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#7 かおりん、こんなことしてました!
2026-03-22 32:46

#7 かおりん、こんなことしてました!

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今回は、まったく古民家の話はしていませんが、スギちゃんはスギ花粉症だという話から、かおりんの青年海外協力隊の話に至りました。まだまだお互い深掘れば、いろいろ出てくるので、この辺はお楽しみに。協力隊の経験が、今のやってみよう精神に繋がっているのか?!

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サマリー

今回のエピソードでは、花粉症の話から、かおりんの青年海外協力隊(JOCV)でのコロンビアでの活動経験へと話題が展開しました。スギちゃんは長年の花粉症に悩まされていますが、海に近い環境に移ってから症状が和らいだと語ります。一方、かおりんが青年海外協力隊に参加したのは約25年前で、コロンビアで医療ソーシャルワーカーとして県庁の社会開発課に派遣され、日本の福祉制度の技術移転を担当しました。当時のコロンビアは治安が悪く、ホームステイが原則でしたが、ホストファミリーに恵まれ、充実した2年間を過ごしました。この経験が、現在の「やってみよう」というチャレンジ精神に繋がっていると語り、自身の経験がリスナーの挑戦意欲を刺激できればと願っています。また、番組のリスナーがアメリカからもいることに触れ、そのリスナーに向けてスペイン語で挨拶をする場面もありました。尾道の国際的な側面や、多国籍な人々との交流についても触れられています。

00:05
古民家にまつわるアレやコレを、古民家再生史のスギちゃんと、古民家住民のかおりんが語る番組です。
えぇかげんなので、よいかげん、いいかげんに関係ないことも大いに喋ります。
はい、よろしくお願いします。
今日は第7回目、スペシャルエディションじゃないけど。
スペシャルがね、18日にあたったんで。
まあまあ、回数って言ってたらもうわかんないから。
まあだいたい。
今日も始まりましたね。
そうだね、えいかげんに行きましょうかね。
でもコンスタントにね、収録できてるということは。
そうなんですよ。
ライトがちょっと悪くても頑張ってやっておりますので。
花粉症と環境の変化
今日なんかちょっと鼻声だね、スギちゃん。
鼻声で聞きづらいかもしれないんですけど、絶賛花粉症でございます。
花粉症ね、きついよね。私ももう何十年て花粉症なんだけど。
あ、そうなんですね。
たぶんね、20、30年とは言わないかもしれないけど、25年ぐらい言ったらもうだいぶ。
もうなかなかのベテラン。
なかなかのベテランですよ。
そう、俺もね、子供の時はなんともなかったんですよ。
25ぐらいから花粉症になっちゃって。
まあ今の時期はダメですね。
目がかゆいと。
目がかゆい。
目がかゆいのつらいな。
目がかゆい、鼻が詰まる。
あとひどい時は喉も痛くなる。
それは鼻から来てるんだと思うけどね。
え、あのスギ、ヒノキ。
そう。
そんなのチェックしてもらったの?
いや、チェックはしてないけど、間違いなくスギは花粉ですね。
スギちゃんだけね。
スギちゃんだけってよく言われるんじゃない?
定番で言われる。
スギちゃんなのにスギ花粉ダメなんじゃねっていう。
そうよく言われるけど、ダメですね。
じゃあヒノキもって言ったらまだまだ続くんだね。
ヒノキはそこまでひどくはないと思うんですけど、
最近ちょっと弱くなってる気がする。
でもこっちに来てから。
少なくなったんですか?
ちょっと楽になったような気がする。
もともと食生活とかね、ちょっと気をつけるようにとかしていて、
あとちょっと良くなってて、
一時期はもうほんと薬飲まないとダメだったから、
それも飲まなくなって、
でもこっちに引っ越してから多分海が近い?
