。 189イニングで14勝5敗。
この時1年目か。和田と荒垣が大卒でね。松高世代。 この和田と杉内荒垣。
杉内、27試合で162回3分の2、10勝8敗。
杉内は社会人側だからこの年2年目。 で、荒垣が、荒垣、荒垣、荒垣だった気がするんだよな。
荒垣渚じゃなかった? ガじゃなかった気がするんだよな。
荒垣渚。 荒垣渚が18先発で121回3分の1、8勝7敗。
3点34。 高卒2年目の寺原がいる。18試合。
16先発で92イニング投げて7勝5敗。 防御率5.48か。
で、このピッチャー覚えてない。ナイト。 助っ人外国人。1年目。16試合。6勝4敗。4点86。
このね、上の4人だ。 斉藤和美、和田杉内、荒垣の4人が100打点カルテットと2桁勝利カルテットみたいなことを。
で、押さえは違った。 まだ全然、全然マハラいないわ。
マハラはいつ? 2004年とか。この次の年か。
何ならこの年、 成績的に見ると
押さえっていうピッチャーはいなかったのかな。 セーブ数的に見ると
スクルメタ。知らねーなー。 11セーブ。18試合しか投下してない。
で、サウスポーの篠原ね。10セーブ。 一番中継ぎが
岡本義太、渡辺義竹だけ覚えてんだ。 義竹篠原だけ分かる。
先発がこんだけないだろうなぁ。 先発関東型が多いのか。斉藤和田、杉内。
杉内は、この時は162位ね。
すごいね。 いや、誰が良かったかな。
井口がやっぱり強いなぁ。 井口松中 定島 バルです。
で、ズレータがまだ1年目のズレータ。 ズレータはだってね、この後、この後すごくなるもんね。
ズレータのちょっと成績見ようかな。 パナマ、なんだっけ。
パナマ運があったね。 パフォーマンスね。
ズレータはこの翌年の2004年にスタメンになって、37本100打点。
2割8分4リン。 三振も多い。
そうだよね。
2003年のソフトバンクじゃん。 2003年のダイエフォークスって一番思い出に残ってるのは
当時から俺はね、セリーグを見てたから、 パリーグはそこまで見てなかったからな。
半身が結構さ、単突くらいで優勝した気が済んだよね。 そんな半身を
日本シリーズで 4盾でね。
破って日本一になった。 めっちゃ強いじゃんってなったの。ダイエフォークス。
ずっと強かったけどな、ダイエフォークス。 俺の知ってるフォークスはそうなんだなぁ。
こんな感じ。 ちょっとろってほどの熱がなかったね。
ろってほどの熱がなかった。まだ乗ってきてないこれ。 今日1本目なんだね、これね。
こんな感じで 2003年
ダイエフォークス。 今日の
なんだっけこのコーナー。 おもろげなあの頃のプレー野球。
ダイエフォークス。 強い。次はやっぱこの流れでいったら
2000年のニチハムか2003年の半身。 2003年の半身にしようかな。
今岡とかね。 あの時の
今岡と 伊賀は20勝した年じゃない。
てことでね次回の 次のおもろげなあの頃のプレー野球は
2003年の半身タイガースにします。 これで終わりですねこのコーナー。