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毎週火曜日のこの時間は、神戸金史のCatch Upです。
今日は映画を紹介しようと思います。
ドキュメンタリーですね。福岡県飯塚市で、2人の小学1年生、女の子が殺害された事件、飯塚事件を題材にしたドキュメンタリー映画、「正義の行方」の上映が福岡市で始まりました。
2022年にNHKのBSで放送された、正義の行方、飯塚事件30年後の迷宮というドキュメンタリーが大変な評判になりまして、芸術者の大賞も受賞していますが、今回はその番組の映画化なんですよね。
飯塚事件、ご存知だと思いますが、1992年に登校中の小学1年生の女の子2人が行方不明になって、翌日に30キロ離れた山林で遺体が見つかったという事件ですね。
その山林で紺色のワゴン車が停まっていたという情報がありまして、同じような車を所有していた熊道敏さんが容疑者として浮上。
事件から2年7ヶ月後に警察がDNA鑑定を踏まえて、容疑者として逮捕しました。熊容疑者は一貫して否認をしていましたが、最高裁で2006年に死刑が確定し、2年後に執行されています。
しかし弁護団は死刑になった後も最新請求を続けています。実は当時のDNA鑑定なんですが、かなり精度の低いものであったということが明らかになっています。
同じ鑑定方法が用いられた足利事件、これも女の子が殺害された事件ですが、無期懲役が確定していた男性がいました。
この方の最新請求をした後に、DNA鑑定自体の証拠能力がないということになって、無罪判決が出ています。
同じDNA鑑定の方法を使った飯塚事件では、死刑が執行されてしまったということです。
こういう事件なので、どう捉えたらいいかというのはいろいろな意見が出ています。
死刑制度そのもののあり方にも関わる問題でもあるわけですね。
監督の木寺一隆さんは、2023年、去年NHKを退職して福岡市の映像プロダクションビジュアルオフィス全で制作を続けています。
28日にはKBCシネマで監督のトークショーがあったんですね。木寺監督の声をお聞きください。
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東京だとほとんど飯塚事件というのは報じられていませんで、しかもその死刑が執行された後の最新請求が行われていると。
本当にびっくりしまして、こんなことがあるのかというふうに思いまして、
それで福岡の岩田ストーム主任弁護人のところに取材に行って取材が開始されたという流れなんですけれども、
その時に自分たちが最新をもっと早く準備していたら、もしかしたら熊さんの執行というのはなかったかもしれない。
自分たちが熊さんを殺したんだという強い言葉を聞いて、結構ショックといいますか、
弁護士の方というのはこんなことを感じながら弁護というのをやってらっしゃるんだと。
それがまず一方なんですね。NHKがなかなか提案を通してくれませんで、
なかなかその死刑や執行されたケースを取り上げるという、やはりハードル。
上司から言われた言葉を今でも覚えているんですけど、お前キデラ、この提案何を意味するかわかっているのかと。
日本という国が揺らぐんだぞ、法治国家が揺らぐ話なんだぞと。
お前、ちゃんとわかって覚悟を持って提案しているのかというふうに言われたことを覚えています。
その後出会ったのが西野新聞の方々で、自分たちのスクープというのを検証する。
正しかったんだろうかというのを、その議論の様子も書いてらっしゃって、
メディアもこういう葛藤を持って伊塚事件に向き合ってらっしゃるんだなと。
日本という国が揺らぐんだぞということを考えて作らなければいけなかったということです。
弁護団は自分たちが熊さんを殺したのではないかという自制の根を持っているわけですね。
一方で刑事たち、警察がですね、殺された子どもたちの無念を晴らすために必死で捜査に取り組んでいます。
その様子もこの映画の中では初めて見るような刑事たちの言葉がいっぱい出てくるんです。
異例のインタビューと言っていいでしょうね。
様々な状況の証拠から、かつての刑事たちは今も熊橋刑囚が犯人だと言い切っているんですね。
そして最後に出てきました西日本新聞ですが、当時警察の動向をいち早くスクープしていたんです。
