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#15 善悪は定義できるのか?って話
2026-07-22 22:12

#15 善悪は定義できるのか?って話

#哲学
#自己理解の旅路
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サマリー

このエピソードでは、善悪の定義可能性について深く掘り下げています。話し手は、友人の秘密や過去の過ちを知った際に、その情報だけで関係を切るのではなく、詳細を知りたいという自身のスタンスを語ります。特に、殺人という行為がなぜ絶対的な悪とされるのか、そして軍人が任務で人を殺した場合との違いは何かという問いから、善悪の判断には複数の「レイヤー」が存在するという結論に至ります。 話し手は、善悪を判断するレイヤーとして、「秩序のレイヤー」(法や社会の仕組みによる善悪)、「倫理のレイヤー」(人として正しいかどうかの道徳観)、「哲学のレイヤー」(善悪そのものの抽象的な概念)の3つを提示します。例えば、殺人は秩序のレイヤーでは悪ですが、軍事行動では秩序維持の文脈で異なる判断がなされる場合があることを指摘します。また、倫理のレイヤーは個人の価値観に左右されるため、絶対的な定義が難しいことも示唆しています。 最終的に、善悪や正義の定義は、立場や視点によって変化するため非常に難しく、人の数だけ正義があるという結論に至ります。この考察は、特定の哲学書に基づいたものではなく、自身の内省から生まれたものであり、話し手はこのような答えのない問いについて考えることを楽しんでいると述べています。

収録の開始とテーマの提示
はい、もしもーし、どうも。久しぶりの財布の収録ですね。 今日が7月の何時でしたっけ、20…22ですか。7月の22日ですね、はい。
前回スタイルを撮ってから1ヶ月とか多分また経つのかな。 全く僕の気まぐれなところなので、喋りてえなーって思ったときに、こうなんか音声でバスンってやる。
僕、僕スタイルですね。 自分の仲間というか友人というかで、毎日2回とかスタイル撮ってる人いるんですけど、よく、すげーなーって思う、率直に。
僕は結構なんか、本当に寝たことを喋るっていうスタンスが結構強くて、本当に考えた上で、なんか喋りてえなーとか、音声媒体でどこしたいなーみたいな思うことが結構多いもので、
ちょっとそのスタイルではなくて、僕はこういうなんか気まぐれに思ったことをズシンって話すスタイルなんですけど。
ちなみにね今、これ出勤前にスタイルを撮ってるんだけど、今職場の近くの海が見えるところの日陰みたいなところに座ってこれを実は収録してるので、
もしかするとなんか波の音とか風のゴーゴー言ってる音をマイクが拾っちゃうかもしれないですけど、まぁまぁちょっと音質についてはそこはご愛嬌でお願いしますね。
で、今日話していこうと思ってるのがまたすごい哲学的なテーマなんですけど、なんか善悪って定義できるのかなーとか、善悪の本質ってどこにあるのかなーみたいな話を今日ちょっとスタイルで撮っていこうかなと思います。
また哲学的だね。こういうね答えのない問いが好きなんですよね。つい考えちゃって、どこにも着地してなかったりするんですけど最終的に。
1個のその1位の答えに定まるわけじゃないんで、あーでもないこうでもないって言いながら頭の中で噂をしてるっていう話なんですけど。
いやーにしても暑いな。日陰とはいや暑いんですよね。海が見えるところに日陰に寝そべりながらこうやってぶつぶつ話してるんですけど。
ちょっとねもしかするとバイオレンスな話をするかもしれないです。これ実話とかじゃないんで、あくまで例え話というか縦の話でちょっと刺激的な話をするかもしれないんですけど。
でもなんか自分の場合この場合というかこのケースってどこなんだろうみたいな。具体のそのケースで考えることがすごい多いので、あくまで例示というか全然その事実というか現実じゃないフィクションの話としてちょっとバイオレンスな話をするかもしれないんですけど。
で、今日その何だろうきっかけというか何でこんなまた哲学論みたいな。正義とは何か悪とは何かみたいな。正しいって何かみたいなことを考えたかみたいなきっかけなんですけど。
友人との関係性と善悪の判断基準
