大阪版の記念すべき第1回ゲスト
Shintaro Takano And Associates 代表の高野信太朗様
日本建築に惚れ宮大工を目指すも、棟梁の勧められ大学で建築設計を学ぶ
卒業後は世界建築を学びに、世界一周???
寺社仏閣の設計事務所の経験を経て30歳で独立
建築と文化の融合ってこんな表現方法もあるんだぁ~の回です
視野の広さと柔軟な発想の片鱗が垣間見れるます
さすが棟梁!見抜いていた⁉
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【Kansai Leader's Voice(関西リーダーズボイス)】
関西を拠点に活躍する企業経営者をゲストに迎え、事業にかける想い、トップとしての決断の裏側、そして「人」として大切にしている価値観を、インタビューを通して深く掘り下げていくトーク番組。
インターネットラジオ RadiCro にて毎週水曜日〜に配信されている番組のアーカイブとして公開してます。
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レディ・クロー、レディ・クロー、リアルにつながろう、レディ・クロー。
関西リーダーズボイス。第2回関西リーダーズボイス。 この番組は様々な分野で活躍するリーダーの声をお届けする番組です。
第2回の今日は、レディ・クロー大阪ステーションよりお届けしています。 パーソナリティーはジャッキーと、としぃです。はい、としぃ。いよいよ関西リーダーズボイス。始まりました。
講義の1回目はね、今日の前にあったんですけども、大阪は初と。初です。どうですか?
あのね、ちょっと新鮮なピリッと身が引き締まった感じです。 そうですね。なんか新しい番組の一発目ってなんかわからんけど緊張する。なんか緊張しますね。
ジャッキーとはよく喋るのに、パーソナリティとして一生も初でしょ? 一生も初。ゲストさんを一人迎えて、2人で聞いていくっていうのは初なんでね。
どんな感じになるやらって、ちょっとこうドキドキワクワクしますね。 でもレディ・クロー主体でこうやってリーダーの声を、いろんな経営者は来てもらってるんですけど、レディ・クロー主体でやってなかったんで、今までね。これがこれからの一つの柱の番組になっていったらいいななんて思っています。私も楽しみにしてます。
大阪の今日もね、素敵なゲストをお呼びしていただいてるみたいなんで、この後ね、ゆっくりとお話を聞いていきたいと思います。
はい、本日のゲストはですね、ちょっと前置きありですよ。高身長イケメン。
大阪ステーションね、ちょっと屋根裏的な感じのね、スタジオになってるんですけど、背が高い方にはちょっと窮屈な場所なんですけど、首が曲がるみたいな。
ちょっと隠れ家的な雰囲気がね。
隠れ家的な雰囲気がね。ちょっと背の高い素敵な方が来られてますんで、ぜひご紹介をお願いします。
新太郎高野&アソシエイツ代表の高野新太郎さんにお越しいただいております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いや、なんか爽やかな感じで。
でしょ。
ね、恐縮です。
もう今時なんですよね。
顔ちっちゃいもんね。
もうちっちゃいんですよ。
なんかこう体型的にモデルさんみたいな。
八頭身モデルみたいな感じですよね。
いやいやいや、今日ちょっとビシッとした格好してきたんで、そう見えてるだけかもしれないです。
あ、そうですか。でもね、初めてお会いした時にまた肩書がいい。建築師って書いてあるよね。もうぴったり、もうアーティストっていうイメージ。
03:04
そうですね、アーティストって感じですよね。
とんでもないです。恐縮です。ありがとうございます。
新太郎&アソシエイツということですよね。アソシエイツって仲間とか集まりとかそういう感じの意味ですよね。
はい、おっしゃる通りです。
ですよね。
だから新太郎と仲間たちみたいな。
建築作っていく上においてやっぱりチームで作っていくことがあるので、もうほとんどチームで作っていくしかないので、そういう意味でも自分のメンバーも含めて仲間たちという感じでやってます。
を設立されたということで。建築師はいつ頃からやっておられるというか。
そうですね、もう学校、大学を建築で行ってまして、もうずっと建築ですね。
本当ですか。それを目指そうと思ったきっかけとかなんかあるんですか。