そう。海近いと多分違うスギ。
山多少あるけど植林してないじゃん多分。
だからスギとかヒノキとかほとんどないと思うんだよね。
言うのもあるんじゃないかな。
それはあるかもしれない。
都会に行くと、
都会ってかあんまり地面が見えないようなところとか、
道路とかコンクリートが多いようなところに行くと、
すごい舞って反応するような。
それはあるかもしれないですね。
だからここちょっとマシなのかなと思ってみたり。
なるほどね。
今は薬も飲んでないし、
ちょっとやっぱりくしゃみがよく出るかもしれないけど。
くしゃみはしょっちゅう僕はもう。
僕は若いときウェイクボード結構熱心にやってたんですけど、
だから冬の間も海に入ってたんですよ。
そうかそうか。海にね。
そうそう。海の中にウェイクボードしてた。
がっつり冬でやってるときは花粉症ならなかったです。
その冬にしっかり海水を浴びてるから。
そうでしょうね。腹洗浄されてるからだと思うんですよ。
翌年というか次の春の。
そうそうそう。だから一年中海の中に入ってたんで。
ウェットスーツとかドライスーツ着ながらずっと海で遊んでたから。
その時は3年ぐらいは花粉症ならなかったです。
その時にタイも行ってたんですよ。3月ぐらい。
花粉の盛り上げの時にね。
タイも全くならないです。
多分スギはないんでしょうね。
全然最高だったんですけど。
ちょっと最近また出てきた。
そろそろまた海に浸からなきゃいけないから。
海に浸かったりしない?
現場ではやっぱりあれでしょ。ホコリが舞ってて。
そう。だからハウスダストもあると思うんですよ。
もともと鼻炎というかアレルギー持ちなので。
ハウスダストとスギと。
日焼けはそんなにないかもしれない。
ハウスダストとホコリだと思います。
アレルギーに何か効くようなその辺の草が。
そう。それはね。ちょっと。
ちょっと。
絶望しております。
試して。試してみましょう。
作ってもいいか。
そんなお茶を作っていただけたら最高ですね。
ルーティンがあるよりも良さそうだけどね。
確かに効きそう。
リスナーの地域と青年海外協力隊への言及
ていう感じでスタート。
株商の話から。
株商の話からね。
このまま30分くらい喋れそう。
そうそう。
こないだの話ね。
どこから聞いてるのかっていうね。
データを見ながらちょっと喋ってて。
リッスンで見れるんですよね。
地域。どこから皆さんが聞いてるかっていうのが。
多分大まかにいってどういう集計の仕方してるか分からないけど。
多分おそらくサーバーのアクセスしてるところかなっていうところで。
地域がね。福山市とか広島市とか。
あとはさっき言ったアメリカとかの地域が出てたりとか。
アメリカのことをなんでアメリカなんだろうって話をしてたんだけど。
ふっと思いついたのが、私の知り合い、友達が多分アメリカに住んでて。
告知をしてるフェイスブックかインスタのストーリーズのところから入ってくれたんじゃないかなと思うので。
ここでちょっと彼にね、挨拶をしとこうかなって。
おそらく聞いてるだろうっていうところね。
なので、オラー、コムイスタ?
ケアエイチョー。
何語ですかそれは。
オラー、セイサン。
全然分かんない。
でもだいぶ挨拶だけなので。
スペイン語ですね。
スペイン語。なんでスペイン語できるんですか?
のほほ。のほほとか。
青年海外協力隊(JOCV)でのコロンビア派遣
えっとですね、私実は青年海外協力隊で。
聞いたことある。
南米はコロンビアに。
コロンビア。
それこそ20年くらい前に。
もうなんか自分の年齢とあれが分からないんだけど。
だいたい昔。
昔、25年くらい前かな。
に行ってました。2年間。
2年?ずっと行きっぱなし?
そう、行きっぱなし。
これがその青年海外協力隊のルールというか。
いろんな事情で戻ってきたりとかってできなくもないんですけど。
基本的にはその当時のルールというか。
それは2年間が派遣任務が。
派遣されるというのが決まりだったので。
コロンビアってどこら辺?
南米、ブラジルとか?
そうそう。
アルゼンチン?
