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日替わりコメンテーター
中村哲さんが卒業した九州大学には、哲演会という学生団体があります。
中村哲さんは、卒業生である中村哲さんの一種を学び、読書会などで広く発信していく活動を続けていますが、
この哲演会が1月17日に、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんを福岡に招いて、両親をつなぐ仕事というテーマで意見交換をしました。
一般公開されたので、非常に多くの人が100人以上集まったと思います。
そこで、九州大学の競争学部の3年生の坂井翔太さんが安田さんにこんなふうに語りかけました。
安田さんは現場を伝える仕事というのをやられています。
これに対して中村哲さんは現場で支援する仕事というのを、現場で支援する側の人物です。
どちらの立場も重要であることは前提ですが、
それらの世界の問題、社会問題に対する向き合い方や、中村哲さんの違いについて掘り下げていきたいと思っています。
会としては、中村哲さんの本や会報などの言葉から耳をして、
安田さんがそれをどのように解釈されて、現場をどういうふうに伝えていらっしゃるのかを伺いたいと思います。
最後には両親とつなぐ仕事とは何かについて考えていきたいと思います。
こんな感じで始まるのを呼びかけたんですね。
安田さんは公演でシリアで空爆で片足を失ってしまった8歳の女の子を紹介したり、
またイスラエルの高校教師がガザで犠牲になった子どもたちの写真とともにこの狂気を止めるんだとSNSに投稿したが、
学校から解雇されて逮捕されたことなどを紹介して、現場での見聞、戦争の現場の実態を紹介したという形です。
この後、学生との対話が始まりましたが、医学部4年の木原修真さんは、
中村哲さんのことをもっと知りたいと思って九州大学に入学したとおっしゃってほうと思いました。
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そしてこんな言葉を引用して安田さんに質問をしています。
もはや議論や声明だけで済ますにはことはあまりに重大です。
平和の志向は人為の小世界に欺かれず、命を尊び実際行動で力を持つべきです。
そのことがどう今の活動であったり、実際行動につながっているのかということをお聞かせいただきたいと思います。
私たちはどうしても中村さんたちの活動に比べるととても現地取材も短期ですし、
ともすると相手のカルチャーとか、例えば距離感のあり方とか、そういうものを無視して土足連合を踏み込んでしまう恐れというのもすごくあると思うんですけれども、
でもそうではなくて、なるべく許される限りで一緒に例えば食卓を囲ませてもらったり、言葉を覚えたり、
取材ですごく時間をいただいて言葉をいただいているものなんだということを忘れないようにしたいなというふうに思えたのは、
やっぱり中村さんのそういう姿勢に触れたというのもすごく大きかったと思います。
私たちが何枚写真を撮っても被災地の壊滅が解けられるわけではないし、
でもそういうことをぐるぐる考えていたときに、これは別のNGOの方だったんですけれども、
これは役割分担なんですよという言葉を現地支援をする方にいただいたことがあったんですね。
確かに自分たちは地元に残って、必要な人に必要なものを届けながら寄り添って活動することができるかもしれないけれど、
でも現場がいっぱいいっぱいになればなるほど、ここで何が起きているのかということを世界に発信するということに力が避けなくなっていく。
あなたは少なくとも通うということができるんだし、ここで何が起きているのかって発信することができるよね。
と言われたときに、もちろんそれで活動がなくなるわけではないんですけれど、
自分の取るべき行動みたいなものの道すりが見えたような気はしたんですよね。
こんなやり取りが行われていまして、役割分担という言葉は印象に残りましたね。
それから同じく競争学部3年の黒岩京太さんは中村さんのこの言葉を引用しました。
この激動の時代の真っ只中で一体人間全体がどこに向かおうとしているのかも誰にも本当のところはわからない。
しかし、だからこそ我々は時代を越えて変わらぬ良心の灯火を輝かせ、
今後も長きに渡る現実の格闘を通して人間の静かなる告発者であり、同時に人間の弁護人、証人であり続けるだろう。