ちょっと前にスペースで、スペースっていうのはXのスペースですね。Xの方でラジオ配信じゃないですけどリアルタイムでラジオ配信をするスペースで、なんかテーマの一個としてあったのが、友人とか知人の秘密とかのカミングアウトで、どういうことをカミングアウトされたら縁切るかなみたいなテーマがあったんですよ。
どういう秘密とか情報みたいなのを知ったら、友人知人の関係を切るかみたいな話があって。僕、事実そんな友人はいないんですけど、例えばなんですけど、善家持ちの友人がいたとして、いや俺善家あるんだよねみたいなことをカミングアウトされても、僕多分まだそれだけじゃ切らないだろうなって感覚があって。
今だかってそういう話はあんまり聞いたことがないんですけど、実際の現実問題としてね。
これは絶対に切らないよって断言するわけじゃなくて、細部が知りたいっていう感覚なんですよね、僕の中では。
どんな罪を犯したのか、いつどんな罪を犯して、その出来事をどう捉えてるって、今後はどうなのかみたいなのが結構僕知りたくなるっていう感覚があって。
犯罪してもいいよとか、善家があってもいいよってスタンスなのではなくて、善家があるってあくまでそれはタイトルに過ぎないというか、ラベルに過ぎないよねっていう感覚があって。
その細部の情報次第では僕は全然今後とも付き合いを継続するだろうし、逆に本当に今後を見てるって感じですかね。
僕も例えば被害を加えられるみたいなのは怖いので、今後の付き合いとして苦しいんじゃないかって判断したら、僕はそれはもちろん関係性をちゃんと整理するというか付き合いを考えますしっていうのはもちろんあるんですけど、
ただあくまでラベルというかタイトルだけでは判断しないよっていうのが僕のスタンスなんですよね。
さらに実例がないんで、お前そんなの口だけやんけって言われたらその通りかもしれないんですけど、例えば善家が、僕が殺人だったとしても意外とまだキルには値しないんじゃないかと。
その情報だけではなくて、俺善家があって、例えば友人のAさんとしましょう。
Aさんから、俺善家があって、人殺しちゃったことあるんだよねみたいな話を仮にされたとしても、要は人殺しちゃったんだよねっていうタイトルだけではまだ僕は情報不足というか判断できないなっていう感覚があるんですよ。
もっと細部で、いつ誰を殺したのかとか、どういう経緯でそれをやってしまったのかみたいなことが僕はすごい知りたくなる。
先に言っておきたいのが、犯罪を助長したいわけではないんです。決してそんなつもりはなくて。
全然助長したいわけでも、僕自身がするわけでも、責任を軽んじるわけでもない。
やっちゃったことに対して、別に人なんか殺しちゃっていいでしょって言いたいわけでもなくて。
ダメはダメなんだけど、自分が邪気をする情報が欲しいし、ラベルだけでは判断したくないっていうのが僕の考えなんですよ。
っていうのも踏まえて話を進めるんですけど。
「殺人」を例にした善悪の問い
僕は、あ、音風が今バッと吹いてきた。ノイズ入っちゃったらすみません。
僕は、友人が善悪あるんだよねってカミングアウトして、それが殺人なんだよねみたいな話をしても、それだけではまだ聞きたい知りたいっていう感覚になるんですけど。
で、そこからこの僕の今の内省というか、そもそも善悪って何なんだろうみたいな、そういう疑問。
この疑問は自分自身投げかけてるんですけど、自分自身の頭の中で善悪って何だと思う。
たまにAIとか使って仮説したりすることあるんですけど、ってことを考えていて。
で、すごい今から衝撃的な問いを1個ポンって出すんですけど。
殺人って何でダメなんだろうなぁみたいな問いを考えたんですよ。
頭の中で何で殺人でダメなんだろうな。
で、すごいこれからちょっと具体例としてちょっとバイオレンスな例を出していくんですけど。
例えば、ことこの現代日本において、当然殺人っていうのは許されない行為なんですよね。
法律的には罰せられる行為なんですけど。
例えばなんですけど、海外とかって、要は軍隊とか兵役みたいなのがあったりするわけじゃないですか。
で、兵役とかその軍隊としての任務で人を殺してしまった場合と、
統治国家における殺人って何が違うんかなぁみたいなことを頭の中で考えたんですよ。
自分の頭の中で。
例えば、僕はそういうスタンスじゃないんですけど、
例えば善家がある奴と俺は付き合えないっていうスタンスで生きてる人がいるとするじゃないですか。