とかあるんだけど、
北アメリカがあって中央アメリカが、
メキシコとかあるじゃないですか。
その下に南米が逆三角形みたいな感じである。
そのつながっている心の際がパナマ運が。
社会で習ったでしょ。
その下にコロンビアがある。
すぐ下なんですね。
すぐ下。
じゃあ南米の中では比較的北側?
北半球にあります。
北半球なんですか?
そうそう。
そうなんだ。
エクアドルがその下にあるんだけど。
そこが赤道?
赤道。
赤道があるからその上にある。
コロンビアは南米の。
勝手なイメージで南半球かと思った。
地図見たらそうだよな。
北半球の一番南側ぐらいの感じになるのかな。
今いろいろなってるベネズエアがすぐ隣にあって。
ベネズエアね。いろいろと注目を浴びてますね。
近くにあると。
そこに行ってたんですよね。
コロンビアへ。
コロンビアへ。
どんな任務してたんですか?
私実は社会福祉士でソーシャルワーカーだったんです。
医療ソーシャルワーカーだったんです。
医療ソーシャルワーカー。
滑舌があるだけで。
医療ソーシャルワーカーという仕事をしてたんですけど。
なのでコロンビアでもソーシャルワーカーとして派遣されてました。
ただ病院ではなくて県庁の社会開発課といって
日本の社会福祉関係を扱っているような
福祉事務所とはちょっと違うんですけど
県庁の一つの課ですかね。
そこに行って
日本の福祉関係。
なかなかこれね
20代の裏若き私が行くわけだから
そんな大した派遣業務
何かを教えるとかっていうのはおこがましいんだけれども
一応日本のそういうところの技術を伝えに行くというような
だから現地のそういう職員さんに
日本の福祉制度というか
そういう何かを伝えに行って
カウンターパートって呼んでたんだけれども
カウンターパートっていうのは
現地で私と一緒に仕事をしてくれる人
現地の人
だから私がその人に伝えていって
その人が現地で私の伝えた技術とか
そういういろんなやり方とか
っていうのを広めていってくれる
みたいな感じにはなるんだけれども
まずスペイン語
私生まれも育ちも日本
それは広島弁しか喋れないんですよね
喋れるのは広島弁と日本語
片言の英語みたいな感じなので
スペイン語なんて全く分からなくて
だから日本で少し
スペイン語は勉強するんですけど
2ヶ月とかね
75日の青春とかって言われてたから
当時は
そのぐらいしか日本で訓練を受けられないので
スペイン語は全く分からないけど
2ヶ月日本でスペイン語とか
社会開発とか
そういういろんな基本的なこととかを
訓練というところで学んで
その間に予防接種いっぱい打ったりとか
そんなことをしつつ
あと日本の文化も学んだりとかするので
現地に行って
実は現地でもちょっと語学訓練っていうのがあって
1ヶ月もなかったかな
3週間とか
そのぐらいなんだけど
でもよ
2、3ヶ月で
じゃあそんなね
仕事を教えるほどの
語学力がつくかと
どうするんですかそれ
今でも覚えてる私
派遣された当日の
連れて行ってもらうわけですよ
あなたここの部署ですよって言って
そしたらもうね
その現地の人が
その地方じゃないな
新聞の記者が来るって
その日の午後に
もうね
取材が入ってて
やばいよね
結構ハードですね
JOCVの現状と過去の経験
みんなそんな感じなんですか
いやそんなことないと思う
行ったらそんなんだし
私は教える立場で行ってるって思ってるからみんな
あのそのかの職員がいっぱい集まって
何を教えてくれるのって
ペンとメモを持って
わーって集まってきて
どうしようみたいな
もしこれを聞いてる人でね
青年海外協力隊に興味がある人が
もしかしたら
いるかいないかは分かんないけどね
あのそういう感じで
今はでも違うかもしれない
ちょっと変わってるかもしれないですね
あとやっぱりその国によってとか
求められてるものとかによっても
全然違ってくると思うので
青年海外協力隊自体は今でもありますか
今でもある
コロナの時にすごい大変だったみたいで
中断した感じだったりとかはしたんだけど
でも多分またやってるんじゃないかな
やっぱ過去に言ってるから
そういう情報とかっていうのは