もともと目指そうと思ったきっかけが、建築業界入ったきっかけは僕宮大工になりたいっていうところ。
宮大工。建築師ですよね。もうまさにね。
周りがやっぱりものづくり多くて、自分の中の友人も彫刻家とかそうやってものづくりが周りにあふれてて、自分も職人になるかどうしようかなと思ったときに、お寺とか神社の雰囲気がすごく好きで。
憧れもあって最初宮大工になりたいっていうのが建築入ったきっかけだったんですけど。
なるほど。この小さい頃のことを知りたいな。なんでそんなところに興味持つきっかけって。
小さい頃からそんなのが周りにあったってことですか。
そうですね。僕京都出身なんですけど、出身の方はもっと田舎で、京田辺ってところで。周り自然あふれる場所なんですね。
気づけばそういう自然に対するリスペクトでもないですけど、空間の雰囲気みたいなところが元々好きで。
もともと戦国武将とかそういうのも昔ハマったりするじゃないですか。そういうのが憧れてたんですよ。日本の心みたいな。
分かりやすい。
そういう仕事で突き詰められる仕事と思ったときに宮大工がすごく魅力的に感じました。
空間からそういうのにすごく悲劇を受けて育ってきたみたいな感じですね。
ちなみにご家族というかご両親とかもそういう関係とか。
全く関係ないですね。
そこは違う。やっぱり環境的に自分がインスパイアしたものがそこだったっていう感じ。
そうですね。気づけばレゴとかそういうものづくりで何か作ってみてとかが好きだった。
ドラマモデル的なみたいなものとか。
そうです。
何かで組み立てたり。
昔はアイロンビーズとかあったじゃないですか。
あったあった。
あんなも好きでしたし。柄作ってとかもやるのも好きでしたし。何か作るのが好きでしたね。
06:03
作るのが好きだったんですね。それがやっぱり元なんですね。
好きなことで気になるものを突き詰めていったら宮大工的なところにたどり着いていったみたいな。
そうですね。当時は憧れもありましたし、職人さんの中でも宮大工っていう仕事は特別ですごくスペシャルな部分なので、それを極められる当僚なんかはかっこいいなって憧れもありましたね。
宮大工って随分と少なくなって、実際の職人さんとか当僚さんって少なくなってらっしゃるんじゃないですかね。
おっしゃる通りですね。
ですよね。
宮大工の養成所みたいなのをやってる方を少し知ってたりとか、例えば大阪やったらね。
混合組さんとかっていうところなんかやったら、その神社の宮大工さんばっかり、神社って仏閣ばっかりを作ってる建築のところとかあったりするじゃないですか。
どのところで。
自分の仕事した経緯ということですね。
そうそう。
宮大工になりたいと思っても、どこ行ったいねみたいな感じになるじゃないですか。普通に。
知り合いの方から宮大工の当僚を紹介していただいて、そこで相談しに行ったんです。高校卒業するときに宮大工になりたいですと。
高校生のときに。
もうそのときに決まってた。
それでも遅いぐらいで、中学校卒業して宮大工になるのが一般的というかそういう世界なので、ちょっと遅いねとまずスタート。
遅いね言われた感じ。
いろいろ思われるところもあったと思うんですけど、お勧めしていただいたのが宮大工の道もそうなんですけど、もっと視野広く世界を見てみたほうがいいというアドバイスをいただいて、いろんな勉強会とかに連れて行っていただいたんですね。
その勉強会とか参加してる中で、デザイン面白いなっていうふうに思ってきまして、宮大工以外のいろんな仕事も可能ですし、
そういったところも一つ極めるっていうのも好きなんですけど、ああでもない、こうでもないっていうのも好きなんで、多分そういうところを当領が見抜かれてたのか。
すごいですね。
行くことになったという経緯で、建築の設計の学校に行きました。
基礎になるところはしっかりとやっぱり抑えなあかんよみたいなところもあるんですかね。
そうですね。将来的なところとか、今こんな建築のコースが減ってるよとか、厳しい現状も教えていただいたりして、自分も遊びたいときもあったんで。
遊びたい盛りの年ですよね。
これからもっと遊べるぞっていうときですね。
大学生になったら弾けるぞみたいな人多いぐらいなのにね。
宮台区は本当に15から始めたとしても30ぐらいまでは全部給料道具買うお金になったりとか、ほとんど遊ぶ自由なんかも、日曜日も結局木材触ってるとかいうことになっていくので、そういう意味では遊びたいっていうところもありましたね当時は。
09:04
そこも見抜いてはるんやね。
