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イリカミネ イリカミネ 抱きしめて 毎日だって 切られて 切られて イリカミネ
三菱電機
毎週火曜日のこの時間は、神戸金史のCatch Upです。
何度かこの番組で取り上げていますけれども、
津久井やまゆり園での障害者殺傷事件が起きたのが、
2016年の7月26日でした。
8年だったわけですね。
私はその時、RKB毎日放送の東京報道部にいて、
単身不妊中でしたが、事件でものすごく衝撃を受けましたね。
子どもに障害があるので、
なかなか知的障害や先天性の脳の機能障害の自閉症や、
他にも軟腸だとか、口外裂だとか、細かい障害はいっぱいあって、
なかなか小さい頃は大変だったんですけれども、
もう25歳になりましたが、事件当時は17歳で、
まだ特別支援学校の高等部にいたんですよね。
その時に起きた津久井やまゆり園事件ですが、
相模原市の障害者施設の元職員が、
元の勤め先に侵入して、障害者を45人殺傷すると。
職員さんが1人混じってるかな。
そして、19人の方が亡くなったということで。
その後、重度で障害があって、
コミュニケーション取りにくい人のことを自習してきた
上松里氏容疑者、26歳が進出者と名付けていると。
心を失った人。進出者を殺害したと。
自習した上松容疑者は、進出者に生きている価値がないと
供述しているということを聞いて、
障害者の家族としては非常に衝撃を受けた。
社会でも大きな衝撃があって、直前までやまゆり園に勤めていた。
障害者の介助に当たってた青年ですから、大きなショックがありました。
命に価値をつけて選別することを優生思想と言いますが、
例えば、日本ではかつて優生保護法を根拠として
障害者が子孫を残さないように不妊手術を強制したという
非常に黒い歴史があるわけですね。
これについては、障害者への差別思想、優生思想が背景にあるとして
今月最高裁が違憲だと判決を下しています。
植松死刑署は、まさに優生思想に染まった言動を繰り返して
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実際の行動をとって、死刑判決を受けている。
いまだに考えを変えたということはないようです。
事件から8年を迎えた先週の金曜日、26日の夕方、福岡市の天神パルコ前で
市民団体の方々が、事件のツイート集会を開くと聞いたので、行ってみました。
若い世代が中心になって社会運動を呼び掛けている市民融資と、
それからその旧優生保護法裁判の被害者を支援する会が開いたもので、
呼び掛け人の1人の吉人さんは福岡市の会社で働く30代の男性です。
2016年7月26日、神奈川県相模原市にある障害者施設に1人の男が押し入り、
46人の無抵抗な人たちを襲い、19人の命を奪いました。
本日で事件から8年が経ちました。
全体が一つの目的に向かい、個人はそれに従属するという抵抗が強まっていく中で、
役立たないものには価値がない、価値がないものは切り捨てろという風潮が広がっています。
その流れの中で山百合園の障害者たちは値打ちのない生命と勝手に決めつけられ、
殺されたものだともいえます。
2016年7月26日の事件で排除の対象となったのは障害者でしたが、
その対象となり得るのはセクシャルマイノリティであったり、非正規労働者であったり、
高齢者であったり、在日外国人や難民や女性であったりするわけです。
事件を許さず差別に抗うために共に行動を続けましょう。
このように若い世代が呼びかけた。
ここに出ているように吉祥の言葉にあったように、
排除の対象となったのは今回障害者ですが、
本来役に立たないものには価値がないと決めつける風潮は、
セクシャルマイノリティであったり、非正規労働者であったり、高齢者であったり、
在日の外国人や難民、女性であったりする。
それぞれはマイノリティなのかもしれませんが、
女性といったら半分ですよね。
高齢者もかなりの人数ですね。
実はですね、少数の人たちが多数の弱い人を差別する考え方でもあるんじゃないかと。
一つ一つがマイノリティだと思いがちですけど、
そうじゃなくて、少数の人たちが、
私たち多くの人間を差別する考えとも言えるのではないかなという気がしましたね。
この吉井さんたちの若い世代が、例えば入管法の反対とか運動もしてるんですけど、
こういった勉強会や映画の上映会を開いていることに共鳴した人たちが今回も参加していました。
50代だという女性2人にお話を伺いました。
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SNSを通じて結構何年か前から、
BTSのアーミーで結構社会的な問題に関心が高い人たちがいて、
やっぱりあの事件もショックでしたし、
僕、何かできないかなと。
この事件も本当にショックで、
誰もが暮らせる社会、世界になってほしいと思って、
今日も参加しました。
人前で立ってプラカード持っているのは、なかなか勇気がいるんじゃないですか。
もう全然抵抗がなくなりました。慣れました。
慣れてきたんですね。
参加者は20人くらいだったかな。
多くの人が参加しているというよりは、
展示の繁華街でプラカードを持ったりしてマイクで話している。
もの静かに呼びかけている人たちがいるよというアピールになっていましたね。
こういうのはとても大事だと思いますし、
この女性たちがもう慣れましたと言っているのには結構驚いて、