比較的よく入ってくるんです
なんかそういうOBの
そうそう
札誌とかが送られてきて
そういうことですね
じゃあ今の青年海外協力隊の現状っていうのも
比較的普通の人よりかは
よく知ってるって感じなんですね
私も一回サラリーマン辞めた時に
青年海外協力隊っていうのと
あと
中年じゃなくてなんだっけ
青年じゃなくて
少年
なんだ
もう忘れた
そういうもっと技術力の高い人も
青年海外協力隊は基本40まで
今ちょっと変わってると思うんだけども
40以降はそういうもっと技術力が高いというところで
派遣されてるのもあって
そっちもちょっと考えたりしたんだけど
今じゃないかな
ちょっと違うかなと思って辞めたんですけどね
なのでそんな過去が私の
なるほどだからスペイン語がね
まだ覚えてるんですね
ほとんど今喋る機会ない
スペイン語なんてこんなとこって言っちゃいけんけど
ないよね
この辺が常石の働いてる人とかの中にもしかしたら
でもスペイン語が母国語とか第一言語
広島はちょっと話があちこち行っちゃうんだけど
広島って外に出たがる民族で
ハワイに移住したりとか
あとブラジルにも多い
ブラジルとか
南米はブラジルはポルトガル語なんだけど
それ以外はスペイン語なんですよ
だからコロンビアにも日本人行ってるし
パラグアイとか
そういうところも意外といたりとかして
そういう日系人社会があって
だから二世の人とかが
日本に来て働いてるっていうパターンもあったり
ブラジル人はちょいちょい
あと二世か
あとは最近もうアジア系の人なのかなと思うんだけど
今はどちらかと言えばアジア
ベトナムとかかな
ベトナム、フィリピン、インドネシアが多いんだな
でもこんな尾道もだいぶ多国籍な感じ
尾道の国際的な側面と外国人との交流
だって町仕事してたりとかしても
絶対に大国の方と会いますからね
毎日
毎日?
毎日会うんだ
今日も僕仕事場
現場、僕はリフォームやってるんで
現場に行ってたり
そこは尾道の町の中だったんですけど
観光客じゃなくてってこと?
それは観光客だったんですけど
レンタカー借りてる欧米の方は
なんかね
駐車場というか路上の反射板みたいなの持ってるから
なんかショートなんですよ
この人何してんだろうとかって思ってて
でよく見てたら
多分それに車ぶつけちゃって
で写真撮って電話していってたから
レンタカー屋さんと多分話してたんだと思うんですけど
まあまあ悲壮感漂うような感じの顔してどうしようみたいな
旅行でぶつけるショックだなって思って
この間でも私もそういえば
多分欧米系の家族で
阿部都観音のところに
夕方4時くらいとかだったかな
レンタカーだろうね来てたけど
ここまでも来るんだ
今円安だからかどうかわかんないですけど
この辺はほんと欧米系
だって島並海道のレンタサイクル
あれほとんど外国人の人じゃない?
もう毎日土日平日関係なし
すごいね
明らかに日本人ではないねっていう人がいっぱい
8割方そんな気がする
大阪とか京都とかメジャーな観光地とか
アジア系の人が多いイメージですけど
この辺はアジア系作らなくて
欧米系の人ばっかり
広島ってもともと市内
平和公園とか宮島とかって
欧米系の人が多かった印象だけど
びっくりした
すごい国際社会豊かな感じに
尾道も近年特になってきてる
絶対会いますもんね
どこの国の人かっていう人たち
尾道はフランスが結構多いらしいですね
関東で来られる方
フランス語はねわからんの
なんとなく似てる感じではあるんだけどね
フランスの人が結構
フランスと台湾が多い
台湾なんだ
自転車が台湾が多い
ジャイアントとか
フランスも結構自転車とか
あと気候風土ではないけどね
毎年行って住んでたりするじゃないですか
広島は
馴染みがある
だから紹介し合いっこしてるんじゃないかな
なるほど
っていうのがあるんじゃないですかね
なるほど
コロンビアでの活動と生活
今日は国際的な話で
全然コミカとか
移住はちょっと関係あるかな
ちょっと移動するというか
海外の人が
ここに誰かスペイン語話す人でも来たらいいな
誰かスペイン語か
友達にはいないな
英語でもいいけど
英語も喋れるんです?