見抜いてはったと思いますね。
宮台区入る方ってすごく、宮台区になりたいです。お弟子にしてくださいっていうような感じの方が多いと思うんですけど、ちょっと違う感じでもあったんで、見抜かれたかもしれないです。
見抜かれたんやね。
でもその当領の尊権があったから、もう少し視野広く今のを建築した可能性があるってことですもんね。
そういうことですよね。そのものを作ったりとか何やかんやする、そこに興味があるっていうこと自体を見抜いたってことですよね。
多分いろんなものをチャレンジしてみるのが好きなタイプやろうなっていう。
そういうことですよね。
で、建築の道へ。大学からってことですよね。
そこではもうすごい現代建築に逆にはまりまして、木造は全く忘れてしまった。
宮台区言ってたのに。
どっか行ってしょうがない。
宮台区の当領がおっしゃる通りですね、僕いろんなものを見て、これかっこいいな、あんなのかっこいいなというので、本とかでいろいろ見ていくわけですよね。
そこで一番見に行きたいという衝動というか欲求がすごく高まって、学校を卒業するときに世界プラプラ見に行こうということで。
世界プラプラ。大学卒業すると同時にみたいな感じですか。
そうですね。
卒業したらいろんなとこ見に行くぞみたいな。
すごい、ほんまにいろんなものに興味ありすぎます。
多分そういうタイプなんですよね。興味あるものにはっていうタイプで。
プラプラ行くぞということで行った。
そうですね。
まずはどこを見に行って。
まず英語勉強したいなと思ったんで、バンクーバーっていうところにワーキングホリデーで1年行って、カナダですね。
で、カナダに行って、そこからアメリカ見て、南米見て、メキシコ見て、その中南米とか見て、ヨーロッパに行って。
で、ヨーロッパではドイツ3ヶ月ぐらいいて、そこの間ぐるぐるぐるぐる回ったりしたりとか。
あとその帰りに、全大陸は行きてないんですよ。世界一周と言ってます。
全大陸行ってたらすごいけど。
今行く勢いやったね。
まだ全然見れてなくて、途中でちょっと祖母の病気も発覚して、ちょっと急いで帰らなあかんっていうことになって、駆け足でアジアとか回って帰ってきたっていうような感じです。
駆け足でね。とりあえずすぐ帰らず、アジア回って帰ってきたって感じ。
そうですね。
駆け足では回ったけど、とりあえずやっぱ回って。
今しかないと。
今しかないと。
確かにね。見たいから。
逆に行ってみたことで、何か次の刺激ってどんなものがあったんですか?
そうですね。そこで現代建築、すごいいろんなグニャグニャした建物とかですね。
地域とかによってどんな特徴があるじゃないですか。
逆にそこで思ったのは、地域性が失われているような街並みにどんどんなってるなっていうふうに世界中が。
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どこの国も。
大都市っていうのがもう。
都市の方はね。
一つの建築のモダンな部分がすごくピックアップされて、世界中同じような空港とかデパートとか、都市マンション。
どこ行ってもあんまり変わり映えしないよねっていう感じはするよね。
それをすごく感じて、経済的合理性だけ求めて建築をするのが資本主義の仕方ない部分はあるとは思うんですけど、
それだけじゃ文化的な豊かさっていうのは得れないなというふうに感じまして。
確かに。
ヨーロッパとか東南アジアとかも、そういう田舎に行くとローカルの部分が残ってて、そういうふうにすごいグッと来たんですよね。
面白いなと。
そこにやっぱり見に行くと気づく。
言われて、ほんまやなと思いました。確かになって思って。
イメージで言うと、それぞれの国の特徴があって、いろんなものが見れるんやなんていう感じやけど、でも実は違っているっていうところですね。
空港とかその街の真ん中に行くと、あんま変わらんよなっていう。
例えば東京の街中行った時と、アメリカの街の真ん中行った時って、英語いっぱい書いてあるからね。
国が変わったなとかぐらいはね。
荒れてる人がちょっと違うとかね。空気感がちょっと違うなって言うけど、ビルとかっていうのはほぼ一緒ですもんね。あんま変わんないですもんね。
今の日本の都市づくりも基本そういった海外のところから生まれたモデルを元に作っているので、鉄骨像とかも全部そういうことなので。
確かにシャープでかっこいい建物には今なってますけどね。大阪のクラムフロントの周りとかもね。
立ってますね。