そうなんだと思って、お名前を伺っていいですか、
写真を出してもいいですか、両方OKだったんですけどね。
今は特免でご紹介しましたけど、素敵だなと思いました。
これが吉田さんが言うように、
一障害者という一つの分野だけではない可能性が非常に高い話だと、
私も思っているんです。
私は植松市警署になる前、容疑者被告段階の時に、
6回面会をしていますけれども、
高齢者で日常生活が進んでコミュニケーションが取れなくなってきた人も
寝室者なのですかと聞いたら、もちろんですと。
そうした人たちも殺害の対象なのですかと聞いたら、そうですと言っていました。
ああそうか、障害者だからこれをしたんじゃないんだ、
役に立たないと思った人たちを殺害しようとしているんだというふうに理解しました。
吉田さんやこの女性たちが言っている通りのことなんですよね。
だから自分と関係ないことというよりは、
まさに自分たちが土地を取ったら、植松里市のような人たちが
包丁を持って寝室に入ってきて、話せる話せないなら刺すよと言って刺していった。
そんな事件なんですね。私たち自身も
そんなのに直面したらしゃべれないと思いますからね。びっくりしちゃってね。
血まみれで包丁を持っているホラー映画みたいな状況ですからね。
そういう話をですね、私もドキュメンタリーを何本作ったりしてきたので、
新潟の市民団体がちょっと来てほしいと言われたので、
翌日は朝一の飛行機で新潟に行って、市民団体の人たちと
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自分が作ったドキュメンタリーの一部を紹介したりしながら対話をしてきました。
その時の新潟の石野前住さんのお話です。
福井山エリアの事件の受け止め方が少しずつ変わってきているし、
おそらく10年を期待にしてだんだん報道はされなくなってくるんだろうなと。
ただですね、問題の本質が全然議論されないまま、
時間だけは経って忘れられているなという気がして、
この学習会を続けてきたんですけれども、
今年7月のこの事件を境目に色々な面から焦点を当てて、
もう一度事件を振り返ってみて、
これからどうしていったらいいのかなというふうに
考えていけたらなと思っています。
30人ちょっとの人が集まっていましたかね。
そこでちょっと映像を見てみたりとか、色々意見交換をしてみました。
私は事件の直後に長男を育てている妻のことを考えながら、
自分がどうやってこの長男の障害を受け入れようとしてきたのかという父親の立場で、
初めに考えていたこと、障害がなければいいなと思っていたこととか、
朝起きたら障害がなくなっているという夢を何度も見てきたとか、
そんなことをフェイスブックの文章に投稿して、
それがかなり広がっていったという経緯があるんですけれども、
その文章もちょっと紹介しました。
そこの新潟の市民団体の現場では、色々な意見が出て、
例えば私が書いた文章はちょっと情緒的に過ぎるのではないかということを、
障害を持つ当事者の方が批判をしたり、色々な意見が出て、
それは非常にいいことだと思いました。
当事者からすると父親の文章が、
ちょっと感情的なんじゃないのということですね。
またこんな夢を見てしまった。ごめんねって僕は謝ったりしている。
これを聞かされた自分としてはあまりいい気はしないです。
うちの長男はこの言葉を聞いてもすぐに全部理解できる状況ではないです。
そしてその中に私は一言ではないなという長男を見ながら思うようになってきて、
文章の中に誰もが健常で生きることはできない。
誰かが障害を持って生きていかなければならない。
それをどう考えたらいいのかなと思うときに、
息子よ、君は弟の代わりに同級生の代わりに私の代わりに障害を持って生まれてきた。
というふうなことも書いているんですね。
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これはずっと自分が考えていた過程を書いているので、
今もそう思っているかと言われたら、長男は私の代わりに障害を持って生まれてきたんだ。
だから大切にしなきゃと思っているわけではないんですよ。
ただ、おいて寝たきりになる人はたくさんいるし、事故で唐突に人生を終わる人もいるけども、
私たちの人生は最後は誰も動けなくなる、障害者になるということは変わらず思っています。
不寛容な社会というのはなかなか生きづらさを、
障害者だけじゃなくて役に立たないと思われる人が生きにくくなっていくということがあると思います。
会場ではこんな声が最後に出ました。
それでは、いろいろ議論はあるかと。
すみません、1点だけ。
今日のお話の中ですごく重要なポイントは、
いわゆるイントレーランス、不寛容を、
自分の中の不寛容もあると見えました。
寛容というものを、
お互いに寛容というところが求められているというのが、
左翼、右翼、レッテル張ったりしているけど、
そういうことじゃなくて、やっぱり寛容というところに
今日のキーポイントがあるんじゃないかなと思ったのです。
ありがとうございます。
様々な議論がある中、最後にこの発言が出て、
そうだなと私も思いました。
不寛容な社会が広がっているにも感じられますけども、
言葉に出すことを控え、SNSに出すことを控えていくことが
僕らにできることなんじゃないかなという気もしました。
ここまで、かんべカレブミのキャッチアップでした。
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