英語
この間香港行ったときのサポートは
一緒にサポートしたドライバーは英語だったけどね
なんとかなったから
すごいですね
いやいやそんなに
英語よりはスペイン語の方が
口からよく出るとは思うんですけど
すごい
俺は完全に日本語オンリー
日本語と広島弁
どちらかと言えば
日本語というか広島弁オンリーかもしれないですね
特に苦手なんですよ
できたらいいなって思うんですけど
海外の人たちも嫌いじゃなくて
コミュニケーション取りたいなって思うんだけど
言葉が出てこない
うんうん確かに
あれできたらなんと素晴らしいか
面白いかなと思ったりもするけどね
でもそうやって2年間行ったらやっぱりデカいですね
だからそのお仕事で
福祉のお手伝いということで行ってたけど
それ以外っていうのはあんまなんかしてたんです?
コロンビアで?
コロンビアで
そうね
今はだいぶ収まってるけど
当時はコロンビアってすごい危険地帯で
内戦というか
そんな時に行ってたんですか?
そうかって
レッドゾーンと言って
渡航はしない方がいい
やばいっていうような国だったので
なので国内移動がかなり制限されてたのと
危ないっていうこともあって
コロンビアは実はホームステイが原則だったんですよね
現地の人と大丈夫な人と一緒に
家族ホストファミリーのところに一緒に住みなさいっていうのが
多分他の国ではあんまなかったと思うんですけど
コロンビアはそれが推奨されて
みんなそうしてたかな
たまに何人かいたかもしれないけど
下宿というかアパートみたいな
場所みたいに住んでるっていう人もいたんですけど
なので週末はホストファミリーと一緒に
別荘みたいな農場みたいなのが別にあって
そこに一緒に行って過ごしたりとか
いい生活ですねそれは
それがイメージだと思うんだけど
南国の人とかって時間にルーズで
お昼寝してあんまり働かないみたいな
そんな人たちがいっぱいいてコロンビアも
なんだけど私のホストファミリーは
時間にすごい5分前行動ができる人で
約束ちゃんと守る
あとすごいみんなできた人たち
しっかり働くっていう人たちだったので
そういう意味ではすごい
過ごしやすかったというか
いい家庭に恵まれて
今でも交流はあるんですか?
さすがに今ちょっとあんまりないけど
なんだけど
Facebookでさっき話したカウンターパートとか
コメントくれたりとか
あとその家族の親戚の人とか
JOCV経験の意義と現在のチャレンジ精神
知ってる人とかなんだけど
その人がコメントくれたりっていうのはあるかな
途中までは結構
誕生日のカードのやり取りとか
そんなのはしてたけど
これを機にもしかしたら聞いてたら
でも日本語はわかんないもんか
今AIとかでできるまで
そうかもしれないですね
できるかもしれない
もしかしたら
翻訳して聞いてるかもしれない
その時はぜひコメント
一回派遣が終わってから
10年後ぐらいに里帰りじゃないけど
コロンビア
みんなに会ってっていうのはしたりとかもした
そのぐらい仲良くて
今は私がその時に行ってた
ところの
娘さんの子供
その当時だから5歳とかぐらいだった子が
もう子供も生まれて
結婚して子供も生まれてみたいなんで
それこそフェイスブックで
自分ところで作った
コーヒーかなんかの宣伝してたりする
なんかいろいろ発信してる
ちょいちょい見たりとか
またそういうのがつながって
ここでそういうコーヒーを取り扱ったり
面白いね
彼女が扱ってるのは
フレーバーコーヒーみたいな感じで
いろんな味のするコーヒーで
日本のメジャーではない
あんまりなんか
聞いてるかもしれない
そんなことないよ
そんなことないから
私はカフェコロンビアーナが大好き
さすが
面白いそうか
そういった経験をされてきたということで
今日はそういうね
青年海外教育会の話
花粉症の話からね