でも東京とどうちゃうのって言うとあんま変わらないですよね。
そういう風に見えてしまう方も多いんじゃないかなと。今の。
見えてしまう。ちょっとは違うけど。
雰囲気はでも一緒。特徴的なものっていうのはないかな確かに。
そのミエデックはもともと好きだったんで、日本で建築家というか設計デザインする身として何をやっていこうと思ったときにやっぱ木材とか伝統的な部分をないがしろにして、やりたくないなっていうところで帰ってきて、
そういった町屋の設計とか、いろんなことやってる。そこでは保育園とかもいろいろ何でもやってたんですけど、主にはそういう町屋とかのご相談が多いような事務所で経験積んだというところですね。最初は。
なるほど。
ある意味良かったんですね。直宮台区に行くっていうよりはこの世界を見て、やっぱり日本文化に触れるもの、木材に触れるものっていうところに本当に戻れたっていう感じですか。
そうですね。価値観の均一化がどんどん進んでると思うんですけど、そこじゃないところが来るだろうなっていう実感が逆にそこで得れましたね。
そういうことか。それでそこからアソシエイツを作るみたいな。
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そうですね。あそこからその事務所に入って、一通り仕事を勉強させていただいて、たまたま京都のマイズルの方の公務店さんが、京都の設計事務所さん。
社事物価ばっかりやってた設計事務所さんで、そこがもう先生が引退されるっていうことで、辞めるとおっしゃってたんですけど、それを変われて、誰か引き継ぐ技術を引き継ぐやつはおらんかというところで、知り合い自体にお声がかかって、そこに入って3年、社事物価の設計事務所に入って勉強したというところですね。
そこに入って勉強して3年、そこからが独立という感じですね。じゃあ後半では、独立された高野慎太郎&アソシエイツのお話をもう少しお聞きしたいと思います。
このバック音楽と日本建築ってぴったりですね。
全部この曲なんですけど、後半はね。でも今、話の流れからぴったりでしたね。
ちょっと驚いた。
雰囲気ね。ということで、社事物価の事務所で経験を積まれて、そこから独立されたということで、そこで高野慎太郎&アソシエイツを設立という流れですね。
今に至る感じですね。
代表的なというか、どんな建築に関わって楽しかったなとかいうのってあります?
そうですね。
最近ですごく、やっぱ面白くて記憶に残ってるのは、京都のラーメン屋さんが、フィリピンのマニラにラーメン店を出したいと。
マニラに。
ご相談をいただいて、自分そういうプラプラしてたおかげというか、怪我の甲斐で英語が少し使えるので、そこで一緒に行ってくれへんかというご相談で、昨年の3月にオープンしたんですけども、そのプロジェクトはすごくやっぱり刺激的でしたね。海外での初めてのプロジェクトということもあって。
マニラまで一緒に行って、この辺やねんみたいな感じですか、場所は。
そうです。物件探すところから一緒に行って。
日本でするのと違って、海外でするとなると、ほんとに建ててくれる大工さんとか、資材とかもすごく大変そうなイメージがあるんですけど。
18:01
おっしゃるとおりですね。やっぱり現地の素材を使うことが基本的になってくるので、運べば運ぶほどお金がかかってきてしまうので、なるべく現地で調達しようということになると思うんですけど、フィリピン自体がもともと自国で工業製品を大量生産してるわけではなかったりするんですね。
インポートで入れてる素材が多かったりとかっていうのが多い。特に木材とかに関しては、そんなに木の種類自体が日本のようにいろんな木材があるわけじゃないので限られるという中で、どういう木材を使うとかっていうのはすごく苦労してましたね。
そうですよね。日本はやっぱり色んなものが揃ってますか。
すごいです。
すごいですか。
特に日本建築をオーダーされていたので、その素材を。
マニラーで出すけど、日本建築のものを出したいと。
日本をテーマに設計してほしいということだったんですけど、僕としてはその日本建築だけをやりたいっていうわけでは全然なくて、実際にやりたいことっていうのは、その土地にある場の空気とか力みたいなものを形にする、そういう文化的なところも含めてつなげていくっていうのがやりたいので。
融合させるようなイメージかな。
そうですね。
その国の特徴的なものと日本のものを少し融合させる。
おしろいとおりです。