例えば、善家もしたら俺は愛入れねえみたいな、仲良くはできねえっていう。
別にそれを否定はしない。
そういう人がいても全然妥当というか、別に善家がいいことではないので。
ないに越したことはないんで。
で、例えばその、さっきの話じゃないですけど、
自分の友人が殺人を犯したらどうするじゃないですか。
殺人を犯して、もちろん逃走中とかではない刑ですよ。
罪を、復益というか刑期が終わってるっていう想定なんですけど。
人を殺した経験があるみたいな。
で、「うわ、お前そんな奴だったのか。」って。
切る場合もあると思うんですけど。
でも、例えばなんですけど、さっき僕が出した、海外の友人。
日本は今のところ戦力としての軍隊というかは一応ないということなので。
例えば海外の友人だったとして。
海外の友人が軍隊とか兵役とか、そういうものを経験してると。
で、その任務の一つとして、任務というか何かしらやらねばならなかった一つとして、
人を殺めるという行為をした経験があるじゃないですか。
何が違うんだろうなって思ったんですよ。この二つが。
なんか、すごく感覚的な話にはなるんですけど。
犯罪者とは付き合えないっていう感覚は分かりますね。
じゃあ、軍人と付き合えないっていう感覚はちょっと。
まあ、黒人好みの話なんでそういう人がいたら不思議じゃないんですけど。
軍人とは俺は付き合えないわっていう感覚はちょっとまた考えにくいなっていう。
そんな感じするじゃないですか。
じゃあ、例えば軍人を経験してて、かつ引き金を引いたことがありますみたいな。
場合だったらどうなんだろうってことを思った時に、
そもそも事象としては人を殺めているという点は同じじゃないのって思ったんですよ。
この事象は一体何が違うんだろうみたいなことを自分の中で考えていったんですよね。
うーん。
善悪の3つのレイヤー:秩序、倫理、哲学
こんなことをね、こんな本当にね、バイオレンスでこう。
そんなことは楽しいなみたいな。
人によってお前暇なの?って思うかもしれないですけど、
僕結構こういうことをすごい考えてしまって。
考えても多分好きなんでしょうね。
好きというか考えちゃう人なので、こういう問題についてね。
で、自分の中でこうだなっていう結論が出たものとして、
善悪っていうのは見方というかレイヤーがあるなという結論に僕は至ったんですよ、最終的に。
で、どういうことかっていうと、僕の中では、
これAIとかでもポチポチポチポチと壁打ちながら、
いや俺こう思うんだけどどうかなみたいな話をしてたんですけど、
3つ以上ぐらいの善悪を語るレイヤーというか視点があるんだなと僕は思ったんですよ。
最終的に辿り着いた結論が。
で、仮にこれそういう名前をつけますけど、
名前をつけますけど、つけますけど。
なんか、僕は3つこうだなって思ったのが、
秩序のレイヤーと倫理のレイヤーと哲学のレイヤーがあるなって思ったんですよ。
善悪って。
で、秩序のレイヤーって何かって言うと、
法とか仕組みとか立場とかによって、
善悪が決まる。
要は法律とかですよね。
さっきその要は殺人が一応悪とされてる一つの要素としては、
シンプルに法治国家においても罰せられる。
法とか仕組みが何のためにあるかっていうと、
秩序を守るためだと思うんですよ。
人間っていうのは結局集団で生きて、コミュニティで生きている生き物だから、
っていう集団生活を送る上で、
めちゃくちゃこのバイオレンスだと言うんですけど、
大量虐殺とかっていうのは、
まかり通ったらダメなんですよね。
どう考えたらそれがまかり通っちゃったら、
社会が成り立たなくなってしまうから、
だからそこに対して、
仕組みだとか法だとかっていうルールを敷いて、
ルールと刑罰を敷いて、
社会の統制というか秩序を守ってる。
これは法律もそうだと思いますし、
さっき言った軍隊としてのルールだし、
あるいは会社としての立場みたいなものもあるかもしれない。
立場とか仕組みとか、
そういうルールが決める善悪っていう視点。
殺人はそういう視点では悪になるんだけど、
軍隊の兵役として行ったものは、
あくまで軍隊における秩序とか、
そういうものには反しないから、
そういう視点では、
許されるって言い方をしたら、
ちょっと不謹慎かもしれないですけど、
違いがあるよねっていうところだと思います。
次が倫理っていうレイヤー。
