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神戸金史 のCatch Up 日本語の歴史
2025-08-19 13:40

神戸金史 のCatch Up 日本語の歴史

「美しい日本語『和多志』は戦後『私』に変えられた」という“日本語解説動画”が、ネットに出回っている。だが、これはデタラメだ。8月19日放送のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』に出演したRKB毎日放送の神戸金史解説委員長は、歴史学と日本語学の視点から、ネット上の安易な歴史観に注意を呼びかけた。
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イリカミネ イリカミネ 抱きしめて 毎日だって キラレテ キラレテ イリカミネ
三菱電機 この時間は日替わりコメンテーターが独自の切り口で多様な視点を提案するCatch Up。
火曜日はRKB神戸金文解説委員長です。
はい、今日は日本語の話をしたいなと思っています。
私は日本史学やってきたのもありますけど、
将来の夢として、若い頃に思っていたのは、言語学者っていうのもあったんですよ。
日本語の研究をして、わかりやすい言葉を表現できないかな、なんて思った時期もあったんですけど、
近くにすごい才能を持った人がいたので、これ勝てんと思って、早々にその方向は断念したんですが、
日本語は大好きで、そういう意味ではかなり保守的な人間だなとは思っているんですよね。
今ネット上にはいろいろ保守的な意見がいっぱいあふれているんですけど、
ひょいと動画とかもいろいろ入ってきたりするんです。
ちょっとびっくりしたのがこの前あったので、ちょっとお聞きいただけますかね、音だけ。
日本から消された私という漢字。
昔の日本では私を私って書いていたのを知ってる?
わ、和、調和、た、和、豊かさ、し、和、志。
つまり、本来の私はみんなと名護し、多くの志を持つ存在って意味。
私の和は平和の和、たは多い、しは志と書いたんだと。
若い女性がマイクを持ってリポートをしているんです。
そういうアカウントだったんですけど、え?って思って。
名護しって言ってましたけど、みんなと名護し、和気あいえとしって意味なのかなと思ったけど、
ちょっと日本語ってどうかなと思いましたけども、見返しちゃったんですよね。
どういうことだと思って。
で、私って確かに昔は私って書いたかもしれません。
一文字じゃなくて。
それってカナーなんですよね。
そうですよね。
これ初めて聞きました。
びっくりしました。
で、今見たら8月13日の投稿なんですけど、9524件のいいねがついてまして、
フォロワーはこの方1万7000人もいるんですよ。
それなりに影響力があるんで、うわーって思いましたね。
どういうことなのかっていうのをこの後、こういう風に喋っています。
でも戦後の教育で私の漢字が変わった。
響きが一緒だからなんてことないなんて思ってないですか?
言葉の形が変われば意味も意識も変わってくる。
現代私たちが使っているこの漢字は、
03:00
イネを自分のために取るイコール私欲の意味を表しています。
古来の日本では私はわがまま、公の反対語だった。
なので武士道では私欲を捨てるなどの言葉が微読とされていた。
日本の修身教育でも私より公を優先するという価値観がとっても重要視されていた。
戦後、気づけば私たちは私欲の字で自分たちを呼んでいた。
本来の私は自己中心ではなく調和のための存在だった。
そこで本来の日本語の私。
調和と仲間と志。
私は仲間と調和し志を共にする人。
あなたはどっちで行きますか?
知らなかったって人はシェアして広げてね。
もっと知りたいって人はフォローして次のリールも待っててね。
今お伝えしたのはデタラメですから。
信用しないでくださいね。
私という一文字の漢字は戦後この一文字になってしまった。
私平和の輪に大いに頃差しと書いたのが
戦後やめさせられてしまったのだという主張なんです。
その主張を本当のように投稿して
それにたくさんのいいねがついているという現状が今あるってことですか?
終身教育って出てましたけど
今でいう道徳みたいなものですけど
戦前の教育。
軍国主義を中心に訴えてきたということで
戦後は廃止された科目ですが
基本的には戦前の価値観を肯定するような投稿が
この人はものすごく多くて
ほとんどデタラメでした。
ちょっとびっくりしましたね。
いいねが多いことにもびっくりしました。
確かに私という字を
平和の輪に大いに頃差し
などと書いたことはあります。
でもそれって
日本語そのものの成り立ちに関わっている話で
平和だとか調和だとか
頃差しって意味じゃないんですよね。
ひらがなに
カタカナも元々漢字からスタートしているのは
小学校とかでみんな習っていると思うんですけど
日本には文字がなかったわけですね。言葉は
大和言葉と言いますけど
言葉はありましたけど
漢字がなかった
漢字を輸入して
漢字で書いていくんですけど
漢文ですよね
外国語を使うわけですから
なかなか表現しにくい
そういう中で
万葉仮名というのが生まれてきます。
一つ一つの字に
日本語の発音に
この字を当てて
音だけ
音だけを
取り入れて
漢字をずらずらずらと並べていって
それをひらがなのように読んでいく
という一文字ずつずつ音があってね
それが
あまりに書く数が多い
なのでまずカタカナが生まれるわけです。
カタカナは
例えばイだったら
伊藤さんのイの字を書いている
ことが多かったんですけど
その左側の人弁だけを取って
06:00
イと書けばこれでイだ
という感じで
省略をしていったのが
一部だけを使ったのがカタカナですよね
利益のリだと
リの字ですけど
右のリを使っているわけですね
立頭の方ですよね
これ
見たことあるよね
元々のカタカナがどういう字からできている
あんまりなかった?