現地のところでは日本建築をばかり作っていっても、結局それってちょっと日本風なものがいっぱいできるだけで、全然面白くないなと思ってたので、なるべく現地の方はやっぱり本物の日本を入れてくれっていうふうな形で要望されるんですね。
ただでも、こちらとしては本物の日本建築なんて職人さんもしっかり作れないので。
そうやね。日本建築に限りなく寄った形で、現地に違和感がないイメージで作るっていう感じ。
おしろいとおりです。
大変そうやね。でも余計に。
そこが一番苦労して、現地の方はこうおっしゃるけども、いろんな予算の関係もあるので、日本要素は取り入れつつ、やっぱり気をつけてるのは現地の文化も取り入れるっていうところで、今回の場合は東南アジア、フィリピンとか竹がすごいポピュラーな素材なので。
素材としてね。
日本も竹っていうところは親しみある素材でよく使うので、そこを掛け合わせて竹を取り入れたデザインとか。
なるほど。どう融合させるんやろうって正直思ってたけど、素材での融合もあるわけやね。
そうですね。素材もそうですし、形式とか昔の形とか。
その素材の使う場所によって日本的に見えたり。
そうですね。
いうのもありますよね。きっとね。
使い方もそれぞれ。やっぱりここにこう使うんやっていうのは、逆に日本の建築やったらこんなことせえへんやろうなってことも海外だったらできるっていうところもある種面白いところかなと思う。
21:07
面白いところかもしれませんね。確かに。
ちょっと見てみたいですね。
ぜひ旅に行ってください。
まずマネライかな。
日本国内でもう少し私たちが行きやすいようなところで印象に残っている建築ってありますか。
そうですね。今計画しているプロジェクトがすごくワクワクしているプロジェクトがありまして。
それは畳のショールームなんですけども。
畳のショールーム。
畳を飾るんですか。ショールームですか。畳を見せるように。
畳を見せるのが目的なんですけども。畳だけじゃなくて盆栽に使う台を畳で作られてたり。
あとはランチョンマットをイグサイで作ったりとか。
いろんな畳を残そうっていう気分がすごい高まってまして。畳が消滅的で。
もうあと3年4年経つと国内の畳作れないんじゃないかって言われるような状態で。
それをなんとかしようというプロジェクトに携わらせていただいてて。
そこで今設計している建物なんかは節算がすごく自由にやらせてくれる方なので。
コンクリートの鉄筋部分を茶室で下嶋戸っていう中の骨組みが見えるようなデザインがあるんですね。
それを売れるというか良しとするみたいなデザインがありまして。
それを現代建築でもやろうということでコンクリートの中に鉄筋っていう下地というか骨組みが入ってるんですけど。
それを下嶋戸に見立ててデザインするとか。
っていうようなことをやったりして。今なかなか面白いものができないかなと思ってます。
なんかほらもう少し身近な部分で言うと畳が例えばコースターになってるとかって。
なんかああなるほど畳を見せるってことでとかってイメージできるけど。
でも建築の方の視点になると全然違いますね。
違いますね。
めちゃくちゃ新鮮というかそんなことはあるんやみたいな。
そうなんですかね。
もともとはでも畳をやっぱり海外に売っていくっていうのがメインで。
自分も今メインには海外の方をターゲットにしてまして。
日本の住宅の55%くらいがもう畳入れないと。
今もうなくなってきてますもんね。
日本の方に畳のプレゼンしてもちょっと仕方ないなという思いがありまして。
だったらもう今これだけ熱も高まってる中海外の方に売っていく方がいいんじゃないかなという。
海外からの需要というか海外の人は畳の良さを感じてるわけですか。
憧れてるというかそういうのはあるのかな。
今増えてまして知り合いのスキヤ大工さんなんかも。
24:00
スキヤ大工さんもあるんですね。
茶室とかを作る大工さん。
その大工さんもフランスに組み立て式茶室っていうのを作れるようにして
それを持って行ってあっちり2ヶ月くらいある程度こっちで作っておいて
あっちり作るっていうことをやったりとかされてて
どんどん機運としては高まってるなというのが裸の感じますね。
お茶を立てたりするような場所に来るわけですね海外の方も。
近くにあったらやっぱり行きたいみたいな人が。
もうフランスの自宅の中に茶室を作ってほしいと。
またでかいからね向こうの家イメージでかそうな。
日本文化がそうやって海外の家の中に取り入れられるようになってきてるんです。