青年海外教育会の話になってしまいました
でもその時の経験って
やっぱりすごい衝撃的というかね
あのなんだろう
普通ね
コロンビアに行くこと自体も
親からしたらすごい危険で
確かに
えーみたいな
レッドゾーン
レッドゾーンに入ってるところへ行くって
よく許してくれますよね
そうそうそう
だしスペイン語をしゃべれないのに行くこととか
なんかねそういうのを
許してくれた家族にも感謝なんだけど
なんかそういう経験をしたこと
全く誰も見ず知らずの人ばっかりだし
行ったら日本語一切しゃべれませんみたいな環境に
身を置いて
そういう技術も大してない若造が
日本の国を代表して
気になって
まあそうだったのかもしれないけど
それで日本の技術を教える
まあ無茶なことをしたよな
若いからその無茶がね
そうっていうそういうのの中で
ざっくり言うと最初は全くできませんでした
どっちかというと
ちっちゃい子供のように面倒見てもらってました
言葉が出ないからね
そうですよね
だけどそのうち1年経ち2年経った頃には
まあそれでも私が
日本人っていう
日本人の女の子がそこに行って
なんか悪いことしてないというかね
なんかすごい頑張ってるねっていうのを見せられただけでも良かったかな
それからね
なかなか普通できないというか
それをやってる人ってあんまりいないと思う
すごいっすよ
そんなに日本の印象を悪くしてないんじゃないかな
自分なりには思うんですけど
それは大丈夫だと思うんですよ
そういう経験をして
最後私本当に
大したことできなかったって
終了から3ヶ月とか前ぐらい
終わる前ぐらいに
もうこんなんで良かったんだろうかってすごい悩んで
最後の最後に
もしあれだったらもう1年延長っていうのもできたから
それしてなんかした方がいいんかなとか
すごい迷ったりもしたんだけど
その時に言ってくれた
日本のお世話をして
日本人のお世話をしてくる朝鮮人っていう人がいるんだけど
その人が
この青年海外協力隊っていうのは
技術移転とかっていうことももちろんあるんだけれども
半分ぐらいは日本の青年がそういう経験をして
日本に帰ってから経験を還元させるというか
活かして日本の社会に還元するっていうのも大事だから
いいの言われて
そうか
で今があるという
そうそうそうそう
でもそのやっぱ何だろうな
チャレンジというか海外に行ってて
もう右も左も分からない
言葉も分からないっていうところの環境で
何だろうな
鍛えられたっていうのは
今にも生きてるんだと思うんですよ
だって安定した仕事を辞めて
いきなりこんな
なんか特許したので
民間でなんかやろうみたいなことができる
そのチャレンジ精神というか
多分それは効いてるですねそこがね
そのバックグラウンドがあるから
っていうのも言えるかもしれない
確かに結構大事ですよね
もっともっと深掘っていけそうな気がしますね
この話はね
もうだいぶはしょって言ったかもね
今後いろいろここら辺やっていけたらいいかなと
面白かった
よかったです
リスナーへのメッセージとエンディング
なので聞いてる皆さんがね
なんかこう
なんかチャレンジしたくなるような話とかがね
今後ここでできたらなと思うんですね
思ったりしてますね
そしてアメリカで聞いているセイさん
はい
聞いてくれてると
全然僕は分からないけど
そういうことでございます
ありがとうございました
はい
そんなわけで
はいそんなわけで
今日もね
お後がよろしい
はいありがとうございます
ありがとうございます
じゃあね
じゃあまた
32:46

コメント

小田さん コメントありがとうございます😊 僕もビックリ😳かおりんの経歴でした😁 はい!今度は僕のポンコツ歴史お話しさせて頂きますね🤣

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