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2025-03-11 15:14

神戸金史 のCatch Up 映画「鹿の国」

RKB解説委員長 神戸金史
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この時間は日替わりコメンテーター が独自の切り口で多様な視点を提案する
Catch Up。 火曜日はRKB神戸金文解説委員長
です。 神戸金史 私たちの放送の世界には、
例えばテレビ屋は撮ってなんぼ みたいな言い方をしたりするとき
もありますよね。アナウンサーは 喋ってなんぼだと。撮ってなんぼ
っていうのは最もなんですけど、 映像に映せないもの、撮れなかった
ものっていうのはテレビでは伝え られないのかなっていつも思ったり
もするんですよ。編集で切り落と してしまったりしたものも伝えて
ないじゃないですか。それにその 場に行ってたまたま撮れなかった
ものはなかったものになっちゃう のかなとか。いつもニュースや
ドキュメンタリー作るときにそれ じゃいかんなと思ってなんかこう
できないかと。僕は映像化してない ものだって伝えられるんじゃない
かなとはちょっと思ってるんですよ。 例えば文字だったら行間を読む
っていうことがあるじゃないですか。 書いてなくても伝えることができたり
する。それはテレビや映画ってい った映像でもできるんじゃない
かなって思ってるんですね。努力 次第で。そこに問題意識がちゃんと
あればできなくはないんじゃない か。そして見終わった人たちに残像
感みたいなものが残ってそれが 撮ったものだけじゃないものが
残るようなことができないかな なんてことをいつも妄想してるん
ですね。今回見たドキュメンタリー 映画の鹿の国というのには目に
映らない精霊命のエネルギーの 源みたいなものが映ってるような
気がすごいしたんですよ。1月の 公開開始からドキュメンタリー
映画としては慰霊の満席のヒット を東京で繰り返してまして先週の
金曜日から福岡市でもKBCシネマ で上映が始まったんですね。この
鹿の国というドキュメンタリー を見ててジブリのアニメのもの
のけ姫を思い出したんですよね。 神道よりもずっと古い縄文に起源
を持つような宗教感とか自然感 みたいなものを描いてたからなんですよ。
ドキュメンタリーですよ。制作 したのはアジアや日本の歴史とか
人の営みを撮影してきた映像制作 会社のビジュアルフォークロア
という会社でヒロ理子さんという 方が監督しています。ヒロさんは
2012年からNHK日本百名山も担当 しているんだそうです。そういった
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ドキュメンタリーの制作者です。 8日の土曜日にはKBCシネマで監督
の舞台挨拶もあったのでそこに 日に見てきたんですね。ヒロさん
が追いかけているのは長野県の 諏訪湖の近くにある神社。諏訪大社
のさまざまな神事なんですね。 諏訪大社は全国に1万もある諏訪神社
の創本社で御柱の神事で知られて います。大きな柱をダーッと
斜面をこう。あの柱は非常に有名 ですけども日本にある最古の神社
の一つとも言われているんですね。 非常に歴史の古い神社です。この
諏訪、長野県の諏訪なんですけど ボンチで諏訪湖があってそこには
諏訪信仰と呼ばれるような祈り の形が残っていてなかなか特別
な宗教風土を持っているんだそう です。日本の神道は地をけがれ
として隠む風習もありますけれども 諏訪大社の神事には鹿、獣が備え
られるんですよね。これも珍しい なと思いました。神事で出てくるん
ですけども映画の中で奉納される のは今は白製にした鹿の頭と鹿
の肉なんですけど江戸時代の記録 には75頭の鹿の生首がまな板の
上に乗せられて神前に備えられて いたという記録も残っているんです
よ。これも神社とか仏閣でそういう ことがあるというのは考えたことが
なかったのでと思いましたけれども 命を奪うことで僕らは生きています
よね。命を繋いでいますよね。巣箱 に残る神事とかその地域の人々
の風俗の内側にはどうも神道の 形式が整ってくる前の日本列島
に暮らした人々の宗教観とか自然観 が入っているんじゃないかな
という感じがします。この映画 でまず描いているのは特殊な神事
ですね。それから巣箱の周辺には もう残ってないんだけど巣箱から
流れる天竜川の流域の地域には 残っているその巣箱の名残。神社
の周りにはないんだけど細かな細かな 村のお祭りだとか小さな祠での祭礼
の様子とかそういったところにい ろんな巣箱が残っている。それを
四季の美しさとともに撮っているん です。映像がものすごく綺麗なん
ですね。その中に出てきたので村の 祈りの対象となっている岩があって
いつのものか分からないんですけど 蛇が刻まれているんですね。ぼん
やり。蛇というのは脱氷するので 再生の象徴、生命力の象徴として
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位置づけられた時代がずっと長く あったんですね。そんなのもそこに
残っている。その石が神功の対象 になっている。そしてまたミシャ
グジというのがそうですがミシャ グジというものが降りてくるという
ような神事の映像もありました。 もちろんミシャグジというのは
訪れる精霊みたいなイメージなので 撮ることはできないものですけれども
ミシャグジというカタカナなんです けどね。いろんな言い方があって
ミシャグジだったら多分日本語 ができる言葉として文字を持つ
前の言葉なんだと思うんですよ。 本当に古代の言葉として訪れる
精霊みたいなもの。目に見えない 神様のようなものみたいなもの
をミシャグジと言っていてそれが 神功の中にあります。そういう
ものが神事の中に映ってくるという のが一つ目。もう一つ次に600年前に
中断してしまった風習、三室神事 というんですけどを再現しているんですよ
映画の中で。600年前になくなっているんですよ。