そうですね。そういう意味では今ジャパンディっていう。
ジャパンディ。
デンマークだったかなと日本のスタイルを掛け合わせたデザインみたいなのが流行ってきてて。
カリフォルニアとかでは結構そういうスタイルが人気になってきてたりするっていうのは
海外コンサルさんとお話しする中お伺いしたりして
結構今そういうデザインが気に入られてるんじゃないかなと思いますね。
面白いですね。
日本人からしても海外に行った時にそういうのを見ると
ちょっと海外に居ながらホッとできる時間があったりとかっていうのもなんか想像はできます。
そうですね。
あと何やろう、確かに畳の良さってそんなところにあったのねとか
逆に外国の人に教えてもらうようなイメージがすごく
やっぱ日本人ではあまりにも短すぎるのかな。
そうですね。畳が短すぎて
ちょっと古臭いものみたいにやっぱり見えてしまう部分もあるのは仕方ないと思うんですね。
それも時代の移り変わりなんだけどファッションと一緒でめぐりめぐってまた畳いいねっていう時代になるとは思ってるんですけど
今のところそれをバックさせるような気持ちでやってますね。
なるほど。
海外のホテルに泊まってもベッドでね
日本にはないものに触れるときってこう嬉しかったりするじゃないですか。
でもやっぱりホットできるのって畳でゴロンとする感じとかね。
畳でゴロンがね。できるところがもうほんまないですもんね。
ないですね。
だからスペース、いろんなスペースを削っていくときに今畳が削られている可能性は高いね。
高そう。
現在はね。
特に畳の材料がもう今ほとんど中国産のイグサになってまして
っていうのもやっぱり安いっていうのもあるんで
そういう部分がどうしても押しにくい部分。
金額の部分ですね。
仕方ない部分ではあるんですけど。
ということでこれからの高野さんが目指す夢とか
こういう風になってほしいなみたいな
今後こういうことを目指してるねん自分たちはみたいなんてありますか。
そうですね。一番目指しているところは
先ほども出てた部分なんですけど
27:00
経済的に
無視することはできないっていうのはもう理解しているので
経済性と文化性をしっかりと織り混ぜて
いい建築を作っていってそこにコミュニティが生まれて
いい街になっていく世界中がっていう
そういう思いで建築してます。
いいですね。やっぱり一回世界に出た方って
自分たちの地域が融合してとかってなりそうやけど
世界中が融合していくっていうね
その発想がやっぱり柔軟かなっていうふうには思いますよね。
やっぱりねやっぱり文化持って生まれた文化
国の文化って大切にしていきたいとは思うので
自分たちもそういうのにね
そういうのを手放さないようにやっていこうと思うと
生活の中にやっぱり染み込ましていかないといけないですもんね。
ぜひ国内さんの畳を見ていただいて
めっちゃ気持ちいいと思うので
皆さん忘れないようにね。
ということで本日はね
新太郎タカノ&アソシエイツの新太郎さんにお越しいただきました。
ありがとうございました。
なんか今日の融合っていうお話良かったですね。
なんか新鮮に新しいものに感じた気がします。
海外でも素敵なものいっぱいあるし
どっかに持っていくときに
日本の文化を捨て切らずに
そこをちゃんと残しながら今に
繋げるみたいなっていうのを
やっぱり融合させるってことですよね。
国に持っていってもその国と融合させるみたいな。
それでやっぱり大事なものを
残していくというか
引き継いでいくみたいなのってすごく大切やなって
思いましたね。
それが建築なのでね
形に残っていくじゃないですか。
思いってなんか融合してるようなしてないような
っていうところがあるけど
それが形に残っていくなんてね
なんか素敵な活動ですよね。
そうですね。やっぱり住む家ですから
自分のこだわりというか
好きな場所にするべきだなって思うので
そういう大切なものが置かれてる家で
過ごす
時間っていうのは多分
いい時間になるんだろうなって思います。
ということでね
第一回目の今日
楽しく過ごされましたね。
はい、過ごせました。
ということで、本日のお相手は
ジャッキーと
新太郎、タカノアンダースティーツの
タカノ新太郎と
とっしーでお送りしました。
それではご一緒に
関西リーダーズボーイズ!
30:00
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