倫理っていうレイヤーは、
さっきの法的とか秩序ではないんだけど、
人として正しいかみたいな考え方だと思います。
倫理のレイヤー。
例えば、嘘をつかないとか、
約束を守るとか、
人を謝めないとか。
かぶってはいるんですけど、
結構倫理のレイヤーかなと思っていて。
例えば、嘘をつくことって、
信用とかには傷が入るかもしれないですけど、
それ単体ではあんまり、
詐欺とかは別に罪にはなり得ないと思います。
だからさっき言った秩序的なレイヤーで言えば、
意外と嘘をつくっていうこと単体だけだと、
秩序のレイヤーでは、
あながち悪にならない場合もあると思います。
他にも、例えば約束を守らないとかも、
その人の信用とか信頼みたいなのが、
もちろん揺らぐ可能性は多いと思うんですけど、
約束を守らないこと単体が、
めちゃくちゃ秩序っていうレイヤーにおいて、
悪くなり揺らがっていると、
あながちそうでもない気がするんですよね。
さっきの人を謝めるっていう話で言うと、
法治国家における法に照らし合わせたら、
人を謝めるっていう行為は、
当然悪になるんですけど、
例えば戦争の途中とかで、
相手の民間人とかってなってくると、
また撃ってなるかもしれないんですけど、
軍隊、一所属性組織の中で、
軍隊の中で考えたときに、
自分ですね、自分側で考えたときに、
それは秩序に関してない。
ただ、その人を謝めるっていう、
めっちゃ風吹いてきた。大丈夫かな。
ことを、もっと倫理観とか、
人として像みたいなのを照らし合わせたときに、
それは許されない行為だよねっていう。
人として像というか、
人としてどうなんだみたいな、
領域で考えたときに、
これは悪に属してくる。
悪に属してくると言いつつ、
僕が出した倫理のレイヤーと、
哲学のレイヤーって、
好みが出ると思うんですよ、人の。
ぶっちゃけ。
人として像って、
これ人によってセンサー満滅があるから、
別に嘘ついてもいいっしょって思ってる人的には、
嘘は全然人として像には反しないだろうし、
別に約束なんか守んなくていいでしょって思ってる人は、
そりゃそういう人の視点では、
この倫理のレイヤーでは、
別に悪にならないことっていっぱいあるのかな、
みたいな風に考えましたね。
最後、僕が出した三つ目が、
哲学のレイヤーなんですけど、
これは、そもそも、
善って何かみたいな。
悪って何かみたいな。
かなり抽象論に近い。
超越してる概念な感じがしますね。
正義って何か。
正しいって何かみたいな。
僕も散々、
人として正しいかみたいな話をしてたと思います。
法的に正しいかは、
法のね、
法治国家におければ、
法のルールというか、
規管みたいなものを照らし合わせて、
どう悪質かとか、
どういう罪が妥当性かみたいな。
そういうジャッジの仕方ができるかなと思うんですけど、
哲学のレイヤーとして、
そもそも正しいとは何かみたいな。
かなり抽象論に近いようなレイヤーが、
ここになってくるのかな、
みたいな。
思いましたね。
レイヤーによる善悪の判断の違い
だからその、
善学とか、
正しいか正しくないかっていうのは、
まずそもそも、
レイヤーみたいなのが、
これ僕の頭の中でですよ。
頭の中では、
3つ以上ぐらいはあるんじゃないかなって思いました。
だから、
なんでその、
最初の具体の主題じゃないですか。
法治国家における殺人と、
戦争とかにおける引き金を引くっていう行為は、
どう違うんだって考えたときに、
どっちも人はやめてるから、
倫理のレイヤーで考えたときに、
人としては正しくないんだと思うんですよ。
どっちもね。
だけど、
秩序のレイヤーで考えたときに、
片方は法を犯すっていう、
法治国家における法を犯すっていう点で正しくなくて、
もう片方は、
例えばあんまりこういう言い方好きじゃないですけど、
戦果を挙げた英雄として、
尊敬されるみたいな場合もあるから、
自分視点の秩序としては、
片方は別に悪秩ではないっていう違いなのかな。
そういうふうなことを考えました。
善悪の定義の難しさと結論
最終的に善悪って定義できるのかなって思ったんですけど、
自分の結論としては、
定義ってすごい難しいんだろうなって思いました。
最終的な結論としては。
すごいワンピースの絵画みたいなことを言うんですけど、
やっぱり正義とか正しいか正しくないかって、
結構見る人によって視点が変わるというか、