何かに残していた書籍かな。
記録には、中世の古文書には残っています。
その風習の中身がどんな風習なのか っていうのは。結構細かく書かれて
いるんですがそれでも映像化する ってものすごく大変なことなので
舞台、衣装、歌とか踊りも再現して いるんですけど、ここにはですね
建物だったら考古学者、それから 衣装だったらそれを研究している
共同詩家、民族芸能の研究者、それから 実際に踊るパフォーマー、いろんな
人たちの知見を寄せてですね、考え 得る限りこうではなかったんではないか
っていう形で再現しているんですけど、 これが真珠が出てくるんですが
獣の肉を食べながら、そして太鼓や笛に 合わせて歌い踊り笑うんですよ。
これがまたすごくて、建物自体は 実際に残っている穴蔵、半地下の穴蔵を
使っていて、こういったものでやられた はずだという記録からここが一番近い
のではないかとか、衣装もみんなで作って と。もちろんリズムや踊りは
当時に行われたものとはさすがに 違うと思うんですけど、でもその場の
空気感みたいなものはこんな感じ だったんじゃないかなと思わせる
ものになっているんですよ。つまり 空気感って映せない。
そうですね。
でしょ。それがこの映画にまた撮れて いるというのも驚きました。
それからですね、鹿が非常に重要な役割を 獣なので座って進行の中で
果たしているんですけども、中世の小文字には 鹿なくては御神事はすべからず
なんてことも書いています。
にえですね。生贄のにえ。にえとしての 鹿とかカエルとかそういう生き物を
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捧げるという風習が残っているわけですね。
で、監督のヒロさんはその舞台挨拶で 何で鹿なのかということについて
鹿の角の成長とイネの成長のサイクルが 合致するからじゃないかっておっしゃったんですよ。
へー。
で、僕もよく分かってなかったんですけど、 鹿、オジカですね。
オジカ、オスの鹿の角は4歳ぐらいになると 大きくなっていると、
秋には1メートルぐらいに枝分かれして 大きくなる。
すごい鹿の角のイメージがあるじゃないですか。
あれって冬の終わりにはポロリと落ちて、
春になると植物のように再び伸び始める。
これはヒロ監督によるとですね、
初夏に田植えを行って冬に入る前に収穫する イネの生育のサイクルそのものではないだろうかと。
もちろん祈りなので収穫を祈るわけですけども、
そこに鹿を捧げるのはその角が、
まさに濃厚の豊穣をたらすことを祈る神事にふさわしいと 古代の人が考えていたんじゃないか。
そして生があり死がある。
食べる、死ぬ、骨になる。
食べたら自分の肉になる。
また生が生まれて、命が巡る、循環するというような、そのサイクルですね。
そのサイクルが自動的に動いていると思っていなかった古代の諏訪の人々は、
この世界を司っている何かがいると考えて、
それをミシャグジと呼んだのじゃないだろうかとヒロさんは考えています。
映らないミシャグジを伝えるために映像を撮り、ないものを作り、
そしてドキュメンタリー映画として成立させていくんですが、
考えてみると、もののけ姫に出てきた獅子神。
見ました、見ました。
あれって鹿のような格好をしていますよね。
角があって。
生まれ変わって。
夜になるとデイダラボッチの姿に変わって、巨人ですよね。
また朝になると生まれ変わって、鹿のような、獣のような形になって。
ここと似ているなと思ったんですよね。
シンジに添える2映として、鹿とかカエルが使われているんですけど、
映画では冒頭、動物愛護団体の巣は退社よ、動物を殺すなという大きな横断幕が映るんですよ。
そこもちゃんと映して。
それについての論評とか、どういう団体がどういう主張をしているとか、
そういうことは言っていないんですけど、
それが初めにあるとハッとするんですね。
その後、2映が備えられていることに、どっか頭の中にそれが残っていて、
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これは許されるのかどうかなとか思いながら見てるんですけども、
動物愛護という感覚は古代の人にはないですね。
一方で、生物の存在がなければ自分たちが存在していないということであって、
そこの対する感謝の心事でもあるはずなんですよね。
現代でも様々な批判はあると思うんですけど、
縄文時代から1万年以上の列島の歴史というのはあるわけですけど、
その頃には神社も寺もないんですよね。
日本という国の名前もね、天皇という存在もないんですよ。
その時代の太古の昔から循環する命に対する祈りというのはずっとあったはずなんです。
それがおそらく諏訪信仰の中には残っている。
この鹿の国というドキュメンタリー映画は、
現代の諏訪信仰を丹念に負う中で、
当時の人々の祈りだったり、憧れだったり恐れだったりというような感覚を、
つまり取れないものを描こうとしているんですね。
僕はこれの絵がなかなかすごいと思いましたよ。
私はちょっと保守的な人間なので、
明治の官僚が作った近代天皇制よりですね、
古代からのこういったものにすごく魅力を感じるんですよね。
やっぱ官僚が作ったものですからね。
安国神社もそうなんですけど、
明治以降に制度化されたものを日本の伝統って呼ぶのは、
どうも僕は負に落ちてないんですよね。
僕はやっぱりこういう人の祈りとか心っていうのは、
劣等に暮らすものの末裔としてすごく意識しています。
そしてこの鹿の国の中にはそういうものが描かれていたので、
これちょっとかなりお勧めだなと思いましたね。
今日パンフレット持ってきましたけども、
パンフレットもすごくよくできていました。
熟読して私今いますんで、
お勧めだと思います。
福岡市のKBCシネマで始まっています。
今日ドキュメンタリー映画鹿の国について話してもらいました。
キャッチアップをお送りしました。
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