報道をリードしていたのが西日本新聞ですが、しかしDNA鑑定が揺らいでしまった中でですね、
かつての自分たちの報道はどういうものだったのだろうかと、自責の念に問われています。
そしてその後の自分たちの報道そのものについての再取材も始めている。
この弁護団、警察、報道、3者のそれぞれの正義がこの映画、正義の行方の中では示されているんですね。
映画に登場して苦渋の表情を浮かべている当時の西日本新聞の事件担当の片見文明さん、
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トークショーに出席していました。片見さんは十字架を背負い続けてきたと話しています。
一早くスクープを打つというのは警察担当室の宿命ですよね。
西日本新聞でこういった特大の現場で撮っていたのは宮崎正春さんです。今ではこう話しています。
だけど一方で長く記者をやってきて、いろんな取材をする中で一つの正義に呼びかかるんじゃなくて、
正義を相対化する作業こそがジャーナリズムだというのに一つの、なかなかうまく実践できていないかもしれませんけど、
一つのゴールにしてはそういうことだったんだろうなと思えるようになった。
それを改めてこの映画を作っていただいて、再認識できたという思いでは非常に池田さんに感謝しています。
警察という一つの正義に呼びかかるのではなくて、正義を相対化する作業こそがジャーナリズムだったというのを今の自分のゴールとして受け止めていると宮崎さんはおっしゃっています。
やっとこういう時代になってきたなという気もしています。
警察発表に一拍とるというのは記者の宿命だし役割なんですけど、それだけではその上が本当に正しいものかどうかという検証はできないんですね。
西野新聞さんの素晴らしいところは、そうやってスクープを取り続けて自分たちを主に取材の対象として検証作業を続けてきたということが素晴らしいと思っています。
こういったそれぞれの正義を抱えていく中で、池田監督が今どう思っているかです。
3者にそれぞれに向き合って、ある種公平にといいますか、潜入感を持たずに、しかもできるだけ遠距離に向き合う。
変な潜入感を持たずにも、それぞれとちゃんと向き合うということを課してやったんですね。
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本当にその立場に立つということもありますし、疑問を持ったら聞き直すという、そういうのを繰り返していった取材でした。
できるだけ一方的にならずに、全てはご覧になる方々が自分の目で情報を判断できるようなことを提供するという、それを考えて判断するのはご自身たちがそれぞれの価値観で判断すればいいのかなという、
ぜひそうやってほしいという思いで作った形ですね。
正義というのはそれぞれの立場で違う、あるいは時代を追って変わっていくかもしれない。
その正義を見るんだと。だから裁判の行方を追って、これが真実なのか、あるいは真犯人は誰かという目線でそれを見ていくと、やっぱり泥沼に入っていくんです。
結局ずっと提案が通らなかったあの頃に戻って足掻いていく。
でも今回出会った人たちの強い思い、正義というのを掘り下げることは僕にも、僕にだってできるかもしれない。
そこには何かがあるんじゃないかなと、それを3者をぶつけてみたいというのが自分の中の辿り着いた、自分にとっての正義です。
宮崎さんが言っていた正義を相対化する作業、この映画自体がそういう作業になっているような気がします。
それぞれの証言が食い違って本当の事実が何なのかが分からなくなるというのは、黒澤明監督の映画ラショウモンと重なるわけですね。
監督自身も意識していたというふうにインタビューで書いています。
この映画にはこれは私たちのラショウモンだというコピーが付けられています。
こちらの映画ですが福岡市のKBCシネマで上映中となっています。
北九州市の小倉昭和館では5月4日土曜日から、初日は13時45分の会の後、木寺監督宮崎雅治さんのトークショーもあります。
ここまで、神戸金文のキャッチアップをお送りしました。
数学教師芸人の高田先生だよーん。
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