立場も変わるし、視点も変わるし、
さっきの戦争の例でもそうなんですけど、
戦争って自分が正しいじゃないですか。
正義は我に愛ですよね。
A国B国って戦争してたとして、
どっちも相手が悪だと思ってるし、
自分が正義だと思ってるし、
そういうのはあると思うんで。
一概に正しい正しくないみたいな。
定義不正義って難しいですよね。
定義するのが。
人間がそんなに完璧じゃないんでね。
これを考えてる人間が。
レイヤー的にもそういう違いがあるだろうし、
立場的にも違いがあるだろうしみたいな。
ところで、
善悪の定義とか、
正義不正義の定義っていうのは、
すごい難しいよなと思いましたね。
みたいな内省を最近してました。
かさやかと言いますけど、
犯罪とかを助長したいわけではない。
僕自身がするわけでもない。
もちろん犯罪はダメですよ。
ダメかダメじゃないかっていう、
ダメにジャンル、
そういう区別はされるんですけど、
そもそも、
ダメとされてる本質は一体どこにあるのかとか、
あとこの場合とこの場合は、
なぜ、
例えば命を奪ってるとか、
人を殺めてるという点では同質のはずなのに、
なんでこの場合は許されていて、
なぜこの場合は許されないのか、
みたいなことを考えた時に、
こういう結論に至ったって感じですかね。
今日は本当にそんな話でした。
かなりダークな話を展開してしまったかもしれないですけど、
結構自分は、
この結論でスッキリしましたね。
レイヤーが違うんだな、
見方が違う、視点が違うんだなと思いました。
これちなみに、
哲学書を読んだとかでもないんですよ。
頭の中で考えて、
最終的にこういう結論に至りましたね。
こういう議論、
議論ではないんですけど、
好きなんですよね。
つい考えちゃうというか、
本当に着地点がない話にはなるんですけど、
善とは何か、悪とは何か、
どこに着地するんだろうとか思いながら、
思考を巡らせるというのが案外結構楽しかったです。
そんなことを考えていて、
一応自分が出てきた結論としては、
まずそもそも、
善悪って定義は、
できないかするにしても非常に難しいと思います。
できないよりも難しいかなり。
それは何でかというと、
やっぱりどうしても立場とか視点とかによって、
形を変えるものだから、
本当に人の数だけ正義があって、
人の視点の数だけ善悪があるっていうところで、
かなり着地させるというか、
一律の定義をするのはかなり難しい概念だよねっていうところと、
あと自分が考えたこの場合は、
許されているのにこの場合は許されない。
この違いは何なのかというと、
なんとなくだけどレイヤーがあるよね。
それが秩序のレイヤーと倫理のレイヤーと哲学のレイヤー。
自分はこの3つがあるかなと思っています。
もしくはやるともっと増えるかもしれないですね。
こういう視点があるよとか、
こういう立場があるかもしれないねみたいなのがあるかもしれないけど、
少なくともこの3つ以上ぐらいの見方、
善悪の物差しの見方みたいなのがありそうだなという結論には
行き着いたってそんな話でしたね。
まとめと今後の配信について
まとめるとね。
です。
21分。
おしまいです。
今日は久々の収録なのでダークな話をしてしまいましたけど、
僕はこんな話が非常に好きなので、
今後もねりねりと煮詰まったらこういう話を残していくかもしれません。
久々投稿すぎて聞いてくださるだけですごく嬉しいんですけど、
今後とも気まぐれに。
本当に撮るときはポンポンと撮るんですよ。
明日朝とかにポンポンと撮るときもあるし、
なんか特に話しかねえなと思ったら1ヶ月とか数ヶ月寝かせたりもするんで、
それぐらいちょっと気まぐれな人間と思って今後とも聞いていただいたら嬉しいかなと思います。
はい。
じゃあ今日のスタイフはこれで終わります。
もし面白いなと思ったら、
いいねとか、
あとは、
確かスタイフって感想も書けましたよね。
感想書いていただいたりとか、
これ僕のXの方でも構わないです。
多分このスタイフXの方でも繋がってる人が多いと思うので、
ぜひそちらの方でもいいので、
今後ともごゆるいと聞いていただけたら嬉しいかなと思います。
では終わります。
じゃあね。
バイバイ。
3、2、1。
22:12

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