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今も激動の時代になるんじゃないかなというふうにすごく思うことがあって、
そこでお聞きしたいのが私たちが良心というものをどのようにしてつないでいくのかであったりとか、
私たちはそのためにどうあるべきかというのを津田さんのお考えをお聞きしたいです。
先ほど皆さんにお話をしたイスラエルの高校教師のミニールさんのことを覚えていらっしゃいますか。
逮捕されて、逮捕された後にですね、やっぱり何人かの同僚の方やご友人が声をかけてきたそうなんです。
あなたには共感するよ。でもね、私には仕事があるから、私には家族がいるから、
そういう人たちを決して責められないというふうにミニールさんはおっしゃっていました。
その社会にあって、もしも皆さんが、あるいは私がミニールさんの友人だったら、
どんな行動をとるだろうかということをぐるぐる考えていました。
一方でミニールさんがすごく悪名高い留置所みたいなところがあって、
その外でメガホンを持ってミニールを解放しようというふうに声をあげた、
やっぱりすごく少数の良心のある人たちだと思いますけれども、
デモをしたイスラエルの人たちがそこにいたんですよね。
そのデモの中に加われる人間であれるのかということを私はすごく考えました。
それは決して遠い話ではなくて、もちろんイスラエル国内の問題かもしれないですけれども、
一方でやはり国際社会の一員として、日本のさまざまな加担をパリシナの人たちに対する暴力にしているわけですよね。
それをやめろというふうに声をあげるのと同時に、
こうして良心を持ってイスラエルの中でも声をあげた人たちを孤立させないということが
私たちにもできることなのかなというふうに思っていて、
実際日本で自分の声が国境を越えて伝わったんだということをすごく喜んでいらっしゃったんですね。
本当に少しでもいいです。でもこういう人がいるんだって孤立させたくないよねっていうふうに
皆さんの身近な方と会話をしたり広めたりということ、それがやっぱり本当にじわじわかもしれないですけれども、
良心のとどもちびっていうものを絶やさない、むしろ広げていくということの土台になるんじゃないかなと私は思っています。
遠い日本でデモをしたり、スタンディングでプラカードを持ったりして何の意味があるのかとおっしゃる人は結構いらっしゃいますけれども、
なくなるとそういった存在さえ見えなくなるような気がするんですね。
ささやかでも安田さんの言葉で言えばじわじわかもしれないけれども良心のともしびを絶やさない。
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これは確かに中村哲さんの考え方だったんだろうと思います。
安田さんと学生さんの対話を聞いていると中村哲さんがそこにいるような感じがだんだんしてきました。
主催者の一人である九大競争学部4年のレイ・クサラさんに終わった後にお話を聞いてみました。
良心に基づいた行動を取った人たちを孤立させないようにしようというのが、
個人的にも福岡でデモを頻繁にするし、なかなか理解を得られないこともあるんですけど、
自分自身も励まされる言葉だったし、大切にしたいなということを改めて気づかされたということが大きいですね。
あとはもう一つは役割を持ち寄っていきましょうという、安田さんだからこそ思われていることを言えることだったんじゃないかなと思って、
嬉しくて陣としています。
良かったですね。
本当にありがとうございました。来ていただいて嬉しかったです。
何人もの学生が中村哲さんがいたことが九州大学に進学する理由だったんですというふうにおっしゃってたんですよね。
中村哲さんってやっぱりすごいなあ。こんなに亡くなってからもね。
世代を超えてね。
超えてますね。
彼のものの考え方は現代に続いているなと思いました。
本当にじわじわかもしれないけれども大切な思いをつないでいく学生がいるということを、
今日ちょっとご紹介したくて取材したことを聞いていただきました。
大きな松明みたいな存在でその日を少し自分も分けてもらって、自分の居場所でその日を絶やさずに守っていきたい、広げていきたいという、
なんかいいですね、こういう学生さんたちのまたね。
気持ちが良かったですね。
ここまでカンベカルブミのキャッチアップをお送りしました。