あんまりなかったですね
そっかそっか
例えば
ヌという字は
ドレのドだけど
右側だけを抜いて
ヌの字にしている
全部そうなんですよ
江戸の絵と書いて絵ですけど
右側はカタカナの絵ですよね
カタカナは
一部だけを抜き出す
だから中途半端な字だ
という意味でカタ
カタカナ
なるほどリョウでなくカタ
と言います
その後ひらがなが生まれます
ひらがなは
漢字の全体を
草書のように書く
ちょっと崩すような
書くことで生まれていきます
アの字は
安心のアンです
わかる?
安心のアンを崩して書いたら
こんな感じ
安心のアンになる
ひらがなが崩されて書かれていった
という経緯があります
例えば
そうですね
絵は衣ですね
ひらがなの絵
なんとなく
それから歩ですね
保つ
保つ
人便に口に木と書けますけど
それを流して書くと
ひらがなの歩のようになってくる
びっくりした?
はい
じゃあ例は例
礼儀の礼ですね
礼はこう
礼儀の礼を書くから
このひらがなになってくる
驚いた?
だからこの右側が
跳ねているんですね
書道をするときには
元の漢字がどういう字かを意識しながら
書くことでひらがなの
上手さが決まってくるということなんです
目なんてもうわかるよね
女って書く
目の字は女っていう字なんです
おー驚いたか
おーってなってますね
じゃあもう一個面白い話しましょうか
礼の字はひらがなも
カタカナも礼儀の礼なんですよ
カタカナはさっき言ったように
一部だけ取るから立当
右側だけを書き抜いてるから礼ですね
ひらがなは全体を
省略して書くんだけど
のぎ辺も含めて
略して礼と書きました
結果どうなったかというと
カタカナの礼より
ひらがなの礼の方が
横幅が広いんです
あー
つながりもありますよね
ひらがなの礼は
左側の縦の方は
09:00
のぎ辺を意味している
右側の縦に下がってるのは
立当全体を意味してるんです
驚いた?
はい
驚いてくれると嬉しいな
こんな風に
漢字だけで書いてた
万葉仮名の時代から
ひらがなカタカナが生まれて
日本語の表現がすごく広がってくる
ただその時に日本語に
例えば山っていうのは
日本語ですよね
そこに同じ意味の
山っていう漢字を入れたわけです
だから山っていう漢字
山に読み方は山と山とある
読み方がいっぱい
一つの漢字に増えてきてしまった
っていう日本語の特徴があって
これが日本語を難しくしている
一番の理由ですよね
同じようにカナもね
例えば和の字だったら
平和の和から
ひらがなが生まれてますけど
王様の王を省略して書くのも和と読みました
昔の日本を言った
人弁に
学級員のEと書く和
これも和なんですね
これを略して書くのも和でした
だからつまり
平仮名の和は3つあったんですよ
字が
だから例えば
多なんていうのがすごく多くて
多いとかお堂の堂とか
当選する当たるの党とか
田んぼの多全部多と読みました
これを略して書くと
だから
江戸時代までの人たちは
言葉にいっぱい
いろんな表記があったんですよ
いっぱいあったんです
それを寺小屋で学んでたんですね
一つの言葉に一つの字じゃないんです
それを崩しがけしてたのが
私とかいう言葉なんですね
つまりそこには
単語の意味はゼロ
なんです
なので私が
調和と仲間と志なんていうのは
デタラメもいいところなんです
ひらがなのあと書いた時に
安心のあんですって意識して書く人はいませんよね
同じです
ただそれがいっぱいいろんな
ひらがな崩し書きがあったんです
これは当時は
かなと言っていましたけれども
明治時代に入って
学校教育をやる中で
一つの音に
一つのカタカナひらがなを
当てると決めたんですね
それ1900年のことです
結構新しい話で
それ以前は
いっぱいいろんな表現する言葉が
あった一つの音
カナカナがいっぱいあったんです
それを全部
筆書きで書いていったわけですけども
明治になって
学校教育で
一つの音は
一つの字で書くと決めた
そしてさらに
筆が減ってきた
という中で
今の私たちが学んでいるのは
54音の表のように
私たちが勉強するようになり
それしか使えなくなっていく
筆を使わなくなりましたからね
それまではみんなできたんですよ
12:01
こんなこともとても面白いんですけど
こういうのは私が
2006年に買った本
岩波新書の日本語の歴史
という本が一番分かりやすかったです
これ山口仲美さんという方が書いた
岩波新書
日本語の歴史
安い本ですけど
とても勉強になりました
ぜひこのインスタを書いた方にも読んでほしいなと
あんまり適当なこと言ってて
特に宣伝を美化するためにやってる
動画とかものすごく多いので
載せられないようにしましょう
日本語を愛する保守的な
私からのメッセージです
ということでここまで
キャッチアップをお送りしました
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どうぞ
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